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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    バニーボーイとシンデレラ 当店をご利用するにあたって
     一、スタッフの指示には従うようお願い致します
     一、効果中または効果解除により生じたお客様の不利益については当店は一切責任を負いません
     一、当店の薬は姿のみを変えるものとなっております。お客様本来の体質等については変化しませんのでご注意ください
     
     それでは、ひとときの「いつもと違うあなた」をお楽しみください
     
     ***
     
     特にすることもなく、なんとなく帰る気にもなれなくて、教室の一番後ろの席に座って肘をつきながら時折窓の外に目をやったりしてD.D.D.をいじっている。今日の放課後はそんな私に白羽の矢を立てたらしいクラスメイトの一言から始まった。
    「面白いお店が出来たんだけど行ってみない?」
    「どんなお店?」
     悪魔には面白くても人間にとっては面白いで済まないこともある。安易に返事をするのは危険だ。
    「なんかね、違う姿になれるんだって。変身できる魔法薬のお店」
    「えー……大丈夫それ? 犯罪者御用達とかじゃないの?」
    「大丈夫大丈夫。何時間かすれば戻るし、変わるのは体だけだからちょっと気合い入れてお洒落するみたいなもんだって」
    「んー、どうしようかな」
     今から少しの間姿が変わりますと急に言われても、やりたいことはすぐには浮かばない。
    「絶対楽しいって。服もレンタルあるから準備する必要ないし。それに、友達と行くと割引あるんだよ」
     それが狙いか。「行かない」と口から出かけたそのとき。
    「あんた今日予定ないって聞いたけど」
    「……行く」
     予定がない理由を思い出した。
     
     カーテンで区切られた個室に入ると用意されていたバスローブに着替え、小瓶に入った透明な緑色の魔法薬を一息に飲む。甘くてスーッとして、想像していたよりはずっと飲みやすい。説明された通りすぐにベッドに横になって目を閉じてなりたい姿をイメージし始めると、途端に眠気が襲ってきて体の輪郭が曖昧になった。
     不思議と不安や気持ち悪さはなくて、二度寝のような心地よさにふわふわと微睡んでいると急に輪郭が形を取り始めたような気がして、次の瞬間には波が引くようにあっさりと眠気は消えた。
     これで姿が変わっているはず。恐る恐る目を開ける。見え方は何も変わっていない。枕元に置かれている時計を見ると薬を飲んでから五分くらいしか経っていなかった。こんな短時間で本当に……?
     半信半疑でゆっくりと慎重に立ち上がると姿見の前に立った。
     そこにいるのは普段の私からは全然想像はつかないものの、たしかにさっきまでイメージしていた通りの姿で、種族を尋ねたら間違いなく「サキュバス」と返ってくるだろう。
    「はー……こんなになるんだ……」
     体にあわせて声帯の形も変わったのか、呟いた声もいつもとは違っている。
     少しの間、鏡の前でくるくる回ってみたりしているうちにもうカウントダウンは始まっていることを思い出し、慌てて床に置かれているカゴの中を漁った。
     カゴから取り出したのはせっかくだからと選んだ、普段なら絶対選ばない、というより選べない、ノースリーブに胸元が大きく開き、スリットが深く深く入ったとろけるような柔らかい艶のある漆黒のロングワンピースとハイヒールサンダル。
     こんなに露出の高い服、恥ずかしいしやっぱりやめておけばよかったかも、というわずかな後悔と共に着た服は意外なほど馴染んで、恥ずかしがる必要なんて全くない、むしろこれにしてよかったとすら思った。サキュバスの子たちがなんでこの類の服を好んで着ているのか分かった気がする。
     靴も自分で選んでおきながら優に一〇センチはあるヒールに怖気づいたけれど、いざ履いてみると体の方が適応したようで、下手なスニーカーよりも歩きやすい。
    「お客様、準備の方はいかがでしょうか?」
     カーテンの向こうからお店の人の声がした。
    「あ、はい。今行きます」
     まだやることがあるんだった。
     
     オプションとして付けたヘアメイクも終わり、仕上げとして、持ち込んだイヤリングを付けた。
     黒い艶のある金属がベースで深い緑色をした楕円の石の下に紫色の雫型の石が下がっている。ずっと前のデート中にハンドメイドのアクセサリーが並ぶお店で「見て! バルバトスの髪とネイルの色だよ」とはしゃいで買ったものの、いざ着けてみるとあまりにもバルバトス然としていて主張の激しさに恥ずかしくなり、その日以来ずっと引き出しの中で眠らせてしまっていたものだ。
     荷物をロッカーに預けて受付に戻ると、どうやら一緒に来たクラスメイトは既に遊びに行ってしまったらしい。私としてはそっちの方が都合がいい。
    「事前に説明させていただきました通り、魔法薬は効果が切れる前兆としてお客様ご本人にしか聞こえない音がいたします。鐘の音が聞こえましたら早めにお戻りいただきますようお願いいたします。また、変身中や変身が解けたことにより発生した問題については当店は一切責任を負いません。それでは、いってらっしゃいませ」
     
     通りをやや急ぎ足で歩く。ショーウィンドウに映る姿は全然知らないひとで、イヤリングだけに見覚えがあった。当のイヤリングは想像していたよりもずっと目立たなくて、これならもっと普段から付ければよかったと思った。
     着いた先はThe Fall。
    「いらっしゃいませ」
    「あ、久しぶり」
     何度かのThe Fallのお手伝いによって顔見知りになった入口に立っている店員に思わずいつもの調子で話しかけそうになるところをぐっと抑えた。
    「……の特別イベントだって聞いたんですけど、まだ入れます?」
     ついでに前にクラスメイト達と練習した、しなを作って谷間を強調するポーズ――前にバルバトスに試したときには全く効果がなかった――を作った。この顔と体の威力はここに来る道中で散々証明済みだ。正直、鬱陶しくて仕方なかった。
     彼は上から下まで何度か視線を往復させた後、わざとらしく重々しい調子で返事をした。
    「少々お待ちください」
     私は知っている。この返事をするときはわざわざ席を作るということを。どうやら練習した甲斐はあったらしい。
     しばしの後、扉は開けられ、私は薄暗くも煌びやかなフロアに足を踏み入れた。
     
     案内された席は混雑時のために一応空けてありました、と言わんばかりの隅にある少し狭い席だけれど、万が一を考えて他のひとたちにはあまり見られたくない私にとってはこれくらいでちょうど良かった。
     それぞれの席は座った姿が見えなくなる高さの衝立で囲まれていて、今までこんなものが設置されていたことはないし、設置されたと聞いたこともない。もしかしたら今日のために追加したのかもしれない。
     中腰で辺りを見回すと薄暗い中、衝立の上から飛び出した黒いウサギの耳があちこちで動いているのが見えた。今日はスタッフがバニー耳をつけて働くイベントの日なのだ。
     でも、大混雑している理由はそれだけではない。
     その中に混じって動く、ステンドグラスのように複数の色を組み合わせた耳。特別ゲストの耳だ。
     にぎやかなテーブルでよく動く本人の明るさを象徴したようなオレンジと黄色の耳はマモンだし、静かなテーブルでウサギが人参を齧るように一定のリズムで揺れている赤の端に紫が入っている耳はフードを食べているベールだろう。ルシファーやレヴィの耳は見当たらないのでどうやら全員いるわけではないらしい。
     そして、せわしなくあちらこちらのテーブルを移動したと思ったらバックヤードに消え、両手に大量のお皿を持ってホールに出てきてはテーブルを巡り、またバックヤードに消えていく、白からエメラルドグリーンを経由して濃い緑色になる耳。
     今日のデートが急遽中止になった理由。
     ディアボロ経由でお願いされた以上バルバトスが断わるわけもないし、その程度で気分を害するようでは付き合ってなんていけない。
     と、頭ではわかっているけれど、今日の放課後は二人で紅茶とタルトの美味しいお店に行く予定だった。ずっと前から楽しみにしていたお店で、今日を逃せばお目当ての季節のタルトは来年までお預けだし、次の放課後デートの予定は未定だ。
     だから、その腹いせとしてこれくらいは許されると思う。
     知らない姿に変身して何食わぬ顔でお店を訪れ、バニーとして働いているバルバトスに接客されてみるくらいは。
     
     そうは言ってもこの大混雑の中、待っているだけでは到底来てくれる気がしない。
     サービスで出された濃い青色のグラスを手に取る。中に入っている液体は暗くてあまり見えないけれど、どうやら香りからしてキャロットジュースらしい。ちびちびとグラスに口をつけながらバルバトスの動きを観察する。どうやら接客よりは忙しい店を回すことを重視しているようで、基本的にはひたすらドリンクや料理のサーブをしている。たまにテーブルの横で耳の動きがしばらく止まるのはお客の相手をしているのだろう。でもそれも数分で離れると、またフロアで忙しなく動いている。前にみんなで店の手伝いをした時と同じ。……正直、少し安心した。
     この様子だと何かしらの注文をし続ければいつかは私の席にもバルバトスが来るだろう。
     どれくらいで来るかはさっぱりわからないけどがんばるぞ、と気合を入れてメニューを開いた。
     
     永遠に来ないのでは、と不安になりつつ注文を続けること五回目。ついにバルバトスが料理を運んできたときは思わず立ち上がって抱き着きそうになった。
    「お待たせいたしました」
     私の前にオレンジ色のパウンドケーキが一切れのっている白い皿が置かれた。ホイップクリームが添えられていて隅にはチョコペンでウサギが描かれている。いつもは既製品のチョコプレートを使っているのに手描きとは、今日のデザート担当は絵心があるらしい。
    「かわいい!」
     私の様子を確認すると一礼して立ち去ろうとするバルバトスを思わず呼び止めた。
    「バ……バニーのお兄さん、ちょっとお話しない?」
     申し訳ありません、と言いかけるのを遮って慌てて付け加える。
    「私、初めて来たのにまだ誰にも相手してもらってないんですけど」
     わざとらしく頬を膨らませて不満顔をした。
    「それは大変失礼いたしました」
     バルバトスが静かに私の隣に滑り込んだ。
     
     乾杯、とグラスを合わせた後、私から勢いのままに口火を切った。
    「お兄さんって彼女とかいるんですか?」
     しまった。最初からこんなことを聞いたら狙っているように見えてしまう。狙ってると思われたら最後、事務的な対応に終始するならまだ良い方で、バルバトスの用心深さを考えると二度とこの席に来てくれない可能性もある。
    「あ、いや、私にも彼氏いるんで。……いるんですけど、急に予定が空いちゃって。デートの約束してたのに。酷いと思いません?」
     意地悪したくて余計な一言を付け加えた。
    「そうですね。あなたのような素敵な方を袖にするとは酷い方ですね」
     その酷い方は目の前にいるんですけど。
    「こんなにかっこいいんだからお兄さんにも彼女くらいいますよね? もし同じ状況になったらどう思ってると思います?」
    「そうですね……もし私にお付き合いしている方がいたとして、その方は大変悲しむでしょうね。非常に申し訳なく思います。きっと、誠心誠意の謝罪と存分な埋め合わせをさせて頂くかと」
     バルバトスがそんな殊勝なこと思うわけがない。ペラッペラのビジネス回答。
    「そろそろ失礼いたします」
    「あの!」
    「何かございましたか?」
    「……またこの席に来てくれますか? もう少し……お話したいなって」
    「構いませんよ。でしたら、あなたが何かを注文された際は私がお届けいたします」
    「わかった。また何か頼ませてもらうね」
     立ち去る背中に「またねー」と軽くひらひら手を振った。
     
     その後、フードやらドリンクやらを頼むこと数回。バルバトスは約束通り毎回来てくれた。
     私が質問してバルバトスが答えるの繰り返しだったけれど、何を何度聞いても本心とは思えない手ごたえのない毒にも薬にもならない無難な回答が返ってくるだけで、わかったのはバルバトスはこのような場面でのビジネスとしての回答が上手ということだけだった。
    「はー……疲れた」
     もちろん喋り疲れだけではない。喉がすっかり渇いていて、手元にあった青いグラスの中身を一気に飲み干した。何度目かに注文したドリンクで、最初にサービスで出してもらったのと同じキャロットジュースだ。
    「やっぱりこれ美味しい。同じのもう一杯ください」
    「お客様、大丈夫ですか……?」
    「ん? なにが?」
    「……いえ、失礼いたしました。すぐに持ってまいります」
     その後三度は同じものを頼み、話がひと段落するたびに一気に飲んだ。
     
     聞くこともなくなってきたけどどうしようかな、とぼんやりメニューを眺めているとバルバトスがグラスを持ってやって来るのが見えた。
    「どうしたの? 何も注文してないよ」
    「沢山注文していただきましたから。こちらをどうぞ」
    「ありがと……? あれ、これ……お水? どうして?」
     グラスに入っていたのはこれまでと違ってただの水だった。
    「お体の調子はいかがですか?」
    「お腹いっぱいなだけで元気ですけど……」
     実際元気そうに見えたのか、それは何よりですとなぜか満足気に微笑んだ。
    「それと、先ほどの質問にお答えしようかと思いまして」
    「先ほど?」
    「デートの約束を反故にしたことについて、恋人はどう思っているのか、という件です」
    「でもあれは答えてもらったよ」
    「いいえ。お伝えしたいのは『私』の回答です」
    「……聞かせて」
     失礼いたします、と隣に腰かけると私の目を見て静かに話し始めた。
    「実は私は別に本業がありまして、そちらは大変忙しく急な予定変更などは日常茶飯事です。それに付き合わせてしまうことは申し訳なく思いますがこれは私が決めたことなのです。ですから変えることなどできません。彼女は大変魅力的ですから思いを寄せる方は沢山いらっしゃいます。その数多の中から一番遠いところにいた私を選んでくださったのですから、きっと彼女もそのことは覚悟の上なのでしょう」
    「……ふーん。でも、そこまでとは思ってなかっただけかもよ。もしかして今頃嫌になってるかも」
    「そう思われていてもおかしくないほどのことをしている自覚はあります。もしかしたら、別れた方が彼女は幸せになれるのかもしれませんね」
    「そ……うなんだ……」
     そんなことないよ、と出かかったけれど今の私は赤の他人で、赤の他人がこの場面でその言葉を言ってもただの薄っぺらい慰めでしかなかった。
    「ですが、日に日に愛おしさが増すばかりで私はもう彼女を手放すことなど到底出来そうにないのです。このようなとき、女性の立場、いえ、あなたはどうすればよいと思いますか?教えていただけないでしょうか」
     なぜか今まで以上に距離を詰められている。隣に座るだけでなく、私の脚の片側に手をつき身を乗り出して、私の瞳を覗き込んでいる。耳に指がそっと触れて、もし恋人同士ならキスする直前にしか見えなかった。
    「えっと……あの……」
     いつもこんなことしてるの? 口を開こうとした時、どこからか鐘の音が聞こえた。魔王城の鐘だろうか。もう日付が変わるのかな。時間が過ぎるのが早すぎる。その割には誰も帰らないなんて変なの。とバルバトス越しに周りに視線をやったところで他のひとたちは何も反応していないことに気付いた。私にしか聞こえていない。ということはつまり魔法薬の効果が切れる前兆。
    「あの、そろそろ帰らないと。ごめんなさい!」
     半ば突き飛ばすように体を離すとバッグに手を突っ込んでグリムを鷲掴みにしてテーブルに置き、出口へ向けて駆け出した。カツンと何かが落ちる音がしたけれど、とても確認している余裕はない。
     魔法薬のお店に向けて通りを必死で走る。途中のショーウィンドウに反射して見える姿こそ変わっていないものの、どんどん服の着心地は悪くなってくるし、少しでも気を抜くと転びそうだ。
     ようやくお店に駆け込んだところでバランスを崩して転びかけた私を受け止めたお店の人は眉一つ動かさずに慣れた様子で「おかえりなさいませ」とロッカーのカギを差し出した。
    「あ……」
     元の服に着替える途中で、あの何かが落ちた音は片方のイヤリングだったことに気が付いた。
     
     ***
     
     嘆きの館に戻って、今日は大変だった……なんて余韻に浸って――いる暇はなく、明日が締め切りの課題をこなそうと机に向かったものの、最後のバルバトスの様子が気になってすぐ上の空になっては慌てて課題に戻るのを繰り返していると部屋の扉がノックされた。
    「はい……あ、ルシファー」
     私を見るなりなぜかルシファーの眉間に皺が寄った。
    「何かあった?」
    「随分とデモナス臭いな。いくら人間は酔わないからと言っても程々にしておけ」
    「……? わかった」
     今日はデモナスを飲んだ覚えがない。The Fallで匂いが移ったんだろうか。
    「それと、たった今バルバトスが来てケーキを置いていった。お前に、だそうだ。冷蔵庫に入れてあるがベールに見つからないうちに食べるといい」
    「うん。ありがと」
     バルバトスなりの埋め合わせなのかもしれない。気分転換に休憩するのも悪くない。
     
     冷蔵庫を覗くと薄水色の付箋が貼られている袋があった。半透明の袋には店名らしき文字が見える。バルバトスと一緒に行く予定だった紅茶とタルトの美味しいお店。
    「あれ、これ……」
     それとケーキの箱の上にバルバトスの字で私の名前が隅に書かれた白い封筒が置かれている。表面が凸凹していて、手紙ではなく何か物が入っているようだった。
    「なんだろ……」
     封を開け、中身を掌に滑らせた。
     
     出てきたのは黒い金属に緑と紫の石が付いたイヤリング、が片方。
     剥き出しで片方だけだなんて贈り物のわけがない。
     
    「ちょっと出かけてくる! あ、冷蔵庫のケーキは食べちゃダメだよ!」
     帰ってきたばかりのベールと玄関ホールですれ違い、まだ魔王城への帰路の途中にいるであろうバルバトスに向かって駆け出した。
     妙な客ですね。それがバルバトスの第一印象だった。
     
    「やあバルバトス。調子はどう?」
    「たった今最悪になりました」
     ソロモンがこのように話しかけてくるのは何か面倒事があるときで、決してバルバトスのことを気遣っているわけではない。
    「ちょっと面白い客が来てるんだよね、あの隅の席」
    「はあ……あのお客様が何か?」
     ソファに座りメニューを眺めているのはごくごく普通のサキュバスで取り立てて変わったところはない。
    「ちょっと行ってきてよ」
    「面白いのであればあなたが行ってはいかがですか? 私も暇ではありません」
    「うーん。俺じゃ意味がないんだよね」
     頼んだよと既製品のパウンドケーキがのった皿を押し付けられ、バルバトスは隅にあるせいで他よりも一段薄暗くなっている席を渋々目指した。
     
     このようなイベントの場ではテーブルに姿を見せると、普段は接点のない人物に接客してもらえる機会ということでまず最初に黄色い声が上がるのが常だった。
     それなのに目の前の客は今しがたサーブしたばかりのデザートに目を奪われている。
     思い起こせば皿を運んできた時から少しそわそわしていたように思う。バルバトス自身は見たことはないが、極々稀にいるという料理目当ての客なのかもしれないと席を離れようとしたそのとき
    「バ……バニーのお兄さん、ちょっとお話しない?」
     お兄さん? また奇妙な呼び方をするものだ。
     ほぼ全ての客はバルバトスたちのような特別ゲストに対しては名前に様を付けて呼ぶ。まさか顔を知らないわけでもあるまい。そもそも非常に不本意だが店に入ってすぐの場所に写真と名前が入ったポスターが貼られている。
     訝しがりながらも断りの返事をしようとしたとき
    「私、初めて来たのにまだ誰にも相手してもらってないんですけど」
     明らかな不満顔をしている。クレームでも入れられては厄介だと僅かな間相手をすることに決めた。
     
     面白いどころか面倒な客だった、と席を離れたところで小さな溜息をついた。
     いきなりプライベートなことを聞かれるどころか愚痴にまで付き合わされた。その挙句、何が気に入ったのか、また話したいとまで言われる始末。魔王城であれば適当にあしらって断るところだが、ここはThe Fallである。ごねられた場合の煩わしさを考えると、引き続きバルバトスがサーブせざるを得なかった。
     
     ***
     
     全ての客に最初にサービスとして出している青いグラスに入ったキャロットジュース。実はジュースなどではなく、かなり強いデモナスだ。店内の薄暗さとグラスの色、更には強い香りと甘い味でデモナスであることを隠し、早々に酩酊させて正常な判断力を奪い、たんまりグリムを使ってもらおうと誰かが考案した〝特別な〟カクテルである。
     それを目の前の客は何杯も平然と空けている。それも一気飲みで。
    「お客様、大丈夫ですか……?」
    「ん? なにが?」
     デモナスの強さには個体差があるとはいえ、悪魔でここまで強いのは考えにくい。もしかして中身は人間なのではないかとバルバトスは見当を付けた。
    「……いえ、失礼いたしました。すぐに持ってまいります」
     
     バックヤードに向かって歩きながら考える。
     この魔界においてわざわざ悪魔に化けた上でこの店で遊ぶ余裕のある人間など二人しかいない。そのうち一人はこのフロアでバニーの衣装を身に着け、他の客を揶揄っている。
     それでも確証がない以上は結論を保留にし、パントリーで新たなグラスを受け取った。
     
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     何度目かの面白みのないやりとりの最中、客が髪を耳にかけた何気ない仕草にバルバトスは小さく息を呑んだ。
    「……そちら、素敵なイヤリングですね」
    「あ、ありがと」
     恥ずかし気に俯くと髪で耳を隠してしまう。触れられたくない事情でもあるのだろうか。これまでの様子からバルバトスから話題を振ったならもっと喜びそうなものだが、相手は「そういえば」と話題を変えようとしている。
     これ以上探りを入れるのは無理そうです、とまた毒にも薬にもならないやりとりに戻った。
     
     薄っぺらい回答をしながら思考を巡らせる。
     あれはずっと前のデート中にMCが買っていたイヤリング。
     誰かにあげてしまった? 本人の性格的に考えにくい。盗難? 今までそのような様子を見せたことはない。たまたま同じ物を持っていた? あの店が扱っているのはハンドメイド品の一点物のみで、寸分違わず同じというのもありえない。
     それに先ほど化粧直しに立った時、ふらつく様子を見せるどころかしっかりとした足取りで真っ直ぐにパウダールームを目指していた。来店したのは初めてではなかったのか。
     そもそもMC本人だとして、なぜ変装してまでここに?
     ……デートをキャンセルしたからに他ならない。バルバトスが手を離した放課後にMCが何をしようと本人の自由だ。少なくともキャンセルした側が何か言えることではない。
     それでも。もしあの客がMCだとしたら伝えてみるのも悪くないかもしれない。
     
     念には念を。最後の確認です。とバルバトスはパントリーで新たなグラスを受け取った。
     
     ***
     
    「お体の調子はいかがですか?」
    「お腹いっぱいなだけで元気ですけど……」
     酔っている様子も見受けられない。似ても似つかない姿だが、耳元で控えめに光る深い緑と紫の石をあしらったイヤリングは確かにあのとき見た物。本当にMC本人なのだろう。
     
     失礼いたします、と彼女の隣に座ると、愛しい相手の姿を思い浮かべながら口を開いた。
     
     ***
     
     バルバトスはぽかんとした表情を晒して、走り去ってゆく後ろ姿を眺めた。おそらく変身の効果切れでしょうと納得する理由を見つけ、突き飛ばされたときに乱れた衣服を整えた。
     店の扉が閉まる音が遠くで微かに聞こえた後、ソロモンが愉快そうに小さく笑いながらやってきた。
    「どうだった? 俺の言った通り面白かったんじゃない?」
    「面白がっていたのはあなたでしょう。全く人が悪い」
    「でも、必要だっただろ?」
     そうかもしれませんね、と口には出さずに先ほどMCが去った方を見ると、受付係がなにやらハンドサインを送っている。どうやら店の外には列が出来始めているらしい。早急に片付けなくてはとテーブルに残された皿やグラスに手を伸ばすとバルバトスの視界の隅で何かが光った。
     とりあえずはシンデレラにガラスの靴を返さなくてはなりませんね、と心の中で呟くとソファからイヤリングを拾い上げた。
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    2025/09/13 1:20:38

    バニーボーイとシンデレラ

    バル留
    バニーとして働く執事を見に行くはなし
    2ページ目は執事視点です

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