The Little Mermaid【人魚の涙】ーIntroductionー【attention】
本作は2020年11月29日 00:16pixiv掲載作品となります。
2020年12月12日リリース『Fairy Tales』収録作品サンプルです。
人魚の王子バナージと人間の王子リディが恋に落ちる話。
人魚姫ファンタジーパロディ。バナージを始め、一部登場人物が半魚人になっています。
オリジナル要素も含んでおりますので、苦手な方はご注意下さい。
そこは海に囲まれた王国。外敵に襲われることもなく、また、津波や水害に見舞われる事もない小国。国は海上貿易で栄え、町は活気づき、民は穏やかに暮らしていた。この国の平和はかれこれ百年続いていた。
この国の民たちは知らない。自分たちが住んでいる地上の王国と同じように、その海の底にはもう一つの王国が築かれ、多くのマーマン、マーメイドたちが同じように平和に暮らしていることを。
ある所に、バナージという人魚の少年が居た。海の世界では、本来、女は人魚、男は半魚人として生まれてくる。しかし、彼はどういう訳か、人魚の姿で生まれてきてしまった。彼を生んだ母アンナはもうこの世にはいない。当時、生まれてきた我が子を見て、この海の王国を収めていた父カーディアスは驚愕した。よりにもよって女の身体で生まれてきてしまった息子。本来であれば、妾の子ではあるが、この子に後を継がせるつもりで居た。しかし、このような姿では一族の恥晒しとなる。生きているだけでこの子は辛い思いをしてしまうと、この時彼は手に抱いている我が子を手にかけようと考えていた。しかし、その考えも、ある出来事がきっかけで吹き飛んでしまう。いざ彼が我が子を手にかけようとすると、バナージは泣きだし、空は暗雲立ち込め、海は荒れ、民は恐怖した。慌てて止めると、子は泣き止み穏やかな海へと戻っていった。この子には一族の中でも類稀なる能力が備わっていると分かった彼は先程までの愚かな考えを排斥した。その後、彼はバナージを大切に育て、次期王にすることを決心した。
その日、バナージはカーディアスの目を盗んで海面に上がった。本来、海上に上がるのは、十六歳の誕生日を迎えた時が通例とされていだ。しかし、当時推定四歳のバナージにとって、地上はとても魅惑的で興味深い場所で、どうしても上がってみたかったのだ。今回のこの試みが初めてだった訳ではない。過去に何度も海面に上がろうと城を抜け出した。が、その度に執事のガエルに捕らえられ、説教を受けた。バナージ自体、元々素行が悪い子という訳では無かったが、その点に関してはどうしても言うことを聞かなかった。
バナージは用心しながら地上を目指した。宮殿で父やガエルから人間の話を聞く時、「人間は恐ろしい生き物だ。だから、人間にその姿を見せてはいけない。見つかれば殺されてしまう」と再三言い聞かせられていた。よって、海上に上がる際バナージは細心の注意を払っていた。払っていたはずだったのだ。しかし、その日とうとう彼はその姿を人間に目撃されてしまう。人間の、純朴な少年によって。
空がオレンジ色に染まった頃、バナージは海面にゆっくりと浮上した。見渡すと沈む夕日とは反対側に地上の王国が見えた。バナージはそのまま静かに草木茂るビーチ近くの岩場に近づく。周りに人間が居ないことを確認し、岩場に乗り上げた。地上の王国とは反対方向に、朱に光る球体。これが『太陽』。なんて綺麗なんだろう。初めて見る夕日にバナージはすっかり見とれていた。背後に何者かが近づいて来ているとも知らずに。
「ねえ、なにしてるの?」
突然の声に驚き振り向くと、そこには金髪碧眼を持つ人間の少年が岩場に上って膝立ちしていた。
「あ…」
人間だ。人間に見られてしまった。逃げなくちゃ。殺されちゃう。バナージは恐怖し、咄嗟に海へ飛び込もうとした。
「待って! 逃げないで!」
すかさず、少年はバナージの手を掴んだ。バナージは必死に抵抗するも、びくともしない。
「はなしてください」
「放せば、君は逃げるだろう?」
「にげなきゃ、あなたたちはおれたちをころすんでしょう?」
「殺さないよ。なんでそうなるのさ」
「だって、とうさんがいってたから。にんげんはおれたちをつかまえて、ころして、ふしのちからをてにいれるんだって」
「大人はそうかもしれないけど、俺はそんなことしない。絶対に…」
そんな力、今の俺にはないから、と少年はどこか悲しげに続けて小さく呟いた。
「それに、こんなに綺麗なのに、捕まえて殺したりなんかしないよ」
「え?」
バナージは少年の口から返ってきた言葉に一驚する。
「君、すごく綺麗だよ」
頬を紅色に染めキラキラと目を輝かせながらこちらを見てくる人間の少年に自然と頬をほんのり赤く染めた。
男なのに人魚の身体で生まれてきてしまった。自分の周りにいる人たちは、それは優しく接してくれてはいるが、時には卑しい目で見られていると感じることがある。特に、腹違いの兄アルベルトからは嫌悪の目で見られている。バナージはやはり他の人と違うことに少なからずコンプレックスを感じていた。そんな中、初めて綺麗だと言われた。しかも同族ではなく、人間の、曇り一つない誠実な目を持ったこの少年に。バナージは幼いながらもこの人間は信頼に足る人物だと確信した。
「ねえ、俺はもっと君と話がしたい。この夕日が沈むまで…ダメかな?」
バナージはリディの申し出に目を輝かせながら頷いた。
それから、彼らはいろんな話をした。人間の事、マーマンとマーメイドの事、お互いの国の事、家族の事。お互い興味深い内容だったたけに、時に笑い合いながら、話がとても弾んでいた。しかし、楽しい時間はあっという間で、気づけば夕日が海に沈み切る手前だった。
「そろそろいかなくちゃ」
バナージは海に飛び込もうとする。
「あ、待ってくれ!」
咄嗟に引き留められ、リディの方を向く。
「俺はリディ。君は?」
「バナージ」
「バナージ、また、会えるかな?」
「わからない。もうあえないかもしれない」
きっと今頃海底の宮殿内はバナージが居ない事でお騒ぎしているだろう。今回勝手に海上に上がったことで、父から外出を禁じられる事になるのはもう目に見えている。バナージはすっかり意気消沈した。落ち込むバナージにリディは元気づけようと笑いかけた。
「そっか。じゃあさ、これあげるよ」
そう言って、彼は首にかけていた複葉機のペンダントを外し、バナージの首にかけた。
「これ、なあに?」
「御守だよ」
「おまもり?」
バナージがきょとんとして首を傾げると、リディは微笑みながらバナージに伝える。
「大人になってまたいつか会えるように…あと、バナージが悪い人間に捕まらない為のおまじない」
それを聞いて、バナージは釣られて微笑んだ。
「またいつか会おうね」
バナージは嬉しそうに頷いた。そのままリディに手を振られながら、海の底へと戻っていった。
その後、彼は無事海底に辿り着き、カーディアスにこっぴどく怒られた。案の定、外出禁止令が出されてしまった。しかし、怒られたものの、最後は「本当に無事でよかった」と父に温かく抱き締められるのだった。
その夜、バナージは自室のベッドに横たわり、首からぶら下げた複葉機のペンダントを撫でた。
「リディさん…」
初めて会った人間の名を呼び、その音の響きに酔いしれる。こんな姿の自分を綺麗だと初めて言ってくれた人。
「また、あえるといいな」
そう呟き、ゆっくりと目を閉じた。
それ以降、十六歳の誕生日を迎えるまで彼が再び海上に上がることはなかった。あの時の人間の少年リディに再び生きて出会う為に。ペンダントに込められた思いを胸に、海の底で来たる日を待った。しかし、この出会いが後に運命づけられた出会いであった事を、まだ小さい子供のバナージは知る由もなかった。
To be continued...
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