第一話
――俺は珍しく親友のマルコと喧嘩をした。
どすどすと乱暴にコンクリートを踏み鳴らしながら、帰路についているところだ。何度も何度もマルコとのひと悶着を思い出してしまい、ずっと気分は最悪なままだった。
「――なあ、マルコってさ、〝あの〟アルミンと仲良かったよな」
この一言がそもそもの発端だった。
ずっと習い事が同じだったこともあり、マルコと俺は幼馴染だ。幼馴染と言っても別に近所ではないから、下校時も一緒に帰ることは稀で、だから今日の俺は、目的を持ってマルコの帰路に付き合ってやっていた。そもそも今年から高校に上がったマルコとは校門が違うので、俺が待ち伏せしていたような形だった。
「『あのアルミン』? ……うーん、そうだけど…………どうしたの突然」
ひどく訝しんだ顔つきで見られる。まるで信用されていないようで、無意識にムッと口元に力が入ってしまった。
「いや、まあ、ちょっとばかしアルミンに頼みごとがあってな」
「……頼みごと? 君が、『あのアルミン』に?」
怪訝な顔は深まるばかりで、俺のことをよくよく観察している。
俺は整髪料でがちがちに髪型をキメて、私服だって気を使っていかついものを揃えている。やはり年頃の男子たるもの、見てくれには気をつけるべきだと俺は思うし、舐められるようなダサい格好はしてはならない。なんと言ったって、悪い男はかっこよく見えるものだ。当然付き合う仲間もそういう考えのやつらばかりになり、俺の毎日は刺激に溢れていた。
俺を観察し終えたマルコは、今度はため息を吐きながらどこかを見ていた。きっと俺の口から出た名前の持ち主、『アルミン』を思い浮かべているのだろう。
どこからどう見ても救えない身なりのそのチビは、縁の太い眼鏡にダサいセーター、極めつけるようにオタク丸出しのきのこヘアーときたもんだ。一つも理解ができないし、共感なんて尚更だ。まったくもって何一つキマっていないその『アルミン』は、誰に聞いても学校中の負け犬の一人で、たまに俺のような不良に絡まれている。
……俺がマルコに尋ねた『アルミン』がそんなやつだったからこそ、マルコは俺が『頼み事がある』と言ったことを訝しんだのだ。それはまあ、それなりに筋は通っているとは思う。信用がないことには腹立たしく思ってしまうが、事実として〝キマってる俺〟から〝ダサいアルミン〟に『頼み事』なんてあるほうが不自然なのだ。
実際に今回俺がアルミンに頼み事があると告げたのは嘘で、例の仲間内での『刺激』の一つのために過ぎなかった。本当のところは仲間内で開催されたウノの大会に、今年になって初めて俺が負けてしまったのが理由だ。……というのも、俺たちはいつも最下位の者が優勝者のいいつけを何でも一つ聞くという罰ゲームをしていて、最下位になった俺に課せられた罰ゲームは、『誰でもいいからカースト下位のやつと仲良くなって、〝いい秘密〟を握ってくること』だった。……つまりその〝いい秘密〟とは、今後遊ぶ金がほしいときにお願いごとをするためのネタに使えるもののことを指している。
これまでの罰ゲームには酷いもので『ハンジ先生に告白してくること、オッケーだったら二ヶ月交際しろ』とか、『クイーン・ビーであるヒストリアの体操着の匂いを嗅いでる写真を撮ってくること』とか、そういうものもあり、できないやつは「やい腰抜け」「やい負け犬」と罵られていた。……優勝者の課した罰ゲームを完遂できなかったときに初めて、ゲームで最下位だった者は仲間内で負け犬となり、次の負け犬が決まるまでパシリをやらされるシステムだった。……だから俺も、今回の罰ゲームを必ず物にしなければならない。
そこで俺が選んだ『カースト下位のやつ』が先ほどマルコに尋ねた『アルミン』だったというわけだ。
こいつなら何度か〝声をかけた〟ことがあるし、ちょっと個人的に気に食わないこともあるし……それに、いざとなれば親友のマルコがそいつと仲がいいので、何か有力な情報を掴めるかもしれないからだ。
「……ジャン、嘘はすぐにバレるよ」
「う、嘘じゃねえし!」
「じゃ、アルミンをどうするつもりなの?」
マルコもアルミンと同じでわかりやすいオタクだが、カーストの低い位置にいながらもほとんど絡まれないのは、この大きな身体が何より貢献していると俺は思っている。小さい頃から知っているからか、俺はマルコに対して嫌悪感はないし、むしろ誰かに絡まれるのではという心配すらしていないほどだ。俺とは一つ学年が違い、高校の中では下級生でありながら穏やかに笑うマルコを、嫌いになれるやつなんてどこを探してもいるはずがない。
そんなマルコにじっと見られて気まずくなり、思わず視線を逸してしまった。俺が今回『頼み事』なんかないことは完全にお見通しらしく……、
「どうせまた不良仲間の悪ふざけなんでしょ? もうやめなよそういうの」
むしろ、そこまですべて察せられていた。
「う、うるせえよ!」
「ジャン? だめだよ?」
歩いていたところ、足を止めてまで俺をしっかりと見据える目が、傾いた日差しのせいで余計に厳しく見えた。
図星を当てられたのもそうだが、俺のことをまるっきり信用していないマルコにはやはり腹立たしさを覚えてしまい、
「く、くそっ、マルコのばーか!」
自ら親友を突き放すような態度をとった。これ見よがしに苛立ちを撒き散らしながら背を向けたのだ。
「あ、ジャン!? もう子どもじゃないんだから、」
「っるせえ! 聞こえねえよ! 一つしか変わんねえのに偉そうにすんじゃねえ!」
そうして冒頭に戻り、俺はどすどすとコンクリートを踏み鳴らしながら、帰路につくというわけだ。
俺の今後がかかっていることなんて知る気もないマルコは、もう放っておくしかない。一番に当てにしていた親友に簡単に拒否をされて、そこで生まれた苛立ちを持ったまま、俺はあっさりと『アルミン』に照準を合わせた。
あんなチビのオタク一人くらい、自分で攻略できる。俺ならやれる。
家にたどり着き、おかえりと声をかける母ちゃんは無視をして、そのまま二階の自室に駆け込む。几帳面に鞄を机の横のホルダーにかけて、座り慣れた自分の椅子に雑に腰をかけた。机に片肘をつき、わざと行儀悪く座り、収まりきれていない苛々をまた机の上に引っ張り出すように思い出していく。
……今回の俺の罰ゲームはやや難易度が高いのではないかと文句を着けたい気持ちもあるが、おそらくは取り巻きだらけのクイーンに絡みに行くような命令ではなかっただけ、マシだったと納得するしかない。実際、そのときのクイーンに対する指令は完遂されず、そいつはしばらくグループの下っ端扱いだった。
当時のことを思い浮かべて、背筋に悪寒を走らせた。……もちろんあんな扱いを受けるのは御免だと思ったのもあるが、俺は〝下っ端〟という考え自体があまり好きではなかったから、少し悶々としてしまった。グループの仲間たちが寄ってたかってたった一人を使いっぱしりにしている光景は、見ていてあまり気持ちのいい物ではない。これまで自分がその位置にいなかったから何も思わないふりをしていたが、よもや次は俺の番ともなるとそうは言っていられない。
俺は明日にでも、早急にアルミンに接触する必要がある。一刻も早く『負け犬』ではないとグループの仲間に証明しなくてはならない。
そのためにと、俺は横にかけた鞄の中から自分のノートを取り出し、荒い手付きでそれを開いてから一枚のページを破り抜いた。アルミン攻略のために、これから一人作戦会議を執り行う。
傍から見た印象に過ぎないが、アルミンのことを一つ一つ思い出しながら書き出していく。
絶対絶対、今回のミッションを成功させてやる……そう意気込み、俺は今回に相応しい作戦を考案するためにボールペンを走らせた。そうして俺は、必殺『勉強を教えて』作戦を編みだすに至ったのだった。
***
歯磨きよし、口周りの確認よし、髪の毛のセットよし、スタイルよし……昼休みの終わりを知らせる予鈴を聞いた俺は、男子便所に入り身だしなみの確認をしていた。悪ぶって授業の出席率もぎりぎりの俺だが、今日の午後は『あのアルミン』と同じ授業を選択しているので、久々に出席してやろうと気合を入れていた。
今朝もアルミンを見かけたことには見かけたのだが、大誤算でエレンという友人と一緒に歩いていた。……俺はこいつがすこぶる嫌いだったから、そのときは声をかけずに見送った。……アルミンに声をかけるなら、一人でいるときにしなくてはと作戦に注意項目を追加する。
俺がアルミンの友人であるエレンを嫌う理由はいくつかあり、その一つにはアルミンに〝声をかけて〟何度目かのときに、横槍を入れられたことがあるからだった。しかもそのとき、そのエレンとやり合った結果、運悪く校長室に呼ばれる騒ぎとなってしまったのだ。今回は同じ鉄を踏むわけにはいかないので、慎重にアルミンの周囲は警戒しなければならない。
ちなみに俺がエレンを嫌う理由のもう一つには、俺がこの心を捧げるミカサという女子といつも一緒にいやがるということがあるからだ。……アルミンを狙って絡んでいく『個人的な理由』というのもそれだが、俺にとっては大きな問題なのだから仕方がない。あの底辺男子どもはいい加減に身の程を知るべきだ。
……鏡に映っていた自分がいつの間にかだらしのない顔つきになっていたことに気づき、誰もいないのに咳払いをして自身の顔つきを整えてしまった。どうやらまぶたの裏に映ったミカサに、一人で鼻の下を伸ばしてしまっていたらしい。
ミカサはこの町では珍しい東洋人のダブルオリジンで、髪の毛も染めた紛い物の黒とは違い、自然で美しい漆黒の色をしている。そのしなやかな髪の毛が風になびく瞬間を見られただけでも、俺は十年分の幸せを詰め込んだようだと歓喜してしまうくらい、このミカサという女子に夢中だった。
「あ、いけね」
そこでちょうど、間の抜けたサイレンが鳴り響いた。これは午後の授業の始まりを合図するサイレンで、廊下ではばたばたと慌てる足音が聞こえる。俺も慌てて廊下に出れば、そこかしこで扉を閉じる音や机や椅子を引きずる音も耳に入るようになる。
駆け足で該当の社会科の授業が行われる教室に入り込み……俺はちょうど例のアルミンの隣の席が空いていることに気がついた。……しめしめ、と思った俺はそのまま興味もないふりをして、そのアルミンの隣に座る。こんなオタク丸出しの底辺男子の隣なんざ、誰も座りたいとは思わないらしい。思わずからかいたくなるが、ぐっと堪えて気づいていないふりを通した。
だが、アルミンもアルミンで隣に座る俺に気づいたらしく、わざわざ目を合わせないようにしていた俺に対して、あからさまに驚いたという眼差しでじろじろと見てきやがった。……この不良が授業に出席しているのがそんなに驚きか、と心の中で悪態を吐きながら、あまりにも視線が離れないのでチラ見してやった。案の定、目が合った瞬間にそそくさと視線を逸らされ、今気づいたと演技する間もないくらいだった。……本当に弱虫のオタクそのものだなと半ば呆れてしまう。好きでこんなチビをやってるわけではないのはわかるので心底同情するが、だからと言ってそのオタク丸出しの身だしなみに同調することはこれっぽっちもできない。今日もダサいセーターを着て、教室の隅で縮こまっている。ダサいセーター選手権にでも出られそうだ。あれは自前なのか親の趣味なのか、気にならないこともない。いや、気にならない、まったくもってイケていない。こんなやつがミカサの隣を闊歩しているのかと思うと、だんだん腹の内がぐつぐつと煮えてくる。だが俺は理性的な男……しっかりとそれを内に留めて、授業の間はそれとなくアルミンを観察していた。
それからやんやと楽しくもない授業は敢行され、終業を知らせるサイレンが鳴った。教師が挨拶をしたと思ったときには、もう既にアルミンは机の上を綺麗さっぱりと片付け終わっていて、何かから逃げるように……というか、俺から逃げるように、一目散で廊下を目指そうとした。
だが、お生憎様だ。俺のほうが廊下側に座っていたというのもあるが、俺の初手の間合いはこいつが思っているよりも広く、
「おいアルミン!」
「うわっ!」
急いでアルミンの鞄の端を引っ掴んで足を止めさせることができた。勢いを殺しきれなかったアルミンはバランスを崩したが、そのまま俺のほうへふり返り、おそらく本人にとっては最も避けるべきこの顔を見つけて「ひ、ひい……!」と情けない声を上げた。
「んで逃げんだよ!?」
その慌てふためく顔を見ていると唐突に先ほどまでの苛立ちを思い出してしまい、自分でも不意に怒鳴りつけてしまった。しまったと思い周りを見回してみても、直接俺にやめろと制止してくる輩は一人もおらず、
「や、やあジャン、逃げるって何のことだい?」
俺は張り合いのないアルミンの間抜けな声を聞く羽目となった。
「ぼ、ぼぼぼく今日は急ぎの用事があっただけで、たっ、たまたまっ」
なんとか目を合わせないようにしているのか、俺が正面を向い合わせにしてやってもひょろひょろと視線はどこ吹く風で泳ぎまくっていた。
だが、ことを荒げては元も子もない。今日の俺の目的はあくまで『仲良くなること』なので、なんとかまたぐっと堪えた。
「……そうかよ」
「……ひ……!」
手を放しただけで別に拳を振り上げたわけでもないのに、アルミンは頭を自らガードしてぎゅっと目を瞑っていた。可哀想なやつだなと、俺が思ったのはただのそれだけで、だからと言って自分の計画を止める気もなかった。
「そんなにびびんなよ。今日はお前に頼みごとがあって声をかけたんだよ」
そう告げたのが意外だったのか、きょとんとした丸い瞳がガードしていた腕の下から覗いた。
「頼み……ごと……?」
すぐにハッと何かに気づいたように強張り、
「げ、ゲームなら貸せないよ……!」
そんなトンチンカンなことを言ってのけた。
「ちっげーよ!」
……まったく、いったいぜんたい、こいつの中で俺はどんな印象なんだと心配になったが、そもそも俺はこいつに対していじめ紛いのことしかしていないかったことを思い出す。それはここまでビビっても仕方がないかと、少しだけ罪悪感を抱いてしまった。……いいや、こんなダサい格好でミカサの隣を歩いているこいつが圧倒的に悪い。
だが、今回の罰ゲームを上手く完遂するためには、ここで拒絶されては困る。俺が慌てて「べ、勉強だ! 勉強教えろ!」と声を荒げたのは、その焦りが少なからずあったからだ。
アルミンが自らをガードしていた腕は、ここでようやく静かに降りていった。大きな疑問があるようで、かけている縁の太い眼鏡を整えてから、今度は鞄を肩にかけ直した。
「……え、き、君、マルコと仲良いよね? なんでマルコにお願いしないの?」
鋭いところを突かれた。確かに成績も優秀で人もいいマルコと知り合いなのに、勉強についてあいつにお願いしないのは愚策もいいところだ。だがそれに関しては対策を考案済みで、最もらしい理由を既に考えていた。
「だってお前、俺は今回、密かに打倒マルコしようとしてんだぞ。マルコよりいい成績で高校に入ってやってな。マルコに教えてもらうなんざ、なんか癪だろ。男として」
そうだ、マルコと張り合うためだと言っておけば、俺がマルコに教えを請わなかった立派な理由にはなる。そしてそれは同時に、この学年で成績トップを維持し続けているこいつに頼む理由にもなるのだ。
というのに、アルミンは俺の考案した策に対して、「……そ、そう……?」なんて恐る恐る尋ねてくるものだから、つい「そうなんだよ!」と力を込めて返してしまった。男の心がわからないとは愚かな……と腹を立てるのは簡単だが、目の前のアルミンはまた「ひ……!」と縮み上がってしまった。
「ああもうっ、お前はまたそんなビビり散らして!」
……やっぱり、俺はこいつを〝いじめ倒す〟接し方しかわからないかも知れない。苛々が足の指先まで伝って、とんとんと足の裏で地面を叩き始めてしまった。
目的は他にあるとは言え、せっかく俺がここまで対等に話そうとしてやってるのに、アルミンはいつまで経っても同じ目線に立とうとしない……それが何より俺を苛つかせた。本当に、何でこんなビビリがミカサの隣を歩いているんだか……世の中は狂っている。
「と、とりあえず今日は忙しいからっ、日を改めて、いいかな」
ようやくまともに話したかと思えば、そんな当たり前のことについてお窺いを立てられる。だが意思の疎通ができたことは嬉しい前進であり、俺の中の苛立ちはみるみる離散していった。
「……まあ、お前にも都合ってもんがあんだろうしな。じゃあ、アドレス教えろよ」
俺の要求を聞いて、渋々といった様子のアルミンは背負っていたリュックサックを手頃な机の上に下ろした。おそらく携帯端末を取り出すところだなのだろうが、ポケットに入っていた俺のと違い、取り出すのに妙に手間取っていた。……もたもた、もたもた……そのおぼつかない手付きを見ているだけで、せっかく収まりかけていた苛立ちがまたずん、と腹の底に姿を現した。
「もたもたすんなッ!」
「は、はいぃっ!」
飛び上がるようなアルミンの声とシンクロするように、リュックサックの横のポケットから携帯端末は姿を現して、宙高く飛び上がった。それからすっぽりとアルミンの手の中に着地し、綺麗に収まる。アルミンは急いで画面を起動して、ほとんど無言で互いのアドレスを教え合った。……よし、これでまず第一歩めの連絡先の交換はクリアだ。
実際にそのアドレスが有効なのかと目の前で検証して、ダミーでないことも確認した。
満足した俺がすっとポケットにまた携帯端末をしまったのに対し、アルミンはちらちらと俺の様子を窺いながらまたそれをリュックサックの横のポケットにしまっていた。取り出すときよりよほど落ち着いた手付きになっていたので、少しはビビり上がっていた肝っ玉も落ち着いたのかと推察できた。
「じゃあ連絡しろよ。待っても連絡なかったら、俺のほうからまた声かけるからな」
「う、うん。わかった……」
俯いたままアルミンは、そっとゆっくりと歩き始める。見ればいつの間にかこの教室には俺たちだけになっていて、それも間もなく俺だけになるところのようだ。
「わかりゃいいんだよ。じゃ、よろしくな」
聞こえているはずなのに、それには返事を寄越さないまま、アルミンは教室を出たと同時に駆け足でどこかへ行ってしまった。……ただの言い訳かと思っていたが、本当にこの後何か予定があったのだろうかと思いを巡らせる。……申し訳ないとも思ってみたが、やはりどうしても俺の知ったことではなかった。……どうせオタクのアルミンは、変なアニメキャラクターのフィギュアとかに話しかけて、気持ち悪い遊びでもしているのだろう……完全にオタクに対する偏見ではあったが、そう違いはないはずだ。
俺は今日のことはマルコには報告しないことにした。どうせ何かまた小言を言われるのだろうし、アルミンに何か助言をされても困るからだ。
夕飯を終えたあと、自分の部屋のベッドの上でなんとなくアルミンのことを考えていた。あいつはちゃんと連絡を寄越すだろうか。……いや、同じ学校に通っている以上、逃げ場はないのだからきっと連絡を寄越すはず。よもやあのエレンに泣きついたり……もし本当にそんなことをしたら、「やい女々しい野郎め」と罵ってやる。……あ、いや、それでは『秘密』にはたどり着けないからだめなのだが。
それにしてもああいうダサいセーターはいったいどこで買っているんだ……と思考が横道に逸れたところで、枕元においてあった携帯端末が震えた。何かの知らせが入ったときの揺れで、俺は急いで端末を拾い上げた。
『ジャン、いけそうか』
画面に現れた文章で誰からのメッセージかはすぐにわかった。これは仲間の一人で、いつも全員を取り仕切っているやつだ。今回の俺の罰ゲームの進捗を知りたいらしい。
てっきりアルミンからの連絡だと期待していた俺は、なんとなく残念な気持ちになりながらも、それはちゃんと返事を出した。
『順調だぜ』
昨日罰ゲームが出されて今日連絡先を入手したのだから順調と言ってもいいはずだ。
端末をまた枕元に置こうとしたとき、俺は画面の上部にある通知バーで、新着のメールを受信した際に出てくるアイコンが点滅していることに気づいた。――今度こそアルミンか。期待値をマックスに跳ね上げて、俺は急いでメールの受信画面を表示させた。
一行だけ太字で表示されていたそれは、確かにアルミンから聞いたアドレスだった。……ちゃんと連絡を寄越してきたのだ。期待通りだったことも手伝い、俺はよしよしと心を弾ませてベッドの上に起き上がり、ではどんな内容かお手並み拝見と言わんばりに身を乗り出してそのメールをタップする。
『明日の放課後なら少し時間が取れるけどどうする?』
……一気に気持ちがすぼんだ。なんともそっけない内容だ。……実際会って話したときはあんなにビビり散らしていたくせに、なんでメールではこんなに落ち着いていて、あまつさえ偉そうなんだ。心は確かに踊っていたのだが、反対側にメーターが振り切れたように腹が立った。ふて寝するわけでもないのに、今度は思い切りよくベッドに倒れ込んで返事を打ち込んでいく。
『じゃあ明日、よろしく頼む』
あくまでこちらが頼み事をしている体であることは忘れていない。落ち着いた返事を意識して、俺はアルミンにすぐさま返事をくれてやった。
五秒も間は空かなかったかもしれない。またヴ、と携帯端末は震えてメールの受信を知らせた。あまりにも早かったものだから、もしかして仲間のほうからのメッセージかと思ったが、まさかのアルミンからだった。
『どの科目を教えたらいいの?』
わかった、とか、そういう言葉は一切なく、また唐突に偉そうな質問だ。……いやいや、頼んでいるのはこちら側なので、間違ってはいない……ただ、この偉そうな文面がむかつくだけだ。だがこれは耐えなければならない……そう自分を何度も何度も諭しながらまた返事を考える。……そういえばどの科目をなんて考えてもいなかった。とりあえずわからないところがありそうなところで適当に苦手をでっち上げることにした。
『数学』
短くそう応えてやれば、アルミンは最後に『わかった。三年一組の教室で待ってる』と寄越して、それっきりだった。
なんともあっけなく、そして苛立ちの絶えないやり取りではあったが、ひとまず次の段階へ進めたことを喜ぶことにした。携帯端末を枕の横に投げ出して、明日の放課後の情景を思い浮かべる。……これだけ偉そうなメールのやり取りをしたくらいだ、おそらく明日ビビリ散らしていることはないだろうが……もしメールの文面と同じような態度で接せられたら殴ってしまうかもしれない……それだけは気をつけないとと自分を戒めておく。目標はその先にある。
……明日からは俺の演技の見せ所になる。早く何でもいいからアルミンの秘密を掴み、あのダサいセーターくんから開放されなければならない。……特に罰ゲームを遂行するための期間が決まっているわけではないが、時間をかけすぎていつの間にか仲間たちから離れていましたなんてことがないように、なるべく急ぎたいところだ。
*
次の日、俺はアルミンの指示通り、放課した後に三年一組に向かった。……一組は進学科のやつらで構成された学級であり、試験での成績上位者はだいたいこの教室を使っている。俺がその教室に入ろうとしたときも、勉強熱心なおぼっちゃまお嬢ちゃま方は未だまばらに居残って自習勉強をしていたようで、一斉に俺に向けられたいくつもの目玉につい歩みを怯めてしまった。……あからさまに勉強が好きそうなダサダサくんもたくさん目に入り、慣れない空間にめまいのようなものを感じた。
気を取られた俺はアルミンの目玉を見分けることを忘れ、ずず、と音を鳴らしながらアルミンが立ち上がるまで、よくよくそいつらの顔を眺めてしまった。
「やあ、ごめんねジャン。……場所を、変えようか」
アルミンは普段居残りなどしないのだろうか。こんなに人が残っているとは思わなかったようで、結局は俺の学級の教室に移動することにしたようだった。……いわゆる〝不良〟である俺が勉強を教わっているということが、多種多様な噂を簡単にでっち上げて学年中に蔓延させてしまいそうな雰囲気だったからに違いない。……実際、まるで住む世界でも違っているように、俺の学級である三年七組の教室には、残念ながら居残って勉強をする生徒など一人もいなかった。なんとも閑散としていて、開放的だった。
「――じゃあジャン。数学だったよね、わからないところはどこ?」
一体何がアルミンの中に起こったのか、やはり昨日のような怖じ気を見せる様子もなく、どかりと適当な机に鞄を置いた。俺の席はあっちなんだが……と思いながらも、まあいいかとアルミンが腰を下ろした机の前の席に座った。
「……わかんねえところ? わかんねえ」
正味な話、俺は出席している授業で習ったことならばだいたいわかっている。だからどこが苦手か聞かれても、自分でもよくわかっていない。そしてそれを素直にアルミンに伝えると、鞄から教科書を取り出すところだったアルミンは、
「ええ、それは困るよ」
わざわざその動作を止めて、丸めた目を控えめに俺に向けてきやがった。
「……えっと、じゃあ、教科書を追って確認していくしかないね」
「ああ、頼む」
俺の一言は聞こえていたのかわからないが、とりあえずアルミンは「道のりは長そうだ……」と教科書に視線を落としたまま独り言ちり、
「はい、まずこの一番初めの公式だけど、」
さっさと教科書を俺の前に雑に広げて見せた。意外だったのは、そうやって俺の前に開かれたアルミンの教科書には、たくさんの書き込みがあったことだった。てっきり学年でトップの成績を修めるようなやつは生まれつき頭がバグっていて、聞いただけですべて理解できるような頓珍漢な天才かと思っていたから、そうではないと知って、なぜか少し気が緩んだように感じた。
初めて見るアルミンの指先が向いた先、それが示す先に太字で印刷された公式を確認して、
「あ、それはわかる」
俺は慌てて返事をした。
よもや悟られはしていないだろうが、なぜかアルミンに気を取られてしまっていたようだ。……オタクというだけで俺には〝未知数の生物〟ではあるわけで、きっと俺は優しいから、そんな虫けらのような底辺カースト勢にも理解を示そうとしたのかもしれない。
「そっか。じゃ、次だね」
そんなことを考えているなんてきっと思いもしていないアルミンは、さっといくつかのページを捲って見せた。
「なら、これ。この式は見たことある?」
「あーあるある、この辺はまだわかるぜ」
「……あれ、意外とわかるんだ」
声色から少し強張りが抜けているように感じた。……きっと先ほどの俺と同じように、アルミンも抱いていた〝隔たり〟のような何かが一つ、崩れたような感覚を得ていたのかもしれない。それを見ただけで、なんだか身体が軽くなったような気がした。……自分でもなんでそんな風に受け止めたのか、よく意味がわからない。
とりあえずこんな地味な作業をくり返していき、初見のものでもアルミンに少し解説してもらうだけでだいたい理解ができたので、結局『わからないところはない』という結論に達してしまった。……なんてこった。思っていたよりもアルミンの教え方がうまいせいだろうか。
数学の教科書をぱたん、と静かに閉じたアルミンは少しの間、何かを考え込むように俯いていた。もしかして俺の『勉強教えて作戦』が単なる作戦であると気づいてしまったのでは……と焦燥を感じ始めたところで、
「……ジャン、君、」
少しだけ顔を上げてメガネを整えた。
「わからないところがないのに、ぼくに勉強を教えてなんて言ったの?」
あからさまな訝しみを込めて俺のこの目を眺めていた。偉そうだなと毎度お馴染み一抹の苛立ちをこさえたが、それよりも作戦が明るみになってしまうことは避けなければと理性が働いた。
「あ、いや、違うぜ。な、何かで俺はマルコに劣ってるはずなんだ……」
何か、何でもいいので間を繋げないかと口を回す。他に俺が苦手そうで、なおかつこいつが教えにくいもの……そして、は、と俺の頭に一つの事柄が降って湧いた。
「あ、あれだ、あったぜ」
「うんうん、なあに」
「小論文だ」
「……なるほど」
神妙な面持ちで俺の顔を覗き込む仕草は、あまりにも深く納得していることを見せつけていて、俺が小論文が苦手というのをそこまで納得されるのも癪に触った。思わず手が出て、
「何納得してんだよ」
「あだだ、ごめん。なんとなくだよ。いちいちぶたないで」
「ああ、悪りい」
アルミンの頭を打った拳を収めた。打たれたところをすりすりと撫でてはいるが、気の抜けた顔からしてそんな強打にはなっていなかったはずだ。ちらと俺を打ち見して抗議しているつもりなのだろうが、俺はそれを無視してやった。
「じゃあ、ぼくがテーマを出すから、ジャンはそれについての小論文を書いてみてよ」
言いながら鞄を漁っているものだから何を引っ張り出してくるのかと思いきや、何かのプリントの束だった。よくよく見れば、それはいくつかの科目のものが重なっているようだ。窮屈な机の上にもお構いなしでそれを置いてしまい、あっという間にそれらが机上を占領した。
「……今ここでか?」
「うん」
「その間お前はどうすんだよ」
「あのねえ、ぼくにだって課題はあるんだよ。それを済ませておくに決まってる」
そうやって今取り出したプリントの束をトントンと指先で示された。誰もいない教室では、その木製の柔らかい音はよく響く。それでようやくそれらのプリントが俺にまったく関係のないもので、アルミン自身の済ませたい課題だったのだと合点がいった。
確かに、俺にかかりっきりになって本人の成績がおざなりになるようなことはあるべきではない。それに、俺の勉強を見るからといって、それに使う文房具までこいつが準備する道理もない。……なるほど、俺は俺の小論文をノートにでも書けばいいのだ。
「まあ、そうか。じゃ、早速テーマをくれよ」
「うん……そうだねえ……」
自分の鞄から適当にノートを一冊取り出して、それを後ろのページから使うように開いた。愛用のボールペンも取り出して、カチカチとペン先が出ていることを確認する。
「『学校における清掃時間について』なんてどう?」
「……はあ? そんなテーマでいいのかよ」
「初めは君がどれくらいできるかみたいから、こういうのでいいの。さあさ、書いて書いて」
今度はノートに集中しろとでも言うように、とんとんと指先で俺の取り出したそれを突いて見せた。今回の音はノートの紙面だったせいかくぐもっていて、そんなに響きはしなかった。とりあえずその指先からアルミン自身に視線を移すと、既に自分の課題プリントに向けて目を伏せていて、なぜか少しもわっとする。何に対してこんなにもわっとしたのかよくわからないが、それを振り払うように俺も自分のノートに向けて視線を落とした。
「……わあったよ」
「じゃ、終わったら言ってね」
「はいよ」
たちまち教室の中には俺とアルミンが走らせるペンの音だけになる。驚くほどあっという間に、二人とも自分の課題に没頭して……なんとなく、その感覚は心地よかった。
どれくらいその感覚は続いただろうか。
よっしゃ終わったぜ、と声をかけたが、アルミンはそのまま集中を切らさずに「ん、ちょっと待って」とペンを走らせながら応えた。すらすらと走るペンがあんまりにも軽やかに進むものだから思わず覗き込んで見ると、俺は選択していない物理の課題だったようで、何やら難しい単語が飛び交っていた。……それにしてもすごい集中力だ。
「あーはいはい、お待たせ、見せて」
顔を上げるでもなく唐突に手を伸ばされ、俺はなんなんだと戸惑いながらも素直にノートを手渡した。そういえば文字の量に指定がなかったので適当に書いたが、掃除時間についてなんて幼稚な小論文に、こんなやつから茶々を入れられるのはなんか納得いかないなと思ってしまった。……いやいや、趣旨を思い出せ。
アルミンがその集中力を維持したまま、俺の小論文に目を通し始める。その様子をずっと眺めているのもなんとなく気まずく感じて、俺は自分の鞄の中から先日買った雑誌を取り出した。まだ読んでいる途中だったからだ。
その雑誌は諸々の知識とはまったく関係なく、俺みたいなスタイルの男が好む服が紹介されている男性向け雑誌だった。きっとアルミンみたいなオタクのお坊ちゃんは触れたことすらないだろう雑誌だ。……それを開いた隣に、ダサいセーターの金髪きのこがあるのは、どうしてもちぐはぐに見える。
――『IQを試そうのコーナー』
ふと目を落とした先に、そんな一角を見つける。……毎度この雑誌のどこかに設けられているコーナーで、この問題が解けた人はIQどれくらいだの好き勝手に書いているコーナーで、俺は毎回これを馬鹿らしく思いながら目を通していた。……だってこんなもの、俺だって解けるのにIQがなんちゃらなんて信憑性が薄すぎて問題に没頭することすら、馬鹿にされた気分になるからだ。
……とは言いながら、今回もまたこの問題がいかにレベルの低いものか確かめるべく、それに目を通し始めた。どこかの一家が二人乗りのボートを使って川の反対側に行くのに、どういう手順を踏めば全員が安全に渡れるかとかなんとかいう問題で、考えなくてもすぐわかるような易しさだった。
「……こんなのすぐ解けたからって何もすごくねえじゃんよ。俺だって解けるのに」
いつもは一人で流してしまうコーナーだが、今回は隣にアルミンがいる。その意識が俺の中にもあったのだろう、自分でも不意に声に出して愚痴を垂れていた。
「え、なに?」
アルミンが少しだけ顔を上げて雑誌を覗き込もうとしたのを見て、今のは俺から話しかけたみたいだなと驚いてしまう。
「へえ……ちょっと見せてよ」
どういうわけかじわじわと動悸が広がっていくような焦燥感を抱いていたのに、アルミンと来たらお構いなしにそのコーナーをまじまじと眺め始めた。
少しの間だったがそうやって真剣にその問題を見ているので、こんなものにのめり込んでたまるかと思っていた俺はいったい何だったのだろうと過ぎってしまった。
「――……ジャン、君って頭がいいんだね」
またしてもアルミンはろくに顔も上げずにそう声を発した。
「…………はあ?」
あんまりにも予想外のことだったため、とっさにできた返事とはそんなものだった。
……こんな問題が解けたからって、俺が頭がいいって? これまでそんなこと微塵も思ったことがなかったので、俺はただただ驚きで言葉を失った。……いや、確かに仲間たちと噛み合わないときがあるとは思っていたが、それがよもやそんなことと関係があるとは思わないだろう。
「あのさ、オルオ先生のこの間の授業、」
俺もこいつも選択している理科系の授業の話が唐突に飛び出してきた。だがそれは印象深かったので覚えていて、
「……あ、プリント問題の?」
すぐに何の話がしたいのか意図が伝わった。
「そうそう。あれ、おかしい問いなかった?」
そう、プリントの中に、どう考えても辻褄の合わない問いが一つだけあったのだが、それを同じ授業を選択している仲間に尋ねても「よくわかんね」と返されて終わってしまっていた。だから「あった……」と控えめに応えてやると、珍しくしっかりと顔を上げたアルミンが食いつくように身体を乗り出した。
「だ、だよね!?」
「お、おう、」
初めて間近で見るアルミンの瞳は、俯いていたときよりもよほど彩のいい青い色だったことがやけに気に留まった。
「他のやつらにも、これおかしくねって聞いた」
「うんうん!」
だがそんな印象なんてすぐかき消してしまうほどの、あまりにもいい食いつきっぷりに、思わず俺も身を乗り出さずにはいられなかった。
「けど、誰もまともに聞いてくんねえしさ! やっぱアルミンもおかしいと思ったよな!?」
「思ったよ、思った。先生に確認しに行ったもん」
「わあ、やっぱそうかよ〜!」
声を上げながら背もたれに重心を変えると、ぎぎ、と少しだけ椅子が床をこすった音が響いた。俺のその動作で何かに気がついたのか、アルミンはハッとした表情を見せてから急いで顔を下げていた。青い瞳は十分な光を得られず、虹彩の色が暗く深くなる。今更気づいたが、よく見ていたのはこちらのほうの色だった。
「……ジャン、やっぱり君って頭がいいんだよ」
ちら、とそこから俺の顔を覗き見て、にへら、と微笑まれた。そんなことを学年首位を守り続けているアルミンに言われる日が来るなんてこれっぽっちも思っていなかったこともあり、
「……そうか……俺って頭がいいんだ……」
大真面目に噛み締めてしまった。
「あはは、何それ、気づいてなかったの?」
俺が冗談でも言ったと思ったのか、また笑いを含めた声で尋ねられた。だが、お生憎様だ、小学校まではなんとなく頭はいいほうだくらいの認識だったので、それほど深く考えたことがなかった。
「この論文も一通り読んだけど、目立って修正したほうがいいようなところもないし……」
「本当か?」
「うん、ぼくも小論文で満点取れるわけじゃないから偉そうなこと言えないけど、すごくまとまっててわかりやすいよ。ちゃんと準備して臨めば、ぼくよりも点が取れると思う」
再び俺のノートを手にして目を走らせる様子は、本当に真摯に俺の小論文と向き合ってくれているのがわかった。アルミンって、こういうやつなんだなと、なんとなくそこで実感が湧いた。
「……それ、本心か?」
答えはわかっていたのに一応尋ねてみたら、やはり即答で「もちろんだよ」と戻ってくる。もうそれ以上、疑う余地はなかった。……まったく違う穴の狢であるこの〝イケてる俺〟にも、すごいと思ったことはちゃんとそう伝えてくれるやつなんだ。
ふ、と、目の前に座るきのこ頭のことをこんなに深く考察していたことに気づき、慌てて思考を浮かせた。俺の目的はアルミンと仲良くなることではなく、その先にある『秘密』だ。こんな〝ダサいオタク〟に感情移入したところで、いいことなんて一つもない。
「……そっかあ。じゃあ、俺は一体何でマルコに劣ってんだあ?」
俺は作戦の軌道修正をして、本来あるべき場所に話を戻した。
「そもそもその『劣ってる』って基準は何?」
「だから、去年のマルコの同時期の成績よりも、全体的に低いんだよ」
……俺が『頭がいい』とはっきりと断言したアルミンが、もう勉強教えなくていいよね、と言わないとも限らない。それを阻止して、近づきやすい関係を作るのが最優先事項なので、なんとしても先手を打つ必要がある。
「……そっか。学年が一つ上だから、マルコと比べるなら去年の成績なのか」
「おう。悔しいがそうなんだよ」
まんまと俺に同情し始めたアルミンが何かを考えて口を閉ざした。この隙きを狙うしかない。
「なあアルミン」
「うん?」
「これからしばらく、俺の課題見てくんねえか? そんで、分析してほしい」
完璧なタイミングと流れだったと自画自賛する。
狙い通りアルミンはほんの気持ちの分だけ顔を上げて、少し困ったように笑った。
「……まあ、いいけど……不良仲間のほうはいいの?」
純粋に驚いた、まさかアルミンからそんな心配りをされるとは思っていなかったからだ。……そうだ、こいつは仲間の指示でここにいることを知るはずもないので、そんな疑問は抱いて当然だった。……だが、そこまで心配する必要はないのにと、またもわりとした窮屈感で身体はいっぱいになる。
「あ、おう。大丈夫大丈夫、そのあと顔出してやるからさ」
「そっか」
――目的を忘れるな。そう思い出して頑なにアルミンに食いつく。
「つうわけで、明日から放課後、お前の家に行ってもいいか?」
そう言った途端、アルミンは鬼気迫るような形相で顔を上げて、
「え!? そ、そんな、急だよお!」
あまりに必死に訴えるものだから、それが面白くてついからかってやりたくなった。わざと声を大きくして、にたついてやる。
「なんだあ? エロ本隠すくらいの時間は十分あんだろ?」
「ちょ、大きい声でそういうこと言わないでよ!」
「ははは、アルミンは童貞だな。それくらいで慌てるとか」
馬鹿にしてますと全面に押し出して鼻で笑ってやると、顔を真赤にして机の上に拳をぶつけた。
「もうっ、ジャンは最低だっ」
「結構結構。別にいいぜ?」
さらに悪どく笑ってやり、俺は焦るアルミンを見て楽しんでいた。アルミンはそのあともブツブツと文句を言っていたが、最終的には俺の課題を見ることを約束してくれた。ただし、自宅ではなくこうやって教室でならいいという条件をつけられたが……まあ、このまま行けば自宅に乗り込める日も近づくはずだ。なんと言っても、今日は何度か素のアルミンを見られたのだから……――意外と面白いやつだというのは、なんとなくわかったことだ。
第二話へ続く
(次ページにあとがき)
あとがき
改めましてこんにちは( ´ ▽ ` )
ご読了ありがとうございます!
アルジャンちゃんでは初の連載です(≧∀≦)
進撃の二次創作としてスクカパロは必修ということにして(勝手に笑)、
どーうしても書きたかったので連載を始めちゃいました!
お話の内容も王道中の王道ではありますが、
私がアルジャンちゃんで読みたかったのでお好きな方は、
ぜひとも最後までお付き合いくださいませ〜!
アルジャンちゃんがお好きな民が増えますように!!笑