3. 水面を追う③
支配人の部下に連れて行かれたアパートは、本当に支配人の優しさが滲み出るようなところだった。
私が初めて支配人と会ったときに住んでいたアパート同様の立地条件――詳しくは、大学からの距離やスーパーなどの生活に必要な店舗へのアクセスのよさ、そしてアパート自体のセキュリティに家賃の価格帯。どれをとっても私にとって最高のものだった。
アパートの玄関までボストンバッグを持ってきてくれた支配人の部下に別れを告げたあと、部屋の中に入ると生活家電や家具まで、以前私が使っていたものと似たようなものを揃えてくれていた。
新居なのに何故だかとても落ち着くような気がする空間は、おそらくそういう既視感に近い空間づくりのおかげなのだろう。
とにもかくにも心身ともに疲れ切っていた私は、そのまま新居のベッドに倒れ込んだ。
二畳ほどしかなかったパラダイスハートの女子寮に比べるとまるでホテルのスイートのような広さだが、今はそれに感嘆している余裕はなく目を閉じた。
私はここからすべてを再スタートさせるところにいるというのに、まるでここですべてが終わってしまったような虚しさを抱えていた。
支配人が言っていた、私の気持ちがストックホルムシンドロームによるものだという言葉――それを信じて忘れる努力をし、そして前へ進んでいくことこそが、支配人が私に願うことなのはわかっている。
けれどこの心に空いてしまった深く何もない穴は、それらに対する期待をすべて打ち砕いていく。……まだ別れの挨拶をして三時間程度しか経っていないというのに、もうこんなに支配人のことが恋しいのだ。こんなの本当に、これから癒えていくものなのか。
もう私には何もできることがない気がして、底知れぬ無力感とともに、私はそのまま寝入ってしまった。
次に目を覚ましたのは、すっかりと日が暮れきってからだった。とりあえず水でも飲もうと思い立ち上がり電気を点けると、既視感と未視感の間をふらふらと歩くような心許なさを覚えた。
そういえば新居のはずなのに電気が通っていることに気づき、蛇口を捻るとしっかりと水も流れた。……ということは、おそらくガスも開通しているのだろう。この至れり尽くせりっぷりがまた私の心臓を握りつぶした。
とりあえずコップに水を入れて家の中を見回した。
ダイニングのテーブルの上にはいくつかの書類が置かれていたことに気づき、これはなんだろうと気になった私はそれを拾い上げてみる。するとそれは私が出したことになっていた休学届の控えだった。――なんと支配人はあの状況で、私が通っていた大学への休学届を出してくれていたのだ。そしてその期間は一年。……つまり私はその時間を待てば、また元の学生生活に戻れる手筈となっていた。
……本当に、あの人はどこまでもお人好しで優しい人だったなと思った途端、どこからともなくぼたぼたと床に水滴が流れ落ちていた。始めはコップに穴でもと思ったが、そんなわけがなかった。身体の底から込み上げた熱のせいで、私は涙を溢れさせていたのだ。……どうしていきなり、そう思ったが、今となっては明白だった。
私はその場でしゃがみ込んで、ただひたすらに溢れてくる涙を拭った。
――私はもう、支配人と関わることができないことを、ここで改めて実感したのだ。
それからというもの、私は復学までにただひたすらに働いた。ただがむしゃらにバイトを掛け持ちして、コツコツと貯蓄を増やしていった。
何が理由だったかなんて説明するまでもない。
――やはり支配人が言っていたことは嘘で、私はいつまで経っても支配人のことを忘れられなかった。こんな微々たる端金、あったところでまずまったく意味もないのだが、私はただなんとなく、いつかまた支配人に会える日が来るのではないか、という淡い希望を捨てきれなかった。
戻ってきて落ち着いたころには、大学に出向いてミーナとも再会していた。始めはとても驚いていたが、それ以上にこの短い期間に私の雰囲気が一変していることに愕然としていた。……いなくなっていた期間は、たったの二ヶ月ちょっとだったが、まあ確かにキャバクラを経験したのだから雰囲気は変わっていたのだろう。しかし何より、無事で良かったと心から安心してくれたようだった。
そうして時間が過ぎ、私は無事に復学を果たした。そのころにはミーナはとっくに卒業していたが、私はここからまた改めてがんばろうと気合を入れた。
いっそ、それこそ進路を警察官や弁護士に変える手も考えたが、今の大学の卒業も間近だったので、とりあえずここを卒業してから考えることにした。
すっかり寒空に変わっていた夜の道で、私はアルバイトをしていたスーパーからの帰路に就いていた。
毎日毎日、スーパーからの帰り道を辿る度に、あの日支配人と初めて会ったときのことを思い出す。……あのときはアルバイトではなかったが、あのときもスーパーの帰りだったからだ。
そのスーパーに併設されたパン屋のアップルパイなどを買ったビニール袋をがさがさと鳴らしながら歩いていたあの日。今のスーパーにもパン屋は併設されていて、今日はその店の残りの破棄パンをもらったので、それを入れたビニール袋をがさがさと鳴らしていた。
あの日のことを思い出す度に、またフロアの廊下に入ったら玄関前に支配人がいる妄想をしてしまう。……あんな強烈な経験は、そう簡単に忘れられるものではない。……そう、忘れることなんて、できるわけがなかった。
未だにお守り代わりに持っている支配人の名刺。もちろんここに記載された住所に向かえばパラダイスハートにたどり着けることはわかっていたが、今そんなことをしたところで支配人にとっては新たな悩みの種になることだけが確かだった。私だってそんなに馬鹿ではない。安易に会いに行ってはいけないこともわかっている。
……私はいつになったら支配人のことを忘れられるのだろう。いっそもう会えないなら、忘れたいとさえ思う。……けれど、あの優しくて、少し哀しそうな笑顔が私の心に焼きついて離れない。……苦しい、もう本当に、苦しい。
「……?」
アパートの前の駐車場を横切ろうと差しかかった私は、思わず立ち止まっていた。アパートの廊下から漏れ出す光を見上げながら、見覚えのあるシルエットが立っていたからだ。
私はまだ影の中にいたから、こちらに気づいている様子はない。ただじっと、アパートの上階を見上げて佇んでいるその影が、私を釘づけにした。
――私はたちまち、息を飲み込んだ。
あの横顔、間違えようがなかったからだ。……あの、あの横顔は、あの精悍な横顔は。
気づけば私は考えなしに走り出していた。
いつも見ていたスーツ姿ではない。パーカーにジャケットという見たことのないカジュアルな服装だったが、私があの横顔を見間違えるわけがなかった。
距離が近づく。横顔がはっきりする。息が上がるほどの距離でもないのに、心臓が苦しくて息がうまくできない。
間違いない、間違いない。
「――支配人っ!」
私は抑えきれずに声を出していた。呼んでいた、そこに佇む人のことを。
どきり、と肩を振るわせたその人が、アパートから漏れ出す光の中、私のほうへ振り返る。その表情はどこからどうみても、しまった、と失態を悔やむものだったが、私はもう足を止められなかった。
「支配人……っ!」
「や、やあ、アニ」
目の前で足を止めると、その懐かしい声が私の名前を呼んだ。
まずい、顔が見られない。あの日のように突然湧き出した涙のせいで、顔を上げられなかった。
「……どうして、ここに?」
それだけを訊ねる。今、聞きたいことはそれだけだった。あんなに優しく私を突き放したというのに、どうして今さらここへ来たのか。――私に、会いにきたのか。
「あはは、ごめんね……会うつもりは、その、あんまりなかったんだけど……、見つかっちゃったや」
ばつが悪そうに笑う支配人の声に、私はさらに懐かしさを掻き立てられていた。けれど早くその顔が見たくて、私は涙を乱暴に拭ってから思い切り顔を上げた。
「……なんで?」
目が合った支配人は、どこか憑き物が落ちたような顔で私を見ていた。しかし私の勢いには驚いたのだろう、それについては呆気に取られているようでもあった。
「な、なんでって……それは、君の生活の邪魔になったら悪いなと思って……君にとっては思い出したくない思い出だろうし……」
そうして支配人は苦虫を噛み潰したように笑った。
ああ、やはりこの人は根っこの部分から優しさでできているのだなと実感した。でも今回に限っては、その優しさは完全に的外れだと言わざるを得ない。
「そんなことない! 支配人……!」
支配人が今になってここへ来た理由なんて、今はどうでもよくなった。思い切り抱きついてしまいたい衝動を抱えたがそれはなんとか抑えた。その代わりに、支配人の腕を掴んだ。もう本当に離れるのはうんざりだというこの気持ちを、ほかにどう表現したらいいのかわからなかったからだ。
……しかし、本当によかった。もし私が今ここに来ていた支配人に気づかなかったら……そんなことを思い浮かべて、一人で深く深く安堵した。
すると、ここで予想外に支配人が私の髪の毛に触れた。私の顔にかかっていた前髪を避けて、
「あはは、僕のこと、アルミンって呼んでよ」
こんなに無邪気に笑う支配人は見たことがないほど、嬉しそうに笑いかけていた。私の中でときが止まったように錯覚するほど、満たされた刹那だった。
「僕はもう、パラダイスハートとは、……いや、楽園会とは、縁を切ったんだ」
思い切り息を吸い込んでしまった。
「え!? どうやって!? 四億積んだの!?」
あんなに困難だと思っていたことを完遂したのだと告げられ、私は純粋に感嘆をこぼしてしまった。……いや、確かに『僕は大丈夫』って言っていたけれど。まさか、まさか本当にここまで〝大丈夫〟などと思いもしないではないか。
目をまん丸と見開いていた私を落ち着けるように支配人の笑顔は抜け落ちて、その時のことを思い出すような顔つきになる。
「……いや、楽園会は幹部十八人が全員逮捕されて壊滅したんだ」
「壊滅」
「エレンに協力してもらってさ。……あ、エレンって覚えてる? 僕の幼馴染の警察官」
名前を聞いて、私はすぐにその様相が浮かんだ。いつも赤毛の相棒を連れていた男だ。しっかりと覚えている。なんなら、イェーガーの名刺も未だに家に置いてあるくらいだ。
支配人はその経緯の続きを明かしていく。
「僕は数年をかけて幹部たちの犯罪の証拠を集めていたんだ。そしてそれを元に全員を逮捕してもらった」
数年をかけていたということは、私がパラダイスハートに連行されていったときは既にこの計画は始まっていたということだ。……さすがすぎるというか、支配人はあんな絶望的な状況の中でも屈することがなかったというのか。
「……でもあんたは? あんたも何かしらあったんじゃないの?」
「いや、僕は法に触れるようなことはしてないよ。いや、まあ、してたけど、証拠は残してない……元々強要されてのことだったからさ、まあ、いいかなって」
それを聞いた私は無自覚だった緊張感を解かれていた。一度は組織に加担していたのだから、もしかしてと少し焦ったが……お人好しな支配人が〝馬鹿正直〟でなかったことに驚きとともに、さらなる一面を見た気がして嬉しくなっていた。
それを隠すように「……そう」と静かに相槌を打ったのだが、それを見た支配人が何かを躊躇ったように口を噤んだ。
それから少しだけ様子を伺うように、私の顔を覗き込む。口にした言葉は、恐る恐ると紡がれたものだった。
「……幻滅した?」
その仕草に、私は打ちのめされるほどの衝撃を受けた。……そんな、私からの自分の印象を気にするような素振りを見せられたら、私はどうしたらいい。うるさい、心臓がばくばくとお祭り騒ぎで、うるさくて自分の思考さえ聞こえなくなりそうだ。
好きだ、支配人の眼差しや仕草、そして柔らかい声使い。すべてが私の細胞一つ一つに呼びかけているように惹かれて、頭がいっぱいになる。
私はなんとか支配人の前で正気を保とうと、顔を他所へ向けた。
「……ううん、安心したよ」
今私が返せるのは、これで精一杯だ。
しかし支配人はそんな私の心中など素知らぬ素ぶりで、ふう、と頬を綻ばせた。
「楽園会は独立した組織だったから、ほかの組織からの報復の心配もないんだ。それに、逮捕された幹部の中で、僕だけが逮捕されていないことを知る人もいない。だから僕はこれで、自由の身ってわけだ」
そしてまた、支配人も抑えきれていない喜びをその破顔で見せていた。その笑顔で、これが本当の出来事なのだと実感した。
私はすぐさま脳裏によぎったことを尋ねた。
「ほかの女の子たちは?」
楽園会が潰れたというのであれば、そもそもパラダイスハート自体が閉店になったはずだ。彼女らの行方や安否が気になったのだが、それすらも支配人の穏やかな表情からだいたいのことは察せた。
「もちろん彼女たちも自分の生活に戻ったさ。安心して」
言葉通り、私の中にあった懸念はあっという間に取り除かれた。……これで本当にもう、懸念する点は残っていないだろうかと思い返してみる。……だけどやはり、これ以上の結末はないと思えるほどだった。
「……よかった」
本当に。私は胸の深いところから漏れ出す吐息を溢しながら、肩からすべての力が抜けたようだった。
私がようやく訪れた支配人の自由と安寧を想い、それを噛み締めていると、支配人はまたぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「……それで、僕はこれから、高校の卒業資格をとって、大学に通おうと思う。弁護士になるためのね」
「うん」
「……そして、その、弁護士になれたらさ……、」
そこまで言うと支配人は何かとても言いにくそうに、もごもごと口を吃らせた。見る見るうちに彼の頬が赤くなっていくものだから、私はその様子から目が離せなくなった。
「――また、会いにきてもいいかな……」
むずむずと照れまくっているように視線を泳がせている支配人――私の心臓が一番にその真意に気づいたのか、どん、と私の胸を殴りつけてきた。
そうか、パラダイスハートが――楽園会が壊滅した今、支配人が私に会いに来てくれた理由は……。
そう思ってしまった自分を疑いもした。本当にそんなことがあるのか。私をただ守るべき女たちの一人として見ていた支配人が、……本当に? だが、今ここに立って、私にこの恥ずかしいまでの真っ赤な顔を見せてくれているのが、何よりの証拠だ。
私はこれまで押し殺してきた自分の想いを認めてもらえた気がして、また目頭が熱くなってしまった。支配人がくれた言葉に気の利いた応えが思いつかず、私はただただ静かに支配人に抱きついていた。――温かい、あのときのままだ。
「……そんなの、待てない、んだけど」
絞り出した言葉に、支配人はきょとんとしている。しかし、こんなの明白だ。――これから高校の卒業資格を取って、それから大学に行って、司法試験を受けて――そんなの、とうてい待てるはずがない。
「支配人、すぐに忘れるって言ってたけど、嘘だった。ぜんぜん、忘れられなくて……」
「……そう……なんだ……」
一方的に私が支配人を抱きしめているから、支配人はその手のやり場に困っていたらしい。抱きしめ返してくれないのは、おそらく支配人の中でまだ何か問題が残っているからだとすぐにわかった。……こうやって、いつでも自分の気持ちよりも、私や相手が傷つかないようにと、それだけを考える人だ。
だから私は、あえてはっきりと伝えることにした。
「もう、今から、会いに来て、ほしい……んだけど」
案の定、こんな慣れないことを言うものだから、私の頭の中では私の羞恥心が大爆笑している。あまりの恥ずかしさに耐えられなくなり、私は顔を隠すようになおさら強く抱きしめた。
未だに何かを躊躇っていた支配人は、おずおずとその手を私の肩に置いた。
「……でも僕、身寄りもないし、社会的な地位も何もないよ。君に迷惑をかけちゃうから――、」
「――そんなのはどうでもいい」
支配人が懸念していたことを知り、私はすぐさまその言葉を遮ってやった。そんな、私に迷惑がかかるとか、そんなこと、今ここで支配人を抱きしめている私が気にするわけがない。
「……い、一緒に……いたい……」
更なる羞恥に追い打ちをかけて、それでも私は負けじとそう伝えた。もうこれ以上の言葉は私からは出てこないだろうと自分でも思う。……しかし、支配人といられるなら、こんな羞恥なんて安いものだ。
ふ、と支配人の気配が動いた。
私の額に柔らかいものが当たり、そして心地のいい温かさをそこに残して離れていった。
まさに一瞬のできごとでしっかりと噛み締める余裕すらなく、私は驚きのまま顔を上げてしまった。
「……へへ、嫌じゃなかったらいいんだけど」
初めて見る、支配人のいたずらっぽい笑顔を見て、もしこれが本来の彼なのだとしたら、もっと知りたいと思った。
「嫌、じゃない!」
今度は私から支配人の唇に重ねた。何度も、その温かさを確かめた。――あの日、私を守るようにキスを拒否した支配人のことを思い出して、胸から溢れ出る衝動を抑えられなかった。
「あ、アニ……っ」
困ったように私を止める支配人に私は我に返り、
「その弁護士になる夢、応援する。だから、今度こそ側に……い、いさせて、ほしい……!」
脈略も何もなく、私はただ私の伝えたいことを口にした。いつも自分のことを犠牲にしていた支配人はそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。ぱちくり、と瞬きを見せたあと、静かに「……いいの?」なんて聞く。私はもちろんはっきりと「うん」と答えたやった。
何せ私は、復学するまで必死にお金を貯めてきたのだ。餞別だと言って支配人が持たせてくれたお金にもほとんど手をつけていない。
今度は支配人のほうから私のことを抱きしめてくれた。
「……はは、嬉しいよ。ありがとう、アニ」
穏やかで優しいその声が、私を温かさと一緒に包んでくれる。私はこの現状が信じられないような気がして、嬉しくて、胸が熱くなって、一生をこのまま過ごしたいとさえ思った。
しかしそれは呆気なく終わりを告げた。
腕を放した支配人が、何やら得意げに口を開いたからだ。
「……僕、隠すの上手かったでしょ?」
主語がなかったが、それはおそらく私への気持ちのことだとすぐに悟った。……だって現に、先ほどの言葉を聞かなければ、私は未だに何故支配人が会いにきてくれたのだろうと思っていたに違いない。
「うん、本当に私のこと興味ないのかと思った」
「あはは、そんなことなかったのにね」
楽しそうに笑う。よほど自分の演技に満足していたらしい。……それがどれほど私を苦しめたかなんて、きっと見当もついていないのだろうけど。
「……いつから? その、いつから、気持ちが変わったの……?」
思い切って支配人に尋ねてみた。
私たちが出会ったとき、私は間違いなく支配人の中で『守るべき女たちの一人』に過ぎなかったはずだからだ。……それが一体いつから『自由になったら会いにいく人』に変わってくれていたのか。
支配人は少し考える素振りを見せてから、
「うーん、君があのゲストを殴ったあたりかな」
さらっとそんなことを暴露した。
自分でもよく覚えているが、あの失礼なゲストを殴ったときは、本当に女気の欠片もなく、ただ野蛮さを披露しただけのように記憶しているが、まさか。
「あれで!?」
「うん、ほかの子たちとはあまりに違ったんだもん。それまでの君との会話もあったけどさ、君は僕に知りたくさせたんだ」
そう言ってにこにこと微笑んでいる支配人を見ていれば、嫌味などは微塵もなく、本当に純粋にそう思ってくれているのだなということはわかった。
「……そう……」
それでも、私の中で何か複雑な気持ちがあったのは拭えないが……ここはやはり、『変わり者でよかった』とでも思うべきだろうか。
私の気も知らないでにこにこと微笑んでいるその顔を見ていたら、唐突にいじめてやりたくなってしまった。その鼻を明かしてやろうと思ってしまった。
だから私は、支配人が私たちを出し抜いていたと思っていたであろうことを持ち出してやった。
「……ていうかあんた、歳下なんでしょ?」
「え、バレてたの」
案の定、支配人は驚きを隠せないようだ。少し満足した。
「私を見くびらないで」
誇らしげにそう言ってやったのだが、支配人はそんなこと気にも留めていないように「あはは、実はそうなんだ」と声を上げて笑った。
「……でも支配人が皆より歳下なんてさ、不安に思わせちゃうかなって思って、必死に背伸びしてた……上手くやれてたと思ってたんだけどな。……どうしてわかったの?」
不思議そうに顔を覗き込まれたが、
「……それは、秘密」
「ええ、」
私はそっぽを向いてそれを回避した。
そんなに一度にすべて話しきる必要はないし、第一、私よりも支配人のほうがまだ私に話さなければならないことが多く残っている。
この時間が終わってほしくなかった私は、私たちが今、寒空の下で立って話していたことに気づいてしまった。ひとときでも支配人と離れたくなくて、
「……と、とりあえず、一旦中に入って。中でゆっくり話そう」
強引に支配人の腕を掴んだ。
「え、あっ、アニっ」
急な展開に慌てているような支配人だったが、私は構わずにその腕を引っ張って、彼が用意してくれたアパートに連れ立った。……支配人を見つけたそのときから、そもそももう放す気などなかったのだ。
「――アルミン、今度は私があんたをさらう番!」
おしまい
あとがき
いかがでしたでしょうか〜!
長らくのご閲覧ありがとうございました!!
ひゃ〜〜連載終了まで一年!!
ちょうど一年かかってますよみなさん!!!!
こんなにかかる予定ではなかったのに〜!( ;∀;)
やはり、連載の形式決めないとだめですね……あはは……
はてさて、いかがでしたでしょうか。
今回、こちらのお話を書き始めた発端は、
アニちゃんの恋心に気づいていながら、自分からは矢印を見せないアルミンくんが書きたくて考えました。
ほら、ストヘス区のふたりって、アニちゃんからの矢印は割と明確で、ミンくんはそれを利用していた節があったので。
そんな感じの現パロを書きたかったんですけど、
ネタを練り始めたら何故かキャバクラパロに。笑
経験や知識まったくないのに書いてしまいすみません……その道の人に怒られそう……笑
あ、一つ書きながら後悔していたことは、
アニちゃんの父親の設定はよくなかったなってことでした。
アニちゃんの伯父とか、アニちゃんの母親とかにしとけばよかったなと……( ;∀;)
アニちゃんの父親ってしちゃったもんで、原作のアニパパを想像させちゃったかなと後悔してました;
私も原作のアニパパのつもりはありませんでした!笑(おい)
ご自由に読み替えてくださいね!
大人の読者様向けには番外編も書きましたので、余韻とかどうでもいいわ!という方はぜひどうぞ。笑
それでは長らくのお付き合いありがとうございました!
ご感想などいただけますと次回作(?)へのモチベにもなりますので、ぜひともよろしくお願いします〜
(ちなみに次回作は今のところ予定なしですが/おい)