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    最終話 ココロ・ツフェーダン【全年齢】


     イヴァンの家に向かう途中、何度か電話をした。だが、イヴァンは一度も応答することはなかった。そのせいで余計に嫌な予感が膨れ上がり、行く手を阻むものすべてが焦りを抱かせる。頼むからフランシスの思い違いであってくれと願うが、何度あの声色を思い出しても、おそらくこれは思い違いではないだろう。
     ようやく懐かしい一軒家が視界に入る。駐車スペースはあるが、イヴァンは車を所有していないため、そこは空になっている。何の迷いもなくそこに車を突っ込み、ろくに施錠を確認する余裕すらなく、車から飛び出した。脇目もふらずに玄関に向かいチャイムを叩くも、一切の反応はない。それどころか玄関に鍵がかかっていて、強硬手段でないと中に入れないかもしれないと覚悟をさせられる。……念の為、もう一度イヴァンに電話をしてみるも、結果は同じ。仕方なく、家の周りを回って見て、どこかの窓から中の様子を確認できないかと動き出した。……仮に玄関を蹴破ったところで、中にイヴァンがいないのなら意味はないからだ。そこに〝無事で〟居てくれと願う気持ちに拍車がかかり、焦りのままにブラギンスキ邸の周りを辿る。傍から見たらあからさまな不審者だったろうが、今は一刻を争う。
     一つめの窓を覗くと、そこはお手洗いだった。隣の窓は風呂場だ。さらに進むと、次の窓にはカーテンが引かれていたが、確かこの柄はキッチンのカーテンだったはずだ。中の様子がわからないので、諦めて次の窓に向かう。次もカーテンが引かれているが、おそらくそこはダイニング。そしてさらに向こうは、裏庭に続くガラス戸になっている。ここなら何かわかるんじゃないか。期待を込めてガラス戸の前に立てば、やはりカーテンは引かれていたものの、上手く重なっておらず少ない隙間から中が覗けた。
     ……家の中はすべてカーテンを引いているのか、真っ暗だ。それらの繊維をくぐり抜けた僅かな光が、ぼんやりと立体物を浮かび上がらせている。その暗晦あんかいな光景に不安がざわざわと掻き立てられる。先程はイヴァンが居てくれたらと願ったが……どうかこの光景の中にはいないでくれと思わずにはいられなかっ――
     ドクッと跳ね上がった心臓が報せた。思わず目を凝らしてしまった先には、確かに机に突っ伏している人影がある。奥のほう、先ほどカーテンが引かれていたダイニングで、あの大きさは……間違いなくイヴァンだ。電話をしても出ない、玄関のチャイムを鳴らしても反応しない……だが、そこにイヴァンの影は突っ伏して存在している。最悪の事態が脳裏に過り、焦ってまた電話をかけた。ぴくりとでもいいからそれに反応してくれと期待を込めて見つめても、イヴァンの携帯電話の着信音は虚しく勝手に流れ続ける。それがここでもはっきり聞こえているというのに、その人影は一つも反応を示さなかった。
     自分の息を捕まえる。現状に衝撃を受けて、また呼吸が乱れそうになる。周りに転がる酒瓶の山が見えて、フランシスの言っていた通りだと確信にぶん殴られる。こんな世紀末みたいな量の酒を流し込んで、それで人生に満足しちまったとでも言うのかよ。力いっぱいに揺さぶって正気を問いたかったが、今はまだ手が届かない。……どこか、どこからか、早く。早く中に入って……!
     辺りを見回す。念の為このガラス戸も引いてみたが、やはり鍵がかけられていた。……どこか、どこか……! すぐさま裏口へ回る。そういえばあそこはよく鍵を開けっ放しにしていた。そこが無理ならば、もう止むを得ない。どこかのガラスを蹴破って突入する。だが幸いなことに、駆け込むように裏口のノブを引けば、ガチャ、と音が鳴り、希望が繋がった。迷いの一欠片でも持たずに家に転がり込み、懐かしすぎる屋内を走り抜ける。……そしてついに、イヴァンが横たわっていたダイニングに入った。外から見たときと変わらず、それは身じろぎ一つせずにブラギンスキ家の食卓に突っ伏している。こんなに大きな音を立ててもだ。
     そこに立って、暗鬱のような暗闇を見下ろした。イヴァンの周りには酒瓶だけでなく、白くて丸い粒がいくつも散らばっていた。ギョッとして動きが止まったのはそのせいだ。イヴァンの突っ伏している食卓の上に、まさに薬瓶のような小さな瓶が転がっていた。……しかも、それは空、だ。何度めかわからないが、息が止まりそうになる。慌てて拾い上げれば、やはりそれは薬を入れていた瓶で、派手なラベルが貼られていた。しかも、おそらく新しく買ったものに違いなかった。このラベルの真新しさからして、この家にずっとあったものではないだろう。改めて目下を見渡し、ここに転がり放題に散らばっている白い粒が、これの中身だとすぐに繋がる。
     ――……遅かったのか? 遅かった、のか……?
     その光景に目眩がして、意識が遠のくように感じた。……だが、まだ確認をしていない。絶望するのは、ちゃんと確認してからでも遅くない。少々乱暴だが、急いでその薬瓶を食卓の上に置き直し、イヴァンの肩を揺さぶった。
    「イヴァン⁉︎ おい⁉︎ イヴァン⁉︎」
    俺様の力に合わせて不安定にイヴァンの身体が揺れる。ぐらりと後ろ向きに頭が項垂れ、見えた顔は酒のせいなのか真っ赤になっていた。……それを見て真っ先に思ったのは、『よかった、真っ青じゃない』ということだった。もし本当に俺様が思う最悪の事態ならば、おそらく真っ青になっていたはずだ。まだ手遅れじゃないことがわかり、自分でも驚くほど安堵して肩から力が抜けた。ぐわっと鼻の奥から目頭にかけて熱くなり、こみ上げた熱量にも驚いたくらいだ。
    「……ぅん……」
    「イヴァン⁉︎」
    イヴァンの表情に強張りが走る。眉間に皺を寄せて、小さく唸りながら身じろぐ姿を見て、目玉に溜まっていた熱が、さらに頭の中まで熱くしていく。――……よかった、無事だ。覗き込んでいた瞼が、ゆっくりと力を持ち始める様をじっと見守る。今か今かと、その夜明け前のような瞳を待っていた。
    「……あれ、ギルベルトくんだ〜」
    「はあ⁉︎ おまっ、」
    ふにゃりと、この場には不釣り合いすぎる、なんとも間の抜けた笑みを浮かべた。そうして自分の体勢が不自然なものだと気づいたのか、自分で身体を起こした。大丈夫だ、意識もはっきりしているように見える。立っていた俺様を見上げてまた笑ったかと思えば、元の体勢に戻るように食卓に突っ伏し直した。……おい、まさかまた寝る気か。
     思いっきりイヴァンの肩を掴み直して、
    「ンだよこれは⁉︎ 飲んだのか⁉︎ これ飲んだのか⁉︎」
    そこにあった薬瓶をイヴァンの視界に入れた。それをちゃんと見ているのか見ていないのか、よくわからない動作でしぱしぱと、眠そうに瞬きをしている。
    「え、あぁ……? なんだろ……あ、ぼく、寝てる……?」
    声もふわっふわだ。まるで寝言のようにぼやき、また瞼が閉じられる。いやいやいや、これはいくらなんでもアルコールの摂取のし過ぎだろう。このアルコールシロクマめ。
    「はあ? おい、起きろ。俺様は本物だ! イヴァン!」
    名前を呼ぶことで意識が少しは覚醒したらしい。イヴァンは「えへへ、これね、」と笑い、薬瓶を持っていた俺様の手の上からイヴァン自身の手のひらを被せた。燃えるように熱くなっている。
    「うまくね、ぼくの手の上に乗ってくれなくて、まだ、飲んでないの。これからあ」
    へべれけで呂律も怪しいが、ということは、やっぱりこれは百パーセント、アルコールによる泥酔状態だ。過剰な服薬での意識混濁ではないらしい。
    「……はあぁあ……!」
    一気に呆れと怒りが滾り上がったが、同時にこれだけ酔っ払ってくれていたからこそ、未遂で終わっていたんだと安堵する。……酔っ払ってるだけで、本当によかった。……この馬鹿野郎……! 唐突に納得のできない気持ちが湧いて、自制できずに思い切りイヴァンにこの気持ちをぶつけてやろうと睨んでやった。
     だというのに、イヴァンはまだ依然として、にへにへと酔っぱらい特有のだらしのない笑顔を披露している。
    「ねえ、なんで来ちゃうの〜えへへ、もうぼくだめだ〜」
    ごろん、と机の上で行儀悪く転がるように、上半身を天井に向けて声を上げた。イヴァンの背後にあったらしい酒瓶が転がり、ガコンという鈍い音をさせて床に落ちる。読めない動きで身体を転がすので、今にも散らばる酒瓶の中に落ちてしまいそうでハラハラさせられる。
    「は、おい、イヴァン? お前、いい加減ふざけるのやめろよ⁉︎」
    その大きな身体を捕まえて、また安定するように支えてやった。ったく危なっかしいたらありゃしない。
    「ええ、ふざけてないよ〜」
    悪態を吐いてやろうと思っていたのに、力加減のできていないイヴァンに先を越されて、痛いくらい力強く腕を掴まれた。突然のその動作に驚いて顔を見れば、それでも酔っ払っているせいで俺様に焦点を合わせられていない。ふらふらと視線が定まらない様子で、
    「君がいない毎日なんて、生きてたって意味がないって、この十二年間でわかったんだからあ、」
    未だ意識はふわふわさせているようだった。身体が落ち着きなく揺れている。こんなやつに何を言っても仕方がないのはわかっている。わかっているが、どうしても抑えられなかった。だって、そうだろ。いくら俺様と別れたのが悲しかったからって、これはあんまりだろ。
    「それでお前、俺様は今度ちゃんと話そうって言ったよな……?」
    この時点で、あ、やばい、というのは脳みその隅っこにはあった。先程から何度も溢れてきていたものは、別に引っ込んでしまったわけではない。収まりのつかない激情が身体を震わせて、ついにイヴァンの重たい胸ぐらを掴み上げていた。
    「俺様の話をちゃんと聞きもしないで、勝手にくたばりやがったら……ッ、」
    喉が詰まる。窮屈に感じて、声を押し出そうとすればするほど、視界が歪んでいく。それでも、ここで引くわけにはいかなかった。俺様の気持ちをちゃんとぶつけてやりたかった。
    「お、俺様はどうなるんだよ……! お前がいなかったら……ッ!」
    「……ギルう?」
    綿あめのような芯のない声とともに、イヴァンが俺様の頬に触れる。そこに流れたものを触って確かめている。そうだ、ちゃんと見やがれ。お前が何をしたのか。
    「ただでさえ、普通に生活してても、お前の顔がちらついて……っ苦しくなって……! 自分の頭じゃどうにもできない部分まで、お前でいっぱいなんだぞ……! だから、ちゃんと話そうって……なのに、お前がこんなことしちまったら……俺様は……」
    もうもはや視界は光が屈折し放題で、イヴァンの表情はよくわからなかった。それでもしばらく睨み続けたあと、瞬きをしたら、たくさんの水分が凝結して涙として飛んだ。……まさにそのときだ、イヴァンの顔が歪むか涙が溢れるか、どちらが先かわからないが、
    「……じゃあぼく、どうしたらいいの?」
    まるで決壊したようにイヴァンの中からも次から次へと心痛が溢れ出してきた。
     震える声でそれだけを尋ねて、答えを強請るように見返していた。無論、それに俺様は適切な応えを返してやることはできない。イヴァンの胸ぐらを掴んでいた手を覆われ、そうされたことで、俺様も簡単に手放してしまう。こんなに熱い手に握られていたら焼かれてしまいそうだと思いながらも、振り払わずに包まれたままでいた。
    「本当は、君が離れたくても、ぼくは嫌だ。君とずーっと一緒にいたい。でも、この気持ちが、ッ、君を怖がらせたら、悲しいから……」
    今度はイヴァンが俺様に縋るように肩を掴んだ。きれいに整えているスーツにも深いしわが入り、そのまま力なく項垂れるから、二人して床に膝を落とした。周りに転がっていた酒瓶が、ごろごろと音を立てながらあちこちへ散らばっていく。
    「ひっ、ぼく、君が大好きだから、聞き分けのいい、君にとって、非の打ち所がない人に、なりたくてッ」
    ひっく、えぐ、としゃくり上げて、一生懸命に言葉を繋ぐ。ここが絵本の世界なら、間違いなく洪水になっていたところだ。俯けてしまった顔は見えないが、その滲んだ声は溢れさせる涙を隠さずに晒した。
    「……あー……やだ、ぼく、かっこわるい……何をやってるんだろ……もうやだよ……もう、疲れた……」
    ……そうだ、これがイヴァンの本音だ。よほどあのときに俺様を手放したことを後悔しているのだろう。その後悔のあまりに、俺様の気持ちばかりを汲もうとして……そりゃ疲れるだろ。俺様だって、疲れる。ちゃんとしたいことはしたいと、したくないことは、したくないと。……はっきり言わないとだめだ。いい大人のくせいに、そんな簡単なことも今まで気づいていなかった。
     イヴァンの肩を持って支える。支えた上で身体を離して、俺様は潜り込むように俯いていた泣き顔にキスをした。
    「んっ、ん……」
    案の定、涙の伝った轍のように、唇に塩っぽさが触れる。この涙の味は、俺様のものだろうか、イヴァンのものだろうか。その間もイヴァンはあくまで力なく無抵抗で、だから俺様は好きにキスを重ねた。重ねれば重ねるほど、アルコールの匂いが強くなる。こいつの身体の中は、未だにウォトカで溢れているらしい。
    「……酒の味しかしねえな」
    唇を離してから小さく笑ってやると、イヴァンは同じくらいの声量で「ごめん」とぼやいた。それからずず、と二人して格好悪く鼻をすすり、ようやく、イヴァンは少しだけ顔を上げた。アルコールと涙に浸された目玉は、うるうると熱湯に覆われているような神妙さがあった。……思わずそこにもキスをしてみたくなり、そっと目を瞑った瞼にも触れた。
    「……俺様のこと、手放したくない?」
    問えば、ハッと息を呑むように顔を上げられ、
    「……絶対にいやだ」
    釘を刺すようにまっすぐと、俺様の瞳を見返した。……ちゃんと、言えるじゃねえか。
    「俺様と離れるのは?」
    「できる限りのことをして……ううん、なんでもする。なんでもするから、あらゆる可能性を潰したい。ぼくは死ぬことより、君をなくすことのほうが、怖いんだ」
    また瞳が熱を上げる。この真っ暗な部屋の中で、どこからこんなに光を集めているのだろうか。疑問に思えるほどきらびやかに、目前に構える澄んだ瞳の中では、ゆらゆらと光が揺れている。
    「……じゃ、約束しろ。この先、死んでも一緒にいるって。死んでも、目を逸らさねえって」
    「……約束する。約束なんてものじゃない、ぼくの望みだもの、夢だもの」
    優しく頬に触れられる。その手の熱さは思っていたよりも、よほど心地よく感じた。
    「でも、君の気持ちを、まだ聞いてない、」
    イヴァンから寄越された言葉に、ドクッと心臓が跳ねる。
    「ぼくと離れたいって。一緒に、いたくないって」
    「……あれは……」
    「うん」
    まっすぐすぎる視線を見返せなくなる。あれは俺様の言葉が足りなかったことが原因の、イヴァンの勘違いだ。そういうつもりじゃなかったと、ようやく言える状況に差し掛かっているのに、後ろめたさからまた言葉を選びきれなかった。
    「お前のせいじゃない」
    「……うん?」
    だが、ここで言わなきゃ意味がない。腹を括って、この際浮かんだ言葉は片っ端から声にしようと決心した。その決断が背中を押して、今度は俺様のほうから突き刺すように目を合わせる。
    「お、俺様が勝手に一人で、お前のことを疑って、信用できなくて……どうせまたすぐ捨てられるって、そんなことになったら、今度こそ耐えられないって……思って」
    ぶれない視線は、貪欲に俺様の言葉を欲していた。ただ静かに耳を澄ませて、紡ぐ言葉を吸収していく。余計に熱が入って、イヴァンの肩を掴んでいた手にも力がこもる。
    「だが、お前と別れたいって意味じゃなかったんだ。お前が側にいなくても、俺様は大丈夫だという確信が欲しかったんじゃないかと、思う。だから、日本でまずは一人でやってみようって……うおっ」
    唐突にイヴァンに抱き寄せられて、抱きとめられて、ぎゅうっと力強く擁された。まるで俺様をその腕の中に閉じ込めるような仕草で、
    「……ぼくがいなくちゃ駄目なんて、嬉しすぎるよ」
    俺様の反論を封じてしまう。
    「君が、ぼくがいないと立っていられないって言うなら、どこまででも追いかけて、君を支える。一人でいられなくても、いいじゃない」
    どうしても手放したくないらしく、言い終えてからもさらにぐっと力が加わっていた。……イヴァンのその仕草には異論はない。だからゆっくりと背中を抱き返してやって……それでも言ってることには、大いに反論があるわけで。
    「ばか、そうじゃねえんだっつの」
    抱擁しながら口論している、なんともへんてこな状況になっていた。
    「お前に依らずとも立っていたい。その上で、俺様とお前が一緒にいるほうが、特別な感じしねえ?」
    「でもっ……」
    耳の真横で、イヴァンの不安げな声が弾けた。落ち着けるように、そっとした手つきで髪の毛に指を通していく。
    「お前なんか必要ない、だけど、必要ないのにお前と一緒にいたい。そういう関係とか、どうだ?」
    イヴァンに問いかけたくせに、何故だか自分でも首を傾げてしまいそうだ。……言いながらも、これは本当俺様の本心かと自問する。……これは、こいつを安心させてやりたいがための方便じゃないのか。……そう、自分が一番わかっている。本当はそれっぽいことを言ってるだけで、本当は、またこいつにこんな風に裏切られるんじゃねえかと……。……だが、そうだ。最終的にはちゃんと答えは出ていた。この二つの事柄は表裏一体……イヴァンに投げ出されるのが怖いのは、自分一人で立っていけるか不安だから。……イヴァンに尋ねたことは、俺様の本心からそう遠くはない。
    「……やだ、」
    俺様がぐるぐると考え込んでいたように、どうやらイヴァンもかたかたと思考を巡らせていたらしい。
    「ぼくは君に必要とされていたいよ」
    俺様にこいつなりの結論を寄越した。
     どうやらイヴァンは、何もわかっちゃいないらしい。俺様はお前が必要だから困ってるということを、微塵も理解していなかった。こんなに必要で不可欠だと言ってるのに、こいつはまだ、俺様を信用してくれてないわけだ。……こいつもどっこいじゃないか。とどのつまり、お互いに過去の傷のせいで、上手く近づけていないということ。確かに互いにこんなに気持ちを持っているのに、傷をつけたくないあまりに、あっちへこっちへと行き違っている……なんてもどかしさだ。
    「ギルベルト、くん」
    優しい声に、思考が遮られる。
    「ごめんね、困らせて、ごめんね、本当に違うの。まさか、君に伝わるなんて、思ってなくて。勝手に一人で、終わらせるつもり、だったのに」
    ――ああ、苛立ちと一緒に、大事なことを思い出した。一人で勝手に終わらせるだ? そういえばとこの状況に気づいて、先ほど突沸した怒りを取り戻した。これはなあなあにしてはいけないものだ。
     イヴァンからゆっくりと身体を放して、
    「……ああ、そうだった、フランシスから言付け預かってる」
    「……ふ、フランシスくん?」
    身体を引いて、そして、思いっきり――
    「ふっざけんなッ‼」
    どこッといい音を立てて、イヴァンの頰に俺様の拳がぶつかった。
    「いったあっ! 何なの⁉︎」
    キッと戻ってきた視線が、初めて見るほどに闘志を燃やしていて、今にも殴り返されそうだった。俺様が見ていないだけで、実際に拳を握っていたかもしれない。だが、それでも膝立ちの体勢からだ、そこまで力は込められなかった。それはせめてもの俺様の優しさだと思え。むしろごつごつとしたこいつの頬骨に当たり、強い衝撃を食らった手のひらを自分で労わりながら、イヴァンに食いつくように大口を開けた。骨の芯までじんじんする。
    「自分勝手にもほどがあんだよ‼」
    確かに殴るのはフランシスの言付けだが、それ以降の言葉は俺様からの見舞いだ。
    「お前っ! そんなだから俺様が不安になるんだろ‼ てめえの人生大事にできねえやつが、俺様を大事にできるわけがねえ‼ 二度とこんなこと考えんな……っ‼ その上で、好きなだけ俺様に食らいつけ‼ 二度と投げ出さねえって、俺様を心底、安心させてみろよ‼」
    勢いに任せてそこまで怒鳴ると、はたはた、面白いくらいに丁寧に瞬いて見せて、
    「……ご、ごめん……」
    直前の凄みはどこへやら、俺様が殴った頰を押さえて喉を震わせた。
    「そもそもな! ここまで散々甘かしといて……俺様にお前に溺れちまう恐怖を植えつけといて、今さらそんな勝手なことしたら、今までのお前の努力ってなんだったんだよ⁉︎ 俺様を手放したくねえんじゃなかったのかよ……⁉︎」
    この二ヶ月をふり返っただけ溢れてくる感情に、胸が苦しくなる。痛くて、切なく軋んで、ぎゅっと掴まれたようで。……目の前で呆けているイヴァンが……悔しいくらいに愛おしくて……。
    「もう、俺様は……道を分かつ気なんか、ねえんだよ……」
    もののついでだ。イヴァンに倣って自分の本心を吐露してやり、そうしてまた、
    「んっ……ギルベルトくん……ッ」
    イヴァンの不意をつくように、思い切りよく口に食みついてやった。ただ唇を重ねて、それだけで、離れてから深呼吸をした。イヴァンは未だに間抜けに呆けていたようだが、しっかりと俺様を見つめる瞳は変わらなかった。
    「……わかったら、ほら、会社行くぞ」
    イヴァンの肩に手を置き、立ち上がりながら指示を下した。その手を慌てて捕まえられ、
    「……こんなにお酒臭くちゃ行けないよ」
    甘えるように見返しやがるので、改めて苛立ちが拳に寄る。
    「てめえ、仕事なのわかってて飲んだんだろ! 自分でしっかり落とし前つけやがれ!」
    あたかも一緒にいてくれと言いたげな眼差しをふり払い、俺様はスーツのジャケットを整えた。……そうだ、今日は絶対にやってやると腹に決めていることがあるのだ。こんなことに悠長に付き合ってやる余裕はない。
    「……俺様も……今日、辞表を出すつもりだ」
    その決意が少しでもイヴァンの原動力になればと、それも付け加えた。
    「……そうか……。ごめん、」
    真意を察せられたのか、しゃっきりとイヴァンの背筋が伸びる。まだまだ酔っ払った面をしてやがるが、酔っ払いなりに仕事モードに切り替わったらしかった。
    「あとから絶対出勤するから、先に行ってて」
    「……絶対だぜ?」
    「うん、ちゃんと行く」
    食卓に手をついて、重たい身体を持ち上げながらイヴァンは断言した。目に映る光もしっかりと意志を持ち直したのを見て、俺様は改めて心の底から安心できた。……本当にもう、イヴァンは大丈夫なんだろう。
     ならばと踵を返すために一歩を引くと、
    「……あのね、ギルベルトくん」
    「あんだ」
    呼び止められたその表情は、なんと呼べばいいのかわからないほどの、ためらいとくすぐったさを混ぜていた。不可抗力だ、その表情をさせる心持ちはいったいどんなものかと、たちまち釘づけになってしまった。
     だが、イヴァンはまた、緩く微笑み直しただけだった。
    「……ううん、なんでもない……。……行ってらっしゃい」
    ならばと俺様も笑みを浮かべ、そして、昨晩からきっと散々泣いていたらしい、くたびれきった目元に触れた。
    「おう、じゃ、後でな」
    本当はもっとずっと名残惜しかったが、有言実行だ。仕事に出るくらいで離れられないなんて思っていたら、今後日本に行くのに身が持つわけがない。……自分に言い聞かせるのは得意な俺様は、ここでもそれを発揮して、ブラギンスキ邸から踏み出した。
     車を運転してしばらくして……もうこの信号が青になれば最後、俺様は会社の社用車を停めるための駐車場に到着するという頃合いに、イヴァンからのメールを受信した。本文を確認する前に青に変わったので、一旦それをしまって運転を再開したが、内容が気になってそわそわしてしまった。
     それでも運転は安全第一。しっかりと駐車場に停めてから確認すれば、『ぼくも辞表出すから、ちょっと待ってて。一緒に出そう』という本文が飛び出てくる。……もちろん俺様は首を傾げるわけだが、それと同時進行で返信を打ち込んでいった。
    『辞表を一緒に出すのか? それはあんまりだろう』
    送信を完了してから降車の準備をしていれば、その間にもイヴァンのメールが返ってくる。たった一言、『いいの』と。その返しもとても不可解だ。まさか連れションでもあるまいし、いい歳した大人が並んで一緒に辞表を出すなどと、常識から言って考えられない。だから俺様はまたイヴァンに『なにが?』と返信をして、それに対してもたった一言の返事をもらう。――『私怨』、それだけしか書かれていないメールでは、俺様の気がかりは解消されることはなかった。……まあ、いいか、あとで詳しく事情を尋ねようと、その件については一旦自己完結させる。
     改めて荷物を抱え、車から降りようとしたところで、あ、とまた別の顔が脳裏に浮かんだ。……フランシスだ。今朝連絡をくれた際、とても慌てていたから、無事にイヴァンと話ができたことくらいは報告してやったほうがいいかと思い至る。
    『イヴァンのやつに一発食らわせてきた。たぶんもう大丈夫。ダンケ』
    それ以上詳しく知りたかったら、おそらくまたメールなり電話なりを寄越してくるだろう。簡単にそう予想をつけて、満を持して車を降りた。

     その後、お昼ご飯の時間も回ったあとか。おそらくシャワーだなんだと身なりを整えたイヴァンが、遅めの出社を果たした。俺様含めて営業部の各班長に無断での欠席をしっかりと謝罪して、それから俺様に改めて「お待たせ」と言った。
     いつの間に準備したのやら、イヴァンのデスクの中から、辞表が出てくる。イヴァンにしてはきっちりとしたものだ。他の班長には見えないように角度に気をつけて、ここに準備万端だよと目配せで知らされる。……そうか、こいつはどの道ロシアに帰るつもりでいたから、きっと昨日の日中にでも書いていたのだろう。
     こいつが到着するまでの間に、もう一度メールのやり取りで『私怨ってなんだよ』というところを尋ねたが、結局『話すと長くなるからいつかね』と返されて終わった。……イヴァンがこの会社に勤めていた短い期間に、いったいぜんたいどんな『私怨』を拵えたのか気になるどころだが、まあいつか話してくれるというので、ここは大人しく引き下がることにした。
     そうして二人で営業部のフロアを出発する。そう遠くはないが、区画は完全に離れている経営層と総務部が構える一角へ向かった。ただでさえ辞表を出すとなると少し身構えるというのに、今はイヴァンと並んでいるからか、それを二倍に感じているような気分になる。……と思い、イヴァンのほうを見てみたら、こいつはいつもと変わらず気の抜けた顔をしていた。……もしかすると、まだ完全にアルコールが抜けきれていないのかもしれない。少しおかしくなって頬が緩んでしまい、いかんいかんと引き締めた。
     そうして総務部の一角に到着する。仕切り板の間に作られた入り口に立ち、お疲れさまでーすと声をかければ、そこにちょうど社長がいたことに気づいた。何か重要な話をしていたような風ではなく、おそらく雑談でもしていたのだろう、総務部の中の空気の柔らかさでそれを見受ける。……なんとタイミングが悪い、と思いつつも、社長がいるから辞表の提出を改めるというのは、余りにも男らしくない気がする。視線に一切の揺らぎを許さずに、むしろまっすぐに社長の元へ歩み寄った。イヴァンも一足遅れて、俺様のあとについてくる。
     その様子は社長にとって理解し難いものだったのだろう。あからさまに怪訝そうな表情に切り替わり、話しかけていた総務の社員から、俺様たちのほうへ身体を正した。
    「なんだね、どうしたの、二人して」
    社長の前に立ち、気持ちを改めた。
    「……社長、俺、この会社辞めます」
    言葉と一緒に、昨日から今日にかけて準備したその封筒を差し出した。それを見るために降ろされていた目玉が、大きく見開かれながら俺様を捉える。ここから、どうしたんだ、なんでそんなことに、と問われるのかと身構えたのだが、実際に社長の口から出てきたのは丸っきり違う言葉だ。
    「……そ、そうか。長い間ご苦労だったね。優秀な人材をなくして残念だよ」
    拍子抜けするくらいにあっさりとしていた。実際に激しく拍子抜けして、そのままの声をこぼしそうになった。だが、俺様がそうするよりも先に、イヴァンが後ろから手を伸ばしたことで、一気に場の空気が変わった。……イヴァンが差し出した先には、イヴァンなりにきっちりと作った辞表が握られていて、それを見下ろしていた社長は俺様のときと同様に、目玉を零しそうなほどに見開いて顔を上げた。
     社長とイヴァンの視線が、静かにかち合った。すう、とイヴァンが息を吸ったのが聞こえる。それくらい、イヴァンと俺様の距離は近かったらしい。
    「社長、ぼくも辞めます」
    確固たる意思を覗かせて、普段よりも幾分も凛とさせた声がフロアに響いた。その声につられて、思わず横顔に見入ってしまっていた。
    「あ、いや、待て、」
    それに気づいたのは、社長の慌てるような声と、一瞥するような視線に気づいたからだ。……俺様のときとは違い、ずいぶんな慌てようだ。……なんというか、少しだけ不満のようなものが胸のあたりで生まれるが、そんなことに社長はお構いなしだ。
     イヴァンの腕を引っ張り、俺様から引き離すようにそこに立たせ、
    「イヴァンくん、それはいくらなんでも困る」
    諭すようにイヴァンの顔を見上げた。
    「君とギルベルトでは立場が違うんだよ。落ち着いて話そう。一体急にどうしたんだい」
    だが、社長を見下ろすイヴァンの眼差しは、すこぶる冷たいものだった。
    「急ではないんです、すみません。〝私情〟で」
    そのとき初めて、イヴァンが『私怨』と言った意味がわかった気がした。何せ、こんなに他人に対して攻撃的な視線を向けているのを見たのは初めてだったからだ。いつもほやほやと腑抜けた笑みを浮かべているイヴァンが、こんな表情をするのかと驚き、背筋に電撃のようなものが駆け上がった。……俺様の知らないところで、イヴァンと社長との間に何かがあったのだと悟る。しかし、なぜかそのあと、社長は俺様を睨みつけた。今、話をしている相手はイヴァンだというのに、俺様を睨みつける意味がわからない。
    「……え、なんすか」
    一応そう返してはおいたが、この流れで俺様を睨みつける理由があるとすれば一つだ。……俺様がイヴァンに一緒に辞めるよう、けしかけたのだと思われている。それはひどく心外だが、はっきりそう言われたわけでもないのに否定するのもおかしい。あまりにも不自然だ。
     見ていた社長は諦めたように俺様から視線を放し、改めてイヴァンを見やる。それから心を整えるように深呼吸をして、
    「一人ずつ、退職の時期など詳しく話すから、今から応接室に入って。まずはギルベルトから」
    指示を出しながら、手近な総務部の人間に目配せをしていた。おそらく応接室の利用表に、誰か代筆しておいてくれという指示だろう。察知した一人の社員が早々と立ち上がり、それだけで満足した社長は、すぐさま応接室のほうへ足を向けた。今現在、総務部の部長は席を外しているらしく、社長直々に退職の話をするようだ。一応俺様も返事をしながらあとについていたが、果たしてそれが聞こえていたのかは定かではない。
     応接室に入る直前にふり返ると、廊下のほうからイヴァンが俺様を目で追っていた。その目がいかにも心配しています、と言いたげなものだったので、また先ほどのように頬を緩めてしまった。……社長と俺様の付き合いは今に始まったものじゃない。そんな心配することは一つもねえよ。そう目配せに含めて返してやった。
     それから応接室に入る。先に腰を下ろしている社長を見つけて、急いで、だが静かに扉を閉めた。俺様がイヴァンに仕事を教えてやっていた机と椅子は奥にあり、その手前には来客用のソファがある。見栄を張って少し高めのソファを揃えたものだ。肌触りのいいカバーに触れ、ゆっくりと社長の向かいに腰を下ろしている最中も、ずっと静かに見られていた。
    「……で、ギルベルト。どういうつもりだね」
    まず初めに社長が呈した疑問に、俺様のほうが引っ掛かりを覚える。何について質問したいのか、この言葉だけでははっきりしない。
    「……何がっすか?」
    「何がって。辞めたかったら一人で辞めたらいいでしょう。イヴァンくんまで巻き込むのは関心しないね」
    ああ、やっぱり。そう零したくなったのは当然のことだと豪語したい。総務部の中で思ったことが当たりだったのだから。……それでも、それに関してはまったく身に覚えはない。初めからイヴァンは自分の意思で、俺様についてくると言っていた。……もっとも、ロシアに帰ることに変更したようだが……今朝の出来事を経て、その心境がどう変わったのかは、俺様自身まだ聞かされていない。
    「こんな時期に君とイヴァンくんが同時に辞表なんて持ってきたら、そりゃ君が唆したと思うでしょう」
    何の反応も示していないというのに、社長は尚も落ち着いたトーンのままそれを付け加えた。まだ言いたいことがあるだろうかと黙って見ていたら、今度はじっと俺様を見返して、ちゃんと反応を待っている。
    「……唆すって心外っすね。俺は、自分がこの会社を辞めようと決断しただけです。イヴァンのはイヴァン本人の判断ですから。実際、あいつがこのあとどうするつもりかは、俺はわかってねえっす」
    あくまで冷静な対応を心がける。別にこの会社を去るからと言って、喧嘩別れがしたいわけじゃない。……だが、残念ながらそう思っているのは俺様だけなのか、社長の放つ少し攻撃的な雰囲気は変わらなかった。
    「そんな話があるかね。君がイヴァンくんを連れ去るんだ。これでこの会社は大事な幹部を一人なくすことになるんだよ。これから経営が傾いたらどうしてくれるんだ……」
    よほどイヴァンも辞めようとしているのが気に食わないらしい……将来を有望視して思いきって部長に抜擢した若手だ。まあ、去られることは確かに不都合なのだろう。……そうか、本田も言っていたな。『社長さんが手放さないんじゃないですかねえ』と、あの電話越しの音声をうっすらと思い出していた。
    「それは、社長と総務の人事次第ですから」
    なんとなくそこまで頑なになっている社長が惨めに見えてきてしまい、なるべく逆撫でしないよう気をつけたつもりだ。その気遣いが功を奏したのか、俺様に食いつくように身を乗り出していたところ、嘆息を吐いたあとに体勢を変えてみせた。多少楽になる座り方になり、鋭利に光っていた眼光からも、柔らかく力が抜けた。
    「……そうか……わかった。もういいよ。今まですまなかったね」
    そうして飛び出してきた謝罪だったが、それについては上手く飲み込めず、耳を疑ってしまった。……今、この応接室でのやり取りについて謝罪をされるならわかるが、どうしてここで『今まで』と言及されているのだろうか。これまでのことをふり返っても、多少強引なところはあるが、それでも前向きなこの社長は嫌いじゃなかった。
    「あとはイヴァンくんと話すから……で、ギルベルトは、月末まででいいね」
    思っていたよりもよほど安々と、社長の結論がくだされた。……イヴァンがされたように食いつかれても面倒だったが、こんなに軽く認められるのも、少し複雑な胸中になってしまう。……結局はやはり、イヴァンは社長にとって〝お気に入り〟だったんだとよくわかった。……だが、この潔さは、俺様への最後の配慮だと思うことにする。
    「そうっすね。そしたら引き継ぎとか必要であれば、十分だと思います。後任、必要だったら考えておいてくださいね」
    「ああ、考えとくよ」
    イヴァンが空ける部長の席とは違い、俺様の席は真新しいものだ。俺様が実験的にその役職をこなしたことにして、今後どうするかの判断材料にしてくれたらいい。……実際に、無駄な時間も多い役職ではあった。
    「それじゃ、イヴァンくん呼んで」
    ふりふりと煙でも払うように手を振って、社長は静かにそう告げた。……どうやら本当に社長の眼中にはイヴァンしかいないらしい。社長にとっての本題はここからだというわけだ。それをもう一度実感して、呆れのようなため息を吐いてしまった。社員でなくなるとわかった途端にこの態度……まあ、そう振る舞いたいなら好きにすればいい。
     これ以上俺様が何かを言うのは不毛であり、俺様はこの、社内でもおそらく一番肌触りがいいであろうソファから立ち上がった。上からの目線になってしまい、見下ろした社長は、ひどくしょぼくれて見えた。こんな表情をする人だったかと思い返して、
    「へい。じゃ、失礼します」
    それすら不毛であるかと背を向けた。……とりあえず、俺様の話は通ったことになる。
     扉を開けて一歩外に出ると、イヴァンがすぐそこで待機していた。未だに少し心配そうな顔をしていたから、お前どんだけだよと小さく笑ってしまった。安心させるように肩をポンポンと叩いて、「お前の番だぜ。精一杯がんばれよ」と伝えると、キリと眉根を寄せて気を引き締める。そんな顔をしなくても、仕事モードの表情でも十分に事足りると思うのだが、それはそれで面白いので、歩き出した背中を触れるように後押しした。
     イヴァンが応接室に入っていったあと、俺様はすぐに歩き出した。営業部のフロアではなく、それを通り過ぎてその先、開発部の建物に繋がる渡り廊下に出る。……この時間帯、ここはほとんど人が通らないからだ。持っていた携帯電話端末を取り出し、すぐさまメモリに入っていたジャパンキコー本田の番号を呼び出した。加工部の工場こうばから金属を加工しているときに上がる、カラン、カタン、という甲高い音が、よく晴れた空に吸い上げられていく。もうだいぶ陽は傾いている時間だ。
     握っていた端末から、プチ、と機械音が鳴り、呼び出し音が途切れた。
    「おう、ホンダ」
    我先にと挨拶をくれてやると、本田からも明るく張りのある声が返ってくる。
    『ギルベルトくん、こんにちは』
    「辞表、出してきたぜ。今月の月末には辞めていいそうだ」
    そういえば月末と言えば、有給の消化が間に合うだろうかと呑気なことを考えてしまった。と言っても、どう考えても今の役職は、一日あれば引き継ぎができるので、本当にいつからでも有給の消化に入れそうなものではある。
    『それはよかった。では、雇用はすぐでよろしいでしょうか。私は今週末には日本に帰るので、今後は電話とEメールでのやり取りになります』
    「おう、わかった」
    『それで、その後、イヴァンさんとは』
    問われてから、そうかと思い出した。そう言えば昨日こそ本田と会って、イヴァンのことはもういいなんぞほざいたんだった。……あれから一晩しか経っていないと思うと、今朝の出来事は本当に俺様としては長い朝だったなあと蘇る。……生きた心地がしなかったというのは、まさにこのことだ。
     ともあれ、本田にも一応、もろもろは落ち着いたことは知らせてやらねばと言葉を選んだ。
    「……ああ、まだわかんねえ。でも、イヴァンも辞表出してたぜ」
    『そうですか……』
    昨日の相づちよりも、幾分か声色が明るい。俺様の声で心境の変化を悟ったのかもしれない。そのあと大きく吸気したのが聞こえ、
    『では、念のため、イヴァンさんの書類も準備しておきますね』
    ずいぶんと張りのいい声調で言葉が飛んできた。
    「……どうなるかは知らねえぜ?」
    『はい、でも、希望くらいは持っててもいいでしょう?』
    やっぱり、昨日ほどことが深刻ではないとわかっているらしい。本当に、日本人の察する能力の高さには感服する。あまつさえ少し笑っているだろうとわかるくらい、その声は楽しそうに弾けていた。

     イヴァンと社長の話し合いは、なかなか折り合いがつかなかったらしい。定時を迎えても応接室から出てくる気配はなく、俺様は仕方なく、一足先に退勤することにした。営業部の社員の中には、ここ最近の勤務態度が不真面目なイヴァンが、社長にこっぴどく叱られているのだと勘違いしているやつらも居たが、またそれも面白い展開なので、何も言わずにフロアを抜けた。
     今朝、べろんべろんに酔っ払ってはいたが、お互いの気持ちはある程度は伝え合っている。だが、あれだけでは不十分だ。今後のことについても、ちゃんと互いの意見を交えて話し合ったほうがいいと俺様は思っている。自宅マンションに向かいながら、イヴァンとどのように話し合いの場を持つのが最善かと考えていた。
     そうしてマンションの駐輪場に到着して、とりあえず終わったら連絡しろとメールでも入れておこうと思い、鞄の中から携帯電話端末を取り出した。慣れた手順でメール画面を開くつもりが、そこに新着のお知らせがあったことで気が逸れてしまう。条件反射のようにそのメールの詳細を表示させると、フランシスからのメールだった。今朝の件について、一応フランシスにも連絡を入れたんだった。
    『ギル、今晩イヴァンに説教することになったから、ギルも同席して』
    それを読んで思わず、ええ、と声が漏れそうになった。俺様たちですらまだちゃんと今後の話をしていないのに……第三者のいるところで今朝の話をしたくはないなと思ったのが、素直な気持ちだ。……落ち着いて今後のことを話せなくなりそうだ。
    『悪いが、まだイヴァンと今回の件についてちゃんと話してない。会うなら先にイヴァンと腰据えて話してからがいい』
    今さら気を遣う相手ではないので、思ったままを打ち込んで送信した。それから本来の目的を完全に失念していた俺様は、また端末を鞄の中に戻して、ひとまず自宅に上がろうと荷物を整える。エレベーターに入って初めて、そういえばイヴァンにメールを送ろうとしていたことを思い出して、改めて端末を取り出した。……何やってんだ、と思いながら画面を点灯すれば、また一通のメールが届いている。ちょうどエレベータが五階に到着したので、そのメールを開封しながら歩くと、そこにはフランシスの簡素な一文が入っていた。
    『任せて』
    味気ない一言に見えるが、送信者があの髭面だと思うと、一気に鬱陶しい顔が浮かぶ。きっと世話を焼きたくてうずうずしているような、そういうむかつく笑顔をしているに違いない。……とりあえず、それについては『任せるって?』とだけ返事をして、玄関の鍵を開けた。
     今度こそイヴァンにメールをしようと思い、メールの編集画面でしばらく文面を考えていた。そしてその間にフランシスからの返答がやってくる。
    『いいから、とにかく来てね』
    なんだこの強引な言い草は、とムッとしてしまったが、そのメールの末尾にはご丁寧に場所の地図まで添付してあった。俺様とイヴァンの関係を知っていたあの髭面は、おそらくずっと首を突っ込みたくて気を揉んでいたのだろう、想像するに容易い。そんな風に大口を開けて待っていたやつを、イヴァンは図らずしも盛大に巻き込みやがったのだ。
     ……玄関に鞄を置いた俺様は、仕方なく自分の寝室に向かい、きっちりと引き締めるためのスーツを、ラフな普段着に替えた。

     とりあえず、言われるがままにフランシスが待っているカフェに赴いた。お互い仕事終わりなのだから、いつもより少しだけ夕飯には遅い時間だ。腹はそれなりに空いてはいたが、ここでは満足に腹も膨れさせられそうにない。まあ、それが目的ではないのでいいのだが、すでにフランシスは勝手に好きなコーヒーを頼んでおり、俺様もとりあえずとコーヒーを頼んだ。イヴァンはまだ到着していなかったらしいが、俺様とほぼ同じタイミングで入店してきた。一足先に髭の向かいに座った俺様を見つけて、ひどく驚いた表情で「あ、あれ」とぼやくので、「よお」と軽く挨拶だけしてやった。
    「どうして、君がここに……?」
    驚きのあまり、雑に鞄を置いて座った。イヴァンは会社から直接ここに来たのか、スーツのままだ。なんとも自然な動作で俺様の隣に座るものだから、割と近い距離でお互いの視線を合わせてしまった。……イヴァンの顔にはまだ少し浮腫みのような疲れが滲んでいて、おそらくまだ少し体内にアルコールが残っているのだろうと感じさせる。午後ずっと社長と一対一で話していたのも、疲労の原因の一つだろう。
    「あれ、ギルまだ言ってなかったの?」
    とにかく、フランシスが疑問符いっぱいにそう尋ねた。なるほど、フランシスが俺様も同席しろと言ったのは、もうイヴァンに俺様とフランシスの関係が知れたのだと思っていたかららしい。
    「今朝はべろべろに酔っ払ってたしな」
    簡単に教えてやると、ああそうか、とすぐに納得した様子だった。……そういえば今朝、イヴァンを殴るときにフランシスから言付けとは言ったが、酔っ払っていたから深くまで考えられなかったのだろう。……それよりも、俺様から殴られたという事実のほうが、こいつにとって大きかったというのは簡単に想像ができる。
     仲よさげに話している俺様たちを見て、イヴァンはもう一度目をぱちくりと瞬いて見せた。
    「え? 君たち、知り合い……?」
    「そうだねえ。同じ街で同業してたら知り合いにもなるよね」
    「大学のときの先輩だ。フランシスは」
    回りくどい言い方をするので言い直してやれば、イヴァンはたちまち開いた口が塞がらない状態になってしまったらしく、あからさまに信じられないという目つきで俺様を見ていた。
    「えっ……うそ……」
    「こんな場面で嘘ついてどーする」
    そこで言葉を失ってしまったイヴァンに、フランシスから「でもお前から相談を受けてるってことは、ギルには話してないよ」と付け加え、「とりあえず飲み物買ってきな」と促していた。イヴァンときたら、呆けたまま締りのない表情を引っさげて、唯々諾々とそれに従った。
     香ばしい紅茶の香りを連れてテーブルに戻ってきたときには、幾分か表情に自我は戻っているようだった。おそらく「ただいま」と言うつもりだったのだろう。トレイを置いてから口を開くと、
    「もうね、イヴァン! そこに座りなさい!」
    唐突にフランシスが声を上げて、イヴァンの肩がビクリと跳ね上がった。……こいつがこんな風になってるの見るのもレアだと思いつつも、なぜか少しだけ面白くない気もした。
     トレイから完全に手を放して、それからイヴァンは機嫌を窺うようにちら、と控えめにフランシスの顔を確認する。そして椅子に座りながら、もごもごと自信なさげに、
    「……は、はい……その、心配かけてごめんね、フランシスくん……」
    なんともしおらしくそう謝罪を入れていた。
    「まったくだよもう、お兄さん会社で泣くなんてこと、初めてやっちゃったんだからね、心配したんだからね!」
    「うん、反省してるよ」
    やはりここまでしおらくしているのは珍しい。そういえばこいつとクソ髭の関係を俺様は知らないので、イヴァンがここまでフランシスに従順なのは疑問だ。
    「……で、お前たちはどこで知り合ったんだよ」
    俺様とフランシスの関係はちゃんと教えてやったんだ。俺様だって、それを知らないままじゃ話はできない。そうだった、こっちも話してなかった、とフランシスは何でもないことのように軽く前置きをして、
    「ロシアに出張に行った期間があったでしょう。五年くらい前かな」
    「……あ!」
    それを聞いただけですぐに合点がいった。そういえば一度、海外出張があったからとお土産をもらった。……あのときか。あのときから、フランシスとイヴァンはすでに知り合っていたのか……。
    「そうそう。そこでの取引先の企業に、イヴァンがいたわけよ。それで、何回か飲みに行ったの」
    締めくくりに、「ねえ」とイヴァンに笑いかけてみせ、イヴァンも「うん」と素直に返事をしていた。なるほど、どんだけ世間が狭いかを実感せざるを得ない。……まさか、フランシスとイヴァンが知り合いだったなんて、微塵も考えたことはなかった。つまり、俺様がこれまでフランシスに吐露してしまったこと全部、こいつの中ではイヴァン本人と結びついていたということだ。……途端に羞恥に駆られそうになり、どちらの顔も見なくて済むようにコーヒーに向けて視線を落とした。
    「……で、はい」
    一つ間が空いてしまったのが原因だ。髭がトントンとテーブルを余裕ぶった動作で叩き、俺様たちの注目を集めようとする。つられて視線を上げてしまったが最後、鬼気迫る笑顔がそこに待ち構えていた。
    「ギルも。今回のことの顛末をちゃんとお兄さんに話して。お兄さん巻き込まれたんだから、知る権利あるよ」
    強気な態度でそう断言した。それで俺様も呼び出したっつうわけかよ。批難の眼差しで見やっても、あたかも自分には一つも落ち度はありませんという態度だ。もともとは、こういう話が好きな自分から首を突っ込もうとしただけだろうに……とは思ったが、まあ、今朝のことに関してだけ言えば、確かにイヴァンから電話したらしかったので、巻き込まれたと言われれば否定はできない。……今思うと、こいつが俺様と繋がりがあって本当によかった。そうでなければ、あるいは本当に、数日後に最悪の事態として公になっていたかもしれない。……そうだな、確かに、心配はかけた。
     おそらく〝渋々〟であるという態度は拭えていなかっただろう。だが、それでも俺様は観念した。
    「……俺様が、誤解されるようなことを言っちまって、」
    イヴァンに目配せをすれば、
    「ぼくが勘違いして、一人で突っ走りました」
    それを察してイヴァンも観念した。……言い終えてから、二人して素直すぎねえか、と思ったが、俺様たちをしっかりと見ていたフランシスからは、一つも茶化すような素振りは見受けられなかった。だから、俺様たちがそこで茶化すのも違う気がして、静かに向かいに座った髭面の反応を待ってしまった。
    「……ギルは何を言ったの」
    思いのほか親身だ。
    「……その、俺様引き抜きってーの、転職を勧められてさ。ただ、転職するなら勤務地は日本っつうから、日本へは俺様一人で行くってイヴァンに言ったんだ。そしたらイヴァン、『離れたいのか』って聞いてきて……」
    「うん」
    「『もう少し距離を置きたい』って答えた。それを、こいつは別れ話と勘違いした……んだよな?」
    横目で控えめに尋ねると、イヴァンは苦笑を浮かべて発言権を受け取る。
    「……うん、てっきり、もう一緒にはいられないのかと思って……」
    「なんでギルは距離を置きたいって言ったの?」
    止まらないフランシスの疑問がさらに続く。
    「それはお兄さんでももしかして嫌われた? って思っちゃうよ」
    律儀に疑問に思った理由まで付け加えられる。……そんなに誤解を招くような言い方だったろうかとふり返った。俺様としては『もう少し』と言った時点で、『完全に』を否定した気でいたわけだが。
     まじまじとフランシスが俺様の返答を待っている。どうして距離を置きたいと言ったかと問われると、それはあんまりにも俺様の心が、イヴァンに〝癒着〟しそうだったからだ。そういう危うい関係に堕ちるのは、辛く苦しいばかりだと知っている。学生のころの胸の内を思い出そうとしただけで、警告のようにぎゅ、と肺の辺りが切なくなった。
     そしてこの苦しさを、俺様はフランシスにも話したことがある。……大学のときの話だが、よもや忘れていることはないだろう。あえてイヴァンの前で具体的な言葉は使いたくなくて、
    「……その、大学のときも話しただろ。俺様たちが、ほら、どんな感じだったか」
    濁しに濁して眼差しに託したが、フランシスはそれで察してくれて、「あ、うんうん」と曖昧に応えた。
    「またあんな風に、なっちまいそう……というか、あれよりも、ひどくなりそう……だったから……」
    「イヴァンから自立したかったってことね」
    ……いや、伝わってなかったらしい。あえて具体的に伝えることを避けたのに、わざわざ具体的に確認を含めて問い返された。とはいえ、イヴァンには今朝、似たようなことは言っていたわけで……それでも、イヴァンもフランシスも、両方がいる空間でそれを言ってしまうのは、まあ、なんというか、単に照れ臭かった。
    「なんかその言い方だと、俺様がイヴァンのガキみたいになんねえ?」
    だから照れ隠しにそう笑って誤魔化そうとしたら、
    「実際そうでしょ、お互いにね」
    「は?」
    予想外に肯定されてしまい、思わずイヴァンと見合わせてしまった。お互いがお互いのガキみてえって、意味がわからない。
    「……あ、うん、ごめんごめん。やめとく」
    通じてなかったからか、フランシスは説明するよりもなかったことにするほうを選び、
    「で、イヴァンは。このことについてどう思ってるの」
    今度はまっすぐにイヴァンに問いかけた。不安げなイヴァンの眼差しが一度俺様を捉えてから、
    「……ぼくは……ギルベルトくんが、来てくれるなんて思ってなかったし……ギルベルトくんのお話を聞いて、ぼくのこと、そこまで思ってくれてるなんて……って思ったよ」
    こんな場面でどうしてそんなだらしのない顔をしてしまうのか、くすぐられてるような表情で口元を歪めた。よほどはっきり今朝のことを覚えているらしい……
    「お前、あんなべろんべろんでよく覚えてんな」
    「ぼく、どんなに酔っ払っても記憶はなくならないタイプだから」
    今は俺様も冷静になってしまった分、今朝の必死な自分を思い出して、また頭を抱えたいくらい身体中に熱が巡る。……残念なことにこの色素のせいで、俺様はすぐ真っ赤になってしまうことを自覚している。だからこそ、この心境は肌の紅潮同様に、薄っすらとばれているんだろうなあと、受け入れるしかないのが悔しかった。こいつ自身、まだ半分は酔っ払ってるくせにと思ったところで、覚えられていることには変わりない。
     俺様が作り出してしまった微妙な空気のせいで、髭も次の質問に移ることを一瞬だけためらったようだった。
    「それで、離れるってことに関しては?」
    だが、思い切って次の質問に移ってくれたことは感謝せざるを得ない。先ほどと同様にまたイヴァンに向けて、まっすぐに視線を送っていた。そしてイヴァンもそれをしっかりと受け止める。
    「今朝は、その、そんなに好きでいてくれるんなら、離れなくていいじゃないってぼくは思った……し、そう言った」
    盗み見れば、まだ少しくすぐったそうな顔。おそらく俺様からはっきりと伝えた言葉を思い出して喜んでいるんだろうが、頼むからその顔やめろと文句の一つも垂れてやりたくなった。……実際は垂れはしないけど。髭にからかわれるのがオチだ。
    「……なるほどね。顛末はわかりました」
    さっきから一人で優位に立ったつもりでいる髭面は、偉そうにそう宣言した。イヴァンもそれに対して背筋を伸ばして律儀に「はい」なんて答えるから、首を突っ込む姿勢を一つも変えることなく話を進めた。
    「それで、これからお前たちどうするの? ギルは日本に行くのは決まりなの?」
    それぞれ適宜飲み物を飲みながらなので、ちょうど口にコーヒーが含まれていた俺様は、急いでそれを飲み込んだ。中身を零さないようにそれなりに丁寧にテーブルにカップを置いて、
    「おう、今日辞表出してきた」
    短くフランシスに教えてやり、
    「あ、そうだ、イヴァンは……どうだった?」
    その後の結果、イヴァンがどうすることにしたのか聞いていないことを思い出した。俺様とフランシス、両方に気を使うように視線を移動させながら、
    「ああ、うん」
    最終的には俺様のところでその視線は止まった。
    「最初はすごく引き止められたけど、ちゃんとぼくの気持ちを話したらわかってくれたよ」
    ほう、よかったじゃねえかと口を挟みかけたところで、とんでもない苦笑に変わり、「本当に渋々だったけど」と言い添えられる。
    「でも、自分にも反省することがあるって、ぼやいてた」
    「反省?」
    そういえば、俺様も『今まですまなかった』と言われたことを思い出した。俺様たちの退職を受け、何か社長なりに反省する点を見つけたのだろう。だとするならば、ディン製作所は今後もっと大きくなれるはずだ。俺様に言えた義理ではないが、少し気が楽になる。
    「とにかく、ぼくも今月末で辞めていいって。……ぼく、一緒に日本に行くよ」
    は、と心臓が掴まれたかと思った。
    「……そうか」
    なんとかそう絞り出したが、俺様の隣で座っていたイヴァンは、思いがけないほどに綺麗な笑みを浮かべていた。心底、安心させられるような、こいつの穏やかな笑みだ。
     一気にイヴァンへの気持ちが沸き立って、今すぐにでも抱きしめて、そして触れたいと衝動が身体を埋める。さすがにフランシスがいるこの空間だ、その衝動は理性に食い止められて、俺様は何も思わなかった体を装うために急いでそっぽを向いた。だが、身体が熱くなるのは止められない。もどかしさはしつこくこの胸のあたりに、こびりついてしまった。
     今朝したばっかりの、ウォトカの涙割のようなキスを思い出してしまい、自分でもこの熱をどう収拾をつけていいのかわからない。衝動とは恐ろしいもので、瞬く間に思考はそれでいっぱいになってしまった。
    「はい、君たち!」
    パンッ! と軽快な手拍子が空間を区切る。
    「今お兄さんいるからねえ! そういう恥ずかしい間とかいらないから! 現実! 現実を見ようね!」
    見ればフランシスが今にも白目を剥きそうなほど青ざめていて、
    「どっ、どういう意味だよ!」
    本当はわかってるくせに知らん顔して反論した。断じて俺様は今、イヴァンに触れたいなんて思ってねえぞと、自分はともかくとして、なんとかイヴァンとフランシスくらいは誤魔化したかった。
    「わかんないんだったら、とりあえず話に集中して! じゃ、二人はそれでいいのね? 一緒に日本に行くのね⁉︎」
    改めて引っ張り出された話題に、う、と身構えた。……そうだ、そういえばまだちゃんと話をしていなかった。
     俺様と同じタイミングで会社を辞めることになったイヴァンと、別れるつもりはないと断言した俺様。
    「……おう、そうなるな」
    この状況ではむしろ、こう返事しないほうが不自然だということくらいはわかる。
     だが、返事をしてもなお、疑念がそこにあることは無視できない。イヴァンと一緒にいられるのは、正直に言って嬉しい。だが、それでは、あのときの二の舞になってしまうという恐怖を、また抱いてしまう。俺様が恐れているのは、ただそこだけだった。それこそ互いがいないと立っていられないような、バランスの悪い関係性にだけは、落ち着きたくなかった。
    「……はあ、ギル、そんな不安な顔をしたら、またイヴァン傷つくよ?」
    思考を遮るようにフランシスが割り込んでくる。
    「は? んな顔してねえよ」
    果たして髭面の言っていることは本当なのかと落ち着かず、イヴァンの表情を確認してしまった。大丈夫だよと伝えたくて笑顔を作ったんだろうが、まるっきり下手くそな苦笑だ。少し居心地が悪くなる。
    「はいはい。じゃ、この辺でお兄さんの意見ね。聞くか聞かないかは二人の自由だけど、一応言っとくから耳に入れるだけ入れて」
    まったくどこまでも口を挟みやがって、とは過ぎったものの、二人して聞き分けよく言わんとしているそれを待つ。それがフランシスの態度を増長させていることにも気づかずに、無駄に素直な態度を取っている。
    「お兄さんとしてはね、やっぱり二人は鍛錬のために遠距離恋愛やってみればって、思うのよ」
    「えー、むりだよ」
    即答したのはイヴァンだ。それに対してはフランシスも間髪入れずに言葉を返していた。
    「一ヶ月だけ、とか目標決めてさ。一ヶ月したらイヴァンも日本に行けばいいじゃん。そのほうが燃え上がるよ〜。約束する」
    ああ、なるほど。フランシスの言っていることはわからなくはないし、これは俺様にとってはありがたい進言だ。文章の末尾にウィンクなんていらないものを付け足して、けれどなぜかフランシスの言うことは素直に聞くイヴァンは、それ以上反論はできなかったようだ。
     そうやって俺様たちのことを真剣に話すフランシスを見ていたら、ふと思考が寄り道をした。
    「……お前、人のことばっかりとやかく言ってる場合かよ」
    フランシスももうそろそろ落ち着いてもいい年齢だ。世間的にはまだ若く、だが大手企業の幹部に在籍。……誰も文句は言わないだろうにと、そこまで考えて、別に褒めてるわけじゃねえぞと誰かに言い訳をしてしまった。
    「え、そっか。君たち大変そうだったからまだ言ってなかったね。お兄さん、秋に結婚しちゃうよーん」
    だから、さらっとそれを言われたときには、一拍遅れで声を上げてしまった。
    「はあ⁉︎ それ今か⁉︎ 今言うことか⁉︎」
    「わあ、おめでとう!」
    俺様とイヴァン、それぞれまったく違う種類の祝福の仕方をしていたが、フランシスは我が道を進み続け、
    「だあかあら、人生、そして恋愛における大先輩であるこの俺のアドバイスは、聞いといたほうがいいと思うのよね」
    へらへらと笑いながら、本当に軽率な態度で手振りをつけた。さっきまでは聞くも聞かないも俺様たちの自由みたいな言い方をしておいて。
    「うわ、急に態度でかいなこいつ。イヴァン殴っていいぜ」
    もちろん冗談でそうイヴァンに嗾しかけてやったんだが、イヴァンはにこにこと嬉しそうに笑うばかりだった。
    「え、やだよ。ぼくフランシスくん大好きだもん」
    あろうことか、ふわりとそんなことを言う。
    「……はあ⁉︎」
    「え、ちょ、ギル、今の流れでお兄さんをそんな目で見るのはおかしいでしょ⁉︎ イヴァン、浮気だめ絶対!」
    よほど髭面には必死な形相に映っていたらしく、すこぶる慌てた様子でイヴァンに投げかけていたので、今このテーブルは三者三様の顔をしていたと言える。
     それから俺様が「じゃ、お前の相手はどんなやつなんだよ!」とむかつく髭面に問いただしてやったことで、話題はフランシスの惚気話へと移行していった。


        ***

     休み時間だった。窓際ではないので、間接的に照らしこむ陽が、それでもやけに眩しくこの目に映る。賑やかな学校内では、生徒たちが一番気を許すであろう、昼休みを迎えていた。昨日まででさえ、学校で一緒に昼飯を食べたことはない俺様とイヴァンだ。何の変化もないように思える昼下がりでも、昨晩の不眠と号泣のお陰で眠気と頭痛でげっそりしていた。
     ――昨日……というか、昨晩、唐突にイヴァンと別れることになった俺様は、結局ほとんど寝ることはできずに夜を明かしてしまった。ようやく六時ごろになって寝落ちたが、その三十分後にはまた涙による不快感で目が覚めていた。
     イヴァンは、ロシアに行くらしい。昨晩は詳しく聞く余裕はなかったので、いつからとか、どの辺に行くのかとか……詳細は一切わからない。……言ってしまえば、一晩経った今、イヴァンを目の前にしたところで、そんなことを尋ねる余裕なんか持てやしないのかもしれない。
    「あ、おい、あの一年、すごくね?」
    一緒に飯を食っていたクラスメイトが、窓の外を見て笑っている。気が紛れるならなんでもいいやと、俺様も窓の外を覗いた。……だが、気が紛れるなんてものじゃなかった。――あの後ろ姿。
    「あ、おう」
    「すげえ荷物だな」
    「ああ、俺知ってるぜ。なんかロシアに留学すんだって。今朝先生たちが騒いでた、すげえよな」
    むしろ忘れようとしていたイヴァン本人だった。大きな荷物を両脇に抱えて、校門を目指して歩いていく後ろ姿だ。
    「別に興味ねえよ」
    「……ああそう」
    そうでも言わないと、目を逸したことが不自然だと思った。だがそれは俺様自身に対して言い聞かせる言葉でもあって。……元々一口も手をつけられなかった菓子パンが目の前に転がっていて、だが、それはいっそう美味しくなさそうに見えた。ついにはそれすら視界に入らないように、机に突っ伏して視界を隠す。……頭が痛い、眠い。何も考えたくない。
     こいつらが話している内容からして、おそらく退学のための撤収作業をしているところだろう。置きっぱなしにしていた教科書から、体操服、画材道具……もろもろ。あの、まだ少し心許ない図体のイヴァンは、それでも迷うことなく歩いているに違いない。クラスメイトの会話は、ロシアってどんなところだろうな、絶対寒いから行きたくねえわ、と次々に声を重ねて盛り上がっていく。それら一つ一つが気に障って、聞こえないふりに必死だった。
     もう今日はめんどくさいから、早退しようかな。……うつらうつらした意識の中で思う。実際に収まらない頭痛のせいで、授業の半分も耳に入って来やしないのだし。
     ……そうと決めた俺様は、すく、とその場で立ち上がった。ぎぎ、と乱暴に引かれたイスが音を上げる。……きっとイヴァンはあの大荷物を抱えて電車に乗ることはないだろう。おそらくだが、母か姉が運転している車で帰る段取りでいるはずだ。つまり、俺様が今から下校しても、絶対にかち合うことはない。……だが、念の為、保健室で一時間だけ仮眠を取らせてもらうという手もある。
    「おーい、ギルベルト、お前大丈夫か」
    「本当に顔色ひでえぞ」
    気にかけてくれるのはいつだって嬉しいものだが、今日に限っては「もう帰るわ」と無愛想に報告するしかできなかった。誰か食いたかったら食え、と買うだけ買って食べきれなかったパンを押しつけて、ふらふらと教室を出る。
     先ほどの計画通り、万が一の可能性を潰すためにまずは保健室に行き、一時間だけ仮眠を取らせてもらった。……それでも良くならなかったからと理由をつけて、保護者に連絡がつくことがない俺様は、保健医の先生と自己の判断で早退することを許された。
     帰る道すがら、いちいちイヴァンが近くにいるように感じて、ずっと落ち着きがなかった。まだイヴァンとこの道を歩くようになって一年も経ってないというのに、こんなにも俺様の中で当たり前になっていたことを痛感する。何度もふり返りたい衝動に駆られては、そんなことは必要ないと自分に言い聞かせて帰路を辿る。そうやってようやく自宅にたどり着いたのだった。
     ゆっくりと玄関に向かい、鍵を開ける。誰もいない一人の家だ。……一昨日までは、この鍵を開けるときも、イヴァンは隣にいて他愛のない話をしてくれていた。何を話しているのかも聞き取れないような細やかな声が、耳の奥から聞こえてくるような気がする。……何をそんなに楽しそうに話しているのだろう。それはすぐに、カチャンという玄関の鍵が解錠する音に、かき消されて息を潜めた。
     扉を開ける。やはり誰もいない、一人の家だ。俺様が電気をつけなければ、誰が代わりにつけてくれることもない。
     ただただ頭痛と眠気と喪失感で、早くベッドにぶっ倒れたかった。その一心でいたがために、いつものくせで自室に向かってしまった。扉を開けて、部屋の中を視認した途端に足が止まる。……そこは確かに俺様の使い慣れた部屋だというのに、どこか物寂しくて、物足りなくて、まるで誰か知らないやつの部屋のようだった。……今朝も見ていたはずなのに、イヴァンの愛読書を置く定位置や、イヴァンの着替えを入れていた籠。そこら中にあったはずの〝イヴァンの気配〟が、綺麗さっぱりなくなっている。……そう、今朝も見ていたはずなのに、こんなにも大きな衝撃を受けてしまった。
     昨晩、父親の部屋のベッドの上でうずくまって耐えた虚しさが、なんと呆気なくもぶり返してくる。一人だけでここに置き去りにされたこの虚無感、欠落感……それらのせいで、自分の部屋にすら踏み込めず、廊下に座り込んで身体を抱える。しばらくの間、そのままで湧き上がる感情に耐えるしかなかった。

        ***

     結局フランシスの『お説教』のあと、イヴァンはそれまでのように俺様の家について来て、日本に行くことについてを含めて、二人で今後のことを話し合った。たった一晩ぶりだというのに、会いたかった、辛かった、とイヴァンは止めどなく抱擁と口づけをくり返していたが、最後には真面目な結論はちゃんと出ていた。……最終的に屈しなかった俺様を褒めてほしい。
     そして俺様たちが出した結論とは、フランシスの進言通り、一ヶ月だけ別々に暮らしてみるというものだった。俺様が先に日本へ行き、一ヶ月の遠距離交際を経て、イヴァンが追いかけてくるという段取りだ。本田にもその旨は伝えてあり、イヴァンが日本での職をどうするかというところは、とりあえずはまだ保留の状態になっている。イヴァンは最後までかなり渋っていたが、俺様の気持ちをまた改めて聞かせたら、じゃあ、と了承してくれた。ちなみに結局は飛行機だなんだの関係で、俺様は退職した一週間後には日本に向けて発つことになった。合わせて、ジャパンキコーの雇用関係の書類は、現地で書くことになる。
     そして今日の俺様たちが何をしているか、というと。
     すでに俺様のドイツ出発を明日に控え、引っ越し準備の最終段階に入っていた。
     あれから憂鬱な気持ちで毎日カウントダウンをしていた俺様たちだが、ついに、明日、俺様は日本へ発つ日を迎える。この部屋については元々賃貸なので、俺様が発ったあとにイヴァンに引き払ってもらう段取りになっていた。ちなみに家具なんかは現地で調達したほうが安上がり、ここにあるものは大家の許可を得て、すべて置いていくことにしてある。愛用していた本棚やらチェストやら、ベッドやら……色々あるが、まあ新しい門出だと思って、それらに感謝をしながら手放さなければならない。もう陽も暮れた夜だ。イヴァンはキッチンで俺様の代わりに夕飯の片づけをしてくれていて、俺様は寝室で最後に詰める予定だったものをダンボールやキャリーケースに詰めているところだった。
     クローゼットの中のスーツも、すべて皺にならないようにダンボールに詰め、二着だけはキャリーケースに入れた。ドイツから日本へは、例え空輸でも少し時間がかかる上に、向こうでの俺様の住まいが決まらないことには発送ができないので、すぐに必要なものはキャリーケースの中に詰める。そのあとはチェストを順番に空にしていく。この際だからと、洋服もいろいろと処分する意気込みだ。
     実際、このチェストが概ね最後だった。後は歯ブラシとか、ヘアブラシとか、明日の朝にならないとどうしようもできないものばかりだから。
     最後にやっつけていくと決めていたチェストと向き合い、下から順番に必要なものだけを詰めていく。そうしていくと……残った最上部の小さな引き出しの前で、手が止まった。……その引き出しの中にあるものを、忘れたことは一度だってない。もちろん、イヴァンと再会してからもだ。
     引き出しを引いて、やはりそこに閉じ込めたままにしてあった真っ白の封筒が、横たわっているのを見つけた。それを引き出しから取り出すわけでもなく、ただそこから眺めていた。
     この手紙を受け取った日のことは、今でも鮮明に思い出せる。……もうそのころにはこのマンションに暮らして数年が経っており、半年ぶりに昔暮らしていた実家に帰った日のことだった。……そのときの用事がなんだったかというのは、残念ながら覚えてはいない。……とにかく、しばらく父親も帰っていなかったのか、いっぱいっぱいに詰め込まれた郵便ポストの中身にげんなりして、それらを両手に抱えて家の中に入ったのを覚えている。すべてそのままゴミ袋行きでいいだろうと、安直に考えていた俺様の前で、一通の封筒だけが、そのゴミの山から飛び出して、俺様の足元に着地した。
     上を向いていたのは……差出人欄だ。
     インクの滲んだボールペンの文字で、懐かしすぎる名前を見つけて、俺様はその場で他の手紙やチラシの山を投げ出していた。あとから見返すと、その差出人欄の文字は一つも滲んではいないので、おそらく俺様は自分でも気づかない内に涙を溜めていたのだろう。そのままそれを勢いで開封して、中の文字を目で追って――『きみに、あいたい。』それだけを見つけたとき、すでに膝をついていた身体は、たちまち崩れ落ちたように錯覚した。嬉しいのか悲しいのか悔しいのか腹立たしいのか。自分の中に沸き起こった感情の渦に、たちまち飲まれていったのを……そう、今でも、ちゃんと覚えている。
     それからというもの、イヴァンのことを考えないようにすることに慣れていた俺様は、勝手に湧き上がってくる思い出を拭えなくなってしまった。返事を出してやればよかったが、俺様が落ち着くときがあるように、この手紙もイヴァンの気の迷いかも知れないと思うと、それができずに何度も筆を置いた。……それでも情けないことに、あいつがたまらなく恋しくなったときには、いつも眺めていたんだ。
     余談にはなるが、まさしくこの手紙を受け取った次の日に、人生で初めての過呼吸を経験したことも、いつも付随して思い出す。直接この手紙を受け取ったことが関係したのかはわからないが、俺様は、それからしばらくの間は過呼吸をくり返してしまった。たばこを辞めたのも、それを予防するための一貫だ。
     その引き出しをそっと閉じて、深呼吸をするために瞼も下ろした。イヴァンと再会したあの日、俺様はイヴァンにこの手紙を受け取ってないと、うそを吐いてしまった。あれは完全に咄嗟の発言だったが……今にして思えば、この手紙を受け取ったことを申告することで、その日の苦しみを呼び起こすことを、無意識に防ごうとしたんだと思う。……今さら、やっぱり届いてました、なんて伝えるのは野暮な気もして……結局、俺様の手元にあることは言わないでおくことにした。
     そもそも、イヴァン本人が側にいてくれるなら、もう必要のない代物だ。……こっそりと日本に持っていき、やっぱりいらなくなったと思えば、あちらで捨ててしまうのもいい。
     その手紙をキャリーケースに詰めようと決意をして、改めてその引き出しに手を伸ばそうとした。
    「――ギルベルトくん、」
    びく、とあからさまに肩を跳ねさせてしまう。てっきりまだキッチンで片づけをしていると思っていたので、油断していた。この引き出しを眺めている光景は不自然じゃなかったろうかと身構えて、呼ばれたイヴァンのほうへふり返る。
     目と目が合ったその瞬間に、あ、イヴァンだ、触れたい、そう脳裏を過った。手紙のことを思い出していたせいだろうか、さっきも一緒に食事を摂って談笑していた、まさしく同じイヴァンだというのに、奇妙な情念が身体を埋め尽くした。このままだと、俺様の中にある何かが決壊してしまいそうで、ゆっくりとこちらへ歩いてくるイヴァンから目が離せなくなる。そして俺様だけでなく、イヴァンさえもが無言のまま、覆いかぶさるようにゆっくりとその腕に抱かれた。
    「ん、んだよ、いきなり」
    「……ううん。君に、触れたくなって……」
    イヴァンの声が、誘うように揺れている。ぎゅっと一層強く抱き込まれたかと思うと、それはすぐに離れて……見上げたところで、身体を焼くような熱のこもった眼差しとともに、ゆるりと微笑まれた。イヴァンのそんな表情を見た時点で手遅れだったのかもしれない。一歩、一歩、ゆっくりと下がっていくイヴァンはそのままベッドに腰を下ろして、俺様を手招きする。……つまり、そういうことだ。俺様の中に触れたいという感情が突沸したこと同様、イヴァンの中にも同じ欲求が湧いた、ただそれだけのこと。……明日から一ヶ月、互いに顔を合わせることもできなくなる。この衝動は、ごくごく自然なものに思えた。
     伸ばされたままのイヴァンの手を掴み、ためらいがちな仕草でイヴァンの元に歩み寄る。あと一歩で、その唇に触れられる。俺様の頭の中はもはやそれでいっぱいになっていて、
    「――おわっ⁉︎」
    思いっきり腕を引かれ、気づいたころには視界が反転していた。目の前には天井を背景とした、イヴァンの顔が覆っている。……まるで自制のできない獣のような、全身で俺様を求めるような余裕のない瞳に、ぞくぞくと背筋が痺れた。
    「んっ、」
    そのまま押さえつけるように唇を重ねられて、
    「……ンっ、ふ、ぅ、」
    「ギル、」
    骨を砕くような甘い声で名前を呼びやがる。勝手に身体を弄って、重ね合わせる舌が擦り合わさり、至るところから熱を持ち始める。深く入り込んでくるイヴァンの厚い舌は、力の加減もなく上顎をえぐって、歯をなぞって、舌を押し込むように絡めていく。意識しただけで、口の端から漏れる声とともに、熱が少しずつ垂れ落ちていく。すでに息も浅くなっているから、俺様はわかりやすく期待を抱いていた。
     はあ、とイヴァンが熱のこもった吐息を落とした。顔を見るでもなく、まるでその顔を隠すように俺様を抱き込んで呼吸した。
    「……本当は、我慢するつもりだったんだ……でも、やっぱり……君と一つになりたい……君の中に入って、溶け合いたいよ……」
    耳元で囁かれるには、あんまりにも艶美な言葉に、一気に頭がのぼせ上がった。
    「……明日から、しばらく会えないから……だめかな……」
    ゆっくりと問いかけながら、四つん這いになって俺様に覆いかぶさるイヴァンの身体は、確かにゆったりと前後に揺れている。俺様の顔を見ないのもそうだ、意識して衝動を逃がそうとしてる。言葉ではない息遣いが、耳元で活発にくり返されていた。
     イヴァンの勘違いによって、一晩だけ離別していた日。あの日以降、俺様たちは何度も〝恋人としての触れ合い〟をする時間を持っていた。だが、それは学生のときと同じように、〝繋がる〟ことの手前まで。イヴァンは俺様の気持ちを汲んで、強引に繋がるようなことはしなかった。おそらくこれもイヴァンの意地なのだろう……だがそれが今、たった一ヶ月の別れに直面して、ごろごろと崩れ落ちていっている。
     思考するばかりで言葉を返さない俺様に待ちきれなくなったのか、イヴァンの熱すぎる呼吸が耳元から離れ、その顔が向かい合った。……今にも泣き出しそうな顔をしている。苦しくて仕方がないと、何かが痛くて……その痛覚を感じ取り過ぎた。俺様の中でも胸が締め上げられるように苦しくなって、イヴァンにつられて視界が歪む。
    「んっ、ぁ、イヴァンッ」
    「は、ギルくん、」
    返事はしていないままだったが、また抑えられずに互いに唇を、舌を、唾液を、吐息を、重ねて混ぜて……その間もイヴァンの身体はやはり前後に揺れていた。ゆらりゆらりと……触れられてもいないのに、中から揺らされているような錯覚を抱き、頭がくらくらする。
    「イヴァンっ、イヴァン、待て」
    何度かイヴァンの肩を叩いて、正気に戻るように声をかけた。特に抵抗することもなく、素直に身体を放して、小さく鼻にかかった声で「……うん、」と返事をしてくれた。……だが、その瞳は未だに欲が覆っていて、今にも食みつかれそうだと胸が高鳴ってしまう。
     だが、違う……ここまで俺様がなぜ繋がることをためらってきたか。それをイヴァンに伝えようと思ったのだ。
    「その……俺様……お前とはやりたくねえ……」
    覚悟を決めてそう伝えると、イヴァンはわかりやすく瞳を揺らして「ええ」とこぼす。……しまった、また言葉が足りなかったか、と思い返して、
    「違う、その、『まだ』……やりたくねえ……」
    俺様が言える限界を、イヴァンに伝えた。
    「……どういう意味?」
    その瞳と一緒に、少し揺れたままの声が降ってくる。先ほどはたかが一ヶ月と形容したが、どう言ったって、復縁してまだ二ヶ月ちょっとしか経っていない俺様たちには、目の前にあるのは大きな一ヶ月だ。その一ヶ月、離れて暮らすのにまた余計な悶々は残したくない。なるべくしっかりと伝わるように、恥じらいとか意地とか、そういうものをかなぐり捨てて、イヴァンの熱い眼差しを見返した。
    「お、お前と今ヤったら、次に会うまでの一ヶ月……どうやって我慢したらいいか、たぶん、わからなくなる……から……」
    慣れないことを言ったせい、恥ずかしさのあまりすらすらとは言えなかったが、目の前のイヴァンの反応を見ると、そう悪いできではなかったのではと思う。そこにいるイヴァンは、ただじっと俺様を見つめていたが、眼差しの色が変わったのは察した。……先ほどまでも十分熱かったが、それがさらにギラギラと輝き、無言のままで俺様を見下ろし続けている。
    「……な、なんか言えよ」
    耐えられなくなり、短く要求してやった。そうしたらイヴァンは、薄らと危なっかしい笑みを浮かべ、ただ一言を放った。
    「……勃起した」
    「は! 情緒!」
    あんまりな言い草にカッとなってしまった。……こんな雰囲気で言う言葉じゃないだろうと咎めてやったら、ふふ、といつものイヴァンの柔和な笑みに変わる。
    「ううん、ごめんね。そんな可愛い君を見ちゃったら、止まらないよ。大丈夫……だってぼくは、やり直してから二ヶ月、ちゃんと我慢したもん……一ヶ月なんてすぐだよ」
    言いながら、段々とイヴァンの顔が俺様の首筋に吸い寄せられているのがわかる。今この瞬間には、イヴァンはそこに釘づけになっていた。それのせいで、鮮明に思い出せるくすぐったいような心地のいい錯覚に、息を詰まらせてしまった。
    「……それに……、」
    ついにイヴァンの唇が、耳たぶに触れた。ちゅ、とそこに小さくキスをして、
    「触ってほしいって顔、してるよ」
    囁くように言うなんて卑怯だ。恥じらいとともに淫らな期待が全身を駆け巡って、イヴァンが俺様の首筋に唇を這わせるころには、抑えられずに力いっぱいイヴァンの衣服を掴んでいた。
    「ぁ、さわっ、ンンっ」
    イヴァンの大きくて、少しカサついた手のひらが俺様の服に滑り込んでくる。ああ、もうだめだ、逆らえない。イヴァンが好きだ。もっと、もっと触れてほしい。気持ちのまま、イヴァンの身体を最も近づけられる箇所を探して、イヴァンの背中を俺様も弄る。
    「……大丈夫……大好きだよ、ギル……」
    「ん、ふ、ぅぁ、」
    ついには理性が劣勢に回ってしまう。イヴァンが触れることで溢れる一つ一つの快さが、簡単に俺様を蝕んでいく。

        *

     次の朝、起きたのは目覚ましアラームが鳴る少し前だった。カーテンの隙間から差し込む日差しは信じられないほどに輝いていて、今日は出発日和だな、なんて頬が綻んでしまう。
     昨晩、俺様とイヴァンは、初めて互いと繋がった。思う存分に感情をぶつけ合ったせいだろうか、こんなにも身体はだるいのに、心は驚くほどにすっきりしていた。……当たり前か、あんだけ泣いたらそりゃそうだ。
     最中にイヴァンに吐露してしまったことを含めて、しばらく呆けるように思い出していた。イヴァンのことがこんなに好きだと知るのが怖い――そう暴れた俺様に対して、イヴァンは「こわいときは、一緒に泣こうよ」と抱きしめてくれた。イヴァンもこわいんだと、教えてくれた。……二人で同じ気持ちだとわかったことが、こんなにも心強く感じさせる。
     ほとんどの準備を昨日の内に終わらせていた俺様は、イヴァンを起こさないようにベッドを抜け出し、簡単に朝ごはんを食べて着替えをした。昨晩は情事のあとにちゃんとシャワーを浴びたので、お互いすっきりしているはずだ。……汚れたベッドシーツは巻き取って端っこに投げているだけなので、目を覚ましたイヴァンに片づけてもらう。昨晩イヴァンが自分からそう申し出てくれた。
     そんなことより、俺様は荷物の最終確認をした。……昨日入れ損ねた、イヴァンからの手紙もちゃんとキャリケースに入れて、チェックリストの指差し確認まで完了した。……それでもイヴァンは目覚めなかった。二人して昨日、体力を使ってしまったから疲れているんだろう。……見送りなんてされたほうが寂しくて出発できないような気がしたので、俺様はイヴァンを起こさずに家を出ることにした。いってきます、と小声でイヴァンの背中に投げて、寝室の扉を静かに閉める。
     廊下に向かいながら、これでもうあと一ヶ月は会えないんだなあと、噛み締めていた。……だが、なんというのだろうか。身体を繋げてしまったらとずっと懸念していたものが、実は正反対だったと知って驚いている。きっとイヴァンとの癒着が深まり、離れられなくなると思っていたのに……靴を履いてキャリーケースの取っ手を握りしめた今、俺様は満たされたような清々しい気持ちのほうが大きかった。この先どうなるかはわからないが、とりあえず今の心境としては、一ヶ月くらいならば一人でもがんばれそうだ。……俺様とイヴァンは、同じ気持ちだとわかったからだろうか。
     玄関を出て、五階のマンションから明るい空を見上げる。ここからのこの光景も、これで最後かと思ったら、少し感慨深く思う。……三十にもなると、涙腺が緩んで困る。
     俺様が乗る飛行機の便は昼過ぎだが、空港に向かう前に一箇所だけ寄ろうと思っているところがあった。……それは、俺様の実家だ。そこに父親がいる可能性はほぼゼロに近いが、一応行ってみて、挨拶の一つでもしてやろうかと思った。……なんせ、次にいつこちらに戻ってくるかもわかっていない。
     電車で移動するのでとりあえず駅に向かい、実家の最寄り駅にあるコインロッカーにキャリーケースを押し込んだ。これで手ぶらになったわけだから、幾分も身軽に動くことができる。
     この駅から自宅へ続く道は、高校三年生のころに、イヴァンと一緒に下校していた道だ。イヴァンと再会するまでは、あえて違う道順を辿るほどに避けていた道でもある。今、この道をこれほどまでにすっきりとした心地で歩けているのは、本当に嬉しかった。古くなった家々、もしくは完全に新しくなった住宅。そこに暮らす家族まで変わっているのかはわからないが、あのころ、きれいに歩道を彩っていた花壇には、今は違う色の花が咲いている。塀からはみ出してたくさんの影を落としていた木々が、もうなくなっている。十二年とは、思っていたよりも長い年月だったんだと思い知らされる。
     実家にたどり着き、玄関の前に立つよりも先に、俺様はここに父親が帰っていないことを確信した。……しかも、これは相当な期間、誰も踏み入れていないのがわかる。……山ほどのチラシがはみ出している郵便受けを見たら、一目瞭然だった。……配るやつも、よくこの状況を見ても押し込み続けるよなあと感心する。
     仕方がないので郵便受けの中身をいつかのように抱えて、家の中に入った。もはや通電すらしていないのか、いくらスイッチをいじったところで電気はつかなかったので、真っ暗なままだが、観念して上がり込む。カーテンを開いて回ればまだ日差しでなんとかなったが、それも面倒なのでこの暗さを甘んじて受け入れることにした。
     ゴミ袋などを置いてあるダイニングに突き進み、ほとんどいらないチラシだろうからと、そのまますべてゴミ袋に入れてしまった。よもやまたイヴァンからの手紙が入ってるわけもない。
     それからやっと、暗い中で家の中を見回した。台所の炊事台の上にも、ダイニングにあるテーブルにも……テレビにもソファにも、食器棚、冷蔵庫、ランプ。目につく物すべてに、色が変わるほどには埃が溜まっていた。……やはりだ。つまり父親はそれくらいの年月、ここには立ち寄っていないということになる。
     ……もうずいぶん昔になるが、社会人になってしばらくしたある日、何気なく思い立って父親の携帯電話に連絡を入れてみたことがある。そこで俺様は、父親が電話番号を変えていたことを初めて知って、それ以降、この家だけが家族を繋ぐアイテムとなっていた。それも、もう忘れ去られるのも時間の問題のようだが。もしかすると、すでに覚えているのは俺様だけかもしれない。
     だが、正解のわからない憶測は一旦なかったことにして、俺様は置き手紙の一つでも書いてやろうかと思い立った。何ヶ月後に気づくかも、もしかして気づかないままかもわからないが、それはもう、あちらの問題だ。先ほどゴミ袋に入れたチラシの内、裏紙として使えそうなものを一枚だけ適当に取り出した。何年前に買ったものかもわからないマーカーを取り出して、『これから日本でやっていきます。お元気で』と記し、そのまま埃をかぶったダイニングテーブルの上に置いた。それを景観の内と思って眺めて、それなりに馴染んでいるので満足する。これだけで、俺様がここに来た目的は達成できたことになる。まだ少し時間に余裕はあったが、何が起こるかわからないし、余分な時間は空港で潰せばいいかとダイニングをあとにした。
     ……そのまままっすぐ玄関に行こうとしたのは確かだった。だが、その先にある、半開きになった扉が目に留まった。……そこはかつて俺様が使っていた部屋の扉だ。今はもう、何も怖くない。しっかりとした足つきでそこまで歩いて行き、ためらい一つ持たずに部屋の中を覗いた。
    「……うわ、」
    思わず声を上げてしまったが、それは、いつの間にかこの部屋が、家具一つないもぬけの殻になっていたからだ。あの父親、さては勝手にすべてを処分しやがったな。大切なものはすべて持って出ていたのが幸いだったが、もしかするとそれを知っていたから、その他のすべてを処分したのかもしれない。……いや、どの道、あまりにも横暴だと、少しばかり腹は立った。懐かしむためのものは山程あったというのに。
     だが、眺め続けた室内ではぼんやりと、懐古的な光景が再現されていくように錯覚した。底のほうから呼び出された、それこそ埃をかぶっていたような思い出が、視界を埋め尽くしていく。そうだな、ここに机があって、ここにはイヴァンが座ってて、と心が知らず知らずの内に緩んでいく。耳の奥ではあのころの、もう少し高い声のイヴァンが呼びかけるのが蘇る。そのとき見ていたのは、優しく穏やかに微笑む姿で……やはりあのころから、俺様はどうしようもなくイヴァンが好きだったんだよなあ、とつい言葉にしてしまいそうになった。俺様はたまらなかったんだ。イヴァンのあの笑顔が、本当に……
     と、思っていたところに、昨晩の情事の最中の、ぞくぞくと鳥肌が立ちそうな、一心不乱に俺様を見つめる瞳を思い出してしまった。身体の中で小さな爆弾が破裂したように、不意に身体が熱くなる。慌てて気をそらそうとして、何度か自分の頬を叩いてやった。……違うだろ、ばか。今、思い出してるのはそういんじゃない。
     ――……だが、
     部屋から出るように、一歩あとずさって思う。
     俺様の……いや、俺様たちの、止まったままになっていた時間は、ようやくちゃんと動き出したという……ことだ。
     一人だけここに置き去りにされたような虚無感を抱いて、それにひたすら耐えるように座り込んでいた廊下。それを横切りながら、少しだけあのときの自分を励ましてやりたくなった。
     大丈夫、あれから十二年経ったしがないある日の今日、ここに置き去りにするのは、壊れてしまった心のほうだ。この埃をかぶった古い家の中に、あのころ間違えてしまった傷心を捨て置いて、また新しく育んでいける。……大丈夫だ、イヴァンとなら、きっと大丈夫。今度こそ、例え多少歪でいたとしても、きっと耐えられる。もう子どもじゃないから。……ちゃんと、言葉に頼って繋がっていられるから。つらいときはイヴァンと二人で泣いて、でもそうじゃないときのほうが多いだろうから、一緒に馬鹿なことを言い合って、笑っていく。
     実家の最寄駅でキャリーケースを回収した俺様は、そのまま空港に向かった。起き出したイヴァンから何かしらのメールが入っていないかと端末を確認するが、特に一言も届いていなかった。……だが、俺様もそうだ。今はまだ、特別な何かを伝えるような場面ではない。きっと過ぎてしまえば、なんてことはない〝ただの〟一ヶ月になっているはずだ。
     だが、空港までの高速バスに乗り、窓の外の見慣れた街並みを目で追っていたら、唐突な不安に駆られた。なんでもないただの一ヶ月にするにはやはり、寂しくて、イヴァンに触れたくて、声を聞くだけじゃどうしようもできない夜も、きっとあるだろう。……そう考えてしまったのが悪かった。まるで物足りなさのせいで萎むような心が、ぎゅうぎゅうと痛みを伴ってしまった。
     空港について、保安検査場を通り、発着口の前のロビーに到着するころには、自分で笑えるくらいに〝イヴァンシック〟にかかっていた。そんな自分を俯瞰して苦笑が漏れたりもするが、日本という知らない地への転職を含めて、おそらく今持ちうる限りの不安が、よっこらしょと顔を覗かせている。……つまり、前向きに考えると、今ここを耐え抜けば、きっとこの先の寂しさは耐えられるに違いない。
     何か雑誌でも買って気を紛らわそうかと思い、俺様は座っていたソファから立ち上がった。そしてキャリーケースの取っ手を握ったとき、
    「ギルベルトくんー!」
    あまりの恋しさについに幻聴でも聞こえたのかと、反射的に顔を上げてしまった。……いや、あまりの恋しさに、幻覚が見えているのかと、訂正する。
     人混みの向こうから、頭が一つ抜き出ている柔和な笑顔が、控えめに手を振っていた。現実なのか幻覚なのか、本当に一瞬考え込んでしまう。その間にも、イヴァンを模ったその幻覚は俺様の真向かいに立ち止まった。
     ――ラフな私服であることまではいい。だが、この幻覚は手ぶらだ。ウェストポーチはつけているが、どう考えてもこの場には沿わない、非現実的な幻覚すぎる。
    「……ギルベルトくん?」
    よほど呆然としてしまっていたのだろう。その幻覚は俺様の頬に触れて……そう、触れて、改めて顔を覗き込まれた。……触れられたのだ。確かに感触はあって、あまりに鮮明な音声でもって、俺様を心配げに見ている。それはつまり、幻覚ではないということで……。
     そこでぐわっと噴火した感情は『嬉しい』ではなく、『納得がいかない』のほうが大きかった。
    「お、お前っ、ここで何してんだよ⁉︎」
    場所も忘れて食ってかかってしまった俺様に対して、イヴァンは得意のマイペースにこにこを発揮して、うん、と返事をした。
    「ごめん、我慢できなくて追いかけて来ちゃった」
    「はあ⁉︎ いや、いやいや、なんで保安検査場通ってんだよ⁉︎」
    「キャンセル待ちのチケットが取れちゃった」
    「は、はあ゛〜〜⁉︎」
    側から見たら、本物の喧嘩に見えていたかもしれない。だが、だって、そうだろ。俺様は一人でこの寂しさに耐えて、一ヶ月後に備えてやっていこうとしていたわけで。
     目の前のイヴァンが、嬉しそうに首を傾げた。
     いやいや、俺様たち、一ヶ月の遠距離交際やってみるんじゃなかったのかよ……⁉︎ あまりの事と次第に絶句していると、イヴァンはまた呑気に笑いやがった。
    「ふふ、驚かせちゃった? 喜んでくれてうれしいよ」
    いや、呑気という言葉に収まるのか甚だ疑問だ。こいつは時にぶっ飛んだマイペースさを発揮するのはもちろん知っていたし、そんなところも可愛いと思ってしまう部分ではあるが……。
    「……俺様の純真と決意を返せ……!」
    今回ばかりは頭を抱えた。
    「あんな君を見ちゃったら……やっぱり、一秒だって離れられないよ」
    さらりとイヴァンは、小っ恥ずかしい発言をしてのける。
     〝あんな君〟と言われて心当たりがあるのは、昨晩の情事中の、イヴァンが好きだと暴れた自分しかなく、穴があったら入りたいくらいの羞恥心に襲われた。爽やかになんてことを言いやがると抗議しようと顔を見返せば、今度は少しだけ複雑そうに眉尻を落としていた。
     またしても言葉が奪われる。身体が無意識の内に強張って……おそらく、イヴァンは触れたいのを必死に耐えているのだとわかった。その顔を見ただけで、俺様も同じ葛藤を抱いてしまったから、それはもう確信のようだった。
     ……わかった、とりあえず今の状況は受け入れるとしよう。だが、いろんなことの辻褄が合わなくないか?
     深呼吸を挟み、お互い冷静になれるような間を持った。それからようやく、こいつには俺様の出発後にとお願いしていたことが、たくさんあったことを思い出した。
    「……あの部屋の引き渡しは……あ、か、片づけとか……」
    そうだ、最も懸念すべきところはそこだ。あの部屋の引き渡しはさることながら、昨晩の情事の跡だって、こいつに片づけをお願いして来ていた。俺様よりあとに目が覚めたイヴァンが、それをしっかり遂行したのかは見逃すことはできないところだった。
     だがイヴァンは何の悪びれもなく、
    「フランシスくんにお願いしてきちゃった」
    可愛らしくそんなことを吐く。その内容は果てしなく鬼畜だ。
    「鬼か」
    思ったままを口にした。……だって、情事の後片づけだぞ、耳を疑う。
    「大丈夫だよ。シーツとかは捨ててきたから。荷物の発送とお部屋の引き渡しだけ」
    なんとも軽々しく言っているが、確実にフランシスが被る迷惑はそれだけに留まらないはずだ。文句を言いながらも引き受ける、あのお人好しの髭面が浮かぶ。……許せ、フランシス。俺様たちからのかわいい餞別だ。心の中だけで唱えた。あとでメールくらいはしてやる。
     そして次の矛盾点に気が留まる。
    「これから日本っつう外国に行くってのに、手ぶらだしよ……」
    「お財布とパスポートがあれば、なんとかなるかなって」
    ポンポンと、少し強めにそのウェストポーチを叩いて見せて、怖いものは何一つ存在しないと言いたげな大らかな表情を作った。
    「お前、いろいろと雑すぎんだろ……」
    さすがマイペースすぎるイヴァン……と、感心したわけではなく、呆れたというのに、イヴァンにとっては然程違いはないらしい。それから「そんなことより」と嬉しそうに掲げる笑顔の暴力に、なんかもう全部どうでもよくなってしまった。

     フライト中も、イヴァンのマイペースは留まるところを知らなかった。当たり前だが、キャンセル待ちのチケットを取ったイヴァンは、俺様と席は離れていた。……というか、キャンセルが出たのがファーストクラスだけだったらしく、ほかに購入希望者が出なかったので、金に物を言わせたのだと会話の中で理解した。……だから、ビジネスクラスの俺様の隣の席だったやつに「ファーストクラスと席を交換してくれ」と申し出たイヴァンを、拒否する野郎はいなかった。そうやってイヴァンは、フライト中ずっと、俺様の隣の席を確保できたというわけだ。悔しいが、優秀な営業の貯蓄を侮ってはいけない。
     そうして大層な時間を風に煽られた俺様たちは、ようやくにして目的地の日本に到着した。元々、出口で本田が待っているのだと知っていた俺様は、着陸する前からどんな顔をされるのだろうかと胃が痛くなりそうだった。……きっとまたニヤニヤといろんなことを腹に含んで、いろんなことを孕んだ言葉をかけてくるのだろう。……考えただけで、おいこのイヴァン野郎、と苛立ちが湧くが、隣で心地よく寝顔を晒している姿を見せられ、また牙を抜かれる羽目となる。……安心しきった顔をしやがって、このシロクマめ。そんなむず痒い心境にも悔しくなって、こいつの立派な鼻を摘んで仕置をしてやった。……目すら覚まさなかったが。
     だから、発着場の出口で目が合った本田が、その瞬間に驚いた顔をして、すぐさま嬉しそうに綻んだことには、あえて気づかないふりをした。
    「……ギルベルトくん、お久しぶりです」
    「ああ、久しぶり」
    あえて俺様だけに挨拶をした本田は、
    「そして……」
    わざとらしくまじまじとイヴァンを観察するように見やった。
    「あれ、私はてっきり、ギルベルトくんが一人でいらっしゃるのだと聞いていたと思ったのですが……」
    清々しいまでの笑顔をこさえやがり、勢いよく俺様の腕を叩いた。
    「ギルベルトくん、水臭いじゃないですか。ご予定を変更されていたのなら、言ってくださればいいのに」
    思った通り、その腹にも、言葉の裏側にも、不愉快なお節介を含めてやがる。言葉つきが回りくどくて腹が立つ。結局離れられなかったんですね、と笑いたきゃ笑えばいいのに。
    「……えへへ。ぼくが勝手についてきちゃった。たまたまキャンセル待ちでチケット取れちゃったの」
    「あはは、それはそれは。運がお二人の味方をしてくれたんですね」
    またいい笑顔を俺様に向けて、同意を求めやがる。
    「そのニヤニヤやめろ……」
    「おや、何のことです?」
    いよいよ文句も追いつかないほどにすっとぼけやがり、
    「それにしてもイヴァンさん、面白い方ですねえ。私も社に戻ったら、早速雇用の書類を改めて準備しますね。……いいですよね? しばらくは社宅もご準備できますが、」
    「いいよ、ギルベルトくんの部屋に上がり込む」
    また二人で勝手に話を進めようとしているので、慌てて割り込んだ。俺様の取り巻きで正気でいるのは俺様だけなのかと諦念さえ抱く。
    「上り込むって……貸してくれるなら一ヶ月くらい社宅のほうがよくね? 遠距離しねえなら、それくらいしたほうが……」
    最後まで言い切ってすらいないというのに、じっと二人の視線が俺様に落ちて来た。
     どうせ一ヶ月したらイヴァンが来るだろうということで、大きめの部屋を借りるつもりではいたことは確かだ。しかも、それを本田にも伝えていた。だから、二人して何を言っているんだ、という顔をしたわけだが、そんかこと俺様が聞きたい。せっかく距離を置いてみる決意したってのに、正気なのか。
    「あはは、野暮でしたかね。すみません」
    「笑って流してんじゃねえよ」
    「いいじゃん、ね」
    ……この二人はどうもすぐに結託しやがる。俺様のほうがおかしいのかと思えてしまうが、ここは気を強く持ったほうがいい。ここでの常識人は俺様だけだ。
     くる、と本田は踵を返して、さっそく俺様たちを誘導し始めた。
    「では早速、明日からはお部屋探しですね。イヴァンさんはどうされるかは、またゆっくりと話しましょう。今日はひとまずホテルにご案内します……そうだ、イヴァンさんのお部屋も手配しなくは」
    テキパキと手際よく情報の共有をして、おそらく鞄から携帯電話を取り出そうとしたのだろう。
    「あ、そうだ、イヴァンさん、」
    歩きながら鞄をまさぐり、だが視線はイヴァンのほうと、器用にこなしている姿を見て、さすが忙しい日本人だなと感心してしまった。
    「今回の渡来の旅券の領収証もあれば、経費にねじ込めないかやってみますよ」
    「ほんと⁉︎ 心強い!」
    「やるだけやってみますね」
    「ありがとう! 至れり尽くせりだね!」
    「ふふ、この恩はお仕事ぶりで返してくださればいいので」
    ようやく見つけたのか、携帯電話を取り出した本田は、今度は歩きながら電話帳を開いているようだった。目指しているのは、どうやら目前にある、長いエスカレーターだ。
    「まったく、ちゃっかりしてんな」
    俺様も会話に便乗して返したが、冗談だとわかっていた本田は楽しそうにしているだけだ。
     思った通りにエスカレーターに乗った俺様たちは、本田が電話をかけるものだと思い、一旦は静かに待った。だが、なかなか発信する様子はなかったので、ずっと気になっていたこと聞くことにした。
    「……んで、本田よお。ここまで来たらもう教えてくれてもいいだろ。なんであんなに内情に詳しかったんだよ」
    端末の操作をしながらもちゃんと話を聞いていたらしく、すぐさま手を止めて顔を上げた。
    「……おや、まだ気にしてらしたんですか?」
    がこがことキャリーケースを引っ張る音があちこちで響いているのが聞こえ、エスカレーターの終わりが見える。
    「おう、気になってたぜ」
    再び歩き出した本田は、今度は動く歩道へ迷いのない足取りで進み、迷いなくそこへ飛び乗った。俺様たちもそこに乗り、安定したのを確かめると、
    「それはですね、」
    ようやくすべての真相を明かした。
    「私の親しい友人が、ディン製作所の総務部にいるからですよ」
    「えっ⁉︎ はっ⁉︎ 誰⁉︎」
    イヴァンと二人で見合わせてから、身を乗り出して問い詰める。浮かぶ顔ぶれはたったの三人だ。……その中、まさか総務部の部長ということはあるまい。……とすると、選択肢はたったの二人。
     だが本田は日本人特有の、裏の読めないいい笑顔を貼りつけて、きっぱりと「教えません」と断言した。いやに楽しそうだ。
    「――ですが、その友人がいつも営業に出たいとおっしゃっていたギルベルトくんを見ておりまして……社長さんのこととか……まあ、それをぼやいていたのを聞いていたものですから、社で新しい人材を探すことになってから、一番にギルベルトくんのことを思い出しました」
    言い終えるころには、動く歩道の終わりがまた見えていた。すぐ二メートルほど先には、また次の動く歩道が構えているが、一旦本田に前を向くように、手で示してやる。
    「……なるほどな……じゃ、この転職はそいつの手引きってことか」
    「そうですね」
    軽くコンベアから降りて、そのまま足を進める。俺様もイヴァンもあとに続いて進み、また次のコンベアにも乗っかった。
     確かに、そう言われてみれば、ジャパンキコーのセミナーに行くことを総務部に申請しに行った際、すでに総務部にもその知らせのチラシがあったことを思い出した。そのときは特に気にならなかったが、これは誰が持ち込んだものかと確認していれば、今ごろは本田のその〝親しい友人〟が誰がわかっていたのかも知れない。……かなり気になるところだが、教えないと言われてしまえば食い下がることもできない。
     とりあえずは、その二人のうちどちらだったにせよ、
    「一応言っとくが、今回は結果オーライとして、本当は社外に給料情報とか漏らすの、悪いんだからな。よく言っとけよ」
    念のために小言の一つでも言っといてやる。そいつが情報を漏らしたのだと知られれば、そいつが賠償責任を負わされる可能性だってあるわけだ。……と言っても、おそらくは、〝漏らした相手〟もちゃんと選んではいるのだろう。
     俺様に言われたことを、自分のことのように受け止めて、申し訳なさそうに微笑んでいる本田を見て、その人選には感謝した。
    「……あと、世話焼かせたなって」
    付け加えると、今度は少し嬉しそうな微笑みに変わった。その変化は微々たるものだったが、ちゃんとわかる程度ではあった。
    「ええ、そうですね、ご忠告ありがとうございます。またいつか機会があれば、四人で食事でも行きましょう」
    なんだかそれも照れ臭い気がするなと思い、隣に立っていたイヴァンを盗み見てしまった。そこで思いのほかしっかりと目が合ってしまい、イヴァンまで嬉しそうに微笑むので、とっさにまた視線を泳がせた。ちょうど空港の外が見える大きな窓に面した動く歩道の上だ。
     これまで生まれ育ってきたドイツとは明らかに違う街並みを想像して、早くイヴァンとたくさんの〝新しいこと〟を見つけていけたらなと思った。
     あの埃をかぶった古い家の中に、あのころ間違えてしまった傷心を捨て置いて、また新しく育んでいく。……大丈夫だ、イヴァンとなら、きっと大丈夫。つらいときはイヴァンと二人で泣いて、でもそうじゃないときのほうが多いだろうから、一緒に馬鹿なことを言い合って、笑っていける。

     ――結局俺様たちは、一ヶ月だけ別々に暮らすことにした。お泊まりは休日限定など、〝依存しない〟努力をしたわけだが、それを経て変わったことと言えば、お互いの心持ちだけだった。……つまり、一緒に暮らすようになってからも、互いとの密着度は変わらなかったということで……。もっともっと人間的に成熟すれば落ち着くのかもしれないが、今はまだ、単純にそういう関係には早すぎただけなのかもしれない。
     とにかくここ最近は、隣で笑っているイヴァンに、次の休日はどこに行こうかと尋ねることが、楽しみで楽しみで仕方がなかった。



    オキザリ・ブロークンハート
    おしまい

    あとがき
    (今回めっちゃ長いです、すみません……笑)



    書 き 終 わ っ て し ま っ た 。

    はい、ご読了ありがとうございました〜……(;ω;)
    ええ……長い付き合いになる原稿は、だいたい書き終わった後にロスに陥るんですが、
    これも例外ではなかった……。
    思えば俺誕後に特大級の凹期を迎えてしまいまして、それを安定させるためにと勢いで書き始めたものでした。
    それが二月ですもんね……
    ひょっとして今までで一番長い付き合いになったイヴァギルちゃんなのでは……??
    お付き合いくださった読者さまにも感謝感謝です。
    少しでもお楽しみいただけていたら幸いです!!

    なんというか、周りから見たらゾッとするくらい重たい二人が、
    互いの重たさに気づかずに幸せに生きてるのが、なんか可愛いなと思って……?
    でも最後の二話を書きながら一瞬脳裏によぎったのは、
    「この二人、なにかあったら心中しそうだなあ……」ってだったことは、
    内緒にしておくべきでしょうか(言った)
    いや、なにもないから安心してね!!
    二人は意外と強い子だしね!!!!笑
    というか、もう大丈夫になったから!!!!笑

    あと、ちょっと野暮かもしれないのですが、
    この先たぶん描くところがないので、ひとつだけ補足させてください。
    この最終話でギルくんが出発する朝、
    実はイヴァンちゃんは起きていたんですよ。
    (ギルベルトくん視点なので描けなかった)
    だから、ギルくんが手紙をキャリーケースに詰めているのも、実は気づいていたんですね。
    ギルベルトくんが実家に寄っている間のイヴァンちゃんを、
    ぜひゆっくり想像してもだもだしていただけると幸いです。笑。

    このお話を書き始めるときに、ひとつだけどうしても描きたかったことがありまして。
    それが「嘘の上に成り立つ幸せ」だったんですね……
    今作ではその鍵となかったのが、この「手紙」だったわけですが。
    (あと社長もそうですね)
    結局あまりこの設定を生かせなかったのは個人的に心残りではあります。
    どこかでまたリベンジしたいです。

    そして、終盤に差し掛かったところで気づいたのですが、
    そういえば向こうの新年度って九月からじゃんって……
    もうあの、細かいことはこの際気にしないでください……(おい)

    先述したように勢いで書き始めたので、
    いろいろと拙い部分はあったかと思いますが、最後までお付き合いいただき、
    本当にありがとうございました。

    毎度のことにはなりますが、最終話を迎えたこともありますので、
    もしよかったらご反応いただけると嬉しいです。
    今後の励みにもなります……!
    よろしくお願いしますm(__)m → 拍手を送る

    今後はイベントで発行するための本の原稿を中心にやっていくと思いますので、
    支部への投稿はペースダウンするかと思います_(:3 」∠)_
    (俺誕決まりましたねー!!!!
    フーー!!!!笑)
    しばらく投稿なくても忘れないでね。笑。

    それでは、改めましてご読了ありがとうございました!


    最後の最後に。
    せっかく一話一話がんばって考えたので、
    これまでのタイトルの意訳を載せさせてください(^^)笑
    ※それぞれのお話の視点になるほうの言語です
    (例:イヴァンちゃん視点の話だとロシア語、的な)

    第一話 サイカイ・パニカ(再会・再開・最下位+パニック)
    第二話 ジョーチョー・トブレンツ(上長・情緒・冗長+波乱)
    第三話 ヤブレ・シュトーロン(見破られるの破れ・敗れ・予防線の壊れ+騒動)
    第四話 ムチュー・スィエッツァ(夢中・霧中+心)
    第五話 カンパイ・シャオ(完敗・乾杯+眼差し)
    第六話 テンカイ・サブズィエ(転回・展開+出来事)
    第七話 オモイ・フィーラー(思い・想い+誤差)
    第八話 ココロ・ツフェーダン(心+育む)

    でした!

    こんなところまでお付き合いくださり、
    本当にありがとうございました!



    飴広 Link Message Mute
    2023/07/21 23:22:09

    最終話 ココロ・ツフェーダン【全年齢】

    【イヴァギル】

    こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の最終話【全年齢版】です。

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    • こんなに近くにいた君は【ホロリゼ】

      酒の過ちでワンナイトしちゃう二人のお話です。

      こちらはムフフな部分をカットした全年齢向けバージョンです。
      あと、もう一話だけ続きます。

      最終話のふんばりヶ丘集合の晩ということで。
      リゼルグの倫理観ちょっとズレてるのでご注意。
      (セフレ発言とかある)
      (あと過去のこととして葉くんに片想いしていたことを連想させる内容あり)

      スーパースター未読なので何か矛盾あったらすみません。
      飴広
    • ブライダルベール【葉←リゼ】

      初めてのマンキン小説です。
      お手柔らかに……。
      飴広
    • 3. 水面を追う③【アルアニ】

      こちらは連載していたアルアニ現パロ小説「海にさらわれて」の第三話です。
      飴広
    • 3. 水面を追う②【アルアニ】

      こちらはアルアニ現パロ小説「海にさらわれて」の第三話です。
      飴広
    • 最高な男【ルロヒチ】

      『現パロ付き合ってるルロヒチちゃん』です。
      仲良くしてくださる相互さんのお誕生日のお祝いで書かせていただきました♡

      よろしくお願いします!
      飴広
    • 3. 水面を追う①【アルアニ】 

      こちらはアルアニ現パロ小説「海にさらわれて」の第三話です。
      飴広
    • 星の瞬き【アルアニ】

      トロスト区奪還作戦直後のアルアニちゃんです。
      友だち以上恋人未満な自覚があるふたり。

      お楽しみいただけますと幸いです。
      飴広
    • すくい【兵伝】

      転生パロです。

      ■割と最初から最後まで、伝七が大好きな兵太夫と、兵太夫が大好きな伝七のお話です。笑。にょた転生パロの誘惑に打ち勝ち、ボーイズラブにしました。ふふ。
      ■【成長(高校二年)転生パロ】なので、二人とも性格も成長してます、たぶん。あと現代に順応してたり。
      ■【ねつ造、妄想、モブ(人間・場所)】等々がふんだんに盛り込まれていますのでご了承ください。そして過去話として【死ネタ】含みますのでご注意ください。
      ■あとにょた喜三太がチラリと出てきます。(本当にチラリです、喋りもしません/今後の予告?も含めて……笑)
      ■ページ最上部のタイトルのところにある名前は視点を表しています。

      Pixivへの掲載:2013年7月31日 11:59
      飴広
    • 恩返し【土井+きり】


      ★成長きり丸が、土井先生の幼少期に迷い込むお話です。成長パロ注意。
      ★土井先生ときり丸の過去とか色んなものを捏造しています!
      ★全編通してきり丸視点です。
      ★このお話は『腐』ではありません。あくまで『家族愛』として書いてます!笑
      ★あと、戦闘シーンというか、要は取っ組み合いの暴力シーンとも言えるものが含まれています。ご注意ください。
      ★モブ満載
      ★きりちゃんってこれくらい口調が荒かった気がしてるんですが、富松先輩みたいになっちゃたよ……何故……
      ★戦闘シーンを書くのが楽しすぎて長くなってしまいました……すみません……!

      Pixivへの掲載:2013年11月28日 22:12
      飴広
    • 落乱読切集【落乱/兵伝/土井+きり】飴広
    • 狐の合戦場【成長忍務パロ/一年は組】飴広
    • ぶつかる草原【成長忍務パロ/一年ろ組】飴広
    • 今彦一座【成長忍務パロ/一年い組】飴広
    • 一年生成長忍務パロ【落乱】

      2015年に発行した同人誌のweb再録のもくじです。
      飴広
    • 火垂るの吐息【露普】

      ろぷの日をお祝いして、今年はこちらを再録します♪

      こちらは2017年に発行されたヘタリア露普アンソロ「Smoke Shading The Light」に寄稿させていただきました小説の再録です。
      素敵なアンソロ企画をありがとうございました!

      お楽しみいただけますと幸いです(*´▽`*)

      Pixivへの掲載:2022年12月2日 21:08
      飴広
    • スイッチ【イヴァギル】

      ※学生パラレルです

      ろぷちゃんが少女漫画バリのキラキラした青春を送っている短編です。笑。
      お花畑極めてますので、苦手な方はご注意ください。

      Pixivへの掲載:2016年6月20日 22:01
      飴広
    • 退紅のなかの春【露普】

      ※発行本『白い末路と夢の家』 ※R-18 の単発番外編
      ※通販こちら→https://www.b2-online.jp/folio/15033100001/001/
       ※ R-18作品の表示設定しないと表示されません。
       ※通販休止中の場合は繋がりません。

      Pixivへの掲載:2019年1月22日 22:26
      飴広
    • 白銀のなかの春【蘇東】

      ※『赤い髑髏と夢の家』[https://galleria.emotionflow.com/134318/676206.html] ※R-18 の単発番外編(本編未読でもお読みいただけますが、すっきりしないエンドですのでご注意ください)

      Pixivへの掲載:2018年1月24日 23:06
      飴広
    • うれしいひと【露普】

      みなさんこんにちは。
      そして、ぷろいせんくんお誕生日おめでとうーー!!!!

      ……ということで、先日の俺誕で無料配布したものにはなりますが、
      この日のために書きました小説をアップいたします。
      二人とも末永くお幸せに♡

      Pixivへの掲載:2017年1月18日 00:01
      飴広
    • 物騒サンタ【露普】

      メリークリスマスみなさま。
      今年は本当に今日のためになにかしようとは思っていなかったのですが、
      某ワンドロさんがコルケセちゃんをぶち込んでくださったので、
      (ありがとうございます/五体投地)
      便乗しようと思って、結局考えてしまったお話です。

      だけど、12/24の22時に書き始めたのに完成したのが翌3時だったので、
      関係ないことにしてしまおう……という魂胆です、すみません。

      当然ながら腐向けですが、ぷろいせんくんほぼ登場しません。
      ブログにあげようと思って書いたので人名ですが、国設定です。

      それではよい露普のクリスマスを〜。
      私の代わりにろぷちゃんがリア充してくれるからハッピー!!笑

      Pixivへの掲載:2016年12月25日 11:10
      飴広
    • 赤い一人と一羽【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズの続編です。
      飴広
    • ケーニヒスベルク二十六時 / プロイセン【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのプロイセン視点です。
      飴広
    • ケーニヒスベルク二十六時 / ロシア【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのロシア視点です。
      飴広
    • ケーニヒスベルク二十六時 / リトアニア【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのリトアニア視点です。
      飴広
    • 「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズ もくじ【露普】

      こちらは露普小説「ケーニヒスベルク二十六時」シリーズのもくじです。
      飴広
    • 第七話 オモイ・フィーラー【イヴァギル】

      こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の第七話です。
      飴広
    • 第六話 テンカイ・サブズィエ【イヴァギル】

      こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の第六話です。
      飴広
    • 第五話 カンパイ・シャオ【イヴァギル】

      こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の第五話です。
      飴広
    • 第四話 ムチュー・スィエッツァ【イヴァギル】

      こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の第四話です。
      飴広
    • 第三話 ヤブレ・シュトーロン【イヴァギル】

      こちらはイヴァギルの社会人パロ長編小説「オキザリ・ブロークンハート」の第三話です。
      飴広
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