異人回廊 ひとりの男が、長くのびた回廊を渡っていく。
砂漠に建てられた楼閣の真廊は、細い石柱が無数に連なることによって高い天井が支えられている。
柱は男の両側から床から直線状に天井に至り、その頂点で急速にくねると互いに交わった。
この回廊には壁がない───砂丘は緩やかな曲線を繰り返し、蒼穹に白く雲がたなびいて彼方への茫洋とした憧憬を誘う。
そしてその憧憬を彼はいずれ叶えるだろう、そんな予感がする。
回廊は果てなく続き、その先の光ももはや粒にしか見えなかった。
往く手からかすかな風が吹き、男の長い髪を揺らす。
男は目を閉じて耳を澄ました。砂の乾いた香りがしている。
低くうねるように、時にはかすれ時には地の底から響くように、絶えない祈りの声がある。
太鼓と鉦、笙の音とともに嘯が流れているのだ。
無数の声が、祈りが男の身体に満ちる。
それは、紛れもなく彼の民の声だった。
──待っていた…。
彼はずっと、このために走り続けてきた。ただ上ばかりを見つめ、幾多の戦乱を生き抜いてきた。
この時を手にするまでに、どれほどのものを失ったろうか。
両親は敵方に人質として捕らわれ殺された。
妻と生まれたばかりの子供を、男は戦場になると分かっていた村に置いてきた。
親友は気付けば戦場で骸になっていた。
同じことを、男も誰かにしてきたのだろう。
失ったものなど問題ではない。男にとって重要なのは今、この場所を歩いているという事実だけだった。
これからも、男は何を失おうとも恐れないだろう───この回廊を歩き続けるためならば。
──…俺は、誰より神に近くなる。
男は目を見開いた。睨みすえたのは天上のただ一点、碧落の果てだ。
誰よりも強く誰よりも高くあらねば、ここに在る意味がない。
──俺が、神になる。
野望こそが彼には生きるよすが、その身の寄る辺、永久への道標だった。
生きて、生きて、生き抜いた───ただそれだけが、男の生きた証になる。