Le Soleil ずっとアンジョルラスを見ていた。
演説する彼を、仲間たちに指示を出す彼を見ていた。彼はいつも笑っていた。優しい笑み、表情全体で他者を励まし、肯定する微笑み。
彼の声は陽光、遥か地平線から現れる一条の光、山端を彩り彼方を照らし、遍く全てを掬い上げて引き込む明るい光だ。
太陽が似合う男だ。太陽のような男だ。
グランテールはそういうアンジョルラスが好きだった。そういうアンジョルラスを見ているのが好きだった。
見られているのを悟られたくはなかった。悟られたならば、必ず彼は微笑み返してくれるから。グランテールは彼に救われたくなかった。彼を見ていることができればそれで良かった。
彼に手を差し伸べられたならば拒みきれない自分を、グランテールはよく知っていた。
だからアンジョルラスがグランテールを見るとき、グランテールはいつもそれとなく視線を外した。アンジョルラスを見つめ返すことはしなかった。アンジョルラスのまっすぐな目がこちらに向いているとき、グランテールは敢えて違うほうを見た。
この日もそうだった。ミュザンでの仲間たちの議論の最中、一瞬黙り込んだ隙をついてグランテールは口を挟んだ。酔いに任せたように振る舞いながら、その実、全く酔ってなどいない。いつものことだ。仲間たちは呆れる。これもいつものことだ。
「グランテール……」
コンブフェールが溜息をついて立ち上がる。もうよせ、とグランテールの肩を掴んだ。グランテールは笑う。
不意に、アンジョルラスと視線が合った。アンジョルラスの真っ黒い透明な瞳がグランテールを見ていた。
咄嗟にグランテールは目を逸らす。コンブフェールを振り払い、ふらつく足取りで階段に向かう。
「グランテール?」
呼び止めるコンブフェールにひらりと手を振った。
ここにはいたくない、と思った。
そのまま階段を昇り、ミュザンを後にする。冷たい夜風が頬を撫でる。
こうやってグランテールを見るときでさえ、アンジョルラスの瞳は黒くきらきらと輝いて曇ることがなかった。アンジョルラスの燃えるような情熱を映す純粋な目は常に美しかった。
アンジョルラスは美しかった──グランテールが今まで出会った何者よりも、彼は美しかった。
何軒か居酒屋を梯子して回り、どうやって帰ったか記憶にない。一応は自分のアパルトマンにいたから、今日はまだ良いほうだ。たまにどうしようもなく気鬱で塞ぐときなど、知らない女と寝ているようなこともよくあったから。
ベッドの上で起き上がり、窓の外の傾きかけた太陽に目を細めた。気分が乗らない。だが、アンジョルラスを見つめていたい。
支度をして、ミュザンの近くまで足を向けた。入りたくなければ帰ればいい、となんとなく誰かに言い訳をする。
一瞬、ドアを開けるか迷ったときだった。
「グランテール?」
背後から声を掛けられる。グランテールは目を見開いた。振り返ることができない。
「やはりそうか」
アンジョルラスはグランテールに並ぶと、グランテールの顔を覗きこむようにして笑う。
「どうしたんだ? 入らないのか」
アンジョルラスは屈託なく言うと、いとも簡単にミュザンのドアを開けてグランテールの手を引いた。
グランテールは僅かにたたらを踏む。アンジョルラスはそこでさっと手を放す。
「ごめん。一緒に行こう」
微笑んでグランテールに言うアンジョルラスの目はどこまでもまっすぐで衒いない。
グランテールは視線を外すことができなかった。
そのままアンジョルラスに導かれ、ミュザンの地下へと降りていく。
結局のところ、グランテールはどこまでもアンジョルラスを拒むことなどできないのだ。例えそれで、グランテール自身が滅びたとしても。
それでいい。それがいい、とさえ思う。
──最後の瞬間も、きっと君の瞳は美しく輝いているのだろうから。