あさAIだから、美術大学を卒業して、小さな出版社に就職した時も、これで義務から解放されたと思っただけだった……はずだったのだが――
「……ん?」
目が覚めたら、見知らぬ天井が広がっていたという経験は初めてではなかったりするのだけど、ここはどこだろう?と寝起きのぼんやりとした頭で考えるまでもなく、病院のベッドの上だということはすぐに理解できたけど、どうしてここに居るんだろうと考えてしまうのは仕方ないことだと思うのですよねー……などと思いながら、ゆっくりと体を起こすと、
「ん?」
右腕がなんだかもぞもぞとしたので視線を向けると、そこには見覚えのある人が眠っていたのですよ!?
「えっと、これはどういう状況なのでしょう?」
美術大学に通う学生のためのアパートの一室で、眼鏡をかけた少女は困惑していたように呟いた……ような気がした、と黒髪の少女は思った、というか感じた、というか思考した、という表現の方が正しいかもしれないが、まぁ、それはともかくとして、だらりと力を抜いてソファーにもたれかかっていた姿勢から、黒髪の少女は顔を上げて目の前のテーブルに置かれたスケッチブックを見たまま固まっていた少女に声をかけることにするのだった、が、そこで気づく、自分は一体誰と会話しているのだろう、と―――
「んー、でもやっぱりこれじゃないんだよなぁ……」
美術準備室の一角にあるアトリエで、キャンバスに向かって独り言ちる少女がいた――否、まだ少女と呼んで差し支えない年頃の少女がいるというべきか、この学校では珍しい金色の髪を持つ彼女は、椅子の上で身体を伸ばしながら目の前の絵を見つめていたのだが、やがて飽きたように絵具のついた筆を投げ捨てると立ち上がり、窓の外に見える空へと視線を向けたのだった、その時だ、彼女の視界の端に一人の少年の姿が入ったのは、
「……ん?」
ふらりとやってきたらしい彼は、廊下から中の様子を窺うような素振りを見せた後、そのまま立ち去ろうとしているようで、
「待って!」
思わず声を上げた彼女に、足を止めて振り返ったのは彼の方だった、その顔に見覚えがあったのだろう、少し驚いた様子で目を瞬かせた彼が、
「君は確か、えーっと、あの時の」
記憶を探るように呟いた言葉に、金髪の少女こと『八神コウ』は小さく微笑んだのだった、すると彼も思い当たったらしく、「ああ、そういえばそうだっけな」と口にしたのだったが、すぐに首を傾げて、
「でもなんでここに?確か君って美術系の学校行ってたよね?」
だから、あの日出会った少年の言葉が嬉しかったんだと思う――
***
「……夢、かぁ」
目が覚めた時、まだ夜中だと思ったら、目覚まし時計が鳴っていないだけだったという経験はあるだろう?俺にとってはそれが、この夢の始まりだったのかもしれないなぁ……と、俺は思ったりするわけであるのだが、まーなんだ、とにかく、朝起きて、ベッドから這い出た時にふと気付いた違和感の正体は、どうやら壁一面を覆う巨大な絵画らしいと理解した瞬間に、大体把握できたのであった!
「えっと、つまり?」
『はい』
そして俺は、目の前に浮かんでいる半透明のスクリーン――ではなくて、空中投影ディスプレイっぽい何かに向かって問いかけたのだった、まる
「ここどこ!?」
ある日のこと、いつもと同じように学校に通い、いつもと同じ授業を受けて、いつもと同じように美術準備室に足を運んだら見知らぬ場所にいた――というわけではないのだが、普段とは違う状況に置かれていることは間違いない事実である以上、思わず声を上げて周囲を見回してしまったのは仕方の無いことだろうと思う……たぶん、きっと、おそらくは、めいびぃ……
「えっと……美術室?」
ぽつりと呟いてみたところで、この部屋の主の姿は無いわけで、他に何か分かることはないかと首を巡らせていると、扉の脇にある貼り紙が目に入った――『外出中』の文字と共にデフォルメされた黒猫の絵が描かれた張り紙の横に、小さな文字で一言書かれているそれは、どうやらドアの開閉を知らせるためのものだらしい……ということはつまり、少なくとも今日はここの主である少女はこの部屋に戻って来ないということだろう、などと考えていると、不意に目の前に一枚の写真が差し出された――反射的に受け取ってしまったそれを覗き込むと、そこには一人の少年と、彼と腕を組む二人の女性が映っていた――見覚えのある顔だ、と思うと同時に、その三人が誰なのかを思い出した瞬間、心臓が止まるような衝撃を受けた気がした――まさかどうして彼女がここに居るんだろうという疑問は、写真の裏に書かれた名前を見た途端に霧散してしまった……
「ふーん、これがあんたが言ってた面白い子なのね……」
「ああそうだとも!俺の予想を超える面白い奴だよ!」
「それで?その子はどこに居ますの?」
「それが分からないからこうして聞きに来たんじゃないか!!」
「はいはいそろそろ落ち着いて下さいませ旦那様、それではまるで駄々っ子ですわ」
「ぐぬっ!?し、しかしだな……」
「しかしではありませんわ、ほら、お嬢さんがた!」
「うっせえな、黙ってろクソアマ」
「……は?」
そんな時だ、彼女に出会ったのは――
***