飯焼だが 私は自分では自分を語ることができないし、またそれを試みる勇気もないから 他人が私を評価するのに任せるより仕方が無いと思うのだ しかしそれにしても名前というのは結構厄介なもので困っている次第である
（これはどうしたことかなあ）なんて呟いてみたりするわけですよ 私には名前がないということがはっきりしただけでもめっけものだと思ったほうがいいかも知れません そう考えると私には名無しという称号が与えられておりまして こうなったら名誉ある命名家になろうではないか という気になりますなあともかくそんな感じでありましたところです
「おいあんまり根をつめすぎるんじゃないよ」「わかってるつもりなんだけどなかなかうまく行かないんだこれが」「なあに時間はまだいくらでもあるさお前さんくらいになるとな、ところであの話は聞いたかい、なんだったかしらんが」「聞いてるとすりゃ君の方だよまったく」「ああそうだそうだ、ほれこのあいだ来た客のあれじゃないかい」「あれとはどのあれのことだい？」「なんだおまえさんの知らんことがあるもんかね」「あるわけがないさ」「じゃ言ってごらんよ」「えーと、ほらなんだっけ……そうそうだあれだ」「なんだいそれじゃまるで要領を得んじゃないか」「いやまだはっきりしないんでね実はもう少し考えてみることにするんだ」「なるほどねまあいいだろどうせまだ先があるしな、それよりお前もそっちの仕事の方でちょっと無理をするんじゃないかと思ったんで様子を見に来たのよ」そんな話をして別れたのだが、やはり気に掛かるらしくその後しきりと気に掛けて手紙を寄越した挙げ句にはとうとう直接訪ねて来たりしたが例によって例のごとく当人の態度は極めて素知らぬ風だったので仕方なく自分一人の考えに過ぎないということを強調した上で次のように結論したところである――「うむつまりだこういうことはどうかということだ即ち君の所に来る依頼人がもし万一本当に金持だとするとだそれは多分どこか他の地方のある町に住む人物であってしかも非常に金持ちであることは疑いもなくただそれをひた隠しにしているのだという考え方が成り立つと思うこれは別に不思議じゃないよね実際ありそうな話だと思うし第一その方がより現実性があっていいと思うんだ」「ところがそう単純なものでもないらしいんだよ実は」「ほうどこがどういう風に複雑だって？」「うん実はそういう種類の人間が金をため込む場合の常としていわゆる資産を運用したりする能力というものはほとんど持ち合せていない場合が多いのだという事実を知って驚いたのさ」そこで自分も多少なりとも証券業界についての知識があったものだからもう少し詳しく聞いてみると大体こういった傾向が認められるそうだ即ち資産家などと呼ばれても実質的には単なる小商人あるいはせいぜい零細企業の経営者程度でしかない人物が意外に多いのだという事実を知った時には思わず妙な感懐を抱いてしまったものである正直言って少し淋しいような哀しい気分になってしまったのだ要するに彼らは自分では何の努力もせずひたすら他人任せでせっかく苦労して得た多額の所得を隠し持っているばかりか本来ならば当然それらを使用してしかるべき事業などにもまるで無関心だから結果としてその大部分がそっくりそのまま手元に残り後は贅沢をする訳でも無く使い途に困って銀行へ預け入れているという有様になるわけである更に悪いケースとなると完全に運に見放されていてこれといった才覚さえ発揮できない人間までが資産家呼ばわりされる始末で結局のところ本当の意味での資産家というのは極僅かしかいないということになるどう思う」「ふーんそれが一体どんな関係があるのか良く解らんのだが」「いやまあそれだけじゃなく他にもまだまだあるんだけどとりあえずはその程度のことでもう沢山だよこれ以上余計なことを聞きたがるならそっちの方から調べてみるんだなしかし俺がそんなことに付き合ってやる義理なんか無いぞそれでもどうしてもと言うなら仕方が無いからこっちからも情報を提供することにする」「おおっ、そりゃ有り難い助かるよそれで俺はいったい何を聞けばいいのかね？」