根古2名前はまだない。どこで生まれたかというと、それはいま住んでいるところから百五十キロほど離れた所にある森の中だ。何でも親父は野良仕事の最中にふらりといなくなって、そのまま帰ってこなかったのだという話だから、多分森の奥深くまで入り込んで迷ってしまったのであろう。母も私が生まれてすぐに亡くなったという話だし、兄弟がいたかどうかもよく覚えていない。ともかく気がついた時には一人でぽつねんとしていたのだ。
腹が減って木の実でも採ろうと思って茂みに分け入っていくと、何やらいい匂いが漂ってくるではないか。これは大変だと急いで駆け出すと、そこには小さな村があった。私はそこで一番偉そうな人間の家の戸口に座ったまま丸一日待ってみたのだが、誰も出てこないし食べ物が出てくる気配もない。どうしたものだろうかと思案したあげく、思い切って「御免下さい」と言って戸口を叩いてみると、しばらくして中から出てきたのは何とびっくり人間ではなく猿であった。
さすがにこれには驚いたが、考えてみれば私だって猫のつもりで家を出たはずなのにいつの間にか猫ではなくなっていたわけだからお互い様である。そう思うことにして、猿と一緒になってしばらく待っていると、やがて奥の方からようやく人間がやってきた。
だが、それがまた普通の人間ではない