根古どこで生まれたかという記憶も定かではないが、気がついたらゴミ捨て場で親とはぐれた仔猫として震えていた。
空腹に耐えかねてごみを漁っているところをカラスに襲われそうになって逃げ惑った挙句、ようやく見つけた人間様に拾われることとなったのだ。
「やあ、お前さん可愛いねえ。うちの子になるかい?」
それが私が覚えている人間の第一声だ。今にして思えば、その人間は随分とお人好しだったようだ。だが当時の私はそんなこと知る由もなく、差し出された手に必死にしがみついてみゃあみゃあと鳴いたものだ。
こうして私は、一人の男に引き取られることとなった。男は名を田中一郎と言った。
当時、猫を飼っているのは金持ちだけというのが世間一般の常識であり、男の住まいもまた例外ではなかった。そこは高層マンションの一室で、壁一面が硝子張りになっていたことから察するに、おそらく最上階であったろうと思う。室内には立派なペルシャ絨毯が敷かれており、天井からはシャンデリアまで吊されていた。
男は私を家に連れ帰ると、まるで我が家のように振舞って、冷蔵庫から缶ビールを取り出しては飲み始めた。聞けば普段は酒を飲まないのだという。酔うためだけに買ってきたのだと、男は笑いながら言った。男がテレビを見ながらくつろいでいる間、私は部屋中を走り回って遊んだ。男は最初こそ「こらっ」とか「おい、いい加減にしろ!」などと怒鳴っていたが、そのうち面倒になったらしく、放っておくようになった。私は構わず走り回った。
しばらくして男が風呂に入った後、今度は私を風呂場に連れていった。洗面器にお湯を入れて身体を浸してやると言われたのだが、生憎猫というものは水が嫌いである。もちろん嫌だと答えた。すると男は私を抱え上げて浴槽の中に入れ、自分も一緒に入ると後ろから抱きかかえるようにして私を押さえつけた。それから私の脇の下に手を突っ込んで、「そら、暴れると溺れちゃうぞー」と言いながらくすぐり出した。最初は身を捩って抵抗していたものの、次第に気持ちよくなってしまって、結局私はされるがままになってしまった。
最後にドライヤーで毛を乾かしてもらい、全身フカフカになると、男は「もう寝るか」と言ってベッドの上に横たわった。しばらくすると本当に眠ってしまったようで、静かな寝息を立てていた。
一方その頃私はというと、生まれて初めて見る大きなベッドに興味津々だった