ショートケーキを甘くしすぎる方法月曜日。もうすぐモネが帰ってくる頃、って時間に、洗濯しよ~ってシェアハウスのコインランドリーに降りてったら、菅波先生発見。ちょーど、洗濯機に百円玉を入れてるとこだった。なんとなくいるかなーって思ったら、いるし。先週登米だったしね。って、なんで私まで菅波先生のお仕事のスケジュール把握するようになってるんだか。
バックヤードのドアを開けた私と菅波先生の目が合う。すみませんね、モネじゃなくて。
「菅波先生、こんにちは」
「野村さん、こんにちは」
「モネはもうちょっとで帰ってくると思いますよ」
私が言うと、菅波先生は、いえ、あの、僕は洗濯をしに来まして、あ、でも、永浦さんに、と登米から言付かっているものはあります、とかなんとかモゴモゴ言うけど、いや、そんなの、コインランドリーに洗濯に来てるのは当たり前で、ってかそれでモネとも再会したわけで、それはそーなんでしょうけど、それと同時に、モネがいるかなーって思いながら来てるのもこっちにはバレバレなんだから、
百円玉入れ終えた先生が、椅子に座って、両手を膝にのせて居心地悪そうにしてる。テーブルの上には、どうやら登米マダムに持たされたっぽい紙袋。うん、いっつもお相伴させてもらってるけど、先生がお届けしてくれる登米マダムのお惣菜おいしいのよね。
あんまり先生の方を見ないようにして、自分もひょいひょいって洗濯機セットして、私の洗濯機も動き出して。さて、って振り返ったら、先生が声をかけてきた。
「あ、あの、野村さん、これ、永浦さんに渡してくれますか」
って差し出される紙袋。
いやいやいや、モネ待たないんかーい。
これ受け取っちゃったら菅波先生そのまま帰っちゃうノリじゃん。
そうはさせませんから。
「もうすぐモネ帰ってくるし、リビングで待っててくださいよ。今、奈津さんもいるし、ね、はい、はい」
あ、でもすぐならここで待ってても…とかモゴモゴ言う朴念仁外科医を、紙袋ごと、はいはいって追い立てて、バックヤードから汐見湯のリビングに。ちょうどキッチンにいた奈津さんが、あら、菅波先生こんにちは、って笑顔でお迎えしてくれたら、もう菅波先生もギブアップだよね。奈津さんの笑顔マジック。
登米マダムの紙袋をテーブルに置いた菅波先生が座ったら、奈津さんが二人分のお茶を出してくれた。私が、菅波先生の斜め前に座って、いただきまーす、ってお茶を飲むけど、先生はちょこっとコップに手を付けて、んでまた引っ込める。なんていうか、こんなに体おっきいのにやっぱり醸し出されるハムスターみ。
じっと座ってるだけなのも落ち着かないだろうし、この際だから、いろいろ話聞いてみちゃいたいんだよね~。あ、そだ。こないだモネから信じられない話を聞いたんだった。
「菅波先生、モネの誕生日を雑談で聞いた話から当てたってほんとですか?モネから聞いたんですけど」
「…え、あ、あぁ、はい」
「キm…!あ、いや、あの、すご!って意味で。え、どうやって?」
「永浦さんが全部言ってたので….1995年の、9月の、台風の、満月の日だった、って」
まぁ、そうかも知れないけど、それで特定しちゃうってのがねぇ。そして誕生日プレゼントに中学理科の教科書なんだもの。てか、ほんとにその話をしたときのモネの嬉しそうな顔と、もらった中学理科の教科書を見つめるモネのなんとも言えない目ですよ。ほんと無自覚にすごい。菅波先生にも見せてあげたいぐらい。でも、見せてあげないけど。
「でも、菅波先生の誕生日はモネ知らないって言ってましたよ」
「特に話題に出したことはないと思います」
「ちなみにいつなんです?」
奈津さんが話題を振ったら、なんか菅波先生が一瞬、逡巡した顔をする。え、誕生日言うのになんか迷うことある?って思ってたら、先生が言った日付に私と奈津さんは顔を見合わせた。
「今週じゃん!」
「今週じゃない」
私と奈津さんの声がカブって、それに先生がびくってして、またハムスターみたいになってる。よかったー!聞いてよかったわー!これ、私が聞かなかったら、先生はモネに言わないし、モネだって知らないんだからそのまんまスルーなとこだったよ!危なかったわー。
「はい、まぁ。とはいえ、いつも通り普通に仕事して過ぎるだけなので…。カレンダー関係ないですし」
って、そういうことじゃないのよ、そういうことじゃ。と話をしようとしてたとこで、ちょうどモネからメッセージが入った。菅波先生にすみませんね、ってお断りして席を立って、スマホの画面を見たら、やっぱりこれから帰るけど、何か買ってく?って連絡だった。モネの勤務スケジュールと私のシフトが合う時には、時々こうやっておやつを聞いてくれたりするのよね。
キッチンに回って、奈津さんにモネからの画面を見せたら、奈津さんがちょっと考えて、キッチンの引き出しを開けて見せてくれた。そこには、『お誕生日おめでとう』のチョコプレートと、ホワイトチョコのペン。ちょうど、この間、奈津さんのおばあちゃんとその友達のお誕生日をお祝いした時の予備だ。
二人で顔を見合わせて、うん、ってうなずきあう。近くのおいしいケーキ屋さんのショートケーキを、4つ買ってきて!ってメッセージ送ったら、傘イルカくんが『りょうかい!』ってしてるスタンプが送られてきた。お誕生日プレート書いてもらったりしてたら時間もかかっちゃうし、その間に、やっぱり居心地が落ち着かない菅波先生が帰っちゃったら元も子もない。まぁ、ここまで来たら菅波先生がモネに会わずに帰るって選択肢はない気もするけど。
キッチンから、モネもうすぐ帰ってくるって言ってます、って菅波先生に声を掛けたら、はぁ、ってあいまいにうなずいて、ちょこっとお茶飲んでる。あんまりお構いするのもな、ってキッチンから出ないで、奈津さんと小声で作戦会議。
(これ、もう作っとく?)
チョコプレートを私が指さしたら、奈津さんが首をかしげて。
(せっかくだから、モネちゃんに書いてもらったほうがいいんじゃない?)
(たしかに。それもそうね)
って話をしてる間に、下駄箱の方から声が聞こえてきた。モネー!お帰り!
暖簾をくぐって入ってきたモネが、座ってる菅波先生の後ろ姿を見つけて、とっても嬉しそうに顔をほころばせてる。これでモネ的には菅波先生に何にもないと思ってるんだから、罪深いわ。モネのただいまーの声に振り返った菅波先生がまた、やっさしい顔してまぁ。まぁ、菅波先生的には、こないだの耕治さんとの会話で、ある程度ハラくくってる感あるもんね。そっからまだモダモダかい!とか思うけど。
「せんせいも!こんにちは」
「永浦さん、こんにちは」
菅波先生がぺこりって頭下げて、モネもとっても嬉しそうに頭下げてる。いきなり二人の世界の空気感醸し出さないでくれますかね、ほんとに。
「すーちゃん、それで4個だったの?」
「うん。あ、買ってきてくれてありがと」
「うん」
モネがキッチンにいる私に紙袋を渡してくれたところで、バックヤードの向こうから、かすかに電子音が聞こえてきた。
「多分、僕のが終わったかと。見てきます」
菅波先生が立ち上がってバックヤードに消えてって、ある意味チャンス!
「あのね、モネ、菅波先生が今週お誕生日だって知ってた?」
私の言葉に、モネがぷるぷるって首を振る。
「そうなんだって!だけど仕事だっていうし、ここでプチお祝いしようよ!ね!」
「それでケーキ…」
「うん。ほら、メッセージプレートもあるから、ね、モネ書いて!」
奈津さんが緩めておいてくれたチョコペンをモネに渡してくれる。
「え、なんて書くの?」
「『お誕生日おめでとう』はプレートに書いてあるから、名前じゃない?菅波先生の下の名前は?」
「えっと、…こうたろう?」
「なんで疑問形なの。でもなんかいきなり、こうたろう、とかこうたろうくん、も変な感じだね」
私がうーん、ってなったとこで、奈津さんのアシスト。
「いつも呼んでる呼び方でいいんじゃない?」
「だね」
「わ、わかった」
とびっきり真剣な顔したモネが、すごい形相でチョコプレートに向かい合うもんだから、私もかたずをのんで見守っちゃう。チョコペンの先を絞り出して、一文字目を書くのを見守…って、えぇえ?
字を乱したくないから声をあげるのを我慢して、思わず奈津さんを見たら、奈津さんもおんなじ顔して私を見てた。
モネが二文字目を書いて、チョコペンを離したところで、思わず言っちゃう。
「ね、ね」
「え?」
え?ってモネもしかして、気づいてない?
「…なんで『先生』なの?」
「……?……あ!」
『菅波先生』かなって思ってたら、まさかの『先生』。いや、確かに、モネは、菅波先生のこと、いっつも先生、としか呼んでないし、私も最近はそれに引きずられてるけれども。けれども!
「いつも呼んでる呼び方、でつい…」
「いや、うん、もう、三周回っていいと思う。いいと思うよ」
奈津さんと私がうんうんってうなずいてたら、モネも、そかな、って笑ってて、もうご馳走様過ぎる。てかもう早く付き合っちゃいなさい!
ケーキをそれぞれお皿にのっけて、青いフチかざりのお皿のケーキに、モネがそっとチョコプレート載せたところで、洗濯ものを水色のランドリーバッグに入れた菅波先生が戻ってきた。
「あの、永浦さん、また今週も登米の皆さんから永浦さんに言付かったものがありまして」
って菅波先生が早速モネに話しかけて、モネも嬉しそうに、はい、ってお返事してる。
奈津さんが、人数分の珈琲の入ったカップをお盆にのせてダイニングテーブルに向う流れで、菅波先生もつべこべ言わずにさっきの席に座った。私とモネで、ケーキのお皿をのせわけたお盆をそれぞれ持ってテーブルに。もちろん、プレート付きのケーキはモネのお盆に。奈津さんが先生のお向かいに座れば、モネは先生の隣に座るしかなくて。
4人そろって座ったところで、モネが先生に、ケーキのお皿を差し出して、先生が目を丸くしてる。まぁ、さっき誕生日の話をしての今だからね。いやいや、この明日美さまをなめないでください、ってもんよ。
「あの、さっき、先生が今週、お誕生日だって聞いて、それで…。おめでとうございます」
モネがペコリってしながら出しだしてくれたケーキに、先生は驚いてるやらうれしそうやら。私の方を見て、モネも見て、びっくりしながら、ありがとうございます、って言ってる。
みんなのケーキがそれぞれの前に鎮座して、改めて、おめでとうございます、って3人で声を揃えたら、菅波先生も観念したみたいに、もっかい、ありがとうございます、ってちゃんとハッピーバースデーを受け止めた声色でお返事した。まぁ、お歌を歌ってあげるのは遠慮してあげましょう。
そして、菅波先生の、改めて自分のケーキを見ての、怪訝な顔。分かる、分かるよ。だけど、うん、受け止めてください。それがモネです。
「あの、この『先生』というのは…?」
「さっき、先生がお洗濯もの取りに行っている間に私が書いたんですけど、その、こうたろう?じゃないし?いつも呼んでる名前で…って話をして、じゃあ…って書いて、書いてから気づきました」
モネが両手をぱたぱたさせながらの説明に、あぁ…なるほど…って言いながら、なんか菅波先生?口元緩んでるんですけど?
はいはい!もうなんか砂糖吐きたいぐらいな感じなんで、ケーキ食べて珈琲いただきましょ!そうしましょ!
私が、勢いよく、いただきまーす!って手を合わせてみたら、みんなもそれにならって、いただきます。
うん、ここのケーキ屋さんのケーキはやっぱりおいしい。
それにしても、うれっしそーにチョコプレートをそっとお皿の横に取りよける菅波先生も、それをうれっしそーに眺めるモネももう、なんですかね、この空気感は。とっととつきあっちゃいなさいよー。って、まぁそれを直接言うのはまだちょっと違うんだな、ってのも重々私も分かってますけどね、けどね。
そんでもって、会話の流れで、お誕生日が来て何歳になるんですか?って私が聞いたら、モネもそういえば何歳ですか?って聞いてて、知らんかったんかーいって、心の中でツッコミをしつつ、30になります、って先生が言ったときに、オジサンって単語が喉元まで出かかって、そしたらモネが、30歳はまだオジサンじゃないんじゃない?ってドはっきり言う。いうんかーい、って思いつつ、私は見逃さなかったよね、菅波先生が、ちょっとホッとした顔してたの。
もー、珈琲じゃ足りないので、だれか、強いお酒もくださーい!