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    黒男先生によろしく百音があれ?と声をあげ、菅波がどうしました?と聞いたのは、菅波の登米移住引っ越し準備も大詰めの荷造り途中だった。あなたに手伝いをさせたいわけじゃない、と抗弁する菅波に、先生とちょっとでも一緒にいたいから、ついでにやるんです、なんですか?やっぱり見られたら困るものがあるんですか?と百音が言い張り、そのあまりのかわいさに早々に菅波が折れ、二人そろって、届いたはいいが畳まれっぱなしだった段ボールを広げては部屋のものを詰める作業にいそしんでしばし。

    百音が、クローゼットの中の書籍類も詰めちゃいますね、と菅波の了承を得て、横積みにされた蔵書を段ボールに詰めているさなかであった。百音の様子に、台所でわずかな調理器具などを整理していた菅波が居室に戻ると、百音が重そうに数冊のセットを両手で持っていた。自分の蔵書ラインナップとして即座に心当たりがないそれに、菅波が一瞬眉を顰め、それから「あ!」と思い出した。

    「中村先生に昔、押し付けられて、そのままになってた本です」
    「あぁ…」

    菅波の言葉に納得しきりの百音が引っ張り出した本をとっくりと眺める。凝ったハードカバーの装丁には、古典的名作の声も名高い、無免許外科医のタイトルが箔押しで書かれている。百音は、ずっと前、菅波とBRTに乗り合わせた日のことを思い出した。なんともしょっぱい顔をしながら、彼の元指導医である中村がこの漫画を読んで医者の道を志したと菅波が話していたものだ。

    「読んだんですか?」
    「ざっと。それですぐに返そうとしたら、複数回読んで味わえ、と持って帰らされまして」

    それを言われた時の菅波のチベスナ顔がありありと思い浮かんだ百音がくすりと笑い、菅波は、百音が想像したものを正確に理解して、その時にしていたであろうチベスナ顔になった。

    「で、複数回読んだんですか?」

    笑いながらの百音の言葉に、菅波はチベスナ顔を解いて、うーん、と首をひねった。

    「とりあえず持って帰って、ぱらぱらとめくったかもしれませんが、そんなに読み込んだかと言われると、まぁ、読んでませんね」

    こうしてクローゼットの奥に入れてたぐらいですし、という菅波の言葉に、百音も、そですね、とうなずく。持ち重りのするハードカバーの本数冊を、重たいでしょう、と百音の手から受け取った菅波は、周囲の段ボールの箱を見て、ふむ、という顔になった。今度は菅波の意図を百音が理解し、一緒に、ふむ、という顔になる。

    「これ、登米に行く前に返さなきゃですよね」
    「そうですね。借りてたことを忘れてたこともお詫びしないと…」

    自分の傍らに本を置いた菅波は、身を乗り出してデスクの上に置きっぱなしにしていたスマホに手を伸ばした。菅波とデスクの間の床に座っていた百音は、思わぬタイミングで菅波の顔が近くに来て頬を染め、それに気が付いた菅波が、元の位置に戻りながら、あ、あのすみません、と自身も耳を赤くして謝りつつ。手っ取り早くすませますね、と断りながら着信履歴からすぐに中村の番号を拾って電話をかけた。

    果たして、数コールで中村が出たようで、菅波が口を開いた。

    「菅波です。すみません、急に。え、あ、はい。おかげさまで荷造りは進んでます。はい…。はい」

    菅波が要件に入ろうという前に、何やら矢継ぎ早に話かけられている様子が百音には微笑ましくもあり。そうして百音が自分を見ている、という緊張感もありつつ、菅波が本題を切り出した。

    「あの、で、荷造りをしているときに、お借りしっぱなしだったブラックジャックが出てきまして。ずっとお借りしていて申し訳ないのですが、お返ししよ…え?いや、あの、愛蔵版ですよね?これ。いただけません」

    なにやら中村から豪快な話が出て菅波がうろたえてる気配に、百音がさらに様子を見守る。

    「え、永浦さん?」

    いきなり自分の名前が出て、百音が首をかしげていると、さらにうろたえた菅波がしどろもどろに話をしている。

    「えぇ…。いや、あの…。まぁ、はい、今、隣にいます。はい。その、引っ越しの準備の進捗を見かねて手伝ってくれていて…。いいじゃないですか、それは、別に。はい。え、永浦さんに?」

    困り果てた顔の菅波が、電話をミュートにして百音の顔を見る。

    「あの、中村先生が永浦さんに電話をかわってくれ、と。すみません、あなたがいることをつい言ってしまいました。出たくなかったら僕から断りますから、気にしないで」

    菅波の言葉に、百音は慌ててふるふると首を横に振った。

    「いえ、あの、出ます、電話。中村先生は私たちのことご存じですし、いつもお世話になってますから」

    百音のまっすぐなまなざしに、ありがとうございます、と菅波は頭を下げ、自分のスマホを手渡す。百音はミュートを解除して、菅波のスマホを耳に当てた。

    「あの、永浦です」
    『永浦さん、こんにちは!』

    いつもの中村の元気な声に、百音のほほが自然と緩む。

    『ごめんなさいね、菅波先生の引っ越し手伝っちゃってもらって』
    「いえ、できることはほんの少しで…」
    『いやいや、どうしても彼もずっと忙しくしちゃってて。あ、でね、ブラックジャック!』

    どんどん中村のペースで話が進む。

    『菅波先生にあげるって言ったんだけど、なんか受け取り渋ってるので、永浦さん、それ、登米行の荷物に詰めちゃってください。ウチにはまだ他にあるから。それでね、永浦さんも、登米の菅波先生のとこに遊びに行くことあるだろうから、その時にぜひ読んでくれれば、ね。というわけでお願いしますねー!』

    言いたいことだけ言って、電話が切れ、百音は電話が切れたスマホを耳に当てながら菅波を見、菅波は中村先生は何を永浦さんに言ったんだ、というヒヤヒヤした顔をしている。百音が、スマホの画面を自分の袖で軽くふいて、菅波に返す。菅波はそれを受け取りながら、器用な上目遣いで百音の顔を見る。

    「あの、中村先生はなんて?」
    「あ、はい。その、菅波先生が受け取らないけど、中村先生のおうちにはまだほかにあるから、それは先生の荷物に詰めちゃってください…って」

    あと、私も、登米の先生のおうちで読んでね…って…と百音が頬を染めながらいうもので、あらゆる意味で菅波は絶句するしかなく、まったくあの元指導医は…とその豪放さに眉間にしわを寄せる。相変わらずの師弟っぷりに、百音は自分が登米にいたころの菅波に会ったようでなんだか楽しくなり、菅波の顔真似をする。顔真似をされたと分かった菅波が苦笑いで表情を崩したところで、百音は立ち上がり、菅波の横に積まれていた中村の書籍一式を、きっちりと手近な段ボールに詰めた。

    「あ、永浦さん!」
    「私も、中村先生に頼まれちゃったことですし」
    「あぁ、まぁ、そう…ですね」

    中村と百音のタッグに菅波は降参するしかなく。太いマーカーを手に取った百音が、段ボール箱の側面に何やらブタのようなものを描く。描きながら、何か首をかしげている様子に、菅波がどうしました?と聞くと、百音が両手を空中にさまよわせる。

    「なんか、こんなキャラクターがいましたよね」
    「うーん、いたかなぁ…。ブラックジャックに?」
    「いえ、ブラックジャックは読んだことないんですけど、昔、学校の図書館にあった手塚治虫の漫画にこんなのがいたと思って」

    でもなんか違う…と百音がとっくりと自分が描いた絵を見て首をかしげているのがなんともかわいく、菅波は百音が箱の中にしまったばかりのブラックジャックを1冊取り出してパラパラとめくってみる。しばしページを繰り、目についたコマを指さした。

    「例えば、これですか?」

    菅波が指さした先には、登場人物がヒョウタンの形の顔にブタような鼻、逆三日月の眼をした顔で驚いている様子が描かれている。菅波の手元を覗き込み、あ、これです、これです、と百音はふむふむとうなずく。そっか、顔の形がただの丸じゃなかったですね、と納得している様子が面白い。

    「そういえば、心電図にこの形が出てくる、みたいな遊びのコマもあった記憶があります」
    「意外とよく覚えますね」
    「そんなの見たことない、と思って印象に残ったんでしょうね」
    「どんなお話ですか?」
    「話の詳細はなんだったかなぁ。何かしらの手術シーンなことは確かだろうけど」

    百音が、ふむ、という顔になって、段ボールから本を取り出そうとしたところで、はっと気づいた顔になる。段ボールの傍らに改めて正座した百音に、胡坐で膝に本を広げていた菅波も姿勢を正し、つられて正座をする。すぐ近くに正座どうしで向き合ったところで、膝に手を置いた百音が重々しく言う。

    「先生」
    「はい」

    何を言い出されるのだろう…と菅波が猫背をより一層まるくしたところで、百音が言葉を続ける。

    「これは危険なやつです」
    「キケン?」
    「大掃除してるときに懐かしい本とか出てきて読みふけっちゃうやつです」
    「あぁ、確かに」

    百音がこくこくとうなずき、菅波もそれに同調して首を縦に振る。

    「ブラックジャックは、登米の先生のおうちに行ったときにしっかり読ませてください」

    百音の意気込みのこもった言葉に、菅波も真面目腐って、わかりました、とうなずく。『登米の菅波の新居に行く』という、文脈によっては妙な緊張感をはらむ言葉も、漫画を読みに行く、というコンテキストになると途端に気軽な響きになり、二人してさらりとその約束を交わすことになる。

    「それまでに僕も復習しておかないといけませんね」

    菅波の言葉に、百音も、ぜひ、とうなずく。先生の解説付きで読みたいです、という百音の言葉に、菅波がはにかむ。じゃあ、続き!続きをやりましょう、ほんと、終わらないです、このままじゃ!と、空気を変えるように百音が改めて腕まくりのポーズで膝立ちになる。

    菅波も、それに倣って立ち上がろうとしたところで、普段やりなれない正座に、ほんの短い時間ながら足がもつれてバランスを崩す。百音が慌てて菅波を支えようと手を伸ばし、菅波の両手が百音の肩をとらえた。二人の顔がほんの数センチの距離になり、パチッと目が合う。数秒硬直したところで、慌てて菅波が百音の肩から手を放す。

    「す、すみません。バランスが…」

    もごもごという菅波も、いえ…という百音も顔が赤い。ついさっきに現実的な荷造りモードだった百音が、途端に頬に朱を掃いている様に、菅波の情緒のアップダウンは激しく、しばし自分の青チェックシャツの裾をもじもじと手繰った後、意を決した様子の菅波は、百音の形の良い額にそっとキスを贈る。

    さらに真っ赤になった百音に、にやりと笑った菅波は、台所の続きやってきます、と立ち上がって居室を出ていく。その後ろ姿を、額をさすさすとさすりながら見送った百音は、菅波が床に置いていったブラックジャックを手に取る。いっそ荷造りしないで漫画読んでやろうか、と唇を尖らせつつ、登米の先生のとこにいく口実がまた一つ増えた、と本の表紙をそっと撫でるのだった。
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    2024/06/14 17:07:00

    黒男先生によろしく

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