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    浜の猫背のチェックシャツ初夏の頃。百音は菅波と一緒に亀島に来ていた。亀島漁協に設置協力してもらっている観測機器のセッティングの見直し作業があり、ついでといってはなんだが、休みが合った菅波と共に、実家にも顔出しをしよう、という心づもりである。百音が漁協に行っている間、菅波は何本かの論文の束をリュックに入れ、適当に永浦の家で過ごすから、とはすっかり亀島にもなじんできたわけで。

    数時間後、百音がただいま、と縁側から戻ると、台所から亜哉子のおかえり、という声が聞こえた。百音が仏間を見ると、菅波が持ってきた論文が、ちゃぶ台の端に置かれているが、持ち主の姿が見えない。百音が台所に顔を出すと、亜哉子が百音に声をかけた。

    「漁協、どうだった?」
    「うん、高橋さんがログを整理してくれたからスムーズで助かった」
    「高橋さんの息子さんのほうね?パソコン強いってみなさんに重宝されてるわ」
    「そうだね。ねぇ、先生は?」
    「あぁ、うん。お台所手伝ってくれた後、しばらく仏間で読み物してたけど、ちょっと前に浜に散歩行ってくるって」
    「そっか。じゃあ、私も浜に行ってみる」
    「行ってらっしゃい」

    仕事から帰ってすぐ、さっき脱いだ靴をすぐまた履いて出ていく娘を、亜哉子は仲良しねぇ、暖かく見送り、いってらっしゃーい、とその背中に声をかけるのだった。

    菅波と再会した夏から、またぐんと背丈を伸ばした防災に植栽されたクロマツの間を抜けて浜に出る。二人で浜に来る時によく座るあたりの防潮堤に目をやるが、夫の姿はなく。いつもの道を通ってきたけど、行き違ったかな、と百音が首を巡らせると、浜の一番奥まった場所に、見慣れた猫背のチェックシャツがしゃがみこんでいる姿が見えた。緩やかに砂浜が弧を描く中、一番奥まった場所は凝灰岩の露出した岩場になっている。何をしてるんだろ、と防潮堤を降りた百音は、歩きなれた砂浜をサクサクと夫の猫背を目指した。

    干潮の時間帯で、波打ち際の砂は幅広に湿り気を帯び、その上にはウミネコのあしあとがぽつぽつと刻まれている。あしあとを踏まないように、と何となくよけつつ、岩場のあたりにたどり着くと、菅波がちいさな潮だまりの前にしゃがんでいることが分かった。

    「せんせ」
    と百音が声をかけると、菅波が振り返り、百音の顔を見てふわりと笑った。

    「百音さん。おかえりなさい。お仕事、どうだった?」
    「うん。おかげさまで順調でした」
    「よかった」
    百音が来たので、と菅波が立ち上がろうとするところを、百音が菅波の隣にしゃがみこむので、菅波も改めてしゃがみなおす。膝に手を置いた百音が、何を見てたんです?と潮だまりを覗き込むと、菅波が、そこに、と水の中を指さした。

    「そこに、ヤドカリがいるんです」

    菅波が指さした先に、目を凝らすと1センチほどの小さな貝殻が水の動きとは異なる動きをしていて、確かに言われてみればヤドカリである。ほんとだ、と百音が呟くと、あとほら、あそこにも、と菅波が指を動かした。

    「4匹ぐらいいるんですが、特にこの子なんか、貝殻2ミリぐらいなのにやっぱりちゃんとヤドカリなんですよ」

    菅波が指さしたところに百音も目を凝らすが、光をゆらゆらと反射する水の中の砂粒と2ミリのヤドカリの見分けがつかない。うーん?と首をかしげる百音のかわいらしさに目を細めた菅波は、そろえた指先をそっと水の中に沈め、少しの砂を底から掬った。ほら、と差し出された指の上には砂粒が水の中で揺蕩っているが、一つだけ水の動きに反して動いている砂粒が見えた。

    「あ!」
    「ね?」

    よくよく目を凝らせば、微細な足のようなものがわずかに動いているのも見える。百音が菅波の手元に顔を近づけ、菅波もその傍に並ぶように顔を寄せる。2人で、小さなちいさな命を見つめてしばし。

    「背負っている貝がこの大きさということは、中にいるヤドカリ本体はもっと小さいはずなんです」
    「ってことですよね。すごいなぁ。こんなに小さいのに、ちゃんと生きてる」
    「ね。生きてる」

    ふわりと百音と菅波が笑みを交わし、菅波が、きっと落ち着かないだろうから、と、掬っていた水や砂と一緒に、ちびヤドカリを潮だまりに戻してやった。チノパンのポケットをひっくり返しながらハンカチを引っ張り出した菅波が軽く手を拭い、もうどこにいるのか分からなくなった、と百音が笑う。

    「ずっとここで一生を終えるんでしょうか」
    「どうだろう。今は干潮だけど、満潮になったらここも沈むだろうから、この岩場のあちこちにはいくんじゃないかなぁ」
    「そっか」
    「隣の浜まで移動する大冒険をするやつもいるかもしれません」

    大真面目に菅波が言うのが面白く、百音がそれは応援しないとですね、とまた笑う。よっ、と菅波が立ち上がると、しばらくしゃがんでいた反動で、イテテ、と腰をさすりつつ、しゃがんだままの百音に手を差し出す。百音がその手を取って立ち上がり、ついっと背伸びをして菅波に小さなキスを贈った。そのキスをうれしく受け止めた菅波が、お返し、とばかりに同じく小さなキスを贈り、二人は額を寄せ合って目を細めた。

    乗っていた岩から降りて、二人で手を繋ぎ、緩やかに弧を描く砂浜を歩きはじめる。
    「先生、ヤドカリも好きだったんですか?」
    百音が菅波を見上げると、菅波は、そうですねぇ、と相槌を打つ。

    「好き、というか、海の生き物の図鑑には必ず載ってますよね、ヤドカリ。それで、僕の持ってた図鑑に、ヤドカリに透明なプラスチックの貝を背負わせて、どうやって貝に入ってるか、というのを説明してる写真があったんです」
    ふむふむ、と百音が話を聞く態勢で、菅波が話し続ける。

    「ヤドカリが、元々は自分のものではない貝殻をどうやって背負っているか知ってる?」
    「言われてみれば知らないです。リュックみたいに紐があるわけじゃないですよね?」

    リュック、という百音のかわいらしい発想に、菅波は口許を緩めつつ、そうではないですね、と頷く。

    「端的に言うと、足でものすごく踏ん張ってます」
    「踏ん張ってる」
    「うん。落とさないように」

    貝を背負う用の足が発達した、ということなんですが、なんだか、その、がしっと貝を持ってる感じが面白くて、図鑑を開ける時には何となく見るようになっていましたね、と、菅波の話を聞いて、百音の脳裏に、海の生き物の図鑑をひらいて、サメの前か後にヤドカリに寄り道するこうたろう少年の姿が浮かぶ。

    「先生らしいですね」
    「そうですか?」
    「なんか、そう思う。ほら、サメも、内臓が見える模型持ってるじゃないですか」
    「あぁ、あれ。…うん、言われてみれば、確かにそうかも」

    三つ子の魂百までだ、と百音が楽しそうに言って、繋いだ手を大きく振るので、菅波も笑ってそれに付き合う。百音が子供時代にたくさん遊んだ浜で、菅波の子供の頃の話をするのがくすぐったいような、うれしいような。

    「そういえば、今日の晩ご飯、アジフライだそうですよ」
    菅波の言葉に、百音がやった、と、小さく歓声を上げる。
    「あ、さっき、お母さんが、先生が台所手伝ってくれた、って」
    ありがとうございます、という百音に、菅波は、大したことしてませんよ、と笑う。

    「アジをひらいたのと、キャベツの千切りと、後は味噌をすり鉢であたったぐらいで」
    単純作業しかできないから、手伝えることが少ない、と菅波があいてる手で頭をかく。先生のキャベツの千切り、私のより細くってキレイだから楽しみ、と百音は笑いつつ、自分が不在の時に菅波が亜哉子と台所に立っていることがつくづくうれしくもありがたく。

    「先生は、アジフライには醤油派ですよね」
    「ですね。百音さん用のタルタルソースも後で作るって言ってましたよ」
    「やった。お父さん用の中濃ソースあったかな」
    「帰りに買ってきてもらう、って言ってました」

    実家で醤油かける人いなかったから、先生が初めてアジフライに醤油かけたの見たときにはびっくりしたなぁ、と百音が言うと、ほんとに目を丸くしてましたもんね、と菅波が思い出し笑いをする。食べてみたら美味しかったですけどね、と百音も笑い、どうして先生は醤油をかけるようになったんです?と聞く。

    「どうして…と言われると、分からないなぁ」
    そりゃそうか、笑いつつ、ふと百音が顔を見上げてくるので、菅波が首をかしげる。

    「先生、しょうゆ顔だしな、と思って」

    ナチュラルに無礼に放たれた言葉に、一瞬、菅波がチベスナになり、百音が笑ってその眉間をつつく。

    「それを言えば、まぁ、お義父さんはソース顔なほうですしね」
    と言いつつ、菅波がお返しとばかりに百音のきれいな額の生え際をつついた。

    「その理論で行くと、百音さんは、タルタルソース顔、ということになりますが」
    「なんですか?それ」
    「さぁ…」

    適当極まりない言葉に、二人して小さくふきだす。そっと、百音の額にキスを落とした菅波が、こんな風にゆでたまごみたいにきれいな額の顔のことを言うのかもしれませんね、と冗談めかし、百音が、マヨネーズ要素が皆無ですよ、と笑う。ウミネコの鳴き声が、浜に響く中、二人はのんびりと永浦の実家まで、もうしばし、短い散歩を楽しむのだった。
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    2024/06/01 19:29:13

    浜の猫背のチェックシャツ

    #sgmn

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