サメ太朗 登米に行くモネちゃんが僕のことをサメ太朗って初めて呼んでくれたのはいつだったかな。
スガナミのおうちから僕をモネちゃんのおへやに連れてきてくれてしばらくは、サメちゃんとかサメ君って呼んでたけど、ある日からサメ太朗になったんだった。
モネちゃんのおへやに来てからは、とんとスガナミの顔を見なくなったけど、たまに外から帰ってきたモネちゃんからスガナミの匂いがすることがあって、二人が会ってることは知ってた。(なんせ僕はサメなので嗅覚がはったつしている)そうやって、スガナミの匂いがする時のモネちゃんは、うれしそうとさびしそうの両方の顔をしてる。そんな風に帰ってきたある日、僕のことをぎゅってして、光太朗さん…って呟いて、その次の日からサメ太朗、って僕のことを呼ぶようになったんだった。
サメ太朗って名前をくれてから、モネちゃんはいろんな話をしてくれた。ふんふん、っていつも聞いてたよ。お仕事のこと、島のおうちのこと、でもやっぱりたくさん聞いたのはスガナミのこと。スガナミの話をしながらポツリと僕の背ビレが濡れたことがあった。モネちゃんは慌てて巻いてたタオルで拭いてくれたけど、モネちゃんの涙なら僕はいつでも受け止めるよって思ったものさ。
モネちゃんのおへやに来て初めての秋の気配が来る頃、モネちゃんが僕に腹巻きを編んでくれた。きれいな白と青の毛糸でちゃんと背ビレと胸ビレが出るように作ってくれた。わーい、って思ってたら、時々モネちゃんの部屋に来るすーちゃんってお友達が、スガナミにも編んであげなよ~ってオススメしてて。うー、僕だけのモネちゃんお手製!って思ってたのにぃ!って心の胸ビレをじたばたさせちゃった。でも、スガナミはモネちゃんといつもは一緒にいられないんだから、それぐらいのぜいたくは仕方ないのかも。そう思ってたら、モネちゃんは自分の帽子もおんなじ毛糸で作ってて、僕の腹巻きとお揃いになった。スガナミもお揃いなのは余計だなとも思うけど、スガナミはモネちゃんの大事な人なんだから、のけ者はよくないよね、うん。
モネちゃんの部屋で久しぶりに会ったスガナミは、モネちゃんからマフラーをもらって、とってもとっても嬉しそうだった。あんなに嬉しそうなスガナミを見たのは、モネちゃんと気持ちが通じたらしい日に部屋に帰ってきた時ぶりかもしれない。あの日のスガナミの緩み切った顔はみれたもんじゃなかったけどね!
それはさておき、スガナミのそのマフラーは僕のおまけなんだぞ!僕がずっとモネちゃんをそばで守ってるからなんだぞ!とは思わずにはいられないよね。でも、僕がモネちゃんのところに来れたのも、スガナミのサメだったからで、なかなか僕の立場はむずかしい。
モネちゃんがウキウキしてる夜。あのバスで初めて会った時の赤いボストンバッグに荷造りしてるってことは登米にスガナミに会いに行くんだな、って分かる。行く日に着ていく服も用意してるんだけど、僕とお揃いの毛糸の帽子も用意してる。あー!いいな!僕もたまには登米に一緒に行きたい!ほら、腹巻きしてるから防寒もばっちりだし!
心の胸ビレをバタバタしてたらモネちゃんが気づいてくれたのか、目が合って抱っこしてくれた。一緒に行く?って聞いてくれたから、うんうん!って返事したら、たまには一緒に行こっか!と言ってくれた。わーい、って喜んでたら、押し入れから紙袋を用意してくれて。赤いバッグの隣で紙袋にスタンバイした夜はわくわくして寝られなかったよね!まぁ普段からあんまり寝ないけど。
次の日、新幹線に乗ったモネちゃんは僕の入った紙袋をお膝にのせて、とっても嬉しそうだった。持ってきた本を開いて読んでても、窓の外をそわそわみたり、スマホで現在位置を連絡してたり。スガナミに会うのがほんとに楽しみなんだなぁって、いつもよりかわいいモネちゃんを僕は静かに見守る。スガナミはほんとに幸せ者だなぁ。
新幹線の駅からバスに乗って、登米夢想まで。スガナミが仕事中だから、サヤカさんとかに先に会っとくんだって。僕もあのバスの日にみんなに会ってるけど、モネちゃんはあそこの人たちにかわいがられてたもんな。まぁ、だってモネちゃんはかわいいし。バスに乗って登米夢想に向かうモネちゃんは、車窓からの風景をとっても懐かしそうに愛おしそうに眺めてた。本当に、大切な場所なんだな。
案の定、登米夢想ではモネちゃんは大歓迎を受けてて、サヤカさんやいろんな人が入れ替わり立ち代わりモネちゃんに会いに来てた。あるお姉さまが、モネちゃんの帽子がスガナミが最近使い始めたマフラーとお揃いって気づいて、わぁって盛り上がってたんだけど、その時はちょっと僕はジタバタしたよね。それはオマケだから!僕もお揃いだよ!って。
モネちゃんのお母さんが訪問に合わせて島の牡蠣を送ってくれてたらしくて、それが好評なのがモネちゃんも誇らしげでよかったね、って思う。里乃さんって人が、モネちゃんは先生とおうちで食べてって、発泡スチロールの箱に牡蠣をいくつか戻して、その隙間には色んなお惣菜を詰めてモネちゃんに渡してあげてた。モネちゃんも、ついでにスガナミもここの皆さんに大切にしてもらってるんだなぁ。
モネちゃんをカフェに引き留めるのはスガナミの退勤時間まで、っていうのは皆さんの暗黙の了解みたいで、時間になったら三々五々人が散っていく。モネちゃんは赤いバッグと発砲スチロールの箱と僕の紙袋を持って外に出る。あ!ここ、あの日よろけたスガナミを僕が支えてあげたとこだ!ほんとに、あの時僕がいなかったら、どうなっていたことか。
小さなベンチにモネちゃんが荷物を置いてると、ドアからスガナミが出てきた。モネちゃんを見た瞬間、ものすっごくいい笑顔になった後、僕を見て、ん?って顔になった。
「なぜサメ太朗がここに?」
「たまには連れてくるのもいいかなー、って。ほら、今日の帽子とマフラーと腹巻きお揃いですし」
モネちゃんがニコニコしてお話するもんだから、スガナミもそれ以上何も言えなくて。へへーんだ。戸締りを終えたスガナミが、モネちゃんの隣に来る。物陰から、ものすごく密度の高い視線をいくつも感じるけど、モネちゃんは全然気づいてなく、スガナミは完全無視の構えだ。
「最近、天気のいい日は通勤に歩くことにしてるんです。あなたと久しぶりに登米を歩くのもいいなと思って。少し歩きますけど、いいですか?」
「全然大丈夫です。うれしいです。行きましょ!先生!」
スガナミの提案にモネちゃんはとっても嬉しそうに同意して、赤いバッグと発泡スチロールの箱を持とうとすると、スガナミがそれに両手を伸ばした。赤いバッグを肩にかけて、箱を持つ。
「僕が持ちますよ」
「え、でも私の荷物なのに」
「わざわざ来てくれているあなたに大荷物で歩かせた、とここの人達に知られたら、来週からの仕事に大いに支障が出ます。百音さんはサメ太朗持ってください」
スガナミ!おまえ!前は全然気づいてなかったのに!
多分、ひ弱そうって言われたことを根に持ってもいるんだろうな。
登米夢想を出てしばらく歩くと、川の土手に出た。
あのバスの日、二人と僕が歩いた場所だ。肌寒いなりに心地よいそよ風が吹いてる。
スガナミのマフラーとモネちゃんの帽子が、同じぐらいの高さにあって、くやしいけど、とってもお似合い。
あの日は、モネちゃんが大荷物で、スガナミが僕をぶら下げてて、二人の間は1メートルぐらいあいてた。
今日は、スガナミが大荷物で、モネちゃんが僕をぶら下げてて、二人の間はお互いの熱が分かるぐらい近い。
モネちゃんのあったかい腹巻きでぬくぬくしながら、こうしてまた二人と一緒に川っぺりを歩けて、僕は本当に幸せだな、って思った。
モネちゃん、連れて来てくれてありがとう。
スガナミ、僕をモネちゃんに預けてくれてありがとう。