サメのじゃんけん - ぬいぐるみView僕が棲んでるスガナミんちは、家主のスガナミと僕と他のサメしかいない。そのスガナミも、あんまり家にいないし、帰ってきたと思ったら死んだように寝てるか、デスクでなんか用事してるか、不健康そうな顔して不健康そうなご飯たべてるとこしか見ない。
ニンゲン観察するにもパターン少なすぎだろ!って思いつつスガナミを見守って数年、最近、スガナミんちのサメ全員に激震が走った。おじゃましまーす、って控えめな声が聞こえて、ん?って思ったら掃き溜めに鶴みたいに女の子が!お部屋の中にちょこんと所在無げに座って、あたりを見渡して。あ、この子知ってる!えっと、えっと、永浦さん!シャークミュージアムからの帰り、バスで一緒になった子だ!僕のことかわいいですね、って言ってくれたの思い出した。え、なんでスガナミんちに?
永浦さんも僕のことに気づいて、はなっつらをちょんちょんってしてくれた。ども、ありがとう。あ!そういえばこないだ、トーチョクから帰ってきたスガナミが、今まで見たことないふにゃふにゃの顔で誰かと電話してた!その時に『永浦さん』って言ってた気がする。点と点がつながった!きっと、スガナミと永浦さんが何かとくべつな間柄になったんだ。真実はいつもひとつ!
…まじかぁ、あのスガナミにそんな奇特な人が。そしてそれがあの時の永浦さんだなんて。
それから、時々永浦さんはスガナミんちに来るようになった。一人で来てそのまま帰っちゃうこともあれば、スガナミとしばらく過ごすこともある。何回目かの時に、永浦さんが僕のこと抱っこしていいですか?って聞いて、それからは時々お膝にのせたりしてくれて。
そんなある日、せっかく永浦さんが遊びに来てくれたのに、スガナミが何か仕事に呼ばれてデスクにかじりつきになってた。永浦さんは気にしないでください、って一生懸命になってるスガナミを大切そうに見てる。仕事してるスガナミを大切にしてくれるなんて、仕事中毒のスガナミは本当に永浦さんに感謝するべき。知らんけど。でも、スガナミの後ろ姿も、普段デスクに向かってるのとは全然違う必死さが背中からあふれ出てて、永浦さんとの時間を何とか取り戻そうとしているのが分かる。がんばー。
手持無沙汰になった永浦さんが、僕のことをお膝に置いて背中ぽんぽんしてくれてたんだけど、ふと胸ビレを両手で持って僕と向き合った。あらためて、こんちは!
しばらくじーっと向き合ってると、永浦さんが僕の胸ビレを右左にぱたぱたし始めた。ひょいひょいと動かしてるうちに、胸ビレを体の前で合わせたり、それを縦にずらしたり、それを上下に動かしたり。
「なんだかじゃんけんしてるみたい」
ふふっと笑う永浦さんがとってもかわいい。
ひとしきり遊んだら、また僕をお膝に置いて、今度はサメの図鑑をぱらぱら読んでる。えっ、あのスガナミをお構いしてくれて、その上サメのことまで分かろうとしてくれるの?永浦さん、天使なの?どうなってんの?
ふと永浦さんが顔をあげたら、スガナミがふいーってデスクチェアにもたれて一息ついてる。どうやらやっと用事が終わったようだ。それを見て、永浦さんがお膝の僕を連れて立ち上がって、僕の胸ビレで肩をとんとん、ってたたいた。スガナミがゲロ甘い表情で永浦さんを振り返って、そして僕を見てちょっと怪訝な顔をした。まぁ、気にすんなよ。
「先生、お疲れさまでした。終わりました?」
「終わりました。お待たせしてすみません」
「いえいえ。あ、先生、サメのじゃんけんしましょう?」
「…サメのじゃんけん?」
こうです、と永浦さんが、僕の胸ビレを動かしてみせる。いえい。
「胸ビレを大きくひろげてパーで、こうやってくっつけたらグーで、びしって縦に並べたらチョキです」
永浦さん、天才!
スガナミが分かりました、って顔になったのを見て、永浦さんがぽふりとベッドに座って、デスクチェアに座ったままのスガナミと僕が向き合う。わーい、永浦さんと僕でチーム!
「じゃあ、三回勝負で!いきますよ!サメのじゃんけん、じゃんけんぽん」
スガナミがグーで僕がチョキ。
負けたー、と言いながら、永浦さんが僕の胸ビレをぱたぱたさせている。かわいい。
「二回目です!サメのじゃんけん、じゃんけんぽん」
スガナミがチョキで僕がチョキ。
「あいこでしょ!」
スガナミがパーで僕がチョキ。
勝ったー!と永浦さんが僕の頭をなでなでしてくれる。ねー、チョキかっこいいよね!
僕もチョキがお気に入り!
「じゃあ、最後ですよ!サメのじゃんけん、じゃんけんぽん」
スガナミがグーで僕がチョキ。
わー、負けたねー!と言いながら、永浦さんが僕のはなっつらをちょんちょんとしている。
ねー、チョキなのに負けちゃったねー。でもチョキかっこいいからしょうがないよね!
スガナミがなんともいえない表情で永浦さんに聞いてくる。
「あの…そのチョキの動きがお気に入りですね?」
てへっという顔で、永浦さんが僕でチョキを何度かやって見せる。
「一番かわいくないですか?」
僕もそう思う!
「まぁ、はい」
うわぁ、すげぇ雑な返事。多分、サメじゃなくてあなたがかわいいですよとか思ってんだろ。
うん、同意。
素敵な人だね、永浦さん。
永浦さんが、僕をスガナミに預けて台所に行く。
「じゃあ、先生はサメのじゃんけんに勝ったので、コーヒーを淹れてもらえる人です!待っててくださいね」
って、勝っても負けてもコーヒー淹れてあげるつもりだったんだろうなぁ。ほんとスガナミは永浦さんのこと大事にすべき。マジで。
台所にいる永浦さんの後ろ姿をそっと見ていたスガナミが、僕の胸ビレを持って、ひょいひょいってチョキをつくる。なー、チョキ楽しいだろー。
僕とグーチョキパーしてたら、ふとスガナミが僕の顔を覗きこんでくる。
「おまえさん、僕が登米に行ったら、永浦さんのおうちの子にしてもらうかい?僕の代わりに永浦さんを見守れる?」
そうだった。お引越しするんだよな、スガナミ。え、永浦さんと離れ離れになんの?僕も会えなくなっちゃう?そうじゃなくて、僕が永浦さんのおうちの子になる?
なる!なるよ!永浦さんのおうちの子になる!なりたい!
スガナミが近くにいられないなら、僕が代わりに永浦さんを見守るよ!任せて!
心の胸ビレをめいっぱいぶんぶん振ってたら、どうやら伝わったみたい。
じゃんけんで決めるから、チョキばっかりじゃなくてグーとパーもいるぞ、と僕の背中をとんとんしてくる。おまえさんが勝ったら、言うこと聞いてもらえるってことで永浦さんのおうちの子にしてもおう。おまえさんが負けたら、永浦さんとじゃんけんの練習をしに永浦さんのおうちの子だ、って、なかなかスガナミは頭いい!かしこ!
そだなー!とスガナミとうんうん、って頷いてたら、コーヒー持ってきた永浦さんがそれを見て、サメと先生ってまるっとひとつですね、って笑う。
あのね、スガナミと永浦さんと僕とでまるっとひとつだったらいいな、って思う!
これからどうぞよろしく!
<おわり>