サメ太朗 登米から帰る新しい朝が来た。っぽい。
「おはよう、サメ太朗」っていつものようにモネちゃんが声をかけてくれるんだけど、なんだかその声がモゴモゴして聞こえる。あれ?って思ってたら、モネちゃんが笑いながらぐるぐる巻きのマフラーを外してくれた。あ、そうだった。スガナミにぐるぐる巻きにされてたんだった。スガナミのやつめ!
モネちゃん、おはよう!ってお返事しつつ、あれ?なんかいつものモネちゃんと違う?ってドキドキしちゃった。時々、スガナミと深夜に電話してる時みたいな感じだけど、それよりももっと、なんだろ、こーゆーのを色っぽいっていうの?かな?ちょこっとものうげな、でも満ち足りた感じ?あ、分かった!これがでんせつの、昨日はお楽しみでしたね、だ!きっとそう。ほらー、起きてきたスガナミが、頭ボサボサなのになんかつやつやしてるもんー。
僕はモネちゃんのことよく知ってると思ってたけど、まだまだ知らない一面があるんだなー。それにしても、スガナミのおうちの寝起きのモネちゃんはリラックスしきってる様子で、とっても幸せそう。いつも頑張り屋さんなモネちゃんをここまでゆったりさせてあげるなんて、悔しいけどやるな、スガナミ。起きてきたスガナミもすっかり雰囲気が緩んでて、モネちゃんがいる幸せを噛み締めてるっぽい。そうだ、そうだぞ!あー、でもこうして平和に二人が幸せそうなのとか、ほんと涙出そう。涙腺ないけど。
モネちゃんが僕をお膝に乗せてぽんぽん、ってしてくれてたら、スガナミがモネちゃんの頭をぽんぽんってして「朝ごはんは僕が支度しますから、のんびりしててください」って台所に立ってった。え、気が効くスガナミ?!メガマウスぐらいレアじゃない?でも、モネちゃんはふふって笑って、ありがとうございます、って普通に言ってる。そーなんだ、普通にできるんだ。人って成長するもんだなー。
モネちゃんが僕と顔合わせてちゅーってしたり、胸ビレもって遊んだりしてくれてるうちに、スガナミが朝ごはんを作ってテーブルに並べる。トーストにスクランブルエッグとウインナーに葉っぱのお野菜、椎の実ブレンドですよ、って言ってマグたっぷりのコーヒー。ごちそう!やればできるスガナミすごいな。モネちゃんもうれしそうだ。
僕は汚れちゃいけないから、ってモネちゃんが組手什に載せてくれる。二人でゆっくり食べる朝ごはん、幸せな時間だよねぇ。
モネちゃんがお皿の上のウインナーをお箸で持ち上げてにこにこしてる。
「先生、ウインナーの飾り切り、また上達してません?これは、エビとカニ?」
「そう。流石にメス使うわけにいかないけど、あるといいなと思ってペティナイフ買っちゃった。楽しくなってきちゃいまして。調べたらいろいろ出てくるから面白いですよ」
「サメは作らないんです?」
「どうしてもシルエット的にヒレを作らないと成立しない分、円筒形を切り出すのに限界があって、納得感のある形になかなかならないんですよね」
「ナルホド…」
ナルホドって言いながら、モネちゃんがサメ棚と化している僕のいる組手什をちらりと見る。これ、これね!と僕は心の胸ビレと背ビレをぱたぱたして見せちゃった。まぁ、サメの知識とサメ愛に関しては、スガナミもなかなかのもんだってことはサメの僕も認めるよ。
モネちゃんと僕が東京に帰るのは明日だから、今日はほんとにのんびりした日で、二人はお散歩に出たり、仲良くお昼ご飯を作ったり、なんだか難しいお仕事の相談をそれぞれにしたりして過ごしてた。僕も組手什のサメ仲間とキュウコウをあたためたりしてた。相変わらずホオジロザメのやつは無口なんだけどさ。
晩ご飯は二人で餃子を作ろうってことになったみたいで、これまたわちゃわちゃ楽しそうにしてた。スガナミはキャベツのみじん切りが上手で、モネちゃんがひき肉こねるの上手で、役割分担だなー。スガナミは餃子包むの初めてだってんで、モネちゃんに手取り足取り教えてもらっちゃって。一生懸命、餃子を包むモネちゃんのこと、感情ダダ漏れの顔して見つめちゃってさ。モネちゃんの包んだ餃子は大きさがまちまちだけど楽しそうな形で、スガナミが包んだ餃子はきっちり同じ形で、それが面白いのかモネちゃんがけらけら笑ってるのがかわいい。ほんとにこうやって過ごす時間が、モネちゃんにとって大事な時間なんだな、ってことがわかる。
それにしても、二人で餃子60個って多くない?って思ったら、モネちゃんが冷凍用小分けしますねーってなんかの容器持ってきた。あぁ、こうやって、二人で作った何かを置いといてるんだ。スガナミが一人で食べる時も、モネちゃんが近くにいるみたいに感じられるんだろうな。え、前回がハンバーグで、前々回がミートソースだった?ひき肉率高すぎない?スガナミの味覚が意外とコドモ?たくさん作れるのがいいですよね、ってモネちゃん。あ、そゆことなんだ。飽きないです?ってモネちゃんの質問に、あなたと作ったものなら飽きるなんてないですよ、ってスガナミ。もう一生やってろ!あ、もとよりそのつもりですか、そーですか。
やっぱり二人仲良しな晩ごはんとその後の夜、僕は組手什の上でおとなしーくしてました。あんなに見せつけられちゃったら、もうサメ仲間と呑むしかないよね〜。まぁ、概念上の話だけども。日々ひびにスガナミを見守ってるサメのみんないわく、モネちゃんが登米に来る時は、一週間ぐらい前からスガナミがずっとソワッソワしてるから面白いんだって。ウインナーの飾り切り練習しすぎて朝晩ウインナー食べてた話は笑っちゃった。なんだかんだ努力家だよな、スガナミ。砥石も買ったのか。まぁ、刃物は切れてナンボだもんね。
次の日の朝は、昨日と同じに仲良しの雰囲気だったけど、でもちょこっと寂しそうな雰囲気も二人に漂ってた。モネちゃんのお仕事考えたら、今日のお昼すぎには登米をでなきゃいけない。こうして会ってる時が楽しい分、帰りが近づいてきたら寂しいよね。でも、その寂しさをふわりと隠すみたいに、二人で並んで朝ごはん作ってる。モネちゃんがおにぎり作ってる隣で、スガナミが味噌汁作って。てか、味噌汁も作れるようになったのか!本当に進化が著しいな。あー!モネちゃんの手についた米粒をスガナミがひょいって手に口付けて食べた!爆発しろ!
つとめて楽しそうに朝ごはんを食べたら、モネちゃんが早速荷造りをはじめた。あれ、まだ帰る時間じゃないのに?って思ったけど、話を聞いてたら事情がつかめてきた。帰るためだけにおうちを出ると悲しくなっちゃうから、お出かけをくっつけて、そのまま駅に行くんだ。そうやって、二人なりのちょうどいい過ごし方を見つけてきたんだ。二人とも、ずっと離れ離れなのに、本当に偉いなぁ。
荷造りを終えたモネちゃんが、組手什に来て僕を持ち上げてくれる。他のサメのみんな、またねー。スガナミをよろしく!モネちゃんは僕に任せて!そこ!えーって言わない!
来た時と同じ紙袋に入れてもらって、僕の旅支度も完了!
さあ、おうちを出発、ってとき、モネちゃんとスガナミはぎゅって気持ちが目一杯こもったハグを交わしてた。切ないなぁ。でも、モネちゃんもスガナミもやりたいことがあって、それをお互い大事にしてるんだもんね。それは僕もよく知ってる。だから、僕はずっと応援するよ、二人のこと。
スガナミの車にモネちゃんの荷物を積み込んで出発準備ができる。僕の入った紙袋はモネちゃんがお膝にのせてくれた。スガナミがそれをチベスナ顔で見てくるんだけど、モネちゃんのお膝は僕の特等席だから諦めたまえ、うん。
スガナミが訪問診療先で薦められたっていうお寺に行ったら、お参りにはモネちゃんが僕も連れてってくれた。手を合わせてる二人の横で、僕も心の胸ビレを合わせていたよ。二人がずっと仲良しでありますように、いつかずっと一緒にいられますように、その時は僕も一緒に、って。途中の道の駅で買ったお弁当を二人で外で食べるのに、僕もモネちゃんの隣でお相伴。登米ならではの広い空の下で過ごす時間がモネちゃんにとって宝物だって、笑ってるけど、スガナミと僕にとっては、そのモネちゃんの笑顔が宝物だよ。な、スガナミ!
お弁当を食べ終わったら、もう新幹線の駅に向かう時間。車の中がちょっとずつ寂しい空気になっていく。あー、ここで僕がお歌でも歌えれば、気持ちを紛らわせてあげられるのに。駅に着いて、スガナミが駐車場に車を停めたら、モネちゃんが僕の紙袋をぎゅっと抱きしめた。あれ?と思うと、モネちゃんはそれで勇気が出たのか、後車の支度をしてたスガナミのほっぺにちゅってする。一瞬あっけに取られたスガナミが、ものすごい照れ照れの顔になって、モネちゃんのおでこにキスする。やっぱり爆発しろ!
車を降りた二人は、ゆっくりゆっくり駅に向かう。改札に着いたら、モネちゃんがスガナミに向き直った。そういえば、前にモネちゃん言ってたな。二人のお見送りの約束は改札までになってる、って。それも二人が見つけた寂しすぎない、またねの方法なんだろうな。
「じゃあ、先生。次は東京で?」
「うん、来月、中村先生に呼ばれてるから」
「待ってます」
「うん」
モネちゃんと言葉を交わしていたスガナミが、ふと僕をみる。ん?とモネちゃんと僕がスガナミを見てると、「いいなぁ、サメ太朗は一緒に帰れて」って言って、紙袋に手を伸ばしてきた。え?え?
気づいたら僕の紙袋がスガナミの手の中!
「こいつ、次の上京までウチにいさせてもいいですか?ずっと百音さんといたこいつが家にいたらな、って」
えー!やだ!やだやだ!やだよう!ダメ!ダメ!ダメ!
僕はモネちゃんを見守る係だし、スガナミが東京にいないのに、僕までいなかったら、モネちゃん寂しすぎるだろ!ばかぁ!ばかスガナミ!
全力で心の胸ビレと背ビレと尾ビレをジタバタさせてたら、ちょっと何か考えてたみたいに下向いてたモネちゃんが、意を決したように顔を上げて、スガナミの手から僕の紙袋を奪い返してくれた。モネちゃーん!!!
「ダメです。先生が東京にいない時に、サメ太朗もいなかったら寂しすぎます」
分かってる!モネちゃん分かってくれてる!!さすがモネちゃん!ばーか、スガナミのばーか!
僕が入った紙袋を胸の前で抱きしめてモネちゃんが抗議すれば、さすがにスガナミもそれ以上は何もいえなくて。
「ごめん」
しょぼんって謝るのを見たら、まぁそれ以上はなんともいえないけど。そうだよな、モネちゃんには僕がいるけど、スガナミにはいないんだしな。でも、僕を連れて帰るのはダメだ。
お揃いの毛糸の、帽子を被ったモネちゃんと腹巻きをつけた僕が改札を抜けて、マフラーを巻いたスガナミがそれを見送る。なんとも切なげだけど、ちゃんと笑顔で見送ってる。次にモネちゃんに会える日まで、僕がちゃんと見守ってるから、安心して!スガナミも元気でいろよー。でないとモネちゃんが悲しんじゃうからね。
新幹線に乗ったら、やっぱり僕の場所はモネちゃんのお膝の上。新幹線が出発したら、モネちゃんは窓の外をじっと見てて。しばらくそうしてたら、おもむろにリュックから行きにあまり読んでなかった本を取り出して読みだした。行きはソワソワして読み進まなかったのに、帰り道の今は、ものすごく本に没頭してる。あぁ、こうやって、寂しさを紛らわせながら、スガナミと次会ったときに話すことを考えたりするんだ。すごいな、モネちゃん。
東京駅に着いても、モネちゃんからの匂いは寂しい、がたくさんで、いつもお部屋に帰ってきた時の寂しいと楽しかった半分こな雰囲気がなくて。会いに行った時はやっぱり違うものなのかなぁ、って思いながら、一緒にバスで汐見湯の方面に。バスで揺られて、バス停から歩いて。ちょっとずつ進んでいくうちに、モネちゃんの寂しい、が楽しかった、に変わっていくのを感じる。汐見湯に着いた時には、ちょうどいつもの寂しいと楽しかった半分こになってた。そっか、こうやって気持ちを整えて、ただいまってしてたんだ。本当にすごいな、モネちゃん。
お部屋に帰り着いて、真っ先にモネちゃんが僕を紙袋から出して、いつもの場所に置いてくれた。
「サメ太朗もお疲れ様」って言ってくれる。
いつも通り僕のはなっつらをちょんちょんってしてくれて。
少し寂しそうな、でも満ち足りた笑顔で。
「また一緒に行こうね」なんて、とっても嬉しい言葉をありがとう。
オジャマじゃなければぜひ。
登米でスガナミがどんなふうに暮らせてるかも見れたし、モネちゃんと仲良しなところも見れたし。
二人を最前線で見守ってる僕としては、本当にいい旅だったな。
モネちゃん、登米に連れて行ってくれてありがとう。
また明日からのお仕事がんばってね。
スガナミも遠い登米の空の下でモネちゃんに負けないように頑張れよー!