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    飛ぶ鯨の夢はホラではない雲海を翔ける白いクジラ。
    大きく静かで。

    それは海を割るように雲を裂き。
    そして深く沈んでいく。

    あれはどこからきて。
    どこへ行くのか。

    いつも最後は、頭を雲に潜らせ、白い尻尾だけが見えている。

    小さいころ、これはいい夢に違いないと両親に話したら、両親は嫌悪に顔をゆがめたのを覚えている。
    嗚呼、頭の悪い子。

    それでもクジラは相変わらず空を飛び続けた。

    日々人としての記憶を塗りつぶされていく中。
    昔の夢を見たのは久しぶりに思う。

    思い出はゆるりと黒く塗られ。
    両親の顔は、もう思い出せない。
    どこに住んでいるのか。何をしているのか。
    どんな声だったのか。身長は?癖は?

    人を亡くし。
    あとから追いかけてくるのは信仰。

    だらりとベッド上に投げ出された腕。
    頭が回らないのはいつものことだ。

    体を形成する縁が、捉えられずにぼやける。

    今日もまた、敬虔なる宗徒は教会に出向き、祈りをささげるのだろう。

    これが皇都の一日の始まりであり、終わりでもある。

    口から吐かれる息は白く。
    朝を告げる聖堂の鐘が、朝靄の中を滑っていく。

    目覚めを確認した使用人が、ブレイクファストはいかがなさいますか、と遠慮がちに聞いてきたので、断った。

    生憎、そういう気分ではない。
    否、日々人を失いつつある今は、最早最低限の欲求である、腹が減るという感覚さえ失われている。

    しかし、その食べるという行為は、なけなしの人の形を結びつけている。
    そう、惰性。
    人を捨てた身で、まだ人でいたいという愚かな人の、ささやかなる抵抗、願望、執着。

    滑らかで手触りのいいクローゼットから服を出す。
    貴族爵位に似合わぬ簡素な白い服だ。

    昔から華美なものは身に着けない。
    それはどんな服にも見劣りするから、という理由で、常に簡素な服しか着させてもらえなかったことがあるから。

    肌触りのいいはずの絹の袖が、日々チクチクと痛む。

    皇都の空気を吸い込むと、古臭いにおいともに、冷えた空気が体を巡回する。

    上層の宝杖通りでは、店が商品を並び始め。
    もう少ししたら、貴族の使いが物を買いにやってきて、夫人があれやこれと話に花を咲かすだろう。

    宝杖通りを外れた場所に、それはある。

    簡素で落ち着いた小さなパン屋。

    店に入れば暇そうに本を読む高齢の夫人と目が合って、窓際の席に通される。
    いつからここにきて、いつからここの席に座るようになったのか。
    今となっては何も思い出せないが、このパン屋を営む夫婦にとっては、自分が朝ここにきて、ここの席で何かを食べるというのは、昔から日常化していたのだろう。

    人がちらほら出入りするのは見受けられる、が、大通りに面した店ほどではない。
    どこぞの貴族の従者がパンを買ったり、どこぞの貴族のお抱え兵士が少しの休憩に利用する程度。

    あまりざわめかないこの店内が好きだった。

    指を曇りがかるガラス窓に這わせる。
    雲を裂き、その身に風を纏う白いクジラ。
    雲海を、くねくねくね、

    急に指先に人の顔がぬるりと現れ、指を鼻のあたりでぴっ、と、とめた。

    うわ、

    声には出さずとも顔を顰めれば伝わるだろうか。
    唇が名前をかたどる前に、その人は豪快に笑って、店の中へと。

    カラリ、と扉に備え付けられた鈴が乾いた音を立てる。

    「おや、」

    夫人が声を上げる。

    「こんな寂れたところに四代名家のお坊ちゃんが来るなんてね。」

    店に入ってきたその人は、軽く笑って夫人の軽口を受け流したあと、ぐるりと店内を見まわし、こちらに気づく。

    どうもこの男は苦手だ。

    「ゼフィラン卿!」

    男はにこにこと見慣れた笑顔を崩さずに目の前に座った。

    男が椅子を引いた振動であたたかなイシュガルドティーの水面が揺れた。

    「オルシュファン卿…。」

    すぅと、息とともに吐き出さた言葉は、ひどく、重い。

    ただ考えもなく、空元気を振り回すだけなら多少は耐えることはできる、が。

    ちらり、と目の前のオルシュファンを見やれば、相変わらずにこにこと笑っている。

    教皇庁に報告を上げに来た時だってそうだ。
    この男は、
    読めない。

    にこにこと人好きのいい顔をするが、そこは四大名家の血筋なのか。

    利用すれば逆に利用し返される。
    そんな意図さえ見えてしまう。

    食えぬ男ほど恐ろしいものはない。
    それは散々経験してきたことだ。

    若いウェイターがサンドウィッチを運んでくる。
    白い皿がテーブルに置かれたと同時に、にこにこと人好きのする笑顔を浮かべていたオルシュファンが口を開いた。

    「朝食ですか?」
    「見ればわかるだろう。」

    答えを聞いた後、ふむ、と一言呟く。
    料理を置いた若いウェイターに声をかけ、メニューの一つを指し示す。

    「随分と図々しいな。」

    少しでも距離を取りたいがための物言いだった。

    「………。」

    オルシュファンはしばらく、言葉の意味を反覆するように、ポカンとした表情を見せた後、またいつもの調子に戻る。

    「申し訳ありませぬ。ここより外の方が生活が長かったもので。」
    反省の言葉を述べるも、この男は二度とこのようなことはしないと、そうは思っていないはず。

    「そうか。」

    その言葉を機に、お互い何もしゃべらない空間が続く。

    そもそも不愛想だと朴念仁ともいわれるくらいの無口っぷりだ。
    イシュガルドティーから延びる湯気が、窓ガラスに触れる。

    「そういえば、」

    沈黙を突き破ったのはオルシュファンの声だった。

    「先ほどは何を」
    「…?」

    指先でなぞった線が、新たなる曇りに上書きされ、薄くなっていく。

    「こう、」

    目の前で先ほど窓ガラスをなぞった動きを再現される。

    「………。」

    ぬるくなりかけたイシュガルドティーに、一口口をつける。

    「夢だ。」

    窓ガラスから鈍色の空を見上げる。

    「クジラが、空をとんでる。」

    窓ガラスをなぞった指の跡はきれいに消えていた。
    その跡を追いかけるように、すーっと目線だけを動かす。

    「おおきな、しろいくじらが、雲を泳いで。」

    雲を割り、最後は雲海に潜る。
    そんな夢。

    「ビスマルク」

    オルシュファンが呟いた。

    「バヌバヌ族が信仰する神。ビスマルク。それと同じですな。」

    空を泳ぎ、島を食う、白いクジラ。

    「先日教皇庁に報告に行った時の印象が残ってるのでは。」
    「………。」

    確かに。
    いわれてみれば、そんな話を聞いたばかりのような気がする。
    けれども、その夢は、朧気乍ら小さなころから図と見続けてきたはず。

    「そうか。」

    改めて幼少期の話をするのも気が引けるので、とりあえず、そう返事をして締めた。

    「ビスマルクといえば、」
    「………。」

    まだ、何かあるのか。

    「海洋都市であるリムサ・ロミンサにビスマルクという料亭があるそうですよ。」
    「……。」
    「いつかゼフィラン卿と行ってみたいものですな!」

    若いウェイターがもってきた皿は、自分のよりもずっと大きかった。

    小さな皿と、大きな皿。
    なぜかどこへ行ってもその光景が想像できて、少しおかしかった。


    あなたは、わたしに、とてもざんこくなものをくれてくださった。
    わたしはそれを、いのりとともに楔にいたしましょう。
    あなたがくれたさいごのつみは。
    きっとわたしがせおうもの楔となるでしょう。


    魔大陸の鍵を求めて、飛空艇はアバラシア雲海へとたどり着く。
    ナイツ・オブ・ラウンド最後の鍵。
    人が人でいられる最後の瞬間。
    せいぜいこの時を謳歌せよと、空は青く澄み切っていた。

    不意に視界の端にとらえた、白い巨体。
    その巨体を確かめようと目を追えば、それは雲海を泳ぐように滑る。
    魚。違う。もっと大きい何か。

    巨体がこちらに近づいたとき、確信した。
    白い鯨。
    雲海を泳ぐ、白い鯨。
    ビスマルク。

    それはゆっくり近づいてきて、頭を浮かべた。

    本来ならば畏怖すべきそれに、手を伸ばして、触れてみる。

    ビスマルクは微動だにせず、そこにいるだけ。

    「私もいずれ、貴方みたいな、生物として分類されない何かになるのだろう。」

    ビスマルクは答えない。

    「人を捨て、祈りを背負い、その時我々は何になるのだろうか。」

    最早、慈しむべき人の記憶は消え去り。
    残ったのは、イシュガルドの、憎み、痛み、苦しみ。

    あつい
    いたい
    くるしい
    さむい
    しにたくない

    縋りつく祈りが、足に絡みつき。

    どうかわれわれを
    われわれをおすくいくださいませ。

    中途半端に。
    意固地に残った人が、忌々しい。
    人として持つべき情けが、すべてを救い上げようとしている。

    無理なのに。
    黒髪のかつてコマンダーを争った同僚があざけわらう。

    おねがいします。
    どうかわれわれをおすくいくださいませ。

    「ビスマルクよ。」

    雲神ビスマルクはバヌバヌ族の神。
    そしてそれはただの夢幻に近いというのに、何を言うのだろうか。

    「貴方がすべてを食らう神と謳うなら、」

    身じろぎをするように、巨体が震えた。

    「私を食らえ。」

    片意地として残してしまった人も。
    最後に積み上げた罪も。
    すべて食らって。
    私は狂信者となり果てれば。

    ビスマルクは頭を上げ、大口を開ける。
    嗚呼、人なんて、小さな粒にもならないだろう。

    目の前で大口を開けたビスマルクは、実際に食らうことなく口を閉じた。

    「………。」

    やはり人の願いは聞き入れられぬか。
    そもそも夢うつつの幻の神に何を願ったというのか。

    正教ではなく。

    そのままビスマルクは雲海の底に沈んでしまった。
    最後に白い大きな尾を残して。

    子供のころならきっと、夢で見た光景に出会えたならば、はしゃいでいただろう。

    「ビスマルク。」

    海洋都市であるリムサ・ロミンサにビスマルクという料亭があるそうですよ。
    いつか          行ってみたいものですな!

    人を外れたものは、星の輪廻さえ乗れない。
    宇宙の彼方に消えて、終わり。
    それならばいっそ楽だろう。

    しかし、千年の祈りを背負うものは、消えることさえ許されない。
    人の祈りを救い上げる日々

    それは世界が終ろうとも終わらない。

    「………。」

    空高く、鯨が吠える。

    「………。」

    嗚呼。
    もう少しだけ
    人として、生きていたかったよ。

    オルシュファン。
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    2022/06/17 17:46:52

    飛ぶ鯨の夢はホラではない

    pixivログ
    #FF14
    #オルシュファン
    #ゼフィラン

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