傾国憂大輪の花が咲き続けることができないように。
大樹の花が咲き続けることができないように。
栄華あれば滅びあり。
そんなことはだれでもわかっている。
咲き、枯れ、消え。
種が落ちて、また咲き、枯れ、消える。
古代世界が滅び、幾世紀。
のちに生まれてきた軟弱なる人は、それを繰り返し、屍を積み上げる。
栄華、滅び、枯れ、消え、再び芽吹く。
栄華を極め、思いつく限りの滅びを食い尽くしたアラグにも、その絶対的な時代の流れは存在する。
彼らは忘れていたのだ。
彼らは思い出せないのだ。
彼らは見ることをしなかった。
いやだ。
いやだ。
滅びるのは嫌だ。
生きていたい。
まだ平らげてはいない。
アラグは滅びという抗いようのない。
すでに決められた結末から逃げるように力を追い求め、逸脱した技術を開発してきた。
物語には終わりがある。
終わるなら、惨めな終止符より、派手に。
大輪の花が枯れ行くときは、しおらしく静かに散るより。
その花弁すべてを散らすように。
しかし、人は、生き汚い。
死にたくない。消えたくない。
我々は、未来永劫咲き誇るものである。
南方メラディシアを支配下に置き。
原種の竜種を兵器改良してもなお、お前たちは怯える。
絶対的な終わりに。
受け入れろ。
「……」
それでもお前たちは、終わりに恐怖し、今にしがみつく。
竜種の兵器改良。
キメラ技術。
蛮神の制御。
無人兵器の開発。
其の全てを以てしても終わりからの恐怖は逃げられない。
デミ・クローン。
終わりの恐怖は、人の倫理を崩壊させた。
人の種の誕生は、天から恵み給う奇跡である。
それを人が左右する。
人語を理解しない竜種の兵器やキメラ、蛮神よりも使い勝手がいいもの。
人と寸分狂わずに殺戮を行え、また生きた鍵となるもの。
デミ・クローンとは、1からすべてを作るのではなく、人の雛型から人を抽出するコピー技術。
故に、まず、雛型となる人が必要になるのだが。
誰が好き好んでその身を差し出すか。
失敗したら死ぬかもしれない。
事故があればそれが終わりの引き金になるかもしれない。
滅びを退けるためのデミ・クローン。
いくら綺麗ごとを翳そうとも、自分たちが土台になって責任を負う気はない。
嗚呼。
これだから、生き汚い。お前たちは。
自由意思を謳った被検体の提出は、その実、脅しのような強制的な意思もあった。
嗚呼。汚い。醜い。惨め。
気持ち悪い。
「失礼、アモン殿というのは」
ふと背後から声がかかる。
けだるげに振り向けば一組の男女が立っていた。
「なんですかぁ。この間のキマイラのクレームならあれは制御できなかったお前たちが悪いんで。」
しっしと手で振り払い門前払いをするような対応をすると、女のほうの顔がゆがんだ。
「名乗りがまだだったか、」
ウネとドーガ。
そう名乗った二人は、デミ・クローンの雛型として自らここへ来たらしい。
自ら人の尊厳をなげうつ。
自ら責任を負う。
自ら、
次から次へと浮かんでは消える悪辣な言葉に考えるのをやめた。
考えをシャットアウトする最後の言葉は、
ばかじゃねーのかお前たち。である。
「はぁ、まあ、自ら人の尊厳を投げ出してアラグと皇帝への献身をなさるとは、それはそれは皆さまお喜びになりますよ。」
にこりと皮肉の笑顔一つなげても、二人の反応は薄かった。
ただのバカなのか。
救いようのない愛国者なのか。
「ほーんと、なにいわれたのかわかんないんですけどー。」
被検体を表すような簡素な検査着を着た男に笑いかける。
「こんなだれもかもやりたがらないものに志願してぇ、さぞかし周りからのご期待が強かったんでしょうね。」
脅し。
言葉にはせずとも意味ははっきり込める。
それを知ってか知らずか、男は首を振った。
そうではない。と。
ここへ来たのは周りがどうの、というわけではなく、本当に自分から志願した。
納得がいった上での志願ではなく、そうせざる負えない状況の中、自分たちが犠牲になって少しでも良くなれば。
「少しでも、民に安堵が訪れるなら。」
それを聞いたのが自分じゃなくて、ほかの研究者だったら、きっと諸手を挙げて賛美したことだろう。
なんという愛国者。
心に落ちた言葉は泥になり、うねる。
気持ち悪い。
ただその1点。
だから決めた。
お前は、自分の持ちうる限りの技術を以て。
その命を踏みにじってやると。
「それはそれはぁー、とぉーっても素晴らしいことです!気持ち悪いくらいに!」
投げかけられた綺麗事を、泥に塗して返す。
「同じことは思わないのか。」
「御生憎様ですけど。終わるとわかっているのに惨めにあがくのは見てるだけで嫌いなので」
アラグに対してもう、愛とか恋慕とか庇護とかそういうの全部どうでもいいんです。
どうでもいい。
さっさと滅んでしまえ。
愛を謳った国民に、それは怒りを買うに充分な叛逆。
ちらりと男を見れば、特に起こることなく笑うこともなく、同じ表情で言葉を聞いていた。
「私も、民は好きではない。」
終わりにおびえ。
終わりから逃げて。
散る花は枯れ行き、種を残し、また咲き誇ることを知らず。
「しかし、生まれた国を、憂えずにはいられようか。」
永遠の栄華は望みません。
永久なる覇道は願いません。
「ただただ、おわるなら」
静かに。眠るように。
訪れる夜が暖かであるように。
どこかの大魔導士が1度は考えたありきたりな答え。
「そのために何かをしたくなった。」
理解ができないその愛は、アラグが終わっても理解はできなかった。
これからも。そして今も。自分自身が終わる時まで。
ガレマルド都市内で、砲撃があった。
炎が上がった。人は魔導兵器にひき殺された。
わずかに残った人も精神汚染を受けて人を捨てた。
最初は、終わりに抗った。
抗うために武器を取った。
やがてそれは、終わりから目をそらすための同士討ちになった。
栄華を誇った花は、種をもつけずにしおれていく。
終わりを受け入れたくなくて、人は自らを追い詰めた。
あまりにも終わりの一文が見苦しいので、少しだけ手を加えて終わらせてやった。
それでも何かをする人がいる。
まだ終われない。そうではなくて、終わりゆく国を憂いて。
反吐が出る。
吐き気がする。
生まれた国を、憂えずにいられようか。
理解できない愛は、心のささくれ立った部分を逆撫でする。
反吐。
吐き気。
不快感。
苛立ち。
幾世紀も囚われている。
その理解できない愛に。
下らないと吐き捨てるべき感情に、ここまでこだわる自分にも嫌悪感を持つ。
疾うに過ぎ去った過去の話。
あの日理解できなかった感情は。
どこにいようとも泥の海の中で楔のように突き刺さり抜けもしない。
たった一人の何でもない脆弱な人間の一言が。
何度も死のうが、生きようがついて回るのだろう。
――たけきものもついにはほろびぬ。
それがどうか、どうか。
穏やかであらぬことを。