隙間に差し込まれた一端のなにか曾てシャーレアンが住み、そして捨てていった低地ドラヴァニア。今その場所には、ゴブリン族をはじめ、一攫千金を夢見るトレジャーハンターや、冒険者、流れの学者などが手を取り合う新興都市、イディルシャイアが聳え立つ。
イディルシャイアにおける暗黙の了解は2つ。
1.イディルシャイアにおいてそこにいる人の過去を詮索するのは禁ずる。たとえ外部からの一時的な滞在者であろうとも例外はなし。
2.イディルシャイアに住むものは、イディルシャイアの発展のために尽くすべき。それ以外については自由である。
自称事件屋と名乗ったハイランダーの男とミコッテの女。そして時間を操る魔法人形。
これらと関わり、本来の自分の生き方を見つけた結果、故郷のイシュガルドから追い出され、まさか路頭に迷うのかというところで、家をもらい、イディルシャイアに移り住み、今に至る。
キール・ブライム
この男にとって、なんとなく、流れで住み着いたイディルシャイアは、とても都合が良かった。
なにより都市発展に尽くすこと以外は基本自由であり、住人の過去の詮索は禁じられていることは、何も気にせず新しいスタートを切るのに非常にいい。
つまり
自分はあの忌々しい過去から逃げ切ったのだ。
何もかも捨てて。
力のない一般人の自分にとって、未知の遺跡や機構の探索など無理。
やれることといったら、グブラから持ち込まれた技術書の整理や資材運びや、近場の素材採取。
そんな簡単なことでも助かるよとミッドナイドデューは豪快に笑っていた。
イディルシャイアに住む大半の住人はトレジャーハンターで、そういう普通の作業は滅多にやりたがらない。
だからそういう作業を引き受けてくれること自体がありがたいんだよ。と。
いつものように農園から採れた野菜を倉庫に運び込んでいたらゴブリン族に声をかけられた。
たしか、イディルシャイアの顔役のスローフィクス。だったか。
「キール、突然、頼み、ある」
シュコーとマスクから排気音を出しながら話す。
相変わらずどうなってんだ。そのマスク。
「はい、なんですか?」
「キール、お前、ガレマルド、行け」
「………、はい?」
ぴしっと表情筋が固まった。
こんな衝撃、あの事件屋以来だ。
ガレマルド?
ガレマルドってあの?エオルゼアを蛮族扱いしてるあのガレマルド?わざわざ敵対関係してる国に一般人を行かせるとかどういう了見だ。
と、笑顔を貼り付けたまま考えていれば、そういうことではないらしい。
イディルシャイアに活気が増えつつあるものの、低地ドラヴァニアにはまだ敵対しているゴブリン族の青の手が居住しており、ゴブリガードをはじめ青の手が作った様々な機械仕掛けの兵器にトレジャーハンターが襲われる事件は一向に減らない。
こちら側としても対策として兵器は作っているが、被害が減ることはないいたちごっご状態。
そこで、機械仕掛けの本番。ガレマルドにいって魔導アーマーをはじめ帝国で作られている兵器の部品をいくつか持って帰ってきてほしい。とのことらしい。
「はあ。」
部品採取
危険を伴わないとはいえ、やはり敵国に無力な一般人を行かせるのは。
「帝国、危険、ない、大丈夫」
スローフィクスによると、しばらく膠着状態だった帝国は、エオルゼア同盟軍が進軍したことにより、多少の小戦争はあったものの、以前よりは落ち着いている。
戦争により多少の被害が出ているガレマルドが落ち着くまでエオルゼア同盟軍が現地で支援を続けているから何かあった時はそちらを頼れ。と。
つまり、今の帝国は敵対ではないことと、現地にエオルゼア同盟軍がまだいるので万が一襲われたりしたら、助けを求める場所がある。ということか。
「キール、ガレマルド、いく」
渡されたのは赤い印がいくつかついたガレマルドの地図。
「…街中じゃないか?!本当に大丈夫なのか!これ!」
「話、きいた、そこ、ガラクタ、いっぱい」
流石にイディルシャイアという特性上、何も力がない一般人を戦闘地域に行かせるような愚かな真似はしない。
故に、生きて帰ってこれる保証があるから行かせるのだろう。
イディルシャイア発展に関係することだからスローフィクスも声をかけた。
ならば、断る理由はない。
イディルシャイア発展のために尽くすべし。
ため息を1つついて、承諾した。
ただ壊れた機械から部品を持って帰るだけ。
北方イルサバード大陸。
寒さは、あの陰湿な故郷を思い出すから嫌いだ。
「長旅かぁ」
地図を持つ手に力をいれると、くしゃりと乾いた音が鳴った。
やはりガレマルドは寒かった。
以前、事件屋を追いかけて大した上着も羽織らずにクルザス西部を舐めていたあの頃とはちがう。
というか、寒いとわかっててなんできのみきのまま来てしまったのかいまだにわからない。
イディルシャイアから一度イシュガルドに戻り、飛空艇でアラミゴへ、そこからまた乗り継いで山脈を越えて、と、片道で随分時間がかった。
降ろされた場所は、キャンプ・ブロークングラス。
ガレマルド復興支援のためにエオルゼア同盟軍が腰を据えている場所。
スローフィクスから渡された地図を改めて見ると目的地までは遠い。
というか随分端っこなんだなあというのは、当時のエオルゼア同盟軍の介入がかなり強引的だったことを表している。
「君、冒険者かね?一体何をしている」
後ろから声をかけられ振り向く。
そこにいたのはルガディン族の男。
赤い隊服を着ているのは、バイルブランド島を根城とするリムサロミンサのグランドカンパニー、黒渦団か。
声をかけられたのがたいして知らない国でよかった。
聞けばエオルゼア同盟軍にはイシュガルドの神殿騎士団もいるのだから、これが神殿騎士団だったら、嫌味の一つでも飛ばしてただろう。
権力に屈するだけの臆病者と。
訝しげにみる黒渦団のルガディン族に理由を説明する。
エオルゼア同盟軍にとって、イディルシャイアの事情なんて有利不利に関わるはずがない。
低地ドラヴァニアの防衛のため、と、本来の目的を話すと、納得したように頷き、さらにどこに壊れた魔導兵器があるのか、まだ無人で動いてる魔導兵器がいるエリアなど細かく教えてくれた。
朝方にキャンプ・ブロークングラスを出て、市街地に着いたのがお昼頃。
流石に遠かった。
周りを見渡せば廃墟、廃墟、廃墟。
「そんなに同盟軍とはげしくやりあったのか、これ」
焼け焦げた家。
割れて雪の被った食器。
歩きながら足に当たったのは道すがらみた長い車体とそっくりな小さな模型。
廃墟の壁にかけられた子供の落書きが寒風にふかれてはためいていた。
子供と手を繋いだ大人の絵。
爆発で子供の方だけ残っていて、大人の描かれた落書きは焼け焦げた地面におち、薄汚れている。
動かなくなった魔導兵器の部品を拾いながらも、そこには人がいて、普通に暮らしていた形跡を思わせるようなものが散らばっていた。
「やっぱ実物もあったほうがいいよな。持ち帰りやすい大きさの」
動力が停止した魔導ピットを抱える。
鉄の塊なので、重さはある、が、男の力で支えきれないほど重くはなかった。
「……」
ふと、何かを感じた。
イディルシャイアに来てからは全く感じなかったもの。それだけあそこは自由だったと感じさせるもの。
捨て去った故郷に常にあったもの。
捨て去った過去にいつもついてきたもの。
思い出したくも、気づきたくもない。
この危機感。
いわゆる、殺気。
こんな廃墟街で知らない人間を見つけて警戒するやつなんて、だいたい現地の人間か。
なにが大丈夫なんだ!あの排ガスマスク!
「あんた、見慣れないよな。外のやつだろ。何やってんだ。」
ピットを1度地面に置いて振り返る。
現地人。
ガレマール人はハイランダーのように体躯がよく、額に第三の目がある、ということまでは聞いたことがある。が。
腕を組んで後ろに立っていた男は、ハイランダーのように体躯は良くない。
逆に自分が見下ろしている。
「3度目はない。もう一度聞く。ここでなにをしている。」
不機嫌な顔をして、男がまた口を開いた。
良くない空気なのはわかっている。
しかし黙ったままでは、何か向こう側に勘違いされたままだ。
少し考えて、男の問いに正直に答えた。
遠い場所のイディルシャイアで、魔導兵器の技術が防衛のために必要である。と。
それを聞いた男は、しばらく唖然として、なんだ、と呟いた。
「いや、てっきり俺は転売目的の泥棒かと」
「泥棒?壊れているのに?」
「ジャンク品でも技術があれば修理できる。そういうやつ向けにたまにいるんだ。」
まあどこにでも金になるものを探すやつはいるってことか。
金欲しさに無実の隣人を異端者密告するとか。
「そういうことなら俺たちの拠点によってくか?いくらか魔導兵器のスクラップはあったはずだから。」
「え?」
「?」
二人して不思議そうに顔見合わせる。
「いや、現地人なのに、話の理解が早いというか、普通警戒して追い出すだろ」
そういうと男は少し俯いて、言葉をもらした。
「まあ、いろいろあったしな。」
連れてこられたのは、建物の少ないなんだか閑散とした場所。
言われるまま階段を降りた先にあったのはスカイスチールの作る機械仕掛けとは全く違ったものがちらほらと置いてある。
特に気になったのは静かに佇んでいる石のついた四角い箱。
あれはイシュガルドになかった。
案内された先には、確かに色々な魔導兵器が山積みになってたり散らばってたりしている。
どのようなものを持って帰ればいいか、スローフィクスにもらったメモを取り出した。
男がメモを覗き込む。
「何でもかんでも部品を持って帰ればいいわけじゃなくて、資料として使えるものがついてなきゃだめなんだ」
「へえ、じゃあ一緒にえらんでやるよ」
男がスクラップの山に手を伸ばす。
「ところで」
なんで自分でもこんなことを言ったのかわからない。
「名前は」
聞けば男はしばらくこちらを凝視していた。
「いや、ここまでいろいろ親切にしてもらって、名前知らないのも失礼だろ。」
「…エオルゼア人って本当おかしいやつばっかだよな。ユルス。呼び捨てでいい。」
「そっか。じゃあこっちも名乗らないと。キール。呼び捨てでいいよ。」
「いかにも西方の名前だな」