守護天節の大捕物。霊5月31日。守護天節。聖人を讃えるこの祝日に、宗教国家、イシュガルドに例外はなく。この日は、貴族も、貧民も、戦神ハルオーネに祝うための小さな祭りをするのだ。
深くフードを被った男が、小柄の女性に声をかける。今日という守護天節を祝うため、どうでしょうか。
男が差し出したワイン瓶をみて、帽子を深く被った女は口元だけで笑う。
並々と瓶に詰まった深い赤ワイン。
随分と色が濃いですね。
その赤は、女の唇を引く紅より赤い。
男はケラリと笑う。
市場に出回らない熟成ものですから。女は男の詭弁を心中で嘲笑った。そんなわけはないと。
しかし、女は嘲笑った詭弁を、素敵と受け取り、酒瓶に手を伸ばす。
男の口元が弧を描く。
さあ、
促される。
ここは貧民の住む街、恥も外聞もなく、一気に飲み干せ。と。
女は心中吐き気を感じながらも、ならば私の自宅でどうですか、と誘いをかけた。
いいでしょう。男が乗る。
誘いに乗った男を女は先導する。
どこからどうみても、守護天節という祝日に道を踏み外すカップルのようだ。
しかし女は貧民街の人気のない場所へ男を誘いこんだ。
建物のない、狭い裏路地。
あの、男はうろたえた。
ここに家なんてないのだと。
そう口を開こうとしたとき、女がめんどくさそうに帽子を脱ぐ。
ふわりと、圧で揺れる髪。
男は固まった。
そこにいたのは貧相なワンピースをまとった、男。
なぜこうも、馬鹿は馬鹿らしくしか生きれないのでしょうね。
けらけら嘲笑う男の左手には酒瓶。
ゆらりと揺らし、波を描くそれは、深い赤。ひっ、と短く悲鳴をあげ逃げ出す男。
裏路地を逃げ出す男の視線の端に、白の法衣が見えた。
あらぁ?
法衣をまとった男は、ねっとりと粘着質な目線を投げかけ、笑う。
こんなとこでワイン片手に宴かしら、それとも、
愉快そうに笑う男は貧相なワンピースを着た男に目を移す。
次に出る言葉は、だいたいわかる。
男を黙らせる如く、左手に持っていた酒瓶を投げ、渡す。
受け取り、ラベルをみた男は、心底楽しそうに笑った。
これからが面白くなりそうねえ、と。
逃げ道を男、無残に塞がれた男には、命乞いをすることしかできない。
異端の証拠品は手に入った。あとはこれを元に流通経路を洗うだけ。
こんな簡素な女装に引っかかるあんたも哀れねえ。
自尊心を引っ掻くように揶揄する無惨に男は膝をついた。
その背後に未だ女装をとかぬ男が近寄り、首筋に刃を突き立て、下へ、背中を裂くように一直線にナイフを下ろした。
ぐちゃり。
内部から未だ羽化しない未完成の龍の肉が見えた。
人の皮脂、肉を暴かれた未完成の龍の肉は、ぶるりと震え、体外へ露出する。
無惨。
シャリベルが舌なめずりをした。
別にこの男を喜ばすためにやったわけではない。
鮮血を浴びた男は、忌々しく顔を歪めた。
人ならざる悲鳴をあげた男は、体外へ未完成の肉を露出させながら絶命した。
「お疲れサマ、アデルフェル卿」
はっきりとした声で名前を呼ばれ、アデルフェルはまた顔を歪めた。
「あとはあなたたちの役目ですよ」
放り投げたナイフが、乾いた音を立てて石畳に転がる。
守護天節。
聖人を讃えるこの祝日に浮き足立ったものを狙い、龍の血を飲ませ、異端者へと仕立て上げる。
イシュガルドの外では、ガウッなどと言いお祭り騒ぎをしているが、これがこの宗教国家の礼節、と言えばいいのだろうか。
道を塞ぐ異端者の死体を蹴り飛ばし、路地裏から出ようとするアデルフェルにシャリベルが声をかけた。
そうそう、「まだ羽化してないと言っても竜は竜ヨ」
竜の血を浴びたものはその力に取り憑かれ、同胞へと変化する。
それはまだ蛹の中で体を作る竜も同じで、完全なる竜より力は弱いが、影響はある。
血を流せ、そういうことだろう。
わかってますよ。
そう、一言言い残す。
男が握っていた酒瓶は、ワイン、ではなく、竜の血。
そのワインに見せかけた竜の血の経路を洗い、また一つ異端者を潰したのは、別の話になるが。
それが一年前。
ほら、と差し出された黒いココアケーキ。
銀の細工が施されたナイフで切れ目を入れれば、ばらりとカラフルな糖衣のチョコレートが溢れ出る。
ジャンルヌ特製のそれをみて、つい、一年前の騒ぎを思い出したのだ。
背中から溢れ出る、未完成の肉と、チョコレート。
なかなか手をつけないアデルフェルに、ジャンルヌは首をかしげた。
嫌いだったか?
黒いココアスポンジに詰まったマーブルチョコレートのケーキは、エオルゼアではないどこかの国のケーキだという。
いえ、それを口に含んで咀嚼する。
マーブルチョコレートが口に絡みついてきた。
ただ一年前の守護天節を思い出しただけです。
一年前、
その単語を聞いてジャンルヌはああ、と頷いた。
守護天節に浮き足立つ平民を狙った異端者の計画。
血まみれのまま帰ってきた相棒をみたジャンルヌはひどく驚いていた。
まだ形をなさない肉が宿主の蛹から崩れ落ちる様とか。
と、顔色を変えずにいえば、げっと短く声を出す。
そんなグロテスクなこと言わないでくれ。
顔面でいやいやと手を振るジャンルヌに、アデルフェルは、笑った。
まあ、少々アンタには刺激が強すぎましたかね。そしてまた一口。
だからと言って、不味くなることなんて、ないんですけど。
がりりと舌に絡みつくチョコレートを噛み砕いた。
竜の肉は、硬いのか。
あれはまだ、羽化をしていない。
きっと柔らかい。
そんな非現実なことを考えながら、ケーキを砕いて、飲み込んだ。