祈る意味を神嫌う君に話そう神に縋り。
神に祈り。
神に乞う。
それは、人類が不完全なものだからこそ。
大いなる旧き神秘に恐怖を、不安を、己の未熟さを託すのである。
その一切を全て人の手に掌握し。神の奇跡も人が起こし得たることだと証明した時代があった。
アラグ帝国。
自然界には存在しない人工生命。
最強の生物兵器キメラ。
人の手を介さないアンドロイド。
神の奇跡といわれた命を人の手によって生み出すクローン。
凡そ全て人の手で成せることは成す世界において。
神というのは旧き神秘ではなく、古き神秘という遺物になった。
時代にふさわしくない、ただの偶像崇拝。
有体に言ってしまえば、妄想というくだらない枠に収まってしまう。
兵が足りなければ生めばいい。
兵器がなければ作ればいい。
腕を無くしたなら作ってつければ元通り。
神の奇跡は人の成し得る程度のとても陳腐なものになった。
神なき世界。
己こそが神たり得る者。
アラグでは我々が神を自称するなど珍しいものではなかった。
そうでしょう?
祈る神が存在するなら。
なぜわたしのだいじなひとをつれていくの?
神の奇跡を人の成せる奇跡として生み出した罪として、神がそうするなら。
私はあくまでも抗いましょう。貴方が飽きてしまうまで。
そうして神に対して唾を吐くことが、私にとっての叛逆になるのだから。
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。
盛者必衰。
それは人が如何様な奇跡を会得しようとも。
滅びはだけは避けられぬ。
アラグの滅びが、叛逆へ対する罰というなら。
神を蔑ろにした怒りというならば。
私はその事実だけでよかった。
ざまあみろ。
栄華を誇り。
神を自称し。
数々の奇跡を成し得たアラグは神の怒りに触れ、滅亡という道を辿るしかなかったのです。
それから時代は何巡したか。
再びこの世界に降り立った時、人々は熱心に時代遅れの妄想を崇拝していた。
反吐が出る。
気持ち悪い。
嫌気がさす。
あっ、と止める声も聞かずにそれを掴んで床に叩きつけた。
安価な鉄屑で作られたありふれたそれは、硬質の床にぶつかり、首が取れた。
あーあーと、それの持ち主であるキールは怒ることなく呟いた。
このくらいのものだったら普段もらっている報酬で買い直せる。
しかしその場合、あの忌々しい本国まで行かねばならぬ。
「なくてもいいでしょう、そんなもの」
拾い上げようとしたそれを穢らわしいもののように踏み、蹴飛ばす。
胴体と首の離れたハルオーネ像は床の上を滑って、家具の縁にあたった。
「なくてもいいでしょう」
しゃがんでいた人と、目が合う。
神を見下した視線と交わるのは、諦めでも怒りでも脅えでもない。
癇癪を起こした子供を咎める目。
そういうとこも含めて、ファダニエルには面白くなかった。
キール・ブライムという哀れで脆弱な人間は。
「そんなくだらないものを崇拝するなら、私を崇拝すればいい」
神の気まぐれな奇跡より。
人がなす確実な偉業の方が祈りがいがあるでしょう。
素性を大して知らず、一方的に懐いてるこのおとこは。
たまこうして子供みたいなことをする。
奇跡を期待して祈ったことはない。
いや、1回だけ、アンダリムのテストで成績上位に入りますようにと、そういう奇跡は願ったが。
結局自分の努力次第で順位が変動するそれを、絶対的な奇跡として望んだ記憶はない。
とりあえず真っ二つに割れたハルオーネ像を拾い上げて、テーブルの上に置いた。
壊した本人は罰の悪そうな顔もせずにずっとこちらを見ていた。
黒曜石のように沈んだ鋭い目。
怒ることも呆れることもしないのは、できないからじゃなくて、そうしても無駄だとわかっているからだ。
「祈って、縋って、結局カミサマは何を叶えてくれるんですか?カミサマがいたら熱心に信仰を捧げている貴方が、目の前で売られた善良な市民、同僚、親戚、顔見知りが貴方に手を伸ばしながら燃えて死んでいくなんてものを見なくてすんだのに」
前職の事情を話した覚えはないのに。
なぜか知っている事実を話し出す。
脳裏にこびりついた叫びと呻きと、命乞い。
自己満足だ。
そう自分の中で囁かれ、頭を振った。
「妄想を熱心に崇拝するのはやめてください。幸せになりたいなら、私が貴方を幸せにします」
幸せになるための祈り。
自分が満たされるための祈り。
祈りが全てそうではないと言い切れないが。
「違う。きっとそうじゃないんだ。」
生まれてきてからずっと続けてきた祈りは、時には幸せになりたいという意味もあったかもしれない。
誰かが石を積みはじたように。
誰かが黄泉の道すがらに草履をぶら下げたように。
作られて行くんだ。
祈りは。
誰のために、何のために。
それは、人が作っていかなきゃならないんだ。
「うまく言えないけど、」
そう言葉を切ると、ファダニエルはフゥン、と一つ言葉を漏らして消えた。
1人になった部屋で、とりあえず首の取れたハルオーネ像を上質な布に包んで箱に入れる。
嗚呼、明日イシュガルドに1度帰らねば。
直せるものなら直したい。
直らないなら、聖堂で然るべき処分をした後で買わねばならない。
戦争が終わっても、自分の都合の悪いことはなかったことにする隠蔽体質のクソ国家。と、唾を吐いて出ていっただけに、イシュガルドにもう1度帰るのはやりづらい。
とりあえず、壊れた像のことは明日どうにかしようと、手に持った箱は戸棚の引き出しに入れた。
翌朝。
壊れたはずのハルオーネ像が片隅の祭壇に昨日のままと変わらずに立っていた。
首と胴体もくっついている。まるで昨日首が落ちたことが嘘みたいに。
「どーですかぁ?」
後ろから声がして振り向く。
像を叩きつけて壊した本人がソファに座り、勝手に紅茶を入れて飲んでいた。
「こんな田舎の開拓都市で定職につけない哀れな貴方のために直してあげましたぁ。もうそれは綺麗さーっぱり」
悪びれた様子を感じないとこを見ると、反省して直したわけではなく、気まぐれなのだろう。
「…ありがとう」
「もっーと泣いて喜んでいいんですよ?」
ニンマリと満足そうに笑う顔を見て、それはやめておきたい。と小さく返す。
「とは言って見たんですけど。貴方の答えに興味がでました。」
「?」
わからないという顔で見ていると、ファダニエルは言葉を続けた。
「神に祈る意味です。幸せになるためではなく、奇跡を願うこともなく、貴方は祈る。その答えに興味がでました。」
「…」
「蟻のように力なく、ミジンコのように小さい新人類は、果たして何を祈るのか。」
ちらりと綺麗さっぱり直ったハルオーネ像を一瞥する。
「答えようによっては次は貴方に神のバチが当たるレベルまであれを粉々にしますので」
精々、愚かで脆弱な新人類らしく、正しい答えを私に出してください。