猿芝居という必須スキル先日。
また1人、処分した。
もちろん自分ではないのだが。
相手は宝杖通りにたまにくる宝石の叩き売りだった。
正規の店より多少安価な平民向けの宝石は、ただのガラス玉。ではなく、貴族には見向きもされにくい余知られぬ本物だった。
何度見ただろうか。
こうやって人が死んでいくのを。
人が人に正義をふるい。
そうやって国を自浄していくのを。
異端者。
邪竜に騙されし売国奴。
そんな売国奴は最初から悪人じゃなくて。
ただブランドに埋もれていた輝ける価値あるものをガワしかみないお貴族様にコケにされたことに対する劣等感だった。
once upon a time.
そんなありきたりな始まりで話す物語。
昔々あるところに。
勇敢なる村の男がいました。
村の男は畑を荒らす悪いドラゴンを退治するために山を登りました。
1日、2日、3日…。
待てども男は帰ってきません。
村の人たちは男が蛮勇の死を成し遂げたと思い込んでいました。
しかし、なんということ!
一年後になって、男は山から降りてきたのです。
村の人たちは男の帰還を喜び、宴を開きました。
めでたしめでたし。
「翌日村は滅んでしまいました。」
男が退治したはずの邪竜は、倒されず。
邪竜は男を喰らい。
村の人を喰らわばんと、男に化けて山を降りたのです。
この話が実話かどうかはわからない。
だって昔からそう言う男は存在したし、この話が生まれるちょっと前にそんなことがあった報告書を見たことがある。
邪竜からこぼれ落ちた袋。
「こんなガラクタを売り払うだなんて、売国奴はやはり売国奴か」
息の根を止めた神殿騎士が見下すように呟いた。
間違いなく、その袋から転がる光は、ガラス玉でも、模造でもなく。
間違いなく本物だった。
名前を知られないだけの哀れな本物。
「おい、そこの小間使い。しっかり書いとけよ。異端尋問局はたまに虚偽をあげるから信用できねえ。」
「ご心配なく。こちらは少しでも経歴に瑕疵がついたら取り返しのつかないか弱い身分なので」
もうこんなやり取りも、慣れた。
上司不在で、人員が足りないと駆り出される大捕物というのは今までを見てもあまり珍しくない。
餅は餅屋。
異端者は異端尋問局。
まあそう言う理由だった。
客観的な報告書を書き上げ、最後に一文を書くのを、やめた。
異端者はどんな理由であれども売国奴で無ければならない。
情けはあってならない。
きっかけが、名前の知られぬ本物を贋作扱いされたことに対する劣等感で。
宝杖通りで叩き売りをして宝石の説明をしている男は、売国奴に見えぬほど生きがいに満ちていた。など。
邪竜に騙された売国奴は。
金にもならぬ石ころを平民に売り付け暴利を得ていた根っからの悪人である。
了。
報告完了の印を恨みを込めるように押し付けた。
「クソがぁ…」
こんな理不尽なんて日常茶飯事。
このクソみたいなイシュガルドの常識を抜けるには今世を諦めるしか道はない。
「自死するなら、手伝ってあげてもいいわヨ?」
「そんなこと言いました?」
部下が苦労して報告書を書き上げているのを手伝うそぶりすら見せずに紅茶を飲んでいた上司がにんまりと笑った。
「そーゆー顔。今すぐ死にたい。アタシに任せなさい。事故死で楽にイかせてあげる」
「今まで何故か知らないけど気がついたら行方不明になった人のリストに名前入りしたくないんで。死ぬならあなたが見えないとこで死んでやりますよ。」
「なにそれ、つまんなーイ」
けらっと笑ってまた紅茶のカップに口をつけた。
上司の詳しい経歴は、知る人は少ない。ただ、異端尋問官の間ではよく思われてないようで、雲霧街の孤児という情報しか回ってこない。
虚偽の、デマ。も考えたが、雲霧街に大捕物をしに行った時の、顔を見たあの住人の怯えよう。
デマという選択肢は、消えた。
それがどういう経緯があったが知らないが、ルジャニックという大層な爵位をもらっている。
以前、苗字についてちょっと話題に出したら「そんなに聞きたいノ?アタシの涙なしに語れない波瀾万丈の人生」なんて楽しそうにいうもんだから、真夜中暇を持て余した同期たちの一千一夜物語より長く、そして恐ろしいものになるので丁重にお断りした。
その時に、つまらないほどの正解をだすのねアナタなんて言われたのだけれども。
雲霧街の作法も知らぬ孤児。
今の上司を見ていると何がどう慣ればそういうふうに言われるかわからない。
退屈しのぎに部下が苦心しているのを肴にするティータイムも。
その所作が到底作法を知らぬようには見えない。
昔々。
ありきたりな始まりで語られる物語が、頭をよぎった。
昔々、村に勇敢な男がいました。
椅子から立ち上がり、近づく。
「あまりにもありきたりでした。」
男は村の畑を荒らす邪竜を退治しに。
「勇敢なる村の男が、邪竜の討伐にいきます。」
山を登り、帰りませんでした。
「男は帰らず、」
1年後になって男は山を降りてきました。
「人が、死んだのかと思った矢先に、生還しました。」
村の人々は喜び宴を開いて。
「喜び、男を英雄と呼んで迎え入れた村は、翌日、村人全員が喰われ、滅ぶ」
帰ってきた男は、邪竜が村の人を喰らうために変装していた。
多分これは不敬だ。
叛逆だ。
一般人でもわかる。
事故の自死の現場がここにあると。
「あなたは、」
上司はつまらなさそうな顔をして、カップをソーサーに置いて、立ち上がる。
「あーあ、アナタって前からつまらない正解ばっか引いちゃって。今回は最高につまんナァイ」
あ、やばい。
意識的に不敬を、罪を、叛逆を働いたのではない。
悪徳を告発したかったわけじゃない。
死ぬ。
目の前に立たれて、初めてエレゼン族の威圧を感じた。
上司が、無表情で片手を振り上げて。
突然顔を鷲掴みにされたので間抜けな声が出た。
「ハァイ、これで満足?」
竜が人を食べるように顔を鷲掴みにした手は遠ざかっていく。
「ちょっと顔の部品ズレちゃったかもネ」
「…」
とんだ不敬による事故死はどうやら免れたらしい。
「今回はイエローカード扱いにしてあげる。アタシって優しいワァ」
数日後。
異端者というのは平民、下層民というもたざる者の闇をつくだけではなく、富と名誉を持つ者にも存在するらしい。
理由は大体自分が尊敬されないことへの傲慢さ。
異端尋問官の制服より気なれない執事服は姿勢を正すように少しきつかった。
上流階層の異端者を誘き出すパーティは、それだと気付かれないようにうまく偽装するもの。
まずは四大名家の一角、ゼーメル家の御子息のグリノー・ド・ゼーメル。
そして芸術名家のシェヴロダン家からアデルフェル・ド・シェヴロダン。
なるほど。
四大名家と社交会の花。
ますます本物に近い。
小間使い。
つまり使い勝手のいい執事として上司の隣に立っている。
相変わらず、その所作はあの日のままで。
雲霧街の卑しい孤児などと、誰が話しても信じないだろう。
人を騙す詭弁には興味がないので、上司がどう異端者を処理してやろうかと画策しながら話す会話はあまり頭に入ってこず。
たまに暇を持て余すように会場内に視線をうつす。
ほうと、顔を火照らし、上司をちらちらとみる女性が目にはいる。
「嗚呼、さすがシャリベル様…残忍なほどに美しいその所作…」
そういう会話が耳に入り、嗚呼。と思う。
昔々。
ありきたりな寝物語。
邪竜が人を食うために、人に化ける話。
そのあと盛大な夜会の裏で、異端者はひっそり処分された。
「あいつらが!四大名家以外は貴族ですらないと嗤うから!」
いい加減、竜の話す言葉を理解できるようなっている気がする。異端者限定だけど。
そして報告書には、恵まれた身でありながら、自分より富あるものを妬み、異端者になったと。
そういう飾り付けがされるのだろう。
「アタシはね」
目的は達成されても夜会の予定はまだ終わらない。
「たしかに雲霧街の何ももたないガキだった。貴族どもが、平民が憎かった。」
喧騒が遠ざかる。
「貴族、平民が食べれるものを食べられる中。アタシたちにあたえられるのは残飯やネズミ、死にかけの虫だけ。そのときから思ったのヨ。どんな手を使っても上に行って、あいつらを食い殺してやる。」
「はあ」
「だからこの間アンタの話は間違ってなかったわネ。昔だったら殺してたワ。」
上流階層を喰らい尽くすために身につけた猿芝居。
それは誰もが偽物だと思わなくて。
現に本物だと信じている哀れな淑女がいた。
ふ、と自嘲気味に笑ったあと、品定めするように上から下にじろじろとみられる。
「馬子にも衣装。でも貴族の小間使いやるなら愛想笑いは覚えなサァイ」
「それ絶対に合格点出ないやつですよね」
once upon a time.
昔々のありきたりな出だしの寝物語。
きっとこれも。
よくある誰かの。
夢見る童話。