断じて元彼の話ではない。あの国は陰湿な隠蔽体質だ。
所謂、臭いものには蓋をせよ。
そう言われると、何も言い返せない自分が辛かった。
今回のこともそうだろう。
もし双蛇に、真実の歴史というものが書かれた書物が渡れば、確実に秘密裏に処理されていただろう。
黒衣森に建てられた都市、グリダニア。
森の恵みを享受しながら生きる人々に。
誰も彼もが、この国の陰湿な隠蔽体質を全く気づくことがないだろう。
道端の小競り合いも、長年グリダニアに住まうものとしては見慣れたもの。
黒衣森の中に都市を建てる。
その時点で我々は森に対して大きな犠牲を迫った。
森を切り開く事
それに反対する先住民の迫害。
歴史は、過去である。
故に、ひっくり返すことはできない。
旧市街の裏道で、幼子が少年に囲まれている。
カツアゲ。表向きは牧歌的に見えるこの都市も、裏を返せば偏見と差別の日々。
エオルゼアの原住民であるエレゼン、フォレスター種。彼らは、のちの時代に移動してきたヒューランとうまく融合し、共存しながら生活してきた。
しかし、森の奥深く暮らしてきたシェーダー種は違う。
彼らは最後までグリダニア開発に反対し、ヒューラン、フォレスターに対し牙をたてた。
その歴史もあり、フォレスター種はシェーダー種を、シェーダー種はグリダニア開発に携わってきたヒューラン共々忌み嫌っている。
故に、言いがかりをつけ、シェーダー種をフォレスター種がいじめるのは、グリダニアではよくある光景である。
「……」
手を伸ばし、駆け出そうとした、体を止めた。
双蛇党軍規則第四。
グリダニア内における差別からくるいざこざには一切手を出すなかれ。
双蛇党がシェーダー、フォレスター、ヒューランの中立を表立ってうたっているだけに。差別からくる問題に手を貸すのは禁忌である。
そういうことだろう。
臭いものには蓋をせよ。
国なんてそんな汚いもので。
みんながみんな、綺麗なもので着飾っている。
それでも、
それでもここで生きると決めたから。
それを豪語したのはいつの日のことだったか。
国なんてそんな汚いもので。
綺麗を言わないと形を保っていられなくて。
それでも、ここで生きてやる、と。
半ば、意地に近かったのかもしれない。
ヒューランでも、侵略者でもない。
グリダニア人として。
子供のわがままのような理論を、嘲笑うことなく笑い飛ばし、ならばやってみろと挑発した人の顔は。
ざり、と、歩いていた足を止めた。
切り立った崖の上。アルダースプリングス。
ひゅお、と、崖下からの風の声で現実にかえる。
どうされました?
人質を捉えた本人であるヌールヴァルは、心配そうな声で人質、サンソンに呼びかけた。
今この瞬間の声色、表情。
全てがあの出会って間もないころのままで。
いや、と、かつてのような返しをしてしまった。
双蛇党入りを目指すために飛び込んだ槍ギルド。
その先で出会ったシェーダーの男は、常に自分を侵略者と呼んだ。
ヒューランとともに森を切り開き、彼ら、シェーダーの住処を奪い続けたフォレスターを狗と皮肉って呼ぶ中、ヒューランは、侵略者とも呼ばれる。
最初は、人の顔を見ておいてそれはない、と、随分反発して、最終的にはギルドマスターに本気にするな、と、怒られていた。
「フールク」
そう呟いた言葉は、随分昔のように思えた。
槍ギルドをでて、双蛇党入りした後は、何者かに口を塞がれたように忘れてしまった名前。
風のうわさでは、知らぬうちにギルドを出ていってしまったとか、なんとか。
その後の消息は、全く知らない。
何者かに口を塞がれ。
何者かに記憶を書き換えられたように、今のいままで、全く思い出せなかった顔。
侵略者ではない。
ミッドランダーでもない。
俺は、
グリダニア人だ。
だから、お前があくまでも人種のことを言うなら。
そうやって、卑下をするなら。
シェーダーではなく、グリダニア人として生きろ。胸を張れ。
その理論は、子供の癇癪に似ていたかもしれない。
事実、その時の俺は、まだまだ子供だった。
何故。今になって。
何故。今ここで。
崖下からの強い風が、髪を撫でる。
ぐい、と、後ろにある髪の束を引かれる懐かしい感覚。
後ろを向いても、自分を監視するだけのヌールヴァルの部下がいて。
呼び止められるときは、必ず髪を引っ張られた。
あいつは。
生きてるだろうか。
不謙遜に笑うその顔。
お前は。
道を外さずに生きているか。
崖下の風が舞い、名前を呼ばれた気がした。
慣れ親しんだ、ギドゥロの声ではない。
遠い記憶に閉じ込めた、人の。
「助かった。本当にすまない。俺が完全に油断したせいで」
ギドゥロに後ろ手に縛られてる縄を解かれてる最中、チーム最強であるその人に礼を言うと、その人は当たり前のことをしたまでだから、と笑った。
さて、今までの一件を報告しようと、グリダニアへ向かい、フォールゴウドへ足を進めようとした時だった。
崖下の風が、鳴いた。
耳にまとわりつき、名前を。
あの見下したような声で。
「フールク!」
「サンソン!?おい、くそっ!」
踵を返し、切り立った崖へ駆け出すサンソンの腕をギドゥロは掴もうとするが、するりとすり抜けてしまう。
おい、と、激しい怒号と砂利を踏む音が聞こえたのは同時だった。
嗚呼。
勢いよく腕を引かれ、我に返る。
崖下の暗闇が、大きく口を開けていた。
呆然と腕を掴まれたまま立ち尽くしていると、チーム最強の彼人が、彼は死んだのだと、バツの悪そうな顔で伝えた。
死んだ?
フールクが。
双蛇にでも裁かれたか、あるいは魔物にやられたか。
崖下を睨みながら考えていると、さらにこう付け足した。
ここから、足を滑らした。
彼人はフールクとここで槍を交えたという。
その最中だったという。
足を滑らせ、背後から滑落したと。
「そうか」
サンソンは彼人を見ることなく、そう呟いた。
もし、ここがフールクの死んだ場所で。
今までのことが自分を死に誘うことだとしたら。
お前は、そんなやつだったのか、と。
数日後。
一人でまたここへきてしまった。
誘われたのではなく、自発的に。
こんなことを知ったら、ギドゥロは、また何か言いたげな顔をするに違いない。
けれども、居ても立っても居られなかった。
グリダニア人として生きろ。
投げかけた言葉は自分にも言い聞かせる言葉だった。
なあ、俺は、お前が嫌ってたグリダニアの軍人になった。
今の地位に行くまで、そりゃ血の滲む努力とか偏見とかあった。
実力で出世する中、置いていかれた同僚にヒューランが。という目でも見られた。
でも、偶然上司が優しくて。
いまは、吟遊詩人部隊っていう部隊も立ち上げてさ。
アラミゴ解放で戦った。
語りかける言葉に、返るのは風の音だけ。
きっとお前は、まだ生きたかった。
死にたくなかった。だから、引き込もうとしたんだろう。
一人で死ぬのは、誰だって寂しい。
「でも、悪いな。俺は、死ぬに死ねない」
地位が。
名誉が。
そんなことじゃない。
薄情だと、怒るか?
でも、俺には生きる理由ができた。
だからさ、俺がもらった命が尽きるまで、待っててくれないか。
右手に持っていたニメーヤリリーの花束を、投げ込んだ。
一緒に死ぬことはできない。
けれども。
一緒に話すことはできるだろう。
それで、許してくれないか。
吸い込まれて行く、白い花束を見送った。
耳につくようにざわついた風の音は、止んでいた。
「サンソン!」
呼ばれて、振り返る。
「ギドゥロ…」
「お前、またこんなとこ来て、前にしにかけたのわかってんのか!」
「すまない、しかし、友人の弔いだけはしたいと、」
また、何かいいよどむ顔をする。
これじゃあいつもと逆だな。と、ふっと笑い声が漏れてしまった。
「………」
「いや、なんでもない。行こう」
ごく自然に、ギドゥロの手を取り、引く。
そう、これが、俺の生きる理由。
もう少し。
まだあと、もう少し。
エレゼンからしたらヒューランの寿命なんて、灯火のようなものだろう。
だから、その灯火が消えるまでの間。
その時は、またあの日のように、語り合おうか。
同じギルドで技を磨いた、グリダニア人として。