メデューサ封印シーンより「僕に聞かせて良い話じゃないよね?!」
音量を抑えた、悲痛な叫びが上がった。帽子を乱して白い髪を掴み、澄んだ目を大きく見開き、唇をわななかせて。
彼が北米から運んできた、動作保証済みのメデューサを、封印した直後のことである。ちょっと”軽い話”なんかも済ませて、それぞれ持ち場に戻ろうかと、踵を返さんとするところである。
どういうわけか絶望に打ちひしがれている羽京に、千空と龍水は首を傾げた。
「いや?」「別に?」
「大っぴらにしたくないって言った傍から! 良くないんだよ!」
羽京は髪を搔きむしる。説教を受けている側の二人は、お気に入りの帽子が今にも落っこちそうだ、などと呑気な心配を寄せる。
大っぴらにしたくない話を、羽京の目の前で、軽く交わした。千空と龍水だけのキャッチボールだった。羽京が気に病むのは、ちょっとした疎外感、などではなくて――。
「何だってそんなに、僕を信用してしまうんだ。僕、何かした? そんなに開けっ広げに扱われるようなこと、何かした? してないよ!!」
龍水は、面白い細工物を眺めるような気分で、改めて羽京を観察する。
己を信用するなと怒る男。自分に対して開いた胸襟を、閉めろと責める男。
彼と深い付き合いがあったかと問われれば、それはNOだ。フランソワほどには言うに及ばず。千空ほど共闘を重ねた訳でもなく。ゲンほどに丸め込まれてきたのでもなく。司ほどに圧倒的なのでもなく。
だが誠実な働きぶりを知っている。
「むしろ、貴様を信用しない理由とは何だ?」
「逆に教えて欲しいわ」
拝聴の準備、と言わんばかりに、千空は耳をほじる。そら語れ、時間割いて聞いてやんよ、と仕草で煽る。
リリアンに成りすます謀略を見抜いたうえで、たったの電話一本で、科学王国に寝返った男。
その野心は、「誰も死なないこと」などという善性溢れた目標に向けられて。この人間に裏があるとして、どこまでめくっても、そこにあるのは良心だ。
一筋縄ではいかない問題児達に真っ直ぐなものを向けられて、羽京は視界を手で覆った。
「メデューサを僕に運ばせるところから、そもそもおかしいんだよ……。オーストラリアから北米まで、今の船なら大した距離でもないんだから、龍水が往復すれば良かったんだ。それを横着して、僕に運ばせて。僕がこの場に居なければ、そもそも聞いてしまうことなんか無いんだから。例えどんなに耳が良くたって!」
「時間の問題だろ。テメーにはわざわざ話そうとは思ってねーが、隠そうとも思ってねーんだよ」
「それが! おかしい!」
腹の底から絞り出すような指摘に、涙声が僅かに混じった。
顔を覆ったままの手。直視したくないものを遮るかのようなそれは、問いかけを鈍くくぐもらす。
「人を死なせたくない、僕が、不死と聞いて、何か考えるとは、思わないのか」
「だからだ」
千空は目元で笑う。
「有効活用の芽は摘まねえ」
「貴様は絶対に、悪用はしないだろうからな」
龍水は犬歯を覗かせて笑む。
不遜な、いずれ月で永久の眠りにつく二人から、哀れな仲間に祝福が贈られた。
倫理の地獄に、落ちろ。