人間だった石像だった人 そこらに転がっている、人の形をした石が、「人間」なのだと、海の向こうから来た同胞が言った。
へえ、と思った。
へえ、そんなこと、百物語で聞いたような気もするな。
私にとってはそれだけのことだった。
常夏の島の片隅で、慎ましく暮らしていた私には、頭首様達が使う「石化光線」とかいう代物は、とてもとても想像が及ばない領域で。
私や、私の家族や、島全ての人が、いちどその武器の炸裂に巻き込まれているらしいのだけど、私にはよく分からない。一瞬、意識を失ったらしいことは、実感しているのだけれど、私が息を吹き返したときには、もう皆元気になっていたもの。
私の蘇生優先度はかなり低かったので、人が石になるところも、石が人になるところも、目撃していないのだ。
海の向こうから来た同胞達は、私達の頭首様を討ち倒した。
海の向こうの、そして私達の新しい王国のリーダーも、人の形をした石だったのだという。
まあ、彼の出自なんてどうでもいいさ。皆を善く率いているのだから。それでいい。どうでもいいさ。
海の向こうから同胞を連れてきた、大きな大きな科学の船を見たとき、へえ、と思った。
私の知っている「舟」とは、まるで形が違う。あれも、ふね、なのだという。
海に浮かんで、人や物を乗せて、移動ができる。なるほど、それらができる道具は、ふね、と呼ぶだろう。
ヤシの木を繰り抜いていなくても、葦を編んでいなくても、同じ機能があるならば、ふね。
へえ、そうか。
世界って、そういう名付け方をするものなのか。
科学王国のリーダー達が建てた「電波塔」とかいうものを見たとき、へえ、と思った。
私達の技術だけでは、あんなに高い塔は維持できない。一度の嵐でおしまいだ。
電波塔の真髄は、高さそのものではなくて、電波、というものにあるらしいけれど、科学王国の説明は、私にはさっぱり分からなかった。
ただ、へえ、と。
そう言うしかないじゃない。
島に知らない人達が増えていく。
海の向こうから来た同胞だけではない。島の土中や海中に埋まっていた石像が、続々と、人間に戻っているらしい。
彼等の多くは、本土へ渡っていく。島に住みきれる人数ではないし、本土には多くの仕事があるとかで。それでも、中には、島に留まって島の為に働く人も居る。
知らない人達が増えていく。
また、本土の人が、時々、色んなお土産を持って訪れる。「本土の人」というのは、同胞だけではなく、石像から蘇った人達も多い。
本土から来た「石像だった人達」は、世にも奇妙な「昔話」をする。
3700年前には、手の平くらいの大きさの箱に、前頭首と現リーダー様が争ったのと同じくらいの、物凄い冒険が詰まっていて、誰もがそれを経験したのだという。
最初、私は担がれているのだと思って、そんなのさすがに信じないよ、とあしらった。
そんな大昔のこと、想像もつかない。証拠なんか一つも残っていない。ただ彼等が口裏を合わせているだけだろう。
3700年前の世界の姿も信じ難いし、そもそも、3700年前の人間だ、というのだって、信じ難い。
私達の王国のリーダーも、3700年前の人間だというけれど、私にはよく分からない。私にはどうでも良いことだ。
ただ、へえ、と受け入れる。
大きな大きな船という存在のように。電波塔の電波のように。
分からないものを分からないまま、受け入れる。
私達の王国のリーダーも、「石像だった人達」も、善き仲間だから。私にはそれでいい。
けれどいつしか、世にも奇妙な昔話が、最新の科学として、私の目の前に現れ始める。
物凄い速度で大洋を渡る、ジェットエンジン、とか。小さな箱の中で延々と戦う、ゲーム、とか。
「石像だった人達」は泣きながら喜ぶ。数多の人が全く同じに喜ぶ。懐かしい、これが見たかった、また遊べて嬉しい、と言う。
まるで、過去に同じ物に触れていたみたいに。
まるで、過去の世界が蘇ったかのように。
まるで、3700年前に生きていたみたいに。
まるで、昔にも人間だったみたいに。
私は目の前の「石像だった人」に尋ねてしまった。
「あなた、人間だったの?」