萍水相逢う:前編 (へいすいあいあう)・注意書き
「崩壊:スターレイル」の二次創作
R15(主に倫理面において)
ヤリーロⅥ以後、オリジナル惑星での冒険
V2.26時点の瞬間風速の記録
女主人公(星)壊滅の道
CP無し
オリジナルキャラ(モブ)あり
捏造多し
いくつかの用語の解釈が間違っているかもしれない
四肢欠損
文字化けによる表現
転載禁止
翻訳禁止
保存禁止
開拓の使命を宿した列車が、次の冒険を始めようとしている。欠けた路線図を頼りに、古の軌道を蘇らせようとしている。
1匹の車掌が、5人の乗員を連れて、星の記(しるし)を辿っていく。
『この星にさようならを言うのじゃぞ』
『5――4――3――2――1――』
車掌のアナウンスが響く。星は金の瞳に瞼を下ろして、星穹列車の跳躍に備えた。”異なる世界”を渡り往くための次元跳躍では、急停止とも急発進ともつかない、不思議な浮遊感に襲われる。
星はゆっくりと開眼する。金の瞳が車窓を映し、その向こうに広がる宇宙を映し、車前を横切ろうとする小さな惑星を映す。その惑星は、目を惹くほどの深い青を湛えて、僅かに傾いた自転軸でゆっくりと回転していた。
星は十代後半の女性である。外見上はそのようであり、自認の上でもそうである。訳あって歳相応の人生経験を失ってしまい、見るもの全てが新しい。それでなくとも、こんなに美しい惑星は、なかなか無いのではなかろうか。
「わあ、綺麗ー!」
星と同じ車両で、跳躍の浮遊感に抗うチャレンジをしていた三月なのかは、歓声を上げて、カメラのレンズを覗き込んだ。
彼女は星にとって開拓者の先達である。正義感に溢れ、冒険心に忠実で、好奇心は旺盛、率直な物言い、振る舞いは軽率、そして美少女。
また、彼女は星にとって、記憶喪失という経験の先達でもある。目に飛び込んだものをすぐさま受け止めて、自分のものにしていこうという姿勢は、記憶喪失の少女として、在るべき一つの形である。
さらに、彼女は星にとって、歳の近い同性の友人である。お互いに記憶喪失であるから、本当に歳が近いのかは分からないし、もしかしたら、同性ではないのかもしれないが、ともあれ、友人である。友人が楽し気にしている姿は良いものだ。
「姫子、あれが次の目的地?」
星は向かいのソファーに歩いていって、そこに腰掛ける女性に尋ねた。彼女は乗員のリーダー、星穹列車の最高責任者である。優雅にコーヒーを嗜む姿は、知的で高貴な女性の象徴のようである。
姫子は、コーヒーカップをソーサーに戻しながら、答えた。
「いいえ、ただの通過駅よ。星穹列車の記録には、あの惑星は存在しないわ」
「存在しない? なのかのカメラには、写っているようだけど。幻なら、カメラには写らないはずだよね」
「もちろん、ちゃんと質量を持った惑星よ。初対面というだけ。あの惑星と、星穹列車の軌道が交わるのは、数十億年に一度のことなの。随分前にカンパニーが撤退して、ヘルタもあの星の資源には興味が無いみたい。入手できる記録も見つかっていないわ」
ヘルタ。気分屋の天才と、奇物収集を目的とする同名の宇宙船。彼女らに「価値無し」と判断された僻地の惑星。開拓者にとっても、そう、だろうか?
星は期待の眼差しを姫子に送った。知的で、高貴で、優雅で、最高責任者の立場に相応しい姫子という人物は、開拓の道を歩む旅人でもあるのだ。青く美しい惑星を見て、そこに降り立ちたいという野心を抱かないようなつまらない性分では、断じて、ない。
「丹恒がデータを取っている筈だわ。まずは計測上の情報を見て、決めましょう」
姫子は悪戯っぽく微笑んでいる。星は確信した。大きな問題が無ければ、ちょっと観光するくらいはできるだろう。
なのかが青い惑星を背景に自撮りを楽しんでいる。データが揃うまでの暇潰しに、丁度良さそうだ。
「なの、私も入れて」
丹恒は優秀な男である。写真を何枚か撮るうちに、データ収集の仕事を終えて、姫子の前に現れるだろう。そうしてそのまま、星となのかの護衛として引っ張り出されるのだ。実にスマート。
スマホが着信を知らせた。「星穹列車♡ファミリー」と題されたグループチャットに、丹恒からのメッセージが届いている。
『資料室に集まってくれ』
スマートな状況では無くなったようだ。……開拓の旅は、こうでなくてはならない。
資料室には既にヴェルトが来ていた。星穹列車の頼れる乗員、柔らかい物腰の紳士である。星穹列車の乗車歴は姫子に次ぐはずの、大ベテラン。ベテラン過ぎるあまりに最前線から外されがちで、なのかからは「ヨウおじちゃん」などと呼ばれて慕われている。
ヴェルトは資料室の端末を見つめて、何か思い悩んでいる。彼に椅子を譲って立っているのが、丹恒だ。その足元には、場違いな布団が乱れた姿を晒している。丹恒はいま、尊重すべき客人に椅子を譲っている礼儀正しい家主の佇まいである。そのことを誰もが受け入れている。
彼は不愛想な男である。星、なのか、姫子が資料室に集まったのを確認し、「データに不審な点があったから、ヴェルトさんに見て貰っている。結論が出るまで、少し待て」とだけ述べた。
必要なことを手短に伝える才気、これで十分だろうと言わんばかりの圧力。星やなのかとは歳の近い友人だが、距離の遠い異性の先生でもある。彼は彼で謎多き人物であり、本当に歳が近いのかは分からないし、もしかしたら、同性なのかもしれないが。
ともかく。
やや間をおいて、ヴェルトが口を開く。
「結論から言おう、丹恒と同意見だ。この惑星、ソウホウと仮称するが――星核が墜ちている可能性がある」
ヴェルトはデータをグラフ化した資料をいくつか示したが、星にはさっぱり分からない。だが星核という名称は知っている。
それは厄災の名前である。突如として星外から現れる天災であり、星核に願われたことは歪んだ形で実現するという、人災の契機でもある。
「丹恒が取ったソウホウのデータに、列車のアーカーイブにある星核のデータとの、相似が見られる。ただ、ソウホウのデータが不完全で、断定はできない」
「この惑星に固有の磁場があるようだ。これ以上の精度は望めない」
ヴェルトの解説に、丹恒が情報を添えて、姫子の決断を待った。姫子は資料の文字を目で追いながら、口を引き結んだ。科学者である彼女は、列車の乗員の中では最もデータの読み取りに長けている。すぐに査読を終えるだろう。
星はなのかに目配せした。星と同類であるなのかは、やはり手持ち無沙汰なようである。姫子が開拓を決心してくれれば、喜んで飛び出していくだけの、気楽な身分である。
はたして、姫子は、きりりと宣言する。
「星穹列車のレールを保全するためには、ソウホウに星核があるのかどうか、確定させる必要があるわ。宇宙からではデータが取れないのならば、近づいて調べてみましょう」
星核があるとするならば、人道的には、封印して災いを防ぐべきである。星穹列車にはその能力がある。今は話を飛躍させずに「確定させる」ことのみを決定するのは、姫子の知性の現れだ。
口上としてはそんな風だが、実際のところは。大冒険の始まり、だ。
「やったー! ウチが行く! 良いよね、姫子?」
「もちろん、私も」
なのかが拳を突き上げ、星は胸を張る。
「丹恒、実地計測をお願いね」
開拓者のリーダーから、護衛兼頭脳担当の指名が下った。呼ばれなかったヴェルトは寂しげだ。
「俺の出番は無し、か?」
「担当した仕事が『データ不備』のままでは、丹恒も悔しいでしょう?」
姫子の言い分は、真面目な部下への真面目な気遣いそのもの。丹恒は「ぜひ挽回したい」とも「留守番がしたい」とも言わなかったが、その表情は「三月のお守りはしたくない」とは言っていた。
「開拓小隊、出動ー!」
「出動ー!」
なのかの号令。星も声を合わせる。丹恒は無言だ。
「人間の集落はあるのかしら?」
「可能性のある地点を、いくつかマッピングしておいた」
「直径200キロメートルを超える大きなクレーターが、一つある。ここに『何か』あるのは確実だ。調査地の第一候補はここになるだろう」
「どこに降りるか、なのが決めて」
「じゃあ、……ここ!」
そのようなやり取りで決められたランディングポイントは、大きなクレーターの外周の南端だった。何らかの衝撃で隆起した地形の、陰になる場所である。調査地点に向かうには、まず峠越えから始めなければ、クレーターの中心地にはたどり着けない。
「ただの上り坂は嫌いだけど、でも山登りって、ワクワクするよね。尾根からの景色はどんなだろ!」
「写真はパノラマ撮影でお願い」
「まかせて!」
赤茶けて岩がちな山である。土壌が貧しいのか、植物はまばらで、星の背を越える丈のものは一本も無い。厳しい環境に見えるが、開拓者の足取りは軽い。星となのかは口も軽い。星穹列車の乗員には開拓の星神の加護が授けられており、環境の影響を受けにくいのだ。
3人が横並びで歩いても余裕がある、幅の広い登山道が用意されていた。周囲は植物がまばらなため、道以外の場所も歩けないことは無いのだが、道として丁寧に小石が取り払われた一帯があるのだった。
制覇した尾根からの見晴らしは――煙っていた。
大きなクレーターの内部の所々で土煙が上がっており、風通しの悪い地形のために、クレーター上空の全体が淀んでいる。遠く、爆発音のようなものも聞こえるようだ。
なのかが、土煙を上げている地点を写真に撮った。3人で頭を突き合わせて、写真の中の土煙を見透かそうと試みる。
「これとこれは、人影が写っているっぽいかな?」
「これは、戦車かも」
「紛争地帯ではよそ者は歓迎されない。人との接触は慎重に進めよう」
戦闘に巻き込まれるかもしれない。それぞれに武器の調子を確かめる。星は愛用のバットのグリップを握りしめた。滑り止めがぴたりと手に吸い付くようだ。物理属性の強攻撃、癖が無くて使いやすい。三月は氷属性を纏った弓の弦を軽く弾く。丹恒は風属性の槍だ。全武器、問題無し。
クレーターの内側は、外側に更に輪を掛けて、貧相だった。植物の数も種類も、1割減といったところか。植生のほとんどが、腰の高さまでしか成長しない灌木で、異様に見通しが良い。
いくばくか道を進んだところで、ねえ、となのかが声を上げる。
「もしかしてだけど……この道って、戦場に続いているんじゃない? この道幅、戦車が通るためのものだよね」
「そのようだな」
先頭を行く丹恒が簡単に肯定するので、なのかはヒエッと喉を引き攣らせた。
「ウチ、土煙の中なんて、わざわざ行きたくないよ~。空気が悪そうだし、音が五月蠅そうだし、汚れそうだし、写真を撮りづらい! 道を外れて、隠れた方が良くない?!」
「ここは見通しが良い。もう見張りの兵士には気付かれているはずだ。堂々と姿を晒して近づく方がマシだろう」
「手を振ってアピールしてみようか」
「それはやり過ぎだって」
星は冗談を飛ばしたつもりだったが、なのかは本気で引いていた。やりかねないと思ったのだろう。いっそ本当にやってみせても良かったが、丹恒まで嫌そうな表情を浮かべている。
「兵士を怒らせるより、丹恒を怒らせる方がヤバいよ、絶対」
なのかは星の腕を引っ張って囁いた。星も3回頷いた。
「螻ア」
突如、足元の茂みが鳴いた。聞いたことのない声。未知の惑星の未知の動物の未知の言語。だが、なぜか星は合言葉を訊ねられているような気がして、咄嗟に「川」と答えた。
「わあ、気持ち悪い声っ」
「待て三月、人間だ」
なのかは弓を構えようとしたが、丹恒がそれを制止する。
「縺雁燕驕比ス輔r縺励※縺?k繧薙□縲ょ髄縺薙≧縺九i繝弱さ繝弱さ豁ゥ縺?※譚・繧九b縺ョ縺?縺九i縲∫ス?縺悟床辟。縺励↓縺ェ縺」縺。縺セ縺」縺溘?ゅ←縺薙?驛ィ髫翫?謇?螻槭□?」
茂みがぬっと立ち上がった。顔があって腕が2本あって足が2本ある。確かに人間だ。ボロボロの服を灌木で偽装しており、原始的な銃を構えている。なんだか機嫌が悪そうだ。
「こんにちは」
星は、第一印象を良くするために、笑顔で挨拶してみた。だが相手の機嫌は直らない。
「謇?螻槭r蜷堺ケ励l?√??謨ャ遉シ縺ッ縺ゥ縺?@縺」
「これ本当に人間? 何を言ってるのか分かる?」
「全然分からない」
なのかと星は顔を見合わせた。流石の丹恒先生も、腕を組んで思案している。
そこへ新たな声が聞こえた。灌木がサカサカと地面を這い、枝葉の隙間から、ぬっと人間の手足が現れる。こちらも原始的な銃を携えている。
「何をやっとる、馬鹿ったれ!」
「やった! 今度は、何を言っているか、ウチにも分かったよ」
「逕ウ縺苓ィウ縺ゅj縺セ縺帙s縲∽ク画峪」
「こっちの人は、やっぱり意味分かんない……」
なのかは喜んだり落ち込んだりと忙しい。言葉が通じる方の茂みが、南南東を指して怒鳴る。
「貴様らのせいで任務失敗だ。懲罰の時間だ、二等兵。ゲコウドマンダーの討伐、南南東の方角、12匹!」
小さな爬虫類の群れが、土の中から飛び出し、襲い掛かってきた。二等兵が必死に応戦しようとするが、原始的な銃と小さな爬虫類では、相性が悪い。
「私たちのせいでもあるみたい。手伝おう」
星はバットを振りかぶって、二等兵の横に並んだ。やっと面白くなってきた。
最も素早い丹恒が、まず接敵し、敵の先陣を槍ではたき落とす。星がバットのフルスイングで3匹まとめて刈り取り、なのかがシールドを生み出して援護。開拓小隊のいつもの布陣。見知らぬ兵士の2人も順次撃ちかかるので、”ゲコウドマンダー12匹の討伐”はあっという間にクリアーした。
「12蛹ケ縺励°迯イ繧後↑縺九▲縺」
鮮やかな勝利にも関わらず、二等兵は落ち込んだ様子でゲコウドマンダーの死骸を集めた。
「貴様ら、何者だ。ふてぶてしい顔をしおって、それが聖兵に対する態度か? 経営隊の任務をナメておるのか?!」
「私たちは、星穹列車。邪魔していると気が付かなかった。ごめん」
「蜷郁ィ?闡峨r險?縺医→險?縺」縺ヲ縺?k縺ョ縺悟?縺九i縺ェ縺??縺具シ」
二等兵は銃床でものを殴るような仕草をした。なのかはその態度に釣られて、憤慨する。
「ちょっと、そんなに怒ること無いじゃん! 手伝ってあげたでしょ?」
「彼は何を言っているの?」
星は言葉の通じる方の兵士に問いかける。彼は不審そうに、開拓小隊の3人を見比べた。
「二等兵の言っていることが分からないだと? こいつの山麓共通語が? 一体どこのド田舎の育ちだ? 『星穹列車』隊なんて名前は聞いたことがない。共感覚ビーコンは持っているようだが、曹級にしてはおかしい。女も居る。でも難民には見えない、ふむ……」
「丹恒~! 話が噛み合ってないよ。どういうことか分かる?!」
なのかが遂に、丹恒先生に助けを求めた。彼はすらりと解説を始める。
「俺達が異星の人達と会話出来るのは、『共感覚ビーコン』という技術に依るものだ。共感覚ビーコンを持つ者同士ならば話の内容を理解出来るが、共感覚ビーコンを持たない者とは、個別に言語を習得しなければ会話にならない。恐らく彼らの軍では、下級の兵には共感覚ビーコンが行き渡っていないのだろう」
「共感覚ビーコンを持ってない?! そんなの、不便過ぎ……」
「自らを経営隊と言っていた。彼らの任務は戦闘ではない。俺達が戦闘を手伝ったことに対して、意義を感じていないらしい」
「ねえ、とりあえず自己紹介するのはどう?」
星は右手を軽く上げて、面倒そうな話題を追い払った。
星、三月なのか、丹恒が名乗ると、話の通じる方の兵士は、カツンと踵を鳴らして銃を捧げ持った。
「天衝(てんえい)なる紫雲衝山(しうんしょうざん)へ。ニヒシ三曹である」
「螟ゥ陦昴↑繧狗エォ髮イ鬣貞アア縺ク縲ゅメ繝翫こ莠檎ュ牙?縺ァ縺ゅk」
二等兵も同じ仕草で何かを宣言した。
「……彼のことを何て呼べば良いか教えて」
「チナケ二等兵だ。名前も聞き取れんのか」
ニヒシ三曹は軽蔑するように鼻を鳴らした。
「それで? お前たちはここで何をしている? 一体どういうつもりで第六経営隊の任務を邪魔したのだ」
「ただ道を歩いていただけじゃん。ウチらは、クレーターの中心に用があるの。コソコソ隠れたりしていないし、邪魔するつもりなんて無かったんだってば」
ニヒシ三曹の灌木の偽装の奥で、眼が血走っていく。
「馬鹿ったれ、歩いて来ることが問題なのだ。食糧確保のために罠を仕掛けて、ゲコウドマンダーの群れを一網打尽にするところだったのに、上手く追い込めなかったせいでたったの12匹しか獲れなかった。12匹だぞ!? 兵士を食わせていかなきゃならんのに――補給の重要性が――これだから若者は――」
「荳画峪縲∝スシ繧峨?蜷郁ィ?闡峨r遏・繧峨↑縺?h縺?〒縺吶′縲∬憶縺??縺ァ縺吶°?」
食べ物の恨みは恐ろしい。星は自分たちの犯した過ちを理解した。
「何匹必要だったの?」
「150匹だ」
「残りの138匹を、私達が捕まえてくる」
「なんだと?」
「私達の武器は、ゲコウドマンダーを狩るのに向いている。もし買い取ってくれるんだったら、余分に狩ってくるよ」
ニヒシ三曹の眼から血の気が引いて、白目を取り戻す。
「……良いだろう。買い取ってやる。ただし3時間以内に持って来い」
「やれるけど……生息地を教えてよね?!」
「驚かせてあげる」
兵士から信用を得て、現地通貨を稼ぐ算段までついた。私は交渉の天才だ、と星は得意げに微笑む。なのかの必殺技があれば、広範囲に氷を降らせて、獲物を凍らせることが出来る。楽な仕事だ。
「ふん、187匹か。余剰分には15票を支払おう」
「50票の間違いじゃない?」
「15票だ」
狩り集めたゲコウドマンダーを引き渡すと、ニヒシ三曹は、チナケ二等兵に紙幣を15枚取り出させた。これが妥当な値段かどうか、まだ分からないが、少なくとも、爬虫類の肉で信用を買えた。
二人の兵士は、偽装を脱いで、背嚢に括り付ける。軍服と呼ぶにはあまり統一性が無いデザインで、しかもボロである。左肩の腕章だけがまともで、三曹と二等兵の階級の違いを示している。
「それで? 星穹列車とは何者だ。詳しく話せ」
「ウチらは正義の開拓者だよ! 宇宙から来て……えっと……星核のことは言わない方が良い?」
なのかは途中から囁き声に切り替えて、星と丹恒に相談する。星はなのかを援護しようと、言葉を繋ぐ。
「私達の目的は、クレーターの中心に行くこと。戦争には関心が無い」
「ウチュ……ウ? 聞いたことのない宗派だな。クレーターの中心とは、紫雲衝山のことだな? 貴様ら、よっぽど教養が無いらしい」
この惑星の住人には、クレーターの中心のことを、山と呼ぶ習慣があるようだ。敬礼らしき仕草に登場した名前である。
「その通り、何も知らない。教養ってやつをを教えてくれる?」
「フン、宗派替えして軍事教練を受けることだな。紫雲衝山の尊さを叩き込まれるが良い」
ニヒシ三曹の雰囲気が変わった、と星は思った。彼の銃の取り扱いが、ほんの少し、粗雑になった。真っ直ぐに天頂に向けていた銃口が、ごく僅かに、開拓者たちの頭の上を向いている。
「大人しく田舎に帰れ。いや、貴様らに帰りの路銀を稼がせてやっても良い。駐屯地に連れて行ってやろう。後ろをついて来い」
「蝟カ蜀?↓騾」繧後※陦後¥繧薙〒縺吶°?溘??謨オ縺ョ繧ケ繝代う縺ェ縺ョ縺ァ縺ッ?」
チナケ二等兵はゲコウドマンダーを持たされたまま、困惑している。
「こいつらは、物の名前も覚えられない出稼ぎ者だ。遊んでやるのも喜捨ってもんさ」
「なんかむかつく! 『紫雲衝山』に行けるまでは、帰らないよ。しばらく居座っちゃおうか」
なのかの発言を、ニヒシ三曹は生意気だと捉えたようだ。子供の戯言を受け止めたかのように、笑う。
「はっはっは、そりゃいいや」
可哀想に、チナケ二等兵は、ニヒシ三曹の発言しか聞き取れていないのだ。上官がなぜ笑っているのか、その意味を考えこんだ。何か結論を出して、なのかに語り掛けるその言葉も、開拓者たちには伝わらない。
「蟷セ繧峨□?」
「二等兵、ゲコウドマンダーの三枚卸しが終わってからだ」
ニヒシ三曹の口調は、厳格な上官のものに戻っていた。
兵士達の後ろを少し離れて、軍事道路を辿っていく。
交渉は上手くいっていたはずなのに、なんだか嫌な感じがする。星は、支払われた紙幣を太陽にかざしてみた。
「透かしが無い紙幣って、初めて見た」
丹恒に見せる。丹恒先生は特に珍しがることもなく、頷いた。
「これは恐らく、軍用手票だ。正規の通貨ではないが、戦地ではよく使われる領収書だ」
「領収書って! お金じゃないの?! ウチら、騙された?」
「軍の勢力下であれば、通貨として使える。まだ、騙されたとは言えない」
かなりの距離を歩いた。背丈の大きいものから徐々に植物の繁茂が途切れ、このあたりでは草一本も生えていない。岩がちの砂漠だ。道の続く先に、粗末な集落が見えてきた。後方に生えていた灌木とほぼ同じ高さに建てられた、天幕の群れ。ニヒシ三曹とチナケ二等兵は、そちらへ向かう細い分岐を無視した。
「あれは駐屯地じゃないの?」
星が訊ねて、ニヒシ三曹が答える。
「あっちは『難民キャンプ』だ。いつも駐屯地の近くをウロウロしてんのさ」
ニヒシ三曹はそういう呼び方をした。チナケ二等兵が、なにか付け加える。
「蠕後〒荳?邱偵↓陦後%縺?●」
その先で道を曲がると、突然、地面の裂け目が現れた。稲妻状に果てしなく分岐した、深さ2m程度の裂け目。否、これは自然の地殻活動によるものではなく、人の手で掘られたものだ。
「戦争映画に出てくるよりも、大きな塹壕……。ほんとにこういう戦い方があるんだね」
なのかがぽつりと呟いた。
土を削った階段を降りると、門番らしき二人の兵士が、各々の銃口を交わらせて、開拓者たちを足止めする。ニヒシ三曹が「こいつらは軍の所属じゃないが、営内に働きに来たんだ」と教えてやると、すぐに直立不動の姿勢を取った。
「よそ者が、すんなり塹壕の中に入れるなんて、ちょっと特別待遇だよね。ニヒシ三曹、嫌な奴だと思ってたけど、部下には好かれているみたい?」
なのかが、本人に聞こえるように言うので、星も「人望があるんだ」と感心して見せる。丹恒は、見張り兵の汚れた靴、ボロボロの軍服、擦り切れた腕章、強張った袖口、顎の無精髭に目を配って。
「………………」
沈黙を貫いた。
塹壕の中は複雑だった。直進するにしても、道なりに右左折を繰り返さなくてはならない。足元にはおびただしい数の横穴が掘ってあって、似ているようで少しずつ違う軍服姿ばかりが、寝転んで開拓者たちを見上げている。身なりが多少小ざっぱりした者も居れば、血のりまみれで倒れている者もいる。その表情は、しかし、暗くはない。奇妙な笑みを浮かべている。
辿り着いた分岐の突き当りは、通路そのものが倉庫になっていた。その中から、布の塊を取り出して、ニヒシ三曹は言う。
「そら、天幕を貸してやる。3張り18票だ」
「高いよ! しょうがない、2張りだけ借りておく?」
星は、畳まれた布から、広げたときの大きさを想像する。1枚につき6平方メートルくらいだろうか。
「はみ出る1人はどうするの?」
「うーん、見張りでもしておくことにしよう。じゃんけんで決めようね」
「3票くらいならツケで良いぞ。大丈夫、お前達ならすぐに稼げる」
ニヒシ三曹は気前の良いところを見せたが、丹恒はきっぱりと断った。
「1張りで充分だ」
「「えーっ?!」」
女子2人の悲鳴。ニヒシ三曹は不審そうに片眉上げた。丹恒はさっさと6票を押し付けて、天幕を1枚だけ手に取る。
「俺達には俺達のやり方がある。1張りで充分だ。設営を許可される場所は?」
「壕の外に適当に張りな。ああ、有刺鉄線より向こうには出るなよ。地雷が埋めてあるからな。それから、あんまり遠くに行くんじゃないぞ。今晩にでも中隊長に紹介してやる。きっとお喜びになるぞ」
「塹壕の中じゃないの?!」
なのかは憤慨している。心底から塹壕の中に宿泊したいのかは分からないが。……ある程度本気だったとしても、丹恒が圧力のある視線で促すので、星となのかは結局、塹壕の出入り口に戻ることにした。
道すがらの兵士たちは、相変わらず、奇妙な笑みを浮かべている。何人か、塹壕の通路に足を投げ出しているので、跨いで通らなければならなかった。
塹壕からほどほどに遠いところで、天幕の設営場所を決めた。天幕と言っても、所々が擦り切れた1枚の布でしかない。なのかは首を傾げる。
「柱とか、扉とか、無いの?」
「石壁を築いて、布の屋根を掛けるだけのものだろう。木材が貴重だから、柱を使わない」
「ふーん……」
「いくら丹恒先生でも、1つの天幕を3つに増やせたりしないよね?」
星は嫌味を交えて訊ねた。『俺達のやり方』とやらが、資料室の床に棲み付くような神経のことを言うのであれば、抗議の用意がある。丹恒はしれっと頷いて見せる。
「無理だな。今回は部屋を分けない。我慢しろ」
「ええええー! こんなに狭い天幕で?! 雑魚寝?!?! 絶対やだ!!!!!! 美少女を何だと思ってるの!」
「美少女を何だと思ってるの?」
強烈に拒否するなのかの真似をして、星も問い詰める。
「ちょっと、ちゃんと私と同じくらい嫌がってる? 真剣みが足りないよ」
「実は……ちょっとワクワクしてる」
「もう! ふざけてる場合じゃないでしょ」
丹恒は腕を組んで、これ以上ない程に冷たい顔で、女子2人のやり取りを聞いている。
「この駐屯地は士気が低い。俺達のような、よそ者にとって非常に危険だ。部屋は分けない。隊列を乱すな。常に塊で行動する。それが、騒ぎを起こさない唯一の方法だ」
威圧的で明確な指示。丹恒がこういう言い方をするのは珍しい。らしくないやり方であることは、本人も自覚しているようだ。彼は取り分け、星の瞳をしっかりと見て、子供に言い聞かせるような諭し方に変える。
「単独でゴミ箱を漁りに行ったり、夜の散歩をしたり、そういう行動も、ダメだ。今回は我慢しろ」
「ゴミ箱の誘惑に勝てる訳がない」
「3人一緒でなら、どう過ごしても良い」
「ウチはゴミ漁りに付き合うの嫌だよー?!」
「不満があるのは理解している。駐屯地に居る間だけのことだ。我慢しろ」
丹恒先生の『我慢しろ』は、この短時間で3回目になる。丹恒自身の忍耐力は、何度目まで『我慢しろ』を繰り返せるだろうか? ……少なくとも、日が暮れてしまうだろう。星となのかが挫けたのを察して、丹恒は表情を和らげた。クールな彼なりにも、和らげることは出来るのである。
「石を集めよう。遠くには行き過ぎないよう注意してくれ」
石を集める。こんなに難しい仕事は無い。石壁を築くのだから、少なくとも煉瓦程度の大きさが必要だし、尖っている物は身体に当たると痛いし、家の外壁として相応しい色であるべきだし、ツヤツヤに光っている方が格好いいし、組成する成分によって重さが違うし、堆積岩は脆いものがあるし、溶岩は形が悪い。
そういえば塹壕の底に、丁度いい感じの格好いい石が落ちていた気がする。玄関横にあの石を積んでおけば、とってもオシャレになる。
どうしても気になる、あの石が欲しい。かがめていた腰を伸ばして、丹恒となのかの様子を伺う。それぞれに目の届くところで石を拾っている。なのかは目が良いから、もうちょっと離れたところでも、彼女の「目の届く」範囲であるだろう。それに丹恒が懸念しているのは、遠くに行くことそのものではなく、騒ぎを起こすことだけだ。
つまり、兵士に見つからなければ良い!
ルールは破るためにある。
星は塹壕の縁を見下ろして、丁寧に中の様子を探った。見張り兵が居眠りしている出入り口が、一つ、見つかった。なるほど士気が低い。塹壕の中でも特に怪我人の多いルートが見つかった。皆、寝ている。潜入を開始しよう。
なのかは戦争映画で塹壕を観たと言ったが、星はこういうものは初めてだ。横穴の掘り方でベッドを作ったり、棚を作ったり、ゴミ箱にしたり、工夫が見られる。記念に、割れたボタンのようなものを拾い上げた。ゴミ箱漁りは3人でする約束だったが、罪深い抜け駆けだったが、この魅力には抗えない。
石も、ちゃんと幾つか拾っていく。
それにしても、この通路は本当に怪我人ばかりだ。意識を失っている者、熟睡しているように見える者、うずくまって啜り泣いている者ばかり。医者や看護師は見当たらない。何故?
一本隣の通路から、人の話し声が聞こえる。肉の焼ける良い匂いがする……。
「急げ、本隊が前線から帰って来た時には、夕飯を仕上げていなきゃならん」
「帰って来る、んですよね」
「天衝なる紫雲衝山へ。今のは聞かなかったことにしてやる。手を動かせ!」
塹壕はまだまだ奥に続いていたが、急に、星は好奇心を無くした。一通りのものを見憶えたら、あとはもう似たような景色ばかりでつまらない。そろそろ、仲間の元に戻ろう。
来た道を戻っていく。塹壕の中は本当に複雑で、下手に近道を探すのは危険だ。
土を掘り抜いて作ったベッドに眠る、1人の兵士が目を開けた。彼は通路に足を投げ出して寝転んでいる。邪魔だ。
星はきつく兵士を睨む。兵士は、他の兵士がそうして星を見るように、奇妙な笑みを浮かべたが、自分がどういう風に睨まれているか理解すると、気まずそうに足をしまった。
星は満足して目を離した。その時、稲妻状の曲がり角から、突如として丹恒が現れた。兵士と目が合っているところを、見られてしまった。目が合ったくらい何だと言うのか――そんな正論が通じる雰囲気ではない。
丹恒の視線が、星の頭の天辺からつま先までを素早く走査したのを感じる。彼の頬が焦燥に引き攣っていたのは、ほんの一瞬。星の無事を確認して、鉄面皮が戻って来る。
「星ぃ」
彼は低く低く名前を呼んだ。地を這うどころではない、塹壕の床面より更に低い。星は、丹恒が「部屋を分けない」と宣言したとき、これ以上ない程に冷たい顔だと思った。それは間違いだった。彼はここまで凍てついた目つきができるのだ。一目でも見られた者は、石になって砕けて天幕の壁になってしまうだろう。星は頭からつま先まで見られてしまったので、もうおしまいだ。
彼は右手でなのかの腕を引いていたが、そのまま空いている方の手で星の肩も掴み、名前を呼んだきり無言で塹壕の出入り口へ向かっていく。一緒になって連行されているなのかが、必死にアイコンタクトを送っている。一言も喋っちゃだめ、これ以上やらかすのは本当にだめ、と訴えていることは、すぐに分かる。
天幕を設営している場所まで、無事に戻れた。星がここを離れたときから、作業が殆ど進んでいないようだ。星となのかは丹恒の手から解放され、一言のみ「作業を続けろ」とだけ告げられた。
「丹恒、ごめん」
「反省は態度で示すことだ」
丹恒は無表情でそう返した。声色はもうあんなに低くない。彼自身も、てきぱきと作業に戻っていく。お説教の一つさえも無い。
「あっちに沢山石があるところを見つけたよ。一緒に拾おう」
拍子抜けしている星を、なのかが明るく誘う。耳元にぴったりくっついて、歩き出すように星を促した。
「大丈夫、丹恒はすぐに機嫌を直すよ。いっつも足を引っ張ってるウチの、経験則ってヤツ?」
「なのを巻き込んでしまったことも、反省してる。ごめん」
丹恒に腕を引っ張られたまま塹壕を往復するのは、痛かっただろう。星は胸に手を当てて、真心を込めて謝った。なのかはウィンクで応じる。口元にはみ出させた舌がキュートだ。
「ウチはウチで怒らせちゃったんだよね。あんたが居なくなったのに気付いたとき、『手分けして探そう』って言ったのがマズかったみたい。人探しには良い方法だと思ったんだけどな~」
十分に石を集めてから、円形に石壁を積んでいく。星となのかは、出来る限りの豪邸に仕上げたかったが、丹恒先生は、灌木よりも高く積んではいけないと指示した。天幕の大きさが限られるので、自然、小さくて見すぼらしい小屋が出来上がる。だが……今は文句を言うのを止めよう。陽が高いうちに寝床を確保できたのだから、それこそが成果だ。
四つ這いになって、天幕の中に入ってみる。扉の無い出入口以外は、明りを取り込めるものは何もない。ただ天幕自体が擦り切れているので、太陽の光が透けて、だいぶ、明るい。天井が低くて、座っていることしかできないが、これはこれで悪くはない。
「塹壕の中で聞いたんだけど」
すっかり寛ぎながら、星は仲間達に報告する。
「本隊が前線から帰って来るんだって」
星と石壁の間に潜り込みながら、なのかが相槌を打つ。狭い。
「なんだか不気味な感じだと思ってたけど、人が出払ってたからなんだね。話の分かる人を見つけて、紫雲衝山に行きたいってことを交渉しなくちゃ」
「今夜は寝られるか分からない。陽のあるうちに仮眠を取っておこう」
丹恒は言うが早いか、なのかとは反対側の隣に潜り込んできて、1秒後にはもう寝息を立て始める。あまりにも寝つきが良い。あまりにも図太い。星となのかは、静かに上下する背中をジト目で見下ろした。
「さっきまで激怒していた人とは思えない」
「うう。狭い、床が固い、隙間風が吹く、なんか臭う……ウチは眠れないかも……」
星は地鳴りで目が覚めた。なのかと丹恒はもう起きていて、天幕の『玄関』から外を伺っている。二人の頬を掻き分けて、そこに並ぶ。太陽は深く沈み、山脈の裏に隠れきっていた。地鳴りの正体は戦車の走行音だった。何台もの戦車が、堰堤の陰に停車していくのが、辛うじて分かる。塹壕の規模から想像していたより、随分、人数が少ない。
「隠れて、様子を見よう」
丹恒はそそくさとねぐらから這い出した。なのかは不審がりながらも、ついていく。
「えっ、何で? もしかして、昼間の……星が単独行動したせい?」
「いま、『せいのせい』って言った?」
なのかも丹恒も、星の発言を無視した。星はむしろ達成感に満たされながら、2人を追った。
天幕からも塹壕からも十分に距離を取って、地面に身を伏せる。日が暮れているのでそれだけ十分に隠れられる。
星が空に瞬いても、夜の静寂が下りることは無かった。なんだか、妙に兵士が騒いでる気がする。松明が三つ並んで、開拓者たちの天幕に近づいていく。視力の良いなのかには、何者かが判別できた。
「あっ、ニヒシ三曹とチナケ二等兵じゃない? 他にも何人か居るよ。あの二人よりも偉い人みたい」
「留守にしたままで良いの? 交渉できるかも……」
「いや、まだ観察する。あの2人も、信用できる訳じゃない」
ニヒシ三曹とチナケ二等兵、それから数名の兵士は、何か騒ぎ始めた。あまり良い態度には見えない。脅すように振り上げられた松明の灯りが浮かび上がらせる、影の形。3人で積み上げた石壁が打ち崩された。奴らは天幕に火を点けている。あっという間に燃え上がる!
「逃げるぞ。あの者達とは交渉できない」
丹恒はまるっきり平素の声色だ。
「こうなることが分かっていたみたいだね」
「俺達はよそ者だからな。士気の低い軍では、こういうことが起こる」
「家に火を掛けられたんだから、もっと怒っても良くない?! ウチらが怒らせた時とまるで態度が違ーう!」
「なの。丹恒に何を言っても無駄だ……」
身を低くして逃げながらも、なのかはプンスカと文句を言う。放火犯に対するのと同じくらい丹恒に腹を立てるなのかも理不尽だが、丹恒の割り切りっぷりも、星にはついていけない。
「逃げるのは良いけど、ウチら、これからどこに向かうの?」
「せっかくだし、『難民キャンプ』に寄ってみるのはどう?」
星の提案に、なのかは元気良く応じる。
「おっけー! あの灯りがそうかな?」
夜露が降り始めて、土煙が洗い流され、空気が澄んでいる。草一本無い景色の向こうの、ごくささやかな街灯りが、くっきりと見えている。
「このまま紫雲衝山に向かうという手もある」
丹恒は、すぐそこに見える目的地が気に入らないようだ。まるで丹恒の意見こそ最善手であるかのように、提案する。
「このまま……って?」
「闇夜に紛れて尾根の陰まで後退する。クレーターの外側から迂回して、別方向から中心部へ再アプローチ。始終隠密行動となるが、恐らく、これが最も安全だ」
「物凄い距離を迂回することになるよね。き、気が遠くなりそう……」
「そんなの開拓じゃないよ」
「少人数編成の強みが活かせる。正面突破だけが開拓ではない」
丹恒はいつも以上に慎重になっている、と星は感じた。星が屁理屈で単独行動を取ったこと、天幕に放火されたことが、彼にそういう選択を取らせているのかもしれない。確かに今回は上手くいっていないかもしれない。だが現状はどうだ? 誰も怪我をしていない。撤退には早過ぎる。
「丹恒は、危機を乗り越えて強くなるということを忘れている」
「とりあえず、難民キャンプを見てから決めても、良いんじゃない? 良い交渉相手が見つかるかも」
なのかも星に賛成した。多数決では、2対1。もうこれで決まりだ。難民キャンプに向かって出発した2人を、諦めきった溜息が追いかける。
「好奇心のツケは自分で払うことになるぞ。後悔したときには、もう遅い――」