そばにいるのに 家に戻るなり自室に入ったまま、ニールは顔を見せなかった。脇が甘かった自覚はある。安請け合いをしたのは自分だ。だから彼になんと言われても言い訳をせず受け止めるつもりだった。けれど、待ち合わせ場所で顔を合わせたニールは遅れた理由も聞かず、押し黙って助手席に座り、先に家のドアを開け、まっすぐ部屋まで直行して音も立てずに引きこもった。
閉じた扉に目をやって嘆息する。カフェで五時間近く時間を潰していたのだ、疲れて寝てしまったのかもしれない。あの様子だと、彼は今日の出来事を忘れていたか、別の日付だと思っていたのだろう。いずれにしても、遅れた理由すら話せないのは堪えた。
今日は彼と一緒に過ごす予定だった。少なくとも午後過ぎには確実に時間が空くと伝えていたので、食事の予約なんかを事前に準備してくれていたようだった。それなのに、おれはその予定をすっぽかした。
約束を破ったのはこちらなのだから、彼の態度に文句はない。だが、もっと別の反応――強い言葉で詰ったり、反対に、無理して笑って取り繕ったり――を見せると思っていたから、普段より静かで感情をあらわにしない姿に居心地の悪さを感じた。
彼に連絡したのは午後七時だった。急いで確認した端末には待ち合わせをしていたニールからの着信もメッセージもなかったうえに、電話をしても繋がらなかったので、てっきり当日になって思い出したのだと勘違いした。家に帰ると誰もおらず、胸騒ぎに導かれるまま待ち合わせ場所まで車を走らせた。
夜の街は華やかに色づき、人々の活気に満ちていた。夕飯時なのもあり、客はまばらだったが、やわらかな光が漏れるカフェは待ち人を包むように佇んでいた。彼は外からは確認しにくい奥まった席に、窓に背を向けてひとりきりで座っていた。テーブルには半分ほど口をつけたコーヒーカップが置いてあり、勢い余ってぶつかった際に表面が波立ち、ソーサーに少しこぼれた。
ニールはおれを見上げて目を細めたと思ったら静かに立ち上がり、会計をして外に出た。
なにも言えなかった。
どう振る舞うべきだったのかと、今日のことを思い返す。撤退する準備ができていたのもあり、昼には拠点としていた事務所を引き払う用意ができた。周囲に解散を促し、昼食をとって早めに待ち合わせ場所まで向かおうとしたところに事故の一報が届いた。事故を起こした者からの連絡ではなく、救急隊員か看護師からの電話だったために、自分で連絡を取れないくらい悪い状態なのかと思い、なにを置いても彼のもとに向かうべきだと即座に決断した結果、携帯端末を持って移動するのを失念した。
病院に着くと、事故を起こした彼は病室ではなく、待合室で液晶デバイスを睨みつけていた。車に乗っていて事故を起こしたにしては軽傷のようで、頭に包帯を巻くでもなく、腕や足をギプスで固めているでもない。首の後ろに湿布を張っているだけの様子にほっとして駆け寄った。
「ニール、心配した」
こちらに気づいて顔を上げた彼を見て愕然とした。彼の右側から声をかけていたので、顔の左側は見えていなかった。そこには目を避けて額や頬にあるであろう傷跡を覆うようにガーゼが当てられていた。
彼は治った。これはあの傷ではない。意識はしっかりしているし元気そうだ。恐れる必要はない。
そう思うのに、腹の底が浮くような恐怖が蘇る。
血まみれの、生死不明の、脱力した、動かない、息をしている、意識のない、話さない、大きな傷、チューブに繋がれた、動かない、目を開けない、横たわった、心音だけの、電子音だけの、真っ白な包帯、動かない、動かない、動かない――
「どうかした?」
ニールは心配そうにこちらを見て、座るように促した。
「幽霊でも視たみたいな顔してる。きみって視えるひとだっけ」
隣の席にどさりと腰を下ろし、目元を覆う。脈が速い。彼が軽い事故を起こしただけでうろたえてしまう自分が嫌だった。すぐにも返事をしたいと思うのに、衝撃から立ち直れず、なかなか言葉が出ない。
なにを勘違いしたのか、ニールは場を取り繕うようにおどけた声を上げた。
「もしかして、ぼくが死んだと思った? ごめん、まだ生きてる。運ばれてるときぼうっとしてたらしくて、気の早い誰かが連絡したみたい。来てくれてありがとう、仕事は片付いた?」
ああ、と言ったきり黙ったおれへの視線を感じる。記憶を振り切るようにして顔を上げると、いたわしげな視線とぶつかった。怪我人にさせる表情ではない。
「痛みはないか」
ニールは首を振り、恥ずかしそうに苦笑いした。
「事故の様子聞いた?」
「いや、ひどかったのか」
頬に貼られたガーゼの端を爪で掻いてニールが言う。
「こんなベタなことあるのかって話だけど、目の前に猫が飛び出してきて、避けようとしたら対向車も猫に驚いてこっちに向かってきて一緒にフェンスに当たっちゃった」
「相手の状態は? 無事なんだよな」
「うん、怪我もなかったみたいで、かなり謝られた。これ、仰々しいよね」
頭と頬のガーゼを指して彼は言う。
曖昧にうなずいてから治療の跡を改めて見た。痛々しいが、本人は元気そうだ。こちらを向かせて首や頭の状態を触って確認した。重い治療を施された彼にそうしように、丁寧に順を追ってチェックする。首を触ったときにびくりとされただけで、他はなにも問題なかった。
「もう出られるのか」
膝のあたりを見るように目を伏せるニールに訊く。反応がない。
「ニール」
強く呼びかけると、はっとしたようにこちらを向いた。
「ごめん、ぼうっとしてた」
「頭を打ったんだろう、精密検査はしたのか」
「してないけど、それほど痛くないし、軽くぶつけただけで……」
「検査しよう」
問題なさそうだと思ったが、素人の自己判断には限界がある。
「手続きをしてくるから待ってろ」
大げさにしなくても、と言い募るニールを置いてナースセンターに掛け合った。これから二時間後なら機器を使えるらしい。予約をして振り向くと、ニールは待合室からいなくなっていた。
紅茶の上手な淹れ方を知らない。普段はニールが茶葉を購入し、飲むときも彼が用意した。家では彼の作る紅茶しか飲まないが、店で飲むのと替わらないように思えた。ある日、作ってもらうばかりでは悪いと思い、茶葉とティーポットに触った。ニールはじっとこちらを見つめてなにか言いたげな素振りを見せ、最終的に「作ろうか」と提案した。それ以来、おれは早々に紅茶からは手を引き、コーヒー専属となった。
茶葉の入った缶を開けてニールが作るときの様子を思い出す。なにかで計るでもなく、そのまま入れていたはずだ。ティーポットへと傾けると、思った以上に茶葉が入った。戻してはいけないだろうからその上から沸騰させたお湯を注ぐ。ポットを使うかどうかだけで、コーヒーとそう変わらないだろう。
ニールが使うカップを用意し、先に注ぐべきか、少し時間を空けるのだったかと逡巡した。持ち運びのしやすさという点だけで、彼の部屋に入ってから淹れることに決めて部屋のドアをノックした。
「紅茶を淹れた。よかったら飲まないか」
返事はないが、寝ている可能性もある。確認するために扉を開いた。
「起きてるか」
暗い部屋の中で、ニールは靴も脱がずにベッドの上に横たわっていた。身体を軽く丸めるようにしてこちらに背を向けている。起きているのかどうか、判断がつかない。デスクの上にトレーを置き、ベッドに腰掛けて様子をうかがうと、彼は目を薄く開いて壁を一心に見つめていた。罪悪感が沸き起こる。
「今日は悪かった。せめて謝らせてくれないか」
ニールはため息をつきながら身体を仰向けに倒した。何度かまばたきをして、つまらなさそうに口を開く。
「別に、怒ってない」
彼の様子はさっきまでとは違って落ち着いて見えた。かといって、五時間も待たせたのだから苛立って当然で、そうであれば許してもらいたかった。
「今日のこと、覚えてたか」
聞くと、ニールは首を振って否定した。
「事故のこともその後のことも覚えてたけど、それが今日だなんて忘れてた。七時からレストランを予約してたんだ。待ってるときに思い出してキャンセルした」
うん、とひとつうなずいて続ける。
「今日だったのを忘れるなんて、ぼくも焼きが回ったな。きみ、夕飯まだだろ? ぼくに気を遣わず食べてきたらいいよ。カフェでたくさん食べたからお腹いっぱいなんだ」
そう言って目を閉じた。
「すまないニール。すぐに連絡するべきだった。あいつが怪我をしたと聞いたらどうにも……」
ふっと口元をゆがめてニールが笑った。
「あの日のこと、覚えてる。きみを独り占めした日だったから」
目を開けておれを見ると、ニールは自分の首元に手をやった。触診するように両手を動かして顎を上げる。
「こうやって触っただろ。かなり感じてた。やさしすぎて勘違いしそうになった」
直截な言葉に居心地が悪くなり、目をそらして手元を見つめる。ここで席を離れるのは簡単だけれど、彼の言葉を受け止めるべく、ベッドに座りなおした。
「なんで途中で逃げたんだ。検査が嫌だったのか」
「忘れた」
きっぱりと言い切ったが、それが嘘だというのは明らかだ。
「言いたくないのか」
忘れたと口をつぐむのに、もの言いたげな瞳がおれを見上げる。待合室からいなくなった相手を見つけたときにしていたのと同じ表情だった。腹の中に詰め込んだ気持ちを、興味のない振りで見ないようにしているものの、吐き出してしまいたいという本心がにじみ出ている。
あのとき、彼はいなくなった理由を言わなかった。ニールにとっては何年も前の出来事だが、まだ明かしたくないらしい。息をつき、彼に謝罪する。
「忘れたままでいいから聞いてほしい。きみに連絡をとろうともせず、別の相手と一緒に過ごして申し訳なかった。長い時間ひとりにさせてすまない」
ニールは、うん、とうなずくと、部屋に入ったときと同じようにこちらに背を向けて丸まった。
明らかな拒絶反応に目を瞬かせてしまう。彼がすぐに謝罪を受け入れて、いつものように抱きしめてくれると楽観視していた自分が滑稽だった。おれは馬鹿か、もっと彼の身になって考えてみろ。
しばらくひとりでいたいだろうと、ベッドから腰を上げる。肩のあたりに手を乗せようとして、もし振り払われたら立ち直るのに時間がかかると思い、辞めておいた。部屋から出る前に未練がましく背中に目を落としていると、壁に向かって吐き出すようにニールが話しだした。
「きみに予定があるのをぼくは知ってた」
身じろぎし、より身体を小さく丸める。
「前の日から、きみはは気もそぞろだった。数時間後に目標を制圧するってときよりずっとね。ソワソワして、ニヤニヤして、楽しみな予定があるんだろうってみんなで言ってた」
みんなで……、と思わず口からこぼれた。ニールは苦笑するようにして付け加える。
「撤退作業が早く終わったのは、きみを早く帰そうってみんなが協力したからだ。ぼくはその場にいなかったけどね」
知らなかった。バレていたとは。ポーカーフェイスを気取っていたつもりが、そう認識していたのはおれだけだった。まさか、未来のニールについても察されていたのでは、と嫌な汗がにじみ出る。
不安が表に出ていたのか――それはまた問題だが――、面白くなさそうにニールがつぶやいた。
「安心して、ここにいるぼくのことは知らなかった。きみを一番見てたやつが言うんだから間違いない。でもとにかく、今日きみには考えるだけで嬉しくなるなにかがあるんだって知ってた」
長く息を吐いてから、絞り出すように彼は言った。
「知ってて、邪魔したんだ」
なんだ、そうだったのかと思いかけて、嫌な予想が頭に浮かんだ。一瞬のうちに怒りとも困惑とも取れる感情がこみ上げ、その勢いでベッドまで迫る。ぞっとする思いで口にした。
「まさかあの事故はわざと――」
「それは違う」
上体を勢いよく起こし、ニールがこちらに振り向いた。顔をしかめて苦々しげに言い捨てる。
「間抜けだけど、あの事故は本当。どうにかしてきみの関心を引きたかったのはたしかだけど、そんな手段は取らない」
そう言われて身体から力が抜け、ベッドに腰を下ろした。シーツをつかむニールの手を上から握り、今日の事故から何年も経た彼の存在を自身に刻み込む。ニールは手を振り払わず、むしろ握り返してくれた。ベッドに話しかけるようにうつむいてニールが言う。
「ごめん、事故なんて起こして。怖かったろ」
笑おうとしても笑えない。思った以上に彼の怪我がダメージとなっていた。咳払いをして記憶を振り払う。
「強烈だったな。全然過去になってないのがよくわかった」
ニールは小さくうなずいて、ベッドの上に座りなおした。
「病院で、きみに連絡を取るかどうか結構迷った。診察が終わってから意を決して電話してみたら繋がらないし、メールを送っても反応はない。誰かさんとよろしくやってるのかと思うと惨めだった。傷は痛むし、ひとりきりだし、きみは誰かと笑ってるし」
今度は口元が緩んだ。再度、手を握りなおして続きを促す。
「諦めかけてたら、きみが走ってやってきた。ぼくを見るなりものすごく怯えた顔をして、そうかと思えば、ものすごくやさしく触ってくれた。だから……もしかして、ぼくって特別なのかと思ったんだ。楽しみにしてた予定を反故にするくらいには」
思わせぶりだったかと、自分の行動を振り返る。だが、怪我をした彼を見ると、どうにもならなかった。今後同じようなことが起きたとしても、きっと反応は変わらない。
「かくれんぼなんて久々だった。おまえはうまく隠れてたな」
口を歪ませてニールがつぶやく。
「本気だったからね。罪悪感はあったけど、ぼくを探すきみを見てたらどうでもよくなった。きみの頭の中がぼくでいっぱいだと思うと、この状況を少しでも長く引き伸ばすことしか考えられなかった」
そうか、と午後を振り返る。意図して隠れたとは知らぬまま、彼を探して病院の外にある広い駐車場や隣のスーパーマーケットまで足を伸ばし、いないと見ると再び病院に戻って今度は待合室とは別の階を見て回った。
そのさなかに、ようやく自分が携帯端末を忘れたのに気づき、カフェで待っているはずのニールに連絡が取れないと思い至った。けれど、自分が病院にいる原因となったのが彼自身だったために、きっと覚えているに違いないと高をくくってしまったのだ。
「ぼくを見つけたときに言ってくれた言葉を覚えてる。今日はずっとそれを思い出してた」
彼は病院の裏手にいた。いま思えば、こちらの様子を窺いながら、見つからないように移動していたのだと分かる。探しながら、もしかしたら検査をしたくないのかと疑った。だから、彼にこう言った。
「行きたい場所はあるか、だったな。車はないだろうし、検査を受けたくないなら、家まで送るついでにどうかと思ってな」
ニールの表情が泣き笑いするみたいにくしゃりと崩れた。
「勝ったと思った。約束した相手に勝ったんだって。とにかくきみを拘束したくて、中心地から離れた場所を選んだんだ」
彼は天文台に行きたいと行った。病院からは五十分ほどで行ける場所だったが、彼の目論見通り、端末を置き忘れた拠点やニールが待っていたカフェからはかなり距離があった。
星の出ない日中は、山の上にある天文台を訪れる者も少ないかと思いきや、訪問客は日の出ている間のほうが多いのだと、現地に着いてから知った。口数の少なかった彼は、真っ白な天文台を目にして、初めて来たとはしゃぎ、中に入ってからもほかの入場者と混ざって、展示や眼下に広がる景色を見ては目を輝かせていた。
道中に口数が少なかったのはおれも同じだった。助手席に座る彼の顔に貼り付いたガーゼをどうしても意識しないではいられなかったからだ。だからこそ、明るく振る舞う姿を見ると、こちらまで元気づけられる気がした。
彼と過ごした時間は楽しかった。
ニールはその間もずっと、ひとりで待っていた。
「なぜおれを待ってたんだ。思い出したなら、家に戻るか、別の場所に行ってもよかったのに」
「きみを連れ回した責任を取ろうと思ったんだ。でも、結局また探させちゃったね」
諦めるようなため息を付いてからニールは顔を上げた。
「今日のこと、これまで何度も思い出してた。すごく楽しくて、このためなら、事故に遭うのも悪くないと思ったくらいだった」
ぎゅっとしかめた顔に反応して、ニールが苦笑して謝る。そして、つないだままの手を握りしめた。
「でもさっき、急いで迎えに来てくれたときに、ああ、このひとと食事したかったなあって思ったら悔しくなってきて……。発端はぼくの行動だったのに、八つ当たりして悪かった。あのとき隠れたのも、今日謝らせたのもごめん」
遅れて来たおれをカフェで迎えたニールの顔が蘇った。目を細めてこちらを仰ぎ見たとき、彼は悔しかったのか。あんなに機嫌が悪くなるのを見たことがあまりないから、よほど腹に据えかねたのだと思っていた。
「それなら、やっぱりおれの問題だ。解決策になるか分からないが、これから食事に行かないか」
え、とニールが顔を上げた。
「本当は食べてないだろ? なにかうまいものを食いに行こう」
「でも、明日は移動だろ? 早めに帰りたいって言ってたよな」
首を振って大丈夫だと請け合う。ベッドから立ち上がり、ニールの両手を握って立つように促した。
「なにが食べたい? ダイナーくらいしか開いてないだろうが、うまい店はたくさんあるだろ」
腕を引かれて立ち上がったニールは、それでもどこか気後れするように立ち尽くしている。強張りをほぐすように手を揺らして彼に訊いた。
「どうした、ダイナーは嫌か。だったら別の場所でもいい。スーパーで見繕った冷凍食品でも、見切り品でも、果物でもいいし、手料理がいいなら作る。味には自信はないがな」
ニールは視線を床の上とおれに向けて彷徨わせてから、最後に揺れる両手を見て言った。
「なんで、そんなにやさしくできるんだ」
「相手がきみだから」
間髪を入れずに返した言葉に、ニールは、ふっと笑みをこぼした。それに助けられて続きを言う。
「おれがしたいからしてるんだ、文句は言わせない。もしひとりでいたいならそう言ってくれ。でもいいのか、おれがそばにいるのに」
ニールの顔に、仕方のないやつだと呆れるような笑顔が広がった。自分から手を揺らして観念したように言う。
「たしかに、きみがそばにいるのに、ひとりになりたいなんて思うやつは大馬鹿者だな」
だろ? とニールと目を合わせて同意を示すように小首をかしげると、彼は今度こそしっかりと笑顔になった。
ダイナーに向かうべく部屋を出ようとしたとき、ニールが腕を引いた。
「紅茶、せっかく作ってくれたから飲んでいく」
存在を忘れていたティーポットから、もう冷めているのではないかと疑いつつニールのために紅茶を注ぐ。注がれたお茶は、いつも彼が出してくれるものと違って濃い色味になっていたが、ニールは文句を言わずに飲み干した。
「うん、美味しい。ありがとう」
「うまくはないだろ、色が濃かったぞ」
「きみが作ったから美味しいんだ」
「嘘つけ、おれにも飲ませてみろ」
「だめだ、これは全部ぼくのだ」
ニールがティーポットを高く掲げて取りあげられないようにする。おれは紅茶を諦めて、さっさと行くぞと車のキーを手に取った。緩んだ頬を見られないように、先に家から出て車へと向かう。後ろから、ティーポットを片付けたニールが小走りにやってきて、顔を覗き込んでにやりとした。
一緒にいて救われているのはおれのほうだと知られた気がして、わざとしかめつらをした。ニールも真似して同じ顔をした。