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    月になって アイドルは引退するしバンドは解散するし、文筆家は筆を折る。世の中の表舞台に立つ人間たちは、昏見が願っているよりもずっと薄情で、人生の一段上にある物語よりも、自らの人生とやらを大切にしたがった。
     虹色に輝く物語のステージの幕は、いつだって紡ぎ手の身勝手で降ろされる。どうして自分が始めたフィクションの世界に、最後まで責任を負わない人間ばかりなのか、昏見はずっと不思議だった。夢を見せるなら、自分が棺に入るその瞬間まで夢を描き続けるべきだ。火葬の刹那まで舞台で演じきって、生涯を賭して捧げて、ようやく初めて、その舞台の価値は証明される。物語の舞台は、そうあるべきで、そうでなくてはならない。クリエイターのプライベートなんぞクソくらえである。
     物語に誠実でいられないなら、最初からそのステージに上がるべきではないのだ。

     昏見が怪盗という職を営んでいることと、皋が名探偵であること。そのふたつを踏まえた上でも、皋所縁は、昏見有貴にとって最上だった。
     世界から一方的に探偵に任されてしまった何者でもない青年! 探偵に向いているわけでもないのに才能だけ与えられて、自身の善性故に探偵から逃れることも出来ず、正面から向き合うことしか出来なくて、ただひたすらに名探偵であり続ける愚かさ。凡人はおろか、たとえその道の天才であろうとも、その称号と向き合うことは容易ではないのに。探偵なんてフィクションでしか見かけないような職で、何人もの人生の采配を決めてしまうのだ。世界にひとつしかない探偵という呼称だけで赦されるその行為は、ただの青年が請け負うには、あまりにも傲慢だった。
     皋所縁は悉く探偵と折り合いが悪かったけれど、その責務と正しく向き合っていた。東に殺人事件があれば飛んでいって犯人を指し、西に怪盗事件があれば飛んでいって窃盗を防いだ。健気すぎて泣ける。よりにもよって皋所縁レベルの名探偵が、存在意義を求められる殺人事件みたいな悲惨なものが苦手だなんて知った日には、自らの一生を懸けて推すことを誓った。
     昏見は、そういう生きにくそうな皋所縁個人を含めた『探偵・皋所縁』を愛していたのだ。
     なので、皋が探偵を辞めると聞いたときには、暴れに暴れた。食器は手持ちの2割は割ったし、SNSの鍵アカウントはよくわからない呟きで埋め尽くされた。昏見の持つ怪盗業ルールを破って、予告状だって出した。
     今振り返っても、あの場で皋に素性を明かしたのは滑稽だった。なにより、彼の本願への協力を申し出たのは昏見有貴らしくなかった。
     元探偵も怪盗も、一生筆を置くことのないエンタメモンスターの前では、どこまでいっても舞台下の人間でしかない。舞台に上がれない人間に、演じる資格が与えられることはなかったのに。

    「所縁くんって、どこまでも不味そうにごはんを食べるんですね。意外です。そのへんのセルフプロデュースは怠らない子だと思ってたんですけど、失格探偵の油断ですかね? それとも同じ舞奏衆になった私への信頼? どちらにしても、私と所縁くんは切っても切れない間柄であるということが証明されてしまいますね。やばくないですか? ここまでくると、前世あたりでもなにかしらの縁があったに違いありませんよ。どうしましょう、前世で敵対勢力のトップ同士だったりしたら。捗りますね。私たちの絆って、海より高く山より深かったんだなー」
    「…………俺はつくづく思うんだが、俺よりもお前のほうがよっぽど舌に化身を持つにふさわしいよな」
     口に詰めた白米を飲み込んで、皋が苦々しく言った。その表情は、食事中にも関わらずくるくると舌を回す昏見に向けたものと、自らの食事という行為の胡散さが入り混じって、複雑怪奇なものになっていた。
     皋は箸をのっそりと彷徨わせて、だし巻き卵を頬張る。まるで食事にも探偵の推理と同様に開示手順があるかのような、正答をなぞるような手つきだ。

     今日の稽古は、萬燈が不在だった。他の舞奏衆のことは知らないが、闇夜衆の稽古は日にちも時間も不規則なスケジュールで組まれている。萬燈夜帳が多忙なのが一番の理由だが、昏見が内緒の所用で参加出来ないときもある。スケジュールを押さえ放題なのは、目の前にいる失業探偵の皋だけだ。
     午前の稽古を終えると、舞奏社側が昼食を用意してくれる。そこそこ良いお値段のお弁当だったり出前だったり、その時々で様々だ。メニューも選び放題で金額制限もない。化身持ちの覡へのサポートはわりと手厚いのだ。
    「そういえば、所縁くんはごはんの時、いつもメニューのいちばん上を選びますね」
     白と橙色のコントラストに箸を伸ばしつつ、いつもの軽い調子で問いかける。口に運んだなますは、ほどよく酸っぱくて美味しかった。
     探偵の舞台から降りて昏見とチームメイトになった皋所縁は、目新しさがやけに目立っていた。これじゃあ、距離が近くなったみたいでやるせない。知りたいことと知りたくないことは、それぞれ階層が違うのだ。探偵の食嗜好なんて、怪盗として対峙していた頃は知る由もなかった。今のように同じテーブルを囲むこともなかったので、昏見がここ最近で新しく知った皋所縁の性質だ。
    「べつに意味はない」
    「所縁くんは、食事にも意味とか求める系?」
    「ないよなにも。なんにもないだけだ」
     そう言い切ってしまうと、皋は黙々と箸を動かしだした。踏み込まないでくれ、と言わんばかりの所作に、頬が歪む。
     昏見有貴が愛する皋所縁は、まだ夜明け前の濃霧の中だ。灯台もないひとりぼっちの暗がりで、世界と戦っている。その歪さだけで、昏見は簡単に声を失う。
     正しさをなぞる箸が、煮物に伸びる。彩られたさやえんどうの緑が美しかった。昏見の片手が箸で塞がれていなかったら、抱きしめていたかもしれない。食材に向けられているだけの視線が描いた睫毛が、たまらなくいとおしい。なんで、それ以上を欲しがるんだろう。何も持ってないなんて言わないで欲しい。昏見が運命的に出逢った恒星の輝きを、否定しないで欲しい。
     皋所縁が探偵という生業に熾烈に呪われているのは知っていたけれど、そこまで壊滅的だとは思っていなかった。昏見にとって、世界は数多の断絶や相互不理解が路傍の小石のように転がっているのが当たり前で、それが昏見にとっての世界の正答だった。だって、海で生活する生き物は雪崩に怯えることを知らない。
    「このほうれん草のごま和え、美味しいですね。私のお店でも出したいくらいです」
    「お前の店には似合わないだろ」
    「そうですか? ワンチャン、意外性という点でギャップ萌えを狙えると思ったんですけど」
    「これ以上お前に関する情報量を増やさせないでくれ」
     皋によって丁寧に解されて口に運ばれてゆく焼き魚の有り様が、死体蹴りによく似ていると伝えれば、果たして昏見は殴られるだろうか。それとも、皋所縁にとって最も残酷な行いが必要だろうか。
     願いのためになにを擲っても赦されるなら、昏見有貴は皋所縁を伴いたかった。自分の人生のこの先、これ以上はないという天井に出逢ってしまったのだ。たとえ、この感情が刹那のものだと他人から横槍を入れられても、昏見は容易に論破してみせる。
     恐れることなんて、なにひとつないのだ。この場所で、愛を表明するだけでいい。
    「私でいっぱいになって、溢れんばかりの所縁くんは見てみたいですねえ」
    「素直な疑問なんだが、怪盗って職種につくようなやつは、須く趣味が悪いもんなのか? つうか、飯の時くらい静かに出来ないのか?」
    「怪盗も探偵も、頭のいかれた人間しか選べない職種ですよ。所縁くんは離脱してしまいましたけれど」
     後半にやや感情を込めて、焼き魚を頬張る。これも死体だ。死体のあるエンタメは、どこまでも不謹慎で、どうしようもなく楽しい。死体を取り扱うのは困難だが、そこには至上のストーリーがあるのだ。語り部の意図ひとつで、不死鳥すらも手軽なメタファーに使えてしまう。
     そうだ。アイドルだって復帰するし、バンドは割と簡単に再結成する! 文筆家だってもう一度ペンを取る! 昏見はこの悔恨を忘れはしないが、展望はわりと明るく開けて見える。
     果てしなく遠いかもしれない。けれど、道はまだ始まったばかりだ。歩みを止めなければ、一歩は千里へと繋がっている。願いを他所に託すのは無責任だが、自分で背負って歩くのは自由だ。死体の重さを背負えるなら、不可能はない。
     さしあたっての昏見の願いは、もう少しだけ皋が美味しくごはんを食べられるようになる場所の成就だ。
    櫻井タネリ Link Message Mute
    2022/09/10 14:54:03

    月になって

    ・原作二十五話をどうにか消化したかった
    ・捏造で組み立てた霞で構成されています
    ・脳内葬式の濃度が濃い
    ・くらゆか……?
     2020.11.08
    #神神化身  #かみしん二次創作  #カプしん  #くらゆか

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