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    明日の保証なんてどこにもない 天気予報を見て肩を落とすのはいつぶりのことだろう。四角い画面のなかで、四角い地図と記号を指差して喋っている天気予報士と、平凡な相槌を打つ退屈なアナウンサーの合唱は、皋の人生のBGMに成り果てた耳鳴りと相性が悪い。オイル切れのぜんまいみたいな不協和音が、自他共に認める殺風景な部屋に飽和していくのが恐ろしくて、雑にテレビの電源を切る。投げた用済みのリモコンが、テーブルの脚にぶつかって鈍く跳ねた。
     テレビを消したところで、静寂は訪れない。次に聞こえてくるのは家電の微かなモーター音で、勝手に皋の中で不細工な旋律を奏でようとする。こっちはこっちで、音の防ぎようがないからタチが悪い。いつまでも乾かない洗濯物みたいに、部屋の隅を独占し続けている。
     片手の数だけ、画面に並んでいた傘マークが脳裏をちらつく。皋が半ば一方的に埋められた予定は、きっと取り止めになるだろう。
     セットしていたスマホのアラームを切って、皋は布団に潜り込んだ。何も考えないように、真っ白にした思考の糸を辿っていく。やがてゆっくりと、夜の谷に意識が沈み始める。
     空白を手放す刹那に、ふと思う。
     いくら怪盗でも、雨を盗むなんて出来やしないのだろう、と。

     *

    「所縁くん! お花見ですよ! お花見!」
    「前後関係が息してねえ……」
     零れ落ちそうな柿色を煌めかせて、バーテンダーが拳を高らかに掲げていた。文脈の存在しない宣誓なんて放っておけばいいのに、ついつい反射で応えてしまうのは何故だろう。腐れ縁というものは恐ろしい。この男に出会わなければ、そんな事実も知らずにいられたのだろうが、とっくの昔に皋は手遅れになってしまっている気がする。
    「私たちの間に脈絡なんて不要ですよ、所縁くん。春です、春! 遍く人々が浮かれる季節! 素敵ですね、魅力的ですね。恋……しちゃいますね!」
    「そうだな春だなー。そんでもって、俺が一番嫌いな季節」
    「かつての君は、ね。でも、今はもう名探偵じゃないんでしょう? 無害な一般市民である皋所縁なら、暢気に春を愉しんだっていいじゃないですか」
     嘯いた皋を見透かしたように笑う視線が痛かった。本当は季節に好きも嫌いもない。春夏秋冬、浮かれて苛ついた憎しみと寂しがりが、人間の一線を後押しするから、皋はどの季節も好きになれなかった。降雪で断念されずに実行された殺人事件の綻びは、いつだって白銀が抱いている。
    「俺はいいって、そういうのは」
    「ええっ、所縁くんってば、厭世気取るには人生序盤! ドロップアウトにはまだまだ早いですよ! お持ちになってる手札の数と強さ、ちゃあんとわかってますか? 人生、今この瞬間の刹那を楽しんだもん勝ちですよ!」
    「お前が言うと説得力あるのが一周して嫌味じゃん。第一、お前とふたりで仲良くお花見なんてゾッとするわ」
    「あらあらまあまあ! 所縁くんは私とふたりぼっちが良かったんですか? 嬉しいですね、照れちゃいますね! でも駄目ですよ。萬燈先生を仲間はずれにしちゃったらかわいそうじゃないですか! 私たちは三人で仲良し闇夜衆! お花見も海水浴もBBQも紅葉狩りもスノボも、ぜーんぶ三人一緒ですよ!」
    「余計ゾッとするんだよなー! なにかしらの何かが起きるフラグ立ってるじゃん! 生きる爆発物とノリで着火する人間に囲まれた一般市民が、花、愛でれると思うか?」
    「ふふん、その程度のきゃわわないじわる発言ごときじゃ私は折れませんよ? 皋所縁が名探偵だったせいで取りこぼした青春を奪うには今しかありませんからね! コーディネーター・昏見有貴、アドバイザー・萬燈夜帳の強力タッグでお届けする、闇夜衆リーダー・皋所縁の為のお花見パーティーの予告状です! ね、受け取ってくれるでしょう?」
     おそらく怪盗の次に皋が見慣れていたであろうカードを手にした昏見が、微笑を浮かべる。こうなってしまうと、皋が取れる選択はひとつしかない。昏見の予告状を受け取って、お花見なんて浮かれた舞台に上がっていくのだ。なぜなら皋は見つけてしまった! バーカウンターの隅に置かれた、今はまだ空のバスケットとクーラーボックス、そして大判のレジャーシートを! 極めて控えめに、しかしわざとらしく配置された周到な荷物への視線を辿れば、昏見の持つ予告状に行き当たるのも悔しいものがある。流石というべきか、視線誘導がお上手だ。
     ひらひらと泳ぐ指からカードを奪って、文面を確認する。来週の、ちょうど桜が満開になっているであろう頃合いの日付と、この会話が始まるきっかけの台詞に似た短い文章が綴られていた。
    「……予告状の在庫処分にしては用意周到だな。あーあ、オフ日までお前と一緒なのかよ」
    「失礼ですね、私はいついかなる時も本気ですよ? じゃなきゃ皋所縁相手に予告状なんて出しません」
    「あー……うん、そうね。お前はそうだったな。……というか、俺だって……何事もなく、終わってくれるなら、」
    「なーんにも心配いりませんよ! 所縁くん! だって我ら闇夜衆は最強衆ですからね! いつだってどんな時だって、無敵オブ無敵! 当日のお弁当は楽しみにしていてくださいね! 有貴、腕に寄りをかけて頑張っちゃう!」
     まごつく皋の言葉を道化で遮る男をじろりと睨んでも、これっぽっちも響いていない。無駄だと解っていても、皋はまだこのポーズをやめられない。見透かされているかもしれない虚勢だとしても、これは皋の防波堤だ。言い訳の余白を差し出すには、あと一歩を踏み出すための勇気が足りない。
     溜め息を吐く皋に、珍しく追い討ちが掛かってこないことも解きたくなかった。整然と並んだグラスに伸びた手を見て見ぬ振りすることしか、今の皋に出来ることはない。「ちょっと楽しみ」という軽口すら、未だ飲み込まずにはいられないのだから。

     *

     夢の隙間に雨音が鳴っていたので、目が覚めてもぬるい現実を受け入れられた。皋が目覚めたのは、お払い箱行きになったアラームが設定した時間の数分前だった。いったい、なんの皮肉だろうと思う。
     スマホを確認すると、予想通り昏見から喧しいメッセージが来ていた。チカチカと目に痛い絵文字の並びが、そのまま昏見で脳裏に浮かぶ。対する萬燈の返信も、こちらはこちらで文字だけだというのに相変わらずの圧である。メッセージアプリ越しでも揺るがない萬燈夜帳の圧倒的な存在感は、寝起きの皋の思考回路を叩き起こすには些か乱暴だ。
     そして、二人から来たメッセージの時刻を認識して、やらかしたことを悟る。二人共、日が暮れきってない時刻にグループメッセージを送って来ている。つまり、皋が天気予報を見て、眠りについて程なくしてだ。皋のことに殊更鋭い昏見は、朝まで返事がないことだけでも、皋がふて寝をしていたことに気づくんじゃないか? 成人男性のふて寝ほど恥ずかしいものはない。しかも花見の雨天中止ごときで。
    「ええと……いま、起きた、中止、りょーかい、っと」
     必要最低限のメッセージを送ると、即座に既読の文字が瞬く。怖。
     気づかなかったふりがしたくて、メッセージアプリを閉じようとした瞬間、通知音が鳴る。皋はアプリをまだ開いたままだった。相手の方がコンマ秒単位で早かったらしい。音のない会話から逃れられないことを、消化出来ずとも飲み込む。しぶしぶ確認した画面には、文字列ではないものが表示されていた。
    「──桜……?」
     手のひらの額縁に届いたのは、灰かぶりの桜の写真だった。薄暗くて彩度の低い画像だ。桜の写真としては赤点になりそうな──凡そ、昏見が撮りそうにないもの。
     朝露に濡れた花弁と、微かに見える赤く染まったままの蕾。桜の奥に映り込む電線と見覚えのある枝ぶり。日の出で微かに橙色に染まった曇り空。光源を淡く切り取る、八角形のカーブ。

    『今年の闇夜衆のお花見は惜しいですがこの写真で』

     謎の点滅する絵文字に挟まれた文章が、続いて送られてくる。そして、そこから続く言葉はなかった。
     今週いっぱい降り続ける雨は、満開に咲いた桜を散らすだろう。花見のスケジュールを組み直すことは叶わないはずだ。舞奏の稽古だって詰まっている。
     今年の花見。皋が口に含んだ言葉は未来には転らないし、出てこない。わざわざ、これ以上桜が散る前に写真を撮って送ってくる昏見が饒舌なのだ。来年の話なんて、誰も出来ない。闇闇夜衆はそれぞれの目的の為に、一時的に協力関係を結んでいる繋がりだった。日々の些事が、どうしてか楽しいから忘れてしまいそうになるだけで。
     昏見のメッセージに返事するのが難しくなって、そのままアプリを閉じた。これが一方的な感傷であって欲しいと思う。
     手のひらに収まってしまうような、切り取られた薄鋼色の桜だけが雨音を繋いでいた。
    櫻井タネリ Link Message Mute
    2022/09/10 21:09:55

    明日の保証なんてどこにもない

    ・萬燈夜帳が不在だけど闇夜衆のお話
    ・そしてくらゆか
    ・びーずろぐ5月号の内容を含んでいます
     2021.03.29
    #神神化身 #かみしん二次創作 #カプしん #くらゆか

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