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    皋所縁とファンタジーのなかった世界 そういえば萬燈さんに聞いて欲しいことがあったんだ。思い出した。俺のちっちゃい頃の話なんだけど、……いや、ちょっと待って。おい昏見。先に言っとくけど、俺が話し終わるまで、余計な茶々や変な相槌やオーバーリアクションを絶対するなよ。昏見有貴をログアウトして、ひと言も喋らない寡黙なクレスプクルムの店主で居てくれ。
     えーと。で、本題なんだけど。小学生の頃だったかな、友だちが居たんだよ。でも俺以外には見えない。今思うとイマジナリーフレンド? ってやつだったのかな。俺も姿を見たことがなくて、声しか知らなかった。その友だちは、壁の中に居たから。
     ウチは親が留守がちで、ひとりで留守番することが多かったんだ。所謂鍵っ子で、学校から帰ると大抵ひとり。用意してあるおやつ食べながら小説読んで、親の帰りを待つのが日常だった。
     ある日いつものように留守番してたら、壁の向こうから声がした。コーポの隣の部屋の声が漏れて聞こえてるんだろうって最初は思ったんだけど、よく考えたらそれっておかしいんだ。声が聞こえてくる壁の向こう側って、共有階段なんだよ。さすがに声が漏れるような壁の薄さじゃないだろ? なんだか気になって部屋を出て階段まで見に行ったけど、そこには誰もいなかった。空耳だったのかなって不思議に思って、その日はそれで終わったんだ。
     次に声が聞こえたのは数日後で、最初より声が大きく聞こえた。その次は、もっとはっきり聞き取れるようになった。四回目で、その声は俺に向かって『こんにちは』って明確に言ったんだ。
     声は決まって、俺がひとりで留守番してるときに聞こえてきた。一度、親に壁の向こう側の声を知ってるか尋ねたけど、怪訝な反応で終わったから、ほんとうに俺にしか聞こえてなかったんだと思う。まあ、親がいるときにその声はひと言も喋らなかったから、確かめようがなかっただけかもしれない。
     最初の頃はひと言ふたこと会話するだけだったけど、日が経つにつれて壁の向こう側との会話は増えていった。まるで相手に出来ることが増えてくみたいだった。ただ、相手は、壁の中で自由に身動きが出来ないって言ってた。だから声しか出せない。さみしかったから、話し相手が欲しかったって。
     俺は俺で、留守番が孤独じゃなくなったからさ、わりと嬉しかったよ。ひとりで静かに小説を読んで時間を過ごすのも良いし、友だちと賑やかに会話するのも良い。どっちだって、等しく魅力的だもんな。

     しばらくの間、俺と壁の向こう側の声はお喋りしか出来なかった。それがある時、声が言ったんだ。少しづつだけど動けるようになってきた、って。壁の中で動けたところで何が変わるわけでもない。でも、喋ることだって最初は覚束なかったのに、今じゃこんなに会話が出来る。出来ることが増えていくのは良いことだと思ったよ。
     そして声は、壁の中を自由に動けるようになった。会話の度に、声がする位置が毎回変わるんだ。天井近くから床すれすれまで、壁の中っていう縛りはあったけど、いろんな場所に動けるようになっていて、すごく楽しそうだった。
     そして今度は、壁を抜けれるようになった。といっても、声の主が壁から出てこれるようになったわけじゃない。俺が壁に干渉出来るようになったんだ。
     あー……。このあたりの記憶が少し曖昧なんだけど……、明確な意思を持って壁に触れると、水面に手を入れるみたいに沈むんだ。これも最初の頃は指先だけだったのが、手のひらまで、肘まで、といった具合で徐々に干渉出来る割合が増えていった。面白かったのが、俺が持ってれば無機物も当たり判定らしくて、食べ物や皿なんかも壁の中に入れたんだ。
     だからこれ幸いと、俺は壁の中の声に差し入れをしてたな。例えば、おやつに用意されてたフルーツの乗った皿を俺が壁の中に入れて、しばらくしてから壁の中にもう一度手を入れると空になった皿が出てくるんだ。最初に空になった皿が出てきたときは嬉しかったよ。壁の向こう側の声が、ほんとうに存在してるって証明だったから。まあ、空の皿までが俺の妄想じゃなければ、の話だけど。

     けど、不思議なことに声の方からは壁に干渉出来ないみたいだった。俺はそれでもよかった。声との会話は楽しいし、一方的だけど壁の向こう側に干渉出来たし。ただ、相手の身体には一度も触れられないんだ。声にそもそも実体があるのかも、壁の中を動いているから俺の腕が届かないだけなのかもわからなかった。
     その後も俺が干渉できる範囲は増えていった。肩まで入るようになって、その次は反対の腕が順番に壁の中に入っていくようになった。両腕がすっぽり入るようになって、もう頭も入るだろうなって頃に、俺は声に尋ねたんだ。
     全部入れるようになったらどうなるんだ? って。
     そうしたら、壁の中で声はこう答えたんだ。


     ──やっと交代出来る。


    「次の瞬間、壁の中に俺は居た。そこで意識はブラックアウト。そこから先の記憶はない。気がついたら朝で、布団の中で寝てた」
     いつかの記憶を語り終えると、皋は昏見を見やってもう喋っていいぞ、と無言で告げる。皋の隣で、けして短くはないがそこまで長くもない話を黙って聞いていた萬燈は、ややあって至極愉快そうに言った。
    「なかなかに興味を唆られる話じゃねえか、皋。そりゃあ実体験か?」
    「なんだか小説みたいなお話ですね。いっそこれで小説書いちゃったらどうですか? 所縁くんは現在無職なわけですし、時間も有り余ってるでしょう?」
    「書かねーよ。舞奏の稽古と諸々に加えて、お前がやたら俺に構ってくるお陰で俺の生活はわりと忙しいんだよ。……つーか、ここからが本題。俺はこの記憶が俺自身のものかどうかの判断が付かない」
    「ほう。そりゃあどういった理屈でだ? 語り部である皋所縁の一人称で語られた物語だってのに」
     ワントーン落とした皋の声に、萬燈の淡い虹彩が、無慈悲な無垢でぎらりと輝く。
    「まず、経験した記憶なのは間違いない。でも、壁の中に人が居るだとか壁の中に入れるなんて話がほんとうにあったとは今も思えない。カミよりよっぽどオカルトだろ? 現実的じゃない。それに、俺の家庭環境が実際とブレてるんだよな。記憶の中にある背景……というか、家の間取りとかも細部が異なってたし、なによりその後一切、壁からはなんの声もしなかった。そもそも、俺はこうやって壁の外にいる」
    「夢を現実とを混同した記憶、という可能性はないんですか?」
    「それもない。夢にしてはあまりにも鮮明だし、なにより、真っ暗な壁の中に引き摺り込まれたあの感覚は……夢なんかじゃ片付けられない」
     逆に言えばその一点のみが、あの出来事が皋の身に起きた現実だったろうと信じられるに足る、ちっぽけな要素だ。
     あの時のことを思い出そうとすると、皋は流氷の浮かぶ凍えきった海に投げ出されたような気持ちになる。壁の中はそれだけ、冷たくて寂しいひとりぼっちの場所だったのだ。誰もいない暗闇は、ひどく恐ろしかった。
    「それでもお前がその記憶を実体験か否かを迷うだけの要因があるってわけだ」
    「ああ。あの後、もしかして小説とかの中身を実体験だと思い込んでるんじゃないかって思って、図書館の貸出履歴を確認したことがあったんだ。古き良き、みたいな紙の両面に手書きで記入するタイプのやつ。俺の通ってた学校は一年ごとに生徒に渡されてたから、全学年分確かめたよ。そうしたら、あの出来事があった年に読んだはずの本が一冊だけ図書カードから消えてた。……無関係とは思えないだろ」
     皋はその本のタイトルも作者も思い出せない。でも、記憶はある。不確かで曖昧で、消えてしまったけれど。
    「そうか、なるほどな。俺がお前になにか言えることがあるとすれば、アプローチの仕方は無限にあるってことくらいだな」
     萬燈がやけに得心がいったように頷いて、よくわからないことを言う。
    「萬燈先生も、存外ロマンチストですね」
     昏見の台詞の意図は、尚更わからない。
     すこし不思議な記憶を披露した皋だけが、何故だか置いてきぼりにされていた。
    櫻井タネリ Link Message Mute
    2022/09/10 17:09:52

    皋所縁とファンタジーのなかった世界

    ・すこし不思議な思い出話
    ・SF?です?
    ・実家回の前に書いてしまわないと没になると思ったらしいです……
     2021.01.14
    #神神化身 #かみしん二次創作 #カプしん #闇夜衆 #くらゆか

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