夜鷺140時アタック簡易ログ『いつか見た気がする、冬生まれの人の宝石みたいな色でピカピカと光っている』
『紫色って、どうしてこんなに感情があっちこっちに宿るんだろう。あったかいのにつめたい。そんな色に、俺は触れてもいいんだろうか』
『そんな色で、俺のことを見ないでほしい。薄紫色の眼差しは、ちゃんとできていたむかしの自分を呼び起こしてしまうから。5月の藤棚の正しさを、目の前の小説家に託してしまいたくなる』
『「……たすけて、」みっともなく震えた悲鳴に、ふたつの淡い紫が揺れた。言葉もなくきつく抱き締められた刹那に、ああ、この人でもこんな、必死な表情をするんだと、頭の隙でぼんやりと思った。』
『やわらかい紫。刺々しい赤や青をどんどん抜いてったみたいな色で、あいしてるぜ、なんて眼差しを向けてくるから、ほんとうに、ものすごく、困っちゃう。どんな顔すればいいのか、手取り足取り教えて欲しい』
『いきなり、ばたんって音を立ててベッドに倒れられて、どうしていいかわかんない。いや、俺この部屋に来たの初めてなんですけど? いくら俺が戸惑っても灰色の頭は微動だにしない。いっそ警察か救急車でも呼ぼうかと思ったら、骨張った手が俺の腕を掴んで、そのままやわらかいお布団に沈められた。』
『嫌だ嫌だ。あんたのそういうところが大っ嫌い! 数時間前に叫んで毛布の中に籠城を決め込んだはいいけれども、このあとどうしよう。喧嘩はまあ、いい。喧嘩別れはちょっとやだ。見捨てられるのはもっとやだ。毛布の隙間からちらりと覗いた先のあの人が余裕そうに微笑んでるの、いちばんいやだ!』
『ぱちりと開いた瞼の向こうで、おっかない人が眠ってる。なんでこんなことになっちゃってるのかなあ。眠気に半分蕩けた頭で考えるけど、きっと正解にはたどり着けない。だって、この人の隣は信じられないくらいあったかで、全部が大丈夫だったから。理由より意味に手を伸ばして、もう一度眠りにつく』
『この人の隣は怖い。理由は述べるまでもない。この人の隣に立ち並んで平気な人間って地球上に存在してるんだろうか? でも、なによりも怖いのは、この人が俺を選んだこと。……ではなく。俺自身が、この人の隣に居たいと思ってしまっていることなのだ。やっべー、世界からの嫉妬背負っちゃったよぉ』
『いきなりだったからびっくりした。これって言い訳になっちゃう?少し離れた距離のこいびとに手を伸ばす。ちらりと向けられた藤色は、いつものレンズ越しじゃない。ごめんなさい、俺がそう言う前に、抱きしめられる。ひどく、やわらかく。なんでそこまでしてくれるんだろう。謎は解けないままだ』
『会うたんびに俺が過剰に怯えてたからかもしんない。今ではすごい遠くから見られるようになった。でも、それはそれでおっかない。だけど、今日だけは頑張って近づくのだ。ずっとずっと、尋ねてみたいことがあったから。爆発寸前の爆弾にだって、手を伸ばさなきゃいけない時はあるのだ!』
『どうすればこの人の隣に並んで立っていられるんだろう。吹き荒ぶ嵐の中を、たったひとりで物語と戦い続ける孤独なひと。原稿用紙の上で死んでいった物語に、いったい誰が寄り添ってあげられるのだろう。そんなことばっかり考えてしまう。コンクリート色の背中は、今日も強い』
『すったもんだ揉めに揉めた後、最後の最後に、ほんとうに信じていいの?って尋ねた。そしたら、信じてくれって言われたから。真っ直ぐに、焼けた紫色が俺を見つめたから。だから信じたんだよ。信じてたんだよ』
『眠れなーい、なんてうっかり言ったら、即席の壮大な夢物語を語られてしまったので、それ以来、眠れなくても眠れてる振りをするようにしている。身体も呼吸も殺して、眠い振りをする。いちばん好きなひとの隣で! 地獄じゃん! なによりしんどいのは、この人は俺の芝居に絶対気付いてるってところ』
『たぶんそれが欲しいのかなって、わざと寝た振りした日があった。そしたら、どえらいこっちゃになりまくりで、流石に俺も二度とそんなことはしないと固く心に誓った。誓ったんだよ?マジで。でも、今目の前にある滅多に見られないこの人の、本気とうっかりの間にある寝顔が、俺を誘惑する』