0103 皋所縁は食事のとき、好きなものは最後に残しておいて食べるほうだった。美味しいもので食事の幕を閉じたかったからだ。好きじゃない味が最後に残るより、好きな味で最後を締め括りたかった。それだけの理由だ。その皋の性質が、こんなところで復讐してくるなんて思ってもいなかった。
ばらまいてきた過去は、案外簡単に未来に牙を向く。生きるのって、酷く面倒だ。皋はそう思って、箸を置いた。
名探偵である皋所縁の元には、次から次へと事件がその扉をノックする。依頼された事件、遭遇した事件、挑まれた事件。細かく分類すればキリがないけれど、そのどれもが死体を携えていることに変わりはない。病死や老衰や事故死じゃない死体。つまり殺人事件だ。
ここ数日は暴風雨のような忙しさだった。カウントダウンやらパーティーやら、横文字の羅列に何故か人殺しがくっついてくるのだ。年が明けることがそんなにめでたいのか、という疑問がないこともないけれど、ハッピーなのはいいことだ。思う存分、集まって祝えばいいと思う。そんな場所で、人を殺そうとしなければ。
皋はつくづく不思議だった。人と人の繋がりが出来れば、愛憎悲喜交交だろう。繋がり自体は否定しないし、皋は人と人の関わり合い自体は愛しく思っている。殺人に至る理由が解せないだけだ。
わからない。わからないのだ。
深夜二時にようやくありつけた晩飯の味もよくわからなかった。目の前に一割程残ったままの、冷めたコンビニ弁当は皋になんの天啓も齎してはくれない。転がった割り箸をもう一度持つ気にもなれない。プラスチックの容器の中には、皋の好きだったはずのおかずが冷えて固くなっている。
好きなものは最後に残すほうだった。でも、今の皋はその最後のひと口が食べられない。いつ頃からだったか、一度の食事を最後まで食べられなくなっていた。良くて九割、駄目で七割程度。それだけ食べ進めると、なんだかもういっぱいになってしまうのだ。勿体なく思うけれど、毎回残してしまう。胃が小さくなったとか、もう満腹というわけでもない。
なんというか──そう、飽きてしまうのだ。食べることに飽きてしまう。頭の隅の方で、生きようとしている自分に厭気が差している。皋が食べているこの食事が、死体が生まれた理由を紐解く仕事で得た金と等価交換されたものだと思うと、途端にテーブルの上に乗っているのが食事だとは思えなくなる。皋の思い過ごしだろうか。
……コンビニ弁当が凶器やトリックに見えるなんて、妄想であって欲しいと切に願う。
もう、ここ最近の皋は、死なないように食べていければいいやと開き直っている。お陰で食事の時間はめちゃくちゃだ。タイマーをセットしてきちんと一日三食、食べるべきだろうか。けれども、事件は皋の食生活に配慮してくれはしないので、皋が架空のタイマーを使う日は来ない。
残りの弁当を食べることを諦めて、寝てしまおう。明日も早くから依頼が入っていた。三ヶ日が過ぎると、年末年始の忙しさとは違う慌ただしさがやって来るのだ。
そういえば、今年も初詣に行けなかった。来年もどうせ行けないから、初詣なんてイベント自体を忘れてしまったほうがいいかもしれない。そのほうが、虚しくならずに済む。
今が冬で良かった。食べ残しの生ゴミがすぐに腐らないで済む。このまま、棄て置いていても良いから。