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    Reborn 幼少期の読書遍歴で就職進路を選ぶのは、紐のないバンジージャンプで飛ぶようなものだ。生憎と皋所縁の人生には、安全紐が用意されていなかった。探偵を愛していたし探偵の才能に恵まれたけれど、皋の性質は尽く探偵と調和しなかった。自ら願って就いた仕事の根幹との相性の不一致に、職業探偵に成ってからしか気づけなかった絶望は濃度が濃い! 人死にを望まない人間は、壊滅的に探偵に向いていないのだ!
     そのあたりの、純粋で単純な事実を見過ごしていた皋は、言葉通りに正しく相応しく、失格探偵だった。死体を願わないことは、探偵の不在を祈ることだ。舞台に上がれないどころか、物語も始まらない。それは探偵へのひどい冒涜だ。世界から探偵に任された皋に、その権限は使えない。探偵である限り、皋には世界を革命することが出来なかった。
     皋所縁は猛烈に世界と折り合いが悪い。歪に捻れたものが世界を厚顔無恥に構築しているようにしか見えなかった。おまけに、自分に正しくありたいだけで擦り切れてしまう。
     なにかを希うには、相応の対価が必要だ。賭けのハードルはこの上なく高い。手持ちのカードは1枚しかないけれど、積もった感情を上乗せすることができた。
     そういったわけで、皋所縁は探偵の舞台を降りて、物語そのものに干渉することにした。正攻法で攻略できないなら、裏技を使うしかない。

     結局のところ、背負う荷物が多すぎるのが良くなかったのだろう。世界から観測すれば、その荷物は皋が身勝手に抱えているだけのものだったが、そんなことは背負っている当人には関係ない。
     そして、皋にとって現状の荷物は、眼前を歩くかつての宿敵とレイヤーエベレストだった。紆余曲折の末にチームを組んだの良いが、このふたりをどう扱えばいいのかわからない。怪盗だけでも手に余るのに、ほぼ人外の小説家なんて重荷が過ぎる。そもそも萬燈夜帳に関しては、皋がなにかしらを意図して関わろうとしていい相手じゃないのだ。舞台下の人間から見た照明に近い。物語の登場人物は、作者とは会話できない。
     ただ、世界における規格外の萬燈夜帳のことも、解像度のバグにしてしまえば読み進めることができる。何があっても、「だって萬燈夜帳だし」という魔法の呪文を唱えればいい。それに比べて、昏見有貴は、ほんとうに、心の底からわからない! なにを考えているのか、なにを求めているのか、探偵スキルを用いたとしても昏見の奥底は生涯読み解けない気がする。
    「萬燈先生直々にご紹介の焼肉屋さんなんて期待がうなぎのぼりです! 楽しみですねー、所縁くん! お会計は、おそらくたぶんほぼ確できっと絶対になにがなんでも萬燈先生が持ってくれるに違いないので、一緒にお高いお肉をたらふく堪能しましょう!」
     先刻からスキップでもし始めそうな勢いの昏見が、振り返って皋に向けてにっこりと微笑む。いや、若干スキップしてる気がする。昏見は平素から口が塞がらないタイプだけれど、跳ねながらそんなに喋っていて疲れないのだろうか。怪盗行為中も、楽しくて仕方がないという様子でやたらと喋り倒していた。一方の皋は、探偵業の本番中にもわりと疲弊していたというのに。
    「焼肉ってそんなに浮かれるもんだっけ」
    「やだなあ、所縁くん。ただの焼肉じゃありません、最愛の推しとの焼肉です。こんなハッピーエンタメは滅多にありませんよ! おまけに萬燈夜帳プロデュースです。まいったなー、ワクワクが止まらないなー! 今夜は最高の夜になるに違いないなー!」
    「昏見の言う通りだ。食は良いぞ。ストーリーを彩るのに、食事ほど利便性が高くて最適解なアプローチはねえからな」
    「どっちの主張も、俺には理解が及ばねーわ」
    「所縁くんってそういうとこだけイメージ貧困ですね」
     憐憫の声で昏見が呟いて、返事も待たずに再び前を向いて歩きだした。あえて否定はしないけれども、そんな言われ方もなんだかな複雑だった。こちらを振り返ることのない昏見が跳ねるたびに、長く伸ばされた髪が揺れた。
     ふいに、あの日の言葉を思い出す。軽薄な台詞しか吐かない男から、信じてくれと請われたことを。怪盗が変装した姿を消す刹那の、なにかを切り詰めて削ぎ落とした夕焼けのような一瞬の熱っぽい眼差しも。
     皋は、昏見のそういうところを、ほんのすこしだけ心苦しく思う。これも過積載だ。仕草や言動にやたらと意味を読み解こうとする、探偵という名前をした皋の背負った呪いだ。けれど、目の前を歩く楽しそうな昏見を見ていると、それだけは真実なんじゃないのかと思ってしまう。人は見たい真実しか信じられない。解呪の真っ只中にいる皋所縁にとっては、昏見がほんとうの心の底から楽しくいてくれたほうが気が楽だった。

    「……なあ萬燈さん、常々疑問だったんだけど食事行為ってそんなに伏線というか意味を付けられるもんなの?」
    「書き手の技量にもよるがな。俺個人の持論としちゃ、作品で食事を語れないのは、作り手側として重大な欠陥だな」
    「欠陥……」
    「美味しいごはんの出てくる小説って説得力あります」
    「生きることも食べることも、死ぬまでやり続けなきゃならないことだ。死ぬまで付き合わなきゃならないもんは味わい尽くすのが礼儀だろ」
    「そんなに世界の解像度高くなれない……」
    「目隠しして暗闇で食べても、肉は肉で魚は魚だ。お前にとっては、そこまで熾烈な話じゃないと思うんだがな」
    「探偵文脈だと死んだ肉はどうしたところで、死んだ肉以外の意味を持たないんだよなー」
    「所縁くんって難儀ですねえ……」
     自分で十分過ぎるくらい理解しているから、そんなに可哀想な目で見ないで欲しい。

     *

    「うわ、萬燈さんの焼いた肉、意味がわからないくらい旨い。これは意味がある。含みも比喩も全開で盛れる」
    「そりゃあよかった。僥倖だ」
    「だめだなー、30分で覆るような意思とか整合性がなさすぎる」
    「仕方ないですよ所縁くん。焼いた肉は正義以外のなにものでもないです。そのなかでも天才萬燈夜帳の焼いた肉は正義中の正義。最高の肉は最高って味わえる日がくるなんて……あー、何事にも挫けず諦めず生きててよかったー」
     もぐもぐと肉を頬張る昏見も、美食の極地を噛み締めている。後半に引っかかる発言があるものの、皋と同等に正義の前に平伏しているのは間違いない。
     大人しく前言撤回しよう。焼肉は正義だった。死んだ肉を焼くことで得られる、腹が膨れる系の至高のエンタメ! 萬燈がよく利用しているという店は、サービスもクオリティもお値段もとっておきだった。皋はメニュー表の値段を見ておそろしくなって閉じて以降、メニューには近付いていないけれども。目の前では、あの萬燈夜帳が手ずから肉を焼いている。これで美味しくなかったら世界は滅ぶべきだし、皋はその滅びに喜んで加担する。萬燈の焼いた美味い肉に誓う。
    「所縁くん次なに食べます? 私こう見えて以外と生肉好きなんでユッケとかも捨てがたいんですけど、焼肉屋でサブメニューで腹を満たすのって罪深いので躊躇うんですよねー。レバ刺しが禁止されたときはマジで悲しかったなー。レバ刺しが許される世界戻ってきてくれないかなぁ」
    「お前の生肉への得手不得手には興味ない。俺はいいから、ふたりが食べたいもの頼んでよ」
    「皋は消極的だな。焼肉は前傾姿勢で愉しむ文化だろ」
    「や、充分に楽しんでるけど……」
     萬燈がやけに思い置くように言うので、すこし後ろめたさを感じる。彼にどう見えているか皋は量りかねるが、ちゃんと楽しい。だって、今日のテーブルにはなんの殺意も乗っていない。卓上にあるのは美味い肉だけで、難解なチームメイトは持て余すけれど、どちらも探偵には関与してこない。
    「所縁くんにも愉しめるものが出来てよかったですね」
     昏見が焼けた肉を甲斐甲斐しく、皋の皿に盛りながら笑う。
    「こういう時まで言葉に刺潜ませるのさすがに趣味悪くないか?」
     有り難く肉は享受するが、発言は看過できない。焼肉開始からやたらと皋の皿を肉で満たそうとしてくるのも気にかかる。昏見自身はちゃんと肉を食べつつも、トングを決して手放さなかった。皋が気がつくより先に、皋の取り皿に肉を持ってくるのだ。
     萬燈が完璧な所作で、昏見が隙なく肉を焼くので、皋はもっぱら食べる専門になっていた。なんだか申し訳ない気もしたが、このふたり以上に巧く肉を扱える自信もないのでそのままでいる。おかげで、皋が取り扱える唯一の死んだ肉が今日の皿に乗ることはない。
     昏見に与えられるままに肉を頬張ると、今度は萬燈が皿に肉を乗せてくる。照明に照らされた脂の光沢がてらてらと輝いていて、犯罪的に美しい。
    「ほら皋、ホルモンも食え」
    「内臓系って飲み込むタイミング見失うから苦手なんだけどなぁ」
     どうせ10秒後にはこの台詞も撤回するんだろう。自分でわかっていても、言わずにはいられないこともある。動機の開示は物語に必要不可欠で、犯人の悔恨は曲のアウトロに必至なのだ。

     *

     皋の美味い食べ物ランキングが激動の順位交代を果たした宴は、それ以外の何事も事件を起こすことなく平和に終わった。存在しているのか定かではないゆるふわランキングでも、誰かの手にかかれば、その存在を観測できるようになるという証明の夜だった。
    「なんかいいな、こういうの。誰かと一緒に飯食べるのなんていつ振りだろ」
    「友達いませんもんね、所縁くん」
    「お前ほんと黙ってろよ。今度ぜってー泣かしてやるからな」
    「えー、私にそれ言います? 引退しちゃった推しのことを想って毎晩枕をびしょびしょにしてるのに……梅雨じゃなくてもお洗濯が追いつかない悩みを抱えた人生なんて、所縁くんには想像もつかないんだ」
    「脊髄反射でそれだけ喋ることが豊富な人生なんて、想像出来てたまるか」
     闇夜衆を組んでからというもの、殊更に昏見の軽口に振り回され尽くしている気がする。遺憾だった。そして、ぎゃいぎゃいと言い合う皋と昏見を、萬燈が含みのある視線で見ている。そのことにも気付いているが、言及したくないしされたくない。葬るべきは死体だけじゃないことも証明されてしまった。
     だって、こんな夜が楽しいなんて、皋の願いに不誠実だと思う。ほんとうならば、もっと切迫感が求められて然るべきだ。それだけ、皋の願いには代償が求められるに値する。

    「ねえ、所縁くん」
     昏見の声のトーンが、先刻までと露骨に変わった。
    「想像することなんて以外と容易いですよ。知ってますか? 想像力で世界は変わるんです」
     余分な情報量が削ぎ落とされた声音で、囁きに近い音色で告げられる。なるほど、小説における場面転換や、音楽における転調がこれか、と思う。なにか言葉を返そうと思ったけれど、言いたい言葉が全部喉に引っかかって出てこなかった。なにも言う必要がないであろうことも、気が付いている。

    「私、美味しいお蕎麦屋さん見つけたんです。また、3人で行きましょうね」
     ひどく柔らかく、昏見が微笑む。いつもの揶揄うような笑顔ではなく、ガラス細工を慈しむような笑顔だった。それは果たして自分に向けられるべき表情なのだろうか。もう探偵ではない皋は、やっぱりわからない。昏見の隣の萬燈は平素と変わらない表情で笑んでいるし、なによりもここには3人以外誰も居ない! 皋が推理するための情報量が圧倒的に足りていなかった。この場において、皋所縁は決定的に探偵になれない。
     いつまでも探偵の亡霊が染みついたままの皋だったけれど、皋の選択には今度こそ福音がもたらされるかもしれない。この場所ならば、祝福を祈っても赦されるんじゃないだろうか。
     探偵と剥離したことで見える風景も存在するのかもしれない。できることなら、存在していて欲しい。皋が別れを告げたものと出逢ったものが、呪いではなく祈りであって欲しい。それは、ひどく個人的な、皋のふたつめの願いだった。
    櫻井タネリ Link Message Mute
    2022/09/10 15:04:20

    Reborn

    ・くらゆかと萬燈先生の焼肉回
    ・妄想と幻覚を紡いでいます
    ・二十五話をどうにかこうにか消化したかったその2
    2020.11.13
    #神神化身  #かみしん二次創作  #カプしん  #くらゆか

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