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    紫陽花と桃 ここ最近の昏見はどこかおかしい。なにかを考え込んでいたり、皋のことをじっと見つめてくることが以前にも増して増えていたので、皋は何事かと訝しんでいた。
     昏見の行動は何をしてくるのかわからない。それは皋にとっては交通事故のようなものだった。いくら気をつけていても、不意にぶつかってしまう。だから皋は、錆びた推理力を駆使して昏見に先んじてやろうと常々思っていたのだった。
     この夜に起きたことは、きっと事故のほうで、おそらく皋が負けたことになるのだろう。

     組み込まれた日常でクレプスクルムを訪れると、店主である昏見がやたらとにやけていた。いつも笑顔な奴だけれど、今日はなんかだか恐ろしい。
     今夜はクレプスクルムで闇夜衆の打ち合わせだったのだが、萬燈が仕事で遅れて来るらしかった。そのおかげで、この不穏な昏見としばらくふたりきりの時間がある。そう思うと皋は、選択肢や態度を間違えてはいけないと覚悟を決めた。
    「なにお前、気持ち悪い程ニッコニコで。なんかいいことでもあったのか? いや、聞きたくないけど」
     訝しげに皋が尋ねると、昏見はふたつぶの黄昏色の瞳をきらりと輝かせる。う。やな予感。
    「よくぞ気づいてくれましたね! さすが名た……いえ、元・名探偵! 失格してても衰えない推理力に私ってばクラクラしちゃうな〜! 実はですね、これは他のお客様には絶対に内緒の所縁くんだけに教えちゃう話なんですけど、素敵な新作のノンアルコールカクテルができたんですよ。ね、所縁くん、飲んでみません? みません? ノンアルコールですよ?」
    「うう、テンションが高い……。このバーにそぐわねえって。そんで言い直したのもわざとだろ。分かるんだからな。……でもノンアルコールカクテルか。飲んだことないし、せっかくだから貰おうかな。……ところで、本当にノンアルコールだろうな?」
    「もちろん! この昏見有貴、所縁くんに誓って嘘は言いませんよ!」
     念を押すように付け加えた皋に向かって、昏見が完璧なウインクをする。ウインクひとつで、ここまで人にダメージ与えられるものなのか。驚いた。
     顔が良い男の満点のウインクは、皋のよく知らないところに刺さったらしい。知らないところとはいえ、昏見のなにかが皋のどこかに刺さってしまったなんて認めたくはないけれど。
    「では、早速お作りしますね。所縁くんは私の巧みで魅力的なシェイカー捌きに見蕩れていてくださって構いませんよ! 所縁くんの初恋は昏見有貴!」
    「見蕩れねーし初恋にもなんねーよ!」
     なにかを見透かされてしまった気がして脊髄反射で言い返すと、柔らかな微笑みで返された。この昏見の笑顔はよく見るやつなので、皋のどこにも刺さらなくて安心する。
     昏見は当たり前だが慣れた様子で、背の高いカクテルグラスに次々と鮮やかな手つきで液体を注いでいった。なるほど。これに見惚れる客がこの店の常連になるのだろう。
     クレプスクルムではいつも、ペットボトルから注がれるソフトドリンクしか飲んでいなかったので、皋はこの時初めて目の前で、バーテンダーである昏見有貴を観測した。
     萬燈に色々とカクテルを作っている様子は見ていたが、誰かのために作られるそれと、自分のために作られるそれは全く意味合いが違った。
     見蕩れないように意識しながら、自分のためにカクテルを作る昏見の姿を見つめる。烏龍茶の烏龍茶割り(本当に烏龍茶を違う烏龍茶で割っているから末恐ろしい)を作るときもやたら優しげな手つきだったが、今日は殊更だ。気恥ずかしい。
     そんなものが失格探偵の自分に向けられていいものなのだろうか。荷が重すぎやしないか?
    「お待たせしました。ハイドランジア・ピーチです」
     ぼんやりと考え込んでいたら、あっという間にノンアルコールカクテルが出来上がっていた。曲線の美しいカクテルグラスに注がれた、紫色と深い緑色のグラデーションが美しい。
     ハイドラ……なんだっけ、あとで辞書引こう。そう皋が考えていると、昏見がしっとりとした歌声で続ける。
    「まずはそのまま、上の部分を飲んでみて、それから下の層と混ぜてお召し上がりください。どうぞ愉しんでくださいね、所縁くん」
     しとやかなその声に促されるまま、グラスを手にする。香りを嗅いでみると、フルーツなのかなんなのか、いろんな香りが混ざっていた。それは飲食に伴う感覚に自信のない皋には、何物にも形容し難いものだった。いったいこれは、どんな味がするのだろう。
     素直な興味に唆られて、ひとくち口に含む。すると甘さのないなかに複雑な味わいがして、なんだか淡い香草のような味が広がる。パチパチと弾ける感覚があるから、炭酸も入っているのだろうか? 後味は爽やかというよりも、いつのまにか過ぎ去っていってしまうような……まるで目の前の男、かつての怪盗ウェスペルのようだった。
     そんなことを考えていると、皋に向かって向けられる昏見のまばゆい視線に気がつく。これは感想を求められているのだろう。
     普通はサーブされたドリンクに、必ずしも感想が必要な訳ではない。けれどもこれは、初めて皋にだけ特別に振る舞われたノンアルコールカクテルなのだ。感想が欲しいのはバーテンダーとして当たり前だろう。皋はぐっと息を飲み込んで、回らない舌で不確かな感想を口にする。
    「……どういったらいいのかわかんねーけど、いろんな味がするな。あと、うっすらした薬草? みたいな味がする? それに甘くないのもいいな」
    「もー、所縁くんったら、語彙がお亡くなりになってる! 薬草だなんて! せめてハーブと言ってくださいよ。それはね、カモミールですよ」
    「カモミール?」
    「カモミールは、キク科シカギク属の一種の耐寒性一年草ですよ。ぷっくりとした花柱で、短いコスモスのような白い花びらをしているんです。花言葉は『逆境に耐える』『苦難の中の力』です」
    「おっかない花言葉だな。でも、なんか見たことあるかも。へえ、こんな味なんだな」
    「ね、所縁くん。次は混ぜて飲んでみてくださいよ」
     楽しげな昏見の言葉に誘われて、マドラーでカクテルグラスの中をくるりくるりと静かに混ぜる。すると、さっきまでのグラデーションが重たいグレー……まるで闇夜衆の象徴である夜の色のように変化した。こういう楽しみ方もあるんだな、というシンプルな気づきがある。
     萬燈はシンプルな強いカクテルしか嗜まないので、皋はこういう洒落たものを横で見る機会もなかったのだ。
     昏見の期待の視線を浴びながらもうひとくち飲むと、上の層だったカモミールの味がふわりと口に広がって、そのあとに少し甘い桃の味が追いかけてきた。
     なるほど、混ぜるとガラッと印象が変わる。ひとつひとつは独立しているけれど、喧嘩をしていないように感じた。
    「混ぜる前も好きだけど、混ぜてからも好きだな。カモミール? の味が来てから桃の味が追いかけてくるの、なんとなく好きかも。あと、甘さがちょうどいい」
    「愉しんでいただけてなによりです。実はね、そのノンアルコールは私と所縁くんをイメージして作ったものなんですよ。だからこれは所縁くんのための、所縁くんのためだけの昏見有貴謹製・ノンアルコールカクテルなんです」
    「は? イメージ? お前と……俺を?」
    「アルコールありのレシピもありますし、本当はアルコールありで作りたかったんですけどね。それはまたいつの日にか、取っておきましょう」
     戸惑いだらけの皋の声に柔らかく答えて、昏見は使っていた商売道具たちをテキパキと片づけ始めた。その手つきすら鮮やかで、皋は眩暈がする。ちょっと待ってくれ。思考が追いつかない。
    「え、なに、これお前と俺の……」
    「ええ、そうですよ。そう言ったじゃないですか。やだなあ、所縁くんってば。これは私が所縁くんのためだけに作った、私たちの特別なノンアルコールカクテル、ハイドランジア・ピーチです」
    「……お前さあ、誰にでもそんなことしてんの?」
    「まっさかあ! 所縁くんだけ。所縁くんだけですよ。特別なのも大切なのも、運命なのも。所縁くんだけです」
    「またキザったらしいことを。……でもまあ、これは美味しい、うん。好きだな、このハイなんとかピーチ」
    「ハイドランジアですよ、所縁くん。気に入ってもらえたようで嬉しいです」
     いつもの笑顔からいっそう柔らかい笑みを浮かべた昏見が、こぼれるように囁いた。こんな昏見は珍しい。なんだかそんな昏見を見ていられなくて、皋は目を背けると、ひと口、またひと口とノンアルコールカクテルを口にした。
     そんな皋の横顔に、艶やかな昏見の声が雨のように降りそそぐ。
    「そのノンアルコールカクテル、しばらくすると、味がまた変わるので楽しみにしていてくださいね」
     
     昏見の言う通り、ある瞬間、ふと味が変化した。カモミールから桃へと追いかけてきていた味が、完璧にひとつに混ざったのだ。これはなにを意図しているんだろう。
     黄昏時のバーテンダーが、皋と昏見をイメージして作ったノンアルコールカクテルなのだ。なにか意図があるのかもしれない。今の皋では推理できない謎が、目の前の男にはあるのだろう。
     まだそれに気づきたくない皋は、昏見の熱っぽい視線に知らないふりをして、グラスを傾ける。カモミールと桃が完璧に調和した味は、悔しいけれど皋の好みだった。
    櫻井タネリ Link Message Mute
    2023/05/09 11:59:54

    紫陽花と桃

    ・昏見の所縁くん食育シリーズ、ノンアルコールカクテル編
    ・また皋・迂闊・所縁は……
    ・バーでイメージカクテルを作ってもらって嬉しかったんです……
    #神神化身 #かみしん二次創作 #カプしん #くらゆか

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