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    1月3日… 冬の澄んだ空気が夜空に浮かぶ月まで連れていってくれるようだった。生憎と、皋が向かっているのは世俗の象徴であるコンビニだが、そんなことを考えてしまうくらいには穏やかな夜なのだ。静かなのはいい。賑やかなのは悪いことじゃないけれど、平素の喧しさからこうやって距離を取るのも大事だと思う。
     正月の三ヶ日は、暗闇衆としての活動も休みだった。なので皋はただ無為に与えられた時間をだらだらと過ごしていた。そもそもが無職なので暇なのだが、舞奏競関係のあれこれがないので余計に暇なのだ。正しい正月の在り方だと思う。
     ここ数年は年末年始のイベントに絡み付いた事件を解くので忙しくしていたから、こんな正月は久しぶりだった。人が集まる所には、事件も集まる。今の皋の周りには、ふたりの人間しかいないので、事件は起こらないのだ。探偵として目が曇りきった皋所縁の目に見えないところは別としても。
    「おや所縁くん、奇遇ですね。夜のお散歩ですか?」
     そんな考えに耽っていたから、背後の気配にまったく気付かなかった。ただ、もとより声の主には気配なんてあってないようなものなので、驚きはしない。皋の家の近所で遭遇するのも珍しくない。
     だからこれは皋の落ち度だ。暇な正月に浮かれた皋が油断して、ちょっと気まずいときに出会ってしまっただけだ。
    「昏見……」
    「なんですか、妖怪べとべとさんに遭遇したような顔をして。今日の私はオフなのでたとえ同じ舞奏衆の所縁くんといえど、いつものチームメイトバフ効果はありませんよ。デバフ有貴です」
    「俺の目にはバフかかりっぱなしにしか見えないんだけど。どーせその妖怪も存在しないんだろ」
    「所縁くん!! あなた……」
     ため息をついた皋を見やって、昏見が何かに気付いたように叫ぶ。こうなることはわかっていた。わかっていたので口惜しい。数分前の家を出た時の自分を恨むしかない。
    「部屋着の上からコートを着て外出するなんて、そんなズボラな子に育てた覚えはありませんよ! いやだなあー、探偵辞めちゃうと人はどこまでも怠惰に堕落するんだなー。もはや皋所縁じゃなくてズボラ所縁じゃないですか。かつての名探偵の面影はどこにいっちゃったんですか? しかたがないので、巷に残る所縁くんの輝かしい功績を讃える新聞記事は全部書き換えましょう。怠惰探偵・ズボラズボラって書いて無職のルビを振ってあげますね。私、校正屋さん目指してたことがあるんで任せてください。皋ズボラくんは大船に乗ったつもりでいてくださいね」
    「何回ズボラって言うかと思って聞いてたけど4回って多いのか少ないのかわかんねー」
     昏見に指摘された通り、皋は部屋着の上にコートを羽織りマフラーで防寒対策をしていた。外出はしたかったけれど、着替えるのが面倒だったのだ。ズボラである。だから昏見と遭遇した時に後悔した。他の人なら皋のコートの下の格好なんて気にも留めないけれど、昏見はちがう。目敏いこの男は気付くだろうし、しこたま弄ってくるだろうから。推理じゃなくて確信だった。
    「そんなズボラしてまでご用事ですか?」
     ひとしきり皋で遊んで満足したらしい昏見が問いかけてくる。人生が楽しそうでなによりだ。皋にも分けて欲しい。
    「あー、コンビニ行こうと思って。正月の間暇だから珍しくテレビとか見ちゃってたら、ほら、なんだっけ男性俳優がひたすらご飯食べてるやつの再放送? あれずっと観ちゃってたせいで、なんか食べたくなって。でも飲食店も開いてないし夜遅いし。だからコンビニ」
    「そうなんですか。へえ、ドラマで」
    「えっ、なんか俺まずい事言った? なんで急にローに舵切ってんの。お前のスイッチ大丈夫? 違う意味で壊れてないか?」
     一歩引いた昏見は何故か真顔だ。いつもにこにこしている男の無表情はちょっと堪える。もしかして、さっきの発言で皋が怠惰な正月を過ごしていたことを察して、そんな仲間のことを軽蔑したのだろうか。いつもと変わらず小綺麗な格好の昏見は、正月でもちゃんとしてるのかもしれない。ちゃんとの具体例は思い浮かばないけれど。少なくとも、美味しそうにご飯を食べ続ける映像を何時間も観続けた皋はちゃんとしてない。美味しそうだなあ、なんて思うだけの一日はどれだけ無益だろう。
    「それなら私に言ってくれればいいのに。クレプスクルムはお食事だって魅力的でしょう?」
    「いやだって、お前の店だって正月休み中だろ。俺はどっかの誰かと違ってそこまで図々しくないの」
    「でも丁度よかったです。店休日なので、年明けに出す秘密の新メニューの開発がしたかったんです。味見役として協力してもらえませんか、所縁くん。報酬は美味しいお料理。悪くないと思いません?」
    「秘密の新メニュー?」
     皋の嫌味をすり抜けて昏見が皋の手を取る。そういえば、前にもこんなことがあった。
    「所縁くん好みのノンアルコール甘酒カクテルです」
     ……元日に初めて飲んだ甘酒は、不思議な味だった。初めて飲んだからか好きな味かどうかもよくわからない。思い出そうとして、もごもごと口の中で舌を動かす。付随して、紙コップの中の白濁や、冷えた指に伝わる温度とかが過ぎって、やっぱり不思議な気持ちになった。
    「それはちょっと魅力的だな」
    「そうでしょう、そうでしょう。クレプスクルムも昏見有貴も、所縁くんの貸切りですよ」
     後者はともかくとして、コンビニで適当なものを買って食べるよりもよっぽど魅力的だった。昏見のおちょくりを差し引いてもお釣りが来る。跳ねるように歩き出した昏見の後ろに付いてゆく。そういえば部屋着のままだったが、まあ、それも良しとしよう。別に見栄を張らなきゃならない相手でもない。目下の問題点は、手を離すタイミングを逃してしまったことだけだ。

    「さあ所縁くん、いっぱい食べていっぱい大きくなってくださいね!」
     皋は失念していたが、昏見有貴はどこまでいっても昏見有貴だった。正月というのは人の感覚を悉く狂わせるらしい。クレプスクルムで昏見は意気揚々と、この年始で皋の耳にすっかり馴染んだBGMを流した。一体どこで、いつの間に仕入れたんだろう。
     仕事が丁寧で迅速なことが美徳でないこともある。皋の新しい教訓だった。
    櫻井タネリ Link Message Mute
    2022/09/10 16:51:56

    1月3日

    ・甘酒文脈の祈り
    ・「嫉妬ですよ!!当たり前じゃないですか!」
    ・新メニューはゆかたん専用
     2021.01.05
    #神神化身 #かみしん二次創作 #カプしん #くらゆか

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