【ゼルダの伝説】糸電話 デクの樹サマもサリアもなんでアイツばっかり。あんな妖精なしのアイツとオイラたちとで何が違うっていうんだよ。
そう思うと何だかむしゃくしゃして仕方なかった。だからオイラはいっつもアイツにイジワルばっかりしてた。妖精なしーってからかうとアイツはむっとしてオイラに突っかかってくる。胸がすっとするっていうのも確かにあったけど、案外これが楽しかったんだ。それに気付いたのは、アイツがいなくなってしばらくしてからだったけれど。
デクの樹サマが枯れたのはアイツのせいだってオイラは思うのに、サリアだけはずっとリンクのことを庇っているから、そのときのオイラはリンクが一層憎たらしくなった。リンクはもういないのに、サリアはやっぱりリンクを見ているんだ。それが悔しかった。リンクなんか、あんなヤツなんかいない方がせいせいするに決まってるさ。オイラはそう思いながら毎日石ころを蹴っ飛ばしていた。でもそれは初めのうちだけで、時間が経つにつれて段々もやもやとした気持ちが強くなっていた。本当は心のどこかでリンクはきっとすぐ帰ってくるだろうと思ってたんだ。それでまたいつもみたいにアイツと取っ組み合いでもして、それで元通りになるんじゃないか。そんな気がしてたのに、リンクはいつまでたっても帰ってこなかった。
それから更にずーっと時間が経って、森にいやな風が吹くようになった。いやなやつも増えた。デクの樹サマが生きていた頃は、絶対に森にはいなかったようなやつらだ。みんな外に出られなくなって、毎日が退屈で死にそうだった。サリアが森の神殿に行くと言い出したのは、そんな頃だった。
「森の精霊が助けを呼んでる気がするの。アタシ、行ってみる」
「行かない方がいいって! 危ないだろ。最近、森にヘンなヤツ増えてるし……絶対よくない!」
「でも、このままじゃどんどん森はおかしくなる一方でしょ? それに……アタシ、どうしても行かなくちゃいけないから」
そう言うサリアの顔は、いつものサリアじゃないみたいだった。少し悲しげで、つらそうな顔。サリアがアイツのことを考えてるときは、いつもそうだ。
「……じゃあ、オイラも行く。サリアだけ危ない目に遭わせられないだろ」
オイラが言うと、サリアは優しく微笑んで首を振る。
「ううん、ミドはコキリの森で待ってて」
「なんでだよ! あぶないのは、サリアだって一緒なのに!」
オイラじゃ駄目なのか。やっぱりアイツじゃないと、駄目なのか。オイラはぎゅっと唇をかんだ。
リンクのヤツ、こんなにサリアが待ってても帰ってこない癖に。
「ミドを危険なことに巻き込みたくないから……ごめんね。だけど、ひとつだけお願いしてもいいかな?」
その言葉に、オイラは顔を上げてサリアを見る。
「誰かが森の聖域に入ったりしないようにしてほしいの」
サリアは、すごく真剣な顔をしていた。
オイラはサリアのその表情で気付いた。確かにサリアが見ているのはリンクかもしれないけれど、サリアは今ここでオイラを信頼してくれている。それはどんなことがあっても変わらない。
「……わかったよ」
オイラはこっくり頷いて続けた。
「約束する。誰も聖域の方に行かせない。誰であっても、ぜーったい。それともう一つ! リンクが帰ってきたら、サリアがずっと待ってたこと絶対におしえてやる!!」
オイラが拳をぎゅっと握って勢いよく言うと、サリアは目をまん丸にして、それから少し悲しそうな顔で笑った。
「ありがと、ミド。もしリンクに会ったら、よろしくね」
サリアはにっこりしながら手を振って、聖域の方に駆けていく。オイラはその背中を眺めていることしかできなかった。
オイラはサリアとの約束を守っていた。サリアはなかなか帰ってこないけど、オイラはただ待っていることしかできない。サリアもずっとこんな気持ちでいたんだろうか。だとしたら、こんなに辛いことはないだろう。リンクのバカヤロー。あんなに仲良しだったくせに、どうしてサリアにこんな思いをさせてるんだよ。
オイラはソイツに出会ったのは、そうして居ても立っても居られないのにじっとしているしかない矛盾に、やりようのない気持ちを抱いているときだった。
「なんだオマエ!? そんなコキリっぽい服なんかでごまかされないぞ!」
なんでオトナが森にいるんだろう。不思議には思ったが、気にはしなかった。何にせよここを通すわけにはいかないんだ。サリアと約束したんだから。
けれどそいつはオイラを見るなり、すごく驚いた顔をして、オイラの言葉を聞いた瞬間傷付いたような何とも言えない表情を一瞬浮かべる。何故だろう。オイラとは会ったこともないはずなのに。
「サリアに会いに来たんだ。そこを通してくれる?」
「駄目だ駄目だ! サリアと約束したんだ、ここは誰も通さないって!」
べーっと舌を出して通せんぼしていると、ソイツは困った顔をする。それがいつものリンクの表情にすごく似ていて、今度はオイラがびっくりした。
オマエ、まさかリンクなのか? 思わずそう聞きかけて、慌てて口をつぐんだ。リンクのわけがないじゃないか。だってコキリ族はオトナにならない。目の前のこいつは、いくらリンクに似ていても、オトナなんだから。
「どーしても通りたいって言うんなら、サリアの友だちだってショーコを聞かせろよ!」
まあ、無理に決まってるけどな。オイラはフンとそっぽを向いて腕を組む。ソイツは肩の辺りを飛んでいる妖精に顔を向けて頷いた。コキリ族でもないのに妖精を連れてるなんて、ますます変な奴だ。やっぱりこんな怪しいヤツ、通せるわけがない。
だけどソイツは、サリアの歌を知っていた。
サリアが友だちにだけ、教えてくれる曲。サリアとアイツが、よくオカリナで吹いていたあの曲だった。
「どうして知ってるんだよ……」
ミドリの服で、金色の髪に青い瞳。目の前のソイツとそっくりなヤツが昔いた。いつもイジワルばっかりしてたけど、本当は嫌いじゃなかったんだ。ただ、悔しくて、ついいじめてしまってただけなんだ。
たぶん、もうアイツにそれを伝える機会はない。なのに、それなのにどうしてオマエはそんなにアイツにそっくりなんだよ。
「なあ、ニイちゃんって……」
オイラは口にしかけた質問を、途中で打ち切った。そんなことあるわけないってさっきも思ったばかりじゃないか。ぐるぐるといろんな思いが渦巻いて、オイラが俯いていると、頭にぽんと手のひらを乗せられる感覚がした。顔を上げてみれば、ソイツは少しさびしそうな顔で微笑んでいる。
「絶対サリアは助けるから。だから、そこで待ってて、ミド」
「え……」
オイラからの返事を待たずにソイツは森の奥へと走っていく。
なんで、オイラの名前を知ってるんだ。ミドリの服が消えた暗い樹の空洞を、オイラはいつまでも眺めていた。
結局オイラはいつも待つばっかりで何にもできない。サリアもリンクも戻ってこない。サリアやリンクがいるのが当たり前だった頃があったなんて、今じゃそっちの方が不思議なくらいだ。時間が経って、色んなことが変わる日が来るなんて、昔のオイラは考えたこともなかった。
「ニイちゃんは知らないだろうけどさ、この森にはリンクってやつがいたんだよ」
妖精を連れた変なオトナ。だけど、昔から知ってるような妙な懐かしさがあって、オイラは何となくソイツにアイツのことを話していた。ソイツは静かにオイラの話を聞いている。
「コキリ族なのに妖精がいなくってさ。他のヤツらと何となく雰囲気違ってた。だからオイラ、アイツにいつもイジワルしてたんだ」
「……そっか」
「だけどある日森から出ていって、帰ってこなかった。ずーっと待ってるんだけど、まだ帰ってこないんだ。だからアイツにはずっと言えずじまいだなあ……」
するとソイツは何故かこんなことを聞いてきた。
「その子に、何を言いたかったの?」
ヘンなの。ニイちゃんには関係ないはずなのに、なんでそんなに真剣な顔で訊くんだろ。
「今までイジワルしてゴメン……ってサ。でも今更こんなこと言ったって、遅いよな」
へへっと笑って、オイラは本当の気持ちを誤魔化した。そうでもしないと、いなくなったアイツに笑われそうな気がした。
けれどソイツはオイラの予想もしないことを言ったのだった。
「気にしてないよ。だって友だちってそういうもんだろ?」
びっくりした。まるでリンクが言ってるみたいな、そんな響きがあったんだ。オイラが目を丸くしてニイちゃんを見上げると、ニイちゃんはいたずらっぽく歯を見せて笑った。
「……って、その子だったら言うと思うな、オレは」
本当に、何でなんだろうな。この人、どうしてこんなにリンクにそっくりなんだろう。
「……ありがとう、ニイちゃん」
ニイちゃんは、うん、と言いながら俯いて肩を震わせているオイラの頭を優しくぽんぽんと叩いた。
もう、リンクに会うことはできないかもしれないけど。リンクにそっくりなこの人がそう言ってくれるなら、オマエもそうなんじゃないかって、そう思ってもいいのかな。なあ、リンク。