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    【星のカービィ】わすれな草 ポップスターに、新しい名所ができた。
     それが出来るまでは、それはもう大変なことの連続だったが、終わりよければ全てよしの言葉通り、今となっては別に大したことではなかったように思える。
     そうは言っても、特にデデデ大王にとってはやはりとんでもない出来事の連続だった。いきなり妙な巨大植物にお城が持ち上げられたかと思えば、あやしい風貌のなぞの男に妙な魔法をかけられて、気がついたら身体はボロボロになっているし、カービィが嬉しそうに飛びついてくるしで何が何だかわからなかった。
     その次は、クィン・セクトニアとかいう恐ろしい女王蜂が、この星を乗っ取ろうと企んだが、それはカービィとデデデ大王の力によって阻止された。そして最後にできたのが、美しく花ひらく巨大なワールドツリーだったのだ。
     懐かしい地上にみんなで降り立つと、まずカービィが大王の肩にとびついてぎゅうっと大王を抱きしめた。
    「ああ、それにしても本当によかった! 大王がさらわれちゃったときはぼくもうほんとうに心配したんだよ! 無事でよかったぁ~」
    「そうですよぉー!! ぼくらワドルディもめちゃくちゃ心配したんですからね! おかえりなさい大王さま!」
    「あーわかったわかった! それはもうわかったからひっつくな暑苦しい!」
     カービィだけではなく、バンダナワドルディを含めたデデデ大王の部下達が一斉にぎゅうぎゅうと抱きついてくるのでデデデ大王はぶんぶんと袖を振って彼らを振り落とそうとする。けれども、少し外れたところで次から次へと部下達が纏わりついてくるので、次第に大王は諦めて彼らの好きにさせることにした。
     無事解放されたフロラルドの天空の民達は、そんなカービィたちの様子をくすくす笑って見ていたが、やがて一人一人お礼を言って自分たちの国へと飛び立っていく。ずっとセクトニアの支配下にあり、荒れてしまった花や植物たちが心配なのだそうだ。そこを引き止めるような理由もないので、大王達は別れの言葉を口にして、彼らに手を振って見送っていた。
     そして大王は不意に、喜びに湧くフロラルド住民やデデデ大王の部下達の輪とは外れたところでぽつんと立っているタランザの姿に気がついた。ぼんやりとワールドツリーの方を見上げて、何かを見つめているような様子だった。不思議なことに、タランザは喜んでいるようには見えなかった。かと言って怒ったり悲しんだりしているようにも見えない。ただ、ぼんやりしているとしか言いようがなかった。
     大王はまず首をかしげ、それからカービィたちをひっつけたままタランザの方に近づいていく。だいぶ騒がしい集団だったと思うが、それでもタランザは大王たちの方を見ることなくワールドツリーを上の空で見上げていた。
    「お前はあいつらと一緒に帰らなくていいのか?」
     と、声をかけると、タランザははじめて大王たちに気がついたのかびっくりしたようにぱっと顔を大王の方に向ける。その表情は笑っているように見えるけれど、どこか戸惑いの色を滲ませているように、大王には思われた。
    「帰るって……どこに?」
    「いや、どこって。あの空に浮かんでる大陸にだよ」
    「あ、ああ、そうだね。そうだった。何を言ってるんだろうね、ぼくは」
     タランザは誤魔化すようにえへへと笑ってから、ゆっくりと首を振った。
    「ぼくはフロラルドには戻れないのね。ぼくは、この国の人達にひどいことをしたもの。いまさら、どんな顔をしてフロラルドで暮らせばいいかわからないよ」
    「でも、セクトニアに命令されてしたことだったんでしょ? それにきみはフロラルドやプププランドのことを助けてくれたじゃない。あやまったら、みんな許してくれるよ」
     カービィはいつも通りの、のほほんとした笑顔で言った。実にカービィらしい発想だし、付け加えるならば確かにプププランドでは大体どんな悪事をはたらいた連中も、デデデ大王も含めてそうすることでみんなうまくやって来ている。けれどもタランザは迷いなくまた首を振った。
    「それでもだめなのね。だってセクトニア様の命令に従おうって決めたのは、ぼく自身だから。ぼくがぼくの意思でしたことをセクトニア様のせいになんかできないのね。だからぼくは、フロラルドには戻らない」
    「じゃあ、これからどうするの?」
     カービィの疑問に、タランザはうーんと顎に手を添えて考えこむ。
    「それなんだよねえ……他に行くべき場所も思いつかないし……旅にでも、出ようかなあ……」
     あてはないけどね、とタランザは苦笑する。本当に、自分でもどうしたらいいのかわからないといった笑い方だった。カービィはそんなタランザに、なんだか心配そうな顔をする。かと言って無理に引き止めてもいいのか決めかねているようだ。長い付き合いの大王には、カービィがそうやって迷っていることにすぐ気がついた。
    「まあ行くあてがないならいつ何処に向かって出発しても同じなのね。きっとなんとかなるだろうとも。それじゃ皆さん、お達者で~」
     タランザはにこりと微笑んで軽く手を振ると、カービィたちに背を向けてどこかにふわりと飛んで行こうとする。
     カービィがその背を追うように一歩前に出て何か言おうとした。が、その前にデデデ大王は素早く手を伸ばして、ひらひらと風に揺れるタランザのマントをがしっと掴んだ。
    「ぅえっ!?」
     情けない声をあげたタランザの緑のマントがぴんと張ったと思ったときには既にタランザはバランスを崩してべしゃりと地面に思い切り落ちていた。すぐさまタランザはがばっと起き上がり、涙目になりながら大王を恨めしげな目で睨んだ。
    「い、いきなり何するのねっ!! 危ないでしょう!? したたかにおでこをぶつけちゃったじゃないですかあ!」
     ぷんすかと詰め寄るタランザにも、唖然とした顔で成り行きを見守るカービィ達にも動じずに、大王はぴっとタランザの顔先に指を突きつけて言う。
    「おれさまは今回お前のおかげで散々な目にあった」
    「え」
    「デデデ城はワールドツリーに持ってかれかけるわ、お前に変な魔法かけられるわ、カービィにでっかい借りを作る羽目になるわで、もーほんとに散々だった!」
    「え、えと、その……」
     打って変わってしどろもどろになるタランザに、大王はずいっと身を乗り出して更に続ける。
    「で? おまえはその落とし前もつけずにとっととこのプププランドを去るつもりだって?」
    「あ、の……ご、ごめんなさい……」
     しゅんとおとなしく謝罪をするタランザに、大王は腕を組んで「どうしようかなー」と考え込むような仕草を取る。
    「いくら口で謝られてもなー。お前がぶっ壊した天井が直るわけでもないしー。ライバルに助けられた事実が変わるわけでもないしー。さらに言うとそのせいで危うくなった部下へのおれさまの威厳が……」
    「わ、わかった! わかったのねっ! ぼくが悪かったのね! 君の気が済むなら、なんでもするから!」
     それを聞いた瞬間大王はにやりと笑ってタランザの頭をぽんとたたいた。
    「んじゃ、おれさまの気が済むまで、お前はデデデ城にいればいい」
    「……え?」
     タランザはぽかんと口をあけて固まった後に、「え? え?」と慌てたようにわたわたし始める。
    「ほんとうに? いいの?」
    「ただしやることはたーくさんあるからな! まず天井を直すこともそうだけど、部屋の掃除からご飯の支度まで色々……」
    「わーいやったあー!」
     デデデ大王が最後まで言い終わる前に、タランザは感極まったように思いっきりデデデ大王にとびついた。あんまりにも勢いがあったために大王はそのまま尻餅をつくが、タランザはそれに気付いているのか気付いていないのか、大王のガウンにしがみついて離れない。
    「うおおっ! 危ないだろうがいきなり抱きつくなっ!」
    「ぼくなんでも出来るよ! 置いてくれればきっと役に立つよ! ありがとう、下界の勇者さま! あっ、違った勇者っぽいひと!」
    「誰が勇者っぽいひとだ誰が!! おれさまはプププランドのデデデ大王さまだ!!」
     大王が怒って抗議しても、タランザは聞いていない。はじめこそタランザを引っぺがそうとした大王だったが、やがて思い直してはじめの時と同じように相手の気が済むまで放っておくことにした。
    「これで一件落着だね!」
    「ですねっ!」
     バンダナワドルディと手を取り合って喜んでいるカービィの様子を横目で見ながら、ようやく大王もほっと一息ついた。
     そんなわけで、デデデ城に居候がひとり増えたのだった。
     置いてくれればきっと役に立つよ、という本人の言葉通り、実際タランザはよく働いた。別にワドルディたちが働かないという意味ではないが、のんびり屋のワドルディたちに比べて、頼んだことを完遂するまでの時間が断然早い。壊れた天井のブロックを回収するのも、お腹が空いた時のおやつを持ってくるのも、城中に掛かった大王の絵の埃を払うのも、タランザが一番早いのだった。
    「ねえ大王! 他に何かやって欲しいことある?」
     しかも、暇な時にすらそんなことを言ってくる始末だ。デデデ大王は、廊下ですれ違うなり、ふわふわと周りを漂いながら指示を待っているタランザに溜め息をつく。
    「何もないって。そんなにあくせくしなくたって、おれは今の所別にお前を追い出すつもりはないぞ」
    「そうですかぁ……」
     かえってガッカリされたような感じだったので、大王は呆れてしまった。
     特に大王に懐いているバンダナワドルディでさえ、休みをもらえれば素直に喜ぶのに。いったい何が彼をそんなに使い走りに駆り立てているのだろう。
    「お前、ちゃんと休んでるか? フロラルドでは、はたらくことはいいことなのかもしれないけど、プププランドではおやすみすることの方が大事なんだぞ。今までもこんな調子だったのか?」
    「ぼくとしては、これでもかなり手を抜いてる方なのね。それにセクトニア様はぼくにあれこれたくさん申し付けたけど、今の倍以上は多かったくらいですよぉ」
    「今の倍!?」
    「セクトニア様は待つのが嫌いだったから、ちょっとでも遅れると顔も合わせてくれなくて。前の方がずっと大変だったのね」
    「はぁー、なるほどなぁ……じゃあそんな人使い荒い女王から解放されてよかったくらいなんじゃないのか?」
     タランザはそれには答えず苦笑する。
     大王自身もわがままな方であるとは自覚しているが、部下たちに無理な負担をかけるほどの頼みごとはしない。何はともあれ、これで何故タランザがこんなに雑用を引き受けても平気な顔をしているかがわかった。
    「とにかくそんなだったから、ぼく暇だとむしろ落ち着かないんだよねっ! なんでも頼んでくれて構わないのね」
     タランザはにこにこ微笑みながらデデデ大王の言葉を待っている。大王はそんなタランザを見つめながらじっと考えていたが、やがてハンマーを担ぎながら廊下を歩き出した。
    「そうだな。お前にやってもらうことを決めた」
    「うん! なんでも言って!」
    「今日からしばらく何もするな」
    「うんうんお安い御よ……えっ? どういうこと?」
     タランザはびっくりしたように聞き返す。大王は、何が何だか、という顔をしているタランザにもっと詳しく言葉を連ねてやる。
    「だから言葉通りのことだよ。今日からしばらく、おまえは何にもしなくていい。はたらくのはやめ! おやすみだ! そして、おれさまのしてほしいことじゃなくて、ちゃんとお前自身がやりたいことをやれ。簡単なことだろ?」
    「そ、そんないきなり言われても何したらいいかわからないのね! ぼくだけがやりたいことなんて……考えたことなかったし」
    「だろうな。だからこそ、やるんだ。嫌だって言うならお前この城から出ていってもらうからな」
    「えぇー理不尽……まあ、わかったよ。そこまで言うならやってみるよ」
     やれやれと肩をすくめると、何しようかなぁ~とぼやきながらタランザは窓を通って日差し降り注ぐデデデ城の外へと飛んで出て行った。
    「めずらしいですね、大王さまが今みたいなこと言うなんて」
    「ワドルディ」
     いつから見ていたのか、ハタキを片手に持ったバンダナワドルディがちょこんとデデデ大王の隣に立っている。デデデ大王は小さくなっていくタランザの影を見つめながら腕を組んだ。
    「なんとなくな……あいつ、多分あのままじゃダメだと思うんだよ。なんでそう思うかは、おれさまにはうまく言えないが」
     ワドルディはぱちくりと瞬きして、タランザの出て行ったテラスの方を眺める。
    「ボクには、あんまりよくわからないです」
    「まあ、おれさまも、わからないよ。ほんとにこれでいいのか」
    「でも、大王さまがそう思うなら、きっとそうした方がいいんだと思いますよ」
     大王はそんなワドルディにふっと微笑んで、「ありがとな」と彼のバンダナをぽんぽんと叩いた。
     それからタランザは、デデデ城より外にいることの方が多くなった。初めのうちは何をしたものかわからないらしく、夕方ごろには戻ってきて、真剣な顔で考え込みながら廊下を行ったり来たりしていた。けれどもしばらく経ったある日、どうもプププランドに久しく会っていなかった友人がいたらしく、その日だけは夜遅くに帰って来て、今まで見たことがないくらいはしゃいでいた。テラスで星を観察していた大王の元に、矢のような勢いで飛んできたかと思うと、そのまま突っ込んできてその話を始めたのだ。彼にはどうも感極まったとき誰彼構わず抱きつく癖があるらしい。不可抗力で尻餅をつきながら、このときに確信した。
    「もう二度と会えないと思ってたから、とっても嬉しいのね!」
     タランザは興奮冷めやらぬといった様子でその日の出来事を話す。
    「ぼくは、その子にずっと謝りたいことがあったから、やっとごめんねって言えてすっきりしたのね」
    「なんだ、喧嘩別れでもしたのか」
    「喧嘩っていうか……まあぼくが悪いんだけどね」
     タランザは少し暗い笑いをこぼす。
    「セクトニア様のために、ぼくはその子の大切なものを奪おうとしたから」
     それだけは後悔してたんだ、と言ってタランザは何でもない事のように笑うが、きっとそれは見かけどおりのものではないのだろうな、と大王はなんとなく思った。
    「でも、仲直りできたんだろ? ならいいじゃないか」
     するとタランザは、帰って来た当初の明るさを取り戻して頷いた。
    「うん! 全然気にしてなかった! というかぼくのこと覚えてなかった」
    「……それほんとに友達なのかお前の」
    「ち、違うよ人違いとかじゃないよ! 説明したら思い出してくれたよ!?」
    「そ……そうか……」
    「待って大王そんな憐れむような目で見ないでほしいのねっ! その子いろんなところを旅してまわってるから、昔一度会ったきりのぼくをすぐ思い出せないのも別におかしくないんだってばー!」
     慌ててあれこれ弁解を始めるタランザがおかしくて、思わず大王がこらえきれずに笑ってしまうと、タランザはむすっとへそを曲げてしまう。
    「なんだよっ、せっかくだからキミに一番に言おうと思ったのに! もーいいよ!」
    「ふ、悪かったって。何にせよよかったじゃないか……くくく」
    「まだ笑ってるしっ!!」
     そんなとき、バンダナワドルディがテラスの入り口から顔を出した。押している台にはティーセットが載せられている。
    「大王さま、夜は冷えますし温かい飲み物でもどうですか? あ、タランザさんお帰りなさい」
    「やぁやぁワドルディ、ただいまー!」
    「わっ、ちょっと危ないですよ!」
     タランザは今度は彼のほうにも飛んで行って抱きつき始めた。デデデ大王は思わず呆れてしまうが、さきほど少しだけ覗かせた暗い表情はどこかに消えていたので、何も言わずに二人を見守ることにする。ティーポットからカップに紅茶を注ぐと、あたたかい白い湯気と共に優しい香りが辺りに漂って、落ち着いた気分にさせてくれる。デデデ大王は、騒がしいふたりを尻目に大好きな天体観測の続きにいそしむのだった。
     その日以来、タランザの行動パターンは少しずつ変わっていった。留守番をしているワドルディいわく今までは事務的にプププランドに出て行っては同じ時間に帰ってきていたのが、毎日ばらばらの時間に戻ってくるようになった。大王自身も毎日いろんなところに散歩に行って、カービィと出くわしたら競争したり何だり毎日違うことをしているが、そんな折に時々遠くの方にタランザが出歩いているのを見かけるようになった。
     そして、さらにしばらくすると、タランザはどこからともなくたくさん花を抱えて戻ってくるようになった。花の種類自体はプププランドでも良く見かけるものだったので、別にわざわざフロラルドまで採取しに行っているわけではないだろう。それに、もう戻るつもりはないと本人も最初に言っていた。しかし、こんなにたくさんの花がいつも咲いているような場所があるなんて、デデデ大王は聞いたことがなかった。そんな場所があるならウィスピーウッズが誰より先に教えてくれるはずなのだ。
     城中の花瓶に飾られている新鮮な花々のおかげで、いつしかデデデ城はどこにいても花の香りがするようになった。
    「こんなにたくさんの花、どこから持って来てるんだ?」
     だんだん気になってきたので、直接本人に尋ねてみたところ、タランザは花瓶に花を活ける手を止めて答えた。
    「実はただ持って帰ってるだけじゃないんだよ。長持ちさせる工夫もしてるのね。ぼくのかけてる魔法もそうだけど、森の外れに住んでるシミラって子が、プププランドの花にいいっていう薬を分けてくれたからそれを使ってるのね」
    「なるほど。シミラならそりゃ詳しいだろうな」
     勉強家のシミラは何についてもある程度の知識がある。そして、薬を作るのもお手の物である。以前クラッコが風邪を引いたときも、シミラがクラッコの薬を作ってやったくらいなのだから。
    「じゃあぼくお水替えてくるから!」
     そう言ってタランザは花瓶を抱えて外へと飛んで行く。結局どこから花を持ってきているのかという問いをはぐらかされたことに気付いたのは、タランザの姿がすっかり見えなくなってからだった。
     そしてその理由は、ふとしたきっかけで拍子抜けするほどあっさりと判明した。
    「タランザ、最近すっかりプププランドになじんでるねぇ」
     どこへ行くともなくぶらぶらと出歩いている時にばったりカービィと出くわし、タランザのことが流れで話題に出た時にカービィはそう言った。
    「この前マホロアと一緒にタランザが育ててるっていうお花畑を見に行ったんだけど、なかなかすごかったよ」
    「へえ。あいつそんなことしてるのか。道理でいつも花をたくさん持って帰ってくると思った」
     そのとき突然カービィが、あっと声をあげたので何事かとデデデ大王はカービィの方を見る。
    「ご、ごめん。これ、まだ大王には秘密にしててねって言われてたのに……」
    「……まったく。わかったよ、聞かなかったことにしとくから」
    「う、うん……うわーほんとごめん、やっちゃったよー」
     どっちに対して謝っているのかはたまた両方なのか、カービィは申し訳なさそうにうなだれている。しかしそのとき、遠くの方からクーの呼ぶ声がした。
    「おーいカービィ!」
     クーは風を切るように空を翔け抜け、流れ星のように速くカービィの元まで飛んでくる。どんな空模様でも変わらないそのスピードといったら、空の中ではクーの右に並ぶものはやはりいないのではないかと思わせる。それにしてもいつも冷静なクーにしては、なんだか慌てているような様子だ。
    「どうしたの? 何かあったの?」
    「いやそれがな、さっきおれとグーイが一緒にカインのところまで会いに行こうとしてたら、途中でワイユーに出くわして」
    「えっ!」
    「どうもおれを捕まえたかったみたいなんだけど、グーイがおれを守ってくれてさ、でもそしたらワイユーのやつグーイを袋に詰めて逃げちゃったんだ!」
    「えーっ、それはたいへんだ! すぐ追いかけよう!」
     カービィが言うと、クーもすぐに足でカービィを掴んでふわりと飛び上がる。カービィはデデデ大王に手を振った。
    「ぼく、グーイを助けに行かなくちゃ。またね大王!」
    「いつものことながら大変だな。がんばれよ~」
     デデデ大王もひらひらと手を振り返して、小さくなっていくクーとカービィを見送る。
     ワイユーはかつてダークマターがプププランドの虹の島々から虹を消してしまったときに、カービィの仲間を捕らえていた部下の一人だった。あのときの面々の大半はダークマターによって操られていたにすぎないので、事件が終わればもうそんなことはしなかったのだが、ワイユーだけは別なのだ。カービィに対抗心を燃やしている彼はたびたびカービィの仲間を袋に詰めては人質にしてカービィに果たし状を送りつけている。袋詰めにされるリックたちにとっては迷惑きわまりないだろうなとは思うが、そうでもしないとお人好しのカービィとはなかなか真剣勝負にならないので仕方ない面もあるかも知れない。デデデ大王だって、星や食べ物を盗んだときの他はいつもカービィとは遊びのような競い方しかしないのだ。
     何はともあれ、デデデ大王はまた最初のように一人になった。そして、折角だからのんびり散歩でもしようかなという気持ちになる。いつもは部下に囲まれていて、それも賑やかで悪くないと思うが、時々はのどかなプププランドの風景を眺めながら、新しいいたずらを考えるのも楽しいものだ。次は何しようかな、なんて思いながらデデデ大王はてくてくと道を進んでいく。
     そんなときだった。ワールドツリーのあたりに差し掛かった時、デデデ大王は見慣れた緑色のマントが遠くの方でひらりとはためくのを見た。
    「あ。あいつ……」
     タランザだ。彼もこっちの方まで来ていたらしい。声をかけてみようか。そう思って、デデデ大王はタランザのいるワールドツリーの根元の方まで近寄って行く。けれども、ふとしたためらいが大王の胸をよぎって大王は途中で足を止めた。タランザの様子は、はじめにぼんやりとワールドツリーを見上げていた時のあの雰囲気とそっくりだった。上の空で、しかし、何かを見つめている。なぜかはわからないけれど、今彼に話しかけてはいけない気がした。タランザはしばらくワールドツリーの幹の前で座り込んで何かをしていたけれども、やがて立ち上がってそのままその場を後にした。デデデ大王が見ていたことには、気付かなかったようだ。
     あいつ、何をしていたんだろう? 大王は立ち止まったまま考える。遠くからではよく見えなかった。少しばかり悩んでから、デデデ大王はタランザが座り込んでいた場所に近づいていく。そして、タランザが残して行ったものに気付いた。
    「これは……花冠か?」
     デデデ大王はしゃがみこんでそれをまじまじと眺める。タランザは、どうやら花冠を作っていたようだ。そして理由はわからないが、誰に見せることも誰にあげることもなくその場に残して去って行った。花冠はすべて同じ種類の小さな青い花だけで作られていて、よく出来たものに見える分、余計にどうしてそんなことをするのかさっぱりだ。
    「変なやつだな……」
     大王は首を傾げて少しそれを見つめた後、やがてさっきまでの散歩道に戻っていった。
     それからも、大王は時々タランザが同じことをしているのを目撃するようになった。時々というのは、デデデ大王はいつもワールドツリーの方まで出歩くわけではないし、タランザだって大王が来ている時にいつもやってくるわけではないだろうからだ。ひょっとしたら、タランザの方はもっと頻繁に訪れているのかもしれない。本当のところは、本人に聞かない限りはわからないが。
     タランザが残して行くのは必ず同じ青い花でできた花冠だった。決して違う花を使うことはない。そして不思議なことに、タランザが花冠に使う花をデデデ城に持ち帰ってきたことは、デデデ大王の知る限りではただの一度もなかった。もちろん、他の種類の青い花はたくさん持ってくる。花弁の広い大きなもの、細かい花弁が放射状にたくさん並んでいるもの、様々だ。でも、絶対にあの小さな青い花だけはなかった。まるで、避けているかのように。
    (あの花……一体なんの花なんだろう?)
     大王はまたタランザの残した花冠を見かけた。ずっとずっと飽きずに続けているこの行為には、タランザにとって恐らく大きな意味があるのだろう。そしてデデデ大王はふと例の花が一つ花冠のそばに落ちていることに気がついた。冠の中に組み込まれていないそれは、タランザが気付かずに忘れて行ったのだろう。デデデ大王は、その花をひょいと拾い上げた。
     タランザは、プププランドの花に詳しいシミラに栄養剤となる薬をもらっていると言っていた。ならば、この花の名前もシミラなら知っているかもしれない。
     デデデ大王はガウンの裾に小さな青い花を放り込むと、伝説の洞窟マジルテの近くにあるシミラの家へと向かうことにした。
    「なるほど、それで私の所まで来てくださったんですか、大王さま」
     シミラはデデデ大王にミルクティーの注がれたマグカップを手渡しながら言った。壁中に掛かっている大小さまざまな鏡は、シミラが長年の研究の最中に集めたものらしい。窓から差し込むお日様の光を反射し、鏡はきらきらと光っている。そしてその反射した光が降り注ぐ先は、ずらりと並べられたたくさんの古い本だった。彼がこうしてずっと一人勉強を続けている目的は、いつかプププランドのどこかに入口があるという鏡の国を見付け出すことなのだが、その入り口を他ならぬデデデ大王が叩き割ったことはシミラには話していなかった。もしそれを知ったら、いくら大王に大変好意を持っているシミラといっても流石に激怒するかもしれない。それくらい彼にとっての鏡の国は昔から大きな目標なのだ。けれどもデデデ大王としてはあの時はああするのが一番だと感じたし今でもそう思っているので、シミラには悪いがあれでよかったのだと思う。
    「確かにタランザという男はよくうちに来ますね。プププランドで私の他に花を育てようなんて考えるのはカービィとピッチくらいのものかと思っていたので最初はびっくりしたもんですが」
    「ちなみにどういうことを話してるんだ? おまえら」
    「そうですねぇ……日当たりのいい場所を探すんだったらウィスピーに聞いた方がいいとか、この花はプププランドの土だと育ちにくいから注意して見ておく方がいいとか、この薬はあんまり使うと根腐れの原因になるから気を付けろとか、そんな感じですね」
    「なるほど」
     本当に栽培に関しての話をしに来ているようだ。デデデ大王にとって花とは道端にたくさん咲いているものであり、わざわざ一から自分で育てようと考えたことがなかったので、案外こんなに細々とした注意が必要なのだなと感心した。
    「ところでシミラ、これが何の花かおまえ知ってるか?」
     デデデ大王が懐からあの小さな青い花を取り出すと、シミラは帽子の奥で目をパチクリさせて「大王さまが花を持ってるなんて珍しい」と呟く。とりあえず、余計なお世話だと言い返しておいた。
     シミラは花を受け取ると、まじまじと花や葉っぱを観察した後、顔を上げて言った。
    「忘れな草ですね」
    「……忘れな草?」
    「ポップスターでは、かなり珍しい花ですよ。こんなものどこで見つけたんですか?」
    「ええと……まあ、拾ったんだ」
     何となくタランザが持っていたと言いにくくて言葉を濁す。しかしシミラは物珍しそうにしげしげと忘れな草を眺めているので、大王のそんな態度にも幸い気付いていない。
    「元々は、もっと暖かい別の星に咲く花なんです。プププランドにもあるなんて知らなかったな。私も本でしか見たことがなかった」
    「へえ……そうなのか」
    「大王さまは、花にメッセージを込めて相手に送ることがあるのをご存知ですか?」
    「ああ、聞いたことはあるな。あんまりおれさまは知らないけど」
    「この花に忘れな草なんて変わった名前がついてるのは、それが由来なんですよ。昔遠い星にいたという恋人同士を、死が分かつことになったとき、片方が死ぬ間際にこの花を投げてこう言ったそうです」
     シミラは、青い花をデデデ大王に返しながら続ける。
    「私を忘れないで」
     だから、忘れな草なんです。と、シミラは目元をやわらげて微笑む。デデデ大王は、この小さな花にまさかそんな逸話が残されているとは思わず、しげしげと眺めてしまう。
    「物悲しいけれど、ロマンチックでしょう。だから、真実の愛を意味して相手に渡すこともあります。大王さまも誰か大切な人に渡してみては?」
    「ばかいえ。大王たるもの、特定の誰かをえこひいきなんかするもんじゃないのだ」
    「ふふ。そうですね、あなたは、みんなの大王さまだ」
     シミラはくすくすと笑う。それからしばらくタランザとは関係ない世間話をしていたが、夕暮れで空が真っ赤に染まる頃合いになると、ミルクティーのお礼を言ってデデデ大王はシミラの家を後にした。
    「またいつでも来てくださいね。それと、カービィによろしく」
    「ああ。それじゃ、また今度」
     デデデ大王は玄関先まで見送りに出て来てくれたシミラに笑って手を振り、デデデ城への道を歩き始めた。
     風が吹き抜けるたびに木々がざわざわと音を立てて揺れる。夕暮れの暗くなり始めた景色の中でその音を聞くと、なんだか寂しい気分になった。誰もいない丘を越えて長く伸びる道を眺めて、デデデ大王は急にきっと騒がしく夕食の準備をしているだろうワドルディたちに今すぐ会いたくなった。そして何故か同時に、ワールドツリーの前で花冠を作っているタランザの姿を思い出したのだった。
     忘れな草だけを使って、花冠を作るタランザ。花の国で生まれ育ったくらいだ、きっと彼は忘れな草にどんな意味が含まれているのかを知っているだろう。なら、私を忘れないで、というメッセージは誰に向けたものなのだろうか。忘れないで欲しい誰かがいるなら、どうしてその相手に花冠を渡さないのだろう。何のためにあんなことを続けているのだろう。デデデ大王には、考えてもわからないことだった。
     タランザは時々ふっと暗い表情を見せる時がある。本当に突然表情を曇らせるので、いったい何がきっかけでそうなっているのかは大王には読み取ることができなかった。明日の天気の話をしているときとか、花の様子を見ている時とか、夜に星空を見ている時とか、てんでばらばらで、共通点などあるようには思えない。だが、逆にこうも思うのだ。共通点など最初からない。何かがきっかけで落ち込むのではなく、最初からずっと何か重たいものを抱えていて、時々それが表面に出てきているだけなのではないかと。
     デデデ城に着く頃には、辺りはすっかり真っ暗になっていた。空には、小さな硝子のかけらをたくさんばら撒いたように星々がきらきらとまたたいている。城に入ってすぐに出迎えてくれたのは、バンダナワドルティだ。
    「おかえりなさい! 今日は遅かったですね。もうごはんのしたくは出来てますよ」
    「ただいま。じゃあさっそく飯にしようかな」
    「おかえり大王!」
     タランザもひょこりと廊下の角から顔を出して、嬉しそうに笑った。
    「あのね大王、キミに見せたいものがあるんだよ。あとでぼくについてきて!」
    「いいけど、もう夜だぞ? そんな時間に何をするんだ?」
    「来てくれたらわかるのね。別に闇討ちしようってわけじゃないしいいでしょう?」
    「当然だろ……なんだよ闇討ちって」
     何を言い出すんだこいつは、と思いつつも、やたらと楽しそうにニコニコしているタランザを見ているとあまりそこに水を差す気にもなれない。
    「今日の料理はバーニンレオたちが作ってくれたんですよ! すっごく美味しそうです」
    「お、そうなのか。そりゃあ楽しみだ」
     デデデ城では毎日のごはんはデデデ大王の部下達が交代で作っているのだが、コックカワサキのレストランで修行を積んでいるバーニンレオはその中でも特に美味しい料理を作ってくれる。ただ、最近カワサキに影響されつつあるのか段々と材料を選ばず調理をするようになってきているので、いったい中に何が入っているのかわからないという一抹の不安が拭えないのが玉にキズである。そんなところまで真似してくれなくてもいいのになと思わなくもないが、バーニンレオにも自分なりの考えがあってのことなのだろうから、今の所はそれに関しては特に何も口を挟んでいない。
    「さて、飯だ飯だ」
     今日は遠出をしたせいもあってお腹が空いているので、デデデ大王は急ぎ足で食堂の方に向かった。
     そして食事の後、帰って来た時の約束通り、デデデ大王はタランザの見せたいものを見に行くことになった。
    「遠いのか?」
    「ん~~……近くはないけどそこまで遠いわけでもないのね。面倒だっていうなら前みたいにぼくがキミを運んであげるよ」
    「い、いや、いい。自分で歩くから」
    「そう? なら、帰りがあんまり遅くならないようにさっそく出発しましょう!」
     今日のタランザはやけに嬉しそうだ。何かいいことでもあったのだろうか。
     タランザとデデデ大王は夜のプププランドを一緒に進み始める。タランザは相変わらずどこに向かうかは言わないので、デデデ大王はただ少し先を行くタランザについて行く。夜のプププランドは涼しいけれど肌寒いというほどでもない。そして月と星の明かりが優しく照らしてくれるおかげで、灯りを持たずに歩いてもあまり問題がないのだった。さわさわと風に揺れる草原の音が耳に心地いい。たまには夜の散歩もいいものだと思いながら、大王はタランザに尋ねた。
    「いったい何を見に行くんだ?」
    「到着したらすぐわかるのねっ!」
     えへへと笑って、タランザはデデデ大王の方を振り返る。
    「前に言ったよね。誰かがぼくにやってほしいことじゃなくて、ぼくがぼくのためにやりたいことをやれって。最初は何をしたらいいのか全然わからなかったけど、今はちょっとだけわかるようになったんだよ」
    「やりたいこと、見つかったのか?」
    「うん。おかげさまで。よし、ついたよ!」
     タランザは、木々の向こうを指差して言った。
    「これがぼくの見つけた、ぼくがぼくのためにやりたいこと!」
     タランザは大王の方を振り返りながら、にっこり微笑んだ。
     デデデ大王は目を丸くする。
     そこに広がっていたのは、星空のように無数の光の粒が揺れる空間だった。
    「この前カービィに聞いたんだ、キミをびっくりさせるには何がいいかなって。そしたらカービィがキミはお星様が大好きなんだって教えてくれたのね」
     目の前の光景に目を奪われているデデデ大王に、タランザは言う。確かにその通り、デデデ大王は星空が食べ物の次くらいに好きだった。何度か、夜空の星を盗んで自分だけのものにしようとしたくらいだ。そのたびにカービィに邪魔されて、結局元通りに返すことになったけれども。
    「お花を育てるのは昔から好きだったから、ぼくのやりたいことはこれかなと思って、とりあえず続けてたんだけどね。それを聞いて、ならキミのための花も育てようかなと思ったんだ。ぼくにはお星様を集めることはできないけど、花のことならよく知ってるし。それでカービィ達にもちょっと手伝ってもらって、いろんな星から変わった種を集めて、やっと完成したのね!」
    「へえぇ……凄いじゃないか、タランザ」
    「えへへ。びっくりした?」
    「ああ、ものすごく。まるで星空にいるみたいだ」
     カービィが、この前タランザの花畑を見に行ったと言っていたのはたぶんこれのことだったのだろう。
    「この花はね、星灯籠って言うんだよ。こんな風に、群生して夜に仄白く光るから、遠くから見るとまるで星空みたいに見えるでしょう。だからそんな名前になったんだって」
    「そうなのか……こんな花があるなんて、知らなかったなぁ」
     デデデ大王は、白く淡い光を放つ、すずらんにも似た小さな花にゆっくりと触れる。灯籠、という名前の通り、輝いているのは花弁そのものではなく中の雌しべの辺りであるらしい。だからこそ、このように柔らかな光を宿しているのだろう。
    「ぼく、キミにありがとうって言いたかったのね。ぼくはキミのこと操ってキミの友達と戦わせちゃったのに、そんなひどいことをぼくはしたのに、キミは、なんにも言わずにぼくのことお城に置いてくれた。寝る場所も、食べるものもくれた。とってもとっても感謝してるのね。誰かを喜ばせるのって苦手で、こんなことしか思いつかなかったけど……」
    「いや、すごく気に入ったよ。お前の気持ちは、ちゃんと伝わった。ありがとな」
     デデデ大王がそう言って笑いかけると、タランザはほっとしたような表情を見せる。しかし星灯籠の花を見つめながら、ぽつりと呟いた。
    「セクトニア様にも、見せたかったなあ。綺麗なもの、大好きだったもの。毎日、違う花が欲しいって言ってた……」
     そう言ってから、はっと口元を手で押さえて言葉を切る。それから「ごめん、なんでもないのね」と取り繕うように笑った。あのときと同じ、影の差した寂しそうな笑いかたで。
    「セクトニア様の話なんて大王は聞きたくないよね」
    「……」
     そして、何事もなかったように「あっちには望月草を植えたんだよー」と先に進もうとするタランザのマントをデデデ大王はやにわにがしっと掴んだ。
    「ぅえっ!?」
     マントがぴんと張ったと思った時には、タランザはバランスを崩してべしゃりと地面に転けていた。
    「だから、いきなり何するのねっ! 危ないって言ってるでしょう!? またおでこぶつけちゃったじゃないですかあ!」
     そして、あのときとまったく同じように、ぱっとすぐに立ち上がって恨めしげに詰め寄ってくる。けれども大王は、腕を組んだままじろりとタランザを睨み返した。
    「お前が悪い」
    「どこが!?」
    「そうやってまたおまえは他人のことばかり気にして。誰かのして欲しいことじゃなくて自分のしたいことを思え! おれさまはそうしてる! おまえが話したいのなら話せばいいんだ。おれさまだって、嫌だったら嫌だってちゃんと言うんだから」
     タランザは毒気を抜かれたようにぽかんと口を開けて固まってから、おずおずと尋ねる。
    「……いいの?」
    「いいって言ってるだろ。しつこい!」
     大王がきっぱり言い切ると、タランザは見る見るうちに今まで見たことがなかったような嬉しそうな笑顔に変わった。
    「じゃあ話す! えっとねえっとね、セクトニア様はきれいな花がとっても好きだったから、いつもお花畑に行って摘んでたのね。でももっと珍しい花もあげたかったからぼくも色んなお花育ててたんですよ! バラの花に囲まれたセクトニア様、とっても麗しかったなぁ~」
     矢継ぎ早に言いたいことをまくし立てて、タランザはうっとりした様子で両手を組み合わせて思い出に浸っている。
    「セクトニア様は美しいものが大好きで、しかも美しいものが何でも似合ったのね。キミは信じないかもしれないけど、昔は白百合に降りた朝露みたいに心の綺麗な方で、ぼくにも優しくしてくれたんだよ。だからぼくも、よその星から来た人に真珠貝の飾りとか、星屑の欠片とか、綺麗なものをもらったらいつもセクトニア様にあげてたのね。そうするとセクトニア様はいつも喜んでくれて、にっこり笑ってくれた」
     それからタランザは、まるで鍵のついた箱から大事な宝物を取り出すような調子で、言葉を連ねた。
    「セクトニア様が笑ってくれるとぼくもすごく嬉しくて、たくさん笑ってもらえるようにもっと頑張らなきゃって思えて……セクトニア様の幸せはぼくの幸せでもあったのね。それでいつも思ってた。ぼくはセクトニア様のことが」
     そのとき、唐突にタランザの言葉が途切れた。だが、本人が一番そのことに驚いたようで、面食らったような表情をしながら白い手袋で喉に触れる。おかしいな、とでも言うように首を傾げてぱちくりと瞬きした時に、タランザの瞳からぽろりと涙が落ちた。
    「……え……あ、え? な、なんで」
     タランザは戸惑いながらぐしぐしと目元をこするが、突然溢れた涙は後から後から零れてぽたぽたと流れていく。タランザは一生懸命目をこすって、それを止めようとするが、うまくいかないようだった。
    「なんで? なんで止まらないの。お、おかしいな……」
     タランザは途方にくれたように地面に座り込んで、デデデ大王から涙を隠すように目元を押さえている。
    「い、いつもは平気なのに。止まらなく、な、なっちゃった……」
     それだけ言うのがやっとなのだろう、震える声で囁くように言うと、タランザは俯いたまま懸命に涙をこらえようとしている。大王もしゃがみ込んで、何も言わずにタランザの頭にそっと手を乗せてやると、タランザの押し殺した泣き声はすすり泣きに変わった。
    「っ、むねが、熱くていたいよ。焼けちゃってるみたいに。くるしいよ……」
     ひっく、ひっくとしゃくりあげて、タランザはぎゅうっと心臓のあたりを押さえている。溢れて止まらない涙は、もうこすってもどうにもならないくらい流れて流れて地面にぽつぽつと落ちていく。雨のように。
    「いたいよぉ……」
     ずっと誰かのために生きていた彼にとって、自分を殺して生きて行くことなどきっと本当に造作もないことだったのだろうと思う。時々ふと、消し去りきれなかった感情が、一瞬だけ太陽にかかった雲のように過るだけだった。でも、どんなに見ないふりをしたところで、悲しみは絶対に消えることも薄れることもない。そのままの感情と記憶と苦しさと悲しさで、いつでもそこに静かに佇んでいる。悲しみが癒える日など来ることはないのだ。ただ単純に、それを見ないふりをするのが、上手になるだけだ。
     タランザは見ないふりをするのがきっとはじめからとても上手だったのだ。ぼんやりとワールドツリーを見上げていたタランザの姿を思い出し、大王はそう思った。でも、ずっと見ないふりを続けていられるひとはいない。たとえばトゲが痛いからといって、それまで大事にしていたバラの花を窓から捨ててしまえるだろうか? そんなことはない。そういうとき、きっとすがるような思いで彼は青い花をあの場所に残していったのだ。ワールドツリーに彼女の魂が残っているかのように、思い出してもらえたら、帰ってくるとでも言うように。そして何も言わずに心を抑えていた。でも、大王は知っていた。悲しみを無理やり押さえつけても、そこからどんどん何か大切なものが流れて落ちてしまうことを。そして、それを防ぐ方法は、一つだけあるということを。
     デデデ大王は、くしゃりとタランザの頭を撫でて言った。
    「男だってな、泣かなきゃいけないときには、泣いておけばいいんだ」
     タランザはそのとき初めて大王の方に顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃになった顔で大王を見上げて、それからわっと勢い良く大王に抱きついた。油断していたらきっと前のように尻餅をつくことになっただろうが、今回の大王はふらつくことなくしっかりとタランザを受け止めた。
     タランザは、今まで我慢していた分をすべて外に出すように、大王のガウンをぎゅうっとしわのできるほど握りしめて、迷子になった小さな子どものようにわんわんと大声で泣き続けた。そして合間に、タランザは途切れ途切れの声で、心の奥に閉じ込めていた本当の言葉を懸命に絞り出す。
    「ぼくは……、ぼくは、セクトニアさまのことが、大好きだったの……」
     デデデ大王は、何も言わずに頷いて、ただあやすように泣き続けるタランザの小さな背中をそっと撫で続けていた。
    小雨 Link Message Mute
    2018/06/15 18:20:42

    【星のカービィ】わすれな草

    #星のカービィ #タランザ
    トリデラエンディング後に、タランザが大王様のお城に居候するお話です。一部タラセク要素あり。
    pixivから移動中。作成日は2014年2月1日

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