音波スタ詰め合わせとりとめのない話をしよう
「なんです! じゃあこの俺が悪いってんですか!」
ここはデストロンの海底基地。メガトロンがいつも作戦を練るモニタールームにスタースクリームの不機嫌な声が響いた。今日も今日とて人間たちからエネルギー強奪を企み、サイバトロンの連中に阻止されたデストロン軍団は、みんな傷だらけだし機嫌も悪い。それはスタースクリームにも、メガトロンにも同じことが言えた。メガトロンはイライラしたようにスタースクリームに怒鳴る。
「貴様以外に誰がいるのだ! まったくもって貴様ってやつは……! そもそもお前がきちんと偵察に来たバンブルを捕らえておけば奴らに計画が漏れることもなかったんだぞ!」
「全部俺のせいだって言うんですか? だったら言わせてもらいますがねえ、俺ははじめっからあの野郎はとっとと破壊しちまうべきだって申し上げたんですよ! それをあんたが人質に使えるとか何とか言い出すから結果的に逃げられちまったんでしょうが!」
「ええいうるさい! 貴様自分のミスを棚に上げてなんだその言い草は!」
「先にケンカ売ったのはあなたの方ですぜメガトロン様。だいたいうまくいくはずなかったんですよ、なにせ計画したのがコンボイ一人破壊できない他ならぬメガトロン様なんですからな!」
「このわしに向かってよくそんな口が……! 覚悟はできておるのだろうな!!」
メガトロンはついに堪忍袋の緒が切れたという様子でスタースクリームに向かって容赦なくカノン砲を放つ。
「うわあっ!!」
「貴様の顔などもう見たくもないわっ! この基地からとっとと出て行け!」
「くそっ、言われなくても! もうあったま来たぜ、こんなとここっちから願い下げだ!!」
スタースクリームは逃げるように走り去り、そして置き土産というようにナルビームを連射しながら基地から飛び出していった。
「まったくあの愚か者にはもう耐えられん。これで清々したわい」
メガトロンがさっぱりした表情でそう言った時、扉が開いてスカイワープが顔を出した。
「おい今の何だ? 通り魔かと思ったぜ」
「いつもと同じだ」
サウンドウェーブが肩をすくめて答えると、スカイワープも半笑いになって少し呆れた様子を見せた。
「ああ。よく飽きねえなあ」
どっちも。という言葉は、声には出さず唇の動きだけでサウンドウェーブに伝える。その理由はもちろん、不機嫌極まりない上司の聴覚センサーに引っかからないようにするためだった。
「あの馬鹿者のことは忘れて、次の計画を考えなくてはな」
メガトロンはモニターの前に座って、鉱山や発電所などエネルゴンキューブを作成できそうな場所を検索し、次に襲撃する場所を検討し始めた。サウンドウェーブや他のデストロンたちもそれぞれ定位置について表示された情報を処理し、蓄積されたデータから最善の計画を模索し始める。
スタースクリームがいたらこの時点で何か口を出したり皮肉を言ったりしているところだが、今日は驚くほど静かだった。スタースクリームひとりいないだけで、海底基地の雰囲気はかなり変わる。メガトロンがいるのにメガトロンの指示を無視して私語を話す者は彼以外にはほとんどいない。そして誰も喋らないので、機体のこすれるかすかな音や、コンソールを叩く音が内部にやけに響くのだ。
しかしサウンドウェーブは、それも長続きしないことを長年の経験で知っていた。バイザー越しに、デストロンのリーダーを仕事の合間に観察する。はじめのうちは少し上機嫌になっていたメガトロンは、しばらくすると真顔に戻っている。それから更に時間が経ち、メガトロンは頬杖をついて時々空になっている机を一瞥するようになる。それも過ぎると落ち着かなげに指でとんとんとコンソールを叩くようになり、空の机を見やる回数が増える。
「……サウンドウェーブ」
そして最終的に、メガトロンはサウンドウェーブに声をかけるのだ。
「スタースクリームですか」
先回りした質問を受けて、メガトロンは少しだけきまり悪そうに「そうだ」と認める。けれど、予測できるのは仕方がないのだ。何しろこの展開は何百万年も繰り返してきたものなのだから。
「……あまり放っておくとまたろくでもないことを企むかもしれん。悪いが頼む」
「了解した」
こんなときは、マスクとバイザーがあってよかったと思う。その下でどんな表情をしていても、誰にも悟られる心配はない。盛大に溜息をつきたい気持ちを堪えて、気付かれないようにそっと排気をする。
そしてサウンドウェーブも、自称ニューリーダーに遅れて海底基地を後にした。
はじめのうちは、勢いで飛び出したスタースクリームを探しに行くのはジェットロンの二人だった。だが、いつもいつもスカイワープもサンダークラッカーも真面目に捜索する気がさらさらないので帰ってくるまで非常に時間がかかる。酷い時は、地球時間で一週間くらいいなくなることがあった。その上、スカイワープたちは時々スタースクリームの口車に乗せられてエネルゴンキューブをごっそり持ちだして酒盛りをしていたりするので、やがて彼らにメガトロンが連れ戻すように指示することはなくなった。代わりに駆り出されたのがサウンドウェーブだ。元来メガトロンの命令に忠実なサウンドウェーブならスタースクリームの口車に乗せられる心配もなく、寄り道をすることもない。メガトロンのそんな信頼ゆえの指名だったが、サウンドウェーブは正直言ってこの役目は嫌だった。面倒だし、面倒だし、面倒だ。要するに救いがたいほど気が乗らない。いっそ放っておけばいいのに、とさえ思う。どうせしばらくすれば勝手に帰ってくるだろう。軍団のリーダーになりたい、というのは、一人でいるのは嫌だというのとそれほど変わりはないのだから。
けれど、メガトロンはそれができない程度にスタースクリームに目をかけているのだ。それがどことなく面白くない。だが、面白くなくてもそれが命令である以上無視はできない。サウンドウェーブは長年培ってきた勘でスタースクリームが隠れていそうな場所を探しては飛んでいく。コンドルにやらせてもいいが、経験的にサウンドウェーブが先に見付ける確率のほうが圧倒的に高かったので、いつしかコンドルやバズソーをイジェクトするのをやめてしまった。
「……」
ふっと目を向けた湖を視界に捉えた瞬間、ああここはアイツが好きそうな場所だなと思った。そして、すぐに下降していく。おそらく今回はここだという確信を持っていた。何しろ、サウンドウェーブでさえ、咄嗟に白い輸送機のサイバトロンのアイセンサーの色を思い出したのだから。
さわさわと辺りの草が風に揺れている。小さな白い花が所々で控えめに花を咲かせていた。長閑な湖の畔に、不似合いなほど無機質な赤と白の機体が見える。座り込んで膝を抱えて顔を伏せていたスタースクリームは、サウンドウェーブの気配を察してゆっくりと顔を向けた。拗ねていることを隠そうともしていないぶすっとした表情だった。
「……なんだよ」
いつもより低い声で、近寄ってくるなオーラを全身から発している。しかしサウンドウェーブは気付かないふりをしてスタースクリームに遠慮無く近づき、隣に腰掛けた。
「探しに来た」
「なんで」
「メガトロン様が」
「そう言ったから?」
スタースクリームは言葉の途中で割り込んで言う。
「お前はいつもそうだよな。たまには断れよ」
「……誰のせいだと思ってる?」
さすがのサウンドウェーブもイラッとして殴りかかろうかと思ったが、思いとどまる。スタースクリームは喧嘩を売っている顔ではなかった。
「どうせメガトロンは俺のことが気に喰わないんだ。俺にばっかり当たりやがって。あれがサンダークラッカーだったらあんなふうにくどくど言わねえくせに。俺が気に入らねえなら放っとけばいいじゃねえかよ……なんでいつもお前を寄越すんだ」
「それは……俺も知りたい」
「じゃあ聞いてみりゃいいさ。お気に入りのおまえになら教えてくれるかもな」
刺々しい語調で言い捨てて、スタースクリームは湖を眺める。メガトロンの機嫌も相当悪かったが、スタースクリームの方もかなりへそを曲げているようだ。いつものスタースクリームならこんな愚痴は零さないで、メガトロンへの罵声を並べ立てていた。何だか毒気が抜かれてしまって、サウンドウェーブはスタースクリームに対して抱いていた苛立ちが消えるのを感じた。
「気に食わないわけじゃないだろう。そうだったらとっくにお前は溶鉱炉に投げ込まれている」
「どうだか。まだ利用価値があるってだけなんだろ」
「普通は裏切った時点で利用価値も何もない」
「……じゃあ何なんだよ! 俺は! どういう立ち位置なんだアイツの中で!」
「それこそ本人に聞け」
スタースクリームはサウンドウェーブに突っかかるのをやめて、組んだ腕の上に顔を俯せた。
「やだ。もう戻らねえって決めた。メガトロンが俺に謝るってんなら別だが」
「やだじゃない。それに謝ってほしいのならどのみち直接会わなければ不可能」
「うるせえな、とにかく嫌なもんは嫌だ。とっとと帰れよ根暗カセット」
「誰が根暗だ、お前こそ今すぐ俺に謝れ」
「じゃあメガトロンが謝ったら謝罪してやるぜ、ありえねえけど」
いじけていても相変わらず口だけは達者だ。サウンドウェーブは何だかバカバカしくなって、口論するのをやめた。
「今日は晴れたな」
「……あ?」
「風が心地いい」
サウンドウェーブはもうスタースクリームの説得を完全に放棄して、空を見上げる。小鳥が二羽連れ立って飛んでいった。
「この星は色鮮やかだ」
「……そうだな」
セイバートロンでは、ほとんど金属ばかり視界に入るので、地球で目覚めてまず驚いたのが周りにあふれる無数の色だったことを思い出す。
「お前でもそういうこと言うんだな」
「ん?」
「あんまり興味が無いかと思ってたが」
隣を見ると、スタースクリームと目が合った。赤いアイセンサーは、興味深そうな輝きを持っている。
「俺だって普通の情緒くらいある。俺を何だと思ってたんだお前は」
「だって用事がなきゃお前が俺に話しかけること自体ほとんどなかったぜ? 何考えてんだか全然わかんねーしよ」
「そうだったか?」
「そうだよ。しかも話しても必要最低限の情報伝えたらとっとと帰るだろお前いつも」
サウンドウェーブはメモリーボックスの過去のやり取りを検索する。言われてみれば確かにサウンドウェーブからスタースクリームに話しかけたことはほとんどなかった。サウンドウェーブは不思議に思う。スタースクリームとは、いつも話しているような気がしたからだ。そしてその原因はすぐにわかった。いつもはスタースクリームの方がサウンドウェーブに話しかけているのだ。
「それは、おまえが悪い」
「は!? なんで俺が!」
「お前はいつもメガトロン様の話ばかりする」
「え」
間の抜けた声。予想外の事実を突きつけられた声だ。サウンドウェーブは構わず続けた。
「そのとき、お前と話してるのは俺なのに。そんなに気になるなら直接会ってこい」
スタースクリームは固まっている。けれどそれは紛れも無い事実なのだ。悪口だろうが何だろうがスタースクリームは口を開けばメガトロンがああだメガトロンがこうだと、メガトロンを話題に出してくる。相槌を打っている間はいい。また始まったかと思うだけだ。しかしその後が問題だった。スタースクリームからメガトロンの話を聞かされた後、サウンドウェーブはいつも形容しがたい感情を持った。それはいったい何なのか、サウンドウェーブ自身理解不能ではあったが、少なくとも快い感情ではなかった。機体をめぐるスパークの中に何か黒いものが沈んで混ざっていくような、何もしたくなくなるような何かだ。その重たい何かに邪魔されて、仕事がはかどらなくなる。
サウンドウェーブがスタースクリームを探しに行くのに救いがたいほど気が乗らないのは、主にそのせいでもあった。いつもよりメガトロンへの愚痴は数倍多くなる上に、あの感情も強くなるのだ。
「わかりやすく言おうか? お前がメガトロン様からレーザーウェーブの話を延々とされるのと類似しているものと俺は予想する」
「そ、それは……その……悪かったな」
珍しくスタースクリームが本心からと思われる謝罪を口にする。スタースクリームの方もあのレーザーウェーブへの賛辞に何か思うところがあるのかもしれない。それはそれで、どこか複雑な気持ちになる。
「でもお前だって似たようなもんじゃねえかよ」
「何が」
「だから、お前も、いつもメガトロン様の話してんだろ」
「お前ほどじゃないだろう」
「そうかねえ? 今だって言われなきゃ俺を探しに来なかったろ。サウンドウェーブこそ、メガトロン様しか見えてないくせに」
スタースクリームはなぜかまた不機嫌になってふいっとそっぽを向く。サウンドウェーブは呆気にとられる。まさか彼がそんなことを言うとは思いもしなかった。
「スタースクリーム?」
「……俺はお前と話したいのに」
集音能力に優れている情報参謀の聴覚センサーは、スタースクリームのほとんど聞こえないくらいの小さな声も明瞭に捉えた。いつもサウンドウェーブの姿を見かけるたびに声をかけてきたスタースクリーム。誰とでも話す彼だったから、たまたま見かけて話しかけてくるだけだと思っていた。そうではなかったのかもしれない。サウンドウェーブはふと、共通の話題と言えば、上司のメガトロンくらいだったということに今更ながら思い当たる。
「なら話そう」
「……何?」
「早く帰れとは言われてない。どうせ、いくらでも時間はある」
「おい、どういう風の吹き回しだよ。いつもはすぐに切り上げてたじゃねえかよ」
「ただしメガトロン様という単語は禁止だ。言った方は一回に付き相手にエネルゴンキューブ一つを進呈」
「聞けよ! 勝手に話を進めるな!」
サウンドウェーブは、いまだ不機嫌なままのスタースクリームに向かってやわらかい声で言う。
「俺だってお前と話したい」
するとぴたっとスタースクリームの口の動きが止まる。
探しに行けと言われるたびに、メガトロンとスタースクリームの間にある、一種の絆のようなものをサウンドウェーブは意識せざるを得なかった。それがいつもつらかった。間に入ることもできず、外から見るだけだったら、いっそ見なければいいと思った。だからサウンドウェーブは今までずっとスタースクリームを避けてきた。
だが、どうやらまだそこには間に入り込む余地があるらしい。
「だから、いいだろう」
「……し、仕方ねえな」
春の穏やかな日差しの下で、サウンドウェーブはスタースクリームと取り留めのない話をした。メガトロンも、デストロンも戦争も何も関係ない、本当に些細な話を。だが、サウンドウェーブは、今まで交わしたスタースクリームとの会話の中で一番鮮烈な印象をその中で覚えていた。
何百万年も同じ展開を繰り返してきたスタースクリームの家出に、初めて新しい展開があった。それがこれからどういう意味を持つかはまだわからない。けれど、頭上に広がる綺麗な青空が、サウンドウェーブをどこまでも晴れやかな気分にさせるのだ。
また小鳥が二羽連れ立って飛んでいった。
end.
そして彼に手を伸ばす
「サウンドウェーブ! 頼みがある!」
夜中にサンダークラッカーから通信が入る。仕事を片づけ、ジャガー達にエネルゴンキューブを与えてから、スリープモードに移行しようとした矢先のタイミングだったので、サウンドウェーブは「断る」と返して通信を切る。どうせジェットロン達がサウンドウェーブに頼むようなことはどうでもいいようなものばかりだ、困りはしない。
足元に寄ってきたジャガーの頭を撫でてやって、サウンドウェーブはベッドに横たわる。明日もおそらくサイバトロンとの戦いが待ち構えている。きっちりと休んでおかなくてはならない。
が、そのときサウンドウェーブの緊急連絡回線にアクセスがあったので、サウンドウェーブは仕方なく応答した。
「こちらサウンドウェーブ」
「おいなんでさっき切ったんだよ、話くらい聞いてくれ」
やはりサンダークラッカーだ。
「緊急通信は火急の用事にしか使うな。俺はもう寝るから他のやつに頼め」
「駄目だ、こいつはお前じゃないとマズイ」
「……理由は」
疲労で演算能力が少し落ちていて、ぼんやりする頭を押さえながらサウンドウェーブは尋ねる。いったい何なのだろう、何でもいいから早く寝たい。
「実はスタースクリームとスカイワープがエネルゴンの飲み比べで酔っ払っちまってな。スカイワープは俺が面倒見るから、スタースクリームはお前に頼みたいんだよ」
「酔っ払いなんか放っておけばいいだろう。それで死ぬわけでもない」
確かに今日、夜に酒盛りをするような話を聞いた。サウンドウェーブは仕事を片付けることを優先したが、デストロンの大半はその場にいたに違いない。そして、誰が酔っ払っていようと自分には関係ないと思った。
「俺もスタースクリームが酔いつぶれようがまあどうでもいいとは思うんだがよ、アストロトレインがアレなこと言ってたからどうも心配になっちまってな……」
「何と言ってた?」
少し興味をそそられてサウンドウェーブは聞いた。
「『この状態ならナンバー2だろうが簡単にヤれそうだな』ってよ、酔っぱらいの冗談かも知んねえけど……あと二、三人似たようなこと言ってたな。ほら、俺らって見た目だけは文句なしに整ってるじゃん? だから昔からけっこうそういうことあったんだ。デストロン女っ気ねえしな」
自意識過剰とも取れる発言だが、サンダークラッカー達の外見は確かにデストロンの中で特に綺麗な部類である。サウンドウェーブもたまに同僚がそういった旨の発言を冗談交じりにするのを聞いた。多分彼らは半分くらい本気だということも、酔っ払ったときその冗談の垣根が低くなるのも、サウンドウェーブは知っている。まあそれでも、自分で言うのはどうなのかとは思う。
「お前があいつを心配してるのはわかったが、何故俺に頼むのかまだわからないのだが」
「さすがに俺一人で酔っ払い二人の面倒は見きれねえよ、いろんな意味で。今お前素面だし、信頼出来るからな。それにサウンドウェーブの部屋まで押し掛けるような奴はいねえだろ?」
サウンドウェーブはしばし考える。それから、とても疲れた声で返事をした。
「わかった、今日だけは引き受けてやる」
ただし次からはお前たちだけでどうにかしろ、と念を押す。サンダークラッカーはホッとしたように「了解」と返し、通信を切った。
サンダークラッカーから押し付けられたスタースクリームは予想以上に酔い潰れていた。サンダークラッカーに支えられてかろうじて立っているというような有様で、サンダークラッカーに話しかけられてもマトモな返答は半分程度だ。スカイワープも似たような状態で、間に挟まれているサンダークラッカーはとても疲れた顔をしていた。
「じゃあ頼んだぜ」
「おいサンダークラッカー、どこ行くんだよぉ」
スタースクリームをサウンドウェーブに引き渡して、スカイワープの腕を自分の肩にかけながら離れていくサンダークラッカーに、スタースクリームは不満そうに声をかける。
「俺の部屋だよ馬鹿、もういいからお前はさっさと寝ろ。サウンドウェーブにあまり迷惑かけんじゃねえぞ」
「……なんでサウンドウェーブ?」
「後ろにいるだろ」
「え、あれ? ほんとだ……」
肩を支えていたのがサウンドウェーブだと気づいていなかったスタースクリームは振りかえってちょっと驚いている。とりあえずサウンドウェーブはスタースクリームを引っ張って自分の部屋に入れることにした。
「ここおれの部屋じゃねーんだけどー」
「知ってる」
「おれのへやあっちだぜ?」
「そうだな」
適当に返事をしながらスタースクリームを押し込んで扉を閉める。スタースクリームは壁に手をついて、「あーぐるぐるする……」と呻いていた。
「ここ誰の部屋?」
「俺の部屋」
「えーと……と、いうことは……サウンドウェーブの部屋か」
一時的にブレインサーキットの回路にも少々支障をきたしているのか、処理能力がかなり落ちているように見える。
「お、ジャガーだ! 元気かあ、おい、かわいいなお前は」
スタースクリームは嬉しそうにしゃがみこんでジャガーの頭を撫でる。いつもなら絶対にしないような行動だが、何にせよジャガーは構ってもらえて少し上機嫌だった。
「ベッドがないからお前は床で寝ろ」
「なんでデストロンの期待のニューリーダーが床で寝なきゃなんねーんだよ。お前が寝ろよ床で」
サウンドウェーブは無言でスタースクリームに足払いを掛ける。酔っ払いにそれを避けることは不可能だったらしく、ガシャンと派手な音と共にスタースクリームは転んだ。
「いってえな!! なにすんだよっ」
「そこで永遠にグッドナイトしていろ、馬鹿が」
「てっめえ、俺様を舐めんのもいいかげんにしやがれ!」
スタースクリームは照準をサウンドウェーブに合わせてナルビームを撃とうとしてきたので、サウンドウェーブはさっと近寄ってスタースクリームの腕を押さえ込んだ。
「やめろ、壁に穴が空く」
「くそっ、はなせよ、この……」
スタースクリームは苛々した様子で抵抗するが、まったく抵抗になっていない。元々空中戦を得意とするジェットロンたちはこうした近接戦闘には向いていない上に、今のスタースクリームはエネルゴンの過剰摂取で運動能力にかなりの影響が出ている。しかもそのくせ生意気で傲慢なところだけは変わっていないので、サンダークラッカーが心配するのも無理は無いと思った。確かに、この状態のスタースクリームはいじめてやりたくなるような何かがある。
「お前、あいつに感謝したほうがいい。多分アストロトレインなら本当にやっただろうからな」
「へ……何を?」
「もういいから本当に早く寝てくれ。ベッドは仕方ないから譲ってやる……」
サウンドウェーブはぐいっとスタースクリームの腕を引いて立たせると、ベッドのある方に押しやる。自分は飲んでいなくて本当によかったと思う。少しだけ理性が揺らいだのを、サウンドウェーブはさっき感じた。
「じゃあお前はどうすんだ?」
「俺は明日の分の仕事でもやってる」
エネルゴンの反応があった惑星の探査に向けて、メガトロンから調査するように言われているのだ。正確な座標を割り出し移動に必要なエネルギーの量を調べ惑星のどの部分にエネルゴンの反応があってトランスフォーマー達に危険な場所があったりしないかなど、調査すべきことはたくさんある。別に急ぎの作業ではないが、だからといって早めにやってはいけないわけでもない。今日は運が悪かったと諦めて、休息を明日余分に取ればいい。
「そんなの俺がゆるさねえ。おれに構えよ」
だがスタースクリームは、とんでもないことを言い出した。
「断る」
「いいだろー俺まだ眠くないもーん」
「かわいこぶっても駄目だ」
「なーんか忘れてないかあ? 俺はデストロンのナンバー2なんだぜぇ? つまりおれはお前よりも偉いんだ、俺の言うことに従わねえとどうなるかわかってんだろうな、え?」
「……」
たしかにそれは間違ってはいない。それほど立場に差はないとはいえ、スタースクリームはこれでもメガトロンの右腕で、決定権はメガトロンの次に強い。酔っ払いのたわ言ではあるが根に持たれては面倒なので、サウンドウェーブは仕方なくスタースクリームに向き直った。
「わかった。何が望みだ?」
「ん? うーん……」
スタースクリームはぼんやりした表情で首を傾げて何か考えている。
「まあなんか楽しげで暇つぶしになるようなこと?」
それからスタースクリームはずいっとサウンドウェーブに顔を近づける。顎のラインをすすっとなぞって、にやりと笑ってささやいた。
「お前の好きにしていいぜ?」
サウンドウェーブは無言でブレインサーキットを働かせてから言った。
「じゃあ、しりとり」
「つまんねェよ!!」
がごん、とスタースクリームの拳が胸部パーツにヒットする。だがまったく痛くない。
「俺に任せるんだろう」
「そう言ったけど! よりによってしりとりはねえだろ!!」
「贅沢なやつだ」
サウンドウェーブがやれやれと手を広げたとき、スタースクリームが呻きながらヘッドパーツを押さえる。
「うっ……怒鳴ったら頭痛が……てめぇのせいだぞサウンドウェーブ」
「ざまあない」
「こいつむかつくううう……」
スタースクリームは少しすねた目付きでサウンドウェーブを睨んだ。
「お前さあ、俺がいま誘ったのわかってる?」
「……そこまで鈍くはない」
「じゃあなんで。俺よりハンサムで見目麗しくて有能で将来有望なデストロンなんかいねえぞ?」
それ以前にお前は男だろう、とは言わなかった。サイバトロンと違いデストロンは女性と関わりを持つ機会は少ない。
「何? まさかもう心に決めた奴でもいんのか? そんでそいつに義理立て? おいおいそんなサイバトロンみたいなことすんなよ……デストロンのくせによ」
「そうではない」
「ならなんでこのデストロンのニューリーダーさまが嫌なんだ?」
よいしょ、とスタースクリームはサウンドウェーブのベッドの端に座ってサウンドウェーブを非難がましい目で見上げる。しかしサウンドウェーブは何も答えなかった。というより、それどころではなかった。スタースクリームの質問よりはるかに気になることがブレインサーキットを占めていて、それをどうにかしないと他の行動へ移れそうにない。
「……スタースクリーム、まさかお前、いつもこんなことしてるんじゃないだろうな」
「こんなこと?」
スタースクリームはきょとんとしてから、ああ、これ、とつぶやく。そしてからかうように口の端を上げた。
「さあ? どうだろうな?」
「何故答えない」
「そっちこそ何故知りたい」
「……」
両者は探るように相手を睨む。その間に、サウンドウェーブはサンダークラッカーの言葉を思い出していた。昔からこういうことけっこうあったんだ。元々デストロンの連中はメガトロンを除いてどいつもこいつも倫理観も道徳観も無いに等しく、性に関しても同じことが言えた。つまり、気がむけば誰とでも寝る連中ばかりで、サンダークラッカーやサウンドウェーブのような者の方が少数派なのだ。仮にスタースクリームがそちら側だったとしても別段おかしいわけではない、が。
サウンドウェーブはスタースクリームに「答えろ」ともう一度繰り返す。
「……そんな怖い声出すなよ。いつもはあんなことしねえよ。なんでこの俺様が他人の性欲処理にわざわざ付き合ってやんなきゃなんねえんだ?」
スタースクリームはぱたんと仰向けにベッドに横たわる。
「俺は接続するよか空飛んだり研究したりサイバトロンの連中と戦ってるほうが楽しいからな。スカイワープとサンダークラッカーも同じようなこと言ってたから、俺達はそういう機体なのかもしれねえが……まあ俺の知るよしもねえ」
「なら……何故俺にあんなことを?」
「……」
スタースクリームは寝っ転がりながらサウンドウェーブを見上げる。彼にしては珍しく、言葉を選んで何か迷っているような様子に見えた。しかし、ほどなくして口を開いてはっきりした音声を発する。
「お前が好きだから」
「……何?」
思わずサウンドウェーブが聞き返すと、スタースクリームはやけになったのか酔った勢いなのか、はたまた両方なのかは定かではないが、一気に喋り出す。
「好きなんだよお前が。愛想もねえし付き合い悪いしおれに冷たいけど、おれはどういうわけかお前が好きなんだよ。でもおまえは多分俺のこと好きじゃないだろ? お前がノってきたらちっとくらいは望みあるんじゃねえかなーとか思ってたんだが、まあ案の定だったな。あーあ……」
非常にさらりとした軽い調子でスタースクリームは残念そうにぼやく。しかしサウンドウェーブは驚きのあまり言葉が出てこない。長い付き合いになるが、むしろ自分は彼からあまり好かれてはいないのではないかと考えていた。サウンドウェーブはスタースクリームの隣に腰掛けて、「冗談だろう?」と声をかける。戸惑いを隠し切れなかったのが自分でもわかる声だった。案の定それはスタースクリームに伝わってしまった。
「俺も冗談だったらどんなに良かっただろうと思うよ、サウンドウェーブ。けっ、ちったあ喜んだらどうなんだ? この俺様が愛を囁いてやってるんだぜ?」
「だが……いや、お前のことだから俺をからかって後でスカイワープたちと酒の肴にするつもりでは」
「だから本当だっつってんだろ!? 何ならお得意のブレインスキャンにでもかけてみればいいだろうが! ああ、もういいや、黙ってろ」
スタースクリームはがばっと起き上がってサウンドウェーブにのしかかる。そしてサウンドウェーブのコネクタのパネルのロックを解除しにかかったので、サウンドウェーブは慌てて腕を掴むが、スタースクリームがその手を振り払った。
「一晩でいい」
「待て、スタースクリーム」
「今夜だけでいいから、お前の時間をおれにくれよ」
「だから待て、その前に少し俺の話を聞け!」
「うるっせえなあ、ごちゃごちゃとよぉ! お前そんなに俺とヤりたくねえのかよ!?」
スタースクリームは銃口をサウンドウェーブの頭部に突きつけて脅しにかかる。しかし、言葉や態度とは裏腹に、どこか泣きそうな表情だった。サウンドウェーブは「いいから聞け!!」と怒鳴る。普段滅多に声を荒げないサウンドウェーブの怒声にスタースクリームがびくりと怯んだ一瞬の隙をついて、スタースクリームの腕を引いて抱き寄せた。
「俺も好きだ」
耳元で囁くと、抵抗しようとしたスタースクリームの動きがぴたりと止まる。
「俺もお前が好きだ、スタースクリーム」
「……な、なんだよ。こんどはたちの悪い冗談でお茶を濁そうってのか?」
「違う、本当だ。何故俺が疲れてるのにお前を部屋に上げたと思う? お前が他人と接続するのが嫌だったからだ」
「……うそだ。じゃあなんでさっきは嫌がってたんだよ」
「酒の力に頼って繋がっても、そのときはいいかもしれないが、何も残らない。虚しいだけだ」
たとえ体だけ関係を持っても、そのあとはどうなるだろう。これから先ずっと、そのときの記憶を引きずって生きていくのは、どんな気持ちがするだろう。手に入らないものなら、最初から手を伸ばさない方がいい。後々のために。だからずっと手を伸ばさなかった。ただ隣に立って、自由に飛び回るその姿を見ていた。手に入らなくても良かった。ただ、彼がきらりと翼で光を反射しながら、風を切って飛んでいられるのなら、眺めているだけで十分だった。
数百万年前から、サウンドウェーブはスタースクリームに恋をしていた。誰にも気付かれないように、ひっそりと胸のうちに秘めて、黙って想い続けていた。
「本当は俺もこうしたかった」
サウンドウェーブはマスクを解除すると、そっと顔を近付ける。スタースクリームは逃げなかった。目を閉じて、唇が重なる。エネルゴンの甘い香り。それを感じながら、サウンドウェーブはゆっくりと唇を離した。
「信じる気になったか?」
「……おう」
スタースクリームは珍しいくらいおとなしく頷いて、指先で自分の唇にそっと触れる。その様子が妙に可愛らしく感じて、サウンドウェーブは彼に気付かれないように声を立てずに笑みを作る。
「……続きは?」
「酒に頼らずに同じことが言えたら、な」
なんだか不満そうにしているスタースクリームの頭を撫でて、からかうように「できるか?」とサウンドウェーブは笑う。スタースクリームもにやっといつもの笑みを浮かべた。
「とーぜんだろ。俺様を誰だと思ってるんだ?」
「デストロンの航空参謀、スタースクリームだろう?」
「ナンバー2とニューリーダーが抜けてるぜ、情報参謀」
スタースクリームは「もっかいしよう」とサウンドウェーブの頬に触れて顔を近づける。サウンドウェーブもスタースクリームに触れて、「いいだろう」と返す。疲れなどとうの昔に吹き飛んでいた。心地良い感情が全身を満たしているのを感じながらサウンドウェーブは再び唇を重ねる。夜が明けるまでは、ずっとこうしていたいと、心からそう思った。
end.
崩れて落ちる
おいサウンドウェーブ、ちょっと手伝えよ。サウンドウェーブ何してんだ。よし行くぞサウンドウェーブ。そうやって何かにつけて呼ばれる名前に悪い気はしなかった。メガトロンに命令され、スタースクリームと自分が共に動く。ずっとそうだった。何百万年も、そういう関係でやってきた。それに対して不満を抱いたことはない。変わらない関係に、サウンドウェーブはどこかほっとするような、穏やかな感情を持っていた。メガトロンと自分と、スタースクリームで、ずっとやっていけたらいいと、ごまかしではなく思っていた。
「スカイファイアー」
とても柔らかな声。スタースクリームがそんな声を出すことができるなんて、何百万年も共に過ごしたのに、ついぞ知ることがなかった。氷の中から発掘されたトランスフォーマーが目覚めたとき、スタースクリームは彼に向かって笑いかけた。
「ようやく見つけたぜ、この大馬鹿やろう」
スカイファイアーの額に軽く拳をぶつけて、スタースクリームは、本当に嬉しそうな顔で微笑んでいた。
それを見た瞬間サウンドウェーブは驚き、そして強い感情がブレインサーキットの回路を駆け抜けるのを感じた。装甲にひびが入ったのとは全然違う種類の、鋭く切り裂くような衝撃が胸を衝く。
その感情の名前を知らぬほど、サウンドウェーブは愚かではない。ああそうか、とサウンドウェーブは思う。彼に名前を呼ばれるのが嫌いではなかった理由に、数百万年の時を越えてようやく思い当たったのだ。
(俺は、あいつに、恋をしていたのか)
メガトロンと、サウンドウェーブと、スタースクリーム、その三人の間で閉じられて決して動くことが無かった関係は、不意の投石で水面にゆらゆらと波紋が広がるように、ゆっくりと崩れ始めた。
「スタースクリーム」
氷河の一角に作られた地上臨時基地で、スタースクリームはあれこれと忙しく立ち回っている。他のデストロンがサボっていないか様子を見に行ったり、エネルゴンキューブ生成装置がうまく働いているか確かめたり、とにかく同じ場所にいるということがない。
「ん、どうしたサウンドウェーブ?」
「メガトロン様が、スカイファイアーの様子を知りたがっている」
「ああ、何にも問題なさそうだぜ。ちょっとしたら動き回れるようになるだろうな。まぁ最初のうちは見回りとかそういう簡単な任務をやらせた方がしくじることもないんじゃねえかとは思うが」
それから思い出したように付け加える。
「デストロンに味方するようにあることないこと吹き込んどいたからお前アイツになんか言われたら適当に話を合わせろよ」
「……わかった」
それからすぐに別の場所に移動しようとしたスタースクリームの背にサウンドウェーブは咄嗟に声をかける。
「スタースクリーム」
「まだ何かあるのか?」
「お前とスカイファイアーは、どういう関係だったんだ?」
スタースクリームは、何故そんなことを聞くんだろうという顔をしたが、すぐに答えた。
「さっき言った通りだぜ? アイツは惑星探査の時のパートナーだった。まあ……そうだな、同僚というか、友人というか……そんな感じだ」
「友人……」
サウンドウェーブはスタースクリームの言葉を繰り返して、ほんの少し安堵する。けれど完全に安心できたというわけではなかった。スカイファイアーが目覚めた時、スタースクリームは今まで見たことがないほど、喜んでいた。メガトロンの隙をつくことに成功した時とも、サイバトロンを撃退できた時とも違う。それが何よりも、サウンドウェーブの思考回路を乱す。
「んじゃ、俺まだやることあるから、後でな」
スタースクリームは今度こそ行ってしまった。
残されたサウンドウェーブは、これからのことを思う。きっとスタースクリームの思惑通り、スカイファイアーはデストロンの新しい仲間になるのだろう。そうなれば、スタースクリームと自分の関係はどうなるのだろうか。きっと今のままではいられない。メガトロンとスタースクリームの間にあるような、ああいう強いつながりは自分たちの間にはないのだから。
スタースクリームの一番になりたいとは思わない。彼の中で一番大きな存在は、良くも悪くも破壊大帝メガトロンで、それは自分にとっても同じことだ。それについては何も文句はないのだ。だが、あの白いトランスフォーマーに関しては話は別だった。
それほど時間を置かずして、スカイファイアーがサイバトロンに寝返り、そしてスタースクリームの手によって再び雪の下で眠ることになったとき、サウンドウェーブは何より先に安堵を感じた。自分の中に、それほど底の見えない淀んだ感情が潜んでいるなんて、考えたことすら無かった。
サウンドウェーブは、スカイファイアーとの一騎打ちの後雪に埋もれたスタースクリームを探した。いくら頑丈なトランスフォーマーといえども、1立方メートルでも数百キロは軽く越す積雪重量が長時間掛かれば無事で済む保証はない。凍ったままほとんど無傷の状態で見付かったスカイファイアーが奇跡だったのだ。幸いスタースクリームはそれほど深い場所に埋まってはおらず、レーダーにも反応が出る。その場所の雪を掻き分けて、サウンドウェーブはスタースクリームの姿を探した。
かつん、と音がする。金属の触れ合った音。それを聞いて、サウンドウェーブは非常に強い安心感を覚える。それから更に雪を掘って、見慣れた赤を視覚センサーに捉える。サウンドウェーブはスタースクリームの機体を雪から拾い上げる。恐ろしいほどひんやりと冷え切っている。アイセンサーの光は消えていて、関節の所々は凍りついていた。
「スタースクリーム」
「……」
「スタースクリーム、聞こえているか」
何度か声を掛けて揺さぶると、やがてかすかな光が目に灯る。そしてぐったりとした動きでサウンドウェーブを見上げた。
「メガ……いや、サウンドウェーブ……か?」
どうやら、アイセンサーに異常が発生しているようで、サウンドウェーブのこともよく見えていないようだ。
「からだ、が、動かねえ……」
「お前はずっと雪に埋もれていた。無理もない」
サウンドウェーブがそう言った途端、夢見心地の表情だったスタースクリームの顔が怒りに歪む。そしてふらふらと立ち上がろうとして、バランスを崩したので、サウンドウェーブが抱きとめるように支えてやった。
「そうだ……あの裏切り者、スカイファイアーの野郎は?」
「わからない。氷山が崩れて、雪の下に消えて、そのままだ」
「氷山……って、ことは、また?」
スタースクリームは唖然として口を半開きにして凍りつき、それから機体からゆっくりと力を抜いた。サウンドウェーブにもたれかかって、腕を首に回してくる。
「サイバトロンも探していたが、見付からなかったようだ。生存の可能性は限りなく低い」
「……裏切り者が死んだって構やしねえが、アイツ……よりにもよって同じ最期はねえだろう、畜生」
微かに震えるスタースクリームの冷えきった機体に、サウンドウェーブは腕を回す。暖めてやるだけだ、それ以上の理由はない、そう心のなかで言い訳をしながら、スタースクリームの声に意識を集中させた。
「……あの馬鹿、一千万年経っても救いようのねえほど頭の固い平和主義者だったよ」
「みたいだな」
「助けてやったってのに俺に逆らいやがって、当然の報いだぜあの恩知らず」
「ああ」
「スクラップがお似合いだ。ここで地球が滅びる日まで凍りついてりゃいいんだ、ざまあみやがれ」
ただスタースクリームのこぼす罵りに相槌を打ち続ける。けれどサウンドウェーブは、スタースクリームの声がわずかに揺れていることに気がついていた。その揺れに、きっと想像もつかないほどの感情が押し隠されていることも、サウンドウェーブは悟っている。
スタースクリームはぎゅっとサウンドウェーブに抱きついて、小さな声で最後に言った。
「でも……それでも……アイツは、俺のたった一人の友達だったんだ……」
サウンドウェーブは、黙ってスタースクリームの頭を撫でる。スタースクリームは更に抱きついてくる力を強めた。氷のように冷えきった機体温度が直にサウンドウェーブに伝わり、サウンドウェーブの機体温度も低下を始めている。
「好きなだけ、吐き出せ」
「……」
「俺が聞いている。お前の気が済むまで」
「……ああ」
スカイファイアーの馬鹿野郎、とスタースクリームは何度も呟く。それでいい、とサウンドウェーブも返す。何度でも言って、そして忘れてしまえばいい。一千万年も前の友人のことなど、メモリーボックスから消してしまったところで何の問題があるだろう。
「スタースクリーム、俺はお前の友人ではないが」
スタースクリームの言葉が途切れた頃合いを見計らって、サウンドウェーブはスタースクリームに向かってささやいた。
「お前のそばにいる」
雪が音を吸い込むしんとした無音の中、スタースクリームは何も言わない。サウンドウェーブの位置からでは、表情も窺うことはできない。しかし、間違いなく何かしらの影響を与えただろう。スタースクリームは孤独を嫌う。その性格を知っているからこそ、サウンドウェーブはその言葉を選んだ。デストロンの情報参謀として、どういう言葉が相手に対して最も強い意味を持つかは、誰よりも理解し把握している。
だからお前も早く落ちてくればいい、とサウンドウェーブは思う。いつまでもそんな過去の記憶を引きずっているより、さっさと俺を選んでしまえばいいのだ。
end.
久しぶり
「なあ、もしもの話だけど」
エネルゴンキューブを生成し、カセットロンとジェットロンが共同で運んでいる時だった。サンダークラッカーが眩しい桃色のエネルゴンキューブを抱えながら、スカイワープとスタースクリームに向かって言う。
「仮にこの中の誰かが死ぬようなことがあったら、誰が最初に死ぬんだろうな」
「はあ? 何いってんだお前?」
スタースクリームが露骨に嫌そうな顔をした。けれどサンダークラッカーは怯むでもなく、笑って「もしもって言っただろうが」と軽く流す。
「どいつもこいつも死にそうにないからなんか逆に気になってよ」
「そうだな。ま、そこのチビすけはどうだかわかんねーけど?」
「なんだとおスカイワープ!?」
相も変わらずスカイワープはフレンジーに喧嘩を売るのをどこか楽しんでいるようで、にやにやしながら足の先でフレンジーを小突こうとする。それをさっと避けてフレンジーはエネルゴンキューブを持ちながらスカイワープを睨んだ。
「ふん。もし仮に俺がお前より先に死ぬことがあってもなあ、そりゃお前さんが臆病者で戦わなかったからに違いないぜ!」
「何ぃ!?」
「まあまあ落ち着けよふたりとも」
サウンドウェーブがフレンジーをかばう前に、やんわりとサンダークラッカーが間に入った。ジェットロンの誰かが暴走しかけたときは彼が止めに入ることもそこそこ多い。それでも止まらなければ、すぐに傍観に回ってしまうのだが。
「どう考えたって先に死ぬ確率No.1なのは我らが航空参謀様だろうよ」
「あー……」
「それもそうだ」
仲の悪いふたりが珍しく同じ反応を見せる。そしていきなり話題に登ったデストロン軍団No.2のスタースクリームは「なんだと貴様!?」とサンダークラッカーに食って掛かった。
「なんでこの俺様がてめーらみたいなマヌケより先に死ななきゃなんねえんだよ! 逆だろうが!」
「俺らがマヌケかどうかは別にしてだ。そもそも俺はお前がメガトロン様にいまだに殺されてない事自体が奇跡だと思ってるからな」
「そうそう。知ってるかスタースクリーム? お前ってデストロン軍団の七不思議の一つに数えられてんだぜ?」
「七不思議とかくだらねえもん作ってんじゃねえよ!」
もしエネルゴンキューブを両手に抱えていなかったら、血の気の多いスタースクリームのことだ、恐らくスカイワープにクラスターボムでも投げつけていたことだろう。実際は凶悪な目付きで睨むだけだったが。
「俺はデストロン軍団のニューリーダーになる器を持った男だぜ? メガトロンなんかに殺されてたまるかよ。絶対ありえないからな」
「はいはいニューリーダーニューリーダー」
「わー永遠のナンバー2様がなんかほざいてるー」
「お前ら……! あんまり舐めたこと言ってるとスクラップにするぞ!」
スタースクリームはついにエネルゴンキューブを投げ捨てて銃口を二機のジェットロンに向けた。しかしそれも本当に幾度と無く行われているやり取りなので、サンダークラッカーとスカイワープは「おー怖ぇ」とまるで怖がっていない様子で笑った。
「怒んなよスタースクリーム、冗談だって」
「それとエネルゴンキューブを投げるな。爆発したらどうする?」
「うるせーな! お前にゃ関係ねえだろサウンドウェーブ!」
「関係ある。巻き込まれてはたまらない」
エネルゴンキューブは非常に高密度のエネルギーの塊なのだ。当然扱いにはそれなりの注意を必要とする。元科学者のスタースクリームがそれを知らないはずはないのだが、どうにも彼は気が短いというか、考えなしなのだ。
「そんなことだからいつも失敗してるんじゃないのか? いい加減諦めたらどうだ」
「余計なお世話だよ。だいたい失敗したところでお前に何の不利益があるってんだ? ほっといてくれ」
「ほう、俺に不利益がないとでも言うつもりか。いつもいつも飛び出していったお前を探しに行かされるのが誰だか知らないとは言わせないぞ」
「……う」
スタースクリームはばつの悪そうな顔で言葉に詰まった。
メガトロンと喧嘩したスタースクリームのその後は、コンドルに遠くに捨てられるか自分で飛び出していくかの二択である。そしてほとぼりが冷めた頃になると、メガトロンがサウンドウェーブにスタースクリームの行方を探すように指示するのが常だった。メガトロンが内心スタースクリームのことをどう思っていてそう指示をするのかはサウンドウェーブのあずかり知らぬところではあるが、スタースクリームが『ニューリーダー』という言葉を発するたびにこの展開になるのは事実なのである。
「まあ真っ先に死にそうな我らが航空参謀さんがこんな調子なら、俺らが死ななきゃならん理由もねえわな」
「まだ言うか!?」
「つーかスタースクリームは殺したって死にそうにないんじゃねえのお?」
フレンジーはそう言って、「言えてる言えてる」と同意したサンダークラッカーとげらげら笑った。スタースクリームはこれで完全にへそを曲げてしまって、むすっとした不機嫌な顔になる。
「あーもう、お前らみてえなバカどもに付き合ってられるかよ。勝手にしろ!」
スタースクリームはトランスフォームして、サウンドウェーブが止める前にどこかに飛んでいってしまう。デストロン最速を誇るスタースクリームが全力で飛んでいけば、追いつくすべはない。トリコロールの戦闘機が小さくなっていくのを眺めて、サウンドウェーブはため息を付いた。探すべきだろうか。探したくない。面倒だし、今回は探さなくともそのうち勝手に帰ってきてメガトロンの計画を台無しにするような理解し難い行動を取ってくるだろう。そんな気がした。
「あーあ、行っちまった。どうするサウンドウェーブ?」
だからフレンジーにそう聞かれても、サウンドウェーブはただスタースクリームの落としたエネルゴンキューブを拾うだけだ。
「知るかあんな愚か者。放っておけ」
「了解ー、っと」
これもデストロン軍団の日常風景の一つなので、特に慌てる者もなくエネルゴンキューブの運搬を再開する。
いつまでもこんな日々が続くものだと思っていた。コンボイとメガトロンの決着がつく日が来るとも思わず、デストロンの誰かがサイバトロンに負けて命を落とすこともないと思っていた。エネルギーの奪い合い、小競り合いを、これまでの数百万年と同じように、きっと続けていくのだと。
振り返ってみれば実に根拠のない思い込みであったとサウンドウェーブは思う。情報参謀の自分らしくないほど、夢物語のようなことを信じていたものだ。始まりがあったら当然終わりもある、人間の子どもでさえ知っているような単純な法則だ。
スカイワープも、サンダークラッカーも、スタースクリームも、まさか近い将来自分が本当に命を落とすことになるとは夢にも思っていなかっただろう。サウンドウェーブだってそうだった。要領のいいジェットロンたちなら、うまく戦闘を回避して生きながらえるものだとばかり思っていたのに、実際に生き残ったのはサウンドウェーブの方だったのだ。コンボイがまだオライオン・パックスと名乗っていた頃からずっと付き従ってきたメガトロンはもういない。そのメガトロンの地位をいつも狙っていた愚か者の航空参謀も、どこにもいないのだ。不思議なものだ。何百万年も一緒だった彼らが、こうもあっさりとサウンドウェーブの前から消えてしまった。まるで幻みたいに。
デストロンに、サイバトロンたちが築くような温かい絆などなかったが、それでも長いこと一緒にいることで生まれる感情はあった。それが失われたというこの感覚は、きっと人間が寂しいと呼ぶ感情なのだろう。サウンドウェーブはひとりだった。カセット達がいる時ですら、サウンドウェーブは何故かそう感じた。きっと、死んだ仲間と一緒にサウンドウェーブの中の何か大切な物も死んでしまったのだ。精密検査をしてもおかしいところはなかったはずなのに、風穴が音を立てるように、どこかのパーツが軋んでいる気がした。
サウンドウェーブ、と話しかけてきた時の彼の声をメモリーボックスから呼び起こす。そしてその次にはいつもサウンドウェーブは彼に会いたいと思った。自惚れ屋で裏切り者で、いつも面倒事ばかり引き起こしてきたスタースクリーム。当時は煩わしく思うこともあったはずなのにだ。
スタースクリームに会いたい。そうすれば、サウンドウェーブの中で死んだ何かを、取り戻すことができる気がした。そして、暗い宇宙にぽつんと一人だけ置いていかれた時のような、やり場のない孤独感を消すことができる気がした。
しかしどんなにそう考えても、やはりサウンドウェーブは一人だった。やりきれないほど。
スタースクリームの幽霊の噂を聞いたのはそんな折だった。
サイクロナスに取り憑いて、ガルバトロンを殺そうとしたとか。実に彼らしいとサウンドウェーブは思った。
「あいつはそれからどうなったんだろうな」
同じく噂を又聞きしたアストロトレインと、サウンドウェーブはそんな話をする。スタースクリームの名を聞いたこと自体が久しぶりで、二人共なんだか懐かしかったのだ。
アストロトレインは、サウンドウェーブの疑問に笑いながら肩をすくめた。
「さあな。ガルバトロン様は、奴も今度こそ懲りたか死んだかしただろって言ってたらしいぜ。サイクロナスの話じゃな」
「スタースクリームが懲りる日が来るとは思えないが……」
「だよな。俺もそう思う。まあ、でも、さすがに成仏したんじゃねえのか? 物理除霊だったけどよ」
そうだな、とサウンドウェーブも返す。このままおとなしく引き下がるような男ではないのに、いまだ現れないということは、きっともういなくなったということなのだろう。サウンドウェーブは押し黙ったまま、スパークにそれを染みこませようとする。無駄な期待はしてはならない。そうだ、スタースクリームは、いつだって期待を裏切ってきたではないかと、自分に言い聞かせた。
「ん? ありゃスウィープスか?」
その声にはっとしてアストロトレインの視線の先をたどると、廊下の向こうの方に、青い翼のある機体が小さく目に入った。
「スウィープスどもが単独行動してるなんて珍しいな。それともスカージか?」
「いや」
サウンドウェーブは冷静に分析した結果をアストロトレインに伝えた。
「スカージは今サイクロナスと惑星探査のルート検出をしているはず。スカージがここにいるはずはない」
「んじゃ、アイツはあんなとこで何してんだ?」
「わからない。ガルバトロン様の指示ではないのは確かだ。そんな命令は出ていない」
外に出て行動することは減ったとはいえ、やはり諜報活動においてデストロンでサウンドウェーブの右に出るものはいない。サウンドウェーブは、スウィープスが消えた廊下の角をじっと見つめる。ガルバトロン親衛隊のスウィープス達は大抵固まって動くのに、単機で誰もいない倉庫のあたりをうろついているなんて、おかしな話だ。何かある。
「……様子を見てくる」
「おう、そうか。じゃあな、がんばれよ」
アストロトレインは面倒事に首を突っ込む気はさらさらないらしく、サウンドウェーブと別れて自室の方へと向かった。サウンドウェーブはラットバットをイジェクトし、その反対方向へと音を立てずにそっと歩いて行った。
先行したラットバットからの中継をまず受信してから、サウンドウェーブはスウィープスの前に姿を現すかどうかを決めることにした。ラットバットの映像を見るに、どうも様子がおかしいとしか思えない。スウィープスはきょろきょろとあたりを見回しながら、ロックがかかっている部屋が開くかどうか一々試している。まるで、はじめて来た場所を探索しているような動きだった。もちろん、そんなわけがない。
彼に何が起きたかは、今の状態ではこれ以上知ることはできない。やはり、直接情報を引き出すしかないだろう。サウンドウェーブは曲がり角に立って隠れるのをやめて、スウィープスの方へ歩いて行った。
「そこで何をしている?」
びくっとスウィープスの青い翼が揺れる。そしてさっと振り返って、サウンドウェーブを見た。
「さ、サウンドウェーブか」
「そこで何をしている」
もう一度繰り返すと、スウィープスは誤魔化すような愛想笑いを浮かべる。そしてそのときサウンドウェーブは、どこかで見たことのある表情だなと思った。しかしどこで見たかは、あまりにも曖昧な条件だったので、メモリーボックスの検索が追いつかなかった。
「いやいや。別に何も……ああ、まあ、そりゃ嘘だな。要するにアレだ、ちっとばかし用事があったんだよ」
「そうか。ならそれは何だ」
あくまで逃げることを許さずに、サウンドウェーブは淡々と尋ねる。答えに窮するかと予想していたのだが、意外にもスウィープスは発声装置のボリュームを落としてサウンドウェーブにささやく。
「まあ、お前なら話してもいいか。実はな、あのスタースクリームとかいう亡霊がサイクロナスに取り憑いてる時に、奴がメインコンピューターになんかインストールしてるのをたまたま見ちまってよ。気になって俺もそれをコピーして見てみたんだ」
「何のファイルだったんだ?」
「直接見たほうが早いと思うぜ。俺はお前みたいに頭がいいわけじゃねえし、うまく説明できない。まあ、そんなわけでそのファイルを元に探しものをしてたってわけよ」
そこまで話すと、スウィープスは「気になるならファイルのコピーを送ってやってもいいぜ」とコードの収納されているあたりを指さしながら言った。接続して、直接送信してやるという意味だろう。
今の説明、それほどおかしな点はない。不審な行動も、こっそり何かを探していたからだとすれば納得の行くものだ。それに同じデストロンを欺いて得をする者がいるだろうか。そんな不毛なことをしていたのはそれこそスタースクリームくらいだ。
「わかった。そのファイルを見せてみろ」
「はいはい」
スウィープスのコードを自分の機体に繋いで、サウンドウェーブは圧縮された件のファイルを受信しはじめた。展開する前にざっと解析したところ、ウィルスは検出されず、中身も何かの地理情報やエネルギー物質の成分構成の情報であるように見えた。サウンドウェーブはそれを確認して、受信と同時進行でファイルの展開をはじめる。
「……っ!?」
だが、その瞬間サウンドウェーブの膝ががくりと床についた。
「なんだ、これは……!」
「おやおやどうしたんだサウンドウェーブ、随分調子が悪そうじゃねえか?」
サウンドウェーブは、楽しそうに笑っているスウィープスを睨む。
「偽装ファイルか!」
「へっ、今更気づいても遅いぜ」
どうして、何故こんな、と疑問が山のように浮かぶが今はそれどころではない。巧妙に偽装されたウィルスファイルが、驚くべき速さでファイアウォールを突破しサウンドウェーブの回路に不正にアクセスを始めている。とにかく受信をやめようとコードを抜こうとするが、まっさきにダウンさせられたのが運動系のシステムだった。こうなったらサウンドウェーブ自身が直接ウィルスを除去する以外に道はない。
「く……情報参謀を舐めるなよ」
狙いはパーソナルデータへのアクセスらしい。そして、サウンドウェーブのパーソナルデータを改ざんして何か別のデータをインストールさせる気だ。そんなことをされればサウンドウェーブの心は消されて別人に機体を乗っ取られることになる。冗談じゃない、そんなのはごめんだ。
デストロンの機密情報を大量に保存しているサウンドウェーブは、その機密が漏れないようにデータやシステム中枢に何重もの複雑なプロテクトをかけている。ガードの緩かった運動回路はすぐにハッキングできても、そちらを破るのは容易ではなく、また破れたとしても時間がかかるはずだ。サウンドウェーブは演算処理をすべてウィルスの除去にまわして、ブレインサーキットを最大限に働かせた。
確かに非常に良くできたウィルスプログラムだ。油断していたとはいえ、騙されたし、不正アクセスを防げなかった。だが、本気になったサウンドウェーブが歯がたたないほどかと言ったら、残念ながらそうではなかった。
「こ……っの、裏切り者が!」
「うわっ!」
どうにか改ざんプログラムを食い止めて、驚異的な速さで運動機能を復旧させたサウンドウェーブはスウィープスに殴りかかる。完全に油断していたらしいスウィープスはそれを避けられず、飛びかかったサウンドウェーブに為す術なく押し倒された。
「よくもこんな真似をしてくれたな、生きて帰れると思ったら大間違いだ」
「わ、まて! 俺が悪かった! こ、これには理由があるんだ!」
「黙れ卑怯者」
怒りに燃えるサウンドウェーブが、接続したままのコードを抜こうとした瞬間だった。
パーソナルデータに上書きさせようとしていた、そのデータが何かわかった。それを見た途端、サウンドウェーブのすべての動きが止まる。
「そんな……まさか……」
何かの間違いだと思った。そして何度も確認するが、中身は変わらない。信じられないような暴挙に腹を立てていたはずなのに、今のサウンドウェーブの抱えている感情は、戸惑いだけだった。
「おまえは……お前は、スタースクリームなのか?」
おかしいとは思った。ただの航空兵に、あんな巧妙で複雑なプログラムが作れるものかと。しかし、導き出した結論に基づいて考えれば、今までの全てに綺麗に理由がつく。
サウンドウェーブに押し倒されて今にも殴られそうだった目の前のトランスフォーマーは上体を起こし、いつも彼が見せていたシニカルな笑みを浮かべてサウンドウェーブを見上げる。
「久しぶりだな。サウンドウェーブ」
それが答えだった。
サウンドウェーブはじっと目の前の機体を見下ろす。見た目は彼と似ても似つかないくらい違うのに、そこにいるのは確かにかつて同じ時を長く共に過ごした仲間だった。いつも空っぽだった、風穴のように軋んでいた場所が、苦しくなる。何かがぎゅうっと無理やり押し込まれたように、言葉にならない感情がそこに溢れていた。
サウンドウェーブは固めていた拳をゆっくり下ろし、代わりに彼をぎゅっと抱きしめた。
「おい、サウンドウェーブ……?」
「本当にお前なんだな、スタースクリーム」
彼のボディが他人の物であっても、スタースクリームが戸惑っていても、それどころかたった今サウンドウェーブを消そうとしていたことさえも、全部関係ないと思うくらい、そうせずにはいられなかった。
ずっと会いたいと思っていた。会えば何かを取り戻せると思っていた。当たり前のようにメガトロンやスカイワープやサンダークラッカーが、スタースクリームがいたあの頃。もう決して戻れないけれど、諦めきれないあの日々のことを、サウンドウェーブは思い出していた。
「よく戻ってきた」
サウンドウェーブが少し掠れた声で言うのを、スタースクリームは何も言わずに聞いている。
「よく戻ってきたな……スタースクリーム……」
スタースクリームはサウンドウェーブの反応にどこか困惑している様子だったが、抵抗せずにサウンドウェーブの腕の中でじっとしていた。そして、少しだけばつの悪そうな控えめな声で、ぼそりと「おう、ただいま」とだけ言った。
スタースクリームはスウィープスに取り憑くのをやめると、半透明の状態のままサウンドウェーブに付いてきた。透けているとはいえいつもの見慣れたスタースクリームの姿を見ると、本当にスタースクリームなのだという感慨を覚えた。
「それにしてもさっきのはどういうつもりだったんだ、お前は。俺を殺す気だったのか?」
サウンドウェーブの自室まで入って、誰かに見られる心配がなくなったところで、サウンドウェーブはまずそれを尋ねた。
「殺しはしねえよ。ちょっとデータを弄ってお前のボディを借りようと思っただけ」
「だったらあんな回りくどいことをせずに俺に取り憑けばよかった話じゃないのか」
「それなら話は簡単だったんだが、そうもいかなかったわけよ」
スタースクリームは幽体のくせにサウンドウェーブの椅子に座ると、にやりと笑った。
「取り憑くって簡単に言うけどな、あれもハッキングしかけてるようなもんなんだぜ。ブレインサーキットのシステムに細工をして俺が滑りこむ余地を作ってるんだ。それにしばらく経つと、やっぱ他人のボディだからか俺のスパークとうまく適合しなくて、エラー吐き出して締め出されんだよ。つまり永続的に乗っ取るのは不可能ってわけだ」
それに取り憑いた相手も反抗してくるしなと付け加えてスタースクリームは笑った。非常に恐ろしいことをしているのに、その笑みはいたずらをした子どものようにどこか無邪気さがある。
「本当はガルバトロンの機体に乗り移れれば最高だったんだがな。それで自殺でもなんでもしちまえば俺の勝ちだ。だがガルバトロンはデストロンの連中の中で一番セキュリティが厳重だから、うまくいかない。お前に試したウィルスな、ほんとはアイツに仕掛けようと思ってたんだ。だが、どいつもこいつもブレインサーキットの出来が悪くてプログラムを組もうと思っても処理に時間ばっかり食って進まなくてな。だから、ひとまず優秀なお前の頭脳を借りて作りなおしたほうがいいと思ったわけだ」
スタースクリームはそこまで話すと、残念そうにため息をつく。
「しかしお前も手強くて入り込む余地はないと思った。だからいっそ例のプログラムの試作を使って直接データを放り込んだほうが早いんじゃねーかと思って試してみたってわけよ。結果はご覧のとおりだがな」
「……なるほど」
「俺のブレインサーキットで作った奴だったら絶対うまくいってたはずなんだぜ。ちくしょうめ」
「ふん。たとえどういう状況でもお前に負ける気はしないがな」
「そうかよ。だったら尚更ぜひ試してみたかったもんだな」
皮肉の応酬をしつつ、この男は死んでも何も変わっていないのだなとサウンドウェーブは思った。非常に優秀なのに、その優秀さの使い道がどう考えても間違っている。
「ところでこれからどうする気なんだ。俺のことをガルバトロンに報告するのか? 言っとくが今の俺を始末しようったって無駄だぞ、わかってると思うが。もうこれ以上死にようがないからな」
「ガルバトロン様に報告はしない」
サウンドウェーブは淡々と、しかしはっきりと言った。それを聞いたスタースクリームは一瞬意外そうな表情をしてから、面白がるような笑みを浮かべる。
「へえ? いいのか、そんなことして」
「わざわざお前のことでガルバトロン様の手をわずらわせる必要はない、という意味だ。お前ひとりの監視くらい俺だけで十分」
スタースクリームは腕を組みながら、挑戦的な目をサウンドウェーブに向けてにやりと笑った。
「その選択を後悔するなよ、情報参謀様?」
「後悔させられるものならさせてみたらどうだ? 元航空参謀」
「元は余計だ陰険カセットめ」
むすっとした顔で律儀に言い返してくるスタースクリームに、サウンドウェーブは笑う。後悔なんかするはずがないのだとは、スタースクリームにはわからないだろう。
何しろサウンドウェーブがひとりではないと感じたのは、本当に久しぶりのことだったのだ。
end.
おまけデストロン軍団でスターフォックス64パロ@惑星コーネリア!
メガ「デストロン軍団!!全機Gディフューザーシステム確認!!」
スタ「こちらスタースクリーム!少々ズレてますが、なぁに問題ありませんぜ!」
サウ「サウンドウェーブよりメガトロン様へ。こちらも異常なし」
スカ&サン「我々ジェットロンも問題ありませんや!」
メガ「前方に敵確認!デストロン軍団、アターック!!」
メガ「コラ! サンダークラッカー、無茶をするな!!」
サン「これくらいの敵が何です!臆病者め、ブルってますね!」
メガ「なんだとこの愚か者め! お、おい敵が後ろにいるぞ!!」
サン「ひえ~、ヤベー!たすけてくれぇ!」
スカ「おいぶつかるぞこっち来んな、う、うわあああああ!!」
サン「うわあああああ!!」
メガ「まったくどうしようもない馬鹿どもだな…」
スタ「メガトロン様、俺が前にでます! 後ろのヤツを頼みますぜ!」
メガ「待たんかスタースクリーム、勝手に動くな!!」
スタ「何を言うんです!リーダー足るもの少々の危険に目をつぶる勇気がなければ…そろそろ新旧交代の時かもしれませんなぁ!……ん?」
スタ「くそー! 調子が変だ 思い通りに操れねぇ!」
メガ「まったくこのスタースクリームめ…!だからお前は馬鹿だと言うんだ!!」
スタ「メガトロン様!はやく後ろのハエを追い払ってください!」
レー「レーザーウェーブよりメガトロン様へ。位置を確認しました!スペースブリッジで補給パーツを送ります!」
メガ「でかしたぞレーザーウェーブ。誰かと違って頼りになるな、そう思わないかスタースクリーム?」
スタ「うるせぇやい!」
スタ「うまいもんですなぁ、メガトロン様(岩ゲートを連続通過)」
メガ「待てスタースクリーム どこに行く!」
スタ「獲物を見つけた!足手まといにならねぇでくださいよメガトロン様」
メガ「誰に向かって口を利いとるんだ!今度そんな生意気な口を利いたらスクラップにしてやるわ!」
スタ「覚悟しろサイバトロン、たっぷり礼をしてやるぜぃ!」
フォックス&ペッピー:メガ様
ファルコ:スタスク
スリッピー:スカワ&サンクラ
ナウス:レーザーウェーブ
でお送りました
ファルコのセリフはほとんど変えてないのにスタスクとの親和性の高さが半端ないですねww
というわけで音波スタ詰め合わせでした!