【TF:FOC】Nonsense サンダークラッカーは元オートボットのスタースクリームがディセプティコンに寝返る際に連れてきたシーカーのひとりだった。それ以外のことは知らない。恐らくサウンドウェーブに尋ねればすぐに詳細すぎるほどの情報を貰えるだろうが、別に興味が有るわけではなかったので訊くことはなかった。今のショックウェーブの興味は、錆の海で見つかった肥沃なエネルゴン湖とその近辺で見つかった遺跡に集中していた。無論ただの遺跡だったならそのまま捨て置いていたはずだ。今は戦争中、文化財の保護など行えるような時勢ではない。敵を排除する助けにならないのなら、どんな歴史的価値のある建造物でもそれはただの廃墟でしかないのだ。
しかしショックウェーブは、先達者たちの遺した『地図』に興味をいだいた。現在のサイバトロニアンが通常用いるようなホロマップとは違う。ドーム状の空間に、暗く星の輝く宇宙が映しだされていた。近付けば螺旋階段が現れ、それを登れば小さな星々のミニチュアが立体映像として周りを飛び始める。
そしてショックウェーブはその空間を軽く調べているうちにその中の本当にちっぽけで見逃してしまいそうな小さな青い星に目をつけた。
とある恒星の回りを周回するその惑星は、表面のほとんどが水で覆われていた。金属の星サイバトロンで水というものはほとんど見かけないのでショックウェーブはまずそのことに驚いた。酸化還元反応による腐食でとっくにコアが錆びきっていてもおかしくないのにどうしてこのような安定した状態を保っているのかと更に観察すれば、奇妙なことにその星のコアはマグマでできているようだった。見れば見るほどサイバトロン星とは何もかもが違っていて、面白い。ショックウェーブは戦争のこともサイバトロン星全体の深刻なエネルゴン不足のことも忘れてその星の調査に乗り出した。
そしてそのちっぽけな惑星には信じられないほどの豊富なエネルギー資源が眠っていることをショックウェーブは発見したのだった。これだけのエネルゴンがあればオートボットとの戦争に勝つことができるばかりか、ダークエネルゴンの侵蝕以来シャットダウンしたままのサイバトロン星のコアを再起動することも可能だと判断できた。
メガトロンにそのことを伝えると、メガトロンもショックウェーブ同様にその惑星に非常に興味を持ったようだ。
「お前の意見を聞かせてもらおうか、ショックウェーブ」
それは彼が一介のグラディエーターだった頃から何度となく聞いた言葉だった。そしてショックウェーブもあの頃と同じように整理された意見を淀みなく述べていく。
「利用しない手はないでしょう。エネルゴンの貯蔵量は戦局に直接影響する。今やこの戦争は持久戦に入っています。そしてどちらのエネルゴンも尽きかけている。たとえ終戦を迎えても、そのときこの星にどれだけのエネルゴンが残されているかわからないほどに」
「それは俺にもわかっている。問題は、どうやって、その星にたどり着くかだ」
「……幸いなことに我々はおそらくサイバトロン星最後のエネルゴン湖を見つけました。これだけあれば空にポータルを開いて空間移動を行うには十分でしょう。しかしここで問題が一つ。我々には、宇宙を長く放浪出来るだけの拠点とできる船がないのです」
星を捨て難民となることを選んだ一部のオートボットとは違い、ディセプティコンは全員メガトロンと共にいつか機能を停止するその日まで戦い続けることを選んだ。だからこそ、宇宙へと逃げ出すための船がないのだ。
「燃料は問題ないでしょう。恐らく資材も。だが、問題は動力源です。ディセプティコンを全員乗せるわけではないにしても……並大抵のエンジンでは到底多人数を乗せての長旅の負荷には耐えられない」
実現への最大の障害はまさしくそれだった。今からそんな動力源を作ろうにも、ソースコードどころか設計図すらないこの状態だ。あまりに時間も手間もかかりすぎる。いくらディセプティコン優勢の状態といっても、そこまで戦争以外のことにかまけていられるほどの余裕はない。ショックウェーブは、こうなればオートボットのアーク号を奪うしかないかと考えていた。
しかしメガトロンはにやりと笑ってこう言った。
「何を言う? それならお誂え向きのものがあるではないか」
「……どういう意味です?」
少なくともショックウェーブの参照したディセプティコンデータネットにそのような情報はない。ショックウェーブが戸惑う様子を、メガトロンは面白そうに眺めて、それからまた口を開く。
「トリプティコンだ」
思わずショックウェーブは、あ、と声をこぼしていた。
「あいつはオートボットに敗れて俺を失望させた愚か者だが……何万イオンもの歳月を軌道周遊ステーションとして過ごしていたはずだ。あれを使えばいい」
「なるほど。それは盲点だったな」
「お前は論理を元により確実なことを導き出すのが得意で、それがお前の長所だと思っている。だが時には柔軟な発想も必要だぞ」
「心得ておきます」
メガトロンはこうして肝心要のときに鮮やかなまでの機転を利かせることのできる男だ。だからこそ、あの墓場のようなグラディエーターピットから抜け出し、これほどまでの数のディセプティコンを率いる指導者となり得たのだろう。ショックウェーブもそれが興味深く感じて、こうしてメガトロンのそばで観察を続けてきたのだ。
「トリプティコン……ステーションのことならば、ステーションの最高責任者だったスタースクリームがお前の役に立つだろう。このプロジェクトを手伝うように言いつけておく。頼んだぞ、ショックウェーブ」
「……あなたの望むままに、メガトロン」
スタースクリーム。あまりいい印象はないが、メガトロンがそう言うのならば仕方ない。それにそのメガトロンの判断は最も理にかなったものである。
だから、ショックウェーブは渋々了承したのだが。
「……何故お前がここに?」
「いやあ、その……」
一度目の打ち合わせで、塔のある錆の海にひとまず来いと連絡したはずだった。だが、スタースクリームは現れず、代わりに姿を見せたのが彼の空色の同型機だったのだ。
サンダークラッカーは困ったような愛想笑いを浮かべつつ、どうにかこの状況を打破しようとしているようだった。
「スタースクリームはどうした?」
「……あのな、一応俺は止めたんだぜ。そんな勝手なことするなってよ」
それを聞いて、ショックウェーブはサンダークラッカーの言わんとする事を察した。ショックウェーブは思わず呆れる。
「逃げたんだな? お前に押し付けて」
「アイツ昔っからわがままなんだよ……あ、でもほら、俺だってずっとアイツと一緒にステーションにいたし、戦争前はクリスタルシティで働いてたからさ。役に立つと思うぜ。と言うかそうでなきゃ流石にスタースクリームでもこんなことはしねえよ」
「……」
クリスタルシティは科学者の中でも最も優秀と言われるような連中が集められている場所だ。確かにそれは間違っていないのだろうとショックウェーブには思われた。
「まあ、どちらでも私は構わん。とにかく、ネメシスプロジェクトさえ完遂できればそれでいい」
それを聞いてサンダークラッカーは少しほっとしたように表情を緩めた。
「ええと……そんじゃこれからよろしくな」
「ああ」
こうしてネメシスプロジェクトは、まずはショックウェーブとサンダークラッカーによって推し進められることになった。
「……ショックウェーブ、この部屋は?」
「『地図』だ。恐らく13プライム時代の遺産だろう」
ショックウェーブが錆の海の遺跡内部にサンダークラッカーを案内すると、サンダークラッカーは宇宙空間の広がるホログラフィを見つめて呆けたように固まった。
「どうした?」
「綺麗だな……」
それを聞いてショックウェーブは少し驚いた。何度となくこの空間に出入りしているが、彼がそんな感想を抱いたことは一度もなかったのだ。
「綺麗? 何がだ?」
「何が? 全部さ。幻想的だよ。星雲も、恒星も、変光星も、惑星も。見事な調和じゃねえか……そうか、これを13プライムの頃のサイバトロニアンが……」
「だが、これと全く同じ物は我々の頭上でいつでも見られるじゃないか?」
「そうだけど、それでも綺麗だよ、ここは」
サンダークラッカーがこの『地図』をそのように特別視する理由がショックウェーブには理解できなかった。けれど、それは後回しにしてショックウェーブは漂っているちっぽけな小さな星を呼び出して指をさした。
「我々の最終目標はこの星だ」
「は? こんな、小さくて原始的な星が?」
ショックウェーブはメガトロンにしたのと同じ説明を繰り返した。
さすがにサンダークラッカーは飲み込みが早く、それほど言葉を重ねなくても同じ結論に達した。
「なるほどな。それは確かに、無視できない」
そしてショックウェーブとサンダークラッカーは、メガトロンがトリプティコンをオートボットの元から取り返す間にサウンドウェーブが以前入手したステーションのホロマップとサンダークラッカーの持つ内部情報を合わせて大体の計画を練ることになった。
だが、やはりトリプティコン本人がディセプティコンに帰ってこなければどうにもならない箇所はある。トリプティコンのCPUの精確な情報やソースコードはさすがにサンダークラッカーもすべて把握しているわけではない。そして彼らの主な役割はプログラムやオペレーティングシステムの開発であり実際の造型を行うのは彼らではなくコンストラクティコン達の仕事だ。だからネメシスの差し当たりの設計図面を作り終わった後は、サウンドウェーブやメガトロンがトリプティコンを奪い返す日を待つ以外にあまりやることがなくなってしまった。
「しばらくお前に尋ねるべきことは特にないだろう。何かあったら呼ぶから、別にわざわざ錆の海に来る必要はない」
「わかった」
だがそれからもサンダークラッカーは度々錆の海を訪れては、『地図』のある部屋に入ってぼんやりと天井や漂う星々を眺めていた。よほどこの空間が気に入ったようだ。ショックウェーブも『地図』に用があったので頻繁にそこを訪れている。だから、自然と二体で過ごす時間が増えた。
珍しいことだと思った。ショックウェーブはディセプティコンのほとんど全員から非常に恐れられているからだ。そして原因は自分でもわかっている、実験だ。残忍な行為に抵抗のない若いディセプティコン兵ですら躊躇ってしまってできないことでも、ショックウェーブは平然とやってのけることができる。そしてそこに感情は一切含まれない。淡々と実験を進めるさまに、誰も彼もが言った。あいつはおかしい、近付いたらなにをされるかわからないと。
ショックウェーブは誰に何をいわれようとどうでも良かったが、それでも自分が他者から好かれない性質を持っていることはわかる。だからこそ用もないのにショックウェーブの元までやってくるサンダークラッカーは異質な存在として映った。
「どうしてお前は私を避けない?」
ある日とうとう訊かずにはいられなくなってサンダークラッカーに尋ねると、サンダークラッカーは少し控えめに笑みを作った。最近知ったことだが、彼は困ったことがあるとその笑い方をする。
「さあ。俺にもわからない」
それから冗談めかした声で言った。
「なんだよ。避けて欲しいのか?」
「別にそういう意味ではない」
「確かにお前って何考えてんだかわかんなくて怖えしな。味方でもあっさり実験台にしそうだ。あとぶっちゃけお前のペットも怖いしお前のやる実験もどうかと思ってる」
「……」
「だが何の利益もないのに味方を殺すほどイカれちゃいねえだろ?」
確かにそのとおりだったのでショックウェーブが黙っていると、サンダークラッカーは「ほらな」と言って今度は作り笑いではなく笑った。
それからも幾度と無くサンダークラッカーは『地図』の部屋に現れて、少しだけ会話をした後に去っていく。サンダークラッカーの振ってくる話題は、他愛もない話が多かった。そしてほとんどがスタースクリームかスカイワープに関する話だった。スタースクリームにはうんざりだとか、スカイワープはミスばっかりだとか、愚痴や文句も多かったが、どんな内容であっても彼らのことを話すサンダークラッカーの表情はどこか穏やかで優しかった。
「お前とあのシーカー達はどういう付き合いなんだ?」
試しに聞いてみると、サンダークラッカーは少し悩んだ末に答えた。
「……なんていうか、一言では言えないかも」
サンダークラッカーは階段に座り込んだままくるくると周る恒星のミニチュアに指先を伸ばして触れようとしたが、ホログラフィはすっと音もなく通り抜ける。
「俺たち、実はオルトフォームの訓練所の頃からの付き合いなんだよな」
「……そんなに昔から?」
「びっくりだろ? 俺も正直驚きだよ」
サイバトロニアンは通常生活するときの形態、プロトフォームの他に、飛行機や走行機などのオルトフォームを持つ。そしてこの星にスパークを受けて誕生した者達はまず訓練所でオルトフォームの練習をする。
要するに、彼らはほとんど生まれたときからずっと同じ時を過ごしてきたということだった。
「だから俺にとってはスタースクリームとスカイワープはそこにいるのが当たり前の存在なんだ。あいつらがいないなんて、想像できねぇな。まぁ……スタースクリームにとってはどうだか分からねえけど」
「……まさか、それがお前がディセプティコンに寝返った理由か」
サンダークラッカーは、それには答えずにただ笑ってみせた。
彼の答えに対してまずショックウェーブが抱いた思いは驚きで、次に「理解不能」という感想だった。そうまでして他者に執着する合理的な理由が一体どこにあるというのだ? 自分の立場を投げうってまで誰かを追うなど、ショックウェーブにはサイバトロン星が滅びる日がきたとしても実行し得る理由を見つけることは出来ないだろう。
「……じゃ、今度は俺がお前に尋ねるが。お前なに作ってんの?」
「ああ、これか? 別に……大したものじゃない」
サンダークラッカーがショックウェーブに寄ってきてショックウェーブが話しながら編集していた携帯グリッドを覗き込む。
「何のプログラムだ、これ」
「……言っておくが私の趣味ではないからな。頼まれたものだ」
「え?」
ショックウェーブは首を傾げるサンダークラッカーを横目にファイルの実行を選択する。画面いっぱいに表示されていたソースコードが消える代わりに、気の抜ける音楽と共に画面中央にキャラクターが現れる。
その瞬間サンダークラッカーがぶっと噴き出した。
「ち、ちょっ、何だこれ! はははは!」
「だから私の趣味ではない! 頼まれたんだ!」
「ふっ、し、ショックウェーブがゲーム作ってるなんて、よ、予想外すぎる、あははははは!」
サンダークラッカーは普段の落ち着いた態度が嘘のように声を上げてひたすら笑い続けた。だから違うと言っているのに、とショックウェーブは居心地の悪い思いを抱く。やはり見せなければ良かった。
「何がそんなにおかしいのか……まったく」
「わ、悪い、なんかツボに入って、くくっ」
サンダークラッカーは何とか笑いを堪えると、オプティックの端に滲んだ冷却液を拭った。
「お前に頼んだのメガトロン様だろ? そりゃ断れないよな」
ショックウェーブは一瞬言葉に詰まる。
「……なぜ分かった?」
メガトロンが暇潰しに遊べるゲームを作れとショックウェーブに時々要請することを知っているのはそれこそ長い付き合いのサウンドウェーブくらいのものだろう。そしてメガトロンは勿論まさかあのサウンドウェーブが情報を漏らすわけがないのだが。
「お前にこんなこと頼める勇者メガトロン様以外にいるか?」
「……なるほど。いないな」
そのことを失念して余計なことを言ってしまったようだ。メガトロンにこのことが露見しなければいいが、とショックウェーブが考えていると、サンダークラッカーが付け加える。
「ついでに言うと、この前スタースクリームが発見してサボってたぜ。MEGAFUN'S」
「…………あいつ……」
はぁ、と深いため息をつく。あの男、どうしてそういう方面の勘だけは異様に鋭いのだろう。相当に見つけにくくしてあったはずだったのだが。と言うか、見つけたということはあそこのモニターを理由もなく二つも壊したことになるわけだがスタースクリームはどういうつもりだったのか。
「あそこに置いてあったアーケードゲームも全部ショックウェーブ作?」
「……だったら何だ」
「あ、やっぱりそうなんだ」
サンダークラッカーはくすりと笑う。
「なんだ、お前も結構可愛いとこあるんじゃん」
「馬鹿にしてるのか?」
「違うって、本当に好感持ってる意味で言ってるんだって」
「そうは見えない」
「分かった謝るよ、笑って悪かった」
そのときサンダークラッカーの個人通信回線にアクセスがある。サンダークラッカーは届いた文章を読むと慌てて立ち上がった。
「おっと、スタースクリームに呼ばれてたの忘れてた。俺もう行くぜ、じゃあな!」
サンダークラッカーはひらひらと手を振って『地図』の部屋を駆けて出て行く。ショックウェーブはそれを黙ったまま見送った。
「……やっと静かになったか」
やれやれと思いながら零した独り言に、ショックウェーブはふと引っかかりを感じる。
――静か?
ショックウェーブは首を傾げる。今までそんなことを考えたことがあっただろうか。ショックウェーブは聴覚センサーにブレインサーキットの処理を集中させる。しんと静まり返った遺跡。墓場とも表現出来るそこは、何処までも静かだ。
そうか、今私は独りなのだな、とショックウェーブは何故か当たり前の事実を改めて認識していた。
スタースクリームは裏切り者の反逆者だったが、それでもメガトロンは奴を見つけたら即刻捕らえて持って来いと言うだけで、破壊しろという指示は出さなかった。どうもあの破壊大帝はスタースクリームに対して甘すぎると思わざるをえないが、メガトロンがそうしたいのならばそうすればいいだろう。ショックウェーブには関係ない。
サンダークラッカーとスカイワープは、メガトロンに許可を取ってスタースクリーム捜索班に加わることにしたようだ。自然ネメシスプロジェクトの責任者からもサンダークラッカーは降りることになり、代わりにサウンドウェーブと共に先頭に立って計画を進めた。サウンドウェーブは非常に優秀な情報参謀であり、トリプティコンに関する必要な情報も既にサンダークラッカーから入手している。だから問題など何もなかった。メガトロン達がオートボットからトリプティコンを取り返した後は、コンストラクティコンの尽力もあって戦艦ネメシスは急ピッチで製造が進み、ついにいつでも宇宙へと飛び立つことが出来る状態になった。
ネメシスがあの水の惑星に無事たどり着けば、戦争が終結しサイバトロン星が救われる可能性は極めて高い。そしてショックウェーブの計算では失敗の確率は小数点以下でほとんどないに等しかった。
だから、たとえ自分がそれを見届けることができなくても、それほど後悔はない。
「君のように強力な存在を作り上げた私が、それを支配する方法も持つものとは考えなかったのか?」
脱走したグリムロックは、ディセプティコン兵達やインセクティコン達をことごとく蹴散らしながら、塔のショックウェーブがいる場所までついにやってきた。だが、なんと予想通りの行動だろう。そんなことを考えながら拘束装置に囚われたグリムロックを眺め、それからコンソールに視線を戻した。
「さあ、そこで大人しいペットみたいに座っててくれるか。その間に私は仕事を終わらせる。メガトロン、ポータルは無事にターゲットの世界に開きました。ポータルの状態は安定していて……」
ばちり、と音がした。思わずスペースブリッジの報告を途中で止め、ショックウェーブは振り返る。
「グリムロック、支配できるやつ、いない!」
絶対に破ることはできないはずの拘束装置を引きちぎったグリムロックは、床に手をつきショックウェーブの目の前でトランスフォームする。
「馬鹿な……!」
ショックウェーブは、驚愕しながら巨大なトランスフォーマーを見上げる。ありえない。現在のグリムロックの設計を行ったのはショックウェーブだ、だからこそ彼の出し得る力も把握した上であの装置の設計を行ったのに。
グリムロックは牙の間からちらちらと炎を覗かせながら、ショックウェーブを強く睨んだ。
「貴様もこれで終わりだ、ショックウェーブ!!」
咄嗟に自身をかばうように出した左腕にグリムロックは噛み付き、そのまま腕を引きちぎった。激痛が走り、関節部がショートする。そしてそれだけでは終わらない。グリムロックはショックウェーブの腕を噛み砕くと、勢いをつけて尻尾をぐるりと回し、そのまま尻尾をショックウェーブの機体へと思いっきり叩きつけた。凄まじい衝撃が機体を走り、一瞬で90%以上の機能がダウンした。警告音と共にアイセンサーに警告のメッセージが表示される。ショックウェーブは吹き飛ばされた勢いそのままに塔の足場から放り出された。ショックウェーブのオルトフォームは飛行型だ、トランスフォームさえできれば落下の衝撃でスクラップになることは避けられる。だが、それがわかっているのに指先一つ動かせない。この高さで落ちればどうあがいても助からないなとショックウェーブは思った。仮に万が一オフラインになることを避けられても、この周辺はインセクティコンの巣窟だ。彼らがスクラップ同然のショックウェーブを前にして食事をせずにいられるわけがない。ペットに餌をやっていた自分がペットの餌になるとは何とも皮肉な結末だ。
かつてサンダークラッカーは、彼らがインセクティコンに生きたまま食われていても何とも思わないのかとショックウェーブに聞いた。今、自分がその立場に置かれた状況ですら、ショックウェーブはそれに対して淀みなく肯定できる。自分がバリバリと装甲を齧られ、中のバイタルケーブルを噛み千切られるさまを想像してみても、ショックウェーブは何も感じないのだ。自分はそういう性質を持って生まれてきてしまった。暖かい友情とも、穏やかな愛情とも、すべて無縁の存在として、スパークをこの機体に受けてしまった。何故プライマスはショックウェーブだけにそんな生き方を強いたのだろう。たまに考えることもあったが、長い時を生きるうちにどうでもよくなった。
たとえここで自分のスパークの灯火が消えたとしてもショックウェーブに心残りはない。それに、きっとショックウェーブが死んだところで困る者もいない。悲しむ者もいない。メガトロンにはサウンドウェーブがいる。彼さえいれば、大抵のことはどうにかなる。
「どうせオフラインになるなら、苦痛の少ないうちになってしまうか」
地面にたたきつけられるのも、インセクティコンに食われるのもどちらも痛みを伴うだろう。どうせ結果が同じなら、今すぐ死んだところで何も変わらない。ショックウェーブはブレインサーキットにシャットダウンを命じる。すべての機能を停止状態にすれば、ただオールスパークに還るその瞬間を待つだけだった。
ぽたり。
液体が落ちる感覚。
小さな粒は、ぽたぽたと何度も落ちては、機体を伝って流れていく。
なんだろう、これは?
ほとんど停止状態のサーキットがかすかな思考の流れを作るが、著しくエネルギー残存量の低い状態で再起動するのは面倒だった。ショックウェーブは無視して再びオフラインに戻ろうとしたが、どこからか第三者のアクセスがあってそれを阻止した。
これは誰だ?
シャットダウンしたはずなのに、意識があるのはこの第三者の仕業らしい。どこかから繋がったコードから、この誰かは懸命にショックウェーブのブレインサーキットに向かって再起動の命令を出している。何故だろう。アクセスを完全に拒否することも可能だったが、純粋に興味をいだいて、その誰かの命令を受け入れた。
「……っ、ショックウェーブ!!」
オプティカルサーキットがオンラインに戻った時。
目の前には、ぼろぼろと涙をこぼしているサンダークラッカーがいた。
「……サンダー、クラッカー」
「よ、よかった……生きてる……っ」
サンダークラッカーは泣きながらショックウェーブを抱きしめた。さっきから落ちていた液体は、彼の涙だったのだとショックウェーブは気がついた。何故泣いているのかは、よくわからないが。それに状況もつかめない。
「……何故、お前が?」
「俺、スタースクリームがお前んとこの塔に現れたって聞いて、様子見に来て……そしたら、お、お前がグリムロックにやられて落ちてくの見て……!」
「……そうか」
サンダークラッカーが泣いているのを見るのは二度目だなとショックウェーブは思う。そして奇妙なのは、彼が前回見た時よりも大きく動揺して大粒の涙を零していることだった。スタースクリームが見つかったなら、彼は喜ぶものだと思っていた。
「何故泣いてるんだ?」
純粋に不思議に思ってショックウェーブが尋ねると、サンダークラッカーは何を馬鹿なことをと言いたげにショックウェーブを涙でいっぱいの目で睨んだ。
「お前が死んじゃったんじゃないかって思ったからだろ……!」
それを聞いた瞬間、ショックウェーブは本当に心の底から驚いた。言葉に詰まってから、ショックウェーブはようやく問いの文章をブレインサーキット内に形成することができた。
「何故……私が死んで泣く?」
「知らねえよ! だって、お前が死ぬかと思ったら、すごく怖かった……ほんとうに怖かったんだ……っ」
サンダークラッカーは痛いほどにショックウェーブを抱きしめたままただただ泣き続けた。あたたかい液体がショックウェーブの機体に落ちて流れていく。そしてショックウェーブはサンダークラッカーの機熱を感じながら、されるがままになっている。
いつか抱いた疑問がよみがえる。
そうまでして他者に執着する合理的な理由が一体どこにあるというのだ? ショックウェーブにはサイバトロン星が滅びる日がきたとしてもそれを実行し得る理由を見つけることは出来ないだろう。
これまでも、これからも、何処まで行ってもサンダークラッカーはショックウェーブには理解できない存在だった。
「……泣くな、サンダークラッカー」
けれどショックウェーブは、ある一つの思いを抱いていた。どこを探しても論理的理由が存在しないにもかかわらず、彼の泣き顔は見たくないと感じた。
「どうか泣かないでくれ」
半ば懇願するように声を掛けても、サンダークラッカーはふるふると首を振って涙を流し続ける。ショックウェーブはその涙を拭ってやりたかった。残った右腕を動かそうとするが、ほとんど機能を停止している機体はいうことを聞いてくれない。
ショックウェーブにできることは、彼の様子をただ見つめて泣き止んでくれるのを待つことだけだった。
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