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    初代スタスク受けいろいろ漂い続ける惚れた弱みだ仕方ないきみのとなり喪失あなたを殺す二つの理由漂い続ける サウンドウェーブは時々レーザーウェーブと日頃の近況を伝え合う。そうは言っても、単なる世間話をするために通信をするわけではない。遠方のセイバートロン星、または地球の細かな状況は通常の方法ではなかなか知ることができないので、てっとり早く情報交換するにはそうするのが一番都合がいいと言うだけの話なのだ。
     けれども確かに特に特筆すべきような出来事がないときなどは、自然ととりとめのない話に会話が流れていくこともままある。特にレーザーウェーブはメガトロンの様子を聞きたがったので、知っていることや質問されたことをサウンドウェーブは一つ一つ丁寧にレーザーウェーブに教えてやった。すると彼はいつも「ありがとうサウンドウェーブ」と言って少し嬉しそうにする。どこかの裏切り者と違って生真面目な防衛参謀は仕事を放棄して遊びや趣味に精を出すこともないのだ。レーザーウェーブがそうして喜ぶ姿自体珍しいものなので、サウンドウェーブはそれもあってレーザーウェーブが知りたいと思うだろうことはなるべく全部伝えた。途方も無い距離の銀河の果てにいるレーザーウェーブにサウンドウェーブがしてやれることはこれくらいしかない。
    「いつもすまないな、サウンドウェーブ」
    「いや」
    「お前くらいしかこんなこと聞ける相手がいなくてなあ。とにかくメガトロン様がお元気そうで私も安心したよ。ありがとうサウンドウェーブ」
    「ああ」
     サイバトロンの連中に邪魔されつつもメガトロンの指揮のもとセイバートロン星に支援出来るだけのエネルゴンキューブを生成できたことを伝えた後は、いつも通りメガトロンやデストロン軍団の様子に話が流れていった。サウンドウェーブ自身自分があまり話上手だとは思っていないのだが、レーザーウェーブはいつも真剣に、そして時々詳細を尋ねながらじっと聞き入ってくれる。主にスタースクリームのせいでたまに愚痴混じりになることがあっても、レーザーウェーブは慰めたり励ましたりしてくれた。その点サウンドウェーブにとってもレーザーウェーブとの通信は日頃溜め込んでいるストレスを外に出す貴重な機会でもある。だからレーザーウェーブとの通信は持ちつ持たれつの関係だとサウンドウェーブは思っていた。
    「ところで、少し前にこの星のサイバトロンの残党を捕まえたとき、そのサイバトロンが貴重なエネルゴン酒を持っていたんだ。今度そちらに送る。何種類かあったから、一つは私からのお礼だと思ってお前がもらってくれないか」
     サウンドウェーブはその申し出を少し思案した後に首を振った。
    「いい。俺はそんなに酒は好かん」
    「そうだな。お前は昔から宴会だけはいつも断っていたものな」
     デストロン軍団には酒好きの面々が多い。一番の代表格はトラブルメーカーのジェットロン三名だが、リーダーであるメガトロンも酒はよく飲む。苦労が絶えないので、せめて酒でウサを晴らしているのだろうとサウンドウェーブは思っている。でもサウンドウェーブだけは、正直言って酒は嫌いだった。酔うとブレインサーキットが正常な動作をしなくなり、隙ができる。普段はたやすくできることが難しくなったり、きちんと考えて行動することができなくなる。それが気持ち悪くて、そして怖かった。ふわふわと思考が波間を漂うようなあの感覚がどうしても慣れない。
     長い付き合いであるレーザーウェーブが、サウンドウェーブのこの思いを知らないはずはないのだが、一体どういう意図があるのだろう。そう訝っていると、レーザーウェーブはくすりと笑った。
    「別にお前が飲む必要はない。本当になかなか手に入らない銘柄だから、おそらく誰にやっても喜ばれるぞ」
    「ああ……なるほど」
     そういうことか、と納得する。とはいえ、あげる相手も特に思いつかない。そもそも基本的に他者とは最低限の関わりあいしか持たないサウンドウェーブがいきなり酒を贈っても相手は戸惑うのではないかと思う。とりあえずカセットロン達に配ったら喜ぶだろうか。だがそう考えた時、レーザーウェーブが笑って予想もしていなかったことを言った。
    「サウンドウェーブ。スタースクリームに渡せ」
    「……は?」
    「スタースクリームだ。あいつにやれ」
     何故、そこで、スタースクリーム? と、サウンドウェーブはしばらく返答に窮した。いったいいきなり何を言い出すのだろう、この防衛参謀は。そもそも今回の通信でスタースクリームの話題などサウンドウェーブの愚痴ぐらいでしか出て来ていないのだが。
     レーザーウェーブは更に続けた。
    「お前は私が気付いてないと思っていたんだろうが。お前、スタースクリームが好きだろう?」
    「…………」
     言葉に詰まる。
     はっきり言う。図星だ。そして、まさかレーザーウェーブに勘付かれるとは夢にも思っていなかったので、動揺のあまり本当に何も言葉が出てこなくなった。弁解すら浮かばないなんて初めてかもしれない。それくらい驚いたのだ。
     たっぷりの沈黙を経た後に、サウンドウェーブはモニターから顔を逸らした。ばつが悪い思いを抱きながら小さな声で尋ねる。
    「……何故わかった?」
    「そうだなあ。お前のしてくれるデストロンの話がメガトロン様以外だとスタースクリームに偏ってることに気がついたからかな」
    「……」
     言われるまで気付かなかったが、確かにそうかもしれない。サウンドウェーブの意識はだいたいいつもメガトロンとスタースクリームに向いているので、自然と彼らの話題も多くなったのだろう。隠したい情報を悟られるなんて情報参謀失格だ。これからは注意しなくては、とサウンドウェーブは心に決める。
    「お前がそんなに誰かのことを気にしてるなんて、今までなかったからな」
    「……俺はそんなにわかりやすいだろうか」
    「いや、わかりにくい方だとは思うが。私はお前とこうしてよく話すせいもあるんじゃないか?」
    「そうか……」
     それを聞いて少しほっとする。相手が相手なだけに、できることならなるべく誰にも知られたくはない。スタースクリーム本人にすら。
    「スタースクリームは無類の酒好きだったろう。やれば喜ぶ。だから、あいつに渡してこいよ」
    「……考えておく」
     まだ動揺が収まらないサウンドウェーブには、今はそれだけ言うのが精一杯だった。レーザーウェーブもそれ以上はおせっかいを焼くでもなく、「とにかく近々スペースブリッジで送るからな」とだけ言ってその日の通信を終える。
     セキュリティプロトコルによって保護されていた通信チャンネルを破棄して、サウンドウェーブはため息をついた。スタースクリームにプレゼント。そんなことが自分にできるだろうかと考えると憂鬱になった。


     サウンドウェーブがスタースクリームを好きになったきっかけは何だっただろう。少なくとも特にこれといって指をさせるような出来事はなかったはずだ。
     サウンドウェーブは情報参謀として、軍団の内外をスパイしてはメガトロンに伝えるのが役割であり使命である。当然秘密を握られた方はサウンドウェーブをよく思うはずがなく、サウンドウェーブはデストロン軍団の中でも孤立している方だった。それでも自分を慕ってくれるカセットロン達がいれば別段寂しさを感じることはなかったし、自分と同じようにメガトロンに忠誠を誓っているレーザーウェーブという理解者もいた。だから、他者にどう思われていようがどうでもいいとサウンドウェーブはずっと思っていた。
     しかし、スタースクリームは他のデストロンとはあらゆる意味で違っていた。まず裏切りの意図を隠さない。上から下までどんな者でも反乱の意志を持つ連中はそれをひた隠しにするものだったのに、スタースクリームは堂々とメガトロンに向かって次のリーダーは自分だと宣戦布告するのだ。まずそこがサウンドウェーブの理解の範疇を越えていて、初めてスタースクリームと会ったときは非常に驚いたものだった。
     情報とは、それが誰にも知られたくないものであって初めて価値を持つ。だからスタースクリームの裏切りも、本人が隠していない以上脅しの材料にすらならない無価値な情報だった。秘密を握ることが出来ればそんな行動も抑えられるかも知れなかったが、どんなに探してもそんな秘密は出て来なかった。まったく不思議な男だった。
     サウンドウェーブのそうした弱みを握ろうとする意志に彼が気付いていないとは決して思えない。呆れるほど馬鹿なこともしょっちゅうやらかすが、あれでメガトロンに処分を断念させる程度には優秀な男なのだ。それなのにスタースクリームはサウンドウェーブにも他のデストロンと変わりない態度で接してきた。根暗だのチクリ屋だのと軽口を叩きつつも、サウンドウェーブを見かければ声を掛けたし、サウンドウェーブが危なくなれば迷わずに助けてくれた。最初はそんな彼に戸惑いばかり覚えた。どういうつもりなのかと観察しても、ますますわからなくなるばかりだった。そして戸惑いはやがて別の感情へと変わっていった。
     いつからか、スタースクリームに話しかけられて悪い気がしなくなった。いつからか、スタースクリームとこなす任務にかすかな嬉しさを感じるようになった。いつからか、スタースクリームの姿を目で探すようになった。そしていつの間にか、サウンドウェーブはスタースクリームを好きになった。
     けれどもサウンドウェーブはスタースクリームを好きになってもどうすればいいかわからなかった。自分がどうしたいのかもわからなかった。今までずっとメガトロンと彼のデストロンの為に動く以外にやりたいことは何もなかったのだ。恋愛感情などという初めて抱く思いをサウンドウェーブは持て余した。そして、この恋愛感情などというものに振り回されて破滅したり何かを失ったトランスフォーマー達を今まで数えきれないほど見てきている。サウンドウェーブは、自分もそうなることを恐れていた。別にスタースクリームとの今の関係に不満はない。ならば、何かを失うリスクを負う必要もないはずだ。
    「だから、渡せと言われてもな……」
     予告通り送られてきた貴重らしいエネルゴン酒を眺めてサウンドウェーブは独り自室で呟く。確かにそのエネルゴンの輝き方は柔らかく上品で、恐らく相当に上質なものだろうと推測できた。酒好きなら諸手を挙げて喜ぶだろう。多分。
     だが、これを渡してスタースクリームに自分の気持ちを悟られるようなことがあったらと思うとどうしても行動に移すことができない。気をつけていたつもりなのにレーザーウェーブには見通されてしまった。同じことがスタースクリーム相手で起こらない保証はどこにある? そんなものありはしない。もしも今のスタースクリームとの関係が失われて、スタースクリームが今のように話しかけてこなくなったりしたら、サウンドウェーブはとても堪えられないだろうと思った。しかし、せっかくのレーザーウェーブの気遣いをムダにするのも気が引ける。そんな思いに板挟みになり、結局サウンドウェーブはスタースクリームにも他の誰かに渡すことも自分で飲むこともできず、とりあえず使わないものをまとめて置いている棚にそれをしまった。今度レーザーウェーブに連絡を取るまでにどうするか決めよう、と言い訳をする。そして目下の仕事を片付けている内にそれのことをすっかり忘れてしまった。



    「おーいサウンドウェーブいるか?」
     それからしばらくしたある日、サウンドウェーブの部屋にスタースクリームがやってきた。
    「いる。何か用か」
    「お前の持ってるデータが欲しい。貸してくれ」
     詳細を尋ねると確かにサウンドウェーブにも覚えがあるデータだった。だが、特に使い道などないだろうと判断してジャンクデータをまとめたメモリーチップに入れて適当にしまった記憶がある。
    「あるにはあるが、出すのが面倒くさい。そのへんにあるから自分で探して持っていけ」
     使わないものをまとめて置いている棚を指さすと、スタースクリームは「仕方ねえな」と頼んだ側のくせにぼやいて渋々漁り始めた。それを横目で見ながら、サウンドウェーブは自分の仕事を構わずに続けた。しばらくはがたがたと煩いかもしれないが、まあ許容範囲だ、問題はない。
    「えっ! 何だよこれ!!」
     そんな風に思っていたから、スタースクリームが大声を上げたときはびくっと肩が跳ねてしまった。びっくりした。何だ、何事だ。
    「おいっちょっとお前これ、どこで手に入れた!?」
    「は? 何の話だ?」
    「これだよっこの酒!」
     はっとした。そういえばレーザーウェーブからもらった酒も同じ場所に適当に突っ込んでそのままだったことを思い出す。スタースクリームはやわらかく輝くエネルゴン酒の容器を持ってサウンドウェーブに詰め寄った。
    「これって、伝説の惑星パラドロンで取れたエネルゴンを熟成して詰めたって噂のアレだろ!? こんなもんどうしてお前が持ってるんだよ!」
    「あ、ああ……前にレーザーウェーブが」
    「レーザーウェーブか! 確かにセイバートロン星で見つかったもん管理してんのレーザーウェーブだったな……くっそぉいいな、お前あいつと仲いいもんなあ」
     さすがにデストロンで一、二を争うほどよく飲むと噂されている通り、酒には相当詳しいようだ。スタースクリームは羨ましそうに容器をひっくり返したりして眺めている。
     サウンドウェーブは若干呆気に取られてその様子を見ていたが、渡すなら今しかないということにすぐ気付いた。少し躊躇ってから、何気無い態度を装って口を開く。
    「欲しいなら持って行け」
    「い、いいのか? あっ待てよ……もしかしてなんか対価出せってことか?」
     スタースクリームはちょっと警戒するような様子を見せるが、サウンドウェーブはモニターに視線を向けながら「違う」と否定する。
    「元々俺にとっては要らないものだ。お前が持って行ってくれるならむしろありがたい」
    「そうか? 後で返せって言われても返さねぇからな?」
    「だから要らないと言っている」
    「へー。変わったやつだな。こんな良い酒滅多に手に入らねえのに」
     スタースクリームはとても嬉しそうにレーザーウェーブから貰った酒をしげしげと眺めている。レーザーウェーブの予想は当たったようだ。確かに凄く喜んでいる。あんまり嬉しそうなので、何だかサウンドウェーブもあたたかい感情がスパークに広がるのを感じた。こんなことならもっと早く渡せば良かったかもしれない。
    「お前の部屋で飲んで良い? スカイワープとサンダークラッカーに見つかったら俺の分なくなっちまう」
    「構わないが、その仕事が終わってからにしろ」
    「……チッ」
    「お前、俺の部屋でサボる気だったのか……?」
     スタースクリームはサウンドウェーブの呆れた声には答えずに再び目的のメモリーチップを探し、そして見つけると上機嫌で「後でな」と言って去って行った。
     やる気があるときのスタースクリームの作業スピードはサウンドウェーブの次に速い。恐らくそう時間の経たないうちにスタースクリームはまたやって来るだろう。サウンドウェーブはそれにどこかふわふわとした嬉しさを感じた。そして自分もさっさと仕事を終わらせてスタースクリームが来るのを待とうと思った。

     そしてサウンドウェーブの予測通りスタースクリームは早い段階でサウンドウェーブの部屋を再び訪れた。そのときにはサウンドウェーブも今日の作業は全て終わっていたのですぐに扉のロックを解除してやった。
    「よっ! ツマミもばっちり持って来たぜ」
    「そうか」
     そしてサウンドウェーブはすぐにスタースクリームが小型キューブを二つ持っていることに気が付いた。
    「何故二つ持っているんだ?」
    「え? だってお前も飲むだろ?」
     きょとんとして尋ねるスタースクリームに一瞬返答に困ったが、とりあえず招き入れてから否定しておいた。
    「いや、俺はいい」
    「何だよ遠慮すんなよ、元々お前の酒だろ」
    「別に遠慮はしてない。それに珍しいものなんだろう、俺も飲むとお前の分が減るぞ」
     そう言えばすぐに引き下がるだろうと思っていたのに、意外にもスタースクリームが退く様子はなかった。机の上にツマミを広げながら上機嫌に笑っている。
    「いいじゃん一緒に飲もうぜ。一人で飲んでもつまんねぇし」
     そしてスタースクリームはサウンドウェーブの返答も聞かずに勝手にキューブにエネルゴン酒を注ぎ始める。こうなると非常に断りにくく、サウンドウェーブはどうしたものか迷った。酒は飲みたくない。けれど、多分こんな風にスタースクリームとふたりきりで酒を交わす機会などもうないだろうと思うとそれを逃すのも勿体無い。ならば仕方あるまい。腹をくくってサウンドウェーブはスタースクリームから手渡されたキューブを受け取って、スタースクリームの隣に座った。
    「うわー、やべぇ超うめえ……」
     エネルゴン酒を一口飲んだスタースクリームは心底驚いたように呟いた。サウンドウェーブもマスクを外して恐る恐る一口飲んでみる。そしてサウンドウェーブもかなり驚くことになった。口当たりも良く、上品な甘さと香りが口の中に広がる。非常に純度の高いエネルギーであることは感じられるが、それなのにまったくしつこくなくて何処までも飲み続けてしまいそうなさらりとした舌触りだった。これは確かにうまい。酒が好きでないサウンドウェーブですらそう思うのだから相当なものだろう。
    「こりゃー安もんとは次元が違うな。ほんとにエネルゴンかよこれ」
    「我々とは精製の仕方から違うかも知れないな……」
     サウンドウェーブはもう一度小型キューブに口を付ける。やはり旨い。ついつい飲み続けてしまう。飲みやすさとは正反対に強い酒であることは何となくサウンドウェーブにもわかっていたが、それでも止められなかった。
    「ほら、お前ももっと飲めよ」
    「ああ」
     スタースクリームはサウンドウェーブ以上に速いペースで旨そうに喉に流し込んでいる。その勢いに釣られるようにして、サウンドウェーブもキューブに二杯目を注いでいた。
     そして、程なくして死ぬほど後悔することになった。

    「おーいサウンドウェーブ、生きてるかー?」
    「……」
    「ふっ、お前いっつも飲み会来ないとは思ってたが、酒弱かったんだな」
    「う……うるさいぞ……」
     サウンドウェーブよりもたくさん飲んでいたはずなのに、スタースクリームはまだまだ余裕で酒を煽っている。しかしサウンドウェーブは既にかなり酩酊していて机に突っ伏していた。バランサーにまで酔いが来ているようで、平衡感覚がおかしくなってぐるぐると水の中で回っているような感覚が気持ち悪い。ブレインがふわふわして、まともな思考を紡げなくなっていた。
    「お前こそ……どうしてそんなに飲める? 俺より飲んでいるはずなのに……」
    「まあ慣れもあるんじゃね? 元々エネルゴン許容量は多いほうだけどな」
     スタースクリームはいかにもからかう種ができて嬉しいと言わんばかりのにやにや笑いを浮かべていた。
    「泣く子も黙る情報参謀サマの弱みがこーんな意外なとこにあるとはね~。俺もさすがに予想外だったぜ」
    「く、くそ……」
     スタースクリームに馬鹿にされるとなんだか知らないが他の者に馬鹿にされるより二倍ぐらい悔しい。スタースクリームだからだろうか。
    「まあこの酒なら悪酔いはしねえだろ。しばらくすりゃ直るって」
     ご愁傷様とでも言うようにスタースクリームはぽんぽんとサウンドウェーブの肩を叩く。完全に馬鹿にしている態度だが、振り払う気力もなかった。
     ブレインサーキットは通常時よりも大きくその処理能力を落としている。サウンドウェーブはくらくらする頭を押さえて、酩酊する感覚に抗おうとした。だが、それも無駄な努力で、時間が経てば経つほど更に酔いが回って状況把握能力が失われていった。
    「くくく。お前が下戸だって言いふらしてやったらどんなことになるか楽しみだなぁ、そう思わねえかサウンドウェーブ?」
    「……」
    「……おい? もう寝ちまったのか? つまんねぇな」
     スタースクリームはサウンドウェーブの顔を覗きこんで面白くなさそうな顔をする。けれど寝ていたわけではない。返事をする余裕すらなくなっただけだ。相変わらずブレインは空を漂う雲のように頼りなく、数分先のことすら考えることができない。サウンドウェーブは、スタースクリームの顔を見た瞬間彼に触れたいと思った。そして普段なら様々な壁や後々起こりうる問題を考慮して決して行動に移さなかったはずなのに、サウンドウェーブはその衝動のままにスタースクリームに手を伸ばした。
    「えっ、ちょ、サウンドウェーブ?」
    「……」
     ぎゅうっと腕の中にスタースクリームを閉じ込める。スタースクリームは戸惑っていたが、それに気を遣えるような思考の余裕はなく、サウンドウェーブはただ自分のしたいようにだけ行動していた。スタースクリームに触れることができてサウンドウェーブはふわふわした満足感を覚える。そして、多分自分はずっとこうしてみたかったのだと気が付いた。
    「サウンドウェーブ……? どうしたんだよ。飲み過ぎでブレインまでエラー起こしたのか?」
    「……」
     スタースクリームが好きだ。どうしようもないほど。たとえメガトロンを殺そうとしても、裏切っても、それでも胸が苦しくなるほどに彼のことが好きだ。できることならずっとこのまま抱きしめていたいと思った。自分だけを見て欲しいと思った。彼が欲しい。その表情も、その声も、その目もその翼もその野心も全部全部欲しくて自分だけのものにしたかった。そしてその強く溢れて止まらない感情は、とても短い言葉で表現することができる。
    「スタースクリーム、お前が好きだ」
    「……え?」
    「お前を愛してる」
     ずっと言えずにいた、ひた隠しにし続けた言葉を伝えると、言葉にならないほどの達成感と満足を感じた。言ってみればこんなにも簡単なのだと思う。そしてその幸福感を味わいながら、サウンドウェーブはエネルゴン過剰摂取が引き起こしたスリープモードへと落ちて行った。



     スタースクリームがサウンドウェーブにちょっかいをかけ始めたのはどれくらい前のことだっただろう。明確に思い出すことができない程度には昔のことだったと思う。
     初めは半分くらい嫌がらせのつもりだった。サウンドウェーブがメガトロンに先にバラしてしまったせいでニューリーダーになれるはずの計画が台無しになった。腹が立ったから嫌味の一つでも掛けてやろうと思って話し掛けたら、サウンドウェーブは嫌味以前に話しかけられたことに驚いているようだったのでこっちも拍子抜けして結局嫌味の一つも言えなかった。
     それからどうしてサウンドウェーブがあんな反応をしたのか不思議に思って周りに尋ねると、逆にこちらが変な顔をされた。何を言ってる、当たり前だろう、あいつと話なんかしたらいつどういう会話の流れで弱みを握られるかわかったもんじゃない、と、誰に聞いてもそう言った。
     それからサウンドウェーブを見てみると、なるほど確かにサウンドウェーブはいつも独りだった。だが、逆にそれでサウンドウェーブに興味を持った。陰険なチクリ屋だなんて言われる男の秘密を逆にこっちが握ってやれたら、面白いかもしれない。そんな軽い気持ちでサウンドウェーブに声をかけるようになった。
     そして、案外話下手なだけでそう悪いやつではないことに気付くまで時間はかからなかった。話しかければちゃんと答えるし、相談してみれば結構きちんと考えたアドバイスをくれるし、手が空いているときは手伝ってくれさえした。確かに密告は彼の十八番であるが、そもそもそれが仕事なのだから文句をいうのもお門違いである。なんだけっこういいやつじゃん、とスタースクリームは拍子抜けし、それからもサウンドウェーブを見かける度にちょくちょく話しかけ続けた。
     いつからか、サウンドウェーブと話すのに悪い気がしなくなった。いつからか、サウンドウェーブと同じ任務でなければ物足りなさを感じるようになった。いつからか、サウンドウェーブの姿を目で探すようになった。そしていつの間にか、スタースクリームはサウンドウェーブを好きになった。
     だが、向こうがどう思っているかはよくわからなかった。嫌われてはいないとは思うのだが、サウンドウェーブは常日頃から感情の起伏に乏しく、ただの同僚止まり程度にしか思っていない可能性も大いにあった。サウンドウェーブの本心を聞き出すうまい方法はないだろうか。なかなかそんな方法は見つからない。そうして悩んでいる頃合いだったから、サウンドウェーブの部屋で希少な酒を見つけたときはこれを試さない手はないとスタースクリームは思った。
     そしてそれは驚くほどうまくいき、サウンドウェーブはスタースクリームが思ってもいなかった早さで酔っ払った。宴会にいつも来なかったのはそういうわけだったのかとスタースクリームはサウンドウェーブをからかいながら思った。そして問題はここからで、どうやってサウンドウェーブの気持ちをこの情報参謀から気取られずに聞き出すかである。万が一まずい質問の仕方をしてもこの酔い方なら朝になったら綺麗サッパリ忘れているだろうと思われるが、できることなら弱みになりかねない情報をこの男に渡すのは避けたいところだ。
     酒を飲みつつそんな風に思案を巡らせている時だったので、サウンドウェーブが突然無言で抱きついてきたときは本当にびっくりした。
    「えっ、ちょ、サウンドウェーブ?」
     さすがにそう来るとは思っていなかった。スタースクリームはスパークが不可抗力で跳ねるのを感じながらサウンドウェーブの様子をうかがう。でもサウンドウェーブは相変わらず無言でただスタースクリームを抱きしめている。なんだろう、どういう状況なんだこれは、とスタースクリームは混乱する。そしてサウンドウェーブはようやく言葉を発した。
    「スタースクリーム、お前が好きだ」
    「……え?」
    「お前を愛してる」
     一瞬自分のブレインに何かエラーでも起こったのかと思って反応が遅れた。
    「え!?」
     サウンドウェーブからさらっと飛び出した衝撃的な一言にスタースクリームは動揺した。
    「ちょ、ちょっと待てサウンドウェーブ。それは冗談とかではなく本気で言ってるのか?」
     そうだったら割と本気で嬉しいのだが。けれどサウンドウェーブはなかなかその質問に答えない。どきどきしながら自分にしては辛抱強く待っていたが、さすがに何かがおかしいなと思い始めた時、すうすうとサウンドウェーブが規則正しい吐息を漏らしていることにスタースクリームは気付いてしまった。
     こいつ、まさか、寝てる?
    「ふっ……ざけんなよお前ぇぇぇ……何だよそれお前そんな……こ、この状況で寝るか普通? 馬鹿じゃねぇの!?」
     全身から脱力してスタースクリームはがっくりと項垂れる。緊張した自分が馬鹿みたいだ。そして、多分サウンドウェーブは目覚めたとき酔った自分が何を口走ったか覚えていないだろうという確信をスタースクリームは抱いていた。断言しても良い。絶対に、こいつは、覚えていない。覚えていない以上真相を追求することもできないだろう。スタースクリームはサウンドウェーブを睨みつける。
    「もういいっお前なんか知らねえ! お前がちゃんと言うまでおれも絶対言ってやるもんか! ばぁーか!!」
     悪態をつきながらも、スタースクリームは穏やかに寝息を立てるサウンドウェーブの腕から抜け出そうはしなかった。頬が熱いのは酒のせいだと誰に言うでもない言い訳をして、スタースクリームは酔い潰れた情報参謀の背中にそっと腕を回した。
    惚れた弱みだ仕方ない「サウンドウェーブー」
    「なんだ」
    「構え」
    「忙しい」
    「構え」
    「明日までに終わらせないといけないんだ」
    「構え」
    「……スタースクリーム」
    「構えよ」
     後ろからいきなり抱きついてきたかと思えばこれだ。サウンドウェーブはそっとため息をこぼした。スタースクリームはたまにこうやって甘えてくる。サウンドウェーブとスタースクリームは現在恋人という関係にあるので別に悪い気はしないが、困る。
    「メガトロン様に怒られるぞ、俺もお前も」
    「メガトロンが怒ったからってなんだよ」
    「仕置を受ける。たぶんすごく痛い」
    「……痛いのは嫌だが、今構って欲しいんだよ」
     スタースクリームはサウンドウェーブの背中に頬を寄せて、サウンドウェーブの名前を呼ぶ。無駄にプライドが高い上に基本的に素直じゃないスタースクリームがこうまでするということはよほど構って欲しいのだろう。
    「……何かあったのか?」
    「……」
     スタースクリームはぎゅっと腕に力を入れる。まるで、サウンドウェーブが何処かに行ってしまうと思っているように。
    「変な夢見て」
    「変な夢」
    「そう」
    「どんな?」
    「俺しかいないんだ。メガトロンも、サンダークラッカーも、スカイワープも、アストロトレインもブリッツウィングもスラストもラムジェットもダージもフレンジーもランブルも、……サウンドウェーブも、誰もいなくて、俺しかいないんだ」
     サウンドウェーブは回されているスタースクリームの腕に触れる。すると今まで気付かなかったが、スタースクリームはかすかに震えていた。
    「薄暗い墓地にひとりきりで。誰も、おれのことを見つけてくれなくて」
    「……」
    「すごくこわかった」
     サウンドウェーブは、話しながら続けていた作業を止めた。そしてコンソールから手を放し、スタースクリームの腕を外してスタースクリームに向き直る。
    「馬鹿げた夢だな」
    「……ああ、馬鹿げてるよな」
     今まで見えなかったが、スタースクリームは少しのきっかけで泣き出しそうな情けない表情をしていた。それを見て、こいつはやっぱり愚か者だと思う。
    「たとえ他の誰が見つけられなくても、この俺がお前を見つけられないわけがないだろう。本当に馬鹿げた夢だ」
     それこそ何百万年も逃げたお前を探しては見つけて来たのに、今更何を言うのかこいつは。
     本当に心からそう思っていたのではっきりと言ってやると、そう来るとは思っていなかったのかスタースクリームはぽかんと口を開けて固まる。それから、とても嬉しそうに笑った。
    「……そういえば、そうだな」
     そう言うやいなやまたサウンドウェーブに抱きついてきたので、今度は正面から受け止めてやった。
    「そういう無駄に自信にあふれたこと言うお前が好きだぜ」
    「そういう無駄にくだらないことで落ち込むお前が好きだ」
    「サウンドウェーブ、サウンドウェーブ、お前が好き」
    「何度も言わなくても知ってる」
    「言いたいんだよ、ほっとけ。ああもう、ほんと好き」
     猫みたいに頭をすり寄せて甘える航空参謀に呆れつつ、サウンドウェーブも悪い気はしない。普段スタースクリームは、あまり好意を口にしないのだ。
    「仕方がない、構ってやる」
    「当たり前だろ、元からお前に拒否権なんかないんだぜ」
     無駄に偉そうな言葉を吐く口は、マスクを外して塞いでやった。
     頼まれた仕事は気になるが、目の前の甘えたな恋人を放って手を付けられるほどサウンドウェーブは我慢強くない。メガトロンはスタースクリームに甘すぎる、なんて普段は思っていたサウンドウェーブだが、自分も他人のことをとやかく言えないなと思う。だがしかたがないだろう、惚れた弱みだけは誰にだってどうにもできないものなのだ。
    きみのとなり デストロンたちが悪さをしていないか、そして悪巧みをしているのならそれを発見するために、サイバトロンたちは交代で見回りに出る。ペアで出るときもあるし、ひとりで出るときもあった。それは、そのときの状況次第だ。スカイファイアーに見回りの担当が回ってきた今日は、ホイルジャックの発明品が暴走してテレトラン1が故障してしまったので、スカイファイアーはひとりで見回りに向かうことになった。
    「私が手伝わなくても本当に大丈夫ですか、司令官?」
    「ああ、大丈夫だともスカイファイアー。心配しなくてもいい」
     テレトラン1は、無差別に「緊急警報、今日は夕立です、ただちに洗濯物の保護に向かってください」というメッセージを人間たちの軍事基地に送ろうとしているので、ホイルジャックやスパイクたちが必死になって止めようとしている。スカイファイアーは科学者だ、こういうことは得意なので、力になれるならそうするべきかと思ったのだが、コンボイは朗らかに笑ってスカイファイアーの申し出を断った。
    「君はずっと基地にこもりっぱなしになっていて、しばらく外を見ていないだろう? 気分転換に羽を伸ばしてくるといい」
    「そう言っていただけると、ありがたいですが」
    「何、心配はいらない。私にいい考えがある」
    「……そ、そうですか?」
     それを聞いてスカイファイアーはかえって「大丈夫かなあ」と思ってしまったが、コンボイの気遣いを無駄にしたくなくて、何も言わずに「ありがとうございます」と微笑む。それにここ最近外に出ていなくて、空を気兼ねなく飛びたいと思っていたのも事実だ。
    「それじゃ、行ってきます」
    「ああ。きっと君が帰ってくる頃には、テレトラン1の修理も終わっているさ」
     スパイクとスパークプラグがチップを呼ぼうか相談しているなか、コンボイがサイバトロンの輪に入っていって、いい考えを披露し始める。けれどその詳細を聞く前に、スカイファイアーはトランスフォームして青空に向かって上昇し始めていた。


     エンジンの振動と重低音。風がものすごい速さで流れていく感覚。ひやりとした大気と、湿った雲の中を突っ切る感触に、胸が躍る。凍えるような寒さと人間はきっと形容するのだろうが、ロボット生命体であるスカイファイアーにとっては心地いいくらいの温度だった。
     その昔、今となっては気の遠くなるような昔にはよく友人と共にセイバートロンの空を飛び回ったものだ。彼もスカイファイアーも、空を飛ぶことを愛していた。当時はスカイファイアーのように翼のあるトランスフォーマーはまだあまり見かけなかった。それこそ、スカイファイアーの知り合いの中ではいつも一緒だった彼しかいなかったのだ。
     今でもスタースクリームは誰かと一緒に飛んでいるのかなあ、とスカイファイアーは考える。今や仲良く空を散策するどころか顔を合わせれば戦いに発展する敵同士になってしまったが、そうなってしまってもスカイファイアーにとってのスタースクリームは依然として大切な友人だった。スタースクリームは自分さえ良ければそれでいいと考えているような節はあったが、その癖誰よりも一人でいることを嫌っていた。同じ研究所で働いていたときもそうだった。一人でいる彼はいつもつまらなそうで退屈を持て余している顔をしていた。けれど、その背中はどこか孤独で、寂しがっているように見えた。だから、スカイファイアーはスタースクリームを見かけると声をかけずにはいられなかったのだ。
     もしも今、スタースクリームがスカイファイアーではない別の誰かと空を飛んでいるのなら、少し寂しいなとスカイファイアーは考える。かつては自分だけの特権だったその場所は、もはや自分の場所ではない。時の流れは残酷だ。自分の手元からかけがえのないものを奪っていくくせに、それを責める相手と言ったら誰もいない。やり場のない思いを、ただ抱えて途方に暮れるしかないのだ。
     昔のことを考えていたら弾んでいた気持ちが急にしぼんできて、スカイファイアーは自然と項垂れて下を向いていた。そして、そのとき地上に綺麗な湖があるのに気がつく。あれはなんだろう、すごく素敵だ。近くで鑑賞するため、そしていまの気分から逃れるために、きらきらと太陽の光を静かに反射している湖へとスカイファイアーは進路を変更した。
     だから、見つけようと思って見つけたわけではないのだ。
     近くに来てはじめて気がついたくらいだ。見間違えようのないトリコロールのカラーリングは、遠くからだと草や木々に紛れて見えなかったのだから。スカイファイアーは彼の姿をアイセンサーに捉えた瞬間ものすごく驚き、そして降り立ってもいいものか悩み、結局迷った末にスカイファイアーは湖の傍にトランスフォームして着陸する。
     すぐさまスタースクリームからナルビームの挨拶でも来ることを覚悟していたのだが、意外なことにスタースクリームは草の上に横たわったまま動かない。不思議に思って警戒しながらそっと近づいてみると、スタースクリームはぐっすりと眠っていた。スカイファイアーのエンジン音にすら気付かないのだから、本当に熟睡しているのだろう。臆病な彼にしては、そこまで警戒を怠るのは非常に珍しいことといえる。仮にこの状態のスタースクリームを見つけたのがクリフやアイアンハイドだったら、スタースクリームはとても無事では済まなかっただろう。
     スカイファイアーはレーダーで周囲に熱源がないかを確認するが、反応はない。スタースクリームはひとりでここまで来たようだ。そうかひとりか、と思ったと同時にスカイファイアーはほっとする。しかしそれは不意打ちの可能性がなくなったからではなく、自分以外の者と空を飛んでいたわけではないと知ったからだった。
    「スタースクリーム」
     スカイファイアーはスタースクリームの傍にしゃがんで、眠っているスタースクリームの頬に軽く触れた。焼け焦げのような跡がある。ひょっとしてこれはメガトロンかな、とスカイファイアーは思った。大方また懲りずに裏切りでも働いて制裁を受けたのだろう。そしてもしかするとそのせいでスリープモードの設定に関する部分に故障が発生したのかもしれない。
     起きて欲しい気持ちと、このままスカイファイアーの存在に気付かず眠ったままでいて欲しい気持ちと、半々だった。スタースクリームと話したいけれど、戦いたくはない。そうなるなら、このままでも構わない。
    「君はきっと嫌な顔をするだろうけれど。私はできることなら、君ともう一度、空を飛びたいな」
     昔みたいに。くだらない話でもしながら、ただ風の中をあてもなく飛び回る。そんな程度でいい。そんな程度でいいのに、どうしてこうも難しいのだろう。スカイファイアーは表情を曇らせて、ため息をつく。重りをつけて沼にでも放られたように、心は澱みに沈んでいる。
    「スタースクリーム……私は」
     とす、とかすかな音がした。それを聴覚センサーに捉えた瞬間スカイファイアーは言いかけた言葉も忘れて武器のロックに手をかけ素早く振り返る。しかし銃を構えることはできなかった。
    「そいつから、離れろ」
     何故なら相手のほうが先に武器をスカイファイアーに向けて、まっすぐに照準を定めていたからだ。銃を取れば、間違いなくその瞬間に撃たれる。スカイファイアーはゆっくり銃から手を離して両手を挙げた。
    「サウンドウェーブ……」
    「そいつから離れろ、サイバトロン」
     淡々とした、感情のない声でサウンドウェーブは繰り返す。スカイファイアーは逆らわずにゆっくりとスタースクリームから距離をとった。
    「何をしていた」
    「何もしてないさ。スタースクリーム、寝てるしね」
    「……」
    「君は、スタースクリームを探しに来たんだね?」
    「貴様には関係ない」
    「まあ、そうだよね。私はもうデストロンではないから」
     この状況でも目を覚まさないスタースクリームに視線を向けて、スカイファイアーは苦笑する。ブレインサーキットの出来は申し分ないのに、たまにこうやって変なところで抜けているのは本当に変わってないんだなあとスカイファイアーは思った。
    「ああでも、少し安心したよ」
    「……何?」
     サウンドウェーブは怪訝そうにスカイファイアーを睨むが、スカイファイアーは構わずに続けた。
    「私がいない間、彼はずっとひとりぼっちだったんじゃないかって、心配だった。だが、そうではないらしい。それがわかって安心したんだ」
    「……意味がわからない」
    「そうかな。きっと君なら私の言いたいことはわかると思うんだが」
     スカイファイアーがにこりと笑うと、サウンドウェーブは少し居心地悪そうに「そんなことはどうでもいいだろう」と返す。
    「だけど、もう私がいなくても何も問題がないんだろうなと思うと、寂しいとは思うよ」
     この惑星で遭難する前は、スタースクリームの隣にいるのはいつだって自分だった。自分でなければ彼には付き合いきれないと思っていた。でももうそれは過去のことで、今スタースクリームにはこうして探しにくる仲間がいる。帰る場所がある。スタースクリームがいなければ寂しいと感じるのはきっと過去の時間に取り残されたスカイファイアーだけなのだ。ならば、仕方がない。スカイファイアーは胸の痛みを見て見ぬ振りをしながら、穏やかに言った。
    「今更私が言うまでもないだろうけど、スタースクリームのことよろしくね」
    「……」
     サウンドウェーブは何も言わない。裏切ったくせに何を言うのか、そう思っているのだろうか。と、スカイファイアーは当たりをつけてみる。しかしそれを示すような表情や所作は、探しても見つけられなかった。或いはスカイファイアー自身が、サウンドウェーブにそう思ってほしいのかもしれなかった。
    「……スタースクリームは」
     そのとき、少しの沈黙を経た末に、ぼそりとサウンドウェーブが言葉を発した。
    「え?」
    「ひとりでいるときは、いつもお前を探しているようだ」
     それを聞いたスカイファイアーは、思わず固まってしまった。あのスタースクリームが? 顔を見合わせれば問答無用でミサイルを放って来る彼がそんなことをしているとは俄かには信じがたかった。しかし、そんな嘘をついてサウンドウェーブが得をするとも思えない。
    「この馬鹿はいつもお前が好きそうな場所に隠れている」
    「……そう、なんだ」
     驚きながらも、スカイファイアーはその言葉に納得する。言われてみれば確かにこの場所だって、スタースクリームとは関係なく純粋に興味を持ったから降り立ったのだ。スカイファイアーはじんわりと胸が熱くなるのを感じる。1000万年も前のスカイファイアーの好みを、まだ彼は覚えていてくれたのか。
    「……しかし、どうしてそれを私に?」
     だが、その情報を手放しに喜べるほどスカイファイアーはお人よしではない。自分に何か利益があるわけでも無いのに敵にお節介を焼くなど、普通はしないだろう。まして相手は情報参謀サウンドウェーブで、自分は裏切者だ。きっと何かあるはずだとスカイファイアーは少し警戒しながらサウンドウェーブを見すえる。
     するとサウンドウェーブは、くだらない質問だと言いたげな、どこか投げやりな態度で答えた。
    「別に、お前のためじゃない」
    「……え?」
     その意味を測りかねてスカイファイアーが戸惑っているのも無視し、サウンドウェーブはさくさくと草を踏みながらスカイファイアーの方に近づいて来る。思わず武器に手をかけて後ずさるが、サウンドウェーブはスタースクリームの前まで来ると立ち止まった。
     そして、思いっきり蹴飛ばした。
    「いってぇえええ!?」
     呆気に取られながら見つめる中、スタースクリームはあっさり目を覚ましてがばっと跳び起きた。
    「ようやくお目覚めか自称ニューリーダー」
    「ちくしょ、誰かと思えばてめーかよサウンドウェーブ! 自称は余計だ!」
    「また失敗したくせによく言う。メガトロンさまも呆れていたぞ」
    「うるせえメガトロンなんざどうでもいいんだよっ……くそ、つかもうここ見つけたのかよ、早過ぎじゃね?」
    「お前の隠れる場所がワンパターンなだけだ」
     スタースクリームは悔しそうにサウンドウェーブを睨んでいて、まだスカイファイアーには気付いていない。
    「スタースクリーム……」
     スカイファイアーが声を発した途端、サウンドウェーブへの文句を忙しく紡いでいたスタースクリームの口の動きがぴたりと止まって、それから弾かれたようにスカイファイアーの方を見た。視線が合う。
    「スカイファイアー……!?」
     スタースクリームの真っ赤なアイセンサーに浮かんだ感情は、意外にも憎しみではなく驚きと戸惑いだった。けれど、ちらりとサウンドウェーブを一瞥した後すぐにいつも戦場で見るのと同じ目つきに変わった。
    「よう、裏切者。のこのこ俺の前に現れるなんて、辛うじて救ってもらった命をよっぽど投げ捨てたいみたいだな」
     スタースクリームはデストロンの航空参謀らしい冷たい嘲笑を口許に浮かべる。
    「そんなに死にたいってんなら、お前との友情に免じてこの俺様が手伝ってやるよ! 二対一なら負けっこねえや、さあやっちまおうぜサウンドウェーブ!!」
    「くっ……」
     しまった。サウンドウェーブの予想外の行動とスタースクリームと話したいという強い思いで判断が鈍った。スカイファイアーは、サウンドウェーブがスタースクリームを蹴り起こした段階で隙をついて逃げるべきだったのだ。スカイファイアーは銃器のロックを外してふたりに向ける。
     しかしこれまた予想もしていなかったことが起こった。サウンドウェーブは戦闘体勢を取る二体を静かに眺めているだけで、まったく動かなかったのだ。
    「おい、何やってんだよサウンドウェーブ! イカれちまったのか? 今こそサイバトロンに打撃をあたえるチャンスだろ!」
     イライラした様子でナルビームを構えながらスタースクリームが怒鳴っても、サウンドウェーブは依然として武器を取ろうとしない。そして極めて冷静な、静かな声で言った。
    「三時間後だ」
    「はあ!?」
    「三時間後に海底基地の東150km地点の海岸に来い。それ以上は待たない、メガトロン様に報告する」
    「おい、何の話だよ。本当にどっか故障しちまったんじゃねえのか?」
    「スカイファイアーを探していたんだろう」
     サウンドウェーブがそう言った瞬間、一分の隙もなく銃口をスカイファイアーに向けていた腕がふらりと揺れた。
    「……何のことだかわかんねえな」
    「心配しなくとも今回はメガトロン様にも黙っていてやる。今回だけは、だが」
     スタースクリームは戸惑っていた。恐らくスカイファイアー以上に。そしてその当惑した顔で、スカイファイアーを見る。初めにスカイファイアーを視界に捉えた時と同じで、そこにスカイファイアーを傷つけようとする意思は感じられない。それを見取ってから、スカイファイアーは遠慮がちに笑いかけた。
    「スタースクリーム。三時間だけでも、話さない?」
    「……」
     スタースクリームは何も答えなかった。しかし、武装した腕を静かに下ろす。ということは、それが答えだろう。スカイファイアーも銃を下ろした。
    「……どうもありがとう、サウンドウェーブ」
    「言ったはずだ」
     サウンドウェーブはふわりと浮き上がりながら、振り返らずに少し冷たい声を返す。
    「お前のためじゃない」
    「……そうだったね」
     スカイファイアーは苦笑しながら、青い敵軍情報参謀が空へ飛んで行くのを見送った。
    「何の話だ?」
    「大したことじゃないよ」
     首をかしげるスタースクリームに、スカイファイアーは微笑んだ。
    「……私のこと、探してくれてたんだね」
    「っ、別にお前を探してたわけじゃ」
    「私が興味を持ちそうなところにいつも隠れてるってサウンドウェーブは言ってたけど」
    「……あのやろー、余計なことばっか言いやがって」
     スタースクリームは不機嫌そうにむくれてその場にあぐらをかいて座り込む。
    「連絡くれれば私から会いに行ったのに」
     スタースクリームの連絡先は恐らくデストロンに所属した際に変わってしまっていたが、スカイファイアーの連絡先は科学者だった頃と同じなのだ。スタースクリームの方はメッセージを送ろうとすればいつもできたはずだった。
    「そんなことしてメガトロンかサウンドウェーブに傍受されたらどうなるかわかんねえだろ、馬鹿か」
    「……なるほど、デストロンって仲間内でも盗聴してるのか」
    「まあ、そりゃデストロンだからな」
     スカイファイアーもスタースクリームの隣りに座った。こうしていると、まるで研究所にいた頃に戻ったような錯覚を覚える。スタースクリームが敵だなんて何かの間違いだったんじゃないかとさえ思うほどに。
    「お前普段何処にいるんだ? 全然見かけねえけど」
    「うーん、ここ最近はずっとサイバトロン基地にいてラチェットを手伝ってたね」
    「その前は?」
    「アダムスと一緒に月に落ちた隕石を調査してた、かな」
    「……じゃあその前」
    「ああ、えっとちょっと待ってくれ……確か、日本の浜田博士に護衛を頼まれて、日本に行ってたはずだ。グリムロックと一緒に」
    「……納得した。そりゃ会うわけねえわ」
     スタースクリームは大きなため息を付いて、恨めしそうな目でスカイファイアーを見上げる。
    「お前ってやつは俺が探してる場所には絶対に現れねえってことだな」
    「ええ? そんなことはないと思うけど」
    「俺お前を見つけられた試しがねえしな……あのときだって、結局お前がどこにいるかわからなくてセイバートロン星に逃げ帰ったわけだ」
     スタースクリームは「死にたくなかったからな」と言って自嘲する。スタースクリームがそんな暗くて捨て鉢な表情をするのを見たのははじめてだった。スカイファイアーは、心を細く尖ったもので突かれたような、鋭い痛みを胸に感じた。
    「君が気に病むようなことじゃないだろう。あれは自然災害であって君の責任ではないし、自分の命を優先するのはあの状況では正しいことだよ。なぜそんな言い方をするんだい?」
    「いいって。俺が臆病者なのは俺が一番わかってるからよ」
    「でもスタースクリーム、君は私を探してくれたじゃないか」
    「見つけられなきゃ意味は無い」
     スタースクリームは肩をすくめて乾いた笑いを浮かべる。
    「逃げ帰っても、どうなるかわかってたのに。お前のいないセイバートロン星なんかつまんねえって、面白いことなんか何もねえって、絶対思うに決まってたのに。そこまでわかってて、それでも俺は逃げたんだぜスカイファイアー。死ぬのが怖いっていう、たったそれだけの理由で――」
    「それでいいんだよスタースクリーム」
     スカイファイアーはスタースクリームの言葉を遮って、まっすぐにスタースクリームの目を見て言った。
    「私だって、ほんとうに怖かった」
     だから、いいんだよ。もう一度、ゆっくりと相手に染み渡らせるような調子でスカイファイアーは繰り返した。
     白い雪が降り積もり、だんだんと腕が足が身体が凍りついて動かなくなるあの感覚。自分がここで消えて、そして未来永劫戻ることがないのだという、あの愕然とした衝撃。いまだ忘れることのできない鮮烈な恐ろしさは、今でも夢に見る。それを前にして毅然としていられるものなんているだろうか? 少なくとも、スカイファイアーには無理だった。
     スカイファイアーは、俯いてしまったスタースクリームの肩に優しく手を乗せた。
    「今度は私が君を探すよ」
    「……え?」
    「いつも君ばかりが私を探してくれたから。今度は私が君を探して、見つけるよ」
     きょとんとして顔を上げるスタースクリームに、スカイファイアーは微笑む。
    「何処にいても、何をしてても。どこかにいるはずのスタースクリームのことを探す。いつでも君の姿を思い浮かべて、君に会うことを願って、君のことを考えてるよ」
     スタースクリームは驚いたように固まって、それからかあっと頬を赤くした。
    「そっ、そこまでしなくていい! 馬鹿野郎!」
    「そう? 残念だ」
     スカイファイアーはくすくす笑う。するとスタースクリームが照れ隠しに「何笑ってんだようぜえ!」とスカイファイアーをぐいっと腕で押してきたので、スカイファイアーはバランスを崩して片手を地面につく。それでも笑いが止められなかったので、スタースクリームはスカイファイアーを睨んだ。
    「ほんと、お前が相手だと調子狂うぜ」
    「それはお互い様さ」
    「どうだか……」
    「ねえ、スタースクリーム」
     スカイファイアーは笑いながら、ずっと彼に言いたかったことを口にする。
    「昔みたいに、一緒に飛ばない?」
     とりとめのないことを話しながら、ただ風の中を突っ切っていくだけの時間。ただそれだけのことでも、スカイファイアーにとってはきらきら光る宝石よりも価値を帯びて輝いていた。
     願わくば、もう一度それを取り戻したい。
    「……お前とは昔から意見が衝突してばかりだったがな、スカイファイアー」
     スタースクリームはそう言って、にやりと笑った。
    「今度ばかりはそうでもないみたいだな」
     スカイファイアーはにっこりと満面の笑みを返して、そうだねと頷いた。
    「何処に行く?」
    「君のいきたい場所ならどこでも」
    「生憎だな、俺もお前の行きたい場所ならどこでもいい」
    「なら、どこまでも行こう。時間の許す限り」
     スカイファイアーとスタースクリームはトランスフォームして、青く広がる大空へと飛び立つ。
     空を飛ぶとき、スタースクリームの隣にはいつもスカイファイアーがいた。しかし、そうではなくなってから気の遠くなるような歳月が流れた。彼の隣が自分ではなくなっても、仕方ないと諦めていた。それでもこうしてスタースクリームのそばにいると、やはり彼の隣を飛ぶのはいつまでも自分であって欲しいとスカイファイアーは思うのだ。
     そのわがままをこの友人が聞き入れてくれるかどうかはわからないけれど、それでもよかった。穏やかな幸福感と共に、スカイファイアーはトリコロールの戦闘機を見つめる。
     そう。この先がどうであれ、今この時スタースクリームと並んで大空を翔けているのは、紛れもなく自分なのだ。
    喪失 スカイファイアーは、スタースクリームにとってどうにも表現しがたい位置を占める存在だった。憎たらしい裏切り者であると同時に、彼はかつての大切な友人だった。少なくとも、昔はそう思っていた。スカイファイアーに話しかけられれば悪い気はしなかったし、彼と共に研究に勤しむ日々は今思い返しても充実していて、退屈するようなことは何もなかった。どんな些細なことでも、ただとなりにスカイファイアーがいるというだけで、きらきらと輝いて見えたのだ。スカイファイアーはスタースクリームとは正反対で、誰からも好かれていた。だからわざわざ付き合いにくいであろう自分とつるまなくてもいいくらい、スカイファイアーにはたくさんの友人がいたのだが、どういうわけかスカイファイアーはスタースクリームと共にいることを好んだのだった。
    「お前、俺といて楽しいか?」
     一度それが不思議でスカイファイアーを見上げてそう尋ねたことがある。するとスカイファイアーはいつもと同じやわらかい笑顔を浮かべてためらわずに答えた。
    「楽しいよ。そうでなきゃ君にこんなに話しかけたりしないさ」
     スカイファイアーのその言葉は建前でも何でもなく、確かに彼はいつもスタースクリームと空いている時間を過ごすことを選んでいた。スタースクリームも彼を避けることはなかったので、スタースクリームとスカイファイアーはほとんどいつでも共にいた。
     だから、スカイファイアーが地球で行方知れずになってから、スタースクリームの日常は一変した。今まで当たり前のような顔をして隣に立っていたスカイファイアーがいないというだけで、こんなにも何かが変わるとは思いもよらなかった。面白い発見をしても、それを話して議論する相手がいない。暇な時にちょっかいをかけて、呆れた顔をしてくれる相手がいない。外に出たいとき、となりで一緒に空を飛び回る相手がいない。たったそれだけなのにどうしてこんなにも苦しくてやりきれなくなるのかスタースクリームには理解不能だった。途方も無い時を生きるトランスフォーマーにとって、そもそも誰か親しい存在を喪うという経験を持つ者はほとんどいなかった。だから、その感覚を共有できる者もいなかったし、そのようなことを心の何処かで万が一にも起こり得ることとして覚悟することもできなかった。
     磁気嵐に飲まれた時。スカイファイアーが墜落していくのをスタースクリームは見た。自分も磁気嵐で機体の自由を奪われ、満足に移動することも出来なかった。スカイファイアーは落ちるときスタースクリームに手を伸ばした。スタースクリームはその手を取ろうとして、届かなかった。スカイファイアーは吹雪の中に消えていく。白い機体が白い靄に飲まれて見えなくなる。そこで追いかけるべきだった。スタースクリームはそのときはっきりそれを感じていた。今を逃したら、きっと彼を二度と見る機会はなくなる。だができなかった。どうしても。
     怖かった。彼を追えばおそらく自分も磁気嵐にやられて航行不能に陥る。そうすれば死ぬかもしれない。死ぬ、という可能性が脳裏によぎった途端スタースクリームの身体は竦んで動かなくなった。凍りついたままただスカイファイアーの伸ばされた手が見えなくなるのを眺めていた。そして自分だけ生き残るために、逃げ帰った。セイバートロン星を目指して宇宙を飛ぶ中、恐ろしい喪失感がスパークを貫いていた。そうしてぐちゃぐちゃになった頭の中では何度も何度もスカイファイアーの消えていく手のひらが再生された。スカイファイアー、とスタースクリームはそのたびに彼の名前を心のなかで繰り返した。スカイファイアー、スカイファイアー。歯がかちかちと鳴っていた。寒いからではない。怖いからでもない。ただ、自分がとんでもない過ちを犯したような気がして、機体がどうしようもなく震えていた。
     それから一千万年ずっと独りだった。独りで研究を続けた時も、デストロン軍団に入ってからも、スカイファイアーのような、利害関係もなくただ穏やかな関係を持ち続けられるような友人は一人も作れなかった。どうしようもなく孤独だった。見捨てたのは自分だというのに、無性にスカイファイアーに会いたくなる時も一千万年の間に何度だってあった。だがどんなに願ってもスカイファイアーは帰って来ない。そう思っていた。
     彼は自分が今までどんな思いでいたのか、考えてもみなかったに違いない。スカイファイアーは氷の中をただ何も感じることなく眠り続けていただけだ。その彼に自分の過ごした途方も無い孤独を理解できるわけがない。同胞と殺しあうことも、仲間が数えきれないほど死にスクラップに変わっていくことも、そんな薄汚れたことは何も知らないスカイファイアー。すっかり泥に塗れてそれに馴染んだ自分とは違って、降り積もったばかりの新雪のように彼は真っ白だった。
     今でもスカイファイアーは変わらず真っ白なのだろうか。もしスタースクリームをスカイファイアーの元に引き寄せたものがあるとしたら、そんな疑問だったのかもしれない。
     スタースクリームは死んだ。スカイファイアーのような仮死状態ではなく、正真正銘の死だ。けれどどういうわけかスタースクリームのスパークは死とともに虚空に消えることなくこの世に残留していた。幽霊であるというのは便利なものだ。誰にも見られず、警報装置に引っかかることもなく、するりと敵の基地内部に入り込むことが出来るのだから。スタースクリームは消灯された基地通路を音もなく漂い進む。夜闇に溶けた自分の姿を見ることは難しいだろう。そうしてふらふらとさまよいながら、どうして俺はこんなところにいるのだろうとスタースクリームは思った。警備システムに”入り込む”ことで、誰がどの部屋にいるかは掴んでいる。スタースクリームは、扉を開くことなく、その部屋にそっと忍び込んだ。
    (……)
     背中の翼が最初に目に入る。スタースクリームは、実体がないのだからそうする必要がないにも関わらず、音を立てないようにそっと彼に近付く。空気をも乱さないように、静かに。
    (……スカイファイアー)
     かつて死んだと思っていた友がこうして生きていて、生き残ったはずの自分が死んでいるなんて奇妙な話だとスタースクリームは思った。スカイファイアーは、よほど熱心に取り組んでいるのか、部屋の電灯が消えていることにも意識が向かないようだった。スタースクリームにはまったく気付かずに、煌々と闇の中光るモニターに向かって一心不乱に何かを打ち込んでいる。スタースクリームはちらりと画面を見る。そこから察するに、防衛システムか何かのソースコードだった。戦争前も彼は優秀な科学者だったから、前線には出ずこうした仕事を引き受けているのだろう。
     スタースクリームはただ傍に立ってじっとスカイファイアーを見つめていた。白い機体。雪のようだ。青いオプティックは、自分の赤とはまったく違う輝きを持っている。彼の表情は研究所にいた頃と変わらない穏やかな印象を受けた。しかしメガトロンやスタースクリームが生きていた頃と比べるとなんだかくたびれたような陰が差していた。
    (まあ、さすがにこいつも戦争ってもんに馴染んでくるよな。あれから……何年も経った)
     かたかたとコンソールを叩く音だけが部屋に響く。スタースクリームはそれからもぼんやりとスカイファイアーを眺めた。それから、ふっと彼から視線を外して、こんなことをしても時間の無駄だと声に出さずに自分に言う。だが来る前から、そんなことはわかっていたのだ。スタースクリームは矛盾した行動を取る自分に我ながら呆れてため息を付き、そっとスカイファイアーから離れる。もう二度と、彼の元を訪れまいと、そう思いながら。
     扉をもう一度すり抜けようとしたとき、モニターのほうから小さなため息が聞こえた。
    「……スタースクリームは」
     突然スカイファイアーから零れた自分の名前にどきりとしてスタースクリームは固まる。驚いて振り返るが、スカイファイアーはスタースクリームに気付いてその名前を口にしたわけではないと、その背中を見てすぐに知る。
    「一千万年、ずっとこんな気持ちだったのかな……」
     スカイファイアーはただ静かにそう呟いて、額に手を当てて、目元を覆っていた。泣いているわけではない。ただ、何かを抑え付けるようにじっと動かない。
    「だとしたら……」
     そしてスカイファイアーは小さな声でその続きを囁いた。その声がかすれていることも、わずかに揺れていることすら、スタースクリームは聞き取ることが出来た。スタースクリームはスカイファイアーに手を伸ばしかけて空中で腕を静止させ、ゆっくりと降ろす。
    (今更……遅いんだよ)
     そしてスタースクリームは最後まで彼に何か言葉をかけることなくそっとスカイファイアーから離れて行く。今度は、振り返らなかった。
     死にたくないと言う自分勝手な都合で彼を見捨てた自分のように、デストロンのやり方を許せないという自分勝手な都合で彼は自分を捨てた。一千万年の孤独の末の裏切りをスタースクリームは許すつもりはない。だが、少しばかりの同情をスタースクリームは抱いた。スカイファイアーが白の中に消えた時から、いついかなるときもスタースクリームの中に巣食いつづけたあの苦しみを、スカイファイアーはこれから未来永劫、死ぬまで抱え続けるのだと、スタースクリームはそのとき悟ったのだ。
    あなたを殺す二つの理由 かつん。
     欠けた天井から、ほんの小さな石のかけらが落ちた音。
     通常ならば聴覚センサーの出力を上げても聞こえないくらいの、とても小さな音は、その広い空間に微かに反響しながら伝わり、空気をその音だけで満たしてどこまでも広がっていく。
     とても静かだった。誰の話し声もなく、誰の動く音もせず、誰もいなかった。デストロンの遺体安置所を訪れる者はこの十数年で一人もいなかった。ただの一人も。
     スタースクリームはぼんやりと落ちてきた小石を眺めていた。そして、かがんでそれに手を伸ばす。指先が重なった瞬間、スタースクリームの指は音もなく小石に吸い込まれる。何の感触もない。スタースクリームはそのまましばらくじっと動かずにいて、ゆっくり手を引っ込めた。そして、背後の墓を振り返る。スタースクリーム。刻まれた名前を、声に出さずに読む。
     スタースクリームが殺されてから、今の状態に気付くまで、どれくらいの時間が経ったのかも、どうやってここまで来たのかも、スタースクリームにはわからなかった。ただ、死んだと思ってふっと目を覚ましたらスタースクリームは自分の墓の前に立っていた。何にも触れることができない、魂だけの存在として。
     遺体安置所はいつでも静かだった。ひんやりと滞った空気が、死者たちの眠りを包み込んでいる。サンダークラッカーもスカイワープも、死者として眠っていた。遺体はないけれど、スタースクリームのように現れないということは、きっと眠っているのだとスタースクリームは結論付けた。いつでも傍にいたサンダークラッカー達が、もう二度と動いて話すことがないのだと思うと何だか不思議な事だと思った。戦争中、何度も仲間が死ぬようなことはあったが、スカイワープとサンダークラッカーが死んでしまうということをスタースクリームはまじめに考えたことがなかった。殺しても死にそうにないくらいしぶといと思っていた彼らは、案外あっけなくこの世を去ってしまって、スタースクリームはいまだにどこか信じられないような思いを抱いている。もしも今そこの角からひょっこりスカイワープが顔を出したとしても、きっとスタースクリームは「ああやっぱりな」と思うだけで、別に驚かないだろう。
     しかしそれは、ただの現実逃避の実に愚かな考えだということをスタースクリームはしっかりと理解している。ふたりは死んだ、そして二度と帰ってこない、何があっても、どんなことをしても絶対にそれだけはありえないのだ。死ぬということはそういうことだ。途方も無い大きな壁のように、絶対に越えられない深い溝のように、死は世界を分断する。向こう側に渡ったものとは決して交わることはできない。
     ――だが、それなら。今の俺は何なんだ?
     スタースクリームはサンダークラッカーの墓をじっと見つめて、十数年間考え続けた疑問を自分に問いかける。何度問うても答えは出ない。間違いなく自分は他の仲間と同じように死んでいるはずなのに、他の仲間とは明らかに違う場所にいた。まだ、生きている者の世界に自分はとどまっている。死んでいるのにだ。とても中途半端で、宙に浮いたような、極めて居心地の悪い状態だった。死にたいと思ったことなんか一度だってなかったが、こんな状態になるくらいだったら、他のデストロン達のように普通に死にたかったなとスタースクリームは思う。なんとか向こう側に渡ろうと色々方法を考えてみたが、どうしていいか結局わからずじまいで今に至った。
     もしもあの世が本当に存在するのなら。今まで信じてみたことはなかったが、死んだデストロンが自分のように化けて出ない理由がそこに至ったからだとするのなら、その場所に行けばもう一度スカイワープたちに会うことができるかもしれない。別に彼らがいなくて寂しいと感じたことはないが、今の苦しいほどに静まり返った遺体安置所でたった一人いるよりはましだろう。ここは寒くて、ひどく退屈だ。そして、自分の居場所ではない。
     ――ああ、でも、きっとあいつはいねえんだろうなあ。
     そう考えた途端スタースクリームは声を立てずに笑う。多分これが、向こう側に渡れない原因ではないかと、スタースクリームは思っていた。
     やっと軍団のリーダーになれたと思った瞬間、その栄光をあっという間に奪い去っていったあの男が憎い。ずっと追いかけて、追い越そうと躍起になって、いつもその背中を見つめていたあの人にそっくりなあの男が憎くて仕方ないのだ。おれは死んでいるのに、何故あの男だけが生き永らえなくてはならない? そう考えると、地獄の炎のような憎しみが心のなかで揺らめく。あいつが生きている限り自分に平穏は訪れないだろう。そして、平穏が訪れない限り、スタースクリームが眠れる日も来ない。
     それに、あの男が生きている限りあの人がこちら側に来ることはないと、スタースクリームは直感で見抜いていた。あの男はあの人ではないが、完全に別の存在とも言えなかった。だからこそ、生きていられては困るのだ。今度こそ、あの人をちゃんと追い越すために。
     がたん。
     静まり返っていた遺体安置所に何かの音が響く。スタースクリームはぱっと音の方に顔を向ける。姿は見えないが、気配を感じた。誰かがいる。複数だ。しかも、一人がその複数から逃げている。スタースクリームは素早く思考を巡らせはじめた。このチャンスを逃してはならないと、自身の勘が告げている。そして、最後にいつもと同じ結論を弾き出して、スタースクリームは現在の状況に完全に意識を集中させた。
     ガルバトロンにはどうしても死んでもらわなくてはならないのだ。
     自分のために。そして、あの人にもう一度会うために。

    おまけ:WFC設定のサンスタ会話文

    「スタースクリーム、俺を置いてくなよ」
    「は?なんだよいきなり」
    「お前とスカイワープさえいれば俺はそれでいいんだ」
    「なんか重たいな」
    「鬱陶しい?」
    「ちょっと」
    「ひっでー。鬼畜。ろくでなし。自称ニューリーダー」
    「おいこら最後のだけ悪口の種類違うだろ」
    「でも好き。鬼畜でろくでなしで自称ニューリーダーなお前が好きだよ」
    「…………」
    「照れた?」
    「照れてない。ひっつくな離れろ」
    「じゃあ振りほどけば?」
    「……そこまで嫌じゃないし」
    「素直じゃねーなー俺のリーダーは」
    「うるせーよ。ロケランで吹っ飛ばすぞ」
    「じゃあ俺はガンタレットで応戦するか」
    「チッこういうときシールド持ちが羨ましいぜ」
    「サウンドウェーブとかバリケードとかな」
    「……」
    「ふ。お前やっぱりサウンドウェーブ気になるんだろ」
    「べ、別に。あんな無口野郎どうでもいいっての」
    「だけどあいつには負けたくないなぁ。なあスタースクリーム、俺だけを見てくれる予定はねえの?」
    「あいにくだが俺は自分だけ見てるので精一杯だな」
    「じゃあそれでいいよ。お前は自分のことだけ考えてくれ。それで俺がお前を見てるから」
    「そんなんでいいのか?」
    「いいよ」
    「……」
    「ところでだ、今キスしてもいい?」
    「やだ」
    「了承と取るぜ」
    「お、おい……ん、」
    「お前がすきだよ。どこにも行くなよ」
    「……サンダークラッカー、重たい」
    「引き止める鎖はいつだって重いものだぜ、スタースクリーム」
    小雨 Link Message Mute
    2018/06/15 17:52:20

    初代スタスク受けいろいろ

    #TF腐向け
    漂い続ける→音波スタ、下戸な音波さんの話。
    惚れた弱みだ仕方ない→音波スタ、いちゃついてるだけのスタと音波。
    きみのとなり→スカファスタ、スカファとスタが音波のお陰でほのぼのする話。
    喪失→スカファスタ、スカファを訪問する幽霊スタの話。
    あなたを殺す二つの理由→メガスタ、メガ様に会いたい幽霊スタの話。

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