【学怖】悪魔のゲーム おや、こんなところであなたに出会うとは思いませんでしたよ。
覚えていますか、って、あなたは僕をバカだとでも思ってるんですか。この前会った人間の顔すらも満足に記憶できない愚劣極まりない人間だとでも言いたいのですか。そうではない? 本当にそうでしょうかね。まあ、いいでしょう。あなたが僕のことをどう考えていようが僕には関係ないし関心もありませんからね。
……失礼しました。少し色々あったので、ついあなたに八つ当たりをしてしまいましたね。気に障ったのなら謝りましょう。
ほう、そうですか。何があったのか、気になりますか。さすが新聞部員ですね。きな臭い事件の香りを嗅ぎつける能力を、あなたも一人前に持っているようだ。……なるほど、七不思議の特集をもう一度やるんですね。それで僕を探していたのですか。なら、ちょうどいいかもしれません。
僕は今、人を待ってるんです。この、誰もいない屋上だからこそ、会いたい人物にね。だから、その人が来るまでの間でしたら、そういう君に少しばかり話をしてあげましょう。
坂上君は、ゲームとか、よく遊ぶ方ですか。
そうですか。あまりやらないんですね。それとも、僕の手前、やらないと言ってカッコをつけている、というわけではありませんよね。大抵の人は、一度はやったことがあると思います。自分では買わずとも、友達の家に集まった時にみんなで遊ぶとかね。
僕は、結構遊びますよ。いろんな趣味の中の一環ですけれどもね。もちろん、五分で飽きるような無料アプリの類ではありません。あんなもの遊んでいるくらいならボトルシップを作っていたほうが遥かに有意義だと思います。
僕はインディーズゲームが好きなんです。ゲームを遊ばないという坂上君はご存じないかもしれませんね。まあ、言ってみれば同人ゲームのようなものですよ。同人と言っても、ピンきりです。ただ、企業を介して販売していないだけで、法人が販売している商品と比べて何ら遜色ないものもたくさんあります。かえって、会社に左右されない分自由に制作できるからか、とてもユニークな作品が生まれることもしばしばです。僕は、その個性的な作品を見つけるのが好きでね。まるで、鉱山を掘り進むゴールドラッシュの夢追い人のような気分ですよ。取るに足らないものの中から、本当に面白い作品を見つけ出した時は、不思議な高揚を覚えるものです。
インディーズゲームを遊ぼうと思ったら、簡単ですよ。インターネットで検索すればいいんです。今の時代、大抵のものはデジタル化していますから。ゲームも、昔みたいにディスクに入れて売るなんてことはあまりなくなってきました。企業も利用している大きい配信サイトでは、大抵インディーズゲームもダウンロード販売されています。そこで気に入ったものを購入してインストールする。だれでも出来ます。
ところで、インディーズゲームには何が多いと思いますか。ホラーゲームですよ。考えてみれば当然ですよね。だって、法人ではなく個人や少人数で制作するわけですから、お金をかけた大作を作るのはどうやっても難しい。その点、ホラーというのは大抵の場合低予算で制作できるから、とてもやりやすいジャンルなんです。しかも、当たれば大儲けです。映画でも、低予算で作られたホラー映画が思いの外大ヒットを飛ばすなんて話よく聞くでしょう。ローリスク・ハイリターンなら、誰でも魅力を感じることと思います。
僕が買ったゲームがどんなものだったのかはこれからお話ししましょう。ただ、そのゲームは少々変わり種でしてね。手に入れた経緯も少し妙なのです。
そのゲームは、大手配信サイトで買ったものではありませんでした。どこかのサーバーを借りて作った個人サイトでほそぼそと自分でダウンロード販売していたわけです。そのサイトはどこからもリンクされていなくて、色々と情報を探している僕でも全然知りもしなかったくらい、無名のwebサイトでした。まるでインターネットの海の中に浮かぶ小さな孤島のような、そんな印象を受けました。
なぜ僕がそんなwebサイトに辿り着いたかといいますと、僕の友人が僕に教えてくれたからなのです。彼の名前は米山幸喜くんといいました。米山くんは僕と同じクラスに在籍していました。それで、僕と席が隣同士だったので、よく話していたんです。彼もゲームを良く遊ぶ方だったので、彼とはゲームのことを話す機会が多かったですね。
ある日のことでした。僕が放課後帰ろうと荷物をまとめていると、米山くんが神妙な面持ちで僕に言いました。
「荒井くん。今、ちょっと買おうか悩んでいるゲームがあるんだけど、値段相応の価値があるかどうにもわからなくてさ。君の意見も聞かせて欲しいんだ。今日、僕の家まで来てもらってもいいかな」
「どんなゲームなの?」
「それが……説明しづらくてさ。見てもらったほうが早いと思う」
ゲームくらい、自分で判断して買えばいいのにと坂上君は思うかもしれませんね。でも、インディーズゲームって、本当にピンきりですから。つまらないゲームは本当につまらなくて、心底金も時間も無駄にしたという虚しい思いを覚えるくらいです。まあ、だからこそ、いいものに出会った時は感動もひとしおなのですがね。
坂上君、僕はその日彼の家におじゃましたと思いますか?
そうです。米山くんの言い方が気になったので、僕は迷わず頷いたんです。
米山くんの家は、駅から少し歩いたところにありました。僕は米山くんの部屋に通してもらうと、さっそくそのゲームのことを尋ねました。
「君が悩んでいるというのはどういうゲームなんだい」
「実は僕もよくわからないんだ。僕の友達が教えてくれたんだけど、公式ページを見ても、大して説明はない。ジャンルが、ワールドクリエイトってこと以外はほとんどよくわからない。体験版もないんだ。それで5000円もするっていうんだよ」
「インディーズで5000円とは珍しいね」
そうなんです。そこら辺のゲームショップで売っているゲームならば5000円はむしろ当たり前なのですが、インディーズでその値段は無謀なほどの強気な価格です。あなただって、路端の屋台で売られた味も評判もわかったものじゃないホットドッグに2000円出せますか? それと同じことです。インディーズは、少しでも手にとってもらうために価格は抑えめであることが多いのです。おまけに、普通のゲームは、パッケージの制作費や説明書の印刷費やディスクのプレス代や流通経費も込であの値段なわけですし。ダウンロード販売で値段がそこまで釣り上がるのはおかしいわけですよ。
「体験版もなしでこれって、売る気あるのかな」
「はは……しかも聞いて驚け、スクリーンショットすらない。まったくの未知のゲームなのさ」
「米山くん……どうして君はこんなよくわからない高いゲームを買おうか悩んでいるんだ?」
僕は思わず呆れてそう聞いてしまいました。米山くんが見せてくれた公式ページは、なんだか時代遅れのデザインでやる気も何もあったもんじゃありませんでしたよ。だって、今どきテーブルタグですよ。表みたいに区切られた空間にゴシック体でメニューの文字がただ並んでいるだけなんですよ。何年前のレイアウトだろうと思いましたよ。
米山くんは少しきまり悪そうな笑みを浮かべてから、公式ページの文章を指さしました。
「だって、これ、見てよ。このゲームは何でも見通せるんだって。幽霊の透視も、未来の透視も、好きなだけ。胡散臭いとは思うけどさ、もし本当に出来たら面白いじゃないか?」
「それは、そうだけど……」
僕は、ますますそのゲームが信用できなくなりました。だって、いくら面白かろうが、素晴らしい作品だろうが、所詮はゲームですよ。現実とは何の関わりもない世界なわけですよ。架空の空間の透視ができたところで、何の役にも立たないでしょう。現実世界の話だとしても、たかだかゲームが見通せるものなんて、三文雑誌の血液型占い程度の信憑性しかないでしょう。
僕は、こんなゲームを買うのだったらもっと違うものを買ったほうがいいんじゃないかと言いました。でも、なぜでしょうか、僕が反対したからか、米山くんはかえってそのゲームがどんなものなのか確かめたくなってしまった様子でした。まあ、そうなったら、部外者の僕がわざわざ引き止めることもありませんね。どうせ、僕がお金を出すわけでもないわけですし、どちらかと言えば僕は米山くんがお金を出して検証してくれたほうがありがたいわけですから。米山くんは、そのままそのゲームを買ってしまいました。
「どんなゲームかな」
米山くんはわくわくした様子でパソコンにダウンロードすると、インストールを済ませます。そして、僕は米山くんの横に並んで、赤いリンゴのアイコンを米山くんがダブルクリックするのを眺めていました。ウィンドウが立ち上がって、制作者のロゴが画面に流れます。それも、りんごでした。僕は最初それを虫食いのリンゴだと思ったのですが、よく見ると、それは虫ではなくて蛇がリンゴの中に住み着いているようでした。
タイトルロゴが現れると、米山くんは歓声をあげました。Netherworld……そんなタイトルでしたね。その文字の下に、スタートメニューらしき文字がありました。Create Your Own World!なんて、黒い背景の中にポップな字体で並んでいるわけです。米山くんはそれをクリックしました。
「うわ、英語の同意書だ。まあ、いいや、とばしちゃえ」
米山くんの買ったゲームは、英語圏の人が作った作品だったんですね。プレイするにあたっての注意書きの英文がポップアップして、米山くんは顔をしかめました。ああいうのって、日本語でも面倒なのに、英語で長々書かれては読む気が失せるのも理解できなくはありません。僕だったら、絶対にきちんと目を通しますがね。米山くんは適当にスクロールして、Yesという項目をクリックして先に進みました。
すると、今度はキャラクターのクリエイト画面が現れました。主人公を好きなように作れるゲームだったわけですね。まあ、5000円も取るだけあって、さすがに顔のパーツもたくさんあってモデリングも綺麗でしたよ。うまくやれば、本当に自分そっくりのキャラが作れるほどでした。米山くんは楽しそうにキャラを作り終えると、米山幸喜と自分の名前を入れました。さて、お次は何が来るかと僕も何だか興味が湧いてきて米山くんが次のページに進むのを食い入るように見つめていました。
何が来たと思います?
何故か、自分の住所を入れるように指示されたのですよ。
僕は面食らいました。そして、初めに抱いた不信感が再び顔をもたげるのをはっきり感じました。
「米山くん、やっぱりこのゲーム変じゃない? どうしてゲームを遊ぶのに、こっちの個人情報を入れる必要があるんだよ」
「どうして? あれだけ自分そっくりのキャラを作れるゲームなんだよ。よりリアリティを追求するために必要なのかもしれないじゃないか」
おかしな話ですよね。リアリティを追求するのに、なぜこちらの住所が必要なのか。そんなものなくても、真に迫るような表現をする方法はいくらでもありますから。このゲームが詐欺団体の作ったもので、個人情報を抜き出してこっそり送信するために作っている、という方が信憑性があると思いませんか? それも少し苦しいでしょうか。もしそうなら、5000円なんて馬鹿みたいな値段を付けずにフリーゲームとしてばら撒いたほうが遥かに効率的ですもんね。
だから僕は、米山くんがいいと思うならいいかと思って、強く反対せずに米山くんの行動を見守っていました。米山くんは大して悩みもせずに自分の住所を打ち込むと、また次のページへと進みました。今度は、長いロード画面がありました。多分、ゲームの中で世界を生成していたのでしょうね。
暗転していた画面が明るくなって、僕たちは息を呑みました。
「僕の家だ!」
米山くんは興奮した様子でそう言いました。
そうです。画面には、僕達がついさっきやってきたばかりの米山くんの家が、きれいなCGで再現されていたのです。僕は驚きました。そして、どうして住所を入力させたのかわかった気がしました。どういう仕組かわかりませんが、入力されたデータからインターネットを介して街の情報をダウンロードし、そっくりそのままゲームの世界に創りあげてくれたのでしょう。米山くんはたいそう喜んでいましたよ。やっぱり、買ってみてよかったと言ってね。
「実はね、僕がこのゲームを買おうと思ったの、もうひとつ理由があるんだよ」
米山くんは、ゲームの中で、自分の家のドアを開きながらそう言いました。
「幽霊が透視できるって、そう書いてあっただろう。僕の家ね、幽霊がいるんだ。多分、二階の客間に。あそこ、入るといつもぞっと寒気がしてさ。それを確かめたかったのさ」
ところで坂上君、自分の家に幽霊がいるかどうか確かめる方法って聞いたことがありますか? あれね、すごく簡単にできるんですよ。教えてあげますよ。目をつぶってみてください。そして、自分の家を、できるだけ正確に頭の中で描いてください。家具も、ちらかした漫画も、カーペットやカーテンの柄も、全部丁寧にですよ。できたら、その想像の中の家を、一部屋一部屋回ってください。この家には、今、あなたしかいないんです。家族もペットも誰もいない。君だけです。廊下も、ちゃんと歩いて、少しずつ見て回ってください。
そして、もしあなたが、たった今自分の想像の中で作り出しているはずの、誰もいないはずの家の中で、想像していなかったはずの誰かに突然出くわしたら、その部屋の、その場所に、その誰かが、棲んでいるんですよ。
米山くんは、そのゲームで、それと同じことをしたんです。
さすがに、まだ外観を生成しただけですから中は何も置いていなくて空っぽです。まるでまだ移り住む前の新築の家みたいに、殺風景で何もありません。その家の中のひんやりした静かな空気が僕にも伝わってくるような気がしました。米山くんのキャラクターは玄関で靴を脱ぎ、家の中に上がります。まず、リビングの扉を開きました。誰もいません。当然ですね。まだ、米山くんは自分のキャラクターしかその世界に作っていないのだから。ゲームの米山くんは一人ぼっちなんです。米山くんはリビングを少し回ってから、ダイニングに移動しました。やはり空っぽで、誰の姿もありません。次はバスルーム。水色のタイルが日陰の中で鈍く光っていました。ぽつん、ぽつんと、シャワーヘッドから水滴がかすかに落ちる音がやけに寂しく聞こえました。米山くんはトイレも見ましたし、一階のお父さんとお母さんの部屋も見ました。でも、やはり誰もいません。米山くんは階段を登って二階に向かいます。ぎし、ぎし、と米山くんが階段を軋ませる音以外は、静かなものでした。二階につきました。二階には、客間と、彼の部屋と、妹の部屋がありました。米山くんはふざけ半分といった態度で妹の部屋を見てから、米山くん自身の部屋に入ります。そこには、たった今僕達のいる米山くんの部屋とまったく同じ間取りの部屋が広がっていました。左に窓があって、そこから道路が見えるんです。ただ、そこには当然僕の姿はないし、僕達が今顔を突き合わせて見ているデスクトップパソコンも、米山くんの本棚も、ベッドも、勉強机もなかったので、少し妙な感じがしました。
「さて……誰にも出会わなかったね。いよいよ、最後の部屋だ」
米山くんはそう言って、にやりと笑いました。さっき言っていた、幽霊がいるはずの、二階の客間だけが残されていました。米山くんは自分の部屋を出ると、その向かいにある客間に向かいました。
僕は恥ずかしながら、少し身を固くしました。あれだけバカにしていたのにと思うでしょう。僕もそう思います。でも、不思議と嫌な感じがしたんです。そんな僕の様子を見て取って米山くんは笑いました。そして、客間の前に立つと、ふと思い出した様にこういったのです。
「水の落ちる音がしないか?」
僕は米山くんに言われて耳を澄ましてみました。するとどうです。確かに、ぽた……ぽた……と何かが落ちる音がします。しかもしれは、客間の扉の向こうから聞こえるのです。さすがの米山くんも気味が悪そうな顔をしました。
「この客間さあ……よく、雨漏りするんだ。でも、どうしてこのゲームがそんなことまで知ってるんだろう?」
そして米山くんは、意を決して、部屋の扉を開けました。
そして、中を見て米山くんは意外そうな顔をします。中には、誰もいなかったのです。米山くんは一気にがっかりした表情に変わりました。
「なんだ。何もいないじゃないか。確かに、何かいそうな気配がしたのに。やっぱりゲームだからかな……」
しかし、そういった米山くんはまたあることに気がついて言葉を止めました。
ぽた……ぽた……と、何かが天井から落ちてきている。液体は、床に落ちるとすうっと消えてしまうので、何かはわからない。しかし、確かに何かの液体が落ちてきている。
ぽた……ぽた……。液体は一定の速度で、まるで時を刻むようにずっと落ちてきます。米山くんはキャラクターを動かして、ゆっくりと天井を見上げました。
そこには、女がいました。ぴったりと天井にはりつけになって、青白い無表情な顔で、じっと床を睨んでいました。その女の胸は真っ赤でした。白いブラウスがめちゃくちゃに切り裂かれていて、ぐじゅぐじゅになった肉から、真っ赤な血が少しずつ垂れていました。
ぽた……ぽた……。音は続きます。
静かな静かな家の中、米山くんの他にはその女しか存在しません。それどころか、その世界では米山くんとその女以外には誰一人存在しないのです。女は米山くんに気づいていないように、ただただ無言で床を睨んでいました。ぽた……ぽた……と規則的に血をこぼしながら。
不意に、画面の中の米山くんの背後でバタンと音がしました。僕と隣の米山くんはびくっと肩をはねさせました。入った時に開いた扉が、ゆっくりと戻されて閉まったのです。当然、この音を、あの女も耳にしたはずでした。この音で、一体何が起こるのか……。
米山くんは、さっき驚いたせいで視界をぶれさせてしまっていて、画面からは女の姿が消えています。しかし、見ないわけにはいきませんよね。米山くんは、青い顔で女の方に視界を移動させました。
女は無表情でした。その無表情な顔が、まっすぐ米山くんの方を見つめていました。まるで僕達を見つめているようでした。そんなはずないとわかっているはずなのに、僕達は震えが止まりませんでした。不意に女がどさっと床に落ちました。凄くリアルな、重たい音でした。肉が叩き付けられる、少し湿った鈍い音……。女は、しばらくじっとそのまま動きませんでしたが、やがて米山くんの方を見上げました。気味が悪いくらいの明るい笑顔を浮かべていました。米山くんは、がくがく震える指でキャラクターを操作しようとしました。しかし、動かないんです。まるで金縛りにあったみたいに。女は、腕を前に突き出しました。そして床に手を突くと、ずるりと身体を米山くんの方に引き寄せました。赤い線が、まるで大きなブラシで絵の具をつけたように、女のいたところから少し引かれました。女はまた腕を前に出しました。床につき、ずる、と身体をまた少し米山くんに近づけました。少しずつ、少しずつ、米山くんに近づいてくるのです。米山くんの顔は既に紙のように白くなっていました。そして必死にスティックをめちゃくちゃに動かしているのに、ゲームの中の米山くんは張り付いたようにその場から動かないのです。
「荒井くん……荒井くん、どうしよう、このままじゃ、ぼ、僕このままじゃ、ねえ荒井くんどうしよう……!」
米山くんは泣きそうな顔で僕に言いました。
ねえ、坂上君。僕はこの時どうしたと思いますか。
助けようとした、ですか。なるほど。普通の状況だったら、そうしたでしょうね。でも、これはどんなに不気味でもゲームですからね。現実に何か影響があるとは僕は思わなかった。だから僕は成り行きを横で静観していたのです。
結果的には僕が手を出さなくても問題ありませんでしたよ。焦った米山くんは、とっさにパソコンに繋がった電源ケーブルを引っこ抜いたんです。ノートパソコンやタブレットではないですからね、そうしたらパソコンは為す術もありませんよ。そのままゲームは強制的に中断されてしまいました。
……なんでそんなに残念そうに言うんだ、ですか? そんな風に聞こえましたか? そんなつもりではなかったのですがね。ただ、あのまま米山くんがゲームを続けていたらどうなっていたのかな、とは思うんです。今となっては確かめようもないことですが。
あんなに焦っていた米山くんですが、こうしてゲームがきちんと中断できたことで我に返ったようで、しばらく電源ケーブルを手にしたままぽかんとしていました。そして、バツが悪そうに僕に向かって笑いかけました。
「カッコ悪いとこ見せちゃったな。これ、学校の奴らには内緒にしておいてくれよ」
そう言って、米山くんはその日それ以上そのゲームに触れようとはしませんでした。僕も、それで話が終わったものだと思っていました。
しかし、それで終わりではなかったのです。米山くんからまたあのゲームの話を聞いたのは一週間後のことでした。
「なあ荒井くん、前君に見せたゲームなんだけどさ。あれからまた面白いことがあったよ」
放課後、帰ろうとするときに米山くんは出し抜けにそう話しかけてきました。僕は少し驚きました。あんなことがあったから、もうやめてしまったものだと思い込んでいたのです。しかし、なんと言っても5000円ですからね。そう簡単に見切りをつけて投げ捨てられる値段じゃありません。米山くんがあの不気味なゲームを続けようと思ったのは、おそらくその部分も大きいと思います。
「幽霊の透視は怖いからもうやめたんだけど、あのゲームの未来透視ってやつ試してみたんだ。そっちは結構、面白いよ」
そして、また僕に見に来ないかと誘いをかけてきたのです。僕は二つ返事で頷きました。僕も、あの異様な出来事のことは覚えていましたから。今度はどんなことが起きるかと、わくわくしてしまいましたよ。ひひ……。
一週間で、米山くんはずいぶんゲームの世界に手を加えたようでした。米山くんの家にはきちんと家具が備え付けてあるし、道には人や車が行き交っているんです。そういうシミュレーションゲームでも、あんなにたくさんの種類のオブジェクトを表示できるのはあまり見たことがなかったので、僕は感心しました。そういう人物や車はさすがに自動生成でやっていたようですけれどもね。
ゲームの世界にも、鳴神学園はありました。そして、そこには現実と同じようにたくさんの生徒が通っていました。
「僕のクラスの皆はちゃんと作ったんだ。だからほら、荒井くんもいるんだぜ」
「ああ、ほんとだ」
言われてみれば確かに僕らしき風貌の人間が米山くんの席の隣で静かに本を読んでいました。米山くんのキャラほどは似ていなかったので、本当にそれらしき人間が居る、というだけでしたが。
「このゲームで未来透視をやるのは簡単だよ。日付を一日ずらせばいい。そうすれば、明日起こることがこのゲームの中で再現される。僕はただそれを眺めて、いいと思った未来だけ実現するように行動すればいいのさ」
……僕は正直彼が何を言っているのかわかりませんでした。この前の恐ろしい体験で、彼が少しいかれてしまったのかと、訝りましたよ。それが顔にも出ていたのでしょうね、米山くんは慌てたように付け加えました。
「まあ、初めは信じられないだろうけどな。僕もそうだったし。でも、明日になれば君だってすぐわかるだろうさ。このゲームは本物だって」
そして米山くんは、こう言いました。
「明日、英語の小テストがある。僕は今から、このゲームの中でそのテストを受ける。もしこの問題が明日と全く同じだったら、信じてくれるだろ?」
僕は頷きました。そんなこと、ありえないとしか思えませんでしたが、米山くんは本気で言っているようなので話を合わせてあげたのです。これで全然違っていたら米山くんもきっと目を覚ますだろうと思いました。米山くんはテストを受けました。とりあえずふたりで問題をメモしました。そのときの米山くんは間違いだらけだったので少し笑ってしまいましたね。そして、テストまで受けることができるなんてずいぶん凝ったプログラムを組んであるんだなと僕は違うところに感心していました。ところが、僕は次の日になって驚きました。
米山くんがゲームの中で受けたのと全く同じ問題を先生が配ったのですよ。目を疑いました。ちらりと米山くんを見ると、僕にウインクなんかしてきます。そして、にこにこしながらサラサラと答えを書いていくんです。米山くんは正直いって成績の良い方ではないですから、先生も驚いたんじゃないですか。米山くんがやる気を出したと、喜んだかもしれませんね。実際はカンニングに近いことをやっていたわけですが……。
一度だけなら、偶然かもしれませんよね。だって、高校の英語の小テストなんて、そんなに広い範囲から出題しませんから、全問かぶることだってひょっとしたらあるかもしれないじゃないですか。低い確率だとしても。でも、それからもずっと米山くんの未来透視は成功していたようですよ。彼の家に行かなくてもわかります。だって、米山くんは先生に聞かれたことも的確に答えていったし、テストもいつも満点でした。まるで別人のようでした。米山くんも嬉しそうでした。努力もせずに満点をとれるならこんなにいいことはないですからね。前と比べて性格も明るくなり、自信に満ち溢れて、実に幸せそうでした。少し、羨ましくなったくらいですよ。
しかし、一ヶ月くらい経った頃から、変化が訪れました。
放課後のことでした。先生がいなくなってすぐに、ガラの悪い不良が教室の扉をがらっと開けて、じろりと中を見渡して言いました。
「米山幸喜はいるか」
僕は驚きました。そんなガラの悪い不良と米山くんに付き合いがあるようには思えませんでしたから。米山くん本人もびっくりしてその男を見つめました。
「ぼ、僕ですけど」
恐る恐るといった様子で米山くんが名乗ると、不良はずかずか教室に入り込んで米山くんの胸ぐらを掴みあげました。隣にいた僕はあっけにとられてそれを見るだけでした。
「てめえか、昼休みに俺のダチにいきなり殴りかかったってのは」
「そ、そんなことしてない! だって昼休みはずっと教室にいたんだ! 本当だよ! 人違いだ!」
「うるせえ!!」
不良は米山くんの言葉にかえって激昂して、米山くんの腹に一発拳を決めました。
「ぐえっ」
カエルの潰れるような声をあげて、米山くんは顔を歪めます。不良はふんと鼻で笑って言いました。
「今度あんな真似したらタダじゃおかねえからな」
そう言って彼は警告は済んだとばかりに教室を去って行きました。僕は米山くんを助け起こしました。
「大丈夫? ひどい目にあったね。米山くんは、昼休みは僕と一緒にご飯を食べていたんだから人違いもいいところだ」
「…………」
米山くんは何も言いませんでした。青い顔で、脂汗を滲ませていました。
「平気かい? 保健室で見てもらったほうがいいんじゃ……」
見かねて言うと、米山くんは首を振りました。そして何も言わずに逃げるように教室を後にしました。
それからでした。たびたび米山くんは、似たような人違いをされていました。先生に、いなかったはずの場所でしたことを褒められたり、友達から身に覚えのないことで文句を言われているようでした。米山くんは、ただ青い顔でそれを聞き流しているようでした。僕はその様子をずっと横で見ていました。何が起きているかはわかりませんでしたが、何かが起きているのは確かでした。
そして米山くんはついに、僕にこう言いました。一ヶ月と少し前の、放課後のことでした。
「話があるんだ。聞いてくれないかな」
僕は、了承しました。そして、米山くんの話を聞くために、屋上に行くことになりました。何故か、家では話したくはないと言うんですね。僕は米山くんと屋上の手すりの前に寄りかかって話しました。ちょうど、僕と今の坂上君のようにね。
「僕じゃない僕がいるんだ」
米山くんは、怯えた顔でそう切り出しました。
「初めは……僕の気が狂ってしまったんだと思ったんだ。僕の頭がおかしくなって、意識がないうちに違う場所で身に覚えのない行動を取ってるんだって。だけど、あの日……。僕が荒井くんと昼ごはんを食べていたはずの日にも、僕は校舎裏で不良を殴りつけていた……」
はっとしました。それは、例の日の出来事だとすぐに気が付きました。
「僕は、実はいつもそいつにカツアゲされてて……すごく嫌だった。でも、直接立ち向かう勇気はなかった。だから、その日の前の晩、ゲームの中でそいつを呼び出して殴ったんだよ。どうせゲームだし、次の日僕がその通りに行動しなければ、そのまま実現しないで終わるはずだったから。なのに、僕が……僕があいつを殴ったことになっていた……」
米山くんの顔は真っ青でしたよ。ぶるぶると腕が震えて今にも叫びだしそうなのを必死で抑えているように見えました。
「それから、ずっとそうなんだ……ゲームと現実の僕が違う行動を取ると、どっちの僕もこの世界で実際にその通りに動いている。リセットしても駄目だった。それどころか、悪化したよ。やり直したゲームの僕の行動も反映されて、その日は三人の僕がそれぞれ別の場所で活動していた」
それだったら、やめればいいのにと、坂上君も思いませんか? そうですよね。僕もそう思いました。でも、やめたらどうなると思いますか。米山くんは、元の冴えない高校生に戻るんですよ。楽して満点をとれた出来の良い自分を捨てなければいけないんですよ。元からテストをゲームで盗み見て満足するような人間の米山くんが、そんなことに耐えられると思いますか? だから、彼がこう言い出しても少しも驚きませんでした。
「あいつがいると邪魔なんだ。あのゲームで僕は人生をバラ色に出来るはずなのに、あいつがいると思うように行動できない! 結局ゲームのとおりに行動しないといけなくなるなら未来透視になんの意味があるんだ! だから、僕はあいつをとっちめてやろうと思ってるんだ。荒井くんも協力してくれるよな?」
僕はそれには答えませんでしたが、米山くんは僕の答えを期待しているわけではなかったようで、続けて言いました。
「実は昨日ね、あいつを呼び出したんだよ。呼び出すって言っても、ただ放課後屋上に来るように操作しただけなんだけど。この屋上って、入り口が二つあるだろ? ゲームの僕は、今日の僕とは反対の入り口から入ってくることになってるんだ」
米山くんは僕の後方を眺めながら言いました。僕達は、手すりに寄りかかりながら向かい合って話していました。僕から米山くんの方に向かって見える入り口が、さっき僕と彼が入ってきた入り口なわけです。だから、もう一人の米山くんは、僕の後ろからやってくることになっている……。
「二人がかりなら勝てると思うんだ。別に犯罪に巻き込むわけじゃないしいいだろ? ちょっととっちめて二度と現れないようにするだけだから。それに、僕が相手なら僕が訴えなければ被害届だって存在しないわけだし……」
緊張をほぐそうとしているのか、米山くんはいつになく饒舌にそんなことをぺらぺらまくし立てていました。僕が口を挟む余地なんてありませんでした。
そのときでした。
ガラガラガラ……。
音がしました。僕の後ろから。屋上の入り口を引いて、開ける音でした。米山くんは、反射的にそっちを見たようでした。
「あ」
米山くんは、さっきまでの饒舌さが嘘のように、それだけしか言いませんでした。そして、限界まで目を見開き、口をぱくぱく開けたり締めたりしました。酸欠の金魚みたいでしたね。僕はそれで、朝家で飼っている金魚に餌をやり忘れてきてしまったことを思い出しました。
じゃり……と音がします。屋上も、どこからか塵や砂が飛んでくるのか、けっこう歩くと足音が立つんですよね。その音は間違いなく、ガラガラ音を立てて扉を開けた人物が屋上に足をおろしたことを意味していました。
「あ、あ、あ……」
米山くんは額に大粒の汗を浮かべていました。ぶるぶると全身が震えていて、顔からはまったく血の気が引いています。そしてただまっすぐに、僕の背後を見つめているんです。
じゃり。じゃり。一歩一歩、その音は近づいてきました。機械的な動きでした。まるで誰かに操られているかのような、人形めいた気配……。穏やかな春の陽気は、屋上からは消え失せていました。そして高い場所だというのに、そよ風一つ流れないのです。冷えきった空気が屋上に張り付いていて、寒気がしました。僕は動けませんでした。像にでもなったように、指先一つ動かせないんです。米山くんも同じだったようです。あんなに怯えきっているのに逃げ出す様子はありません。動くものといえば、じゃり、じゃり、とかすかな足音を立てて近づいてくる僕の後ろの誰かだけでした。
「お願い、来ないで……お願い……ゆるして……」
泣きそうな声で、米山くんはささやきましたが、後ろの人物は機械的なペースで、ゆっくりと、確実に僕と米山くんに迫っていました。僕は尋常じゃない気配を背中から感じていました。それはもう、すぐ僕の後ろに立っていました。彼の息遣いが聞こえました。彼の吐く息が動かす空気を僕は項にちりちりと感じていました。そして、視界の隅に、少しずつ、少しずつ……なにかが近づいてくるのが見えるんです。それは腕でした。鳴神の学生服を着た腕が、僕のすぐ後ろから米山くんへとゆっくり伸ばされていく……。
「ひぃーーー!!」
それは一瞬の出来事でした。米山くんは、目を皿のように見開いた恐怖の表情のまま、突如さっと柵を乗り越えてそのまま屋上から身を投げたんです。
その瞬間僕は身動きできるようになったので、とっさに米山くんの方に腕を伸ばしました。ですが、間に合いませんでした。米山くんは僕の指先をすり抜けて、空中に身を躍らせると、ものすごい音を立てて地面にたたきつけられました。一瞬で、まるでぱっと花でも咲くように真っ赤な血が米山くんの周りに広がり、そして米山くんから染みだした血がどくどくとゆっくり広がっていきました。米山くんの首はありえない方向に曲がっていました。
それから僕は振り返りました。しかし、そこにはもう誰もいませんでした。米山くんの事件は、自殺ということで今に至っています。
僕は、きっとあのゲームは悪魔のゲームだったと思っているんですよ。おかしいですか? 笑いますか? でも、僕としてはそうとしか思えないんです。だって、ゲームの出来事が現実に起こるなんて普通に考えたらありえないでしょう。それに考えてみてください。ゲームのロゴは、虫食いのリンゴ。しかも、リンゴに巣食う蛇ですよ。蛇は悪魔のアレゴリーですから。タイトルだって、Netherworldです。日本語にすれば、あの世ですよ。そして初めにゲームを起動したときポップアップした英語の規約の文章は、悪魔の契約書だったんです。それで、YESを選んだから米山くんは知らないうちに悪魔に魂を売ってしまっていたんです。そして米山くんは悪魔のゲームに殺された……。坂上君、あなたもよく読まないで契約を結んだり、同意書にサインをしては駄目ですよ。そこまでいかなくても、君もフリーソフトをダウンロードして、ちゃんと規約を読まずにYESを選んだこと、一度はあるんじゃないですか。知りませんよ、何が起きても。たとえそこに何が書いてあっても、もう後の祭りですから。そう、米山くんのようにね。
……僕はね、こうして屋上にいると時々思うんですよ。米山くんは最後に何を見たんだろうって。どうしてあんなに怖がっていたんだろう。彼はあんなに熱心にこれからの人生をバラ色にすることを夢見ていたのに、突然死を選ぶことにした理由は何だろう。何を見て、今すぐ死んだ方がマシだと思うに至ったんだろうって。
ドッペルゲンガーを見たらその人は死ぬという都市伝説がありますね。彼が見たゲームの自分も、ドッペルゲンガーの一種といえるのではないでしょうか。ゲームのプレイヤーキャラクターというのは、いわば自分の分身……もう一人の自分と言って差し支えないですからねえ。でも、どうしてドッペルゲンガーを見たら死ぬことになるんでしょうか。だって、自分ですよ。自分だったら鏡で腐るほど何回も見ているじゃないですか。それがどうして、ドッペルゲンガーになると死ぬんですか? 僕にはどうしてもそれがわからないんです。聞いてみようにも、もう米山くんは死んでしまいましたからね……。
だから僕も彼と同じことをすることにしたんです。
おや、どうしてそんなに驚くんですか。あなただって、気にならないですか。僕は、気になって気になって仕方ないのですよ。それが四六時中頭から離れないくらいにね。だから僕も米山くんと同じゲームを買いました。悪魔のゲームをね。だって、webサイトから簡単に購入できますから。お金さえあれば誰でも買えるんですよ。そして、僕も米山くんと同じように、ゲームの中でした行動をわざと実行しないようにしました。すると、一ヶ月くらいしたら、本当に僕じゃない僕がちゃんと現れてくれるんですよ。感動しましたね。
僕は、この前ゲームの中で七不思議の集会にいって、新聞部員の一年生のために話をしました。でも、当日の僕は約束をすっぽかして帰ったんですよ。
どうしてそんな怯えた顔をするんですか? 何か問題でもありましたか? 僕はちゃんとあなたのために話をしたんでしょう。さっきあなたがそう言ったじゃないですか。それに、僕の話を記事にしたいんですよね? なら最後まで聞いてください。
いよいよ大詰めだと感じた僕は、ぜひとももう一人の僕……ドッペルゲンガーに会いたいと思いました。それで僕は、米山くんと同じ方法を取ることにしました。簡単ですしね。だから、屋上に彼を呼び出したんです。彼とは反対の方角から、屋上に入ってね。そう、ゲームの中の僕は、坂上君、あなたの立っている方の入り口から入ってくることになってるんですよ。僕、最初に人を待っているって言いましたよね。それが誰なのか、もうおわかりですよね。
ひひひ……どうしたんですか、坂上君。顔が真っ青ですよ。あなた、さっきから僕の話を一生懸命聞いてくれていましたね。周りの物音にも、全然気づいていないでね。さっき、ガラガラとあなたの後ろの扉が開いたのも、知らなかったんじゃないですか。少しずつ、あなたの後ろに近づいている誰かがいるのも、わかっていなかったのでしょうね。どうですか。あなたの後ろ、何か気配を感じませんか。寒気がしませんか。項のあたりに、動く空気を感じませんか。
振り向いてみたらどうですか。さあ。何が居るか、ご自分の目で確かめてみてください。
……。
……ああ、これは驚いた。あなたは僕が思っていたよりも根性がおありのようだ。それとも、無鉄砲なんですか。振り向く勇気があるとは思っていませんでしたよ。見直しました、坂上君。
そうですよ。冗談でした。でも、あなたがあんなに怖がってくれるとは思いませんでしたから、ちょっと楽しかったですね。そう怒らないでください。君の特集がまた怪談だと知っていたからあんなことを言ったんです。まあ、確かに趣味の悪いジョークですよね。でも、風間さんよりはマシでしょう。僕の方はちゃんとあなたの用途に沿ったジョークですから。
いえ、米山くんの話は本当ですよ。彼は自殺しました。死ぬ前に、僕に話してくれた言葉も本当です。あなたが信じるかどうかは別ですが。
死ぬとわかっている行為を実行するのは愚か者の行動ですよ。だから僕はドッペルゲンガーに会う気なんてありません。でも、会った人の話は聞きたい。観察できるものならしてみたい。
僕ね、思うんですよ。米山くんは主人公を自分の分身として作ったけれど、もしそれを赤の他人で作ったらどうなったんだろう? ってね。たとえば、坂上修一と名づけて、坂上君の住所を入力して、坂上君そっくりに作っていったら、やがて現れるドッペルゲンガーは坂上君になるんじゃないでしょうか。そう思いませんか? そして、そのドッペルゲンガーを、あなたにぶつけたら、その時は僕は何の危険も犯さずに長年の疑問を解消できるんじゃないか、とね……。
なんて、ね。それじゃあ坂上君。次のあなたの記事、楽しみにしていますよ。