イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    【TF:WFC】Still Alive はじめは、自分を指す名前すらなかった。
     周りにいたサイバトロニアン達は皆そうだった。オールスパークの井戸から生まれ出て、このサイバトロン星の金属を踏み出した時から、すべてのサイバトロニアンの一生は決まる。科学者の階級は科学者に、芸術家の階級は芸術家に、情報員の階級は情報員に。そしてサウンドウェーブは階級制度の中でも下層の、ケイオンの作業員の階級だった。ケイオンの地下で一生を過ごすサイバトロニアンには名前など与えられない。ただアイアコンの住民のためにせっせと鉱石を掘り出し、工場で精錬し、製品を作ってはアイアコンへと運んでいく。それ以外の生き方など存在しなかったし、それに疑問を持つ者もいなかった。気の遠くなるほど長い時間続いた慣習は、すべてのサイバトロニアンたちの感覚を麻痺させていたのだ。
     サウンドウェーブははじめ、S-18と呼ばれていた。それは彼が役割を与えられていた区域の名称だったが、名前の無いケイオンの労働者にとってはそれが当たり前の事だった。まだ、区域を名前の代わりに使える者はついているほうだ。S-18区域の採掘責任者だからこそ彼はそう呼ばれたが、彼の下で働いていた者たちはそんなニックネームすらなかったのだから。
     劣悪な環境だったと思う。採掘場にほとんど明かりらしい明かりなどなく、狭くじめじめとしていて、視認性を上げるためのバイザーと、塵や湿気を機体内部に入れないためのマスクがなければ、サウンドウェーブはこの頃にとっくに機能停止していたとしてもおかしくはない。実際周りのサイバトロニアンの寿命は驚くほど短かった。事故や病気、そしてほんの少しの不注意で数えきれないほどのスパークがあっけなく失われていく。S区域の他の作業員とは電子文字で連絡を取り合うことも多くあったが、二三日前まで軽い冗談を飛ばすくらいピンピンしていたような連中が次の通信には新しい担当者に変わっていることなど珍しくも何ともないほどだった。
     けれど鉱山の作業員だった頃のことを今思い返しても、サウンドウェーブは「それほど悪くはなかった」と評することができた。鉱脈を探り当てる際、小回りの利く小柄な機体である方が利便性があるということで、ミニコン達が採掘現場に多く駆りだされていた。だからサウンドウェーブの部下も皆ミニコンだった。おそらくサウンドウェーブが区域の監督者に回されたのは、彼がミニコンとの相性が大変に良かったというのもあったのだろう。サウンドウェーブは、データディスクにトランスフォームしたミニコン達の情報を、胸部に収納することで読み取ることができた。それはつまり、他の監督者達よりも情報の伝達がより早くより正確になるということだ。結果他の地区よりも作業効率が上がり、上層部がS-18地区には鉱脈が他の場所よりも多く眠っているのではなんて馬鹿な憶測を立てる始末だった。その話になるたびに、サウンドウェーブ達は笑いの種にしてくすくすと皆で笑っていた。
     サウンドウェーブは芸術家の階級ではなかったが、音楽が好きだった。実際オーディオシステムにもトランスフォームできた。アイアコンからかすかに流れてくるラジオの周波数を拾い上げては、休憩時間の鉱山の中で流して仲間のミニコン達に聞かせた。彼らは皆喜んで彼の流す音楽に聞き入った。
    「最高だよ、S-18」
    「この音楽に合わせて、踊ろうぜ!」
     その頃はまだフレンジーとは呼ばれていなかった赤いミニコンは、いつもそう言って楽しそうに片割れの青いミニコンと下手なステップを踏んでいた。他の仲間たちも二体を眺めながらアイアコンのヒット曲を口ずさむ。
    「なあなあ、他の曲はないの?」
    「もっと聞きたい!」
    「今度は力が湧いてくるような熱い曲がいいなあ!」
     そう言ってせがんでくる小さな部下達がかわいくて、彼はつい無理だと言えずに他のチャンネルを探したり、データネットのおびただしい情報の中に紛れている音楽ファイルを見つけ出してダウンロードした。今思えば、それは情報員の階級にのみ許された行為であり、作業員階級がやってはいけないことだったのだが、そのときは気付いていなかった。それに気付いたのはもう少し後だ。
     新しい曲や、個人的に自分が気に入った曲をオーディオシステムにトランスフォームして彼らに聴かせると、彼らは本当に嬉しそうにしていた。そして彼はそれを見るのが何よりも楽しく、嬉しかった。
    「S-18の見つけてくる曲はいつもいいな」
    「センスあるよな!」
    「よし、俺様のハンマーアームでリズムつけようっ」
    「ばっ、馬鹿よせ! お前がやったら崩落するだろ!」
     そうなると大抵鳥型の飛行ミニコン二匹がそれぞれ一本ずつハンマーアームをさらっていくのだ。
    「こらあっ返せよ! おい待てってばー!」
     わたわたと走り回る小さな青い機体を見て、片割れの赤い機体がけたけた笑う。そしてその笑いは他の仲間にも伝播していき、ほとんど暗闇に近い鉱山の中だというのに、サウンドウェーブたちの働いていたS-18区域はいつも明るかった。
     あの場所には確かに、楽しくて、穏やかな時間が流れていた。
     "事故"が起きたのはそんなある日のことだった。
     S地区でエネルゴンの地下湖水が掘り当てられた、というのは知っていた。そして現在キューブに詰めて地表に運び出しているらしいこともだ。S-18区域の者も一時的に採掘作業を中断しエネルゴンキューブ作成に従事するよう指示が出ても、やっぱりそうなるか、という思いしかなかった。
    「エネルゴンの湖、なんてどんな感じなんだろうな?」
     一体のミニコンがわくわくした様子で言う。
    「すごく明るいんじゃないか? エネルゴンキューブだけでもあんなに光ってるんだからさ」
    「眩しくて見てられないかも」
    「俺ら暗がりのほうが見慣れてるからなー」
    「それは言えてる」
     そんな話をしてミニコン達が声を上げて笑っていると、S地区全体の監督官が彼らを睨んだ。
    「静かにしろ! 無駄口を叩いている暇があったらとっととエネルゴンキューブをコンテナにはこべ!」
    「ちぇっ、うるせー野郎だぜ」
    「やめろ、聞かれたら酷い目に合う」
    「……わかったよ、S-18」
     青いミニコンがぶすっとしながらもおとなしくついてくるのを確認してから、彼はふとしばらく会っていない同僚の姿に気がついた。たった一機だけで、俯いて簡易倉庫の前に立ち尽くしている。何かが変だと思ったが、彼はとりあえず声を掛けた。
    「S-14」
     するとS-14はぼんやりとした虚ろな表情をこちらに向けた。
    「ああ……S-18か……」
     S-14は、管理区域が近いのもあって仕事が終わった後にたまに食事を摂ることもあった。もっとも彼はあまり他者と関わるのが好きではなかったので、S-14ともそれほど深い付き合いがあるわけではない。
    「どうした。お前もエネルゴンキューブ作成に駆り出されたんだろう。こんなところにいていいのか」
    「なあ、おまえさ、S-7のこと聞いたか?」
    「S-7? いや……何かあったのか? そういえば、一緒ではないみたいだが」
     S-7は、彼が今まで見た限りではいつでもS-14と共にいた。小さな事でも冗談を言い合ったり、二体の間でしかわからないような話題で楽しそうに笑い合っていた。本当に仲が良いのだろうと、彼はそれを見る度に思っていた。
     S-14は、最初と同じぼんやりした表情で言う。
    「あいつ死んじまったよ」
     咄嗟に、返す言葉がなかった。彼が黙っていても、S-14はただ淡々とした声で話し続ける。
    「ここで。この場所で。死んじまったらしいよ。俺が配属になる少し前にさ……冷却されたエネルゴンって、俺らにとっては致命的な機能不全をもたらすだろ。で、あいつ、キューブ運んでる最中にそこの湖に足滑らして落ちたんだってよ」
    「…………」
    「いつまで経ってもオフラインのまんまだからおかしいとは思ったけどさあ……まさか機能停止になってたなんて思いもしなかったよ」
     そしてS-14は口の端を歪めて笑った。
    「俺、あいつの墓でも作ろうかと思ったんだけど、くず鉄一つ拾わせてくれないんだぜ、あいつら。ひでえ話だよな」
     そして、まだ彼がどう言葉をかけていいかわからないでいるうちに、S地区全体の監督官が二体に向かって怒鳴った。
    「貴様ら、サボるんじゃない!」
    「はいはい、わかってますよ! ……じゃあな、S-18」
     結局何も言えないまま、S-14とはその場で別れた。
     そしてサウンドウェーブはそのことを何百万年もずっと後悔し続けている。何かが変わったはずだとは言わないが、何もしないよりはきっとよかっただろうに、いつもそう思う。結局のところ物事というものは終わってみなければ何が一番良かったのかわかりはしないのだ。
    「S-18、遅かったけど何話してたんだ?」
    「……何も」
     何となく説明する気になれず、彼は何も言わないままキューブの生成に取り掛かる。生成した空のキューブをミニコン達が拾い上げて湖の縁へと向かっていく。
    「ちょっと待て」
     その声に、彼らは一様に不思議そうな表情で振り返った。
    「……落ちないように、気をつけろ」
    「わかってるって!」
     しかしきっと、S-7だって言われなくても落ちないように気をつけていたのだろう。そう考えれば実に無駄な一言だった。けれど言わずにはいられなかった。S-14のあのうつろな表情。途方に暮れて、どうしていいかわからない迷子だってあんな絶望した顔はしない。そしてこんなことは日常茶飯事なのだ。明日また見知らぬ同僚が死ぬかもしれないし、ミニコンの誰かが死ぬかもしれないし、そしてもしかしたら死ぬのは自分でさえありうるのだ。ここはそういう場所だ。ケイオンに身を置くすべてのサイバトロニアン達の宿命だ。
    「もううんざりだ!」
     その声が聞こえた時、彼は一瞬それが自分の独り言なのかと疑った。しかしそれはエフェクトの強い彼の声とは違う。
     見上げると、14番のコンテナの上に誰かが立っているのがわかった。目を凝らす。
     S-14だ。
    「こんなことして何になる!? こんなエネルゴンキューブを大量に作って、俺たちに何の得がある!? こんなもの、全部アイアコンでのうのうと平和に暮らしてる奴らが消費するだけだろうが!!」
     そのときS地区全体の監督官がS-14に激怒する声も響いた。
    「仕事にもどれ、イカれちまったのか! 何になるかなんてお前達には関係ない、そういう規則、そういうルール、そういう決まりなのだ! お前達はこうして採掘をするために生まれてきた、それ以外に理由があるか!!」
    「なんで俺たちばっかりこんな目に遭わなきゃいけない!? なんで俺たちばっかり親友の遺体一つ葬ってやれない!? どうして! 俺は、俺はあいつが死んだことすら気付かなかった! どうして俺たちの命ばっかりこんなにも軽いんだよ!」
     そのとき、傍にいた赤と青のミニコンが彼の足にすがりついた。サウンドウェーブも二体の肩に手をやる。
    「な、なあ……あいつ……なんか、ヤバくない?」
    「……」
     それは二体だけでなく、彼も、他のサイバトロニアン達も薄々感じていた。そしてそれは現実になる。
    「あ、あいつが死んだことすら知らない連中に、どれだけの俺たちのスパークが犠牲になったかも知らない奴らに、エネルゴンキューブを渡すくらいなら……」
     S-14は泣き笑いのような表情を浮かべて、エネルゴンキューブの山を軽く蹴る。崩れた山の中から現れた装置。それが何なのかは遠くからでも彼らにははっきりわかった。
    「あ、あれデットパック……!?」
    「ってことは時限爆弾!」
    「……っ、お前達、トランスフォームしろ!」
    「えっなんで今!?」
    「早く!!」
     きつい声で命令すると、戸惑いながらも二体はすぐに従った。データディスクに変わった二体を胸部に収納して、彼は残りの部下達の方に走りながら怒鳴る。
    「早く物陰に隠れろ! 急げ! いそ……」
     そして彼はそのとき、S-14の最後の言葉の続きを聴覚センサーに捉えた。
    「それだったら、俺は死んだほうがマシだ」
     そしてエネルゴンキューブを巻き込んだ凄まじい爆発が起こり、視界がブラックアウトした。
     そのまま永遠にオフラインになってもおかしくはなかった。けれど、何の因果か彼の機体は再び機能し始めた。
    「…………ぅ……」
     まず気がついたのは辺りの異常な温度だった。冷涼な鉱山内部だとは信じられない、溶鉱炉の前とでも言われた方がまだ納得できるような数値がバイザーに表示されている。
     どうにか立ち上がろうと右手を地面につけようとして失敗する。おかしいと思ってゆっくり右腕を見ると、肘から先がなかった。傷ついたケーブルからゆるやかにオイルが零れている。
    「…………」
     爆発でおそらく持っていかれたのだ。特に感慨なく結論付けて彼は立ち上がることを諦めた。どうせ、これから先生き続けて、それで何が待っている? 何を得る? 何も思いつかない。それなのにどうしてわざわざこんな絶望的な状況に抗う必要があるのだ? もう、疲れた。それがすべてだった。
     だが、そのときコツコツと懸命に彼の青い機体をつつく者がいた。
    「お前、無事だったのか」
     赤い翼のミニコンが、くちばしで必死に彼を引きずっていこうとしている。死ぬな、機能を止めるのは早過ぎると懸命に訴えているようだった。
    「……わかった……せめて、お前達だけでも……出口に……」
     自分が生き延びることにはあまり興味はないが、彼らが死ぬのを見たくはない。そして、咄嗟に機体内にかばった二体のことを思い出し、イジェクトしようとする。しかし、破片が刺さっていてうまく胸部パーツが開かない。仕方ないので残った左腕で無理やりこじ開けた。
    「S-18!」
    「S-18! よかった、生きてる!」
     すぐさま飛び出したデータディスク二枚はトランスフォームして、泣きそうな顔で彼に抱きついた。
    「……被害面積87.6%……更に延焼中……地下湖水も、燃えているな……」
     スキャン結果を確認する。このままこの場所に居続ければ、いずれ上がり続ける温度に耐え切れずオーバーヒートして動けなくなるのは避けられない。
    「他は……? 俺のミニコンはどこにいる?」
     いつも自分の流す曲を聞いて楽しそうに笑っていた彼らはどうなったのか。それを考えたら急に耐えられないほどの不安を感じて、彼はふらつきながら必死に立ち上がった。
     どこもかしこも悲鳴ばかりだ。
    「助けてくれ、死にたくない……!」
    「機能停止になりたくねえよぉ」
    「ああ、プライマス……」
     そして、更に新しいエネルゴンキューブに引火して遠くで小爆発が起こる。悲痛な絶叫が響く。落盤が起きていないのが奇跡だろう。そして、まだ自分が動けるのも。
     そして、S-18区域が担当だった18番コンテナにたどり着いた。
    「…………ああ……」
     意味を成さない声が発声装置から漏れる。
     動いている者は誰もいない。
    「嘘だ……」
     彼はがっくりと膝をついて、落ちている小さな腕を拾う。誰のものかわかる。いつも、少し静かな曲を流して欲しいとねだっていたミニコンの腕だった。
    「嘘だ」
     そんな破片が、そんな欠片が、そこら中に落ちている。ほんの少し前まで、確かに動いて笑っていた彼らが。今はただのスクラップだった。
    「…………うそ、だ……」
     じわりとオプティックに冷却液が滲む。かなしいときに、オプティックにわけもなく冷却液が流れてくるなんて、本当にそんなことがあるんだろうかと長年疑問に思っていた。そしてそれは、こんなカタチで正しいことが証明された。知りたくなどなかった、はっきりとそう思う。
    「みんな……死んじまったの……?」
    「そんな……」
    「…………」
     途方に暮れた声。赤と青の小さな機体が、震えながらささやいた声に、たまらなくなって二体を抱きしめた。その肩に赤い翼の鳥型ミニコンが止まる。いつもつがいで動いていた彼らが今一羽しかいないということは、きっとそういうことなのだろう。
     あんなに騒がしいくらいにいたはずなのに。たった三体。たったそれだけしか、守れなかったのか。
     しかしこの三つのスパークも、今動かなければ永遠に失われるのだ。彼はゆっくりと立ち上がった。
    「行くぞ」
    「……S-18……でも、どこに……?」
    「出口だ」
    「でも……あの爆発で道も瓦礫や炎でいっぱいだぜ? どうやって探すんだ?」
    「心配ない。予めダウンロードしてあるホロマップにさっきのスキャン結果を加える。温度情報である程度道はわかる……そして、お前がいれば上から見た映像を中継できる。頼むぞ」
     肩に止まっていた彼に言うと、彼は一鳴きして上空へと向かった。
    「それに、邪魔な瓦礫は俺のハンマーアームで何とか出来るかも!」
     青い機体がにっと笑ってハンマーアームを構えた。確かに、このハンマーアームは道を切り拓くのに重宝するだろう。
    「さあ、行くぞ」
     たとえこのスパークに替えても、とそのときのサウンドウェーブは思った。たとえこの身を犠牲にしてでも、絶対にこの三体だけは、絶対に、何があっても守りぬいてみせると。プライマスに誓って、そう決意したのだ。


     そうしてサウンドウェーブは、あの”事故”を生き抜いた。生き残りなど数えるほどしかいなかった。その数少ないうちの四体がサウンドウェーブ達だった。知り合い同士で四体も助かったのは自分たちだけだったので、奇跡的なことだと言えるだろう。
     見舞金など雀の涙ほどしかなかった。まあ、それでももらえただけマシだろう。それよりも、治療と右腕のスペアパーツを支給して貰えたことの方が何よりもありがたかった。
     リペアを受けながら、生き残りのミニコン達が自分に問いかける。
    「これからどうする?」
     わからない、としか言えなかった。元の鉱山に戻るか、精錬所に行くか、工場で製品を作るか。下層労働者階級である彼にある選択肢はそれくらいだ。
     ――どうして俺たちばかりがこんな目に遭わなきゃいけない?
     ――こんなもの、全部アイアコンでのうのうと平和に暮らしてる奴らが消費するだけだろうが。
     死ぬ間際に、S-14が自暴自棄になって放った言葉。すべてはあの男が引き起こした事故だ、あれのせいで大切な部下が十数名も死んだ。だから同情も共感も一ナノクリックほどもした覚えなどないが、何故かブレインサーキットから離れなかった。
     どうして。それは自分たちが下層階級のサイバトロニアンだからだ。何故。議会が、ギルドが、プライム達がそう決めたからだ。
     なら、どういう理由があって、そんな取決めをしたのだろう?
     その答えは、浮かばない。
    「……俺は、鉱山には、戻らない」
     彼はそれに気がついた途端に決意した。アイアコンの連中のためには働かない。彼らの為に鉱脈を掘ることもしないし、彼らのために金属やエネルゴンを精製することもしないし、製品も作らない。そんなことは不可能のはずだが、一つだけそれらを免れる方法があった。
    「俺はグラディエーターになる」
     そう。ケイオンの地下深く、"穴"と呼ばれ、サイバトロニアン同士の殺し合いを見せ物にするその場所ならば、不可能を可能にできる。代わりに、常にスパークを失う危険にさらされることになるが、今となっては些細な事に思えた。ささやかな幸せは失われ、生きる目的も理由も、あのとき壊れたミニコン達と一緒にどこかに消えてしまった。生き残りの三体も、こうして無事にあの事故から生還させることができたのだ、もういつ機能停止に陥ろうがあまり興味が無い。
    「S-18、だったら俺たちもお前についていくぜ」
    「……何?」
     けれど青いミニコンが予想外のことを言い出して、彼はその小さな機体を睨む。
    「駄目だ。お前達はもっと安全な場所で生計を立てろ。お前達が殺し合いなんかする必要はない」
    「どうせ何処行ったって危ないのは一緒だろ? 俺たち作業員の階級に安全なんかないさ」
    「それに、俺たちお前が好きなんだよ。お前と一緒にいたいんだ」
    「そうだぜ! 一緒に地獄を生き抜いた仲じゃないか! 今更はいさよならなんて言われて、納得できるかよ!」
     負けじと睨み返してくる赤と青のミニコンを見てから、赤い翼の鳥を見る。どうやら言葉にはせずとも彼ですら同意見らしい。そして、こうなれば彼らは決して譲らないということも、長い付き合いの中で彼は既に理解している。
    「……わかった。そこまで言うなら、付いてくればいい。ただし条件がある」
    「おう、何だよ?」
    「もし俺が破壊されそうになったら、お前達は試合を棄権して逃げろ。共にスクラップになろうとするな。それを守れるのが条件だ」
     二機は顔を見合わせてから、こくりと頷いた。
    「なら、付いて来い」
     そうして彼らは地下深くの闘技場のグラディエーターになった。
     彼らケイオンの住人たちがグラディエーターへの道を選ぶ理由は様々だった。サウンドウェーブ達のように、事故で死ぬのに嫌気が差した者もいれば、勝ち抜いて多くの金を手に入れたい者、名声を上げたい者、ただ誰かを破壊して楽しみたい者、三者三様だった。
     多くのグラディエーター達は名前もないまま破壊されてゴミ処理場に送られていく。そこでリサイクルにかけられて、新しいスペアパーツになる。だが、中には勝ち抜く中で名前を与えられる者もいる。メガトロナスという名前のグラディエーターはその筆頭だった。
     メガトロナスは負け知らずのグラディエーターだ。彼が最初に闘技場の事務室でグラディエーターになりたい希望を出した時にはもう、既にその名は顕著だった。
     メガトロナスが闘っているときはすぐに分かる。観客の盛り上がり方がいつもよりも激しく、声量が上がるからだ。自分に試合のないとき、彼はミニコンを連れてメガトロナスの試合をリングの隅から眺めたことがある。その戦いぶりは見事だった。どんな攻撃が来ても、スナイパーの鋭い狙いも避け、ミサイルも弾道を完全に見切り、剣撃もさっと身をかわして、そして素早く間合いを詰めると腕の融合カノン砲で相手を一瞬で吹き飛ばしてしまう。仮に彼と当たることがあれば、きっと無事では済まないだろう。幸いなところ、まだ名もない彼らがメガトロナスと試合を組まされることはないと、はっきり断言できた。たとえベテランでもメガトロナスには到底実力ではかなわないのだ。
     とはいえ彼も弱かったわけではない。ミニコン達を胸部に収納すれば、一体の戦士として扱ってもらえたので、彼らは試合のときは共に戦った。
     はじめに名前を持ったのは、ランブルだった。
    「さあ、粉々に破砕される覚悟はできたか? Get ready to crumble!!」
     ハンマーアームを使う際に、いつも決めゼリフとしてそれを口にしているうちに、興奮した観客が最後の言葉を繰り返すことでだんだんと彼の代名詞として定着し、一文字抜けてランブルになったのだ。
     続いてフレンジーやレーザービークもその戦いぶりから名前を獲得していった。勝ち抜いていけば行くほどに、そのグラディエーターはただの名もない戦士から、個人として認識されていくのだ。
     けれど彼だけはいつまでも名前がつくことを拒否していた。だから、ずっとS-18として試合にエントリーし続けた。それで特に不便が生じたこともないので、構わないだろう。仲間のグラディエーター達はそんな彼をイカれていると称した。わざわざ名前の無い有象無象でいることを選ぶなんてどうかしていると彼らは言う。けれどそんな揶揄など彼は意に介さなかった。
     S-18であることをやめれば、あのとき鉱山でオールスパークに帰っていった彼らとの関係が今度こそ切れてしまうような気がした。それがどうしても耐えられなかった、それだけだ。
     ランブルやフレンジーやレーザービークの力を借りながら、彼はどうにか破壊されずに闘技場のリングを勝ち抜き続けた。そうして勝ち続けていけば、いつか行き着く先は皆一緒だ。
     ついに彼の次の相手はメガトロナスであると通達された。
     メガトロナスと戦う日の前夜、ランブルとフレンジーはなんだか落ち着かない様子だった。
    「なあS-18、メガトロナスってすげぇ強いんだろ?」
    「俺たち、勝てるかなあ?」
    「……どうだろうな」
     言葉を濁したが、彼には既に勝てる確率は31.4%程度しかないことを計算済みだった。更に、ミニコン達を一体も失わない確率にいたってはほとんどゼロに近い。
    「明日はお前達は出なくていい」
     彼が言うと、赤と青のミニコン達は信じられないという顔でまじまじとこちらを見てきた。
    「何いってんだよ! 俺達がいなくて勝てるような相手じゃねえだろ?」
    「大丈夫だ。勝算はある、だから明日は俺一人で戦う」
     淡々と突き放した声で言えば、いつもなら彼らは引き下がる。今回もそれ以上は食らいついてこないだろうと思っていたのだが、ランブルはそうする代わりに彼を強く睨んだ。
    「……嘘だな。お前、俺達が死ぬかもしれないのが怖いんだ。そうだろ?」
    「そうではない」
    「いや、そうだよ。お前あの日から変わったもん。前はこんなに俺達にああしろこうしろって言わなかった」
    「……死ねばそこでおしまいだ。なら、それを避けようとするのは至極当然のこと」
    「だったら! 尚更お前一人で戦うなんておかしいじゃないか。自殺行為だ!」
     ランブルとフレンジーは、苦しそうな顔で彼に抱きついた。
    「お前だけが怖いと思ってるの? 俺だってお前が死ぬのが怖いよ。本当に怖いんだよ」
    「S-18が死ぬなんて嫌だぜ……」
    「ランブル、フレンジー……」
     機体にぎゅうっとしがみついて離れない小さな二体に、彼はすっかり困ってしまった。そして、どんな理由を立てても、説得をしても、彼らは決して聞かないだろうと思わざるを得なかった。彼は二体の頭を撫でて、仕方なくため息を付いて言った。
    「……はじめに俺が出した条件、覚えているか」
    「覚えてるよ……あれ? じゃあ……!」
    「ああ。あれを守ると誓うな? 誓えるなら、お前達も連れて行ってやる」
    「うん!」
     二体は嬉しそうに顔を見合わせて、彼にぱっと笑顔を向ける。そばで様子を見ていたレーザービークも飛んできて頭を彼の手のひらに擦りつけた。そんな三体の部下に彼は苦笑する。
     死にたいわけではないが、かといってメガトロナスに勝てるとも思っていない。それでも、彼らが死なずに済むのなら、たとえメガトロナスに殺されても構わなかった。


     客席は満員だ。そしてそのほとんどがメガトロナスの活躍を楽しみに見に来ている。つまりは、彼がメガトロナスの手にかかって死ぬことを期待して声援を発している。彼は無感動に客席を一瞥して、いつもと同じ結論を出す。
     彼らは狂っている。
    「俺は決して倒れない」
     メガトロナスは、彼にと言うよりは客席に向かって語りかける。
    「どんな銃弾も、どんなミサイルも、どんな剣も、どんな斧も決して俺を打ち倒すことはできない。何故なら俺はメガトロナスだからだ。俺は、決して、誰にも負けない。たとえプライマスが俺に死ぬように命じても、おとなしく死ぬ代わりにプライマスを八つ裂きにしてやるだろう。何故なら、そう、俺はメガトロナスだからだ!」
     客席から割れんばかりの声援が沸き起こった。
    『メガトロナス! メガトロナス! メガトロナス!』
     そしてメガトロナスは剣をまっすぐに彼に向けた。
    「何か言い残すことは?」
    「…………」
    「そうか、ないか。それもいいだろう。なら俺からも一言だけだ……死ぬ準備をしろ!」
     それが試合開始の合図だった。彼は冷静に胸部パーツを開く。
    「ランブル、フレンジー、レーザービーク……イジェクト。オペレーション……ターミネイト」
     飛び出した三枚のデータディスクはすぐさまトランスフォームして散開する。
    「さあ、踊ろうぜ!」
    「ランブル様がバラバラに砕いてやるよ! Get ready to crumble, before RUMBLE!」
     彼も遮蔽物まで素早く走ると陰に隠れて、ニュートロンアサルトライフルの弾をメガトロナスに向けて数十発一気に撃ちこむ。
     しかしメガトロナスもそんな行動など予測済みだったのか、さっと身をかわして嘲るように笑う。
    「ふん、数ばかり多くても、この俺には束になっても敵うまい」
     そして融合カノン砲をチャージしながら、闘技場のあちこちに設置されている武器を拾い上げて上から狙撃を開始しているレーザービークめがけて弾を発射する。
     一瞬ひやりとしたが、レーザービークはその機動力の速さはピカイチだ。素早くかわして一旦距離をとった。その間にメガトロナスに走りよっていたランブルがにやりと笑ってハンマーアームを振り下ろした。
    「数だけじゃないって思い知らせてやるぜぇ!」
    「くっ!?」
     ハンマーアームから発生する衝撃波がメガトロナスを襲う。恐らくこんな小さなミニコンにこれほどの力があるとは思っていなかったメガトロナスは、避けなかったせいで少しダメージを食らった。だがメガトロナスはすぐに動き、高く飛び上がって笑った。
    「なるほど、確かに口だけでは無さそうだが……これはどうだ!」
     そして勢いをつけて地面に拳を叩きつけた瞬間、メガトロナスを中心にすさまじい衝撃が走った。
    「うわあっ!」
    「ランブル!」
     それに耐え切れず、ランブルの小さな身体はあっけなく吹っ飛んだ。それに追い打ちをかけるようにメガトロナスはチャージの終わった融合カノン砲を向ける。
    「死ね!」
    「やめろっ!!」
     フレンジーが飛び出してきて、ショックガンをなりふり構わずメガトロナスに向けて撃った。それを食らってメガトロナスは鬱陶しそうに振り返って右腕を向けた。
    「ならお前だ!」
    「っ!」
     融合カノン砲の威力は今まで見た試合で知っている。あれを食らったら間違いなく小さなミニコンの機体は耐え切れずにバラバラになる。フレンジーは遮蔽物まで逃げようと走るが、おそらく間に合わない。
     そして彼は物陰から飛び出して、フレンジーの前に立った。
    「S-18っ!!」
     融合カノン砲からチャージ弾が彼めがけて発射された。悲鳴のようなフレンジーの声を背後にしながら、彼は慌てなかった。静かに右手を前に出して自身の能力を使う。
     彼の前に展開した半透明の壁が融合カノン砲の弾を受け止め、相殺した。
    「ほう……シールドが使えるのか? なかなか楽しませてくれるな」
     メガトロナスが愉快そうに目を細める一方、フレンジーはほっとしたように息をついた。
    「助かった。ありがとよっ」
    「次は気をつけろ」
     シールドは一度使えば動かすことはできず、また一定時間経つかある程度攻撃を受ければ破れて消える。更にもう一度使うまではそれなりの時間がかかるのだ、そしておそらく二度目は通じない。
     そして彼はオーディオシステムにトランスフォームしてスピーカーから衝撃波を発生させる。さすがにそんな攻撃をしてくるとは思わなかったのか、メガトロナスは少し驚いていた。
    「面白い攻撃だな」
    「……喋る暇があるなら戦え」
    「クク、良い答えだ。気に入ったぞ」
     スピーカーから発せられるサウンドウェーブは強力な広範囲攻撃でもあるので、メガトロナスはうかつに近付くことはできない。メガトロナスは皮肉ではなく本当に感心している様子で、楽しそうに口の端を上げてサウンドウェーブ攻撃を避けていた。
     それからの戦いは、接戦だった。四対一でも互角に戦うメガトロナスがすごいのか、負け知らずのメガトロナスとまともにやりあうことができた彼らがすごいのか、彼には判断がつかなかった。彼と三体のミニコンはやはり戦闘に置いても相性が非常によく、ランブルが危なくなればレーザービークが上から襲いかかって注意を引き、その隙にフレンジーと彼が攻撃を仕掛けた。また彼が危なくなれば、レーザービークの足に掴まったランブルがその高さからハンマーアームを振り下ろしてリング全体に衝撃波を飛ばして、メガトロナスの狙いをわずかに外して間一髪でスクラップにならずに済んだ。
     ひょっとしたら勝てるかもしれないと彼は次第に考え始めた。自分たちも次第に損傷が増えボロボロになりつつあったが、メガトロナスのダメージもまた無視できないものになっていた。観客席から聞こえる興奮した野次や声援も、ひときわうるさかった。どこか不快なほどに。
     弾切れになる度にその武器を捨てて新しい武器を使う。今彼が持っているのはサーモロケットランチャーだ。弾数こそ少ないが、ナルビームの次に強い破壊力を持つ。
    (もし、これを当てられれば……勝てる?)
     正直言って、そろそろ限界が近い。機体内部を巡るエネルゴン残存量はとっくに半分を切っていて、おまけに損傷箇所からじくじくと漏れでて減る一方だった。サイバトロニアンの強さはエネルゴンの量に依存する。このままではやがて避け切れなくなり、死ぬだろう。
     彼は慎重に狙いを定めた。残り一発、外せば後はない。そして彼はトリガーに指をかけて、引こうとした。
     だが、そのとき予想もしないことが起こった。
    「……あっ!?」
     ちょこまかと走り回っていたランブルが、瓦礫に足を取られて転んだのだ。それを見た瞬間彼のスパークは氷のように冷たくなった。その次に何が起こるか、はっきりとオプティックに描くことができた。
    「どうやらお前の運は尽きたようだな」
    「あ……!」
     メガトロナスの腕がランブルに向けられる。きーん、と融合カノン砲が起動する音が、彼の集音センサーに無情なほどに響く。
     そのとき彼のブレインサーキットは、意図せずあの事故の日のメモリーを再生した。
     S-18の見つけてくる曲はいつもいいなあ。そう言って無邪気に笑ったミニコンは、ただの瓦礫になった。今度は静かな曲がいいな、そんな話をしていたミニコンは、腕だけ見つけるのが精一杯だった。
     あの光景が、今、もう一度、起こるのか? 目の前で? またあんなことが起こるのか?
     その瞬間、彼はサーモロケットランチャーを投げ捨てて、ランブルのもとに走った。
    「S-18……!?」
    「……っ」
     そしてランブルを腕の中にかばう。それとほとんど同時に、メガトロナスの腕から放たれた弾が彼の背中にまともに当たった。
     凄まじい衝撃が襲う。一瞬にして彼の機体の91%が活動不能に陥った。オプティックが点滅して、視界がほとんど不明瞭になる。
    「な、なんで……おい、しっかりしろよ!!」
    「…………」
     ブレインサーキットがまだオンラインであることに、誰よりも彼自身が驚いていた。けれどそれも長くは持たない。その前に、言わなくてはならないことがある。
    「S-18……S-18……! 死ぬなよ、なあ!」
    「…………約束……」
    「え?」
    「したはず、だ……早く、どこか、に、逃げろ……」
    「…………そんな」
     ランブルは必死に揺さぶる手を凍りつかせて、ただ彼を見つめていた。何をぐずぐずしているのだろう。彼はイライラしながら、三体のミニコンが逃げ延びることをひたすらに祈った。
    「勝負あったな。お前ほど俺と互角の戦いをしたグラディエーターはいなかったが、それもこれで終わりだ」
     融合カノン砲のチャージ音が聞こえる。ああ、終わりだなと思った。こうして死を目の当たりにすると、意外にもあっけないものだと感じる。そして、案外命というものはいざとなると惜しくなるものだと思った。死にたくないなと思った。まだ、フレンジーやランブルやレーザービークに、音楽を聞かせてやりたかったなと思う。でも、もうおしまいだ。彼は諦めて、その瞬間を静かに待った。
    「待ってくれっ!」
     だが、その前にレーザービークが飛んで来て、そしてフレンジーとランブルが彼の前に立って手を広げた。
    「S-18を殺さないでくれ」
    「こいつを殺すくらいなら、俺達が代わりになる、だから! お願いだよ!」
     それに戸惑ったのはメガトロナスだけではない。彼もそれを聞いて信じられない思いを抱き、そして強い怒りを覚えた。
    「この馬鹿共……! 話が違う、はやく逃げろと」
    「俺達、お前がいないんだったら生きててもしょうがねえよッ!!」
     ランブルは彼を振り返って彼以上に激怒しながら怒鳴った。ミニコンとは思えないほどの迫力に、彼は思わず何も言えなくなった。
     メガトロナスは黙って成り行きを眺めていた。メガトロナスがどうする気なのか、彼には予測ができない。理性的な思考を紡ぐ思考プロセッサーは融合カノン砲の一撃で大きなダメージを受けている。
     そして、それは始まった。
    「何をしてるんだ、メガトロナス!」
     それは客席からの野次だった。
    「もう勝負はついたんだろう! 早く殺してしまえ!」
     苛ついた外野の声は、そこかしこから飛び始めた。
    「そうだ! 殺せ!」
    「全員お前の敵だろう!」
    「小さい奴も皆殺しにしろ!」
     そして満席の客席のすべての場所から、殺せ殺せと大合唱が起こった。
     彼はメガトロナスのことも忘れて、ひび割れたバイザー越しに客席を見渡した。
     殺してやりたい――ひとり残らず、全員観覧席から引きずり下ろして、細切れにして破砕機に突っ込んでやりたい。彼が何かに対してそんな明確で強烈な殺意を持ったのは生まれて初めてのことだった。グラディエーターとして相手のスパークを奪うのはあくまでも事務的な、必要に迫られてやったことだった。だが今は違う。あそこにいるすべてのサイバトロニアンに身も凍るような残酷な方法で死んでほしいと腹の底から願っている。
     彼らの何が自分たちよりも上の階級たらしめているというのだ? どう考えたって、劣っているのは彼らの方だ。
    「……ああ、その顔。憎しみか怒りか。どちらにせよ、いい表情だ」
     そしてメガトロナスは笑って、そんな彼の前に屈み彼らだけに聞こえる声でささやいた。
    「心配しなくても、俺は"仲間"を殺したことはない」
    「え……?」
     ランブルが困惑して少したじろいでも、メガトロナスはただ面白がるような表情を浮かべているだけだった。
    「俺はただ、殺す『フリ』をしていただけだ」
     そしてメガトロナスは、融合カノン砲を彼らに向かって放った。
     次に目が覚めた時はきっとオールスパークの中だろう。そうなったら、あのとき死んだたくさんのミニコン達のリクエストを好きなだけ聞いてやろうと思っていた。
     しかし彼が再びオンラインになったとき、目の前にいたのは見知らぬ男だった。
    「やあ、はじめまして。目が覚めたようだな?」
    「……俺のミニコンは」
    「ふふ、自分よりも部下の方が大事なのか。予想はできたが実に面白い反応だ」
     紫色の機体を持つそのサイバトロニアンは単眼を彼に向けて「心配はいらない。あと数サイクル後にはリペアが終わるはずだ」と笑った。
    「……お前は?」
    「ショックウェーブ。そしてここは、私のスクラップリサイクルセンターだ」
     ショックウェーブは、小型デバイスを操作しながら、窓を指した。スパークのついえた機体が水に流されて、歯車に挟まってギイイと耳障りな甲高い音を立てて粉々になっていく。おぞましい光景としか言いようがなかったが、ショックウェーブには何の感慨もないようだった。
    「まあ、今となってはほとんど形式上のものだがね。ああしてスペアパーツに変えてるグラディエーターなんてメガトロナスが来る前の半分以下になってしまったんじゃないかな」
    「どういうことだ?」
     話についていけなくて困惑していても、ショックウェーブは自分のペースで言葉を続けていく。
    「メガトロナスから聞いたよ、君はオーディオシステムにトランスフォームできるそうだな。ケイオンでそんなトランスフォーマーは見たことがない。もし君が死んでいたら心ゆくまで解体して仕組みを調べたんだが……ああ、そう考えると残念だな。きっといい実験ができた」
    「……」
     何を言っているんだ、こいつは……と彼がますます戸惑っていると、扉が開いてメガトロナスが入ってきた。
    「ああ悪かったな、どうかこいつの戯言は忘れてくれ。この男のサーキットはどこかおかしいんだ」
    「失礼だなメガトロナス、私のサーキットはいたって正常だぞ」
    「正常なサイバトロニアンは本人に向かって死んでいたほうが良かったのになんて言わないだろう」
    「死んでいたほうが良かったなんて言ってはいない。ただ死んでいたら面白い実験ができたと私は言いたかったんだ」
    「その違いがわからないからお前はおかしいと言ってるんだ」
     ショックウェーブはなんだか不満そうだったが、それ以上言い争うことはしなかった。
    「……何故俺はまだ生きてるんだ?」
    「言ったはずだ、俺は仲間を殺す気はない。もっともあまりに耐久力がなくて耐え切れずにスパークを失った奴は別だが」
    「仲間?」
    「グラディエーター達は皆俺の仲間だと思ってはいけないか?」
    「いや……」
     闘技場の中で見てきたメガトロナスと、今眼の前にいるメガトロナスは随分と印象が違った。前者はどちらかというと獰猛で野性的な攻撃性を持っていたが、目の前の後者は理性的で、油断ならない知性と冷静さを言葉や態度の端々から感じさせた。このズレは一体なんだろうと彼は疑問に思う。
    「俺達が殺しあう理由がどこにあるんだ? 俺達は同じサイバトロニアンだ。同じ都市の同じ闘技場で同じ職をまっとうしているだけ。それでも俺達がどうにもできずに剣を交えるしかない理由、それは全部最高議会の馬鹿共が取り決めたくだらない階級制度のせいだ」
     メガトロナスは怒りをその赤い目に浮かべて吐き捨てるように言った。
    「生まれた時から運命が決まってる? 馬鹿げた考えだ! 皆生まれる場所は同じオールスパークの井戸だぞ? それなのにどうして生まれた時からお前はこの階級、お前はあの階級だなんて決めることができるんだ? 誰にそんな権利がある? そんなものありはしないだろう」
     メガトロナスの言葉に、既に彼は引きこまれていた。不思議なほどにメガトロナスには他者を惹きつける魅力があるとブレインサーキットの冷静な部分が判断する。
    「俺達には権利があるはずだ。自由に生き方を選ぶ権利、自分で自分の運命を決める権利がな。そしてそれは絶対に何者にも奪われてはならない、尊い権利だ。俺達下層階級だって、上層部の者どもだって、等しく持っているはずのな」
     メガトロナスはそこまで言うと、彼に向かって笑いかけた。
    「お前はどう思う?」
    「……俺が?」
    「そうだ。お前は、自分の階級に満足しているか?」
     彼はすぐに首を振った。こんな下層階級でなければ、きっとあんな苦しい思いにも悲しい出来事にも出会わずに済んだのだから。
    「ならば、俺とともに来ないか?」
     彼は、メガトロナスの意図が読めなくて黙ってメガトロナスを見つめ返す。
    「俺が倒したグラディエーターのほとんどは、このショックウェーブのリサイクルセンターでリペアをして、それぞれどこかに隠れてる。他人のふりをして闘技場に戻る奴もいるし、どこかの工場に紛れ込んでいるのもいる。だが、皆俺の呼びかけがあればすぐに応える連中ばかりだ。そしてきたるべき日を隠れて待っている」
    「きたるべき日……」
    「そう。俺達が、俺達の権利を議会の連中に証明するその日をな」
    「そうすれば、もうこんな生き方をしなくてよくなる」
    「理解が早くて助かるな」
     彼はじっと考える。自由に生きる権利。それは非常に魅力的で、そして何故今まで思いつかなかったのか不思議なくらい当然の権利だと彼には思えた。今まで見たこともなかったような世界が一気に眼前に開けたような不思議な高揚が彼を満たす。
     その沈黙を、迷っていると取ったらしいメガトロナスはもう一つ付け加えた。
    「俺はお前が気に入ってる。戦い方はほとんど合理的な判断に基づいたものだったし、強さも申し分ない。身を呈してあのチビ達をかばったのもなかなか好印象だし、それにお前も奴らが憎いのだろう? その点に関して俺達はよく似ているしな。お前のような仲間がいた方が俺は色々と行動が起こしやすくなる」
    「私も君がいてくれた方が嬉しい。君は観察しているだけでも興味深い存在だからな」
    「お前はちょっと黙ってろショックウェーブ」
    「何故だ、あなたに加勢したつもりだったのだが」
    「逆効果だからだ」
    「それは心外だな」
     やれやれと肩をすくめるショックウェーブにメガトロナスは少し呆れたようにため息を付いた。
    「さて、どうなんだ? 俺とともに来るのか、来ないのか?」
     彼は迷わずに答えた。
    「あなたに付いて行こう、メガトロナス」
    「……その答えを待っていた」
     メガトロナスは満足気ににっと笑って、彼の肩に手をおいた。
    「そういえばお前の名前は何だ?」
    「……名前はない」
    「そうか。それは不便だな。だったら今俺がお前に名前をやる、それを使え」
     彼が断るかもしれないなんて思ってもいないメガトロナスは、少し考えた後に言った。
    「俺は闘っている時お前の"音波攻撃"が一番つらかったし、印象的だった。だから今日からお前はサウンドウェーブだ。いいな?」
    「サウンド、ウェーブ……」
    「よろしく頼むぞ、サウンドウェーブ」
     サウンドウェーブ。声に出さずにもう一度繰り返してみる。S-18でもない、名無しのグラディエーターでもない、自分だけの名前。それはどこか甘い陶酔を含んだ響きを持っていた。
     メガトロナスはサウンドウェーブに新しい未知の可能性を示した。その先に待つ何かを、サウンドウェーブも見てみたいと思った。そして、来る日も来る日も際限なく続く地獄のような日々の終わりを見せてくれたこのメガトロナスに、自分はこれから先の一生をすべて捧げるだろう。ただ与えられた運命に翻弄されていただけのS-18は死んだ。これからは、メガトロナスの忠実な部下、サウンドウェーブとして生きていく。何故ならサウンドウェーブには、そうして自分で自分の運命を決める権利が確かに存在しているのだから。

    (nextあとがき→)
    Exodusだとケイオンの人たち名前なくってメガ様もD-16って呼ばれてたそうなので、サウンドウェーブっていう名前はメガ様がくれた名前だったらいいのになという妄想を元に書きました。
    でもそうすると最後の最後までサウンドウェーブの名前をほぼ出せないのですごい書くの大変でした……
    もはや99%捏造ですが書いてる時はすごく楽しかったです。
    FoCの音波ってSoundwave, superior. Autobots, inferior.って大事なことなのか三回くらい言いますよねwwなんかよっぽど腹に据えかねることでもあったのかなと思ってしまいます
    あとLess talk, more workがかわいくて好きです。これも三回くらい聞いた覚えあるけどw
    WFCの音波は超過保護でかわいいですよね。フレンジーとかリペア中に「今だサウンドウェーブを撃て!」っていう司令官がちょっと鬼畜で好きですw
    音波かわいいかわいいしか言ってないけどとりあえずメガ様が大好きな音波さんが大好きです!!
    小雨 Link Message Mute
    2018/06/15 21:53:35

    【TF:WFC】Still Alive

    #トランスフォーマー #WFC #サウンドウェーブ
    War for Cybertronの音波さんとメガ様の出会いがこんなだったらいいのにという妄想の塊。音波さんのスーパー過去捏造。中途半端にExodusの設定も混じってます。メインは音波、フレンジー、ランブル、メガトロナス、最後にちょこっとショックウェーブ

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品