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    しおり
    デストロンとサイバトロンで王様ゲーム!さて! 今日のトランスフォーマーは。
     惑星モナカスのとある居酒屋前から物語を始めよう。
    「わりー、遅れた」
    「おっせーぞアストロトレイン、どこ行ってたんだよ」
    「五百万年前の知り合いと会っちまってよお。ついつい懐かしくて話し込んじまって」
     もう大分夜も更けている時間帯だが、やはりギャンブル惑星ということもあって通りにはかなりの数がまだ歩いている。がやがやと騒がしい人混みをかき分けてやってきたトリプルチェンジャーに、スタースクリームは不機嫌な顔を向ける。
    「二次会は六万アストロ秒後に集合だっつっただろうが。時間守らねえバカは死ね」
    「けっ、おめえにだけは言われたくねえよ、万年遅刻参謀」
    「いいんだよ俺は。なんたってナンバー2なんだからよ」
     まったく自慢できることではないのにスタースクリームは得意げな顔でにんまりと笑う。何だコイツとアストロトレインが呆れていると、スタースクリームの頭を背後から現れた手がばしっと叩いた。
    「いいわけあるか! 何をしたり顔でほざいとるんだ貴様は!」
    「いってえ! 何しやがんですかメガトロン様!」
     がばっと振り返るスタースクリームの後ろに立っていたのは、デストロン軍団リーダー破壊大帝メガトロンだ。メガトロンは更にスタースクリームを睨んで日頃の行いについて説教をはじめる。
    「だいたい貴様はナンバー2のくせにまじめに働こうという気概はないのか? ここにいるレーザーウェーブを見習え。口ばかり達者な貴様と違って、レーザーウェーブはセイバートロン星をわしがおらずとも立派に守っているのだぞ」
     そう。今日はデストロン軍団の面々に、普段はセイバートロン星にいるレーザーウェーブがいるのだ。
     人間も、日頃の仕事の苦労を忘れ慰労を図るために、忘年会なる行事を年に一度行うという。デストロン軍団にも、それと同様の風習があるのだ。一定のサイクルごとに、メガトロンは部下をいたわるための宴会を行った。そしてそこには、普段は真面目にセイバートロン星を防衛するレーザーウェーブも、まじめに仕事をしないけれど騒ぐのは大好きなスタースクリームも、サウンドウェーブやトリプルチェンジャー、コンバットロン達も参加する。
     今回デストロン軍団がモナカスを訪れていた理由もまさしくそれだった。今は全員参加の宴会はすでに終了していて、デストロン軍団の一部のみで行う、もっとくだけた雰囲気の二次会へと移動している最中だ。
    「いえメガトロン様、私は特別なことなど何もしていません。すべてはあなたが軍団を指揮し、導いてくださるおかげですから」
    「聞いたかスタースクリーム? この慎ましさ、貴様とは大違いだわい」
    「へんっ! だったら俺の代わりにレーザーウェーブを右腕にでもなさったらどうなんです? 代わりに俺はセイバートロン星をもらいましょうかね」
    「そういう話をしているのではない!」
     それからギャーギャーと言い争いをはじめる破壊大帝と航空参謀にレーザーウェーブは小さくため息をつき、隣のサウンドウェーブを見る。
    「メガトロン様とスタースクリーム、まだこんな調子なんだな……」
    「ああ。スタースクリームが一分でも黙ってくれればと毎日祈ってる。そんな日が来るはずもないんだが」
    「だろうな」
     深く頷いて同意するが、レーザーウェーブはくすりと笑った。
    「だが、私はこの騒がしさが少し羨ましい。セイバートロン星は、静かすぎるから」
    「そうか……?」
     理解できない、という様子でサウンドウェーブが首を少しかしげると、レーザーウェーブはまた笑う。そんな中、すでに結構酔っ払っているスカイワープがメガトロンに抱きついた。
    「うおっ!? どうしたスカイワープ」
    「メガトロン様ぁー、中入りましょうぜぇ、予約した時間過ぎちまってますし」
    「……それもそうだな」
    「おいスカイワープいつまで引っ付いてんだ、離れろよ」
     スタースクリームが何だか不機嫌になって、スカイワープをメガトロンから引き剥がそうとするが、スカイワープは嫌がった。
    「やーだーはなれないー」
    「やだじゃねえ! 離れろ!」
    「いい、放っておけ」
    「でもメガトロン様」
    「たまの無礼講くらい許してやるわい」
     スタースクリームは納得のいかない表情だったが、渋々引き下がる。そしてスカイワープの様子を見ていたサンダークラッカーが言わんこっちゃないという表情で声をかけた。
    「だっからあんま飲むなっつったのにお前はよう……」
    「うるせーやい! おれはまだまだいけるぜ! 全然酔ってねえからな!」
    「酔っぱらいはみんなそう言うんだよ、バカ」
     そうしてようやく居酒屋の中に入った一行である。
     だが、そのときだった。
     デストロン軍団構成員すべての動きがぴたりと止まる。
    「…………え?」
    「あ」
    「うげ!」
     なにせそこにいたのは。
    「こ、ここコンボイぃ!?」
    「そういうお前たちはデストロン!?」
     かつて、非常に低い確率にもかかわらず宇宙空間でスタースクリームとレーザーウェーブが衝突したことがあった。ならば今回、たまたま忘年会の二次会会場がデストロンとサイバトロンで被る確率は如何程のものなのだろう。
     だが、その値がどれほど低いものであったとしても、こうして彼らが鉢合わせた状況は紛れも無い現実である。
    「メガトロン、ここで何をしている!? また何か悪事を企んでいるのか」
    「うるさい貴様には関係ないわ! そこをどけ! さもないと融合カノン砲で吹き飛ばしてくれる!」
     両軍リーダーが睨み合う。まさしく一触即発、すぐにでも戦闘が開始されるかという緊張感が居酒屋を満たす。サイバトロンのマイスターやアイアンハイド、デストロンのスタースクリームやサウンドウェーブは既に武器を構えていた。
     しかしそのとき更にもう一つ誰も予測していなかった事態が発生した。
    「スタースクリーム!」
    「え?」
     そう言ってふらりと前に出たのは、サイバトロンのスカイファイアーだった。スタースクリームが戸惑っているのもまったく構わず、スカイファイアーは少し危ない足取りでスタースクリームの方へと歩いて行くと、にこにこと笑った。
    「久しぶりだね。こんなところで会うなんて驚いたよ」
    「あ、ああ……まったくそのとおりだな……」
     スカイファイアーはふんわりと綿雲みたいな柔らかなほほえみを浮かべている。そしてその頬には赤みが差していた。メガトロンとコンボイが思わずにらみ合いをやめてスカイファイアーたちに目を向けてしまう中、スタースクリームはすっと目を細める。
    「スカイファイアー……お前、酔ってるな?」
    「ん? うん、そうかもしれない」
    「っていうかだいぶ飲んだろ?」
    「え、でもまだ五杯しか」
    「お前なあ! 昔っから酒弱ぇんだから、そーやってガンガン飲むのやめろよ! 弱いくせに飲むよなお前!」
     既にかなり出来上がっているスカイファイアーは、スタースクリームに詰め寄られても動じずに相変わらずのほほんと微笑んでいる。
    「君も一緒に飲もうよ。ここのお酒、とってもおいしいから」
    「はぁっ!? お、おまえ状況わかってるか?」
    「どうして? いつも一緒に飲んでるじゃないか」
    「いつもって、それがいつの話だと思ってんだ!」
    「いつって……あれ、いつだっけ? まあいいじゃない、細かいことは」
     はっきり言って全然細かくないのだが、酔っ払いのスカイファイアーはそのことに気づく様子はない。
     どうも今の彼のメインメモリの中では、データの全てが時系列順ではなくでたらめに並んでしまっているらしく、研究所時代と現在のサイバトロンとしての記憶が完全に混ざっているようだ。通常の処理能力を持った彼ならば、著しい齟齬のある記憶が同時並列的に存在していることに何か疑問を抱くはずだが、いかんせんエネルゴンの過剰摂取によりメモリの余裕を失っている状態ではそれも厳しい。そんなわけで今のスカイファイアーは、スタースクリームが敵だということをすっかり忘れているのだった。
     スタースクリームはスカイファイアーに「さあ行こう」と腕を引かれて、付いて行くか行くまいかためらった。途方に暮れたようにメガトロンを見る。
    「め……メガトロン様……」
    「…………」
     メガトロンは渋い顔でスカイファイアーとスタースクリームを見つめ、そしてコンボイを見た。コンボイの方も、マスクで表情はわかりにくいがメガトロンと同じ心境であるのが見て取れた。
    「……メガトロン。今日、私は戦うためにモナカスに来たわけではない。おまえは?」
    「……部下の慰労のためだ。貴様らがいると知ってたら来なかった」
    「そうか……私もだ。ならば、道はひとつだな」
     コンボイは、武装している仲間たちの方へと向き直る。メガトロンもデストロン軍団の方へ振り向いた。必然的に彼らは敵に背中を見せることになったが、どちらも気にする様子はない。
    「サイバトロン戦士!」
    「デストロン軍団!」
     そうして、声を揃えて部下に向かってふたりのリーダーは宣言する。
    「一時、休戦だ!」
     こうして、デストロンとサイバトロン、数百万年にわたって宿命の戦いを繰り広げるふたつの陣営が、何の因果か同じ場で酒を飲むこととなった。



    「このサウンドシステムの面汚し!」
    「うるさい! 出来損ないのイカレサウンドが!」
     ガッシャーンと派手な音がして食器が割れるが、荒くれ者が多いギャンブル惑星では日常茶飯事なので店員も「どっちの伝票に請求すればいいですか」と冷静に尋ねるだけだった。サンダークラッカーは苦笑する。
    「半分ずつ両方に請求でよろしく」
    「あ、ついでにエネルゴンカクテル追加で」
     サンダークラッカーの向かいに座っていたマイスターが言うと、その隣のバンブルが「おいらも同じの追加でー」と笑う。
    「おまえ飲んでも大丈夫なんだ?」
    「それはどっちか言うとフレンジーに聞きたいな、おいら」
    「フレンジーはあれでけっこう飲むんだぜ」
     サンダークラッカーはつまみに手を伸ばす。微妙に届かない位置で身を乗り出していると、マイスターが「どうぞ」と取ってくれた。
    「サイバトロンにつまみ取ってもらうなんて、あとにも先にもこれっきりだろうな」
    「はは、私もそう思うね」
     サンダークラッカーやマイスターは比較的温和な方なので、こうして敵側とも会話が成り立つが、サウンドウェーブたちはだめだ。酒のせいでよけいに悪化している。クリフやアイアンハイドも、本当だったら今すぐデストロンをやっつけたいのだろうが、コンボイとメガトロンが武器の使用を禁止したおかげでかろうじて戦闘にはなっていない。まあ、代わりにブロードキャストとサウンドウェーブのように、取っ組み合いをしているのだが。
    「スタースクリーム、これおいしいよ。飲んでみる?」
    「あ? おまえまた新しいの頼んだのか? 明日どうなっても知らねえぞ……」
    「大丈夫だよ」
    「どっから来んだよその自信」
     スタースクリームはスカイファイアーにすすめられた酒を呆れ顔で一口煽るが、飲んだ途端に「あ、ほんとだ」とつぶやく。
    「うめえな」
    「だろう? 君が好きそうな味だよね」
    「もう一口」
    「いいよ、全部君にあげる」
     スカイファイアーはにこりと笑ってメニューを開く。
    「次は何にしようかな」
    「あんまり飲み過ぎんなよ……」
     スタースクリームはぼんやりした表情でグラスに入ったエネルゴンを飲みながら頬杖をつく。その様子を見てサンダークラッカーはスタースクリームも結構酔ってるなと思った。そして反対の方を振り向くと、ブロードキャストと殴り合っているサウンドウェーブをレーザーウェーブが止めに行くのが見えた。
    「サウンドウェーブ、落ち着け」
    「いやだ。こいつだけは我慢ならない」
    「それは俺っちのセリフだぜサウンドウェーブ!」
    「お前のせいで私のグラスが割れたんだ。普通に酒を飲むか外に出るか別の方法で勝負してくれ」
    「……」
     レーザーウェーブにそう言われてはサウンドウェーブも返す言葉がない。そしてサウンドウェーブはゆっくりとブロードキャストに向かって言った。
    「イカレサウンド、飲み比べだ」
    「おー、いいねえ! どれだけいける口なのか見せてもらおうじゃないの?」
     ブロードキャストは挑発的な笑みとともにサウンドウェーブを睨み、そしてようやく取っ組み合いをやめてテーブルに戻っていった。それを確認してレーザーウェーブはメガトロンの隣の席へと戻っていく。
    「よくやったレーザーウェーブ」
    「光栄です。しかしサイバトロンの連中も大概血の気が多いことですね」
    「否定はしないな」
     メガトロンの向かいに座っていたコンボイがそう言って、通りかかった店員に「もう一杯追加だ」と声をかけた。
    「しかし……おまえと差し向かいで酒をのむとはな」
    「言うな。わしも本当は頭を抱えたいくらいだ……」
     メガトロンが深い溜息をつく。長きにわたる戦いの最中、このような状況が発生するなんて、一度だって考えたことがなかった。
    「しかし、スカイファイアーがあんなに明るい表情をしているのは初めて見た。だから、まあ、私は一度くらいこんなことがあってもいいだろうと思う」
    「一度で済めばいいがな……」
     まったくスタースクリームめ、とメガトロンは恨めしそうにぼやく。だが、この展開をそのスタースクリームのために許した以上、この破壊大帝の中であの裏切り者の航空参謀はそれなりの位置づけをされているようだ。
    「メガトロンさまぁー」
    「うおっ」
     そのとき、噂の航空参謀がメガトロンの背後からいきなり首のあたりに抱きついた。メガトロンは驚いたように固まって、首だけ動かして振り返る。
    「メガトロンさま、だいっきらいです、だからとっととおれにリーダーの座を渡しておれのものになってください」
     スタースクリームはろれつの回らない声で言ってぎゅーっとメガトロンに抱きついている。
    「何を馬鹿なことを……飲み過ぎだ、この愚か者が」
    「うるせー愚か者愚か者って馬鹿にしやがってぇ! きらいだ! あんたなんか!」
    「だったらわしから離れろ」
    「いやですー!」
     スタースクリームは抱きつく力を強くする。メガトロンは疲れたように顔をしかめるだけで、振り払うことはしなかった。それを見ていたレーザーウェーブが、微笑ましそうな声で言った。
    「相変わらず、仲がよろしいようで」
    「……黙れ、レーザーウェーブ」
    「ふふ」
     上司の機嫌を損ねないように、レーザーウェーブはそれ以上は何も触れずに酒の入ったグラスを手に取る。そして一つ向こうのテーブルでは、ブロードキャストとサウンドウェーブの飲み比べが盛り上がっていて野次や歓声がわーっと上がった。
    「メガトロン。私にいい考えがあるんだが」
    「却下だコンボイ」
    「まだ何も言ってないぞ」
     心外だと言いたそうな声でコンボイは言う。けれど、理由は分からないが嫌な予感しかしなかったのだから仕方ない。
    「どうせ休戦中なんだ。せっかくだしサイバトロンとデストロンで何かゲームでもしてみるのはどうだろう」
    「やっぱりろくでもない考えだな。そんなことをして何になる」
     メガトロンはすぐさまその提案を退けようとした。だが、たまたまそれを酔っ払ったスカイワープが通りかかって聞いていた。
    「おお! それいいじゃんコンボイ。やってみようぜ」
    「そうだろう?」
    「え……ほんとにやるんですか司令官?」
     思わずパーセプターもびっくりしたように声をかけるが、コンボイは朗らかに「今日だけだ」と笑う。そしてその横でスカイワープは椅子の上に立って周りの注目を集めた。
    「酒の席でやるゲームなんて一つだろ!」
     スカイワープは腕を組んでにやりと笑い、高らかに宣言した。
    「王様ゲームやるぞー!!」
     二度目の波乱、ここからスタートである。
     サイバトロンとデストロン合同で行われる王様ゲームとは!
     その一、王様の命令には必ず従うこと。
     その二、ゲームの範疇を超えたことはしないこと。つまり、戦争のことは忘れること。
     その三、途中でゲームを放棄しないこと。ルールを破ったものには相応のペナルティを課すべし。
    「さあ以上を守って楽しく騒ぐぞ野郎ども!」
     スカイワープが酔っぱらい全開のハイテンションで拳を上げると、酔っぱらいの一部が悪ノリした同意を叫ぶ。
    「……メガトロン様はどうなさいます?」
     ちょっと展開についていけないレーザーウェーブが困惑気味に上司に尋ねる。メガトロンもなんだか嫌そうな様子だった。
    「このわしがこんなくだらんお遊びに付き合う道理など……」
    「なんだ、逃げるのかメガトロン?」
    「何!?」
     メガトロンはがたんと立ち上がってコンボイをギロリと睨む。コンボイも結構な量を既に飲んでいるはずだが、見た目にはしらふの時とまったく変わらない様子に見えた。
    「ひょっとしたら王様が私で、お前が私に従わなければならない状況が発生しかねない。お前はそれを恐れているのではないか?」
    「バカを言え! 何故わしが貴様を恐れなければならんのだ!」
    「なら、なぜやらないんだ。答えろメガトロン!」
     メガトロンは、この忌々しいサイバトロンめがと思いながら、涼しい顔でエネルゴンを流し込んでいるコンボイを視線だけで殺せそうな目つきで睨んだ。くだらないからやりたくないだけなのに、これではまるでコンボイが怖くて逃げ出すようではないか。
    「……よかろう。ならばわしも参加しよう。ただしわしだけではない、全員だ」
     レーザーウェーブは「えっ私もですか」と言いたそうな目をしていたがメガトロンは構わずに宣言する。
    「デストロンにサイバトロンを恐れて逃げ出すような臆病者などおらんわ!!」
    「ふふふその言葉を待っていたぞメガトロン。望むところだ。サイバトロン戦士だって、お前達に恐れをなすようなものはひとりだっていないとも!」
     両軍リーダーの意地の張り合いによって、王様ゲームは自由参加から強制参加にチェンジした。既に嫌な予感がしているサンダークラッカーは辞退を申し出ようとしていたのだが、退路を断たれて動揺している。
    「っくそ、スカイワープのマヌケ! あいつのせいでなんかどんどん妙なことになってやがる!」
    「いいじゃないか。私は面白そうだと思うし」
     マイスターはなんだかんだで乗り気である。こういうタイプに限って涼しい笑顔で何をするかわからないのだ、サンダークラッカーはこいつの命令だけは当たりませんようにと密かに祈った。
    「ほらスタースクリーム、起きろよ」
    「……んー?」
     スカイワープに揺り起こされて、座敷に寝転んで半分スリープモードに落ちていたスタースクリームがぼけっとした顔をのろのろと上げる。
    「王様ゲームやるぞ。ほら」
    「うー、うん……?」
     もうほとんど酔いつぶれていて、スカイワープの言った言葉を本当に理解しているかすら怪しい様子である。けれど抵抗せずにスカイワープに引きずられて、皆が集まっている机の方まで歩いてくる。
    「おれの席どこ」
    「適当だよ適当」
    「じゃあスカイワープの隣がいい……」
     思わずスカイワープはまじまじとスタースクリームを見てしまったが、スタースクリームは相変わらずぼんやりしていて自分の言動にはまるで意識を向けていない。
    「サンダークラッカー!」
    「なんだよ!?」
    「なんかリーダーがいつもと違う! どうしようかわいい!」
     思わずスカイワープはぎゅーっとスタースクリームを抱きしめる。いつもなら罵声とともに殴り飛ばされるところだが、今のスタースクリームは鬱陶しそうに顔をしかめるだけで無抵抗である。サンダークラッカーも急に興味津々になってスカイワープに寄ってきた。
    「おいそれ本当にスタースクリームかよ? おれによこせスカイワープ」
    「やーだねースタースクリームだって俺の隣がいいって言ってるし。なあ?」
    「どっちでもいいから早く済ませて早く帰ろうぜ……ねむ……」
     うつらうつらと眠りかけているスタースクリームを座らせて、ジェットロン二機も適当に倒れた椅子を引っ張ってきて腰掛ける。
     モナカスではこういった事態も珍しくないのか、居酒屋の店員が厚意で貸してくれたくじを使用することになった。
    「きっと後悔することになるぞ、コンボイ!!」
    「ははは、そうかもしれないな」
    「……そこは否定するところだろうが、愚か者め!」
     メガトロンは他人事のように笑っているコンボイを見てようやく気がついた。この男顔に出ないだけでかなり酔っていたのだ。そうとも知らずまんまと酔っぱらいの戯言に乗ってしまった、とメガトロンは逆に自分が後悔を感じ始めている。ジェットロンはスタースクリームをいじって遊んでいるし、仲の悪いサウンドシステムは睨み合いを続けているし、ブリッツウィングは何故かアイアンハイドに背負投げされているしで既にめちゃくちゃなこの状況が更に悪化すると思うと何か空恐ろしいものを感じないこともない。
     様々な不安が交錯する中、一回目のくじ引きが始まった。
    「王様だーれだ!」
     くじを引き終わって、一種異様な緊張感が辺りを支配する。そして一機のトランスフォーマーが手を挙げた。
    「王様は私だ!」
    「うわあああああコンボイとか終わったあああああああ!!」
    「失敬だなサンダークラッカー、まだ始まったばかりだぞ」
    「嫌な予感しかしねえよ畜生、オレもう帰る!」
    「まあ待ち給えよサンダークラッカー!」
     トランスフォームしてそのまま逃げ出そうとしたサンダークラッカーを、マイスターが翼を掴んで阻止した。
    「まだ命令すら出てないし、それに君に当たるとは限らないだろう? それともルールを破って逃げるのかい、臆病者?」
     さわやかな笑顔で辛辣な言葉を吐く様はさすがサイバトロン副官といったところだろうか。サンダークラッカーはトランスフォームして再びロボットモードに戻ると、悔しそうな顔で渋々席に戻った。
    「俺はスタースクリームじゃねえ! スクラップにされてえのか!」
    「いや、スタースクリームと言った覚えはないが……」
    「司令官! ここはいっちょ場を盛り上げるごっきげんな命令頼みますよー♪」
    「任せておけブロードキャスト! 私にいい考えがある」
     その発言でブロードキャストを除くサイバトロン側の空気が凍ったが、コンボイは構わず第一の命令を宣言した。
    「二番! 二番は十五番に今まで秘密にしていたことを打ち明けろ!」
     ざわざわと騒がしくなる。今回は難を逃れたアストロトレインは、グラス片手に笑ってブリッツウィングに話しかけた。
    「おお! さすがだな、あいつ王道かつ地味に嫌な命令で来たぜ」
    「だな、さすがはサイバトロン司令官。で、二番と十五番は誰だ?」
    「……俺だ」
     サイバトロンが固まっているテーブルで、インフェルノがくじをかたんと机に投げ出して諦めたように手を挙げる。
    「インフェルノは二番か」
    「じゃあ十五番! 挙手!」
    「わ……私だ」
     アラートがくじを見せてインフェルノに続き手を挙げた。それを見てインフェルノはほっとしたように笑った。デストロン側からちょくちょく漏れ聞こえる「なんだサイバトロン同士かよ」というがっかりしたような声は二機とも聞かなかったことにしている。
    「アラート! お前なら少し気が楽だ。しかし、お前に秘密にしているようなことなんてほとんどないんだが……」
    「ああ、なんか私もそんな気はしたがな」
     アラートも困ったように笑うが、インフェルノの秘密にしていることがないという言葉を聞いてちょっと嬉しそうな様子を見せる。
    「だけどルールを破るとペナルティがお前に……」
    「わかってるってアラート。そうだな、俺も今ならお前に言える気がする。ずっと言えてなかったんだが」
    「な、どうしたんだ急に?」
     インフェルノはがたっと席を立つとアラートの方まで歩いて行き、アラートの腕を引いてアラートを立たせる。そしてその両肩に手をおいてインフェルノはアラートをまっすぐに見つめた。
    「インフェルノ?」
    「俺は血の気が多いから、勝手に抜けだしてお前に迷惑かけたこともあったな」
    「よせよ、もう済んだことだろ?」
    「だが俺はあのとき、お前に素晴らしい友人だと言ってもらえてほんとうに嬉しかったんだ」
    「イ、インフェルノ、おおげさだな……」
     アラートは照れくさそうに視線を逸らして笑う。
    「……ああ、やっぱ回りくどいことはなしだ! お前にずっと黙ってたこと、それはな!」
     インフェルノは真剣な表情とともに通る声ではっきりと言った。
    「アラート、お前が好きだ! 愛してる!」
    「…………え?」
    「お前に秘密にしていたことと言ったらこれくらいしかない! 許せ!」
    「えっ、えええ!?」
     アラートの驚愕の声を皮切りに主にサイバトロン側が騒がしくなる。
    「うっそぉ、インフェルノとアラートが!?」
    「いや、俺はそんなことだろうと思ってたぜ」
    「えーそれほんと? アイアンハイド」
    「私もびっくりしたなあ」
    「ああ、だよねスカイファイアー」
     ざわざわとそんなことを話し合うサイバトロン。そして蚊帳の外状態のデストロンから野次が飛んだ。
    「おいアラート! お前はどうなんだよ、インフェルノに返事してやれよ」
     少し酔いが覚めてきたのか、スタースクリームは椅子にふんぞり返って座ってからかうような笑みを浮かべている。ネガベイター強奪の際手を組んだ仲だからか、スタースクリームはアラートには割と友好的なのだ。アラートはスタースクリームを一瞥してから、決心したようにインフェルノを見つめ返した。
    「インフェルノ」
    「ああ」
    「……正直に言おう。俺もお前が好きだ!」
    「本当か!」
    「男に二言はない!」
    「ありがとうアラート!」
     インフェルノとアラートはにっこりと笑い合うと、ひっしと抱擁を交わす。その光景に酔っぱらいのトランスフォーマーたちは歓声と野次を飛ばした。寿命の概念がないに等しく仲間を増やす際に生殖を行わないトランスフォーマー達にとって、性別の差など問題にならないのだ。
    「第一の命令は驚きの新カップル誕生で終了ってことで、さあ次にいこうぜ」
     にこにこと幸せそうに微笑みながら隣り合って座り合う二体のトランスフォーマーも、他のメンバーも、再び運命のくじを引く。
    「王様だーれだ!」
    「よっしゃあああああ王様来たぜぇ!!」
     スカイワープががたっと立ち上がって王冠マークのついたくじを掲げた。
    「よーっし、ここはもうひとつ新カップル誕生を目指してみようじゃねえの?」
     スカイワープは、悪巧みをしている時のスタースクリームそっくりの表情でにたりと笑った。
    「二十五番と十三番、エネルゴンポッキーでポッキーゲーム!」
     うげーとか俺じゃなくてよかったーとかいろいろな感想があちこちから聞こえる。
    「死ねスカイワープ!!」
     と、いきなり立ち上がったスタースクリームがスカイワープに殴りかかるが、バランスを崩してあさっての方向に転びそうになる。その方向にいたサウンドウェーブがスタースクリームを受け止めて、問答無用で椅子に戻した。
    「お? ってことはお前どっちかなのか、ニューリーダー?」
    「二十五番って書いてあるよー」
     バンブルがスタースクリームの前においてあったくじを拾ってひらひらと動かす。
    「で、不運なもうひとりの十三番は誰なんだ?」
     その疑問に答えたのは、非常に複雑そうな顔をしているメガトロンだった。
    「……わしだ」
    「えええええええええメガトロン様ァ!?」
    「まったく……! スカイワープ、後で話がある! 逃げずにわしの部屋まで来いよ!」
    「す、すいませんでしたー!」
     蛇に睨まれた蛙のごとく、スカイワープはメガトロンの怒りのこもった視線に怯えてサンダークラッカーの後ろに隠れる。
    「メガトロン、わかっていると思うが」
    「黙れコンボイ、だったら何も言うな!」
     メガトロンはコンボイに八つ当たりしつつ諦めのこもったため息をこぼす。ここで逃げれば部下に舐められるどころか、サイバトロンにまで「臆病者」と指をさされかねない。もはや退路はないのだ。
    「そっ……そんな、俺は御免だぜ! なんでメガトロンとポッキーゲームなんか!」
    「わしだって貴様なんぞとこんなくだらん行為などしたくないわ! だがルールなのだから仕方ないだろうが愚か者!」
    「で、でもよう……」
     しどろもどろに言い訳を探す様子は、普段海底基地などで見るのとまったく変わらない。まったくこのスタースクリームが、とメガトロンは苛立ちながら妙にいい笑顔のコンボイから差し出されたエネルゴンポッキーをばしっと奪い取った。
    「とっとと済ませるぞ」
    「え、あ……む、無理ですできません!」
    「何が無理だと言うんだ!」
    「だ、だって、顔近い……」
    「ポッキーゲームなんだから近いに決まってるだろうが」
     メガトロンは半ばやけくそでエネルゴンポッキーを一本抜き取りくわえた。
    「貴様とてサイバトロンどもに『ルールを破って逃げた』と後ろ指をさされたくはあるまい、腹をくくれ」
    「う……」
     スタースクリームは他人から臆病者と呼ばれることを非常に嫌っている。おそらく自覚があるからだろうとメガトロンは考えているが、とにかくそれに類いする言葉を武器にすればスタースクリームはあっさり折れるのだ。今回もスタースクリームはものすごく困った顔をしながらも、おずおずとポッキーをくわえようとする。
    「……っやっぱ無理ッ」
     が、直前でしゃがみこんで頭を抱え込んだ。
    「この馬鹿者がっ! そんなにわしが嫌か!?」
    「嫌じゃねえけどぉ!! 近いって言ってんだよ! あんたの顔こんな近くで見てたら俺のスパークが爆発するっ」
    「はあ!? それの何が違うというのだ!」
    「あんた悔しいけどかっこいいんだよ!!」
    「な……」
     思わずメガトロンはぽろっとポッキーを落とし、口を半開きにして固まってしまった。そして幻聴を疑って簡易自己スキャンをかけるが、結果は正常、オールグリーンである。スタースクリームはしゃがみこんだままそろそろと顔を上げてメガトロンを睨む。その頬は熱を帯びて赤くなっている。
    「えらそーだしむかつくし認めたくねえけどかっこいいんだよ……くそっ!」
    「…………」
     メガトロンはどう反応していいかわからず、ただスタースクリームを見下ろしている。若干酔いが醒めたように見えたが、やはりスタースクリームはかなり酒にサーキットをやられているようだった。普段のスタースクリームならばこんなこと死んでも口にしないはずだ。
    「わかったよ! やりゃいいんだろっ」
    「あ、ああ……」
     スタースクリームはさっきメガトロンがコンボイにしたのとほとんど同じ動きでメガトロンの手にあったポッキーの箱を奪い取り、一本取り出してくわえた。
    「さあどうぞ、メガトロン様」
     ふてくされた顔で促されてメガトロンもポッキーをくわえようと顔を近づけるが、ぎくりとメガトロンも動きを止めてしまう。さっきのスタースクリームの気持ちがわかった。これは、確かに、近い。
    「どーしたんです。早くやっちまいましょうぜ」
     スタースクリームは、確かに自画自賛するだけはあってかなり整った顔立ちをしているのだ。メガトロンは少し動揺し、そしてそんな自分を心のなかで叱咤した。いくら顔が良くてもこれはスタースクリームなのだ、心を動かすに値しない。と、強く自分に言い聞かせる。
    「ちなみに知ってると思うけど、ポッキーゲームは先に折った方が負けだからね」
     マイスターが余計なことを言う。それを聞いた瞬間目の前の航空参謀の目つきが変わったのをメガトロンははっきりと見て取った。
    「あんたには負けませんから」
    「……わしとて貴様に負けるようでは破壊大帝の名折れだ」
     ああもうなるようになれ、とメガトロンは完全に捨て鉢になってポッキーをかじりはじめた。
     ぽりぽりと響く音が非常にマヌケな感じがする。そして必死に笑いをこらえているサイバトロンの姿が視界の隅に映るのも大変不愉快だ。その点に関してスタースクリームもメガトロンもまったく同じ気持ちだったが、ふたりとも負けず嫌いであることも手伝って、なかなかポッキーを折って勝負を棄権しようとはしない。そうこうしているうちにポッキーはどんどん短くなり、後少しで唇が触れ合うところまで来てしまった。メガトロンはためらい、そしておそらくスタースクリームも迷っていてポッキーを咀嚼するスピードが落ちる。
     折るべきか? 進むべきか? その二択の間でふたりが板挟みになった、その時だった。
    「ところで新カップル誕生ということでいいのか?」
     ぱき、とポッキーが折れる音がした。
    「んっなわけ、ねえだろうが! この救いようのねえマヌケのサイバトロンがあああああ!」
     コンボイの空気を読まない一言に二機は激しく動揺し、そしてその結果体が動いてポッキーは真っ二つになったのだ。スタースクリームはコンボイに怒鳴ったあと、メガトロンを振り返ってきっと睨む。
    「この勝負俺の勝ちですよね」
    「は? 何を言う、先に折ったのは貴様だろう」
    「違いますよあんたです! 往生際が悪いですぜメガトロン様」
    「貴様こそ勝ちを求めるあまりありもしないことをでっち上げおって!」
    「なんだと!?」
     結局いつも通りの喧嘩になり、メガトロンとスタースクリームは次第にポッキーゲームとまるで関係ない話題で言い争い始める。そんなふたりを見てから、バンブルは憤慨しながらコンボイに言った。
    「面白いものは見れたけど、まったくスタースクリームのやつひどいこと言いますね。司令官はマヌケなんかじゃないのに」
    「ありがとうバンブル。その気持だけで十分だとも」
    「さて、そろそろ次の命令を始めたいところですね」
     マイスターはエネルゴンカクテル片手に笑って、それからスタースクリームとメガトロンを見る。最後の瞬間、二機の唇が触れ合っていたように見えたのは自分だけだろうかとマイスターは誰かに聞きたくなったが、スカイファイアーのことを思い出して黙っておくことにした。
     波乱はなおも続くのである。
    「王様だーれだ!」
     三度目のくじ引きで王様になったのははたして!
    「あ、私王様だ」
     スカイファイアーがびっくりしたようにくじを見る。
    「ずりーぞスカイファイアー、この俺様より先になるとか!」
    「まあそれはスタースクリームの運の無さの問題だと思うけど?」
    「なに~!?」
     スカイファイアーはスタースクリームをからかって楽しそうに笑っている。スタースクリームの方も本気で怒ってはいないので、二機の付き合いの長さを窺わせた。
     そして、周りのトランスフォーマー達は一様にほっとした表情を見せる。スカイファイアーはサイバトロンの数少ない良心のひとりだ。割とえげつない命令が飛び出した直後だが、今回ばかりはそう構えなくてもいいだろう。
     スカイファイアーはにっこりと笑って命令を宣言した。
    「うーんと、それじゃあ一番は七番のいいところを一つ言って褒めること! 以上!」
    「ああ……やっぱスカイファイアーだな……」
    「だな……」
     案の定平和極まりない指示が指定され、半笑いで呟いたスタースクリームに傍にいたサイバトロン数名が同じく小動物を見守るような微笑みとともに同意する。あのスタースクリームとサイバトロンの意見が一致した歴史的にも貴重な瞬間だった。
    「はいはーい俺っち一番でーす!」
    「お、ブロードキャストか。運がいいなあ」
    「まあね! パーセプターにも幸運分けてあげようか?」
    「いや、今のところは間に合ってるよ」
    「そう? よーし七番、ガンガン褒めてやるから覚悟しろよー!」
     かなり楽な命令だからか、ブロードキャストはご機嫌だ。王様ゲームの最中も引き続き行われていた飲み比べのグラスにエネルゴンを足しながら、へらへらと笑っている。
    「……くく」
     だがそのとき、ブロードキャストの隣で黙々とエネルゴンを流し込んでいたサウンドウェーブが、肩を震わせて笑い始めた。
    「なんだよ? 何がおかしいんだいサウンドウェーブ」
    「ふっ……これが笑わずにいられるか!」
    「な……えっ、まさか!?」
    ブロードキャストは激しく嫌な予感を感じて頬をひきつらせ、反対にサウンドウェーブはにやりと口の端を吊り上げてデストロンらしい悪い笑みを浮かべるのだった。
    「そのまさか。七番は俺だ」
    「悪夢だああああああああああ!!」
     ブロードキャストはこの世の終わりのような顔で頭を抱えた。スカイファイアーの良心にあふれる命令が、運命のいたずらでブロードキャストにとって最凶最悪の命令になってしまった。サウンドウェーブは「はーっはっはっは!」と勝利の高笑いでブロードキャストに追い打ちをかける。普段感情を全く表に出さない情報参謀も、今夜は実に楽しそうだった。
    「どうしたイカレサウンド、降伏するのか? そうだろうな、お前は俺を褒めるくらいなら死んだほうがマシだろう。俺だってお前のいいところを探すなんて死んでも嫌だ」
    「くそおおおお! この厭味ったらしい陰険カセットにいいとこなんかないだろ! どうすんだよ俺っち……!」
    「逃げればいいだろう。そうすればお前は俺の足元にも及ばない出来損ないのサウンドシステムだと証明されるのだからな! ふははは!」
    「冗談! あのメガトロンとスタースクリームだってあんな命令でもやってのけたんだ、ここで逃げたら司令官に顔向けできないぜ!」
     その瞬間メガトロンとスタースクリームはぎくりと機体を強張らせ、お互いに視線を向ける。そして目があった瞬間また素早くさっと視線を逸らした。だが、皆赤と青のサウンドシステムに注目していたので、その動きに気づいた者はいない。
    「ああ、どんな奴にだっていいところはあるだろうさ。サウンドウェーブだってな! こいつは確かに陰険だし盗聴とかやることが汚いし何考えてんだかわかんないし腹立つし暗いけど」
    「お前……褒める気無いだろ……?」
     サウンドウェーブは怒りに任せて今にも手の中のグラスをばきっと割りそうだったが、その前にブロードキャストが「だけど、それでも!」と腕を組んで喧嘩腰に言った。
    「音楽の趣味だけは最高だ。それは認める。音楽に関してはお前ほど話のわかる奴は宇宙のどこを探したってそうそうお目にかかれないだろうさ」
    「ブロードキャスト……」
     サウンドウェーブは非常に驚きながら、ブロードキャストをバイザー越しに見つめる。ブロードキャストは「どうだ文句あるか」と言わんばかりの態度でサウンドウェーブを睨みつけて、そしてそっぽを向いてエネルゴンをやけくそ気味にエネルゴンカクテルを一杯一気飲みした。
    「さあこれでいいだろ。あーもうやってらんないね、もう一杯追加!」
    「……」
     サウンドウェーブは何だか毒気を抜かれたように黙りこみ、同じようにそっぽを向きながらグラスを揺らして中のエネルゴンをくるくると回していたが、やがてぼそりと言った。
    「……イカレサウンド」
    「なんだよ面汚し」
    「この前コンドルを偵察に飛ばした時、人間が作ったにしては悪くない曲を発見して、録音した」
    「……へー」
     ブロードキャストは興味無さそうにそっけなく返事をしたが、実際はサウンドウェーブがそのように褒める曲がどんなものなのか気になっていた。しばし無言の時間が続く。探りあいでもしているような緊張感が二機の間を流れている。それから再びサウンドウェーブが口を開いた。
    「聞きたいなら教えてやらなくもない」
    「教えたいなら聞いてやらなくもない」
     それが最大限の譲歩だったらしい二機は、睨み合いながらも音楽の情報を交換し始める。
     そして四度目のくじ引きが始まった。
    「王様だーれだ!」
    「よしっやっと来たぜ王様!」
     スタースクリームが王冠マークのくじ片手に満足気に頬杖をついて、それからにたりと邪悪な笑みを浮かべる。
    「スカイワープのせいでさっきは散々だったぜ……俺様だけがあんな恥ずかしい思いをさせられてたまるかってんだよ!」
     その言葉に全員が嫌な予感でいっぱいになる。そしてスタースクリームは、そういう方向の期待だけは決して裏切らないのだ。
    「ようし、十番は三十番にキスしろ! ニューリーダーの命令だ! わかったらとっととやれ!」
     どさくさに紛れてニューリーダー宣言をする永遠のナンバー2だが、今回はそちらよりも内容に全員の注意が向いたのでそこに触れるものはいなかった。
    「うわあこれ当たった奴災難ってレベルじゃねえな」
    「よかった俺じゃなくて」
     そんな会話があちこちで交わされる中、スタースクリームの隣に座っていたサンダークラッカーが泣きそうな顔でがっくりと机に突っ伏した。
    「……うそだろ……」
    「おやあ? どうしたんだサンダークラッカー?」
     スタースクリームがニヤニヤしながらわざとらしく聞くと、サンダークラッカーは「うるせえ! 爆発してくず鉄すら残さないくらい木っ端微塵になっちまえこの自称ニューリーダー!」と容赦無い暴言を吐いた。
    「なんで俺がこんな目に……!」
    「どんまいサンダークラッカー」
    「って、元はといえばてめえが変な命令出すからこうなったんだろうがよ!」
     サンダークラッカーはスカイワープを睨む。けれどもスカイワープは他人事のように「許せ、サンダークラッカー」と笑ってその憎々しげな視線を受け流した。そのときである。
    「いやあ、もし司令官が発砲を禁止していなかったら私は今間違いなくスタースクリームを撃ってたね」
     ははははとマイスターは爽やかに笑いながら、十番と書かれたくじを周りのトランスフォーマーに見せる。
    「げ……ってことは、サイバトロンと……」
    「お察しの通りさ。君も私も運に見放されたようだ」
    「……スタースクリーム、お前覚えとけよ! この復讐はずぇったいにしてやるからなぁ!!」
    「へっ、できるもんならやってみやがれってんだよ」
    「言ったなてめぇ!」
     サンダークラッカーはついに堪忍袋の緒が切れて、机の上に置いてあった誰かの酒を引っ掴んだ。
    「コレでも飲んで寝てろ!」
    「うわっ!?」
     サンダークラッカーはスタースクリームの顎を掴んでグラスを傾けてスタースクリームの口にエネルゴンを流しこみ始めた。
    「んぐっ」
    「おらおら零れてんぞ、ちゃんと飲めよ」
    「んん……っ!」
     スタースクリームは咄嗟に逃げることもできず、そのままこくこくと酒を飲んでしまう。飲みきれなかった分は口の端を伝って零れていく。それでも容赦なくサンダークラッカーはグラス一杯分全部スタースクリームに飲ませた。
    「……うえ」
    「ざまーみろ。これでちったあ気が晴れたぜ」
     スタースクリームは王様ゲームが始まってから一度も酒に手を出していなかった。そのおかげで少しずつ醒めていた酔いが、この一杯のせいで一気に王様ゲーム開始直後に戻ってしまい、スタースクリームはぐったりと机に頬をつけて動かなくなった。またしばらく元には戻らないだろう。
    「お、おぼえてろよ……さんだーくらっかー……」
    「お前が先に喧嘩売ったんだろうが。ばーか」
     べーっと舌を突き出して仕返しを済ませたサンダークラッカーは晴れ晴れとした表情を見せる。が、これからのことを思い出してすぐにその表情は暗くなった。
    「……これどうしてもやんなきゃ駄目?」
    「どうしてもとは言わないが、まあ君の株は確実に下がるんじゃないか?」
    「だよなあ……メガトロン様だってやったんだし、仕方ねえよな……」
    「それに、インフェルノもアラートもブロードキャストもちゃんとやったんだ、私だってやらなきゃサイバトロンじゃない」
     こんな行為にサイバトロンの名誉がかかっているかと思うと非常に複雑なものがあるが、事実そうなってしまっているのだから仕方がない。すべてはスタースクリームの責任である。仕方なくサンダークラッカーは重い足取りで同じく席を立っていたマイスターと合流した。
    「まあ、まだ君でよかったよサンダークラッカー」
    「……なんで?」
    「ジェットロンって、顔だけは文句なくいいからさ」
     顔だけは余計だ、という文句は、マイスターがサンダークラッカーの顎に手を添えたことで声に出す前に吹っ飛んでしまう。サンダークラッカーが身を固くしていると、マイスターが場の空気を和ませようと冗談めかした声で言う。
    「デストロンとキスなんて後にも先にもこれっきりだろうな」
     それは、宴会の初めにサンダークラッカーがマイスターに言った言葉と同じだったので、サンダークラッカーは思わず笑ってしまった。
    「だといいがな」
     それからマイスターはそっとサンダークラッカーに顔を近づけて、唇を軽く触れ合わせる。時間としては短く触れてすぐ離れたはずなのに、何だか妙に長く感じた。そして何より不思議だったのは、どちらも相手に対する嫌悪感がなかったことだった。
    「……よし! これで完遂だな」
    「おっしゃ次だ次」
     サンダークラッカーもマイスターも特に何も触れないようにして各自の陣営に戻っていく。デストロンの連中は意地の悪いからかいを飛ばしてきたので、その都度サンダークラッカーはその相手に容赦無い蹴りを入れた。
     世の中にはわからない方がいいこともあるのだ。今のような場合は特に。心のなかでそう結論付けてマイスターとサンダークラッカーは次のゲームに気持ちを切り替えたのだった。
    「王様だーれだ!」
     もはやお馴染みのセリフとなりつつある。そして第五回目のくじ引きが始まった。
    「あっ! やーったよね、おいらが王様だっ」
     そんな嬉しそうな声をあげたのはサイバトロンのミニボット、バンブルだった。
    「うーん、どうしようかな~」
    「バンブルくん、頼むからあんまり無茶なことは言わないでくれたまえよ」
    「わかってるってホイルジャック!」
     とはいうものの、バンブルがかわいい笑顔で割ときついことを言ったりするのは周知の事実なので、なんとなく恐れるような重い空気が辺りを包む。
    「そうだ! じゃあ九番、店員さんにありもしない面白カクテル注文してみてよ!」
     やはり大方の予測通り可愛い笑顔でえげつない命令が飛び出したのだった。こういうとき一番きついのは、無関係者に向かって何かとんでもないことをやらされることなのだ。
    「というわけでー……さあ九番は誰?」
    「それは……サイバトロン司令官、コンボイだ!」
    「えっ司令官なんですか!?」
    「ああ……だが大丈夫だ、心配ない」
    「えー、そう言われるとますます心配だなあ……」
     いつも通り慕われてはいるがあまり信頼されていない。だがコンボイは特に気にせず店員に声をかけた。
    「すみません、馬刺しソーダ一つ」
    「はい、馬刺しソーダですね」
    「……え、おいちょっと待って、そんなカクテル存在するのか?」
    「え? あ、はい。正確には馬刺しソーダ風味ですが、ちゃんとありますよ! ご安心を!」
     店員は地球のとある広告を見ていて思いついたとか何とか喜んで説明しようとしていたが、コンボイは「いや、ありがとう」と手を振って店員を行かせた。
    「残念、一回目は失敗ですね。でも司令官なら大丈夫、次は行けますよ!」
    「あ、ああ……」
     コンボイは明るく励ますバンブルに頷いてみせて、本当に運ばれてきた馬刺しソーダをどうしようかと暗い面持ちで考えていた。
    「いや、スパイクが見ていたテレビに頼ったからいけないんだ。もっと私のオリジナリティを出さねばな」
    「オリジナリティ……コンボイ司令官ならではの?」
     こうなると、とりあえず自分の考えたコンボイっぽい名前のカクテルを言いたくなるのが世の常なのだ。酔っぱらいのトランスフォーマーたちは嬉々としてアイディアを出していく。
    「じゃあ、いい考えスペシャルとか!」
    「ダイノボットデストロイ!」
    「プライムエクスプロージョン!」
    「エターナルフォースブリザード!」
    「クリフローラー!」
    「自由落下零式!」
     だんだん何かの必殺技めいてきたが、はたして肝心のコンボイは次はどんな名前でいくつもりだろうか。
    「よし! これからきっといける!」
     コンボイは再び手を挙げて店員を呼び止めた。
    「すみません、ダイナマイトボディ一つ」
    「も、申し訳ありません。当店にはそのようなメニューは……」
    「ああ、いやいいんだ。むしろそのほうが。どうもありがとう」
     これでミッションコンプリートだ、コンボイはほっとしたように息をついた。
    「しかし……馬刺しソーダか……」
    「いったいどんな味なんでしょうね、司令官……」
     バンブルがじっとグラスを覗きこむ。馬刺しソーダは赤とも水色ともつかないわけのわからない色をしている。いくら加工してあるとはいえ通常のエネルゴンとかけ離れた色味のそれは、到底口にしたいとは思えない。
    「だが注文してしまったのだから仕方あるまい。飲み物は粗末にしてはいけないからな」
    「おお、さすが司令官です」
     コンボイは腹をくくって、男らしく一気にグラスを煽った。その瞬間。
    「ほぉおおおおおおおおおおおお!!」
    「し、司令官ー!!」
     コンボイの喉から絶叫が迸ると同時にサイバトロン司令官はがったーんと椅子から転げ落ちた。
    「ら、ラチェット! ラチェットー!! 司令官が! はやく助けてあげて!」
    「よ、よし任せろ!」
    「ぐおおおお……」
    「司令官しっかり!」
     メガトロンとも互角以上の戦いを繰り広げる、頼りになるあの司令官が一瞬で卒倒しかけた馬刺しソーダ。その味がいったいいかようなものだったかは、実際に飲んだコンボイしかわからない。
    「うむ……我が宿敵ながら同情せんこともないぞ……」
    「ですねえ……」
     メガトロンとレーザーウェーブはそんな話をしながら、騒ぎになっているサイバトロンたちを遠巻きに見ながら酒を飲むのだった。
     そして次のくじ引きが始まった。
    「王様だーれだ!」
     お馴染みのセリフと共に運命のくじ引きの結果が判明する。
    「おや、今回の王様は吾輩のようだね」
    「ほ……ホイルジャックか……」
    「なんだねアイアンハイド、そんな引きつった顔をして」
     心外だ、と言いたそうな声でホイルジャックは言うが、主に発明絡みでホイルジャックはサイバトロンのトラブルメイカーのひとりである。その反応も無理はない。
    「いやしかし困ったな。いったい何を言えばいいのか検討もつかんよ」
    「別に深く考えなくてもいいんじゃない? ゲームなんだしさっ」
     ねえ、とパワーグライドはブロードキャストに同意を求めて、ブロードキャストも頷いた。それを聞いてホイルジャックは気楽に行く事に決めたらしい。少し考えてからホイルジャックは命令を宣言した。
    「じゃあ十五番は十六番に、酒の席でしか言えないことを言って、十六番は何を言われても決して怒らないこと! っていうのはどうかね?」
     コンボイが初めに出した命令と似ているが、コンボイの方は言う方が不利だったのに対しホイルジャックの命令は言われたほうが不利だという点が異なっている。
    「ああ、これはなかなか楽しそうだな」
     スカイワープがそう言って笑った。言いたい放題言っても決して相手は怒ることができないということは、仮に相手が敵側陣営だったり怒らせると後が怖い相手だったりすると大変に爽快な経験ができるのだ。
    「……ついに私にも回ってきてしまったか」
     そう呟いてため息をついたのは、メガトロンの隣で今まで成り行きを静観していた防衛参謀レーザーウェーブだった。
    「お、レーザーウェーブなのか? ひょっとして十六番だったり?」
    「いや、十五番だ」
    「なんだ、つまんね」
    「つまんないとは何だ、アストロトレイン」
     レーザーウェーブが呆れて睨んでも、アストロトレインは「だってなあ」と言ってブリッツウィングと他人事のように笑っている。
    「レーザーウェーブが怒るとこ見たことねえし」
    「スタースクリームが無茶言ってもキレねえじゃんお前」
    「別に、ただまともに取り合ってないだけだ」
     それはそれで酷い気もしないでもないが、確かにスタースクリームがニューリーダーを宣言してもその部分だけスルーして会話を続けるという大人の対応ができるのがレーザーウェーブなのだ。サイバトロンの良心がスカイファイアーならば、デストロンの良心はレーザーウェーブだと言える。
    「そういえば肝心の十六番は?」
     そのときレーザーウェーブが首を傾げて周りに尋ねるが、それでも何故か十六番はいまだ名乗りを上げない。
    「おーい十六番?」
    「まさか隠してないだろうな?」
    「あと三十アストロ秒以内に名乗らないと罰ゲーム追加するぞ!」
     ざわざわと居酒屋内部がにわかに騒がしくなる。仲の良い者はお互いの番号を見せ合っているが、それでも十六番を持っている者は見当たらなかった。
    「おっかしいな? いったい誰が……」
     と、そこまで言った時にサンダークラッカーは気がついた。
     隣の自称ニューリーダーが、机に突っ伏してぐっすりと寝こけていることに。
    「……」
     サンダークラッカーは無言でスタースクリームのくじを拾い上げた。番号を確認する。十六番。
    「……おい、十六番誰かわかったぞ。スタースクリームだ」
    「えっスタースクリームぅ!?」
     スカイワープが思わず大声を上げると、デストロン軍団に今日一番のどよめきが走った。
    「ちくしょういいなぁ! スタースクリームに好きなだけ悪口言えるのかよ」
    「苦情も文句も一年言い倒してもまだ足りないくらいあるぜ俺は」
    「レーザーウェーブ、俺と代わってくれよ~」
     口々に羨ましそうな声で言うデストロン軍団たち。歩く災害スタースクリームには、仲間だからこそ募る苦情があるようだ。
     それでもスタースクリーム本人はそんなこともつゆ知らず、すうすうと幸せそうに眠っている。
    「ほらリーダー起きろよ。レーザーウェーブが困るだろ」
    「酒ぶっかけたら起きるんじゃねえの?」
     スカイワープがエネルゴンカクテルの入ったグラスを掴んでスタースクリームにかけようとしたが、その前にスタースクリームがうめき声を漏らす。
    「うー……なんだよ……」
    「チッ、起きたか」
    「王様ゲーム、お前の出番だぜ」
    「……え? まだ続いてたのか?」
     スタースクリームはあくびをしてオプティックをこする。そしてぼーっとしながら頬杖をついて眠そうにしていた。
    「えーっと……よくわかんねーけど……どうすりゃいい?」
    「今からレーザーウェーブが言うことをキレずに黙って聞いてりゃいい」
    「ふーん……?」
    「というわけだ、スタースクリーム。ルールは守れよ」
     レーザーウェーブはスタースクリームの傍に椅子を移動させて座り、そして何を言うか考え始めた。
     デストロンのありとあらゆるメンバーが、レーザーウェーブに期待を寄せていた。この防衛参謀ならば、普段まじめに働かず、しょっちゅう裏切り、影のサイバトロン戦士だなんてサイバトロンにふざけて指をさされるようなこのスタースクリームにガツンと言ってくれるだろう。そんな期待のこもった視線がすべてレーザーウェーブに集中しているのだった。
    「スタースクリーム。たぶんこんな酒の席でなければ言えないだろうから思い切って言うぞ」
    「おう」
     そしてレーザーウェーブは、非常に真剣な表情で言った。
    「メガトロン様はちゃんと健康に気をつけて生活しているか?」
    「…………は?」
     スタースクリームが思わずぽかんと口を開けて固まっても、レーザーウェーブは構わず畳み掛けるように続けた。
    「月に一度の精密検査はサボっていないか? メガトロン様は忙しいからといってすぐ精密検査を後回しにするからな、きちんと受けているのかいつも気になっていて」
    「あ、ああ……えっと、たまにサボってるような」
    「やはりか! 今度お前からも注意しておいてくれるか、スタースクリーム? それと十分な休息やリペアも行なっているかも気がかりだな……ああそうだ、地球製のエネルゴンキューブは確かに質の高いものだが、メガトロン様の御口にあっているだろうか……もし味に問題があるならばセイバートロン星のものに味を近づける方法を最近思いついたのだが、いらぬ世話だろうか? どう思う?」
    「いや……俺が知るわけねえよ……」
    「それとメガトロン様はたまに計画を練るのに夢中になってエネルゴンの補給を忘れることがあるから、そのときは差し入れをしてさしあげるといいだろう。ああ、あとだな……」
     それからもレーザーウェーブはひたすらメガトロンへの気遣いをマシンガンのようにスタースクリームに投げていった。地球から遠く離れたセイバートロン星にいる分、メガトロンのことが気がかりでならなかったその思いをこの機会に全部発散する気らしい。
     皆レーザーウェーブがメガトロンの忠実な部下であることを忘れていたのだ。サンダークラッカーなど、スタースクリームにそれなりに恨みのあるデストロン達はがっかりしたようにため息をつく。
     けれども面食らったように「ああ」とか「そうか」とか「わかった」とか相槌を打つスタースクリームの様子は彼らにとって面白くないと言えば嘘になるだろう。はじめはスタースクリームもそうやっておとなしかったが、だんだんとうんざりしたような顔になり、次第に苛つき始め、ついに我慢ならないという様子になった。
    「おいレーザーウェーブ!」
     スタースクリームはレーザーウェーブの止まらない気遣いを遮って、レーザーウェーブを睨む。
    「なんだ?」
    「もうそんだけ言えば十分だろ?」
    「いーやまだある。最後まで言わせろ」
    「だーもう! なんで俺に言うんだよっ! メガトロンに直接言やいいだろうが!!」
     スタースクリームはぶすっとしながら腕を組む。スタースクリームはレーザーウェーブ自体には悪い感情を持っていないが、レーザーウェーブとメガトロンの二機という組み合わせに変わると途端に機嫌が悪くなる。今回もその例に漏れずスタースクリームは非常に苛立っていた。
     しかしレーザーウェーブも怯まない。まっすぐにスタースクリームを見て、当たり前のように言った。
    「何を言う。お前が相手だから言ってるに決まってるだろう」
    「……へ?」
    「いいか、スタースクリーム。お前ほどメガトロン様のそばにいるデストロンはいないんだ。だからこそ、私のいない間メガトロン様のことを近くで見ていられるお前にこうしてメガトロン様を頼んでいるんだろう!」
    「え……」
     再びぽかんと固まるスタースクリーム。そしてレーザーウェーブも、先ほどと同じようにそんなスタースクリームに構わずに続けた。
    「実を言うと私はお前のことも気になっていた。スタースクリームはよく違う惑星のエネルゴンの味がやだとか好き嫌いしてたしな……ちゃんと食べてるか? お菓子ばかり食べてないよな?」
    「え、あ……いや、その……」
    「お前は意地を張ってよく無茶をするから、あまり下手なことをするんじゃないぞ」
    「あ、あの、レーザーウェーブ……?」
    「お前だってメガトロン様の右腕。大事なデストロンのナンバー2なんだから、そのへんをきちんと考えて行動してくれ。あとだな……」
    「……っこのおせっかい! おせっかい参謀! 大好き!」
    「わ、どうしたんだいきなり」
     スタースクリームはひしっとレーザーウェーブに抱きついた。あまり誰かから心配された経験がないスタースクリームにとって、レーザーウェーブの言葉は想定外のことだったらしい。ひっついて離れないスタースクリームに、レーザーウェーブは困ったように笑った。
     オカン参謀レーザーウェーブ……という、誰かがぼそっと呟いた一言が、その後デストロンの間でしばらく流行することになるとはこの場の誰もがまだ知る由もなかった。
     さて、ラチェットの治療によって一時離脱していたコンボイが復帰する中、次のゲームが始まる。
    「王様だーれだ!」
    「む、どうやらわしのようだな」
    「メガトロンか……」
     今度はサイバトロン側に緊張が立ち込める。メガトロンの立案する作戦によく苦しめられているサイバトロン達にとって、メガトロンの命令はたとえなんであれ避けられるものなら避けたいところだった。おまけに完全なる八つ当たりな命令を出したスタースクリームという前例もあるのだ。メガトロンも同じ事をしないという保証は何処にもない。
    「よし、決めたぞ。今日は日頃の苦労をいたわるための宴会のはずだったからな……初心に帰って二十三番は十一番に、日頃の感謝を伝えろ」
     だが、メガトロンから飛び出したのは、破壊大帝とは名ばかりの慈愛に満ちた命令なのだった。やはりそこはならず者集団を束ねるデストロンのリーダー、スタースクリームとは違う。
    「げっ、また俺かよ……」
    「へー? 今日はツイてんな、スタースクリーム」
     サンダークラッカーがざまあみろと言わんばかりのいい笑顔で言う。
    「まだ一度も当たってねえ奴もいるのに! なんで俺ばっかり!?」
    「日頃の行いが悪いからじゃねえの~?」
     けれどもそんなサンダークラッカーに、予想外のところから反論が入った。
    「俺は日頃の行いが悪かった覚えはない」
     サウンドウェーブはそう言って、十一番と書かれたくじを机に放る。
    「えっ、サウンドウェーブも二度目かよ?」
    「ああ。まあ、幸い俺には痛くも痒くもない命令で助かったが」
    「くそ、お前はいいよな……!」
    「ほう、丁度いいではないかスタースクリーム。いつもお前はサウンドウェーブに迷惑をかけているだろう。ここで礼の一つや二つ言っておけばどうだ?」
     メガトロンも、からかうような笑みで言う。メガトロンにそういう態度を取られると、スタースクリームはかえって意地を張って真逆の行動を取ることも多い。しかし今のスタースクリームは酔っているからか、それともさっきのレーザーウェーブとのやり取りで機嫌がいいからか、反抗的な態度は見せなかった。
    「まぁいいや。とにかく感謝の気持ちを言えば良いんだろ?」
     スタースクリームはサウンドウェーブのそばに行くと、サウンドウェーブをまっすぐ見つめた。
    「お前ってあんまり自分の気持ちとか表に出さないから冷たいように見えるけど、意外と良いやつだと俺は思ってるぜ」
     そしてスタースクリームは案外普通にサウンドウェーブに礼を言い始めた。
    「俺が『なんかいい考えないか?』って聞いたら嫌な顔せずに手伝ってくれた時は、まぁ、なんだ、有難かったよ。ありがとよ」
    「そ、そうか……」
     礼を言われているのにサウンドウェーブは何だか微妙な反応だった。素直なスタースクリームなんて滅多にお目にかかれない上に、その場合大抵裏があるからそれも当然だろう。
    「えーっとあとこの前俺がミスしたとき、お前あの作戦とは無関係だったけどフォローしてくれたよな。それも感謝してる」
    「ああ、まあ、気にするな」
    「俺がセイバートロン星でしか買えない酒が飲みたいって騒いでたら、次の任務でお前がセイバートロン星に行ったときお土産で買ってきてくれたじゃん? あれ正直すごい嬉しかった」
    「……スタースクリーム、そういう話はやめろ」
    「あとー、アレだ、最近俺が不貞腐れてたら『どうせサボるならどこでサボっても一緒だろう』って一緒に冥王星まで付き合ってくれたのも感謝してるしー」
    「あれはさっさと仕事に戻って欲しかったからで……もういいだろう、少し黙れ」
     サウンドウェーブは段々と焦り始めてスタースクリームの話を遮ろうとするが、スタースクリームは聞いていない。エネルゴン酒がスタースクリームの状況把握能力を鈍らせているからか、スタースクリームは今言ったら後々自分も困るようなことを思いついたままに喋ってしまっている。
     案の定周りから「え、なに、あいつらそういう関係?」というひそひそ声が上がり始めている。最初は余裕綽々だったサウンドウェーブは今や完全に落ち着きを失っていた。
    「俺が頑張って水力発電所のエネルギー取って来れたときは褒めて頭撫でてくれたしー」
    「おいっ、スタースクリーム!」
    「俺がメガトロン様に怒られてちょっとヘコんでたら『元気出せ』って言ってキ」
    「っもういいから黙れこの馬鹿が!!」
    「むぐっ」
     サウンドウェーブは咄嗟にスタースクリームの口を手で塞ぐ。が、半分くらいのトランスフォーマー達はスタースクリームが何を言いかけたのか理解してしまった。
    「……へぇ~? サウンドシステムの面汚し君にもそんな一面があるんだ?」
    「だっ、黙れイカレサウンド!」
     ブロードキャストはサウンドウェーブをからかう種が出来てとても楽しそうなにやにや笑いを浮かべている。
    「いいこと知っちゃったなー♪」
    「……っ!」
     サウンドウェーブはわなわなと肩を震わせたあとに、スタースクリームをきっと睨んだ。
    「このっ、愚か者の減らず口のっ、馬鹿参謀がぁああああああっ!」
    「うわああああ!?」
     そして、拳を握って渾身の力でアッパーを決めた。スタースクリームは綺麗な放物線を描いてアイアンハイドに背中から思いっきり衝突する。
    「いてぇっ!! 何をするんだ、このデストロンめ!」
    「見りゃわかんだろ! 殴られたんだよっ!」
    「えーいうるさい! スタースクリーム、今日こそ俺と決着をつけようじゃないかっ!」
    「ちっ、血の気の多いサイバトロンめ! だったら相手をしてやるぜ、このデストロン航空参謀スタースクリーム様がな!」
    「ああ! 腕相撲でな!」
    「は?」
     スタースクリームが予想外の言葉に戸惑うと、アイアンハイドは腰に腕を当てて呆れたように言う。
    「忘れたのか? 司令官とメガトロンは今夜は武器の使用はやめだと言ってただろう」
    「あ、ああ……そうだったな……」
    「さぁ勝負だ!」
    「おうよ!」
     スタースクリームとアイアンハイドの腕相撲勝負が勃発する一方、殴り飛ばした方のサウンドウェーブはと言うと。
    「待てスタースクリーム、これ以上余計なことを言ったらタダじゃおかな……」
    「ちょっと待ったサウンドウェーブ」
    「っ?」
     吹っ飛んだスタースクリームに追い打ちをかけようとしたサウンドウェーブの前に、白い輸送機のサイバトロンが立ち塞がる。
    「スカイファイアー……」
    「彼の友達として、いったいどういうことなのか説明してもらいたいね」
    「ふん。保護者気取りか? 裏切り者の分際で?」
     サウンドウェーブが腕を組んでとげとげしい声で言うと、スカイファイアーは少しだけ悲しそうな顔をした。まさかそんな反応をされると思っていなかったサウンドウェーブは、ちょっとだけたじろいでしまう。普段のスカイファイアーには、サイバトロンを選んだことを後悔するような様子は微塵もないのだ。しかし今は過去と現在の境がなくなっているので、そんな表情をしたのかも知れない。
    「……君が何と言おうと構わないよ」
     だから、スカイファイアーがいつもと同じのほほんとした笑顔でそう言ったときは、サウンドウェーブはいささかほっとしたのだった。
    「私たちは、彼がデストロンになる前から親友だったんだから」
    「だが今あいつの隣にいるのはお前じゃない」
    「隣にいるだけが絆ってものじゃあないんだよ、サウンドウェーブ」
    「……上等だ。この際だ、表に出ろ!」
    「戦いは好きではないが……こうなれば仕方ない! 受けてたとう!」
     それを聞いて、面白いことが大好きなスカイワープが声を張り上げた。
    「おい、今からスカイファイアーとサウンドウェーブが乱闘するってよ! 見物しようぜ!」
    「おお、マジで!」
    「俺はスカイファイアーに賭ける」
    「俺もスカイファイアー」
    「じゃ、倍率高めなサウンドウェーブは俺が賭けるか」
     乱闘が見たいトランスフォーマーたちはサウンドウェーブ達と共に店の外にぞろぞろ出て行く。反対にまだ飲み足りないトランスフォーマー達はスタースクリームとアイアンハイドの勝負で賭けをしていた。ちなみにほとんどがアイアンハイドに賭けて、案の定現在アイアンハイドの圧勝である。
     表も中もわーわーと盛り上がる中、どちらにも参加していなかったインフェルノとアラートは、並んで座ったまま顔を見合わせて苦笑する。
    「これはもう王様ゲームは中止かな?」
    「そうかもな」
     それからインフェルノは、アラートにいたずらっぽく笑いかけた。
    「なあ、このままこっそり抜け出しちまわないか? 俺、さっき夜景が綺麗な場所を見つけたんだ」
     するとアラートも、堪えきれないというようにくすりと笑う。
    「お前はまたそうやって勝手に抜け出す気なんだな」
    「だが、今回は俺一人じゃない。お前も一緒だ」
    「いいよ、わかった。どこでも付いて行ってやるよ、お前のいる場所ならどこでも」
     インフェルノとアラートはまた幸せそうな笑みを交わして、そっと立ち上がると店の外へと出て行く。その様子に気付いていたのはコンボイだけだった。コンボイはふっと口元に優しい笑みを浮かべてふたりを見送る。
    「司令官、どうして笑ってるんですか?」
    「ああ、何でもない」
     バンブルは不思議そうに首を傾げたが、すぐに言いたかったことを思い出してコンボイに笑いかけた。
    「あっ、司令官、口直しにこれどうかなって思ったんですけど、飲みますか?」
    「ありがとう、バンブル。気を遣わせてしまってすまないな」
    「いいんですよ! だっておいら司令官のこととっても大事ですから」
    「バンブル……」
     そしてそんな心温まる会話をしている背後でホイルジャックが馬刺しソーダの詳細を店員に尋ねていたことなど、ふたりはまったく気づいていなかったのだった。
    「ったく、もうめちゃくちゃだぜ……帰っていいかな……」
     本日何度目になるかわからない言葉がサンダークラッカーの口から零れる。そこに「同感だね」と話しかける者がいた。サンダークラッカーは振り返って声の主を見上げる。
    「マイスター」
    「まぁでもせっかくだし、少し私と話でもしてから帰るってのはどうだろう?」
     マイスターはグラス片手にサンダークラッカーの隣に座って爽やかな笑みを口許に浮かべる。
    「それも、悪くないかもな」
     サンダークラッカーもにやりと笑い返して、騒がしい店内の中ぽつぽつと穏やかにお互いの話を始めるのだった。


    「何という体たらくだ……」
     メガトロンは今にも頭を抱えそうな重々しい表情で嘆いた。初めにゲームが始まった時も嫌な予感はしていたが、いよいよ混沌としてどちらがデストロンでサイバトロンだかわからない状態と化していた。スカイファイアーとサウンドウェーブの乱闘から派生して他のデストロンとサイバトロンも殴り合いを始めたりどういうわけかアッチ向いてホイをしていたりもうわけがわからない。メガトロンは理解することを放棄した。何なんだこれは……その言葉を頭の中で繰り返すばかりである。
     けれどもそんなメガトロンの堂々巡りの思考を断ち切ったのは、隣の防衛参謀の笑い声だった。メガトロンが少し驚いたほどに、レーザーウェーブは涙が出るほど笑っている。
    「レーザーウェーブ?」
    「なんて騒がしいんだろう。セイバートロンとは大違いだ!」
     それは、気の遠くなるほどの時間、たったひとりでセイバートロン星を守り続けているレーザーウェーブだからこそ感じる思いだった。そうしてレーザーウェーブはひとしきり笑い終わると、メガトロンに向き直った。
    「メガトロン様、今日はありがとうございました。セイバートロン星の安全を思えば私は欠席すべきでしたのに」
     当初、レーザーウェーブはメガトロンから忘年会のことを聞いても、同じことを理由に述べて丁重に辞退したのだ。それをメガトロンが心配ないと押し切ったことで今レーザーウェーブはここモナカスにいる。
    「今夜はとても楽しいです。本当に、来て良かった。ありがとうございました」
     そう穏やかな声で言う参謀に、メガトロンもふっと破顔する。
     確かにめちゃくちゃで、混沌として、どうしようもない状況であるのは確かだ。しかし目の前の部下がこうして心から楽しんでいるのなら、何も言うまいと思った。それもまた一興、宇宙を統べることに比べればなんと些細で小さなことではないか。
    「ところでメガトロン様、余計なお節介なのは承知で申し上げますが」
    「なんだ、言ってみろ」
    「鳥は籠に入れておかないと、いつ誰に取られるか分かりませんよ」
     レーザーウェーブが何を指して言っているのか、メガトロンにはすぐにわかった。メガトロンは別段焦りもせずに、余裕の笑みと共にグラスを持ち上げて軽く揺らす。
    「お前の言う通り、まったく余計なお節介だな。あれはデストロンである限り最初からわしのものだ。勿論お前も、サウンドウェーブも、他のどんなデストロンもな」
    「ふふ。それでこそ、我らがメガトロン様です」
     そしてどちらからともなくアイアンハイドに連戦連敗中のトリコロールのジェットロンを一瞥し、また何事もなかったように酒を酌み交わし始める。
     そうして一夜限りの休戦、敵味方のトランスフォーマー達による惑星モナカスでの騒がしい宴会は、朝日がくるその瞬間まで続いたのだ。
    小雨 Link Message Mute
    2018/06/16 21:20:16

    デストロンとサイバトロンで王様ゲーム!

    デストロンとサイバトロンが仲良く王様ゲームします。徹頭徹尾ギャグ。
    #トランスフォーマー  #初代TF #腐向け  #スタースクリーム #小説

    含まれるCP:スカファスタ/メガスタ/インアラ/マイサン/音波スタ。
    出番が多いキャラ:スタスク、サンクラ、スカワ、メガ、音波、ブロードキャスト、コンボイ、バンブル、マイスター、スカファ、レーザーウェーブ、アラート、インフェルノなど。
    大分カオスなので細かいことはどうぞお気になさらずお願いします。スタースクリーム中心、かつメガスタ寄り。
    昔pixivに投稿した作品です。

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