【初代TF】褒美 たまには褒めてやればいいのだろうか。
デストロン軍団リーダー、破壊大帝メガトロンはふっとそんなことを思った。毎度毎度裏切っては計画を台無しにし、調子に乗ってはこれまでかけてきた労力をあっという間にふいにしてくれる、困った航空参謀スタースクリーム。もっと困るのは、彼がまともに働いているときは非常に優秀であるという事実だった。普段からその優秀さを安定して発揮してくれればもう本当に何も言うことはないのだが、悲しいかなそうもいかないのが現状である。
いっそ使えないほうがマシだったかもしれないとさえメガトロンは思うことがあった。無能だったらとっとと宇宙の彼方にでも追放してしまえばいい。だが、何度そうしようと思っても、結局実行に移すことはない。スタースクリームがいることで発生するデストロンへの利益は、裏切りや失敗の分を差し引いてみても、スタースクリームがいないときよりもやはり大きかった。一度ついに腹に据えかねてスタースクリームを勢いのまま追い出したこともあったが、奴は自力で帰ってきただけでなくコンバットロンという新たな戦力を従えて戻ってきた。やはりスタースクリームは優秀だと、そのときも感じた。
だから問題は、どうやって普段からその優秀さを引き出すか、という点に行き着くのだ。
「ちょっと、聞いてるんですかメガトロン様。何をぼやーっとしてるんです?」
「……ああ、聞いておる。気にせず先を話せ」
「ほんとでしょうな? あとでもう一回説明するのはお断りですぜ」
スタースクリームは今回ターゲットとなる地熱発電所の説明を続ける。今のところサイバトロンが周辺に現れたことはなく、警備システムも旧式で、サウンドウェーブでなくても簡単に通信を妨害できる。また空を飛べないサイバトロンにとっては戦いにくい地形である、などなど。
メガトロンは確かに聞いていないわけではなかったが、だからと言ってよそ事を考えていないわけでもなかった。相変わらず、こいつはどうしたらちゃんとまじめに働いてくれるのだろうと思考を巡らせ続けている。
スタースクリームは良く言えばプライドが高く、悪く言えばうぬぼれの強い男だ。加えて反発心が人一倍強いので、叱りつけることでそれをバネに力を引き出させるようにしてきた。それに、多分褒めたらつけあがってかえって失敗するだろうとも思っていた。実際これは間違っていないだろう。
「……スタースクリーム」
「はい? なんですか?」
だが、それでもうまくいかなかったのだ。ならば別のアプローチを試してみてもいいのではないか。メガトロンは長考の末そのような結論に至った。
「こっちにこい」
「はあ……構いませんが」
スタースクリームは素直にメガトロンの手招きに従って近くまで寄ってきて、不思議そうにメガトロンを見上げる。そんな彼の黒いヘッドパーツにメガトロンは手を伸ばして触れた。
「へっ?」
「よくやった。お前は我がデストロン軍団にとってはなくてはならん存在だぞ」
メガトロンはスタースクリームの頭を撫でて言う。普段は言わないだけで、今の言葉に偽りはない。それが良いか悪いかは別にしても。
スタースクリームはフリーズする。そして凍りついたままメガトロンを面食らった顔で見上げていたが、やがてはっと我に返ったようにぱっとメガトロンの手を払って後ろに下がった。
「な、な、何すんですか! ガキじゃあるまいし!」
それもそうだなと思ったのでメガトロンは反論しない。
「ブレインサーキットのどっかがショートしちまったようですな、さっさと精密検査に行ってください」
「なんだと? たまにわしがお前を褒めたからと言って大げさな事を言うな、この愚か者!」
最後の言葉を聞いた瞬間、スタースクリームが目に見えてほっとした表情に変わるのにメガトロンは気付いた。本当に故障を疑っていたのだろうか。つくづく失礼なやつである。
「だってあんたが柄にも無いことするから……! と、とにかく説明しましたからね! 失礼します!」
スタースクリームはくるりと背を向けて逃げるように部屋をあとにする。その逃げ足の速さと言ったら、デストロンで右に並ぶものはないだろう。スタースクリームが廊下を駆けていく音を聴覚センサーに捉えつつ、メガトロンはため息をつく。うーんやっぱりうまくいかなかったか……と、そんなことを思いながら。
やはりいつも通りが一番なのかもしれない。メガトロンはそう結論付けて、その日の出来事はすぐに忘れてしまった。
それを思い出したのは、それからしばらく経った後のことだった。きっかけはやはりスタースクリームで、そのときメガトロンはスタースクリームに指示したサイバトロンへの妨害工作の成果を聞いていた。
「というわけで、サイバトロンには見つからずに、あんたの新兵器は火山の内部に設置できましたぜ」
「そうか、ごくろう。もう行っていいぞ」
いつもならメガトロンがそう言うやいなやとっとと自分の部屋へと引き返していくのだが、今日は違った。スタースクリームは動かずにメガトロンを見つめている。
「どうした? まだ何かあるのか?」
「いやー……その……」
スタースクリームは口ごもる。減らず口ばかり叩く航空参謀が言葉を濁すことなどほとんどないに等しいことだったので、メガトロンは少し意外に思った。言ってみろ、ともう一度メガトロンが促すと、スタースクリームはひどくためらいがちに、ぽつりと言った。
「……それだけ、ですか?」
「……何?」
思わず聞き返した。なんの話だろうかと考え、すぐに思考プロセッサーはある記憶にたどり着く。が、その一瞬の間にスタースクリームも素早く動いていた。
「あっ、その、何でもねえです! 私はこれで失礼します!」
「スタースクリーム!」
前回と同じく全力で逃げようとするスタースクリームに、メガトロンは反射的に手を伸ばす。するりと逃げられるすんでのところで、メガトロンはスタースクリームの手首を捕まえた。
「放せよ、報告は済んだでしょうが!」
「まあ待てスタースクリーム、そう急ぐこともあるまい」
放れようと暴れるスタースクリームを抑えこむのは簡単だ。デストロンに、メガトロンよりも強い者など一人だって存在しないのだから。
「褒美がほしいか?」
けれど力で押さえつけるよりも、メガトロンは言葉を選んだ。からかいの含まれた声でスタースクリームにそう言うと、スタースクリームの抵抗が止まる。そして、むくれた子供のようにそっぽを向いた。
「別に……どうせあんたのくれるものなんてロクなもんじゃねえや」
ふん、とそっけない声でスタースクリームは言い捨てる。しかし本心ではないのはどちらもわかっているのだ。メガトロンは笑った。
「そうだ。それはそれはろくでもない褒美だぞ、ありがたく受け取れ」
自分の思うとおりに事が運んだのもあって、メガトロンの機嫌は悪くない。憎まれ口も気にかけず、スタースクリームの望んでいるものを与えてやる。メガトロンは、破壊大帝の肩書きにそぐわぬ優しい手つきでスタースクリームの頭を以前と同じように撫でてやった。
「よくやったな、スタースクリーム」
「……だから、俺は子どもじゃねえっての」
もしスタースクリームのことをあまり知らない者が今の言葉を聞けば、きっと不機嫌な声だと判断するだろう。しかしメガトロンは長年の付き合いのおかげで、そこに隠し切れない感情が混じっているのを聞き取ることができた。相変わらず、どうにも素直じゃない扱いづらい男だ。多分こいつを使えるのは、宇宙広しといえど自分だけだろう。
「褒美が欲しければ、また何か成果を上げてこい」
心地よさそうにおとなしくしていたスタースクリームは、メガトロンの手が離れると、またいつもの跳ねっ返りの航空参謀の顔に戻って笑った。
「誰も欲しいなんて言っちゃあいませんぜ、メガトロン様?」
「ふ。言わずともわかるわ、お前のことなら」
「どうだかねぇ? そんじゃお先に失礼します」
スタースクリームはそう言って、今度はゆっくり歩いて部屋を出ていくのだった。
結局のところ褒めてみたところで、大きく関係性が変わることなかった。相変わらず隙さえあればスタースクリームはニューリーダーになろうと虎視眈々と機会を窺っているし、メガトロンはそんなスタースクリームを叱り飛ばす。まったくいつも通りだ。
だが、変化が一つもなかったわけではない。あれがきっかけになって、メガトロンはスタースクリームとふたりきりになったら時々ああして軽く触れるようになった。半人前扱いされると普段は本気で腹をたてるくせに、メガトロンからの『褒美』に文句はないらしい。最近では用事もないのにわざわざメガトロンの寝室までやって来さえする。確かに元々右腕として重用している分デストロンでは一番共に時間を過ごしてはいた。それでも以前なら、暇な時は大抵スカイワープたちとバカ騒ぎをするばかりで、あまり傍に寄って来なかったのだ。
今日もスタースクリームはメガトロンの部屋を訪れていた。今日の言い訳は「寝れないからなんか構え」だった。最初はもう少しもっともらしい理由を作ってきていたが、面倒になったのかレパートリーが尽きたのか、最近はずっとこんな調子だ。
「地球製のエネルゴンキューブってどうも味が濃いよなあ。そう思いません?」
「一応濃度はそれほど変えていないのだがな。地球のエネルギーは活発で新鮮だからそのせいかもしれん」
「俺もそう思います。まあセイバートロンの枯れ果てた薄味に慣れちまったってのも大きいでしょうがね」
「……ところでスタースクリーム」
「はい?」
「貴様わしのベッドでいつまでくつろいでおるつもりだ」
メガトロンの寝室に入るなりベッドでだらだらし始めたスタースクリームは依然としてそこで寝っ転がっている。当初はメガトロンもコンボイとの戦いを想定した軍団の動かし方を計算していたので何も言わなかったが、そろそろメガトロンも明日に備えてスリープモードに移行しようかと考えている。要するにスタースクリームが邪魔なのだ。
当のスタースクリームはメガトロンに睨まれてもまったく怯みもせず、ふてぶてしく笑った。
「さあ、俺が次に起きるまでかな」
「自分のベッドで寝んかこの愚か者が! わしに床で寝ろとでも言うつもりか? もしそうならこの場で貴様をスクラップに変えてくれるぞ!」
「誰もそこまで言っちゃいませんよ。何しろメガトロン様のベッドは俺たちのより数倍寝心地がいいんでね。動きたくねえってわけですよ」
「まったく貴様というやつは……あきれて物が言えんぞ」
メガトロンは深くため息を付いて、立ち上がる。そして愚か者の航空参謀をベッドから押しのけるためにベッドまで歩み寄った。
「ええいどけ! どかないならわしにも考えがあるぞ、融合カノン砲の動作チェックを今この場でするとかな」
「やですぅー、それに撃ったらベッドまでバラバラになっちゃいますぜ?」
「ならお前を床に落とすまでだ」
メガトロンがスタースクリームをぐいぐい押し出し始めると、スタースクリームは眠そうかつ不満げな顔でメガトロンを見上げた。
「わかりやしたよぉ……じゃ、俺詰めるから隣で寝てください」
ぴたりとメガトロンの腕が動作を停止する。それから、聞き間違いなのではないかと疑いつつ頭脳回路の中で反芻した。
「……何が悲しくて貴様なんぞと添い寝せねばならんのだ?」
「おれも眠くてメガトロン様も眠いんでしょ。俺だってそりゃ嫌だけどこの際仕方ねえ」
「いや、スタースクリーム……お前が自分の部屋に帰ればすべてが丸く収まると思うのだが……」
「もう俺ほぼスリープモード入っちゃってますしー……いいじゃねえですかよ、細かいこと気にするなんて破壊大帝の名折れですって」
「む……」
微妙なところを突かれてメガトロンは眉を寄せる。そう言われてしまうとなかなか強行しづらい。破壊大帝たる者、少々のことに目くじらを立てていては器が知れるというものだ。とはいってもスタースクリームの普段の裏切り行為はもはやそういうレベルを超えているが、とにかくそれがメガトロンの信条なのだった。
「……寝首をかこうとは思うなよ? 命が惜しければな」
「しませんよ。眠いし……」
仕方なくメガトロンはスタースクリームを隅に押しやって隣に機体を横たえる。元々ゆったりと眠れるようにかなり大きめに作ってあるのでふたりで寝るのに支障はないが、やはり少し狭い。動いたとき腕がスタースクリームに当たった。
「……あ」
「なんだ、スタースクリーム」
「メガトロン様あったかい」
「はあ?」
あまりにも脈絡がない言葉にどこか故障でもしたのかと思わず考える。確かに元からブレインサーキットに何か欠陥があるのではないかとは疑っていたのだが。そんなメガトロンの困惑をよそに、スタースクリームは機体をメガトロンの方に寄せてくる。
「デストロン基地は寒くていけねえや……これなら今日はよく寝れそうだぜ」
「おいこら離れんか暑苦しい」
「……」
「スタースクリーム?」
反応がない。訝しんでスタースクリームを観察すると、アイセンサーの光が消えていた。ということは完全に眠ってしまったということだった。
「まったくこのスタースクリームめ……本当にしようのない愚か者だわい」
ぴったりくっついて離れない部下にメガトロンは諦めと呆れの入った視線を向ける。なんだか穏やかな寝顔なのが更に憎らしい。が、憎らしいはずなのに不思議と起こす気にも無理やり引き剥がす気にもならないのは何故だろう。メガトロンはその答えを持っているはずだったが、あえて無視した。
「まあ……叱るのは明日でもそう変わらんか」
メガトロンはスタースクリームを起こさないようにそっと手を伸ばして、あのときと同じようにスタースクリームの頭を撫でてやった。ひょっとしたら、寝ているときに褒美をもらったことを知ればスタースクリームは悔しく思うのかもしれない。きっと、本人以外にはほとんど通じないようなひねくれた悔しがり方だろう。だが、メガトロンは気にしなかった。それは全部、上司を差し置いて先に夢のなかに入ってしまった愚か者が悪いのだ。
(2012年10月17日)