カップリングパロディーで20の御題01:メイドとご主人様
※もしもシャムロックがメイドだったら
ルヴァイドさまは館のご主人さまである。
赤い髪を後ろでたばね、黒いスーツをまとった彼は、品と風格をそなえた館のアンティーク家具たちのなかであってもまったく浮いてはいない。
窓からさしこむ午後の光のなか、猫足椅子に腰をかけて優雅なひとときをすごしていたルヴァイドさまは、読んでいた新聞から顔をあげぬまま、テーブルに手を伸ばしてベルを鳴らした。
しばし後、廊下から規則正しい靴の音がひびいて来た。扉のまえでぴたりと止まると、鋭いノックの音が三回ひびく。
「入れ」
思わずしゃきんと姿勢をただしてしまったルヴァイドの目の前に現れたのは、背筋を伸ばして敬礼するメイドさんだった。ソックスの足がびし、と合わせられる。
「失礼します! お呼びでしょうか、サー」
「……」
(仕切り直し)
「失礼します」
遠慮がちにひらいた扉の向こうに立っていたのは、茶色の短髪にメイドキャップをつけたメイドさんだった。ふわりとした黒のスカートに、白のエプロン姿がまぶしい。
「お呼びでございますか。ご、」 メイドさんシャムロックは、言いにくそうにうつむいた。「ご主人さま」
「ふむ」
満足げに頷く。
シャムロックはスカートのひらひら加減を恥ずかしがっているようだ。そんなメイドさんに目を向けることもなく、ルヴァイドは一言、みじかく告げた。
「茶」
「はっ」
背筋をのばし、軍人気質が抜けきれていない返事をかえして、再びメイドさんは扉の向こうに消えた。ルヴァイドは新聞に目を落としながら、無表情のまま長い足を組み替えた。
メイドさんシャムロックはたっぷり10分かけて、ティーカップをカタカタ鳴らしながら、部屋に戻ってきた。
慣れない手つきでお盆を持ち、テーブルの前に立ったシャムロックは、悪戦苦闘の跡が残るティーカップをルヴァイドの前にと置いた。
「お茶でございます」
「うむ」
ルヴァイドはカップを手にとり、目を閉じて香りをかいだ。盆を抱えてドキドキと見守るメイドさんの目の前で一口すする。
途端、眉間にしわを盛大に寄せ、音をたててカップを置く。シャムロックはびくりと肩を跳ね上げた。
「―――まずい」
お盆を抱きしめていたシャムロックの顔に、落胆の色が浮かぶ。
「それは……申し訳ありませんでした。どうにも、こういうのは慣れないもので」
メイドキャップをさすりながら、シャムロックがつぶやいた。それを聞いたルヴァイドは形の良い眉をあげた。
「違うだろうが」
え、と顔をあげる。
「挨拶の仕方だ。先程教えたばかりだろう」
きょとんとしていたシャムロックはそれに思い至ると、しばし迷ったあと、口をむすんで頭を深くさげた。
「も、申し訳ありませんでした。お許し下さいませ、ご主人さま」
うむ、と満足そうな主人の声を聞くと、シャムロックは折った上半身のなか顔だけあげて、怪訝そうな視線を向けた。
「なんだその顔は」
「いえ……」
シャムロックは体を起こす。
眉をよせ、しばし逡巡していたが、やがて声をひそめて抗議した。
「なんでそんなに偉そうなんですか、ルヴァイド」
ルヴァイドはふん、と鼻で笑う。
「偉いからに決まっているだろう」
シャムロックはますます釈然としない顔をする。ルヴァイドは手に持っていた新聞をたたんでテーブルの上に置いた。
「分かっておらんな、シャムロック。我々はご主人様とメイドさんごっこをしているのだぞ」
言うなり、ルヴァイドはティーカップに指をひっかけて倒した。色の濃すぎるアール・グレイがテーブルを流れてしたたり、床に水たまりをつくった。
「何をしているんですかっ」
床に膝をつき、雑巾を手にお茶を拭く。
「靴もだ」
シャムロックの鼻先に、紅茶のかかった黒の革靴がさしだされる。シャムロックは憤慨の表情で、雑巾をもった手を靴に伸ばした。
「おっと、その雑巾で拭くのではないだろうな」
「……」
「ご主人さまの靴だ。どうすればいいか分かっているだろう? シャムロックよ」
屈辱で顔が真っ赤になったシャムロックを見下ろしながら、ルヴァイドは声を出して笑った。
「よいかシャムロック。メイドはご主人さまのために誠心誠意、真心をつくすのが役目。そしてご主人さまは」
そんな可憐なメイドさんに、お茶目な意地悪をするのが役目だろうが―――。
(勘違いしたまま終わる)
02:猫と飼い主
※もしもシャムロックが猫だったら
ジーンズのポケットから鍵をとりだしてガチャガチャと鍵穴をあける。背に抱えた大きな荷物をひっかけながらドアをくぐり、フォルテは玄関の奥に向かって大きな声をだした。
「おーう、いま帰ったぜー!」
部屋はしんとしている。あれ、と首をかしげながら、フォルテは汚れたスニーカーを脱いだ。
「シャムー。いねえのか?」
のれんを頭でかきわけながら、部屋の奥を見て、フォルテは表情をゆるめた。
視線のさきには、正座をしてこちらに背中を向けている愛猫の姿があった。後ろから伸びている尻尾はピンと天井を向いて立ち、ゆらゆらと動いている。
「おいおいシャムロックよお。飼い主さまが久々に帰ってきたんだぜ、玄関まで出迎えてくれてもいいじゃねえか」
ご主人さまの声が聞こえないかのように、まったくの無反応を貫く猫。
その後ろにどかりと荷物を置いて、フォルテはあぐらをかいて座った。口元に笑みを浮かべながら、使い込んだ旅行カバンのなかから色々な物を取り出していく。
「どうしても物が増えるんだよなあ。旅行してると」
フォルテはしわくちゃのタオルを台所に放りながら、言った。
「ち、洗濯かごに入らなかった。まいっか。―――で? シャムロック君はどうしたよ」
「何日、留守にしたとおもってるんですか」
頑固な背中から、ようやく一言かえってきた。
フォルテは手をとめ、顔をあげた。
「あれ。もしかしてお前、スネてんの?」
「別に」
すぐさま否定する。フォルテはにんまりと笑った。
四つ這いで近寄り、下からシャムロックの顔をのぞきこむ。シャムロックは慌てて顔をそむけた。
「悪い悪い、ちょっと旅先でトラブルが起きてさ。なんだ、それで怒ってんのか? 飯はいっぱい置いておいたつもりなんだが、足りなかったか」
「ご飯の問題じゃありません」
冷たく言いはなつ猫だが、見ると今にも耳が伏せそうだ。
フォルテはシャムロックの肩をぽんぽんと叩くと、荷物の側に戻った。
「ごめんなー。お土産買ってきたから機嫌直してくれよシャムちゃん」
「ネコ缶などで騙される私ではありませんよ」
「いや、今回はネコ缶じゃなくてな」
フォルテはカバンから何かを取りだし、ほい、とシャムロックの目の前に放り投げた。シャムロックは思わず反応して飛びついた。
ネズミのおもちゃを両手で包むようにして握っている自分に気づき、シャムロックは屈辱でわなわな震えた。
「いいだろそれ、気に入ったか? ―――おい、捨てるなよ」
両手で行儀良くごみ箱の中に入れて反抗する。
「ったく……何が気に入らないんだか」
フォルテは頭をぼりぼりとかいてぼやいた。猫の顔と尻尾が、だんだんとうなだれていく。なんでわからないんだろう、という愚痴の言葉は小さくて、本人の耳までとどかない。
ふと思いついたように、フォルテは突然満面の笑顔でぱんぱんと手を叩きはじめた。気分転換のつもりらしい。
「よーし、芸やるぞ芸。ジャンプだシャムロック。この間教えただろ」
勢い良くシャムロックが振り向いた。
「やめてください! 反復横飛びする猫だなんて、ご近所に見られたら恥ずかしくて顔向けできません」
「何言ってんだ、スターになるに違いないのに」
頬を人差し指でかいて、困惑の表情を浮かべていたフォルテは、にこりと苦笑してため息をついた。猫の背中に近づき、後ろから抱きしめる。
「あ」
逃げようとするシャムロックを、さらに強い力をこめて腕のなかに閉じこめる。
「まったく、世話の焼ける猫だ」
「離してくださいっ」
「一言淋しかったって云えばいいのにな? ―――ただいま」
シャムロックは抵抗をやめ、悲しそうな顔をして、飼い主の腕を握った。一瞬だけ爪をたて、すぐに力を弱める。
そして小さな声でつぶやいた。
「……おかえりなさい」
飼い主は猫の薄茶の頭を繰り返し撫でていた。
シャムロックは飼い主の腕におさまり、目を細めてその感触に心地良さそうにしていたが、やがてぽつりと言った。
「あなたはひどい飼い主だ」
飼い主の指が耳の後ろをかく。猫の耳はくすぐったそうに動いた。
「そっか? いい飼い主だろー」
「すぐ私を置いて旅に出るし、変な芸を教えようとするし。血統書つきの猫なのに、肝心の血統書をなくすし」
うっ、と言葉につまる。ほら見ろ、と言わんばかりに、シャムロックは頭を飼い主の胸に押しつけた。
「だけど、飯はいつだって腹いっぱい食わせるだろ? 時々は俺手作りのスペシャル・ディナーだし。部屋の中でも好きにさせてるし」
「……」
「外出するのも自由。窮屈な首輪もつけてない―――ここが嫌になったら、いつでも逃げて自由になれるんだぜ? 理解ある、いい飼い主じゃねえか」
「それがひどいっていうんです」
猫は飼い主の腕にもぐり、小さな鳴き声で嘆いた。
04:探偵と助手
※もしもシャムロックが探偵だったら
「謎はすべて解けたよイオスくん」
回転椅子をくるりとまわし、正面を向くなり探偵は言った。
組み合わせた足のうえにゆったりと手をのせて、口元には知的な微笑を浮かべている。
「それはいいが、いったい誰をモデルにしてるんだ」
探偵の助手、少年イオスは、雑然とした机ごしに言った。手に持っているのは愛用の大きな湯飲み。
「そこが迷いどころです」
言うなり眉間に指をあてて悩みこむ探偵を横目に、助手は茶をすすった。
「エルキュール・ポワロやエラリー・クイーンも捨てがたいけれども、私個人的にはやっぱり、シャーロック・ホームズかなと」
探偵は引出しからパイプを取り出して、愛しげに撫でさすった。
「ああ犬ね」
「人間の方です! まあ、それはともかくとして」
ごほんと咳ばらいをすると、シャムロック・ホームズは足を組みかえ、空のパイプをくわえた。
「本題にはいろう。これを見たまえイオスくん。我が探偵事務所に、先日送られてきたものだ」
一枚の紙を、机にそびえる本の塔の頂点に置いた。イオスは背伸びをしてそれを手にとり、読みあげた。
「立ち退き書。リィンバウム自由探偵事務所殿。従前より再三請求させていただいてきた未払賃料が先月末ついに6ヶ月分を越え」
探偵が手をあげて遮った。
「文面は些末なことだよイオス君」
「つきましてはこのビルを即刻―――お前、これのどこが些末なことだ」
「ううむ、確かにその通り。だが、本当に重要な問題はその怪文書が送られてきた理由さ」
「そんなの、金がないからに決まってるだろう」
「金がない! ますますもってその通り。だから今日は、『どうして我々には家賃を支払うだけの金もないのか』について推理してみようかと思うんですが」
「……」
イオスは紙を放り投げ、お茶を一気飲みすると、空になった湯飲みを片手に台所へと消えた。
シャムロックは、本の塔の真ん中あたりから一枚のチラシを引きだした。机に散らばる小物を腕でどけ、あらわれた木目のうえにチラシを置く。胸ポケットからは、探偵7つ道具のひとつであるルーペを取りだした。
「まず、第一に考えられる理由は事務所の立地です。ええと、このチラシによれば、我が事務所はトライドラ王城から徒歩35分」 探偵は、片手にもった拡大鏡をチラシに近づけた。「真実は激走35分なんですけどね。まあ、いいでしょう」
探偵はルーペをポケットに戻すと、背もたれに体重を預けた。
イオスは台所で、やかんに水をいれている。
「トライドラの内部においての距離は問題ありませんね。中心部へのアクセスもよく、住宅街も近い」
探偵は火のついてないパイプを口から離し、まぶたを閉じた。
「ただ、トライドラという街自体に問題がないわけではありません。トライドラは風土的に探偵のような職業に価値を見いだす街ではありませんから、市場が小さいんですね。
―――もっとも、お客さんは街のなかだけとはかぎりません。たしかにトライドラは、人口過密都市であるファナンやゼラムからは離れています。物理的な距離は金の距離、大市場から遠いという事実は、往々にして商売にとってマイナスに働きます」
台所では、しゅぼ、とコンロの火がつき、水のしたたるヤカンがその上に乗せられた。
イオスは腰に手をあてて、ヤカンの口を眺めている。
「しかし、その法則は全ての場合に当てはまるわけではありません。探偵事務所のように非日常の事件を持ち込む場は、遠距離であることがかえって客にはプレミアに感じられることもある。現に『レルムの村の聖女』は、大都市から離れているにも関わらず大繁盛しているといいます」
悪魔探しや遺跡探知、芋づくりに病気の治癒までこなす凄い同業者がいるという。その評判は遠くトライドラまでとどろく程で、最近は外国からも問い合わせがあるらしい。
レルム村は降って沸いた特需に大喜びで、村づくりの一環として、総力をあげて事務所をバックアップしているということだ。
「まあ、『聖女』を参考にするのはやめましょうか……なんだか我々とは次元が違う気がする」
ヤカンが湯気を吹いた。イオスはコンロの火をとめ、愛用湯飲みのなかにお湯をそそいだ。
棚から缶をとりだし、さらりとした茶葉を急須のなかに入れながら、器がお湯であたたまるのを待つ。
探偵は眉間をもんでいた指をはなし、言った。
「とにかく、立地は原因として重要ではない。では次に考えられるのは、広報でしょうか」
台所では、先程湯飲みにいれたお湯を急須にいれかえていた。茶葉をゆっくりと浸していくお湯。
イオスは、早速ただよってきた香りに満足して蓋をした。目をつむり、ふっくらとひらいていく茶葉を想像しながら、鼻をひくりと動かす。
「うちはどうも、世間へのアピール力がよわいんですね。
開業時にはご近所をまわって挨拶もしたし、今でも週末には街頭でチラシも配っている……。我々は充分にがんばっています、がんばっているが、この事務所はなんといっても華がない!」
はな?
イオスは砂時計からふと視線を離し、事務所のなかを覗きこんだ。
商店街から配られた草野球応援ポスターが1枚、よく理解できない画風の版画一枚(しかも贋作)。窓際の棚に飾られているのは、かわいた砂漠を思わせるミニ・サボテンだけ。
「たしかに」
イオスは思わずつぶやいた。
「華がない」
「でしょう!」
はじめて助手からもらった相づちに、シャムロックは手を合わせて大喜びした。
「そこでイオスくん、うちの事務所をすこしでも華やかにするために、ちょっとこれを着てみませんか」
足下の紙袋から、にこにこ顔の探偵が何かをとりだして目の前にかかげた。イオスは机に歩みよってそれを受けとり、広げた。
目にもまぶしいピンクのワンピースドレス。
裾にフリル。襟にもフリル。
「へえ」
イオスはそれをしげしげと眺めると、無言で部屋の奥に消え、しばらくしてから色々と道具をもってふたたび戻ってきた。
丁寧な手つきでドレスをロープでぐるぐると囚人縛りにし、天井から逆さ吊りにして、脇にかかえていたポラロイドカメラで現場写真をうつす。
じー、と悲惨な画像が排出されるカメラを持ちながらイオスは呟いた。
「なるほどね」
「いやもうホント、すいませんでした……」
探偵は、机のうえに両手と頭をついて謝った。
気を取り直して。
「さて、立地でも広報でもないとすると、残る原因はなんだと思いますか」
「そろそろ探偵自身の資質に目を向ける気はないのか」
「やはり最後に考えられる原因としては、業務内容ですね」
強引につづける。イオスは、はーっと大きなため息をついた。
「ところで、一般的に探偵のお仕事といって思い浮かぶのはどんなものでしょうか。やはり警察を出し抜いての殺人事件の捜査? それとも、世界中の芸術品を盗みだす怪盗と、知恵と知恵との一騎打ち……ふむ」
シャムロックは物憂げな視線を宙に向けた。
「しかしそれは小説のなかのお話で、実際はいたって地味な職業なのです。浮気調査、別れ話の仲介、人捜しに物探し―――要するに何でも屋です。莫大な報酬が一挙にはいってくる仕事など夢のまた夢」
探偵は、パイプで机の端をカン、と打った。
「しかも意外と競争がはげしい世界ですから、何がしか独自色をださなければ、あまたいるライバルたちとの生き残りをかけた戦いには勝てません。
その点、『金の派閥』はうまくやりましたね。大都市ファナンに本拠をかまえ、多くの探偵を擁するあの事務所は、もっぱらはぐれ召喚獣の探索・捕獲を専門としています。誰も手をつけてこなかった分野の草分けとして一躍有名になり、熱心な営業とサービスで顧客の信頼をあつめて、同業者がつけいる隙を一切つくらなかった。いまや召喚獣関連の探偵市場は彼らに独占されているといってもいい」
シャムロックはパイプを置き、机に両肘をついて、指を組み合わせた。
「この『金の派閥』こそが、我々『リィンバウム自由探偵事務所』のモデルケース。理想の事務所像です。
我々は彼らの業務内容を参考にしたうえで、トライドラならではの地域色もくわえ、あたらしいサービスを考えだしました。そのサービスは、おそらくリィンバウム初の試みです」
シャムロックは事務所旗揚げ当時のことを懐かしむように、遠い目をした。そしてふと、目を伏せる。
「……しかし残念ながら、成果はかんばしくありませんでした」
イオスは、探偵の机にのっているチラシに視線を向けた。
そこにはこう書かれている。
<はぐれ騎士(別名:自由騎士)探します>
「仕事をはじめてみてから気づいたんですよ。騎士国家というところは、国からはぐれた騎士をさがすのに探偵を頼ったりはしないという事実に」
「そもそも、はぐれる騎士なんてのが滅多にいないだろうが」
『俺達3人以外にはな……』
どこからか低い声がひびいてきて、シャムロックとイオスはハッと顔をあげた。キョロキョロと部屋のなかを見回すが、もちろん人の姿はない。
実はこの事務所の床には地下迷宮につづく隠された扉があって、そこには仮面をかぶった怪人(別名:黒騎士)がひそんでいる―――のだが、それはまた別の話。
「あれ、イオスどこに行くんですか」
机のしたをのぞきこんでいたシャムロックは、すたすたと歩き去る助手に声をかけた。
「ばかばかしい。お前と話をしていると頭が痛くなる。茶でも飲んでた方がましだ」
台所に戻り急須の蓋をあけたイオスは、ふやけた茶葉のただよう黒い液体を見て悲しい顔をすると、お茶を煎れ直すべくやかんをコンロのうえにのせた。
「あれ?」
カチリ、カチリと点火しようとするが、いくらやっても火がつかない。
コンロの口をのぞきこんでいると、後ろから声がかかった。
「あ、そういえばイオスくん」
「なんだ!」
苛々と返事をする。
「君には言っていなかったけれど、先日こんな手紙がきてね」
コンロをこぶしで殴ってから、探偵のまえに小走りでもどる。
手渡された手紙のタイトルを読んだ。
「ガス供給停止のおしらせ」
だんだんと、イオスの肩がいかってくる。シャムロックは背もたれぎりぎりに体をひいて、青筋をたてたイオスから距離をとろうとしながら、もう一枚、紙をさしだした。
「つ、ついでにこんな犯行予告も来ているわけで」
イオスは探偵の手からひったくるようにして真っ赤な紙を奪った。
題名:『電気供給停止のお知らせ』
イオスは顔を静かにあげた。
「いい加減腹に据えかねたわけで」
「うん、うん、気持ちはよくわかる……だからこそ、どうしてこんな事態になったのかを探ろうとしているわけです。あれ、イオス何して―――」
助手は懐からとりだしたストローのような筒に唇をあて、ふっ、と吹いた。空を切り、ぷすりと針が皮の椅子に突き刺さる。
探偵は悲鳴をあげた。
「わーっ、何するんですか、やめてください!」
吹き矢はつぎつぎ乱れ飛ぶ。よけようとあがく探偵。
「ぎゃあ」
すぱん、といい音をたてて眉間のど真ん中に一本はいった。探偵の体からは力が抜け、がくっとうなだれる。
イオスは満足そうな表情を浮かべると、探偵の座る椅子の後ろにいそいそと移動した。
うつむいて影のかかった探偵の顔から、声が流れでてくる。
『と、今までの推理は全て冗談で、本当の元凶は……』
イオスは椅子の陰に屈み、ボイスチェンジャーを口にあてながら、心のなかでつぶやいた。やっぱり探偵といえば「眠りの小五郎」だよな。
天井の蛍光灯が、チカチカとまたたいた。
暗転。
05:きょうだい
※もしも3騎士が兄弟だったら
せわしないノックがひびいた。
「はいるぞ」
と声がしたかと思うと、返事するより前に扉がひらく。
シャムロックは肩越しにふりむきながら、苦笑した。――― 一応ノックをするようになっただけでも、進歩だろうか。
部屋の入り口には、金髪の少年が思ったとおりの表情をうかべて立っている。
「どうした、イオス。不機嫌そうな顔をして」
「生まれつきだ。弟の地顔も忘れたのか」
きゅ、と唇を結び、大股で部屋を横切りベッドに乱暴に寝転がる。
シャムロックはそんな弟に肩をすくめると、机に向きなおった。3つ下のこの弟が、自分に対して傍若無人なのはいつものことなのだった。
シャムロックはノートに向かっていた。カリカリと文字を書く音がひびく。
弟は壁をむいて黙ったままだ。
うつむいたままシャムロックは頬をほころばせ、口をひらいた。
「なにか用事があったんじゃないのか」
イオスの背がぴくりと動く。声をかけられるのを待っていたのだろう彼は、しかし頑固をつらぬいて返事をしない。
「また、ルヴァイドにかまってもらえなくて拗ねてるのかい?」
イオスは無言で、枕のよこに置いてあったウサギのぬいぐるみをいじっている。
シャムロックはほう、とため息をつくと、シャープペンを片手にわずかに振りかえった。
「きっと最近仕事がたてこんでいて、イライラしているんだよ。兄さんが忙しい人だということは、お前もよく知ってるだろう?」
「うるさいな。そんなんじゃない。いいから黙って勉強したらどうだ」
耳をつかみ上げていたウサギのぬいぐるみを脇に放って、弟は不機嫌な声をだした。
はいはい、と苦笑いをして前に向き直り、シャムロックは本をめくった。
シャムロックのうちは、男ばかりの3兄弟。
上にひとり、下にひとりでシャムロックが真ん中である。
長兄のルヴァイドは検察官だ。
将来をどうするのか誰にも相談しないまま、大学4年で司法試験に合格し、驚く周囲をしりめに卒業とともに家を出た。
それからは盆も正月も帰ってこず、一度「元気でやっている」と電報のような便りが届いたものの、あとは長く音信不通の状態がつづいた。
その兄が、近くに赴任したからといってふらりと実家に戻ってきたのは、つい最近のことだ。長身に黒のスーツをびしりと着こなす兄の胸には、秋霜烈日のバッジが輝いていた。
シャムロックはというと、そのころ地元の大学の医学部に入学したばかりで、医者として白衣を着るため、勉強に明け暮れる毎日をおくっていた。
末弟は、そんなふたりを見比べて、結局長兄を目標とすることにしたようだ。弟の部屋の本棚には、医学書ではなく、法律の本がならんでいる。
自分も医者になるのだと言っていた小さな弟の方向転換に、口には出さないものの、ほんのすこしだけ寂しい思いをしたシャムロックだった。
だが、こうなるのは仕方がないことだったのかもしれない。イオスは昔から、長兄を尊敬のまなざしで見ていた。幼い頃などは、本を読みながら歩く兄のあとを、ちょこちょことヒヨコのようについてまわっていたものだった。
そしていつも無表情で口数の少ない兄もまた、そんな末弟のことを何より可愛がっているのをシャムロックは知っている。
ふたりの間に、自分が割りこむ隙はなかった。
(3人兄弟って、上と下が仲良くて真ん中は省かれるってよくいうけど、本当なんだな)
ぼうっとしていると、名前を呼ばれた気がして振り返った。
両手を頭のうしろに敷いて、ベッドに仰向けに寝ている弟が、天井をにらんでいる。
「ごめん、いま何か言ったかい」
イオスはますます顔を険しくし、不機嫌そうに黙りこんだあと、ようやく口をひらいた。
「……何か、欲しいものはあるかと言ったんだ」
シャムロックは目をみひらく。
「どうしたんだ、唐突に」
「ないのか、あるのかどっちなんだっ」
牙をむく子犬。シャムロックは首をかしげた。
「いや、特にはないよ」
天井をむいた弟の顔が、みるみる赤くなる。
「ルヴァイド兄さんには、野球の試合を見に行きたいって言ったそうじゃないか」
シャムロックは、ああ、とつぶやいた。
確かに、そんなことを言ったかもしれない。流石は、上・下兄弟の情報ネットワーク。
「そうだな……」
ふりかえると、机のうえの写真立てが目にはいる。
そこに写っているのは、スイングしたバットに、ボールがヒットした瞬間の絵だ。
選手の顔はうつむき、またヘルメットのつばに隠されていて見えないが、まっすぐ前を向きヘルメットを脱いだ彼は、くすんだ金髪と、いまにも口笛をふきそうな余裕の表情をもったハンサムである。
シャムロックは、彼の大ファンだった。
いつでも一発大きいあたりを狙う豪快なプレイスタイル。陽気でくだけた話し口調。人なつこい笑み。
好きな理由は色々あるが、それよりも何よりも、シャムロックは向き合った彼のまとう空気が大好きだった。
―――誰にも明かしていないことだが、実はシャムロックは彼と知り合いである。
友人、と言っても許されるだろう。
出会いのきっかけは冗談のような偶然だった。既にスターだった彼が熱狂的ファンから追われているところに、シャムロックはたまたま居合わせたのだ。そこの兄ちゃん、かくまってくれと声をかけられ、訳もわからないまま結果としては彼を助ける形になった。
以来、自分の何を気に入ったのかわからないが、彼は時々お忍びでシャムロックを訪ねてくる。家の前や大学の帰り道に、何食わぬ顔で止まっているスポーツカー。
最初は戸惑ったもシャムロックも、そのうち彼の訪問を喜ぶようになった。彼はスポーツ選手としてだけではなく、友人としても最高の男だった。
いまは、彼が一方的に会いにくるのを待つばかり。しかし、いつかは。
写真立てを手に持って眺めていたシャムロックは、つぶやいた。
「そうだな……いつかは、自分の足で会いにいきたい」
そのとき、かさり、と机のうえに何か落ちてきた。
色あざやかな、光沢のある細長い紙―――チケットだ。
拾いあげ、振りかえると、眉を吊りあげた弟の姿があった。
「たまたまだ」
蛍光灯が逆光のせいで、表情はよく見えない。
が、光のあたっている耳の縁が赤くなっているのは見て取れた。
「たまたま、手に入ったんだ。だが、僕は野球なんて微塵も興味ないからな。捨てるのは勿体ないから、お前にくれてやる」
「イオ―――」
声をかける間もなく、弟は身をひるがえし、ばたばたと足音荒く部屋をでていく。
思わず立ちあがったシャムロックは、チケットを持ったまま、開きっぱなしの扉を呆然と眺めていた。何が起こったのだろう?
「一体……」
視線を扉からずらす。その拍子に、壁にかかったカレンダーが目にはいり、シャムロックは、あっと声をあげた。
そういえば、今週末は自分の誕生日ではなかったか。
シャムロックはしばし立ちつくし、それから手のなかのチケットをもう一度見おろした。そこに描かれているのは、憧れの彼のチームロゴ。
先程まで弟が寝ていたベッドに視線をうつす。
しわの寄ったシーツ。枕のちかくには、ピンクのウサギのぬいぐるみが大の字になって転がっている。イオスが子供のころ大事にしていたぬいぐるみだ。物置を整理したとき、当の持ち主が捨ててもかまわないと言ったそれを、シャムロックが救済したのだった。
シャムロックの口元に、滲むように笑みが広がる。
ベッドに歩みより、背を壁に寄りかからせるようにしてぬいぐるみを座らせると、シャムロックは部屋をでた。
扉をノックすると、はい、と返事がかえってきた。
「僕だ」 シャムロックは、扉ごしに語りかけた。
沈黙。
「……なんだ」
いつもの数倍、かたい声が聞こえる。
シャムロックは、扉に顔を近づけて話した。
「チケット、嬉しいよ。本当にありがとう」
たっぷり空いた間のあとで、「別に」と小さい声がした。
「ところで、このチケットは2枚あるんだね。イオス、この日は空いているかい」
「……」
考えこむような沈黙。
「空いていなくもない」
「そうか。実はあいにく、大学の友人はみんなベースボールよりフットボール、という奴ばかりでね。それに、僕には休日にデートに誘えるガールフレンドもいないし」
「淋しい人生だな」
「まったくだ」
シャムロックは、扉に手を添えた。
「だからイオス。よかったら僕に付き合ってくれないかい?」
しばらくの時間が経ち、やがて、かちゃりとノブのまわる音がした。数歩ひくと、それに合わせて扉がゆっくりとひらく。
現れたのは、きゅ、と口を引き結んだ弟。
「仕方がない」
すこし下のところから、藤色の瞳が見上げてくる。
「そこまで言うなら一緒に行ってやる」
「ありがとう、イオス」
弟は大きく頷くと、ふうっと肩から力をぬいた。そしてすぐにいつもの得意げな顔になり、
「まったく、世話の焼ける兄貴だ」
腕組みをし、やれやれ、というように首をふる。
シャムロックはそんな弟を眺めながら、にっこりと満面の笑みをうかべた。この末弟が可愛くて仕方がないのは、長兄だけではないのだ。