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    デルタ 辺りは青い色に沈んでいた。

     ―――霊界サプレス。
     この世に存在する5つの世界のひとつ。静寂の器。
     幾重にも折り重なった層により構成されているその世界は、上に光、下に闇、そしてその中で泳ぐ多くの肉もたぬ命を宿していた。
     光と闇に住まう生命―――それらを天使と悪魔といった。彼らは憎しみという感情を知る前から相争い、食らいあった。
     何故自分達は争わねばならないのか。
     その理由を彼らは知らない。
     ただ分かるのは、電灯がともるようにふいに生まれ、そして消える己の命のあり方と同様に、それがこの青い世界に根ざしたひとつの仕組みだということだ。

     ここも、そんな世界のなかの一部だった。
     光の領域と闇の領域を分かつ丁度境い目となっているこの層は、どちらに組することなく、薄暮の暗さを保っている。見渡すかぎり動いている影はない。そこかしこに乱立して生えている水晶たちだけが、この空間の住人であり、主役だった。
     水晶の根を支えているはずの地面は見つからず、透き通ったつややかな柱の根元は、空気に溶けるように消えている。
     暗闇のなかでぼんやりと発光し、輪郭を青く浮かび上がらせている水晶の谷は、その器一杯に静寂の水をたたえていた。落ちていく時の流れをくいとめ、とどめようとするように。

     しかし、この静止画のような風景にも、やがてわずかな変化が訪れる。
     遠くから、音の気配が近づいてくる。
     はるか上空から降りてくるそれは、流れる旋律。声の重なり合い―――合唱だ。
     体温のない歌声が、霧雨のように降りそそいでくる。
     ついで空から薄い光が照り、深い青の景色に灯りがともった。水晶の表面に、白い点が次々と打たれる。歌にあわせて、その点はどんどんと大きくなっていく。
     そしてついに、それはやって来た。
     空から、ひときわ眩しい大きな白いかたまりが、勢いよく降ってきた。隕石のようにまっすぐ落ちてきたそれは、谷の器のちょうど中央に浮いてとどまる。
     光の核から放たれた輝きは、水晶たちを白く染めあげるほどの目映さで、辺りを包んだ。発し手の分からぬ祝福の合唱が、大音響で谷に響きわたる。

    (もういいわ。ありがとう)

     歌がやんだ。
     光輝がふいに弱まり、形を変えはじめる。
     4本の手足、細い胴、長い髪。最後に広げていた翼がばさりと折りたたまれ、光はひとりの女天使の姿になった。
     彼女は逆さまになって浮いていたが、くるりと回転して頭を上にした。下ろしたつま先の周りには、木の葉が落ちた湖面のように波紋が広がった。

     天使は辺りを見渡した後、前を向いて俯き、長いまつげを伏せた。その姿はまるで何かに祈りを捧げているようだ。
     身じろぎひとつせずに佇む彼女の足元に、再び、波紋ができた。
     その中から現れたのは小さな弱々しい光。ゆらゆらと揺らめきながら、泡のように浮かびあがっていく。
     天使がまぶたをあけると、その光は彼女の目の前に漂っていた。
    (誰?)
     薄くひらいた天使の唇から発せられた澄んだ声音は、空気を介することなく直接とどき、光を小さく震わせた。
     彼女は不思議そうに、蛍のようなそれをじっと見つめると、ふたたび問いかけた。
    (貴方も、行きたいのですか? あの若い世界に)
     小さな光が肯定するようにまた震えたのを見ると、天使はくすりと笑みをこぼして手をかざした。

    (そう……では、共に行きましょう。私たちの友、リィンバウムの子らに会いに)



     それを愛していた。


    「アルミネ!」
     扉を開けると同時に、青年は驚いたように声をあげた。深い紺色の瞳が大きく見ひらかれる。
    「来ちゃいました」
     戸口に立っている女性が、にこりと笑う。肩に乗っていた白い鳩が、くる、と喉を鳴らした。
     青年は慌てて彼女を部屋に招きいれると、廊下に身を乗りだして辺りをうかがってから扉を閉めた。

    「驚きました……。前にいらしたのは、もう随分前のことだったから」
     はにかんだ表情で言った青年は、手ずから煎れた紅茶をテーブルにふたつ置くと、ソファに腰を下ろした。
     彼の正面で微笑んでいる女性は、カップを片手にとりながら首をかしげた。飴色の髪が、細い肩を流れ落ちる。
    「あら、私はつい最近お邪魔したように思っていたのですけど」
    「サプレスとリィンバウムでは、時の流れが違いますから」
    「そうでしたね。貴方には、それは長い時間でしたか?」
    「そうですね、」
     青年は、紅茶にミルクを入れる手を止めた。
    「長かった……ように思います」
     アルミネは微笑みながらそうですか、と頷いたが、正面に座った青年の伏せた目を眺めながら、段々と落ち着かない様子になった。カップを膝のうえに下ろし、紅茶の波紋を見下ろす。
     肩から降りた鳩が、テーブルの上を歩いているのを視界の隅に入れながら、彼女は言った。
    「ええと、私も……私にとっても、長かったのかもしれません。ゆっくりと流れるサプレスの時間のなかにいたのに」
     ひとつひとつの言葉を確認するようにつぶやく。そして最後に答えがようやく分かったように、片手を胸において顔をほころばせた。
    「わかりました。私は貴方に、会いたかったのですね」
     照れた表情の青年は、幾分幼い感じになる。大人びて見えるが、20を幾らも過ぎていないのかもしれない。
    「アルミネ……」
    「あら、顔が赤いわ。風邪ですか?」
    「い、いえ。違います。風邪ではありません、アルミネ」
    「そうですか」

     しばし、紅茶を飲む音だけが響く。テーブルの上の鳩は大人しい。
     部屋に満ちるくすぐったい沈黙をやぶって、あ、とアルミネが短く声をあげた。青年と鳩が顔を向ける。
    「どうなさいました」
    「窓辺の、あの花」
     ソファから立ち上がり、まっすぐに窓の方に歩み寄っていく。
     アルミネの前には、棚に置かれた花瓶があった。幾重にも花弁を巻いた真っ白な花が、飾られている。真っ白な―――いや、よく見ると中央だけがほのかに青味がかっている。
     レースカーテン越しに太陽の光を浴びて輝いているそれを眺めるアルミネの背後から、青年が顔をのぞかせた。
    「今朝、庭から摘んできたばかりです」
    「これはもしかして、私が差しあげた花ですか?」
     アルミネが振り向きながら訊くと、彼は頷いた。
    「ええ、その通りですアルミネ。以前貴方から頂いた数輪の花が、今では一面の雪のように白く庭を飾ってくれています。あとで、ご覧にいれましょう」
     アルミネは花弁を慈しむように撫でながら、目を細めた。
    「大切に、してくださったのですね。こんなに、生き生きと咲かせてくれるなんて……」
     その言葉に穏やかな笑みで応えた青年は、アルミネの横顔に紺色の瞳を向けた。
    「サプレスは、美しいのでしょうね。こんなにも綺麗な花が咲くなんて」
     花を撫でるアルミネの指が止まった。
    「そう、ですね。美しいです、とても。あの世界は何処もかしこも、整然としていて、繊細で……でも」
    「でも?」
    「私は、リィンバウムの景色が好きだな。命に溢れた、この景色が」
     指を下ろし、彼女は視線を窓の外に向けた。

    「サプレスの起源を知る天使たちに聞いた話ですが、あの世界には、元々は植物というものが殆どなかったのだそうです。最初は、4つの世界がひとつだった頃の名残がちらほら残っていたのだけど、それも天使たちが手をかけなければ、見る見るうちに枯れてしまったと……。
     今でこそ、天の層は花や樹で満たされています。ですがそれは住人たちの奇跡の力の介入があったからであって、自分で生まれてきた訳じゃないの。サプレスの空気から生まれてくるのは、魔力が結晶となってできた魔水晶だけ」
     今は羽を隠している天使の背は、どこか寂しそうだった。
    「この花も、私が一片の水晶に力を注いで生み出したもの。この世界の花のように、自分で土を掻き分けて生まれてきたわけじゃないんです」
    「水晶から生まれた花、ですか……神秘的ですね」
    「捻じ曲げられた生です」
     ふむ、と青年は考える。
    「でも、アルミネ。この花はうちの庭の土からでも、立派に生まれてきましたよ。この世界にある他の花と、なんら変わりなく」
     アルミネはハッとした表情で、青年の顔を見上げた。
    「毎年毎年、秋には子を作り、厳しい冬を越え、春には土から芽をだします。それはそれは、」
     青年は言葉を切って、にこりと笑いかけた。
    「元気よく」
     アルミネは、その言葉を聞くと目の縁を赤くしてうつむいた。
     小さくつぶやかれた有難う、という言葉は、かろうじて青年に届いたようだった。
     彼はにこやかな笑みをたたえたまま頷くと、視線を花へと向けた。アルミネも、先よりも明るい表情でそれを眺める。
     雲に隠された太陽の、わずかに翳った光のなかで、花はまた違った顔を見せていた。本来の白さが際だち、自身が発光しているかのように、辺りから浮かびあがっている。
    「それにしても……美しい」
     青年は指を伸ばし、外にひらいた花弁の先に優しく触れた。輪郭をなぞるように撫で、離れる。
     そしてぽつりと、独り言のように呟いた。
    「サプレスの下層でも、こんな花は咲くのかな……」
     アルミネは、青年の唐突に思える問いに少し驚いたようだった。不思議そうに首をかしげる。
    「悪魔たちに関心が?」
    「え?」
     自らの失言に、たった今気づいたようだった。青年は慌てて口元に手をあてる。
    「あ、いや。申し訳ありません。貴方の前で云うことではありませんでしたね」
    「あら。ふふ、いいんですよ。私も本当は、彼らのことをもっとよく知りたいと思っているんです」
     天使のくせにおかしいですよね、と舌をだす。青年は安堵の息をついた。
    「ええと、私も本当のところは分からないのですが……伝え聞いた話だと、悪魔たちのところには愛でるための花は殆どないようです。酒精の気を含んだ果実をつける樹は、たくさんあるらしいですけど」
    「へえ……そうなんですか」
    「でも、きっと咲かせることはできますね。リィンバウムでもこうやって成功したんだから、同じ世界のサプレスで無理なはずはないもの。いつかサプレスの上から下まで、たくさんのお花が咲いてくれる日が来ると良いな」

    (冗談じゃない)

     くちばしで毛づくろいをしていた鳩が、ぶるっと身震いした。

     青年は、何かに気づいたように顔をめぐらせた。アルミネが声をかける。
    「どうしました?」
    「いえ―――今、何かが聞こえたような」
     アルミネは首をかしげて青年を見つめた。
     青年はしばらく辺りを探るように視線を動かしていたが、やがて頭をふると、「何でもありません」と言った。「気のせいですね」
    「そう、ですか?」
     訝しげな表情のアルミネに、青年は不自然な笑みを口元に浮かべながら、「何でもありません、私の気のせいだったようです」と繰りかえした。

     ソファに戻ってから、しばらく奇妙な沈黙が続いた。
     テーブルの鳩を撫でながら青年の顔を心配そうに盗み見ていたアルミネは、気まずい空気を消そうとするように、話題をふった。

    「そういえば、今日は、彼はいらっしゃらないんですね」
    「彼?」
     問われると、アルミネは思い出すように視線を上に向けた。豪著な細工を施された室内灯が、紅茶色の瞳に映る。
    「ええ。背が高くて色が白い、ロレイラルのベ、ベ……」
    「ベイガー」
     彼が助け舟をだすと、アルミネは嬉しそうに頷いた。
    「そう、ベイガー。その彼は、また研究のお部屋に?」
     青年の顔にわずかに翳りがさした。
    「いえ、彼なら今日は休んでいます。体調が優れないといって」
    「え……大変。病にかかってしまわれたんですか?」
     それなら私が、とソファから身を乗りだすアルミネを、青年は苦笑して手で制した。
    「いいえ、アルミネ。病ではありません。ただ彼の一族は体が生まれつき弱いんです。だから時々、疲れて倒れてしまう」
    「そう、なんですか……どうか無理をなさらないようにと伝えてください。きっとまた、根をつめてお仕事をなさっているんでしょう?」
     痛ましそうな表情でそう言うと、アルミネは顔をあげた。
    「おふたりともまだ、『例の』研究を?」
     青年は言葉を発することにわずかな戸惑いを見せた。
    「―――ええ、まあ。それももうすぐ、ひと段落しそうですが」
    「そうですか……」
    「それまで、彼も私も落ち着かなくて」
     テーブルの隅に乗っていた鳩が、アルミネの前まで歩いてきた。首をかしげ、黒く丸い目で彼女の顔をのぞく。
     アルミネはその視線に微笑みで応えてやりながら、ぽつりと呟いた。
    「いいなあ……」
    「アルミネ?」
    「おふたりとも、とても楽しそうだから」
    「そう……見えますか」
     膝の前で組まれた指に力がこめられ、間接が白く浮き上がった。
     鳩の視線が青年に向けられる。顔をあげた青年もまた、何気なく鳩を見た。目が合った。
    「皆さんで何を作っているか、まだ教えてくださらないんですか?」
    「……もう少し形になってから、お見せします。アルミネ」
     鳩の黒い目をじっと見つめたまま、青年は呟くように言った。
     アルミネが不満そうに、頬を膨らませる。
    「貴方のお父さまにも、よくそうはぐらかされていました。もう、私には見せてくれる気なんてないんでしょう」
    「そんなことはないですよ、本当に……。出来上がったら、貴方には一番にお見せしますから」
     アルミネに視線を合わさぬまま、必ず、と青年は言った。

     青年の顔を見つめていた鳩は、くるるっと喉を鳴らした。
    (何の話ですかね?)
     真円の瞳の奥に、青い光が渦巻く。
    (私にも分かるように教えていただけませんか)

    「アルミネ、この鳩は……」
     青年はごくりと喉仏を上下させながら言った。額には、薄く汗が滲んでいる。
    「ええ、サプレスで知り合ったんです。ほら見て、この子、羽の形がとっても素敵でしょう?」
    「へぇ……」
     体の奥に一本鉄の棒が入ったかのように、青年の体も声も硬くなった。
     天使の手からすり抜けるようにして数歩無邪気にあるくと、鳩は首を上げて青年を見据えた。

    (―――やあ、流石はクレスメント。この鈍い天使には分からなくても、貴方は気づいてくれたようですね)

     鳩のくちばしがわずかに開いて、赤い舌がちらりとのぞく。笑った、ように見えた。

    (なんといっても私たちは、いや、正確には私と貴方の少し前のご先祖さまは、親友同士だったのですからねえ。懐かしい……彼と会う時もこのように……身を小さく分かち、力を抑えてリィンバウムに降りたものですよ。人目を忍んで会うことができるように。
     でも喜んでください。これからはようやく、堂々と貴方たちに会いに来ることができるんです。
     お待たせして申し訳ありませんでした。こちらも色々と準備に手間取っていたのですよ。でも貴方の方も、どうやら小賢しい考えを張り巡らせていたようですね? 一族揃って)

     青年の指が震えだす。荒くなる呼吸を抑え、右手で左手を握りこんだ。
     アルミネはそんな青年の様子に気づかず、手を伸ばして鳩の羽を撫でている。

    「この子も、リィンバウムに来る途中だったみたい。きっとこの世界のことが気になったのね」
     アルミネは顔をあげて微笑んだ。
    「みんな、この世界がどんな風に育っていくかが楽しみなんです。新しい友達のことを愛してるの。私も、リィンバウムがいとしい。貴方たちのことが……大好きです」
    (私も、大好きですよ)
     鳩が鳴いた。
     青年は顔を伏せて目をつむり、汗で湿った手のひらを強く握った。
    「私も……私たちも、好きですよ。貴方たち、異界の友が」
     そう言って開かれた青年の瞳は、暗い色をしていた。
     天使はそれに気づかなかった。
    yoshi1104 Link Message Mute
    2018/09/29 3:45:47

    デルタ

    (天使+人+悪魔)

    ##サモンナイト

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