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    16 休暇の終わり 人払いをし、総帥室の灯りを消した。こんな日に、人工の光は無粋だった。
     窓際に歩み寄り、カーテンを開けると、まばゆい月明かりが溢れこむ。
     美しい月夜だった。
     空に浮かぶ真円の月輪。音をたてて降りおちてくるかのような、金剛石のきらめき。
     友が教えてくれたとおり、眺めるに値する望月だ。

     ジンゼルアは、しばし夜空の円を眺めていたが、ふと首をめぐらせ、口をひらいた。
    「まずは、茶を淹れようか。この日のために、とっておきの茶を用意してある」
     棚から紅茶の缶をとりだし、ふたを開ける。目をつむって香りをたしかめ、満足してうなずいた。客の来訪を予感して以来、ふさわしい香りをと考えて選んだ茶葉だ。間違いはないだろう。
    「ずいぶんと、久しぶりだからな」
     茶を淹れる準備をしながら、昔なじみに呼びかけるような気安さで呟く。
     ふと顔をあげて見やる先には、ソファがある。誰も座ってはいない。今は、まだ。

    ***

     ジンゼルアが青年とはじめて出会ったのは、十数年前のことであった。

    「ブラッテルン当主の長男だと」

     側近から報告を受けたジンゼルアは、信じられぬ思いで机のうえを睨んでいた。
     卓上に置かれているのは、召喚師登録届と、調停召喚師採用試験受験申込書である。
     その2通の書面を手に取り、あらためて目をとおした。
     きれいとはいえない字。書き間違えを二重線で適当に直しているあたり、作成者はどうも雑な性格らしい。
    「名はエルスト、か」
     ただのエルストだ。家名は書かれていない。
     しかし、年齢、出身地は馬鹿正直に記載されている。300年、彼らを密かに監視していた異世界調停機構に、正体が分からぬ筈はなかった。
    「旧き理を継ぐ一族の跡取りが、敵対する新しき理の本拠にやって来て、調停召喚師になりたいと申し出てきた……か」
     感動的な話のようにも、出来の悪い笑い話のようにも思えた。ジンゼルアは感動も笑いもせず、書類を机に置き、無表情で顎をさすった。
     スパイか、と疑う側近の意見を、ジンゼルアは否定した。
     これほどまでに身元を隠さぬスパイもないだろう。血筋を重んじる一族が、直系長子を捨て駒として送りこんでくるとも考えにくい。
     そして何より、彼には響友がいた。それは虚偽や工作で得られるものではない。響友の存在が、彼の潔白を証明していた。
    「―――出奔か」
     指を組み合わせて天井を仰ぎ、目をつむった。
     側近の驚愕の声を聞きながら、ジンゼルアは思考をめぐらせた。

     我々の懐に飛びこんできた、旧き理の頂点たる一族の長男。
     受けいれることに懸念はある。検討すべき事柄も多い。
     しかし、それらの不利益や不確定要素を差し引いても、彼を手にすることで異世界調停機構が得る利益は間違いなく大きいと、ジンゼルアは考えていた。
     青年を完全に取りこめば、無色の末裔たちもさぞ動揺することだろう。
     不穏な活動をつづけている傍流組織の切り崩しにも、役立つかもしれない。
     場合によっては、遺産たる呪具をすべて継承させたうえで、異世界調停機構に提出させる、などということも可能だろうか。
     色々と使い道は考えられた。

    (自分の代に、ブラッテルンの砦が落ちるか)
     異世界調停機構総帥として―――いや、歴史を知り、新しき理をいただく召喚師のひとりとして、感慨深いものがあった。
     ジンゼルアはしばしそのまま瞑目していたが、やがて片目を開け、側近に命じた。
    「面会の機会をつくってくれ。この青年と会いたい」


    「こ、このたび調停召喚師の任を拝命しました、エルスト……と、申します!」
    「同ジク、響友がうでぃデス」
     総帥室で初めて会った青年は、緊張に身をかたくし、声を上ずらせ挨拶した。
     ジンゼルアは、そんな青年に、好感をもった。
    (普通の青年だ)
     新しい環境に不安と期待をいだいている、素直そうな若者。強くも弱くもない、一個の人間。
     おそらく思春期の痛みのなかで、自由を求めて飛びだしたのだろう。普通の青年がしばしばそうするように。
     もっとも、彼が生まれ育った環境を考えれば、普通であることは特異であるともいえた。
    「よくぞ来た」
     ジンゼルアは本心からの言葉をつむぎ、鷹揚にうなずいた。
     ブラッテルン300年の歴史のなかで初めて生まれた変化が、目の前にある。
    (大事に育てねばな)
     ジンゼルアは、青年を自らの手で孵すことに決めた。

     青年をどう導くべきか。
     卵をあずかったジンゼルアは、考えた。
     彼を、家のしがらみから完全に解き放たなければならない。
     しかし家名から目をそらさせてはならぬ。それはただの逃避だ。逃げたものはいずれ戻る。
     青年は今はまだ、すねて屋敷に背を向けているだけの状態だろう。きっと、完全に決別する意思までは固めていない。異世界調停機構に家名をあかさず、庇護を求めてこないのが、何よりの証だ。
     親に反発し、家を飛びだした普通の子供。
     都合の悪いことから目をそむけ、「生まれ変わった」という無邪気な喜びに、身を浸しているはずだ。

     そうであれば、まずはその欺瞞を打ち砕かねばならない、とジンゼルアは思った。

     異世界調停機構が彼の正体を知り監視しているという事実を、あえて彼自身に気づかせる。慈愛と信頼、疑念と警戒を絶妙な割合で配合し、彼に示す。動揺させ、葛藤させ、迷わせる。
     そうして家名に向き合う煩悶を乗り越えた彼が、なお自らの意思で新しき理を選択したとき。
     そのときこそが、彼が本当に「こちら側」に至る瞬間だ。

    (なかなか骨の折れる仕事になるな)

     そう独りごちながらも、ジンゼルアは、自分がこの難事に楽しみを感じていることに気がついていた。
     新しき理の象徴、異世界調停機構の総帥として。
     世界のバランサーたる調停召喚師のひとりとして。
     家出した子供を受けいれた、この街のはじめての大人として。
     青年の変化をうながす役目に、やりがいと、喜びをおぼえていた。


     ジンゼルアは、しばしば青年と会った。黒の隻眼で間近に見つめ、言葉を交わした。
     素直な青年は、ジンゼルアの思う通りに変化していった。
     彼は自分の目の前で、任務が成功しては喜び、響友とじゃれ合ってははにかみ、そして悩みに身をひたして徐々に顔を強張らせていった。
    (もう少しだ)
     青ざめる青年を見つめながら、ジンゼルアは、彼が遠からず「こちら側」に来ることを確信していた。
     彼に寄り添う、機界の響友。
     その響友は、青年にとって、旧き世界と新しき世界の架け橋となる存在だ。
     青年は機械のことを深く愛し、存在の拠り所としていた。悩み苦しんだ彼が、最後には響友の手をとりこちらに渡ってくるだろうことは、ほとんど疑いようがなかった。
    (来るのだ、早く。新しき理に来い)
     ジンゼルアは身の内の緊張と昂揚を隠し、茫洋とした目で、卵の殻を割ろうと悶える雛を見つめていた。


     そんなときだった。
     青年が、異世界調停機構に帰郷を申し出てきたのは。
    (この微妙な時期に……)
     頭を抱えた。即断即決の男にしては珍しく、半日迷った。止めるべきか。信じて行かせるべきか。
     腕組みをして、休暇届を見おろす。
     書き間違えをしたのだろう、不格好な訂正の矢印が、書面中央に書き入れられていた。
     目を閉じ、眉をしかめる。窓から斜めに差しこむ光が、じりじりと紙を白く照らした。

     その日の夜深く。窓ガラスの向こう側、夜気に紛れて鳴く鳥の声を聴きながら、ジンゼルアは許可のサインをした。
    (帰ってこいよ)
     ジンゼルアは疲れた目で、冷めた紅茶をすすった。

     しばし後、ジンゼルアが注意深くあたためていた卵は、孵ることなく泥に落ちた。
     その報を受けた晩、ジンゼルアは眠らなかった。茶に口をつけることもなく、総帥室の窓から、ただ月を見上げつづけた。
     今からちょうど10年前の出来事である。

    ***

     夜空を見上げ追想していたジンゼルアは、顔のしたから香ってくる湯気に我に返り、ポットに視線をもどした。ティーカップに茶をそそぐ。
     パーフェクトな色合い。
     最上の出来に仕上がった紅茶の面に、己の満足げな顔が映るのを見た。
    「上々だ。が、少し茶をいれるタイミングが早かったか。まあ、君は猫舌だから、冷めたくらいが丁度良いのだろうが」
     応接テーブルに、2人分のティーカップを運んだ。
     テーブルの窓側にひとつ、反対側にひとつ。かちゃりと音をたてて、ソーサを置く。
    「まだ時間があるようだ。少し、話をするか」
     ジンゼルアは、窓側ソファに腰をおろした。腹のうえで指を組み合わせ、ゆったりと座る。
     テーブル越しに座る者はない。
     その代わり、向かい側、ティーカップの隣には、蒼い石が置かれていた。

    「君が響命石を落としたという報告を受けたとき、私は考えた。『この出来事には、何か意味があるのではなかろうか』、と」
     言って、亀裂が深く入った、壊れかけの蒼い石を見やる。
     響命石は、ふたつの魂の絆を拠り所とし、魂を分け合って作られる結晶だ。
     信じる心が失われば消滅する定めのこの石は、彼らの場合魂ごと融合していたのが幸いしたのか、自我が失われてなお辛うじてこの世にとどまっていた。
    「答えは出なかった。当然だな、私が抱いたのはただの直感だ。何の確信も持てるはずもない。
     しかし、その後ある情報を得て、私の漠然とした直感は、明確な輪郭をもっていった。ほかでもない、君が最後に我々にもたらした情報だよ」

     『冥土は、転生の輪に起因する存在である』

     それが、青年が言い残した言葉であった。
     この言葉を最後に青年は自我をうしない、月へと連れ去られたのである。ブラッテルンの弟の手によって。
     青年とともに月に至った弟が、巨大な異界門をひらいて世界を危機に陥れた事件は、記憶にも新しい。

    「転生の輪―――魂の巡る軌跡。
     一説によるとそこは、羊水のようなスープに満たされているという。魂は輪から生まれ、輪を巡り、輪に溶けて滅ぶ。命を生みだすのであるから、それはまさしく万物のスープといえるだろう。
     転生の輪は、魂の穢れを押し流す場であるが、同時に豊穣や生命の源たる神界でもあるのだ。君が突き止めた事実にもとづけば、君の弟が10年前に故郷の森で、あるいは先日月で穴をうがった空間は、この神界だったということだな」

     ちらと視線をやる。まだ、来ていない。
     ずいぶんと待たせるものだと、ジンゼルアは心のなかでつぶやいた。
     だが、焦れてはいなかった。これまで過ごした10年を思えば、この程度の待ち時間など、またたきほどに短い。

    「石とスープと、君という存在。今から語る私の仮説が正しければ、この3つには関連性がある。
     冥土に侵され尽くした魂は、崩れ落ちて消滅する。冥土が魂殻を溶かす性質を持つからだ。魂殻が溶けて形を維持できなくなった魂は、意識の拡散によって消失し、よって世界の一部となる。
     しかし、魂殻から放たれた意識は、直ちに拡散する訳ではないそうだ。魂の欠片ともいうべき、思いの深い品、土地、生き物。そういったものがこの世に存在する場合、魂殻から放たれた意識は一旦欠片に吸い寄せられ、集まってくる。
     もちろん、一時的な現象だ。魂殻を持たぬ意識が長くこの世にとどまることなどできはしない。集約した意識に器を与え、世界に再び定着でもさせれば別段……」

     ざわり、と空気が動いた。
     月光さしこむ背後の窓から、鳥肌立つような圧迫感が覆いかぶさってくる。
     ジンゼルアは目の前のカップを手にとり、口に含んだ。
     乾いた唇を湿らせ、カップを置く。
     話をつづけた。

    「言うまでもなく、人たる身で、他の生命体に器を作って与えてやることなど、できはしない。通常はな。
     しかし10年前、それをやってのけた人間がいる。君も良く知っている人物―――召喚師フォルスだ」
     ジンゼルアの頬をかすめ、光の粒子が幾粒か、後ろから前に向かって吹き抜けていく。
     光はテーブルの一点、蒼い石に吸い寄せられてとどまる。
    「召喚師フォルスは、君の弟がうがった穴をくぐり、転生の輪に入って、響友カゲロウを『創出』した。彼は、導きの光と呼ばれる精神体に魂殻を与え、世界に定着をさせたのだ。
     どうして彼が、そのような奇跡を起こすことができたのか。偶然といえばそれまでだ。だが、それが仮に幾つかの条件を履践したが故の必然であれば、奇跡を再現することもできるはず―――私はそう、考えた」
     言葉を切り、ジンゼルアは、赤い髪の青年の報告を思い浮かべた。
     ひとつひとつ、確かめるように、声に出してなぞる。
    「分析するに、その条件とは、こういうことではないかと思う。第一に、万物のスープをただよう精神体に対し、核となる品物をささげ、具現化させる。第二に、実体をもった精神体に名を与え、世界に定着させる……」

     ジンゼルアは、緊張を逃がすように、ゆっくりと息を吐く。
     窓から斜めにさしこむ銀の光が、ひときわ美しく輝いた。
     目の前に置かれた無人のソファが、きらきらと月影に染めあげられていく。
     銀の光にまじって、蛍のような無数の光が窓から降り立ち、石のまわりに集約していった。

    「さて、前置きが長くなったが、ようやく本題だ。
     今私の目の前には、君と君の親友の魂の欠片たる、響命石がある。
     そして我が友が教えてくれたところによれば、今夜、この時間に。月輪でほどかれた魂と門から溢れでたスープが、月光にのって、この大地にたどりつくらしいのだ」

     月に照らされ、蛍光につつまれた蒼い石の表面が、濡れたように艶やかになった。うがたれた亀裂が、音もなくふさがっていく。
     銀の光のなか、石を中心に、蒼い陰りが立ちのぼって揺らめいた。それは、2体あった。

     ジンゼルアは、子を見る父のように、目を細めてその影たちを見つめた。

    「君たちを強いてこちらに喚びだすつもりはない。君たち自身が決めるといい。
     ブラッテルンは滅びた。君のアイデンティティを支えていた柱は崩れ去り、我らや無色が君を利用する理由も、最早存在しない。
     もし、そのうえで尚。君たちの魂が、未だ役目を終えていないというならば。君たち自身が、『ただのエルスト』とその友として生き直すことを、選択するのであれば」

     そのときジンゼルアは、己の言葉への応えを、確かに感じとった。
     隻眼を閉じ、おごそかに誓句を唱えはじめる。
    「輪をめぐり、世界の観察者たる千眼の祝福によりて、新しき理に来たれ―――」
     
     石に宿る蒼い影が、時間をかけて具現化し、輪郭をもっていく。
     影の細部までもが形づくられ、色彩を帯びていく。
     機械の体が光沢を帯び、青年の柔らかい茶色の髪が月光にそよぎはじめたころ、ジンゼルアは、まぶたをひらいた。

    「召喚師エルスト。響友ガウディ」

     『Erst & Gaudi』

     蒼い石に、何者かの見えない力によって、ふたつの名が刻まれる。
     ジンゼルアは、抑揚のない低い声に深い思いをこめて、語りかけた。

    「帰還を、歓迎しよう……」

     紅茶の香りがただようなか。
     月光のきらめきのうちに、彼らは還った。
    yoshi1104 Link Message Mute
    2018/09/29 4:45:53

    16 休暇の終わり

    (ジンゼルア)

    ##サモンナイト

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