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    針の十字架 八つの町村を焼いた盗賊団との戦いと勝利は、世間を大いに沸かせ、自由騎士団の名を広く世に知らしめることとなったが、この戦いのそもそもの発端を記憶している者は、今では私を除いては誰もおるまい。

     ある都市を訪問した帰りであった。

     その頃は、騎士団にとって最も繊細な時期であったと記憶している。何かを掴めそうで掴めず、もどかしい気持ちをもてあましながらも、自分たちのやり方というものを何とか確立させつつあった、そんな時であった。
     私は、騎士団長として、政治家や軍人と会談の席をもつことが多かった。
     自由騎士団はその性質上、存在自体が様々な懸念を呼ぶ組織である。「無色の派閥」のように世界にとっての火種のひとつとなることを危ぶむ声が多く、そのような疑惑のせいで外部との無用な摩擦も少なくなかった。
     長としては、そんな誤解と不安を払拭し、なるべく多くの人脈をつくるため、既存の権力との親交に奔走せねばならなかった。

    ***

     我々は小さな隊列を組み、林道をゆっくりとすすんでいた。
     黄葉がらせんを描きながら土に落ち、そのうえを馬のひづめが気怠そうに踏みしめていく。
     私は軽い疲労を感じつつ、馬の歩みに身をまかせていたが、「あれは何か」という誰かのつぶやきに、視線を上げた。
     森から空に、一本の黒い煙が垂らされている。
     それはわずかに傾ぎながら立ちのぼり、上の方は太陽に透かされ奇妙に輝いていた。
     空は青かった。
     私は目を細めてそれを見やると、手をかかげて煙の方向を指さし、無言で馬を走らせた。部下たちも私の意を察して従う。
     そこに何があるか、具体的に思い描いていたわけではない。しかし、森と煙の組み合わせは得てして不吉なものである。

     もうもうとのぼる煙のなかに、わずかな赤色が揺れていた。灰色の幕をすかして映るのは、黒い柱であり、途切れがちの家の輪郭であった。
     我々が駆けつけた先に見たものは、崩れゆく人の集落だった。
     呆然と立ちつくす一瞬の空白ののち、鼻をかすめる肉の焦げる匂いを認識するや、私は叫んだ。
    「生存者をさがせ」
     部下たちは我にかえったように馬をおり、いっせいに煙のなかへと駆けていった。

     それからは戦であった。
     咳きこむ声と怒号、鎧の打ち鳴らす音が、不自由な視界のあちこちから響く。
     我々の誰もが、はじまってすぐに、これがひどい負け戦であることに気づいた。煙にむせながら探した先に、動くものの姿はない。救うはずだった命はことごとく絶えており、流されたはずの血も既に干あがっていた。黒い炭となった柱が、天に向かって苦い煙を吐くばかりだ。
     私も騎士や兵たちに混じり、煙に目をこらして廃墟を走りまわっていた。口にあてた布越しから、無意識のうちに呻きが漏れる。望みのない不毛な探索、このような状況に、かきたてられる記憶があった。

     指の形をした炭に折りかさなる、熱い木材を取り除こうと握った丁度そのとき、どこかでかすれた叫び声があがった。
    「見つけたっ」
     体をおこして振りかえり、目を見ひらく私の前に、部下のひとりが息せき切って走ってきた。「せ、生存者です。少年です」

     誰もが半ば、いや半ば以上あきらめかけていた。
     だからこそ、生き残りの少年を発見したという報がとどいたときの、私たちの衝撃と喜びは計り知れない。皆が皆、信じられない思いで、この奇跡に歓声をあげた。

     近くの森に、身を潜めていたという。
     腕をおさえて座ったまま、木の根元に縮こまっており、騎士たちが何と声をかけても応えなかった。
     腕と脇腹には泥と草にまみれた傷口がひらいており、決して浅い傷ではなかったが、興奮しているためか痛がらず、目をかっとひらいて震えていたそうだ。

     少年は、煙のとどかぬところに張られた天幕に運ばれた。
     私が駆けつけたときには、彼は地面に敷かれた布のうえに寝かされていた。
     騎士の呼びかけに、少年は小さく震えていた。いつの間にかまぶたは閉じられ、薄く開き固まった唇の合間から、弱い呼吸を繰りかえしている。そして時折、見えない手で腹を強く押されているかのように、苦悶の表情を浮かべ、両腕両足をばたつかせたりしていた。

     私の姿に気づいた若い騎士のひとりが側に駆け寄り、幾つかの報告をした。
     私が頷くと、騎士は声をひそめ、「これは、例の盗賊の仕業ではないでしょうか」と付け加えた。
     私も同じことを考えていた。この辺りの山村に、最近、随分たちの悪い夜盗があらわれるという噂を聞いていた。その夜盗は、自警団もないような小さな村ばかりを襲い、あらかた奪ったあとに火をつけるのだという。

     天幕の外では、ひっきりなしに慌しい足音や怒号が響いている。背後からはあらたに、喧騒をまとったまま忙しく入り口をくぐる音がした。
     私は敷布を蹴る少年の汚れた足を見つめ、拳をかたく握りしめると、部下の騎士に指示を与え、その場を後にした。

     村の跡地にもどると、視界が幾分晴れているように思えた。すでに火があらかた消えていたため、煙も徐々に風に薄められていくのだろう。
     あちこちで咳こむ音が聞こえ、黒い顔の中で、煙にやられた目だけをぎらぎらと赤くした騎士たちが歩きまわっている。

     改めて見渡すと、本当に狭い村だった。
     少ない家々が肩を寄せ合うように建っていたのだろう。今はもう見る影もないが、裏手に広がる小さな畑には、村民たちの食べる分だけの実りが風になびいていたに違いない。
     火をつけてとれるものなど、いくらもなかったろうに。

     崩れた家々を眺めているうちに、私のなかに止めようもなく、怒りと憎悪が吹きだしていった。
     常に静穏、そして公正であることを自らに課し、周りからも善し悪し両方の意味をこめて「はかり」のようだと評される。
     だが実際は、この胸のうちは穏やかでも何でもない。感情と理性の間で大きく揺れる振り子だ。
     私はその振幅を表にはださぬよう努めながら、黒い廃墟を振りかえり、ひとつの誓いをたてた。―――この不条理をもたらした輩には、必ず罪をつぐなってもらう。

     その日は村の焼け跡で一晩を過ごすことになった。
     騎士たちが見つけた生存者は、少年を含めて3人。だがあとの2人はおそらく助からないだろう、ということだった。
     その通り2人は夜が明ける前に息を引きとり、結局少年だけを連れ帰ることになった。
     窓を開け放つと、外の空気が顔を撫でた。
     私は窓枠に手を置いて、そのまま、夏の青空に見とれた。
    「いい天気だね。このように雲ひとつなく晴れたのは何日ぶりだろうか。このところ、雨が続いていたから」
     私は返事のかえってこないのを知りながら呟き、窓からはなれ、ベッドの横の椅子に腰かけた。ぎしりと軋む。
     私の目の前には、少年が横たわっていた。彼は事件の日からただの一度も、目を覚ましてはいなかった。

     私は少年をよく見舞った。
     何をするでもない。声をかけたり、顔を見たり、大人しく本を読んでいたりした。
     看病の者がきちんとついているのだからと部下には諫められたが、それでも一日に一度は必ず来ていた。そのうち何も言われなくなったので、私の頑固さを知る部下に諦められたのだろう。

     そのころ騎士団は盗賊討伐に本格的に乗りだしており、調査をはじめるとともに連日会議がひらかれていた。何しろ相手はすばしこい。一度叩き損ねると、後々やっかいなことになる。迅速に、しかし慎重に、ことを進めなければならなかった。

     奴らは、何としても我々が捕まえなければならなかった。
     それがあの惨状に立ち合った者としての、意地であった。
     それに、私たちには大義名分もあった。
     自由騎士団は、民からの依頼がなければ動かせないのが原則である。だが、正式な依頼は砦に帰って数日も経たないうちに入ってきたのだ。あの村のように、盗賊の被害にあった小さな町からだった。盗賊団は複数の都市領をまたいで活動している。そのせいか、町や村を守るべき都市たちは互いを牽制しあって動きが鈍いのだという。

     私はこの件について、少年に伝えるべきことが沢山あった。だが、私はそのどれも、語って聞かせることはしなかった。眠る少年の無意識にすりこむようにして伝えるべきことではないと思ったからだ。

     その代わりに、私は他愛のない話を少年に聞かせた。
     天気の話をよくした。それと、何の花が咲いたとか、どこかの町で祭りがあったとか。砦の近くによくあらわれる、愛らしい動物のことも。

    「訓練している最中に、ふと木々の奥をみると、ちょこちょこと動くものがあるんだよ。小さい体を揺らすようにして歩いていて、おかしいんだ。一度ちかくで見たいのだけど、足が速くてすぐ消える。でも偶然目の前で見ることのできた団員の話によると、あれは猫のようなのだけど、耳がすこし長くって、背中に小さな羽まで生えているのだって……」

     私は話しながら苦笑した。どうも、自分は話が下手でいけない。いつも人を楽しくさせる物語を次々と生み出す「あの人」の口が今は欲しいと思った。
     少年が目覚める時までには、すこしはマシになっているといいけれど。
     窓から落ちる四角い光が、少年の眠るベッドのうえまで伸びていた。

     彼が目を覚ましたら、一番に何を言おうか。私は眠る少年を見ながらそんなことを考えた。よく頑張った。そう、褒めてあげよう。たくさんの辛い現実を話さなければならない。だからこそまずは。
     少年のかたわらに座って過ごす時間は、私にとってもっとも安らぎを感じるひとときになっていた。


     彼は誰かに似ていた。

     私の脳裏に浮かびあがるのは、あの白い街だ。
     記憶の街は賑わっていた。
     戦勝パレードを模して、街の大通りを騎士たちが列をつくって行進する、年に一度の式典の日。
     研がれた剣の穂先が栄光の残像となって、道をかたどっていた。私はその列のなかにいた。
     菱形の光のつらなる向こう側に、私はふと視線をむけた。小さな路地の暗がりに、ひとりの少年が足を止めて、馬上の騎士たちを見ていた。使いの途中か、肩に重そうな布袋をかついでいる。少年は笑ってはいなかった。
     彼が私に気づき、お互いにお互いの姿を意識したのが分かった。少年は、弾かれたように身を翻して路地の奥へ消えた。
     ひとりの騎士の小さな驚きを残して、栄光の行進はすすんでいく。
     私は馬上にて前へと向きなおったが、王城につづく輝かしい大通りにあって、彼の靴裏を忘れることができなかった。
     この街に、細い路地が葉脈のように張りめぐらされているのを知った。そのどこかには、あの少年が暗い目をしてこちらを見ているはずだ。
     自分が守らなければならないのはきっと彼なのだ。
     このとき私はそう深く心に刻んだのだった。
     名も知らないあの少年もまた、今は土に還ったのだろう。


     ある日新兵の調練に立ち会っていた私のもとに、悪い報せが届いた。
     血便がでたという。私は空き時間に、少年の部屋へと向かった。
     私は少年の手を握りながら、騎士団つきの召喚師に、日一度の召喚獣治療の数を増やしてはどうかと訊ねた。しかし召喚師はあまり良い返事をしなかった。召喚獣治療は、傷を直接治すというよりも、人体の治癒力を促進するのであって、あまり多用すると逆に人体が疲労するのだという。幼い少年はすでに消耗している。耐えるのはむつかしい、召喚師はそう言った。
     私は口をひらきかけたが、何も言わないことにした。その代わり、苦しそうだから、今日は特別に2度やってくれないかと頼んだ。
     青い光が彼を包むあいだ、私は小さな手を握り、揺らしていた。

     それからしばらく経ったあと、少年の大きな目がぱちりと開いた。
     私は喜び、何度も声をかけたが、少年から返事がかえってくることはなかった。
     少年の青い瞳は、天井をすかして空を見ている。
     私は椅子に座って、そんな彼を見つめていた。目をひらいた彼が少しも反応を示さないことに落胆したが、彼の目が時折またたきすることには救われた思いがした。彼はたしかに生きている。弱く上下する胸以外に、証がもらえたような気がして嬉しかった。

    「それでは」
     寝台の脇に立ち、私は眠る少年を見下ろしていた。
    「行ってきます」
     剣を持った手を己の胸にあてて礼をとる。
     マントを翻し、砦の大広間へと向かった。部屋の外で待っていた数名の部下たちが後に続く。
     砦の天窓から差し込む真白の光が、赤いじゅうたんを踏んで進む騎士たちの甲冑を照らしていた。

     息を潜めて森の茂みで洞窟をうかがう。盗賊退治に馬はそぐわない。
     反対側にはルヴァイドやイオスもいるだろう。
     身を潜めて敵を討つ。この瞬間、この行為だけを切り取ってみれば、不遇をかこっていた昔の彼らと何も変わらない。
     目の前の葉を、黄金色の小さな虫が這う。
     こういう静けさのなかでは、私は一瞬だけ混乱する。新しいものを作ると決意した自分のやっていることは、何なのか。結局血を流している自分のやっていることは何なのかと。
     甲冑につつまれた心が、決意と迷いの間を振り子のように運動する。
     こんな自分の言葉が、薄明かりのなかで静かに横たわる少年に届くのだろうか。
     斥候が手を挙げて合図をした。私は小さな葉ずれの音をたてて、立ち上がった。虫が飛びたつ。

     熱狂の時は過ぎ。

     十日後、私は彼の側にいた。
     彼は相変わらず静かであった。勝鬨の風が砦の中を吹き抜けてなお、この部屋は無音であった。
     私は傍らの椅子に座り、何かを伝えたくて口をひらくもかける言葉がみあたらず、本を膝にのせたまま彼を眺めていた。
     今日もいい天気であった。
     いつまでも終わらない午後のひととき。光と翳りの境界が、じりじりと寝台の上を動いていく。
     窓から音もなく、一層のまばゆさが射しこんだ。
     私のつまさきと指、開いた本のページが漂白されていく。目をあけたまま眠る彼と、その寝台の上にも陽がそそいでいく。
     少年は光のなかで、かつてなく穏やかな顔をしていた。苦しみと悲しみは今は遠く、彼の小さな呼吸の繰り返しを妨げるものはない。
     陽射しに照らされた少年の頬の白さ。その結ばれた唇の柔らかな曲線に、私はひとつの直感を抱いた。
     本を閉じ、椅子から立ちあがり、光をさえぎるように、寝台の脇にしゃがんだ。

    「お願いがある。すこしだけ、耳を傾けてくれるかい。私の言葉に」
     私は、少年の耳に口を寄せた。
     彼は目をひらいて天井を見あげている。その顔には霧のように薄く笑みすら浮かんでいるように見えた。

    「昔、人からこんなことを聞いたことがあるんだ。
     記憶にはふたつの種類があるのだと。形のない記憶と、形のある記憶。頭の中の記憶と、外の記憶。
     頭の外の記憶は、世界の記憶だ。
     ベッドも椅子も、建物も草花も。形ある物は、すべて世界の記憶なんだ。だから物は大切にしなければならないのだって。物が壊れれば、世界はそれを忘れてしまうからね」
     光。彼の眼を射る光。きっと彼を連れ戻しはしない。
     私はつづけた。
    「私の故郷は―――随分前に、世界に忘れられてしまったんだ。
     もうあの街の姿は、私の頭の中にしかないんだ。
     だから私は生き続ける。生き続けながら、頭の中の記憶を世界にかえしている。すこしずつ、あの街の残像を世界に思いださせているんだ」

     落ち葉が、土に還るように。
     私は、寝台に投げだされている少年の手を光から守るように握った。

    「君も、君の故郷の村を守ってくれ。
     生きながらお墓になるのは辛いだろう。でもどうか生きて、君の村を、少しずつ世界に思いださせていってほしい。それができるのは君だけだ」

     握った少年の手と、己の両手と組み合わせて、目を閉じる。
    「留まってほしい。私は君を助けたい」
     私の守りたかった少年を、この世界に思いださせたいのだ。

     気配を感じて目を開ける。少年の青い瞳がこちらを見ていた。
     私はその瞳の中に、祈りを捧げる騎士の姿を見た。


     少年がこの世を去ったのは、それから七日後のことだった。看病の者が席をたち、戻ってきたときには、もう息をしていなかったという。
    「よく頑張ったな……」
     少年と対面した私は、一言つぶやいたきり絶句した。
     側に立つ部下にひとつ頷き、何も言わず部屋を後にした。

     執務を終え私室に戻り、ひとりになってようやく、私は少年のために泣いた。
     記憶のなかに息づく懐かしい仲間たちのまえで、世界から離れる魂のために哀悼の涙を流すことに、何もためらいはなかった。

     翌朝私は何事もなく剣を携え、騎士たちの長として光あふれる広間にかえった。ただ、壁にもたれ薄暗がりに立つ赤毛の同僚だけは、すべてを見透かしていたようにも思う。
    yoshi1104 Link Message Mute
    2018/09/29 5:03:55

    針の十字架

    (シャムロック)

    ##サモンナイト

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