青か黒か 午後の退屈な授業、眠気に耐えながら外を眺めていると雨が降り始めた。
授業が進んでも雨脚は弱まることなく、校庭を、中庭を、校舎を濡らしてゆく。
「えー……傘持ってきてないよ……」
「傘立てに何かしらあるだろ」
「今度ブフォタマミルクティー奢るから傘入れて」
授業が終わった教室の所々から声が聞こえてくる。
そんなざわめきを背景に私は意気揚々と校舎の出口へ向かった。
……ない。
朝の天気予報で見た降水確率はさほどでもなかったけど、念のためにと持ってきた傘は傘立てから姿を消していた。
横を通り過ぎる生徒が
「おっ、いいのあった」
と歩く速度を全く落とさず、傘立てから滑らかに傘を引き抜き、広げて帰って行く。
なるほど。私の傘も同じ目にあったらしい。どこでも手に入る人間界で言うところのビニール傘のようなものだから、惜しいということはないけれど、問題は今、これからどうするか。
今日は夕食当番だから止むまで待つという選択肢はない。
上着でも被って走れば被害は最小限で済むかもしれないと上着を脱ぎかけた時、横から聞きなれた声がした。
「何をしている?」
「ルシファー。持ってきたはずの傘が」
傘立てから傘を抜いて行く生徒を見ると、事態を把握したらしい。
「安物なんて使うからだ。今回は俺の傘に入るといい」
そう言いながら、ぼん、と鈍いながらも軽快な音を立てて、鮮やかな濃い青の傘を広げた。
「何かお困りですか?」
反対側からこれもまたよく知った声がした。
「あ、バルバトスさん。こんにちは。その、傘がなくなってしまって」
「それは大変です。今回はとりあえず私の傘にどうぞ」
しゅる、と滑るような音を立てて深い黒色の大ぶりな傘が開かれる。ディアボロに差し掛けるためにこのサイズなのだろう。たしかにこれなら余裕で二人入れる。
「待て。俺の傘に入るよう言ったところだ」
「その傘の大きさではお召し物が濡れてしまうのでは? どうぞこちらへ」
「嘆きの館に帰るなら俺と帰るべきだろう」
「……この後のご予定は? もしよろしければ雨が止むまで魔王城でお茶でもいかがですか? 本日は遠方から取り寄せた貴重な茶葉もございます」
かなり心惹かれる提案だけど当番をサボるわけにはいかない。
「行きたいのはやまやまなんですけど、今日は夕食当番だからまっすぐ帰って準備しなきゃ」
だそうだ、と言いたげにルシファーがバルバトスさんを見た。
「ところで本日の夕食の献立はお決まりですか?」
「まだ決めてないんです」
「でしたら帰る道すがら、私と献立を検討するのはいかがでしょうか?」
「そうですね、悩んでたので助かります」
今度は、だそうですよ、と言いたげにバルバトスさんがルシファーを見た。
バルバトスさんの傘に入ろうとしたところで、ピロンと軽快な電子音を鳴らしてチャットが着信を告げる。
『ベールが今日の夕飯はオムライスがいいって言ってる』
『デビルズバリューで材料も買ってきた』
「だそうです」
ルシファーが勝ち誇った顔をした。
「お、いたいた」
振り返った先には見覚えのある傘を手に持っているマモンがいた。他のひとのものと見分けが付くようにと、私が持ち手にピンクのマカロンのシールを貼った傘だ。
「これ、おまえンだろ。ほらよ」
「ありがと。でもこれどうしたの?」
「あー…………拾った」
「そっか、どこかに置き忘れてたのかな」
お礼として嘘に乗っておくことにした。
「じゃ、お先に。早く帰らないと間に合わなくなっちゃう」
使い慣れた傘を広げて外に出る。
雨が傘を打つ音に交じって
「何でそんな目で見ンだよ!」
というマモンの嘆きが聞こえた。